地平線伝説の終焉

十幕・二話 砂の上のマーメイド

 駄弁りながらも粛々と作業は進んでおり、寝床の確保は終了した。衣食住のうち一晩の寝床ながら住は整ったことになる。服は最初から着ているし何ならこれから脱ぐ算段をしているくらいなので衣の問題もない。後は食のみ。
 夕食の前にプールタイムだ。みんなで夕食の準備をし、ごった煮料理が煮込み終わるまでの待ち時間をプールタイムに当てたのだった。
 なお、その夕食の準備は各自の女子力というか自炊能力をを曝け出すことになった。
 言うまでもなく臣下が全部やってくれるので必要のない伽耶は料理スキル皆無。鳴女は来るべきいつかのために修行を始めたばかりであり、将来性は感じるが将来に期待するしかない。記憶が消えたせいで料理の仕方も忘れたと言っていたが、天珠宮の暮らしに料理スキルが必要だったと思えない。
 那智も女中として最低限は仕込まれたが、料理人ではないのでその能力を使う機会はなかった。そして、そこそこの稼ぎもあって金遣いは割と荒いほうであり、食事は食堂や小料理屋を躊躇いなく利用していたのであまり料理はしてこなかった。それでもぎりぎり人並みの水準は満たしていた。
 凛と咲夜は一人寂しく自立し、それでいて金銭的なゆとりはなかった。女子として輝けないほど女子力は磨かれる。輝けていないのは光が当たっていないだけ、女子力込みなら女の魅力で下克上もあり得るのである。
 一方男達は一通り、荒削りでも自活能力を持っていた。定住もしないがキャンプも珍しくなかった賞金稼ぎあがり達は女子力と言うよりサバイバル能力として料理スキルを獲得していた。定住していた圭麻と光介も自活しており鍛えられている。圭麻に至っては怪しげな創作料理まで手を出していてこの中でトップクラスである。味はいいが惜しむらくは料理が謎過ぎることであろうか。各地を転々としていた颯太は中間くらいのライフスタイルらしく料理の腕も中間くらいであった。
 そんな彼らが各々のできる限りを尽くして完成を待つばかりの料理を、かき集めた枯れ木や枯れ葉を燃やす火でゆっくり煮込む間、結構な時間がある。他の人もいないことだしゆっくり楽しめそうだ。
 さて、着替えるか。男達がそう思ったその時、すでに用意万端の那智が彼らの前に立ちはだかった。
「おいおい、女達が勝負の水着で臨むのに、お前らは昨日のダッセー海パンで行く気じゃないだろうな」
「そ、それが噂の夜の水着か……流石だぜ。って言うかそれ昼間みたやつじゃね?」
 泰造がそれに気付く。櫓雲通過で蒸し暑くなって脱いだ時に下に着ていたのがこれだった。何が起こるか分からないので念のため、見られてもいいように水着をつけていたのである。もちろん、ここにいる男たちが無理やり那智を脱がそうとするなんてことは考えてはいなかった。その点は信用していたし、そんなことができないヘタレだと分かり切っている。想定していた万が一は、自分が脱ぎたくなるパターンである。暑くて脱ぎたくなることもあるし、変なテンションになって脱ぎたくなることもあるだろう。そしてそれは暑い上変なテンションになることで現実になったのだった。
「ずっと着てたってことか。着替えが早いわけだ」
 昼間はタヲヤメ号にいた颯太は初見である。
「ちょ。お前らじろじろ見んな!」
「見せに来たんじゃねーのか」
「いやまああそれはそうなんだけどさ……」
 今はそれほど変なテンションではないので那智はちょっと恥ずかしそうである。
「もしかして鳴女さんもそんなの着てるのか!?ヤベー、そんなの直視できねえ……」
 悶える泰造。
「じゃあ何でオレのことは直視できてんの!?ガン見じゃん、遠慮しろよ!」
「そろそろ那智は見慣れてきてるしなあ」
「いつ見慣れるほど見たんだよ!それこそ遠慮しろって!」
 那智は見せているつもりはないが、たまによく那智が着ているちょっと攻めた服は男たちにとっては見せられている部類に入っていた。そのボーダーを超えていれば後はどこまで見せていてもそんなには変わらない。いや、さすがにここまでいったらほぼ丸出しという第二ボーダーというかリミットラインは存在しているのだが。
