Reincarnation story 『久遠の青春』

08.複雑な関係

 中学に進んだ。
 俺の頭の中では、中学生というのは男は丸刈り学ランで女は三つ編みセーラー服なのだが、今時そんな中学生はいないのだなと改めて実感した。
 どいつもこいつもすっきりとしたブレザー姿で、男でさえさらさらの髪を風に靡かせている。そのおかげで俺も前世では中学入学の通過儀礼だった断髪式をやらなくて済んだ。くりくりの丸坊主は授業が終わるとバットとグローブを持って校庭に出て行く奴か、異常なまでにガタイのいい、白い布の固まりを持って体育館に入っていく連中くらいだ。
 こちらは古びた校舎で、小学校の新しい校舎に慣れていた俺たちにはどうも監獄かどこかに飛ばされたような陰鬱な気分にさせられてしまう。
 小学校には心霊スポットとか言われていた旧校舎があり、七不思議がその中にあらかた封印されていたがここはそんなものはなく、全部この校舎の中にある。確かにこのボロさはいかにも何か出そうだ。
 とはいえ、この校舎のボロさは何も古さだけが理由じゃない。中学生ともなればタチの悪いのも出てくる。そういうのが学校を汚してたりもするわけだ。
 中学校には3つの小学校から生徒が集まってくる。そのため学年一つの人数がだいぶ増える。小学校ならまだ学年全員覚えるのもわけなかったが、今回はさすがにすぐには覚えきれない。極端な話、3年間で全員憶えられる自信はない。ほとんど会わないまま卒業する奴の名前なんか憶えられないに決まってるのだ。
 樹理亜とは別なクラスになった。それでも休み時間には様子を見に行けるので何の問題もない。
 小学校が同じだった連中同士が集まりやすいのは仕方がない。ただ、部活をやっていて練習試合でよく顔を合わせたなどの理由で隣の小学校の生徒とも面識のある奴は少なくない。そういう奴を仲介に少しずつ面識のない連中ともうち解けていく。
 ただ、今度は伽椎のようなまとめ役がいないのでさくっとはまとまらない。幼い世話焼きオババ、伽椎の存在はクラスの中でそれだけでかかったんだなぁ、としみじみ思う。
 俺は特に何もしなかったのだが、隣の小学校で古風に言えば番長肌だった奴が、こちらの小学校のメンツの中で一番でかいグループだった俺のところに因縁つけてきたので、手早く手段を選ばないいつもの方法でとっちめ、あっさりとクラスの中で優位を勝ち取った。伊達に乳児の頃から鍛えてない。最近なまってるけど。というか、リーダーを仲間全員で奇襲の上袋叩きという合理的かつ卑怯極まりない戦法が功を成しただけかもしれない。
 中学校は平和なところではない。平和にするためには平和主義の人間がクラスなり学年なりを制覇し取り仕切らねばならない。俺は争いごとは表向きは得意ではないということにしてある。その主義を貫き通すためには争いごとが起こらないようにするのが一番だ。威圧で押さえ込めばいい。今の日本だって警察という脅威で国民の暴動を封じ込めている。同じだ。
 ひとまず、俺のクラスの平和は確保した。何かあったら脅しをきかせれば大丈夫。俺には40年の人生の貫禄ってものがある。これはほかの生徒には絶対出せない迫力だ。
 樹理亜のいるクラスの方はというと、別な意味で平和だそうだ。騒ぎを起こしそうな生徒はいない。
 もしかしたらクラス分けをそういう風にしたんじゃないだろうか。穏やかな生徒とちょっと観察のいる生徒、たとえばこんな感じか。だとしたら俺は後者に入れられたってことか。
 放課後は皆部活があるのだが、俺と樹理亜は塾があるので帰宅部って言う奴だ。送迎は相変わらず伽椎の母。塾のメンツも少し変わった。受験が近づくと雰囲気が変わるらしいが中学1年の春じゃまだそんな雰囲気はない。
 伽椎は私立に進んで愚痴っぽくなった。何せエリート志向の人間が多いので、変なプライドで固まった人間もちらほらいるらしい。しかも、今まで学年でも優秀で通ってた奴がこの学校では平均的だったり下手すれば成績の悪い方だったりするわけだ。そうなると、人間がねじ曲がっていやな奴になったりする。
