Reincarnation story 『久遠の青春』

05.再会

 年中組になると、クラスの数が倍になるだけあって園児も増える。まつぼっくりぐみだった子供たちも、うめぐみとさくらぐみに分かれる。その代わり、年中になって新たに入ってきた連中が加わり、より賑やかになる。
 先生も変わった。今度は若干若い先生だ。良枝先生という。テンションの高いお茶目な先生だが、演じているだけかもしれない。なんとなく顔付きに翳があるような気がするんだよな。
 ガキ共もこのくらいの歳になるとやんちゃ盛りで先生も大変だから体力もいる。その代わり結構物分かりはいいので若いほうが向いている事は確かだ。
 で、また始めは自己紹介からだ。もう分かり切っているまつぼっくり組出の連中のは聞き流す。新しく入った奴のはまぁ後で憶えりゃいいやと聞き流したりした。
 さすがガキだけにすぐに打ち解ける。俺にはちょっとそういうのはなぁ。と思うのだが、向こうから寄ってくるのでやむを得なく相手をしてやる。
 それでも、やはり元まつぼっくりぐみばかりで集まってしまう傾向はある。後から入ってきた方は今までこれだけ大勢の子供の中に放り込まれたことがないのでまだ戸惑っている感じだな。幼稚園は取りあえず年少から入れておいたほうが良さそうだ。親の愛情が届かないからとか言うのももっともな気もするが、仲間の中では出遅れるな。
 新入りの中にはまだ読み書きが十分でない子供も混ざっているので、文字も習い直しだ。なんだか、今までの1年間は何だったんだって感じになる。幼稚園は年少から入れてると無駄だと思った。
 いずれにせよ、新聞も読める俺にひらがなを教えるのは無駄なんだけどな。

 恒星の方も少しずつ育ってきた。
 ぼちぼち歩こうかな、と言う気配だ。こっそり物陰から見たりしているが、見てない所で秘密のトレーニングを行っている様子はない。なんだか普通のガキっぽい感じだ。
 まぁ、そのおかげか美由紀も俺の時よりは苦労しているみたいだな。我慢という物を知らないわけだし。ただ俺である程度慣れているから投げ出したりとかはないようだ。ちょっと愚痴っぽくなったぐらいのものかな。夜にパートに出るようになったからますますだ。
 昼間は美由紀は寝っぱなしだ。ジジババも自宅に帰ってたまに手伝いに来るくらいになったからな。輝義がまだ甲斐甲斐しく手伝ってやってるからいいような物だ。割かしいい奴だな、輝義は。
 ただ、美由紀のパートのせいで夜の生活のほうはだいぶ少なくなったようで、これ以上子供が生まれるってことはなさそうだ。そうなると、こいつが浮気とかしないかが不安だな。
 いや。俺たちがまだちびっ子のうちはそんな暇はないと思うけどな。

 日々幼稚園と自宅を往復しているとあれだな、サラリーマン時代に会社と自宅を往復していた日々を思い出すよ。
 あの頃は会社帰りに付き合いがあって店をハシゴしたりしてなぁ。
 とは言え酒を飲まないだけで、幼稚園児にもあるんだよな、付き合いがさ。
 さすがに一旦家に帰ってからだけど、誘われたら断れないしな。内容は公園で鬼ごっこくらいのもんだ。接待でも何でもないから相手に気を使うってことはないんだが、まぁ、付き合ってやってること自体気を使ってやってると言えなくも無い。
 幼稚園では、仕切っている奴の好みでより分けとかはあるものの、大体は近くにいる奴は片っ端から混ざれって感じだ。ただ、一度帰ってからまで誘ってくるのはやっぱり限られてくるな。それなりに付き合いの多い奴か、近所の奴か。
 伽椎と樹理亜はよく誘ってくるよな。最初にままごとに混ざってからなにかと誘ってくる。女の子から声をかけられるのはうれしいがこんなちびっ子だし。まぁ、今から粉かけておくってのも有りか。気の長い話ではあるけどな。
 あとは多いのは和弘隊長の集合命令か。一応上司の命令だからこれが最優先だな。なんか、今のうちからしっかり社会の掟に縛られているあたり、サラリーマンが抜けきってない。
 やっぱり大人になったらサラリーマン以外の何かにならないといけないな。

