Reincarnation story 『久遠の青春』

06.予兆

 さて。俺も晴れて小学生になった訳だ。晴れて、と言っても別に小学生になるのに資格や選別があるわけじゃないから、何が晴れてなのかと聞かれると困るけどな。ランドセルに教科書を入れて担ぐと重く感じる。鍛え方が足りないようだ。
 ただそれで何かが大きく変わったということはない。当然だ、俺は何の進歩もないんだからな。通い先が変わったってくらいだ。幼稚園に比べるとえらく遠い。なぜか学校は辺鄙な畑の真ん中に建っている。まぁ、ここの土地が安かったんだろう。
 樹理亜も伽椎も同じクラスだ。何というか因縁のようなものを感じる。まぁ娘が目の届くところにいるってのは父親として安心するがな。
 校舎は真新しい。そしてお約束のように隣に古い木造の旧校舎がある。新校舎の新しさから考えてほんの数年前までは使っていたんだろう。しかしそうとは思えない荒れ果て様だ。使ってないならこの不気味な旧校舎をとっとと取り壊して狭い校庭を広げて欲しいものだ。まさかあれか?取り壊そうとしたら工事にかかわった人間が次々と原因不明の謎の死を遂げた、とか言うんじゃないだろうな。
 で、そんな学校での生活が始まる訳だ。入園式のときのようにはしゃいでいるのは俺より美由紀の方だったりする。待ち切れない美由紀にランドセル背負わされてぐるぐる回されたりな。どうせこの後6年も背負うことになるランドセル、そんな重荷を必要もないのに背負わされているのだから、見る方が周りを回るのが礼儀じゃないか?

 1年生の担任になったのはどちらのクラスも今年採用されたばかりの若手のようだ。うちの担任は残念なことに野郎だった。隣のクラスは若いねーちゃんだってのに。
「やぁ、みんな、こんちわ!今日からみんなの先生になる山岸浩一だ。よろしくね!」
 初っ端からさわやか青年風を吹かせている。学校の先生というより幼児番組のお兄さんみたいな奴だ。そんなんじゃ、いいかげんすれ始める高学年の相手は務まらねぇと思うんだがな。俺はもうすれきっているが。
 最初の授業ということでまずはクラスメイトの自己紹介から始まる。とは言え半分は見飽きるほどよく知っている奴らだ。残りの半分は幼稚園ではなく保育園から来た連中かどちらにも入ってなかった奴だ。近い方に通わせる親も多いので保育園から来たガキは丸っきり知らない顔が多い。
 そういうこともあってか、最初は幼稚園組と保育所組とに分かれて集まってしまう。それでも日が経つにつれてようやくお互い打ち解けてきた。
 伽椎は相変わらずの姐御肌でそんなクラスをあっと言う間に一まとめにしてしまった。こいつには政治家の素質があるかもしれない。
 樹理亜もそんなに急に別人に変わることは無い。が、近ごろ元気がないような感じを受けることがあった。
 俺の前では今までとなんら変わらないのだが、下校の時に別れた後、一人で歩く姿が特に寂しげな印象だ。
 最初は一人になったから寂しかったんじゃないかと思っていた。
 しかし、久々に樹理亜の家に遊びに行ったときにその原因を目の当たりにした。
 子供嫌いだと思っていた親父が加奈子にはべったりの子煩悩ぶりを発揮していたのだ。
 一方、樹理亜には相変わらず邪険な態度をとり続けている。本人は知る由もないだろうが、樹理亜は連れ子、加奈子は実の娘だ。扱いに差が出るのは仕方ないかもしれない。それにしてもはっきりと極端だ。何も知らないだけに、この扱いの差は樹理亜にとっては理不尽で辛いだろう。
 小学生にもなって日曜毎に俺の家に来てはままごとをやっていくのも、樹理亜としては大きな意味があった訳だ。樹理亜のお決まりの役柄は娘役。普段自分の家では味わうことが出来ない父親との楽しい団欒を求めていたのだろう。
 俺からしてみれば実際樹理亜は娘なのだから全く構いはしないのだが、一応父親である直之が娘を構ってもやらないというのはひどい話だ。
 そうとなれば他ならぬ娘のためだ。一肌脱いでやるか、と言う気にはなる。一肌脱ぐと言っても日曜に限らずままごとやりに来いや、と言う程度ではあるが。
 それからというもの、放課後に伽椎と連れだってよく来るようになった。俺にも男の付き合いがあることもあるが、無いときは大体二人が押しかけてくる。
 伽椎もよく付き合ってるなと最初は思ったが、伽椎は伽椎で最近少しずつ教育ママになりつつある母親からの抑圧に対するストレスの解消に、俺を尻に敷いてのママ役がかなり役立っているらしい。将来こいつの旦那になる奴の運命は見えたな。どの家も家庭事情は複雑なようだ。のほほんとしているのは我が家くらいか。
 そんなわけで女二人にいいように利用されている訳だが、所詮相手は子供。大人の女が男を利用するときに比べりゃ可愛いもんだ。