 伽椎は成績は真ん中あたりらしい。あの伽椎で真ん中というのはなかなかすごい世界なんだなぁ、などと思ってしまう。伽椎は向上心を刺激されてやる気が出たようだ。この様子ならば安心して大丈夫だろう。
 ただ、そんな感じのクラスの連中には伽椎のパワーも通用しないらしく、いまいちまとまらないらしい。誰かに服従するのがいやだという感じの奴もいれば、ただ単に伽椎より成績が優位なので見下しているだけの奴もいる。いくら優秀だと言っても、こんな人間は上司に従うのが基本の企業やらでは使い物にならないんじゃないだろうか。
 とにかく、そんな人間関係の中にいるので伽椎も疲れて仕方ないそうだ。俺が番長をシメてボス猿になったとか樹理亜がこっちは平和とか言っているとうらやましそうな顔をする。この歳でそんなしがらみの中に放り出されて大変そうだ。
「まぁなんだ、俺も樹理亜もいるんだから学校なんざ勉強する場所だと割りきっちまうのも手だろ。友達になってくれる奴とだけつきあってりゃいいんだよ」
「だよねー。何も無理してつきあおうと思わなくていいんだよねー。そうは思うんだけど、なんか腹が立つとどうにかしたくなっちゃうのよ」
「母ちゃん譲りのお節介って奴だな。親子して世話焼きだからな」
「あー。そうか。これってママの血なのか」
「今頃気がついたのかよ。おまえ母ちゃんとそっくりじゃん。顔も性格も」
「殺していい?」
「やだね」
 母親似と言われてにこやかに全身から殺気を放つ伽椎だが、見れば見るほど母親にそっくりだ。きつい癖毛も気が強そうにつり上がった眉も、長い睫もすっと通るような鼻も、ちょっと大きめの口も。母親との目立った差は年相応の肌と贅肉の有無くらいだ。
 じろじろ見ていたためか伽椎は顔を背けてしまう。
「なにげに結構美人だな、おまえ」
 思ったまま発言したのだが、止めになったようだ。後ろ向きなので耳しか見えなかったが耳まで真っ赤になったのが一目でわかった。
「母ちゃんも若い頃は美人だったんだろうな」
 こっちの方に繋げるための前振りだったんだが、その前振りで固まっている伽椎は何の反応もない。
「20年くらいたつとおまえもああいう感じに」
「殺していい?」
 伽椎は素早く振り向いた。
「やだって」
 容赦無しで鞄が俺の顔面目掛けて振られた。俺は鞄でしっかりとガードする。とりあえず固まっていたのは柔らかくなったようだ。しかし、それっきり顔は向けてくれない。
「樹理亜も母親似だよな」
 伽椎が何も言わなくなってしまったので樹理亜の方に話しかけた。
 よく見れば俺にもほんのちょっと似ているのだが、母親の方の特徴が強くでている。詩帆と初めて会った頃のことを思い出した。当然その頃よりはだいぶあどけない感じではあるが、やはりよく似ている。
「だね。樹理亜ってパパにはあまり似てないよね」
 横から口を挟んでくる伽椎。当たり前だ。血はつながってないんだから。本人もそれは知らないのだろうが。
「加奈子はあたしよりちょっとお父さんに似てるかな」
 そりゃそうだ。
「だからえこひいきしてんじゃないの、あんたのパパ」
 そんな単純なもんじゃないんだけどな。
「そうなのかなぁ……」
 信じるな。
「流星もママ似よね」
「そうか?」
 俺は半々だと思っているのだが。
「目と口がそっくりじゃない」
「鼻と耳は親父似だぞ。まぁ、こんな顔の中でも目立たないパーツだから似ててもわからねぇってのはあるか」
 伽椎はじっと俺の顔を見ていたが目が合うとものすごい勢いで顔を背けた。
 そういえば最近伽椎とはまともに目を合わせてないような気がする。

 中学校に入ると英語の勉強も始まる。
 ジスイズアペンという荒井注のギャグのレベルから、日常会話を行うには問題ないくらいの英語を『読める』レベルまでの英語だ。話せるようにまで教えないのは英会話スクールとの闇協定でも結ばれているのだろうか。
 訛りの強い教科担任が怪しい発音で繰り出す英語は、果たして本当にアメリカ人に通じるのかどうかさえも分からない。
 とにかく学校の英語は英字新聞でも輸入本でもなく、教科書が読めるレベルで上等と言うことだ。