「ええいくそっ!とにかくだ!ここに男用の極限水着コレクションを入れてあるから絶対着てこいよな!!着ないという選択肢はないんだぞ」
「一応確認しますけど。着ないという選択肢には全裸というものも含まれますが、その可能性を捨ててしまうんですか」
「絶対必ず須く着ろっっ!」
 もし那智が「やれるもんならやってみろ」と言い返してきても絶対にやらないだろう圭麻の挑発に、夕焼けの中でも判るくらい真っ赤になりながら敗走する那智だった。

 着替えが終わり全員が水辺に集う時が来た。そしてその水着の全貌も詳らかとなるのだ。まずは男たちの登場である。
「まさか本当にフンドシつけてくるとは……」
 ちょっと困ったような感じでいう那智だが、言うまでもなくそのフンドシを袋に入れて寄越したのは那智だった。
「そういうネタ枠は俺の担当だと思ってな」
 胸を張る泰造。悲しいほど似合っているのが何とも言えない。今すぐにでも神輿を担ぎにいけそうだ。その姿を見てこれは筋肉自慢がつけるものと理解したのか偉大なる月読陛下もフンドシ着用なのは見て見ぬ振りすべきなのだろう。
 他の男はビキニパンツであった。
「オレの提供した伸縮素材ってこのためだったんですね」
 圭麻の質問に那智はうなずく。
「いろんなものに使うつもりだけど、手始めにな」
「何だ、これって那智が作ったのか」
「ちなみに、男用ビキニも女用ビキニも色柄が違うだけで構造は同じだぜ」
 思わず極力見ないようにしていた鳴女のビキニに目が行ってしまう泰造。ネタに走らず無難にビキニにしていればお揃いにできたのだ。
 なお、この布が繋がった構造のビキニを着用しているのはあとは伽耶くらいで、ほかはより露出の際どい腰で紐を縛るタイプになっている。この紐は解けたり緩んだりすると大惨事になるので、実際には縛った形で固定されている。こういう紐が解けちゃうイベントは周りは盛り上がるが本人は大ダメージである。那智だって誰かがやらかしたら盛り上がるが自分がやらかしたら立ち直れない自信があった。よって当然の処置である。解いたり解かれたりを愉しみたいなどというふざけた要望もあったがそれは専用の水着を用意することで対応した。自分には関係ない話である。リア充どもは視界に入らないところで勝手にやってろってなもんである。
「どうでもいいんですけど。ちょっとこのビキニってフィットしすぎてません?」
 圭麻が内股になってぼやいている。
「ちょっときつかったか?どうせ伸縮すると思って採寸とかせずに作ったしなあ」
「サイズの問題じゃなくて……いや、サイズがバレちゃうとかそういう話だからサイズの問題……?まあ、ある意味きついのは確かですね」
「ああそれは狙い通りだから」
「おいっ」
 圭麻はスルーされた。
「そしてお待ちかね!水着女子軍団の登場だぜ!ドキドキするだろ!?てめーらはどんな水着で出てくるかわからねーからドキドキしてるだろうけど、オレはどんな水着で出てくるか分かってるからこそドキドキするんだぜ!うっひょーマジかよ、あれ着ちゃうのかよ!」
「なんで女のお前が一番テンション上がってんだよ……。結姫が入ってた温泉に行かせなくてよかったぜ」
 まあ、行かせなかったのは颯太ではなく隆臣だったのだが。男の自分が分離しているはずの今ですらこのざまである。
「今更だけどさ、あの時は隆臣ばかり見てたけど実にもったいなかったな。お前らのことももっとじっくり見ておくべきだった」
「お前は一人で内湯にでも浸かってるべきだった」
 颯太たちはあまりじっくり見られていなかったことが今更ながら判明した。とりあえず、あの時の隆臣には色々と感謝しかない。
 そして、こちらは盛り上がり過ぎである。女子が出辛い。攻めた水着をつけてはいるが見られることに抵抗感の薄いリア充組の後についてくるように、大人し目水着の伽耶と鳴女がおずおずと出てきた。
「手に取るだけでやめるネタ枠だと思っていた水着を着ちゃうチャレンジ精神!そこにシビれるあこがれるゥ!」