「せんせーおはよーございます」
 バスをおりて幼稚園に向かってぞろぞろ移動している園児達が元気に挨拶する。後ろから良枝先生が走ってきたのだ。
「みんなーおはよう〜」
 なんとなく朝っぱらから疲れきった顔の良枝先生。良枝先生は男はいないので大概こういう時は寝坊して慌てて出てきた時だ。時間もぎりぎりだし、間違いない。あーあ、寝ぐせまであるぜ。
「先生、寝ぐせ〜」
 わざわざ指摘してやる。
「えっ、どこどこ!?」
「後ろはねてるよ」
「見えない〜っ」
 まぁ、見えたら直してるよな。化粧している時にでもさ。
「そんなんだから男できないんだぞー」
「うるさーいっ」
「ほらほら、遅れるぞ」
「憶えてなさいっ!」
 安っぽい捨て台詞を残して職員室に疾走する良枝先生。
 教室に入ってしばらくすると先生が入ってくる。
「みんなー、おはよー。今日も元気に挨拶しようねー」
 出席の点呼も、その後の一日も別に何事もなく進む。あの捨て台詞が何だったのかは謎だ。ちなみに、寝ぐせは直っていた。

 幼稚園も終わり、家にいても美由紀の家事の邪魔にしかならないので、ぶらっとツーリングに出ることにした。
 車の通らない路地でのんびりと三輪車を漕いでいると、樹理亜らしい女の子を見かけた。近づいてみる。間違いない。公園からの帰りだろう。いつも一緒の伽椎はいない。
「おーい、樹理亜ー」
 声をかけるとふり返った。
「あ。りゅうせいくん」
「今帰り?」
「うん。りゅうせいくんは?」
「ぶらぶらしてるだけ」
 ツーリングと銘打った所で実質はそんなもんだろ。
「なぁ、この近くに住んでるのか?」
「うん。そこのアパート」
 指差した先には確かにアパートがある。なんとなく、流れでそのままアパートについていくことになった。
「乗れよ」
 まぁ、女の子を歩かせておくのもなんだしな。樹理亜を後ろに乗せたままキコキコと三輪車を漕いでいく。なんだかこの後ろには樹理亜をよく乗せるな。って言うか樹理亜くらいしか乗せたことないし。
 アパートの前に三輪車を置いて樹理亜についていく。まぁまぁきれいなアパートだ。
「ただいまー」
「おかえりー」
 母親の声がする。キッチンで夕食の支度をしているようだ。
「おじゃまさん」
 しまった、じじ臭い挨拶をしてしまった。
「どなたー?」
 母親が料理をやめて出てきた。
 一瞬固まったよ。見覚えのある顔だったからな。
 思わず名前を呼びそうになった。
 そこにいたのは詩帆だった。誰かって?忘れたか?死ぬ前の俺のかみさんだよ。
「どうも、吉田流星と申します」
 焦りのせいで年齢不相応の堅苦しい挨拶になってしまった。
「ああ、同じ幼稚園の子ね。いらっしゃい」
 それだけ言うと詩帆はキッチンに戻って料理を始めた。
 ってことはだな。この樹理亜は俺の子供か!?ちょっとマジかよ。俺と俺の娘が同じ幼稚園児で遊んでるのか?
 詩帆がまたキッチンから出てきた。ジュースを持ってきてくれたのだ。
 よく見ると詩帆の腹はわずかに膨らんでる。肥えたという訳ではない。腹以外は以前と変わっていない。ということは妊娠しているということで、当然孕ませた男がいる訳だ。大体樹理亜の姓は俺のものでも詩帆の旧姓でもない。まぁ、だから今まで気付けなかったってのはあると思う。いつの間にか再婚したみたいだ。
 となると、このまましばらく樹理亜の家で遊んでいれば詩帆の新しい旦那の面を拝めるってわけだ。妻と娘を残して一人逝っちまった身としては、俺の代わりに二人を任せられるような奴かどうか見定めておかないとな。いや、見定めたところでどうなるわけでもないが。
 遊びに来た、と言う立場上ただ待つというわけにもいかないし、黙って待っていられるような心境でもないので樹理亜と遊ぶことになる。何をするかと言えば、やはりままごとだ。ほかの遊びを知らないわけではないだろうが、何かというとままごとだな。
 いつもは娘役だが、今日はママ役の伽椎がいないのでおのずと樹理亜がママ役になる。まだ子供のいない新婚夫婦だな。これから子作りに励み、時間とともに二人の熱烈な愛も冷めて倦怠期が訪れるなんて事を知りもしない。現実ではそんな感じだがさすがにままごとでそんな設定はない。
「あなたーごはんですよー」
 樹理亜がそう言うその奥では、詩帆が実際に夕食の支度をしているのでリアリティがある。特に匂い。俺も帰って飯が食いたくなった。
「いただきまーす」
 うまそうな匂いに包まれながら空の茶碗で飯を食べる振りだけしているとものすごい虚しさが込み上げて来る。とりあえずその空虚を先程出されたジュースで紛らわした。
 こうしてままごとを続けていればそのうち詩帆の旦那が帰って来ると思っていたが、思えば一杯飲んでからくるとか、残業なんて事もありうるんだよな。家の場所は分かったんだし、ガキ同士なんだから相手が女の子だってのを気にする事なく来られる。旦那がいそうな時に改めてくりゃいいよな。結局空腹に負けた訳だ。潔く負けを認めてやるぜ。腹減った。
「じゃ、俺はそろそろ……」
 言いかけた時だった。
「ただいま」
 なんていいタイミングで帰って来やがるんだ。これでしばらく帰れねぇぞ。いや待て。そろそろ帰らないとまずいのは確かだな。仕方ない。今日は面だけ拝ませてもらうか。
「お邪魔しましたー」
 すれ違いざまにちらっと顔を見る。これでよく見知った顔だってんならドラマチックなんだけどな。あいにく見も知らぬ奴だった。見た感じ別に何の変哲もないサラリーマンだ。まずはこいつの素性を明かしてやらないとな。