 国語にも今までなかった古文などが入ってくる。古の文学に触れ、古の言葉に触れるわけだが、日常用いられる言葉でさえ日々変化する現代に於いて、今さら廃れた言葉を全国民に教育する意味が分からない。つきあってはやるけど。図書館で探せば有名どころの作品はあらかた現代語訳されているので学校が終わったら真っ先にいらなくなる知識の一つと言えるだろう。
 数学もだんだん日常でこんなの必要になるのか、と言うレベルになりつつある。方程式くらいなら使うだろうが連立方程式になるとどういうシチュエーションで必要になるのかいまいちピンと来ない。この辺も大学受験が終わったら薄れていく知識だろう。
 小学校では男子も女子も混ざって家庭科を習っていたが、家庭科が女子だけになって男子は技術になる。女はとっとと家庭に入り、男は土建屋になって裏金で政治家を潤すという日本の構造に馴染ませるためのステップと見て良いだろう。
 そして保健体育。どんなにやる気の無い生徒でも、特に男子はこの授業の時だけは目を爛々と輝かせる科目。もちろん、内容にもよるわけだが。
 俺は一度体験済みのどうすれば子供が生まれるかという話や、男と女の体の違いなどを軽く流すわけだ。もっとも世の中にはその情報が溢れかえっているので今さらという気がしないでもない。
 ただ、その内容が偏っていることは間違いないので誤った知識を正したり、欠落している必要な知識を埋めたりということは必要だ。四十八手まで知っている奴が子供がどうやって出来るかを知らなかったりもするし、援助交際でエッチして子供が出来てから、なんでー?などと泣き喚いている奴もいるのだから。
 小学校のころからあったが道徳というのもある。その道徳を教える人間の道徳観念をまずどうにかしていただきたいものではある。挨拶の励行、なんて声高に叫ぶ割には挨拶されてもなんの反応もない教師とか。人生の先輩として手本を示し自分も挨拶すべきだと思うのだが。
 本当はそういったなっとらん教師どもに、人生をより長く生きた人間として手本を見せてやってもいいのだが、本当は40近いと言って信じる奴がいないのが残念で堪らない。

 恒星には相変わらず俺が勉強を教え続けている。俺の教え方があまりにも素晴らしいのだろう。成績は並みの上くらいで落ち着いている。そりゃそうだ、恒星はどう見ても凡人だ。俺のように年齢以上に人生経験を積んでない。学ぶことも初めて聞くようなことばかりだろう。
 むしろ、若さ故の活発さで、スポーツの方が得意だ。いわゆるやんちゃ坊主に育ってきた。俺も勉強ができるだけで決してよい子ではなかった。恒星は勉強が並でよい子ではない。まぁ、取り柄がないわけではないのだが。
 いずれにせよ、俺には半ば服従しているのでおとなしい。ただし家の中では、だ。外に出りゃ結構ブイブイ言わせているらしく、時々痣を作って帰ってきては自慢げに武勇を語ったりする。ただしそれも俺にだけだ。両親の前では猫をかぶってたりする。もっとも、伽椎の母親のあたりからそのやんちゃっぷりは美由紀や輝義の耳にも入っている。輝義がおおらかな性格なので放っているだけでバレバレだったりするわけだ。そんな穏やかな両親と似ても似つかない。もしかしたら父親は輝義じゃないんじゃないかとまで思ってしまう。
 一方、今の父親と実の父親が違うという微妙な立場に、知らず知らず立たされている樹理亜と、父親違いの妹加奈子のほうはだんだん性格も似てきている。本当に仲のいい姉妹だ。それぞれ父親が違うなどとまるで感じさせない。むしろ、加奈子の方も直之をあまり好きではないらしい。そのせいか、直之は最近酒の量が増えてきたそうだ。
 加奈子は活発な恒星とはあまり性格が合わないらしく、それほど親しくつきあってたりはしないようだ。まぁ、俺が実質樹理亜の父親だから樹理亜に対して扱いがやや特別だというのは少なからずある。クラスが同じだけの男女と比べるのさえおこがましい。普通はだんだん異性を意識し始める時期だけによそよそしくなるものだ。

 よそよそしいと言えば最近の伽椎の態度がまさにそれに当たるだろう。
 塾に行けば今まで通りまずは3人で固まる。
 どうもこの塾に来ている連中は、敵対心で凝り固まった目で人を見るので取っつきにくい。伽椎あたりは何度か塾生同士仲良くなれないかと試みたらしいが、仲良くできたのは最初のうちだけで、模擬試験だので成績の優劣がついてくるとだんだん態度が変わってくる。