 教育ママにびしばししごかれている伽椎は、さすがに成績もいい方だ。何で私立に行かず公立に収まったのかが不思議で仕方ない。
 俺にとっちゃ小学校の勉強なんざ易しすぎてばかばかしいくらいだ。とは言え、ここで普通に満点連発すると、とても優秀な子供だと思われてしまうだろう。ただ単に俺の人生経験が豊富で、一般常識しか教えない小学校の勉強は今更だ、と言うことに過ぎないんだが。俺が頭脳明晰で優秀な人間でないことは俺が一番よく知っている。だからテストでは適当に手を抜いているわけだ。
 そんなわけで俺の成績は平均よりはちょっと上、と言う線か。そんな平凡な俺と平凡な詩帆の間に生まれた樹理亜が天才的な訳も無く、まさに平凡だ。成績は中の上くらい。感受性が豊かなのか国語がずば抜けて高いが、算数と理科は平均以下、と言ったところか。
 担任の山岸はテンションは常時高めで喋りもうまいし、新人の割にはなかなか教え方もうまい。若さゆえの行動力もある。今時珍しい熱血教師だ。この教師のお陰かクラスは平和そのものだ。
 ちなみに、いつの世の中にもクラスの中でリーダーシップを振るういわゆるガキ大将が必ずいるものだが、うちのクラスでは俺だったりする。子供は子供なりに俺の人生の長さから来る貫禄というか、そう言うものを感じ取っているのだろう。そして、ご意見役としての伽椎が常時そばにいる。結構いいコンビだったりするわけだ。
 当然、学級委員長と副委員長という肩書は大層だがその実はクラスの雑用係という、名誉なんだかどうなのか考えればきりが無い役職も俺たちに押し付けられている。委員長が伽椎で副委員長が俺だ。見事にままごとでの立場どおりだったりする。クラスの連中もその辺はしっかり分かっているんだな。
 俺たちが仕切っている間はこのクラスのガキには変な真似はさせない。よい指導者をもったことをありがたく思え。

 恒星も日に日に成長している。もうすでに立って歩き回り言葉も喋るほどになった。なかなかのきかん坊だ。
 美由紀や輝義も今度は結構てこずっている感じだ。服も、ベビーベッドやおもちゃまでほとんどが俺のお下がりだから金は余りかかっていない。その代わり手間がかかっている。
 さすが兄弟だけあって俺に顔が似てきた。俺はどちらかというと美由紀似だ。だから恒星も美由紀似だ。言ってみれば間違いなく美由紀の子だが本当に輝義の子供かは確証がない。まぁ、美由紀が他の男と会っている様子は無いが。
 さすがに大変らしくもう3人目を作るつもりは無さそうだ。俺で味をしめて恒星で懲りた感じだろう。最近は夜の方もすっかりご無沙汰になっているみたいだ。仕事に家事に子育てにとへとへとになったところで今更燃える訳も無い。子育てがひと段落すればまたおっ始めるんだろうが今度は避妊に気を使うだろう。
 もう少し経つと恒星も余り手がかからなくなる。きかん坊っぷりが直らない限り大変は大変だろうが。それまで二人には頑張ってもらうしかない。
 伽椎と樹理亜が来ている間はままごとの一環として恒星の面倒も見てもらえるので大助かりのようだ。このままごとは意外と意義が大きいわけだ。そういう俺もこのままごとでパパ役を演じている振りをして堂々と新聞を読める。ようやく漢字を教わり出したガキが新聞なんぞ広げていても読める訳がないと普通は思う。って言うか普通は読めない。いたずらするなと一笑に付され取り上げられるのが関の山だ。
 親がのほほんとした連中でバラエティばかり見る。朝くらいはニュースを見るが昼はタモリだし(休みでも無い限り俺は学校だが)夜は半強制でアニメを見させられる。向こうは俺に気を遣っているらしいが余計なお世話だ。その後はバラエティ、ドラマだ。久米宏(当時)の顔を長いこと拝んでいない。こんな生活では世の中に疎くなってしまう。
 だからこそ、伽椎に食事中に新聞を読むなと言われながらも、ままごと中に新聞を広げたまま空気の飯を食うのだ。