 日曜日。幼稚園も休みだし普通の会社ならやっぱり休みだ。俺は昨日のうちに樹理亜に遊びに行くと言っておいた。アポイントもとらずに押しかけて相手が不在では仕方がない。社会人としての常識だ。
 ちなみに、その前に一度幼稚園に立ち寄り、その前で伽椎と落ち合う手筈になっている。と言うのもあの次の日、俺が樹理亜の家に遊びに行ったというのを知り、ものすごいジェラシーを燃やしたのだ。こういう嫉妬深いタイプは嫁にしたくないな。いや、浮気する予定はないからかまわないと言やぁ構わないんだが。
 幼稚園の前では伽椎が既に待っていた。
「りゅうせいくん、おそいっ」
 時間どおりに来たつもりだが、どうやら男が女を待たせるなんて野暮な真似をしちまったようだ。まぁ、これから逢い引きって言う訳でもないし、そんなことを気にするような相手でも、年頃でもありゃしない。
 二人そろった所で樹理亜の家へ向かう。
「乗れよ」
 俺は三輪車の後ろを親指で指す。これがスポーツカーだったらびしっと決まるんだが。
 そういえばこの席には樹理亜以外の女を乗せるのは初めてだ。伽椎は恐る恐る俺の後ろに乗った。
「なんかこわいよー」
 伽椎は三輪車にはこうして乗ったことも、またがったこともないと言った。
「しっかり捕まってろよ。飛ばしゃしねぇが揺れるからな」
 俺が言うと伽椎はその体を俺に預けた。このシチュエーションでお互い大人だったらどんなによかったことか。今度はバイクの免許も取ってみるかな。まだ十数年も先の話になるが。
 漕ぎ出すと、居心地の悪い振動が二人を包み込んだ。三輪車の硬質プラスチックの車輪じゃこればかりは致し方ない。バランスの悪さに伽椎の俺を掴む手の力が強くなる。俺は前の人生で初めて詩帆を抱いたときのことを思い出した。あの時あいつも俺の背中に跡が残るくらい指を食い込ませてきたっけ。もっともシチュエーションが違い過ぎはするが。
 詩帆のことを思い出したところで詩帆と樹理亜の家に着いた。あの時俺が死んでいなければ、あのころ二人で住んでいたマンションで俺と詩帆と樹理亜の三人で暮らしていただろう。
 今、詩帆と樹理亜の住んでいるアパートの部屋には知らない奴の名前が書かれた表札が張り出されている。
 呼び鈴を鳴らし、伽椎と息を揃えてこんにちはとでかい声で言った。ドアが開き、出てきたのは詩帆だった。
「あら、いらっしゃい。樹理亜が待ってるわよ、あがって」
「はーい」
 などと言いながらズケズケと上がり込む子供二人。遠慮する方が不自然なので、教養ある大人としての自分をかなぐり捨て、子供らしく振る舞ってやっているのだ。
 樹理亜は部屋の入り口で半ば隠れるようにして待っていた。
「何して遊ぶんだ?」
 一応聞いては見るが。
「ままごとーっ」
 二人の息の合った答えが返って来た。聞くまでもないが芸のない連中だ。今はこうしてままごとなんて家事まがいのことをやって遊んでいるが、いざ結婚して主婦になると家事をほっぽらかしてゴロゴロしてたりしてな。