「水着はともかくそのネタはよせ」
「まあネタ枠を着て出てくるのは男の方もだったけどな?」
 と言うか、誰も気付いていないがさっきから鳴女が泰造のフンドシをガン見である。
「ネタ枠のフンドシの方がこのビキニよりましな気がしてきましたよ。ましてこの状況じゃ……。早く水に入りませんか、せめて下半身だけでも」
「いや待て。下半身をもっと堪能してからにしてくれ」
「おいっっ」
 堪能されたくないから言っているというのに。
 と、そこで泰造がなるべく見ないようにしていた鳴女が、こちらに送る視線にようやく気付いた。
「な、鳴女さん?」
「大変です泰造さん。急に目が見えなくなりました。泰造さんのいる方向は声でわかるのですが」
 すごい棒読みで言う鳴女。
「それは大変ですね」
 何かを察した泰造の返答も棒読みだった。――と。圭麻が泰造のフンドシに手を掛け、引きずりおろす――ふりをした。
「きゃあ」
 顔を手で覆い、指の隙間から実は覗いてたなんてこともなく目を背ける鳴女。
「見えてるじゃないですか!」
 圭麻に旋風脚を叩き込みながら吼える泰造だって、目が見えないと言いつつ落ち着き払った鳴女の言葉などもちろん微塵も信じてなかったが。
「み、見えてますけど見てません」
「そりゃあそうでしょう、見える状態にはなってませんから。安心してください、穿いてますよ」
 圭麻がちゃんとアフターケアをしたが。
「てめーが言うとむしろ信用できないだろ。まあ、目には目を丸出しには丸出しをと言う報復があるのを理解してるはずだからこいつもやりませんよ」
 それでこの場はひとまず落ち着いたのだが、密かに泰造は鳴女への逆襲を固く決意した。俺も、じっくり見せてもらうぞ!――決意は固いが行動に移す覚悟も固まるまでは今暫し。

 とりあえずさっさと水に入ることにした。腰まで水に入ってしまえば下半身は見えなくなる。男はそれだけでどんな水着をつけているかなど関係なくなる。その点女が不利ではあるが女たちにとっても大分気は楽になる。
 そしてそれは、鳴女の水着をじっくり見ると決意した泰造にとっても同じだった。とは言え見えているのが上半身だけでもなかなかである。日頃はゆったりとした布の量の多い服を身につけているので、それこそ秘密のヴェールが剥がれた感じだ。最近は極北帰りの寒暖差で割と薄着にはなっていたが直視はできなかったし、むしろそのせいで元々大した用のなかった神王宮の執務室に入りにくくなってしまっていたくらいだ。しかしつい今しがた、遠慮はしないと覚悟を決めたばかりである。
 初めて見る鳴女の体は驚くほど華奢だった。運動不足を気にするほどで、それでいて贅肉もない。抱きしめたら泰造の怪力でなくとも折れてしまいそうだ。しかしそこは安心してほしい。抱きしめるなんてことになったら先に泰造の心が折れるだろうから。
 そして、水着をじっくり見ると決意した以上そうしたいのは山々なのだが、そうするとどうしても水着が覆っている胸を見ることになってしまう。だからといって他の部分を見ると剥き出しの素肌を見ることになってしまうわけで。と言うか、体は華奢なのに胸は以外と……。
 別に胸を見ているわけではない。見ているのは水着なのだ。水着を誉めればよいのである。さらに。
「あ、あんまり見ないでください……」
「なぜか急に目が見えなくなりました」
「目で私を追ってるじゃないですかっ」
「声のする方向を見ているだけです」
 さっきのお返しはしっかりしないとなるまい。
「冗談はともかく。水着、似合ってますよ」
「本当ですか。それなら普段からこの格好の方がいいでしょうか」
「それは勘弁してください」
 ここでそうですねなどと言われたら困るのは鳴女なのだが、泰造がそんなことを言えるわけがないので余裕を持ってそんな冗談を言えるのである。そして鳴女の攻勢は続く。
「この水着のどこが好きですか」
 困らせるのが目的のサドっ気ある質問である。
「え、ええと。純白なのが鳴女さんのイメージにぴったりで、あしらわれたフリルも清純そうでありながら大胆な露出が魅力的なボディラインを――」