 あっと言う間に夏休みになった。
 かなり久々に通信簿と言うものをもらった。一年生のうちは3段階評価だと言う。上中下だ。日頃出来過ぎないように手を抜いていたとは言え上中下で言えば上だ。上が並んでいるとかなり成績が良く感じてしまう。親がこれで自分の子供は優秀だと勘違いする事もあるんじゃないだろうか。生活面の評価をまとめると、おとなしめだがリーダーシップ溢れる、ませたクソガキと言ったところか。俺はそんな風に見られていたんだな。
 それはおいといて、夏休みと言ってもすることと言えばやはり第一にままごとだったりする。
 しかし、時間がだいぶ余るので一緒に宿題をやろうということになったりどこか遊びに行こう、などと言うことになる。
 今は夏だ。夏と言えば海だが海は遠いのでプールに落ち着く。町営プールなら近くて安い。樹理亜と伽椎は早速水着をもって来た。
 輝義と美由紀の引率で行くことになった。夏休みに加えて日曜日ということもありプールは芋の子を洗うような混雑振りだ。しかし来てしまった以上引き返すのも何だし、芋になる覚悟で突っ込むしか無いだろう。
 俺と輝義はバリバリの海パンだ。水着に気なんぞ使わない。美由紀は二度にわたる出産のせいもあって、すっかりくびれの無くなったボディラインを隠すため、今まで使っていたセパレートをタンスの奥底に封印し、ワンピースにした。派手な柄がさらに体型を分かりにくくする。
 樹理亜は学校と同じスクール水着だが、伽椎はちゃんと遊び用の水着を用意していた。胸も無いのにセパレートとは恐れ入る。樹理亜がしきりに羨ましがっている。おねだりしても買ってもらえないそうだ。
 プールに入ってはみたが思うように動けない。動けば人に当たってしまう。いくらこの片田舎には数少ないプールとは言え、ここまで猫もシャクシも集まる必要は無いだろうと言いたくなった。猫やシャクシの一人である俺に言われたくは無いだろうが。
 しばらくたつと流石にこの状態に辟易したのだろう、だんだん人も帰り始め、ちびっ子3人がはしゃぎ回っても迷惑にならない程度になってきた。しかし、それと同時に日も傾き、俺たちも帰らざるを得ない状況となってしまった。
 それでも樹理亜と伽椎はそこそこに満足したらしくまた来ようねー、などと言っている。こいつらのまたは明日だったりするので気が抜けない。
 と思っていたら本当に明日だった。昨日が日曜日なので今日は月曜日だ。夏休みでも無い輝義はいない。伽椎は今日は自分のプール代を持ってきた。あんまりおごってもらうわけにもいかないと母親に持たされたらしい。それを聞いて樹理亜が複雑な顔をした。
 今日はプールも空いていた。昨日の混みようが嘘のようだ。お陰で伸び伸びと遊ぶことが出来た。美由紀はプールサイドで恒星を水に浸したり出したりしている。何かの塗装工場のようだ。恒星はそんなのでも楽しそうにキャッキャと笑っている。
 一泳ぎして帰り、夏休みの宿題をやる。夏休みの宿題はラスト三日に半ば神懸かった勢いで終わらせることを得意としていた俺も、今回はこいつらのお陰でその神業を使わなくても済みそうだ。