 で、配役は例によって俺がパパで伽椎がママ、樹理亜が娘だ。内容もロケーションが違うだけでいつもと内容が変わらない。なんだか、平凡な一家庭の暮らしの単調さが身に染みて感じられる。
「なぁ、日曜日だしたまには家族でどこかに行かないか」
 ちょっと変化球を投げてみることにした。
「わーいっ」
 素直に喜ぶ樹理亜。
「じゃ、はこねおんせんさんぱくふつかっ」
 提案したのは俺なのに主導権は伽椎が持っていた。やはり旦那を尻に敷くタイプみたいだ。それにしても、温泉とは趣味が老けてるな。遊園地とか言いそうな年頃なんだけど。
 で、結局どうなったかというと、箱根に行けるわけはないので風呂を沸かして入るだけだったりした。予定外にひとっぷろ浴び、さっぱりしたところでまた通常のままごとに戻ることになった。
 詩帆が風呂上がりの俺たちにサイダーを持って来た。そういえば昔も俺が風呂から出るとこんな風にしてビールを持ってきたっけな。詩帆はあのころと何にも変わっていないような気がした。
 詩帆の方も家事が終わったのか、居間の隅に座ってこちらをのんびりと眺めている。俺が死ななければ、こんなふうに詩帆と樹理亜と俺で暮らしていたのだ。もっとも今はこの家に邪魔者が二人ほどいるが。
 そういえば、もう一人の邪魔者を見かけない。平日に休みになる職種ではなかったと思うので日曜日なのだから休みのはずだ。
「そういえば樹理亜のパパって見かけないな。出掛けてんのか?」
 子供なのだから遠慮なく率直に聞いてみることにした。
「ううん、いるよ、おへやでびでおみてるの」
 なるほど、余暇は趣味を満喫してるわけか。
「こどもがにがてだっていってたしね、ぱぱ」
 野郎、俺との勝負を避けやがったのか。
 まぁ、これからの人生は長い。樹理亜とは家も近いし、少なくとも中学くらいまでは同じ学校のはずだ。それだけ時間があれば気長に樹理亜と付き合っていれば親父の正体もちらほら見えてはくるだろう。
 いずれにせよ、子供が苦手となると押しかけて相手の正体を見定めてやろうってのは難しいかもしれない。俺が来たら部屋に逃げ込んじまうだろうしな。むしろ、面はもう一度拝んでいるのだから、あとは幼稚園で樹理亜から聞いた方が早いだろうし。
「ねー、ぱぱいつもおしごとたいへんだね。かたたたいてあげる」
 樹理亜が俺に向かって言う。そういえば、今は俺も樹理亜のパパなんだよな。俺の若々しい、凝りやしない肩を樹理亜が叩いた。小さな非力な手だが、こちらも体が小さいので割かし痛かったりした。それでもしばし、娘に肩を叩いてもらうオヤジを満喫する。
「よーし、もういいぞ。えらいからおこずかいあげような」
 プラスチックの10円をくれてやると樹理亜は殊のほか嬉しそうだ。使えもしない10円でこんなに喜ばれてもなぁ。
「ちょっと、べたべたしないでよーっ、あたしのだんななんだからっ」
 娘に妬くなよ伽椎ママ。大人げない。いや、大人じゃないけどさ。
 箱根温泉三泊二日のはずなのに伽椎の調理で夕飯になる。キャンプか?と言ったところで現実でも夕飯時になり解散した。