 樹理亜はそんな連中相手にまともに付き合えるほど根性が座ってないし、俺も面倒なのは御免だ。やっぱり気心知れた3人で固まってしまうのだ。
 だが、その3人も昔のように気軽には話せない空気が何となくでき始まっていた。
 伽椎が、何かヘンな感じになってきたのだ。俺のそばには寄ってくるし、普通に喋り始まるのだが、ふと黙り込んだり、前からそうだったがまともに目を合わせなくなった。
 樹理亜相手にもなんとなく喋る時に言葉を選んでいる風情が見られる。心情の変化のせいで今まで通りの目で俺や樹理亜を見られなくなっているのに、今まで通りの伽椎を必死に演じているのが見て取れる。樹理亜もそんな伽椎に何となく気付いている感じなのだ。
 伽椎のこの反応に俺も伽椎の心中を察しないでもない。もっとも、気難しい年頃だし、わざわざつつく必要もないだろう。下手につつけばますます気まずくなる。
 しかし、伽椎がもしも思い切ってしまった時、俺はどう対応すべきなのかを考えると頭が痛い。まして、伽椎がいつものように思い立ったが吉日と言わんばかりにとっとと行動を起こしてくれるのならともかく、さすがの伽椎も今回ばかりはいつまで経っても自分の思いを口にできない。かなり思い悩んでいるのだ。下手を打てばかなり傷つけてしまいかねない。だから、ますますこちらとしては頭が痛い事態なのだ。

 そして、そういうややこしい関係になってきた所にまた一つ困ったことが起こってしまった。
 とうとう直之が樹理亜に暴力をふるうようになっちまった。
 頻度はそう多くはないし激しいものじゃないんだが、理不尽な理由で手を挙げる。そのせいで、加奈子までが直之を怖がるようになり、娘に暴力を振るう夫を詩帆も当然好ましくなど思わない。直之は家の中で孤立した感じだ。
 そうなると、鬱屈した直之が暴力をエスカレートさせることにも繋がりかねない。
 詩帆も、こんなことなら娘二人を連れて逃げたい所だろうが、詩帆一人の稼ぎでは二人の娘を育てていくのは大変だ。まして、直之は実の娘である加奈子には執着がある。連れて逃げなどした日には追いかけて来かねない。
 直之は加奈子には暴力を振るうどころか声を荒げることすらない。とんでもない依怙贔屓ぶりだが、贔屓されているからと言って加奈子が直之を好きになると言うわけではない。姉に対する暴力を目にしてしまった以上、加奈子にとっても直之は怖いのだ。だから、加奈子だけ直之の所に置いておくのは加奈子がかわいそうすぎる。
 まして、樹理亜と加奈子はとても仲がいい。そんな仲のいい姉妹を引き裂くなんて詩帆にはとてもできない。どちらも詩帆にとっては腹を痛めて産んだかわいい娘なのだ。
 直之と樹理亜が顔を合わせなければ何も起こらない。わざわざ部屋まで来て暴力を振るったりはしないし、樹理亜がおとなしくしている分には何もしてこない。なので、食事の時間をずらしたりしてあまり直之と接触させないようにしているそうだ。
 当然、この話題は伽椎の家のお茶会でも議題に上がり、物議を醸している。
 子供同士は子供同士でややこしくなってきていた所だが、子供同士のややこしい感情の云々はこの騒ぎで一気に吹き飛んでしまった。
 幸いなことに、樹理亜に対する直之の暴力は、その後さほど激しくなることはなかった。
 なにぶん、そういったことがあったこともあり、前にも増して樹理亜は直之を避け、顔を合わせることが減ったので問題も起こらなくなったのだ。
 家では、娘二人は早々に食事と風呂をすませるともう子供部屋から出てこない。朝は朝でやはり子供二人が早々に朝食を済ませ、直之が起き出してくるころには学校の支度を始めている。
 結果として直之は加奈子ともあまり顔を合わせられなくなってしまうのだが、加奈子の方はたまには直之と話すくらいのことはあるらしい。樹理亜の方はまったく顔を合わせることもないそうだが。
 こんな状況でしか穏やかに過ごせない家庭というのもどうかと思う。我が家の平和ぶりが申し訳ないくらいだ。

 そろそろ進級も近づいてきたある日。