 夏休みの宿題はあっと言う間に終わった。なぜなら、ほぼ毎日このパターンが続いたからだ。八月の上旬にすでに宿題が終わっているなど奇跡に近い。何かの間違いじゃないかと思うほどだ。
 プールにもほぼ毎日通うわけだが、その金は今では丸々伽椎が持ってくれている。水着まで買ってもらったうえにプール代まで毎日出せるなんてえらく裕福だな、と最初は思っていた。が、何のことは無い伽椎は一人っ子、掛けられる金が多い。それだけのことだった。まあ、親父の稼ぎは輝義よりは確かに上ではあるのだが。
 付き添いも伽椎の母親になった。一人しかいない子供が出掛けると暇になるのだろう。なかなかアクティブな女性なので、家事の合間をゴロゴロしながら昼メロやワイドショーで時間をつぶすタイプではない。美由紀もこの人を見習えばもう少しスマートな体型を維持出来たと思う。夜の運動がご無沙汰になった分、昼間動いておけということだ。もっとも伽椎の母親はそんなこと関係なしにダイナマイトバディなのだが。伽椎の母親はあまり広くないプールで、子供は放っておいてひたすら泳ぎ続けている。ダイエットの一環なのだろうか。テレビで見たトドやシロクマを思い起こさせる。
 美由紀はそんなわけで来てないのだが、恒星は連れて行け連れて行けとせがむので連れて来ている。面倒を見るのは俺たちだ。樹理亜と伽椎がおもちゃにしている。
 8月半ばの日曜日、久しぶりに輝義と美由紀も同伴することになった。そして、どうせこれだけ揃っているなら、と伽椎の父親と樹理亜の一家も誘うことになった。
 朝のうちに電話を入れておいたのだが、日頃プールに行かない面子は水着を用意するのでてんやわんやだったそうだ。
 伽椎の父親は高校時代の水泳パンツだ。紐で縛ってはあるが少しゆるそうだ。少し痩せたのだろう。女房に生気を吸われているものと思われる。蚤の夫婦というより旦那が蚤で女房にたかっている感じだなと思っていたが、吸わずに吸われているのか。
 詩帆は若いころ着ていた水着だ。生前の俺と海に行ったときの水着で、俺は夜の浜辺でこの水着を脱がせた記憶がある。
 直之と加奈子は水着が無いそうなのでプールの近くの洋品店に寄って買うらしい。当初は直之と加奈子だけで行く予定だったが、ミセス集団は付き合いがいいと言うか何と言うか、ぞろぞろと洋品店に入って行く。
 直之はサイズだけあっていればいいらしく、すぐに決まった。そして加奈子に買ってやる水着をどれにしようか思う存分迷う。
 その間、ミセス集団は他の服を見て回っているが、放っておくとどんどん買いそうな勢いだ。早く決めないとやばいんじゃないかと思う。
 そんな中、樹理亜は伽椎のようなセパレートの水着を物欲しげに見つめている。
「お前はもう水着持ってるだろ」
 それに気づいた直之が冷たく言い放った。
「でも学校の水着でしょ?」
 伽椎の母親が聞き付けて突っ込みを入れた。
「買ってあげてもいいんじゃない?」
 それでも渋っている直之。
「よし、俺が買ってやるか。高いものでもないし」
 えらく気前のいい輝義。樹理亜は大喜びだ。俺がいくらままごとで父親役をやっていても出来ないことがある。それはおねだりに応じてこうして物を買ってやることだ。小学生、まして低学年の小遣いでは如何ともしがたいものがある。しかし、いくら子供好きとは言え他所の子供に、その親の前で物を買い与えられるほど気前がいいとは。良く考えてみりゃ俺は結構無欲だからな。この年でおもちゃなんぞ大して興味もないし。輝義も親としてねだられ足りないのかもしれない。
 こうして買ってもらった水着を早速プールで着けてみる樹理亜だが、今までのスクール水着でついた焼け跡のお陰ですっかりパンダになっている。結構みっともないが、本人は大はしゃぎなので別にいいのだろう。
 そのスクール水着の跡がようやく分からなくなったころ、夏も終わった。

 二学期と言えばやたら行事が多いのは今も昔も変わらない。
 運動会などその最たるものだ。運動会が分からない人はいないと思うが一応説明しておくと、子供たちの走る速さを競わせて優劣をつけ、走ることしか能のない体力バカをこの日だけは学校をあげてヒーローに仕立て上げるイベントだ。体育の成績が良くてもほめる親はあまりいないからな。
 俺は走るのはあまり速くない。日頃樹理亜や伽椎につきあわされてままごとばかりやっているからすっかり鈍っている。と言うか最初から鍛えられてない。生まれた頃は不自由すぎたので鍛えまくっていたが、自由になった途端怠けてしまったのがよくない。
 当然樹理亜も伽椎も運動はぱっとしない。しかし、夏中プールに通い詰めて体力をつけたお陰か、三人ともかけっこは意外とましな結果に終わった。あくまで意外とまし、なのだが。
 うちの親と樹理亜、伽椎の親は相も変わらず固まっている。有給使ってわざわざ駆けつけた輝義以外に男はいない。伽椎の母親が持って来たビデオカメラで三人分の撮影を任されているので結構忙しそうだ。
 弁当も当然揃って食べる。どこも気合の入った弁当だ。輝義は普段昼飯は従食なので美由紀も弁当を作るのは久々だ。おかげで特に気合が入っている。そして、どこも多めに持って来ているので、三家族分合わせるとすごい量だ。輝義以外女子供ばかりで食べるものとは思えない。そこで、学級委員長と副委員長コンビの権威を振りかざし、職員室でどこぞから買って来たらしいアンパンを寂しく食べようとしていた山岸を引っ張り出して食べるのを手伝わせたが、到底食べ切れるものではない。
 若い男を前にますますパワーアップした伽椎の母親の前にすっかり萎縮気味の山岸はもう食べられないと言い続けながらも勧められるままに食べ続け、半ばダウン気味になった。それでもまだ残ったおかずを折り詰めにして持たされ逃げるように職員室に戻って行った。
 その後行われた教職員のリレーではその若さと活発さから期待の星だった山岸は原因不明の大不調だった。