「ちょ。ちゃんと見てるじゃないですかっ。私が大胆みたいな言い方しないでください、こういうのしかなかったんですっ。むしろその中でもおとなしいものを選んだんですっ」
 思わぬ反撃――というか素直に質問に答えただけ――に慌てる鳴女。
「でしょうね」
 最近不思議と逆らえなくなってきた鳴女の質問に意識せず半ば反射的に答えたとは言え自分の口走った内容に、言われた鳴女共々固まる泰造だった。

 昨晩個室に泊まったようなリア充はもう勝手にめいめい自分たちの世界に入り込んでいる。そして、泰造と鳴女もある種二人だけの空間を固めていた。
 ほかの五人はひとまず集まっていた。その中で一番所在なさげなのは三人組のうち二人がリア充もしくは準リア充としてペアを構築し取り残された健である。
 他の面々とはそれほどつきあいが深いわけでもない。ましてそのうち一人は雲上人たる至尊の存在。女の子のグループとバカンスにいくからついて来いよと言われてついて行ったらとんでもなかった次第である。
 そんな健も泰造たちが再起動し、潤たちと喋り始めたのを見て北方帰りグループとしてその輪に加わっていった。
「微妙に辛い立場ですね、彼」
 非リア充同志として圭麻が慮った。
「もうすぐ勝ち組になれるかもしれないけどな」
 ニヤニヤしながら那智が言う。
「まだその事、本人には言ってないんですね。もう我慢できなくて言ってるかと思ってました」
「そりゃ圭麻にこそ言いたいんだけど?」
「あははは。まあオレはあれですよ、彼とはそこまで砕けた関係でもないですし、話したくても機会がない感じです」
 泰造の友人たちである彼らとも最近つきあいは増えてきているが、圭麻にとっては友人と言うより取引先みたいな感じなのだ。しかもそれは健ではなく潤のほう。健との接点はいまだほぼ無いと言えた。
 そしてそれを言うならほかのメンバーも似たようなものである。そうでなくても颯太や鳴女はこう言うときにうっかり口を滑らすような性格でもないし、那智や凛はこのサプライズにノリノリなので理由もなくネタバレなどしない。そして泰造はたぶんサプライズだの健の幼なじみだの、そんな話はきれいに忘れている。そう考えると確かに圭麻が一番危ないのだ。
「そんなことより、そのサプライズがうまく行ってカップル成立でもしたらいよいよ売れ残りはオレたちだけになりますよ」
 厳密には泰造と鳴女はカップル成立までは行っていないのだが、時間の問題あるいは当人たちの覚悟の問題であろう。鳴女の方は最近ちょっとやる気を出してきているので秒読みかと思われた。
 そしてそれを言うならば颯太と那智も似たようなものである。どちらもやる気を出す気配がないのでまだ時間は掛かりそうだが、何が起こるかわからない。圭麻はさりげなく二人を焚き付けているわけである。
「そういう圭麻はどうする気だよ。まさかっ」
 圭麻と伽耶を交互に見る那智。こういうブーメランが返ってくることも当然想定内だ。颯太には過去に繋がりがなどと吹き込まれはしたが、それでどうこうなるようなことはないと確信できる。
「えっ。ええっ!?……ど、どうしましょうか」
 狼狽えた伽耶の、そのあり得なさそうな選択肢について確認を求める満更でもなさそうな表情を見て、見なかったことにする圭麻。
「まあ、圭麻とは話しておきたいこともあるんでしょう。一応さわりは伝えてあるんで話すならいい機会でしょう」
 颯太の言葉に、ナンパされて舞い上がる少女のような顔から真顔に戻る伽耶。圭麻も一安心である。
「しかし伽耶さん、よくそんな水着着る気になりましたね」
 話を変えるべく颯太が切り出したが、地雷だった。
「だって選択肢がないんですものっ。やーんっっ、大胆ですよね!?いっそ破廉恥ですよね!?」
 ちょっとどうかとは思いつつも他の人も着ているので我慢して着ていたのだ。そしてなるべく意識しないようにしていたのだ。これでも那智が用意した中では清楚な部類である。カップル成立組はパートナーに存分に見せつけろと言わんばかりに大胆に。那智自身もいつもよりちょっとだけ大胆にしてみた。日頃から大胆な那智がちょっと大胆にと言うのでお察しだ。そして清楚な二人にはちゃんとそれなりのものも用意していたわけだ。