 塾に行くために伽椎の母親の車を校門のそばで待っている間、昨日見たテレビだのなんだのとつまらない世間話をしていた時だった。樹理亜がふと、暗い表情になり、ぼそっとこう言った。
「あたしね、塾、行けなくなるかも」
「えー、なんでさ?」
「お金かかるから。高校通うためのお金も貯めなきゃならないから、出費抑えたいんだって」
「そうなんだー」
 この場ではそうなんだー、で済んだわけだが、元々樹理亜を塾に行かせることになった理由というのが、樹理亜と直之を会わせる時間を少しでも短くするという目的だった。そして、それを決めたのは母親軍団を中心とする親たちだ。この話は詩帆の口からその軍団長といえる伽椎の母親の耳に入った。そうなればもう黙ってはいないのだ。
 母親軍団はすぐさま樹理亜の家に押しかけ直之を囲み説教をたれた。俺も輝義と一緒に様子を見に行ったのだが、凄まじい気迫だった。特に伽椎の母親が。
 熊のようなカカアが鬼気迫る勢いで怒鳴りつけてきたのだから直之も堪らなかっただろう。おかげで、またしばらく直之は大人しくなったのだが、塾に行かせるのは反対だというスタンスは崩さなかった。
「困ったもんねぇ」
 美由紀はカカア軍団突撃の報告を輝義にも聞かせ、ぼやく。
「考えが固いからなぁ。いい方向で固けりゃいいんだけどね」
「ねえ、流星。樹理亜ちゃんが塾を辞めたとして一緒に遊び歩くような友だちっていそうかな」
 美由紀も輝義も学校生活のことはあまり詳しくはないのでこちらに振られた。しかし同じ学校に通っているとは言えクラスが違うとそれほどよく見られない。細かいところまでは俺だってよくは知らないわけだ。
「うーんそうだなぁ……。樹理亜のいるクラスって大人しい良い子ちゃんばっかりだから、遊び歩くような不良はいねぇよな」
 思い出した限り、樹理亜の女友達は大人しいのが揃っている。類は友を呼ぶ、と言うところだろう。
「あら、そうなの?」
「不良クラスの俺と平気で話せる樹理亜があのクラスじゃ一番の不良だな」
「クラス分けがよくないわよねぇ。ちょっとあばずれたのも混ざってれば話は早いのに」
 父親としてはそう言うあばずれと付き合いがないのは喜ばしいことなのだが。他人の娘だと思って好き放題言ってくれるな。
「年頃の女の子を一人でふらふらさせるわけにも行かないし。いっそ恒星の家庭教師にでもしようか」
「おお、そりゃいいな」
 そうなると今恒星を教えている俺は解雇か。
「どうでもいいが、俺んちに呼ぶとゲームばかりやるようになるんじゃないの」
 これは別に解雇に対する抵抗ではない。
「父親にいじめられるよりは遊んでばかりの不良になった方がマシよ」
 他人の娘だと思ってその好き放題はやめて欲しいところだが。父親にいじめられるのも大概だが不良になるのもどうかと思うぞ。

 とりあえず、我が家としてはいざとなったら樹理亜を預かってやってもいい、と言うスタンスをボスの伽椎母と詩帆に話したそうだ。実際にどうなるかはまだ分からないが、いざというときの選択肢にはなる。
 翌日。塾で伽椎に呼び出された。いつになく真剣な顔をしているが、口を割って出た言葉はなんの冗談だと突っ込みたくなるような話だった。
「樹理亜を流星の家で預かることになったって本当?」
 凄い話になっているようだ。
「塾に通えなくなったら恒星の家庭教師を頼むつもりだってよ。よっぽど恒星の教育費を押さえたいらしいな。俺にかかりすぎてるから」
 冗談混じりに言うと伽椎は苦笑いを浮かべた。
「なんだそう言うことか。ママったらちゃんと言ってくれないんだもの。びっくりしちゃったよ」
「びっくりしたのはこっちだっつーの。なんちゅう話になってんだ」
「でも、そうなったら寂しくなるね」
「伽椎はそうだろうな。俺は下手すりゃ家に帰ると樹理亜が迎えてくれるようなことになりかねねぇ」
 ジョークを飛ばしたつもりだったが伽椎の顔が強ばった。それと同時に俺は自分の無神経さに気がつく。このどたばたもあり、伽椎が俺にちょっと気があるらしいと言うことをすっかり忘れていた。
「そ、そうか」
 不自然な笑い顔で返事をする伽椎。あちゃーと思いつつ、どう繕うか慌てて考える。
「塾だと俺とお前だけになっちまうな」