 糞長い二学期も終わり冬休み。
 俺は寒いのは好きじゃないのだが、ガキどもは雪が好きと来ている。女二人に糞寒い中連れ出され、近所のガキに交じって雪合戦で雪まみれになる。おまえら、こういうときこそ家の中でままごとじゃないのか。尻の下に敷かれるのは構いやしないが雪の下に敷かれるのは勘弁願いたいところだ。
 この町はいい感じで山の中なので雪遊びには事欠かない。雪だるまも広場のあちこちに大小様々なものが作られ、さながら賽の河原だ。あそこの石のように何段にも重なっている雪だるまは流石にないが。
 かまくらは既に竪穴式住居のような立派なものが有志の手により建造されているので、新たには作らず使い回している。公共施設だ。もちろんこの施設に税金は注ぎ込まれていない。
 最悪なことに、樹理亜と伽椎がままごとをこのかまくらの中でやりたがるのだ。風くらいは防げるとは言え所詮は雪の塊。意外と暖かいとは言え飽くまでも意外にで、実際にはこれっぽっちも暖かくない。頼むからこの状況で雪を茶碗に漏るのはやめてくれ。かき氷を思い出してますます寒くなる。
 恒星は雪ではしゃいでいる。もうすっかり俺たちに混じって遊べるようになった。雪見て喜び駆け回るなんて犬並みだ。となるとコタツで丸くなりたい俺は猫並みか。
 冷えきった体で家の中に入り、温かいお茶を飲むと生き返る。
 冬は夏に比べていろいろとイベントが多い。クリスマスに大みそか、正月。まだ関係ないが成人式もある。夏はお盆で墓参りと盆踊りくらいだ。
 クリスマスプレゼントにお年玉と親どもは財布に手痛いダメージを受ける時期でもある。
 俺の両親は俺の性格を掴みきれていないというか、むしろ良く分かっているのか、クリスマスプレゼントは何がほしいのかと聞いてきた。おもちゃをほしがる性格ではないのは分かっているだろうし、では何を買い与えるべきなのかと考えるとまとまらないのだろう。賢明な選択だとは思う。
 しかし、何も欲しがらないからこそ、何が欲しいと言われても俺も困るわけだ。
 とりあえず冬ということでスキーかスケートにしてくれ、と言っておいた。結果、スキー場は遠いのでスケート靴に落ち着いた。スケート場は自転車で十分行ける距離にあるし、小さいが学校の裏手にもある。どちらも靴くらいなら借りられるが、マイシューズという奴だ。一応体育の授業でも使えるので有意義な買い物と言えるだろう。
 実際、この冬休みの間に二、三度行ってはみたが、すぐに筋肉痛になるのであまり行けなかった。やはり体育の授業で使うのが正解だと思ってみたりする。

 正月に伽椎一家は家族揃って着物でごあいさつに来た。奮発はしたらしいが、レンタル代を奮発だそうだ。
 その10分後、いつもの格好で伽椎がまた来た。樹理亜も一緒だ。
 着るのにも時間がかかったし動きづらいし窮屈だしと着物の愚痴を並べ立てる伽椎。日本の心を理解するにはまだ早いのか。
 それでもしっかりと羽子板を用意していた。言わずと知れた和風バドミントンである。めんどくさいので墨はなし。落としたら交替というルールで延々と遊ぶ。
 おかげで腕から背中に掛けて筋肉痛になった。三が日は餅を食べるのも苦痛という状態だ。スケートの足と言い、よく筋肉痛になる冬休みである。まだまだ鍛え方が足りないようだ。