「最近、流星君と伽椎ちゃんと樹理亜ちゃんはいつも一緒にいるね。仲良しなんだねー」
 幼稚園でいつも通り3人でままごとをしていると、良枝先生が声をかけてきた。
 全くもって良枝先生の言う通りで、幼稚園に着くなり樹理亜と伽椎が寄ってきて、ほぼ常にこの3人で行動することになる。他のメンツが加わることもあるが、この3人はいつも変わらない。他に友達はいないのか、と言いたくなるくらいである。
「いちおうかぞくだからね」
 伽椎が胸を張って言う。
「ままごとのな」
 変な誤解されても困るので一応フォローしておく。
「あたしがおかあさんなの」
「俺は尻に敷かれっぱなしの亭主役。職業不明」
「なんか大変そうな役ね……」
 苦笑いを浮かべる良枝先生。
「じゃ、樹理亜ちゃんは子供役?」
「うん」
「子供だと思って甘えてばっかりいるんだぜ」
 俺が言うと、樹理亜は少し照れたような顔をした。
「良枝先生。たまにゃ混ざってみる?」
「とくべつにおかあさんやく、やらせてあげるよ」
 伽椎も積極的に誘っている。女房役を取られるのを嫌がるかと思ったのだが、そうでもないようだ。
「ほら、花嫁修業のまたとないチャンスだぞ」
「まだ相手がいないってば」
「相手ができてからじゃ遅いぞ」
 執拗な誘いに良枝先生も折れた。放っておくと俺に何を言われるか分かったものでもないしな。
「伽椎は何役になるんだ?お姉ちゃんか?」
「ううん、おばあちゃんやく」
 姑かい。優位に立とうって言う魂胆だな。さすがの良枝先生も引きつった笑いを浮かべている。
「じゃ、ぱぱがしごとからかえってくるところからね」
 やはり主導権は伽椎にあるようだ。良枝先生はあくまでゲストだから仕方ないが。
「ただいまー」
「おかえりなさーい。ご飯にする?それともお風呂が先?」
 俺が上着を脱ぐ振りをすると、ちゃんとそれをかける振りをする。ここ、玄関だったような気もするが。
「じゃ、先にひとっぷろ浴びて晩酌といくか」
「うわ。流星君オヤジくさーっ。もしかして流星君ちのパパってそうなの?」
「まぁな。花嫁の予行練習だって言うからあえてリアリティを出してやってるんだぞ」
「じゃ、先生もリアリティ出しちゃうぞ。さっきのやり直しね。お帰りなさい、あなた。ご飯?お風呂?それともわ・た・し?」
「幼稚園児相手にそりゃあねぇだろ」
「何か流星君だと大丈夫な感じがするけど」
 鋭いな。男性経験はないらしいが男を見る目はあるようだ。
「まぁな。今日は疲れてるんだ、明日にしてくれ、とでも答えておくか」
「ねー、なんのはなししてるのー?」
「幼稚園児は分からなくていいぞ」
 教育によくない悪ふざけはここまでにして、普通のままごとに戻る。
 やはりと言うか何というか、先生ママは姑に口うるさくいろいろ言われている。ただ、相手もさる者、毒のある言葉で返したりしてだんだんままごとは嫁対姑のバトルロワイヤルと言った様相を呈して来たので、放っておいて娘と遊ぶことにした。
 やはり、何というか親父のことが気になるので話題をきりだしてみる。
「樹理亜のパパってどんな人?」
「うーん。おしごとからかえってくると、すぐにねちゃうからよくわかんないの」
「休みの日は遊んだりとかしないのか?」
「うん。いつもびでおみたりままとおはなしししてる」
 娘はほったらかしかよ。子供は苦手らしいけど、娘の面倒くらい見ろよ。
「ねぇ。たまにあそびにきてくれる?」
 樹理亜がボソッと言う。なんとなくだが、思い詰めたような感じがした。
「ああ、どうせすることなんざねぇからな、いつでも付き合うぜ。でもよ、パパは子供苦手なんだろ?怒ったりしないか?」
「おこるかな……」
「まぁ、たまになら平気か。何なら樹理亜が遊びに来りゃいいし」
「いいの?」
「うちの両親は子供好きだからな。作るのも……おっと。ま、とにかくこっちもいつ来ても構わねぇぜ」
「じゃ、あたしもりゅうせいくんのところにあそびにいく」
「伽椎も誘っておけよ。後でうるさいから」
「そうだね」
 その伽椎は先生ママとのいびり合いに負けて半泣きになっていた。やはり子供では大人には勝てないのだ。良枝先生は我に返って伽椎を懸命になだめている。
「またおままごとしよう」
 どうにか機嫌も戻った伽椎はそう良枝先生に言うのだった。が、恐らくもう二度と誘わないと思う。いわゆる社交辞令だ。
「いい予行練習になったか?」
 疲れた顔の良枝先生に聞いて見た。
「はー、何だか精神的にすっごく疲れたなぁ」
「男、いらないとか言い出すなよ」
「男は欲しい。要らないのは姑」
 結論が出たようだ。母親のない男を選ぼうということだろうが、これ以上男にいろいろな条件をつけると男旱が長引くような気もするぞ。