 水着はある程度自由意志で選ばせたがしっかりとトリックはある。当然伽耶姫が最優先、次に鳴女が選ぶことでこの二人に無茶な選択をさせない気遣いだ。
 もっとも、一番おとなしいデザインの『慈悲の水着』が意外と余ったり、手にとって眺めてこの水着を着けている自分を想像して悶絶してくれれば十分の『限界の彼方水着』がさらっと捌けたりという予想外の結果になっていたのに那智はちょっと驚いたりした。
 その『慈悲の水着』を最優先で選ぶ権利を持ちながら、敢えてその一歩先を行った伽耶が破廉恥だとかいって恥じらうのもナンセンスなのだが、何となくバカンスの空気に飲まれて舞い上がっていたのと、那智の着ている水着を見て対抗意識が湧いたこと、そして自分も殿方にアピールしたいという決意の結果であった。現在は若干クールダウンしたので多少は冷静になっているだけである。
「それで破廉恥なら、オレとかあの辺なんかどうなっちまうんだ」
 那智は『限界の彼方水着』で月読陛下と戯れる凛を示しながら言う。
「男湯に平気で入り込んでくるお前を比較対象にするのはさすがに失礼だろ」
 冷ややかに言い放つ颯太の横でその時のことをちょっと思いだしてしまった圭麻がフリーズした。颯太も先程の話が頭に残っていたのでこの話を引き合いに出した感じだ。そもそも、今のこの状況があの時のことを思い出させたのかも知れないが……。
「バカヤロウ、あの時ゃしっかりバスタオル巻いてただろ!」
「確かにあの時は見えてる肌の面積じゃ今どころか普段着ですら負けてるくらいだがな。ったく、自分だけ完全防備で来やがって」
「全然完全じゃねーよ!下から覗かれたらどうなってたことか!」
 ビクっとする圭麻。実はあの時岩を投げつけられ伸びた那智を絶妙な角度で目撃してしまっていたのである。速やかに目を逸らしたので直視はしてないが……。
「そもそもオレだって乙女だぞ、見られたくねーし丸出しで行く訳ないだろ!それなのにキャーキャー騒ぎやがって!」
「こっちは丸出しなんだよ!」
「ご覧になったんですかっ」
 割り込んでくる伽耶。
「何をだよっ」
「言わせる気ですかっ!やーん!」
「言わなくていいからっ!言えないようなものは何も見てないからっ!全員お湯に腰以上浸かってるの確認した上で突入してるから!」
「とは言え、見えたところで那智にしてみりゃ初めて見たってわけでもないんだけど」
「はあっ?初めてにきま……って……」
 冷静に言う颯太、力強く否定しようとして言い淀む那智。そして察する伽耶。
「だだだ誰のを見たんですかっ」
「いやいや、自分のだっ」
 伽耶はちょっと考える。那智が中ツ国で男だったことは伽耶も聞いていたので納得した。
「みたといっても10歳くらいの子供のだし。大人のそれはさすがにまだだぜ」
 正確には中ツ国でも自分の物ばかりでなく友達のを見ることがなかったわけでもないし、父親のとかも見ているが、興味もないのでじっくりと見てはいないしさすがに割愛した。
「え。大人と子供で変わるものなのですか」
「ん?ああ、まあな。女だって毛は生えてきただろ。それに……」
「それに?」
 さっきから非常停止していた圭麻だったが、非常事態度が限界値を越えてきたので緊急再起動した。
「ガールズトークは女だけでしてくれっ!純情な少年の前でやるなっ」
 ごもっともであった。
「圭麻、今のうちに慣れておけ。そんなことじゃこれから神王宮に出入りできないぞ」
「日頃からこんななんですか!?」
 誤解がないように言っておくと、今日はバカンス気分と水着と他に誰もいないことによる開放感トリプルストリームによって箍が外れており、さすがに日頃はここまでではない。ちゃんとこの一歩手前くらいで踏みとどまっている。まあ、一歩間違えばこのざまになるくらいではある。
「それで那智。そのお風呂には……サンちゃんもいたのですか」