 冬休みも終わりに近づいたころ、久々に樹理亜の家に遊びに行くことになった。
 加奈子も正月に詩帆に抱えられて来たが、そのときはどのくらい立って歩けるようになったのかまでは分からなかった。結構歩けるようになっている。ただ、まだ止まることができないのか、人や物などに体当たりをかまして止まる感じだ。加奈子が立ち上がると気が抜けない。タックルをかまされることもあるのは確かだが、それ以上に加奈子自身が壁や家具など堅い物に突撃することもあるからだ。
 詩帆と直之は最近樹理亜の扱いについて少しもめた。直之の露骨なまでの加奈子びいきをどうにかして欲しいと詩帆が言ったらしい。もうすこし樹理亜にもかまってやれ、と。
 それ以来樹理亜にたいする直之の態度が悪くなっている。当然その友達である俺や伽椎にも冷たくなっている。加奈子と一緒にいたいのなら二人で部屋に籠もっていればいいのだが、わざわざ俺たちのいる居間まで出張って来て邪魔だだのうるさいだの鬱陶しいだのと文句をたれてくる。邪魔でうるさくて鬱陶しいのはどちらかと問いたい。
 加奈子が元気に育っているのは確認できたので、とっとと場所を俺の家に移した。伽椎の家にもたまに行ってみてもいいか、と提言してみたが伽椎の家は近所の主婦軍団の集会所になってて、遊べるような環境ではないと言う。たまに美由紀がお邪魔しているのは知っていたがあの手のノリで方々から集まって来ているわけだ。なるほど、そんなところに行くのは勘弁だ
 二人が帰った後、一家団欒の夕飯時に今日樹理亜の家で見て来たことを両親に報告した。直之のことをチクったわけである。
 美由紀のほうは既に話には聞いていたようだ。例の伽椎宅での奥様集会で詩帆が愚痴っていたようだ。
「しかしまた、何でそんなに樹理亜ちゃんのことを嫌うんだろうなぁ。訳がわからん」
 輝義は不思議そうな顔をしている。
「まぁ、あそこにも事情があるんだよ」
 美由紀は何か言いたげである。ぶっちゃけた話は既に聞いているのだろう。ただ、俺の前じゃそれはちょっと言えない、と言うノリだ。俺は事情丸解りなんだけどな。
「連れ子よりは実の子の方がかわいいに決まってるさ。それにしてもあのえこひいき振りはろくでもないけどな」
 俺はさらっと言ってやった。流石に二人は目を丸くする。
「知ってたの?」
 美由紀は驚いたようだ。
「連れ子だったのか?そんな話初めて聞いたぞ」
 輝義は何も知らなかったようでもっと驚いている。美由紀も余計なことは言ってないらしい。
「樹理亜ちゃんには言っちゃだめよ」
「言いやしないけどさ。あの様子だと直之本人が言いそうだよなぁ。お前は俺の子供じゃない、とかさ」
「こら、人を呼び捨てにするんじゃない」
「あいてっ」
 輝義の拳骨が飛んで来た。
「それにしてもなんで知ってたの?」
「近所のおばちゃんが言ってたのを聞いたんだよ」
 流石に詩帆に樹理亜を身ごもらせたのは俺だとは言えない。
「人の家の事情に口出しはできないけどさ、何か言っておかないとならないよな。子供連れてるの承知で結婚したんだろうし」
「でも詩帆ちゃんが何を言っても聞かないみたいなの。関係ないあたしたちが口を挟んでもしょうがないんじゃない?」
「外野だからこそ言われると堪えるってのがあるかもしれないし。黙って見てられないよ」
 結構正義感の強い奴だ。日頃のほほんとしているのでこういう面があったというのは結構意外だ。
 この話はここでひとまず終わるのだが、後々になってとんでもないことになっていく。

 学年を重ねて行く毎にままごとの回数は減っていった。流石にままごとという歳じゃないからな。
 それでも樹理亜と伽椎は何かというと俺のところにくる。
 伽椎は教育ママに塾通いを始めさせられた。お陰で放課後遊べなくなったので学校で思いっきり遊んでおこうというノリだ。
 俺は俺で悪餓鬼数人とつるんでいる。そこに伽椎や樹理亜が連れてくる女子軍団がドッジボールだのの誘いを掛けてくる。クラスの半分くらいはそれで出払う感じだ。俺の連れている連中は本当に悪餓鬼ばかりだ。問題児になりそうな奴を押さえつけてまとめておくことで、平和を維持する作戦でもある。一方伽椎の友達には優等生の才女が多い。普通に考えればほとんど接点を持てないはずのグループだよな。
 伽椎たちは男子だけでサッカーや野球をやっているところにも平気で混ざってくる。おかげで最初は結構おとなしかった才女軍団もだんだん荒っぽくなってくる。なんとなく伽椎のような女子が量産されて行くような感じを受けて、将来がそら恐ろしくなる。
 一方、こっちの悪餓鬼軍団が女子の影響を受けてまじめで賢い人間になっていく気配はない。もとが悪いから仕方ないが、せめてもう少しましになってはくれないものだろうか。