 恒星もいつのまにかはいはいができるようになった。子供の成長は早いもんだ。
 ガラガラをもって誘ってやると、満面の笑みを浮かべながらよたよたとにじり寄ってくる。俺がこのくらいのころは同じように呼ばれたりしても、まぁほかにすることもないんだし、とか、これもスキンシップってやつだから付き合ってやるか、みたいなだいぶ投げやりな感じでやっていたもんだ。多分あんまりかわいい子供じゃなかったろうなぁ、などと自分と比較して考えてしまうわけだ。
 もしも俺が恒星より後に生まれていたら、恒星と比べてのかわいくなさで育児放棄されてたかも知れねぇ。そのくらい子供ってのはかわいいもんなんだな。少なくとも普通の子供は。大人になってからは気恥ずかしくてやれないことを素でやれるわけだし。
 それでも児童虐待なんぞできる奴らは人でなしだな。案外、子供の方が俺みたいなすれた奴なのかもしれねぇが。
 大体、恒星の使っている物は俺のお下がりばかりだ。金もかかってない。気を使ってやった分楽は楽だったろうが、俺の場合は生活切り詰めていろいろ買って、それで義理で付き合ってやってるってんじゃ付き合いきれないよな。
 先に生まれて来ておいてよかったよ。

 美由紀と輝義もますます手がかかる恒星につきっきりだ。
 前に一度、美由紀が俺にこういった事がある。
「最近恒星ばっかり見ているからあんまり構ってあげられないね。さみしくない?」
 男は孤高であるべきだと思っている俺はこう返した。
「構わないよ、気楽でいいし」
 すっかり隠居状態になっている。
 今俺はまさに第2の人生を送っていると言える。普通の人間にとっちゃ第2の人生なんてのは老後以外の何物でもない。俺はもう余生に入っているのかもしれないな。
 悠々と余生を送っている俺のことは構わず子育てに専念してくれ、と言ったところだ。まぁ、俺も子供なんだが。
 それに俺は自分の子供の面倒も見なきゃならないしな。それに、詩帆の奴があの子供嫌いとか言う野郎と拵えたガキがじきにひりだされる。そうなると俺の周りからさらに子供が増えることになる。実際、臨月に入ったと聞いたから、もうカウントダウンが始まっている感じだ。
 俺の両親と詩帆も同じ幼稚園の児童の親同士、しかも子供が親密だという関係上、だんだん付き合いができてきた。そのお陰で、美由紀と輝義の会話の中に結構詩帆の話題が上がることも多くなった。そうなると、おのずと子供にはしないような話が飛び込んでくるので、意外な話が聞けたりする。もちろん、俺のいるところではそういう話をしないので隣の部屋で恒星と遊んでやって、その最中にそう言う話題が出るのを盗み聞きするわけだ。
 しかし、小さい子供二人が隣にいるのに大人の話をするかね。視界から消えてると安心するんだろうが。俺がこうして恒星と遊んでやっている間は美由紀も輝義も少しは落ち着けるからな。くつろいで世間話できるひとときなんだろう。
 思えば俺も樹理亜に初めて会ったのが幼稚園だ。自分の子供なのに赤ん坊の時期を知らないわけだ。
 赤ん坊なら体験済みだが、客観的に成長を見守ってやるってのは恒星が初めての体験になる。言わば、一度死んだお陰でできなかったことをようやく体験できたことにはなる。自分の子供じゃなく弟ってだけだ。そういう意味じゃ恒星の存在は俺にとって大きい。
 しかも、おむつ替えだの何だのという七面倒なことは親がやってくれるわけで非常に楽チンだ。
 ある意味死んでなけりゃこの子育ての修羅場を生で体験させられてたわけだ。後20年も経てば俺もまた自分の子供を育てるはめになるだろうが、ある程度知識もあるし、覚悟ができているのでいきなりよりはだいぶましだろう。
 まぁ、今のうちにせいぜい子育ての予行練習でもしておくか、ってもんだ。何にも知らずにつきあわされる恒星は災難かもしれないが。