 颯太の発言で圭麻の慟哭は無効になったと判断した伽耶はガールズトークを継続した。これはどうしても確認したかったので真顔である。
「もちろんいましたよ。隆臣がいたからリスクも顧みず突入してきたに決まってます」
 躊躇いなく颯太がバラした。
「隆臣が那智に岩を投げつけて気絶させてくれたからオレ達も落ち着けたんです」
「いわっ!?確かにいつの間にか倒れてて、のぼせたのかよもったいねーとか思ってたけど……岩ぶつけられてたの!?死ぬじゃん!」
「隆臣が投げたのは多孔岩でしたから」
「隆臣のコウガン!?」
「多孔岩ですよこのタコがっ!」
 さすがは圭麻、マテリアルの類には詳しい。多孔岩は火山地帯でよく見られる石で、いわゆる軽石のようなものだ。シエロブ山周辺のものは特に品質がよく名産品にもなっている。噴火の際に化学変化を起こす物質を粘度の高い溶岩が包み込むことで生成され、熱によってマグマの中で化学反応が誘発されて大量の気泡が内包された岩になるのだ。
 すかすかなので脆いがかなり軽い。そして岩風呂に多孔岩を使う最大の利点はその断熱性イコール保温性である。お湯が冷めにくい。カップラーメンの容器と同じである。なので、露天風呂でたまたま手に持った岩が多孔岩であっても何ら不思議ではないのだ。
「そんな発泡スチロールの大道具みたいな岩があるのかよ……」
 そうでなければ隆臣だってぶつけたりはするまい。
「多孔岩は分かりました。で、コウガンって何ですか」
 純粋な瞳で伽耶が問いかけてきた。
「後で那智に聞いてください」
 圭麻は華麗にスルーした。
 なお。少し離れたところで圭麻たちの様子を見た鳴女は心配そうに泰造に言った。
「何か、揉めてるみたいですが……大丈夫でしょうか?」
 耳を澄ませ、泰造は言う。
「ただの痴話喧嘩です。聞くと耳が腐ります」
 気にしてはいけない。そう言いたかった泰造だが、その言葉が鳴女に大いに興味を持たせる結果になることを見抜けない……。

「そうですね。そんなことより那智のことです。知っていることは全て打ち明ける、そういう約束をしたのに……サンちゃんと一緒にお風呂に入ってたなんて聞いてませんよっ」
「神々の黄昏と直接関係ないサイドストーリーだから省いたんだよ……。その前後の記憶も曖昧だし……。まさか岩をぶつけられとはね」
「サンちゃんがらみの話はサイドでも何でも全て話してください。もう、本人からは聞けないんですから」
 圭麻は思う。水着のお色気シーンでガールズトーク展開していたところからこんなしんみりする話になるの!?と。
「そういう伽耶だってさ、ちっちゃい頃は隆臣と一緒に過ごしてたんだろ。そんなら一緒にお風呂に入ったこととかないの?」
「ある訳ないじゃないの。一緒に遊んでただけでお父様に怒られたりしたのよ。私はみんなのことをお友達だと思ってたけど、お父様にしてみればただでさえ下賤の平民、実際にはそれ以下の道具だったの。まして男と女ですもの、一緒にお風呂なんて……。それを言うなら那智とは一緒にお風呂に入ったことあるわね」
「あ、憶えててくれたんだ。でもあれを一緒に入ったというんかな……?」
 歳の近い女だった那智はたまに伽耶姫の入浴の付き添いをすることがあった。バスローブのような服を着たまま浴室で侍り、頼まれれば背中くらいは流す。がさつで地が出ると口も悪かった那智は不興を買うと困るのであまり月読の近くでの仕事は割り当てられず、せいぜいおおらかな伽耶に黙って付き添っているだけの仕事ならたまに任せられる感じであった。
「おいちょっと待て、てめーら伽耶のお風呂シーンを想像してるんじゃないだろうな」
 意地悪くニヤニヤしながら男たちに問う那智。今ならその状態にかなり近い本人の姿を目視できるのでイメージも容易なのが困りものである。
「那智のせいで想像しちゃったじゃないですか」
 すかさず圭麻は那智に責任を押しつけた。押しつけたも何も那智がこんな話をしているせいで想像しているのだから間違ってはいないのだ。