 学校が終わると帰る訳だが、伽椎が塾に行くようになったので一緒には帰れない。校門前に母親が車で乗り付けていて隣町の塾まで送り迎えしている。学校の近くにも塾はあるのだが、大きい進学塾の方を選んだそうだ。
 帰り道は樹理亜と二人きりだ。俺の取り巻きの悪餓鬼軍団は校門の近くまでは一緒なのだが方角が違うので早々に散ってしまう。
 樹理亜は家に帰って荷物を置くと俺の家に直行してくる。その後は俺が遊びに行くときはついてくるし、宿題があれば宿題を一緒に終わらせる。
 何にせよ夕食ギリギリまで家には帰らない。事情が事情なので詩帆も諦めているようだ。むしろ樹理亜がいない方が直之の機嫌もいい。美由紀と輝義もその辺の事情は分かっているので早く帰れみたいな事は言わない。
 女子同士遊べばいいのにと思うかもしれないが、女子は男子に比べて早く解散してしまう。家にまで遊びに行ってもやっぱり早い時間に帰される。女の子にとって夜は危険が付き物だから仕方ない。俺の取り巻きは多少悪いので結構遅くまで遊んでいる。家に帰れば毎度かあちゃんにどやされていることだろう。まぁこんな躾もなってないみすぼらしいガキを攫おうという奴もいないだろうし、いたらただの馬鹿だ。平和なこの町では何ら問題はないだろう。
 一応樹理亜が家に帰るときは俺がついて行っている。しかし、この時間は通行人もいなけりゃ車もたまにしか来ない。田舎だなぁ、と言う感じだ。町の中に夜遊びのスポットがないから当たり前だ。
 直之は酒も飲まず帰ってくるので六時にはもう家にいる。会社の連中との付き合いが悪いのかよほど加奈子がかわいいのか。いずれにせよ加奈子ベッタリで樹理亜に寂しい思いをさせるなら、帰って来なくてもいいくらいだが。輝義が帰ってくるのは早い時なら同じくらいだが、遅いときは8時くらいになる。会社の付き合いだ。深夜まで飲んでくることがないのは輝義があまり飲めないせいもある。
「ただいまー」
「おかえりー」
 樹理亜の声に詩帆が返事をする。直之の声も聞こえるが、やはり加奈子と遊んでいるためか返事はない。
「おねーちゃーん」
 加奈子がとてとてと駆けて来た。加奈子と樹理亜は結構仲良くやっているらしい。よく懐いている。
「じゃあな」
 俺が帰ろうとすると樹理亜と一緒に加奈子も見送りに来て手を振る。直之の子供とは思えないくらい愛想がいい。この辺は詩帆の血を受け継いでいるようだ。
 後々聞いた話だが、直之は加奈子をかまい過ぎて加奈子に嫌がられているそうだ。依怙贔屓までして嫌われてりゃ世話ない。直之の機嫌の悪い理由の一つにそれもあるのだろう。