 年中組もそろそろ終わりか、と言うくそ寒い日。寒さを防ごうと厚着をすると動くだけで疲れるような、そんなある日。
 詩帆がついに長らく腹の中に収まっていたものをひり出す日が来たようだ。樹理亜が呼び出され、先生に付き添われて帰って行った。
 俺にとっても昔の妻なのだから他人事ではない。もっとも、そんな事情は俺以外に知る者もいないのだからどうしようもない。大体父親は俺じゃないしな。まぁ、どうせそのうちまた樹理亜の様子を見に行くことになるからそのときにでも俺の女房が産んだ他人の子の面を拝むことにしよう。
 次の日、幼稚園に出てきた樹理亜に早速赤ん坊について聞いてみることにした。伽椎も遊びに行った時に詩帆の腹がでかいのは見ているので、昨日樹理亜が呼び出されて帰って行った事情に感づいていたようだ。
「樹理亜、どうだった?生まれたのか?」
「おとこのこ?おんなのこ?」
「おんなのこだっていってた」
「それじゃ妹だな」
「うん。パパもすごくよろこんでた」
「うちの弟とはギリギリセーフで同じ学年になるぜ。俺たちみたいに仲良くなったりしたら二人で遊び行くことになるかもな」
 それを聞いて伽椎が表情を曇らせる。
「あーっ、いいなぁ。うちもママにおとうとかいもうとがほしいっていっておこうかなぁ」
「今から作ったって間にあわねぇぞ。生まれるまでは10カ月くらいかかるんだ」
「えーっ。そうなのかぁ。ねぇ、すぐにこどもがうまれるほうほうってないの?」
「あるわきゃねぇって、捨て子でも拾ってこなきゃ無理無理」
「すてごって?」
「ほれ、たまにニュースでやってねぇか?駅に生まれたばかりの赤ん坊が捨てられてたとか」
「そうかぁ、わだまちえきにもいるかなぁ、すてご」
「いねぇって」
「いまいるっていったじゃない」
「そりゃ、捨て子は駅に捨ててあるもんだが、あんな田舎駅ですぐに見つかるほど日本の治安は乱れてねぇよ」
「ちあんってなんのことよぉ。じゃあ、やっぱりだめなの?」
「そもそも真に受けるなよ。どうしてもってんなら孤児院で探して養子縁組した方がいいだろ」
「うえぇ、むずかしくてわかんないよぉ」
「まぁ、わかんないうちは難しいこと考えんな」
 つまらないネタを振ったばかりに話がややこしくなってしまった。

 詩帆が退院したというので、その次の日曜に早速その顔を拝みに行くことにした。その話をしたら美由紀と輝義も一緒に行くということになった。となれば、恒星を一人だけ残して行くわけにも行かないので連れて行かざるを得ない。それに、俺が樹理亜の家に行く時は嫉妬深い伽椎も誘っておかなければならない。誘えば、用事でもない限り来るし、用事など滅多にない。しかも、伽椎のほうも両親がついて来ることになり、総勢7人で押しかけることになった。あの狭い部屋にはいるのか、これ。
 俺たち一家が樹理亜の家に着くと、既に伽椎一家が来ていた。思えば伽椎の父親を見るのは初めてだ。母親の方は行事がらみでたまに見かけている。なかなかリーダーシップの強いグループのまとめ役的なバイタリティあるパワフルな女性だ。それに比べ、父親はなんとなく頼りなく見える。なるほど、伽椎の男勝りの部分は母親似なのだろう。なおかつ尻に敷かれる父親の姿を見ているのでままごとでも主導権を握るわけだ。
 狭い居間に来客が赤ん坊含めて7人と家人が生まれたての赤ん坊含めて4人。かなり狭苦しい有り様になった。
 テーブルの上には缶のお茶と茶菓子が出ている。それが入っていたらしいコンビニの袋が伽椎の母親の横にあるところを見ると、伽椎の母親が詩帆に気を使わせないように準備したらしい。
「かーわいいー」
 美由紀がつるっぱげの猿のような赤ん坊の顔を覗き込みながら顔をほころばせた。恒星で見飽きていると思うんだが、よその子供はまた違うらしい。
「名前はなんて言うんです?」
 輝義が樹理亜の父親に聞いた。
「加奈子って言うんです」
 詩帆のネーミングでは無さそうだ。
「お姉ちゃんが樹理亜ちゃんだからそういう名前にするかと思ったけど」
「今度は直之さんがつけたから」
 だろうな。そうそう、直之ってのは樹理亜の親父だ。
 親集団が子供の話や世間話で盛り上がっている後ろで、俺たちは恒星の遊び相手をしてやっている。伽椎も最初は加奈子の顔を眺めていたが、眠ったままの新生児にすぐに飽きたようだ。まだ反応のある恒星の方がいいのだろう。
 やがて、お披露目会もお開きになった。めいめいに家に帰ることになったが伽椎がまだ恒星と遊びたいとごね出した。
「恒星ちゃんは吉田さんのところの子なんだからそういうわけにもいかないでしょ」
 親に諌められる伽椎だが、恒星を離そうとしない。
「んじゃ、続きは俺の家でってのはどうだ」
「うん、いくいくぅ」
 俺の提案に伽椎がすぐに賛同した。
「いいんですか?」
 伽椎母が申し訳なさそうに言う。
「ええ、構いませんよ」
「うちの両親は子供好きだから遠慮すんなって。なぁ」
「すいませんねぇ。伽椎、迷惑かけるんじゃありませんよ」
「はーい。じゅりあもくるでしょ」
「うん。いきたい」
「よっしゃ。ついて来い」
 二次会のおごり役みたいな風情になる俺。
 直之の野郎はうるさいガキがいなくなるのがうれしいらしい。今までに見たこともないようなうれしそうなにやけ顔をする。こいつを喜ばすのはちょっと癪だが、まあいいだろう。しかし、加奈子はいるんだがいいのかね。加奈子は赤ん坊だからいいのかもしれないな。
 伽椎の家は途中まで同じ道だ。別れ際、伽椎の両親はまた、迷惑かけるんじゃありませんよ、と言い残していった。迷惑をかけるものだと思い込んでいるんじゃないか。まぁ、伽椎はおてんばだし心配するのも分かるが、案外しっかりしているので親が思うほど他所で迷惑はかけないぞ。