「そういうお前はどうなんだよ。男だった中ツ国で思い出したりしなかったのかよ」
 痛いところを突く颯太。生憎なのはこれが痛いのは那智ではなく、何となくそれに気付いていたが考えないようにしていた伽耶の方である。
「な、那智……?」
 涙目で那智を見つめる伽耶。だが先程述べたとおり、那智にとっては突かれても痛くない話。疚しいことはないのだ。
「安心しろって。そのときはもう半分女になってんだぞ。女の裸なんて自分ので見慣れてら。それに男ったって全然ガキなんだぜ。思い出したってドキドキ混乱するだけだ。それこそこっちくらいまで成長してたら使い方もあっただろうけどさ」
「つ、使うって……何にですかっ」
「興味を持っちゃいけませんっ」
 とにかく、男としてはまだまだ子供なのでスケベにもなりきれておらず、喜ぶどころかむしろダメージな位なので安心しろということだ。何をもって安心なのかは不明だが。伽耶としてもそういうことにしておいた方が心のダメージが小さくてすむので納得しておいた。
「サンちゃんの話をしてたはずなのになぜ私のお風呂の話になったのでしょう……」
 すべてはかつて那智が男湯に入ってきたせいであった。
「隆臣の話しようぜ」
「ある意味隆臣の話だったけどな。あらぬ方に脱線しただけで」
「サンちゃんの話でこんなに楽しく盛り上がれるなんて久しぶりです」
 やはり隆臣の話をするとしんみりするのは致し方ない。楽しかった過去を思い出しても、今はもういないという現実がのしかかるのだ。まして伽耶はその最期を見届けている。自分ではない人への愛のために全てを犠牲にしたその最期を。

 そもそも、颯太たちが隆臣の最後を、神々の黄昏のその結末を知っているのはただ一人全てを見届け帰ってきた伽耶が話してくれたからだ。
 依然空に燦然と輝く太陽にハッピーエンドを確信していたが、期待は裏切られた。いや、中ツ国に帰っただろう結姫にとっては悪くない結末なのだろう。しかしこの世界は多くを失ったのだ。
 結姫は滅びの後に世界を導くために手に入れるはずだった力を前借りし、隆臣を破壊の意志しか持たない龍からスサノヲにまで戻した。自我を取り戻した隆臣は、世界に滅びをもたらすという己の運命に自らを太陽で焼き滅ぼすことで抗った。
 隆臣の消滅に壊れかけていた結姫の心を救うべく、鳴女はその身を犠牲にして隆臣の魂を中ツ国に送る。見かねた天照が密かに力を貸したために一命は取り留めたが、目を醒ます当てはない。
 そして伽耶は直前に父親を失っている。それはつまりこの世界は指導者を失っているのだ。最も多くのものを失った伽耶だが、亡き父に代わって世界を導く重責を負った。
 隆臣は月読によって神王宮に連れてこられ、月読に背いて伽耶は親交を重ね、そうだと気付いたときには既に逃亡されたものの月読の目的の子供であり、隆臣が月読を滅ぼした。隆臣のことを思い出すとどうしても月読の、父のことが思い出されるのだ。逆もまた然りである。だからといって二人が世界に与えた痕跡に触れるたび思い出さずにはいられない。
 伽耶が止めどなく涙を落としながらも気丈に語れたのは、伽耶以上に号泣する那智のおかげもあった。隆臣を巡り争いも勃発していた二人だが、今は彼を悼む同志である。意気投合するのに時間もかからなかった。
 父や隆臣のことを思い出して落ち込む度に励ましてくれたのが那智だった。一度は恋の鞘当て的にぶつかったこともあってか再会したときは気まずそうだったが、敬われて当然の伽耶にとってはあの砕けきったやりとりも新鮮だった。それこそあんな風に接してきたのは隆臣くらいだったのだ。そう思うと懐かしさすら感じたものだ。
 そんな那智や彼女の連れてきた仲間たちの協力もあり、混迷の日々を乗り切れた。今やこんな水着を着て一緒に水浴びをするような仲間なのだ。
 いや、那智デザインのこの水着はさすがにちょっとどうかとは思うのだが。まあ、それはともかく。
 神々の黄昏のサイクルの終わりは新たな世界の始まりだった。結姫の旅の始まりだったこの砂漠で、天神だった者たちはその旅の終わりに思いを馳せる――。