 春になると樹理亜が加奈子を連れて遊びにくるようになった。
 直之が戻ってくる前に加奈子を連れて帰らなければならない。そうしないと当然直之が怒る。その様子を加奈子もしっかり見ているので加奈子も少し直之を怖がるようになりつつあるらしい。一応暴力はふるわないし、詩帆にも加奈子にも優しくはしているのだが。
 加奈子と一緒にいる間は樹理亜もあまり怒鳴られないので最近はよく一緒に遊んでいるそうだ。加奈子はますます直之から離れていく。そのうちその鬱憤が一気に出そうな気はする。まぁ、大丈夫だと思っておく。
 加奈子と恒星はまだなじめきれてない感じはあるが、まぁまぁ仲良くやっている。おとなしく内気な樹理亜とは違い、加奈子は活発な方だ。恒星もきかん坊でやんちゃなので、二人いると結構疲れる。喧嘩することも多い。男と女の喧嘩の仲裁は、大学時代以来だ。
 加奈子は今年から幼稚園に入るそうだ。恒星は俺と同じく年少組から入っている。恒星は恒星で幼稚園に友達がいる。女二人に常時張り付かれた俺と違い男友達が多いので、幼稚園に入った加奈子とどのくらい親密になれるか分からない。もっとも幼稚園の外では嫌でも付き合わされる事になるんだろうが。
 加奈子は恒星と違い直之にいろいろ買い与えてもらっているのでお下がりが少ない。その分樹理亜に掛ける金を削っているわけだ。服もあまり買ってもらえない。たまに輝義が買い与えているくらいだ。お陰で俺や恒星に掛けられる金もちょっと減るのだが。
 伽椎が平日は塾なので、樹理亜も前にも増してすることがない。お陰で俺の所に入り浸っている。土日は伽椎も一緒になって思いっきり遊ぶ。ただ、そのときは加奈子は連れて来ない。直之が家にいるので親子水入らずってなわけだ。加奈子は樹理亜と一緒に来たがるらしいが。
 そのお陰で伽椎はここしばらく加奈子の様子を見ていないようだ。一応その成長ぶりを教えてはあるが、だからこそ見たいという気持ちも高まって来ている。
 ただ、直之は樹理亜が加奈子を連れ出すことを嫌がるのでなかなか難しい。俺たちが樹理亜の家に行くときは直之に事前に話を通しておかないと怒られるらしいので、いきなり押しかける訳にも行かない。だからといって直之にこっちが押しかけることを知られていれば直之は加奈子ともども部屋に引きこもってしまうことも考えられる。最悪、加奈子を連れてどこかに行ってしまいかねない。そこまで嫌われていればではあるが。
 しかし、こういうときはこちらにも策がある。策と言ってもそんなに難しいことはない。伽椎の母親を利用するのだ。
 春だしハイキングにでも行きたいね、と言うような話を親の前でする。親どもは茶飲み話をしながらそういえば子供たちがこんなことを言ってたわねぇ、となる。すると次の週の日曜にはもうみんなでハイキングに行くことになっている訳だ。
 こういうときは恒星と加奈子のちびっ子も連れてくるのが習わしだ。置いてくることは伽椎の母親が許さない。そして、男親がついてこないことも許さない。
 別に山なんぞ歩きたくはないのだが、公然と加奈子を外に連れ出すには手軽な方法だ。
 ついこの間までどこかにぶつからないと止まれなかった加奈子も、いつの間にかちゃんと歩けるようになっている。とは言えハイキングの路程を歩き通せるだけの体力はまだなく、半分くらいは直之がおんぶして歩いている。
 なだらかな斜面を歩き続け小高い山の中腹の見晴らしのいい場所に出た。ここでお弁当タイムになる。飯を食べ終わると樹理亜と伽椎は加奈子と遊んだり蝶々を追っかけたりと伸び伸びと遊び出す。親たちはこんな場所まで来てしなくてもいいような世間話を始める。その声は絶え間無く囀り続ける山鳥のようでもある。
 加奈子も取られ、世間話の輪にも入りきれない直之は退屈そうだ。輝義は今日も撮影係を買って出ている。当然主婦三人の茶飲み話などではなくはしゃぎ回る子供たちを撮影する訳である。
 久々に加奈子の顔を見て伽椎も満足したようだ。このハイキングの裏の目的はしっかりと果たせた。
 帰りには加奈子は疲れ果てて直之の背中でぐっすりと眠っている。直之にとって今回のハイキングは加奈子を負ぶって歩き回るだけのイベントになった。
 そのせいも手伝ってか家に帰ってからの直之はまたちょっと不機嫌だったそうだ。もっとも、不機嫌なのは樹理亜に対してのみで、詩帆や加奈子の前では上機嫌とまでは行かないがごく普通らしい。何のことはない、不満をすべて樹理亜にぶつけている訳だ。
 元は他人の娘とはいえ自分の娘として育てているのだし、詩保と結婚するときにもこの子がいることを了承して結婚したはずだ。ここまでひどい扱いをする道理はない。
 何より樹理亜は俺の娘だ。自分の娘につらい思いをさせる男を許せるはずがない。いつか一発ぶん殴ってやりたいところだ。
 しかし、今の俺にはせいぜい空いている時間に樹理亜を連れ出して直之と会わなくてすむようにすることぐらいしかできない。
 俺はもう子供として普通に生活することをやめる覚悟だ。樹理亜の父親として、樹理亜を守っていく。前世の記憶を丸々残したまま生まれ変わったのも、樹理亜の近くに生まれたのも、今では父親として何かをする前に死んでしまった俺に父親として生きるチャンス――あるいは使命かもしれない――が与えられたのかもしれないと思い始めている。
 樹理亜が一人で生きて行けるようになるその日まで見守っていこう。
 俺は決意を新たにした。

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