「そういえば、お前ら俺のうち来るのは初めてだったよな。いつも樹理亜のところに集まってたし。親父が子供嫌いなのにな」
 日曜毎に押しかけられて直之もさぞや迷惑だったろう。まぁ、俺としては毎日顔を合わせる樹理亜はともかく詩帆の様子が気になる。直之とは仲良くやっているみたいだし、心配はいらねぇのかもしれねぇ。あいつだってその気になれば一人で子供くらい育てられるだろうから、直之が稼いで来てくれている分には何の問題もねぇ。だからいまさら押しかける必要はどこにもないだろう。
 むしろ、これから加奈子の面倒を見なきゃならない詩帆に手を煩わせることもない。まぁ、たまには見に行きたいという気持ちもないでもないので、これを期に集まるときは樹理亜の家ばかりでなく、俺や伽椎の家も使うよう提言してみた。答えは二つ返事だった。
 ただ、俺の家の環境について二人からちょっとした苦言があった。
 おままごとセットがないので困る、とのことだった。男の家におままごとセットなんぞあるか。全く、あいつらは好きだなぁ。
 今回は俺用のプラスチックの食器を使い、次回からは各自持参するようにとの通達を出しておいた。自分一人じゃ使いもしないままごとセット何ぞ親の金を使ってまでそろえてられるか。

 その後、何事も無く平穏な日々が過ぎて行った。ただ、退屈な日々ではない。恒星や加奈子の成長をあくまで距離を置いて見守りながら樹理亜、伽椎との疑似家族生活を営み、幼稚園で男運に恵まれない先生を茶化しつつ時は目まぐるしく過ぎて行く。
 気が付けば幼稚園生活もそろそろ終わりという時期に差しかかっていた。
 恒星は立って歩けるようになった。加奈子の方もだいぶ大きくなり、家中をはい回っているらしい。立って歩く日もそう遠くはなさそうだ。
 良枝先生の方はこの2年間、彼氏が出ることも無く二十代後半に突入。テンションの高さは相変わらずだが、なんとなくやけになっているだけのような気がしてきた。まぁ、半日ガキどもの相手をした後で男と遊べるほどのスタミナは無いのだろう。夕方、園児たちが帰るときのほっとしつつも疲れ果てた顔を見れば察しがつく。恐らく家に直帰、そのまま昏睡状態。遊ぶ気力は無さそうだ。これから歳とともに体力が落ちてくるともっと大変になる。三十路まで売れ残っていたら絶望的かもしれない。俺みたいに若返れりゃいいのにな。まぁ俺は若返り過ぎだが。
 俺もせっかく第二の人生──こういうと定年でも迎えた後みたいだが──を悔いの残らないものにしないとな。幼稚園児の分際でこんなことを言うのもどうかと思うが、人生設計はしっかりしとかないと。
 うちの両親は子供達をエリートにしようとビシビシしごくほど教育熱心じゃない。自分たちの子供なんだから上を目指してもたかが知れていると。だからこそこっちものびのびできるってもんだ。この環境を活かさない手はない。
 一流の大学を出て一流企業に、というのも悪くはないんだがな。前の人生でサラリーマンには飽きた。二流の大学を出てそこらへんの企業に入った訳だが、これが一流になったからと言ってやり甲斐が出るとは思えない。っていうか飽きてるんだからな。
 どうせならもっとこうクリエイティブな人生を送りたい訳よ。何かを生み出すような。何かを作るってのは男のロマンだ。例えば女房がいても外に女作ったり挙句子供まで作ったりな。これは違うか。
 どうせ小学校の勉強なんか前の人生でとっくに終わってるんだし、しっかり遊びながら自分のやりたいことを見つけて行くつもりだ。遊んでいられるのは今のうちだろうからな。まぁ、本音を言わせてもらえば一番遊びたいのは大人になってからなんだけどな。ガキができる遊びなんざたかが知れてるし。
 のんびりやるさ。人生はまだまだこれからなんだから。
 By名も無き6歳児。

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