「そだね」
 感情を読み取れないような微妙な表情で、短いリアクションをされた。どうなったのかさっぱり分からない。
 とりあえず適当な話題を振るか。話を変えた方が少なくともドツボにハマることはないからな。
「なあ、小学校時代の樹理亜の友だちで毎日学校終わってから遊びいけそうな子っているかな」
「うーん。樹理亜も塾通いだからそんなに仲のいい友だちってできなかったんじゃないかなぁ。あたしもそうだし」
「そうか……。そう言えば俺もそんなもんか。ゲーセン代わりにしてる奴らが勝手に溜まってたりするけどな」
 中学くらいになると、ゲーム機を買ってもらっている連中も増えているので前ほどうちに集まったりはしないが、ゲームを求めて家から家へジプシーの如く彷徨っている奴も中にはいる。一足先に俺の家に遊びに来て、恒星とゲームをして、俺が帰ってくると恒星が勉強を始めるので帰るという、お前は誰の友達なんだと言いたくなるような奴だ。恐らくゲームの友達なんだろうが。
「伽椎はゲームやってるのか?」
 私立に合格した祝いに買ってもらったゲーム機があるはずだ。
「うん。ただ時間があんまり無いからねー。ロープレとかやってるとセーブする前にドラマが始まるからチャンネル変えられたりして最悪。あたし専用のテレビが欲しいよ。流星んとこってゲーム専用のテレビあるんでしょ。いいなー」
「専用ってわけじゃねーよ。まあ、子供専用ではあるから、恒星と俺で取り合ってる」
 ただの世間話になってきた。
「俺は最近はほとんどやらねぇって。塾が終わっても恒星に教えてやらなきゃならないからな。まぁ、恒星が問題といてる間はやり放題だけど」
「そっかー。兄弟がいるってのも大変だね。一人っ子はその辺気楽かな」
「いずれにせよやれる時間は短いよな。俺が好きなのは三国志とか戦国のシミュレーションゲームなんだ。そんな短い時間しかできねぇんじゃやってられねぇし」
「あれー、流星そんなゲーム持ってたっけ」
 鋭いところをついてくる伽椎。三国戦国とかは俺が前世にパソコンで遊んだゲームだ。
「いや、大分前にパソコンでやったんだ。パソコン欲しいよ」
 特に違和感はないように話をまとめた。ある程度事実が混ざっているし。
 あの頃に比べるとパソコンも大分安くなっている。50万くらいは当たり前だった時代もあったが、今は10万以下でもそこそこの物は買える。ねだれば買ってもらえなくはない。
「ふーん……」
 涼しい顔で聞いていた伽椎だが、急ににやっと笑う。
「あたしのパソコンでやれば?ソフトだけ買って持ってくればいいじゃない」
 そうなのだ。伽椎は自分のパソコンを買ってもらっている。ゲーム機に続けてパソコンというのは大奮発だが、一応勉強に役立つはずだという触れ込みで買ってもらったのだ。確かに勉強には役立つだろうが遊びにも相当役立つ。
「残念だが時間がねぇんだよ。いくら幼馴染みったって夜遅く押しかけるわけにもいかねぇしな」
「そっか」
 伽椎もちょっと残念そうな顔をした。そこに樹理亜が顔を出した。二人でいなくなったので気になって見に来たのだろう。気まずそうな伽椎に樹理亜はちょっと不安げになる。
「何話してるの?」
 何気なく話題に加わろうとする樹理亜。
「ゲームの話だ」
 嘘はついてない。パソコン云々の話はしない方がいいだろう。
 樹理亜も伽椎が俺に気があることにうすうす感づいてきている。早いところどうにかしないとこの二人の関係までこじれそうだ。塾通いの所為もあって友達の少ない樹理亜と大親友を引き離すのは忍びない。そもそも伽椎にとっても樹理亜は数少ない気の置けない友人だ。
 講義が始まるまでゲーム談義で盛り上がった。が、二人ともどことなく心から会話を楽しんでいない。見え見えだった。こう言うのに鈍いという男の俺から見ても見え見えなんだから、女同士ではもう完全に腹のさぐり合いになっていることだろう。
 こんな状態が続けば二人の仲までぎくしゃくしかねない。その原因が俺というのはまったくもって不本意だ。どうにかしなければ。

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