地平線伝説の終焉

十幕・一話 熱砂の上を征く

 ちゃんとしたエンジンを積んだタヲヤメ号、そして人力エンジンとは言え文化系の颯太圭麻二人組ではなく脳筋ガイズが多数乗り込むマスラヲ号。二機の飛行船は二人旅の時とは段違いのスピードで砂漠を駆け抜けて行った。
 タヲヤメ号のメンバーには砂漠初体験の者も多く、その雄大な景色に感嘆の溜息が漏れた。その溜息には、これほどの景色を前にしても窓から身を乗り出せない不満も含まれている。もちろん、お肌が焼けちゃうからである。特に、多少慣らしたとは言え闇の極北帰りから間もない咲夜などは日陰でもお肌を守らなければならないほど。既に少しずつ慣らしてきていた鳴女だって十分に気を付けているくらいだ。
 やがてオアシスが近付いてきた。しかし、最初に到達したオアシスには立ち寄らない。スピードと現在時刻を照らし合わせるとまだまだ余裕があり、無駄に立ち寄るよりは先に進むべきと判断されたのだ。そして大分日も傾いた頃、ようやく最寄りのオアシスに着陸する。
 この砂漠でのオアシスのでき方はいくつかあるが、数量的に最も多いのは揚水樹(ウェルポンプ・グローブによる小さな泉であり、見つけたら水分の補給くらいはできるが大勢を養うほどではない。しかし地下水脈の上に揚水樹の林ができれば村やちょっとした町くらいは賄える。ただし大きくなりすぎると水脈が枯れて町が滅ぶことになる。都市を永続的に維持させてくれるのはちゃんとした川や湖だ。
 揚水樹は木自体が地下深くから水を吸い上げてくれるが、果実も椰子の実のようにたっぷりと水を蓄えている。本来なら種がこの水分を使って水脈のある深さまで根を伸ばそうとするのだが、旅人が携行用の水分・栄養補給として利用しやすいので種だけ砂漠に捨てられがちである。
 当然そうなると種が芽生えても育つことはできないのだが、様々な偶然が重なってちゃんとした木にまで育つことが稀にある。例えば直後に嵐が通り過ぎて砂が湿っていた、砂を掻き回す虫により種が地中深くに埋もれたなどだ。確率自体は稀だが、旅人が捨てていく種の量はとても多く、偶然が起こる頻度は侮れない。結果として砂漠には小さなオアシスが結構できるのだった。
 到着したのは揚水樹の林による、町がある規模のオアシスであり、食事や宿の心配もいらない。強いて不満を言うなら貴重な水が普通に有料であることか。未踏のオアシスなら水も湖畔の果実も全て好き勝手にできるのだが。
 沐浴場ももちろん有料である。そして混浴である。ただし水着着用がマナーである。何のことはない実質プールだ。暑い昼間も人は多いが、焼けたくないあるいは恥じらう女性は夜に集まりがちだ。それを目当てに男も集まるので夜中でも賑わっている。
「ううう。砂漠の夜って思ったより寒いのな……。水着でいるの辛いんだけど」
 那智が縮こまりながら言う。
「安心しろ、水は冷めにくいからぬるめのお風呂くらいの温度はある」
「マジで!?良かった、早く入ろうぜ!」
 砂漠ベテランの颯太に教えられてホッとしたようだ。そんな那智の様子を見ている圭麻としても目のやり場に困るので早く入ってほしい所である。
「つーか那智、お前水着より普段着の方が露出多くね?どんなヤベー水着着て来るのかとビビってたけど大したことねーな」
 今那智が来ている水着は、ワンピースタイプでだいぶ肌が隠れるものだ。挑発する泰造。那智だってそこまで言われて黙ってはいない。
「へへーんだ。今回が水着回じゃねーんだ、これからずっと水着のターンなんだよ。こんな知らない人だらけの所でそんな大サービスの水着着るわけねーだろ。他に誰もいない所まで来たらお披露目してやるから覚悟しやがれ」
 内輪でしか着られないような凄いのも用意している模様。
「見せられる側も覚悟が要りますけど、それって那智も覚悟が要りますよね?」
「分かってんじゃねーか。だからあんまりそういうことを言うなよ、覚悟が揺らぐからな!」
 圭麻の言葉に力強く言い返す那智。胸を張っても全然かっこよくなかった。そして張られるとどうしても目が行きそうになるのでやめてほしかった。
「ええと。あの水着って、日差しの強い昼用とそれを気にしなくていい夜用だって聞いてたんですけど……。普通向けと大サービス用って言うことだったんですか!?」
 おずおずと伽耶が那智に問う。伽耶にもそういう水着が支給されているという事だろうか。
「そういう目的で使うこともできるって言うだけで、日焼け対策なのはマジですよ」
 日頃から隠している部分にいきなり日が当たるのは確かにお肌に悪いとはいえ、しょせんは水着の布面積。日焼け対策にはちょっと心許ない。
「まあ、夜の水着と言われた時点で、あの水着を着て誘惑しろと言うことだと理解してましたけど」
「なっ、鳴女さん!?そこまでの意味は込めて発言してないですよ!?」
 たじろぐ那智の向こうでなるほどとか言っている女子が何人かいるのが気になるが気にしたら負けだ。
「話し込んでないで早く入りましょうよー。体が冷えちゃう」
 何人かは体というか頭を冷やしたいくらいだが、どちらにせよ早く入るのが正解であった。

 沐浴場の水は颯太の言う通り昼間の熱を溜め込みぬるま湯くらいのホッとできる温かさだ。出発して以来の男女が全員揃ってのひとときとなった。日頃から顔を合わせている面々でも恰好が恰好だけにちょっと気恥ずかしい。これまであまり交流のなかった相手に話しかけるのはさらにハードルが高い。自ずといつものメンバーで集まりがちである。例えば神王宮女子プラス颯太、賞金稼ぎ三人組など、いつものメンバーだと性別をまたぐ繋がりもそれほど多くない。この辺の交流が進むのはまだまだ先になりそうだ。
 颯太は圭麻や鳴女と今後について話していた。今後と言ってもこの直後のこと、宿泊する宿についてだ。
「男と女に別れて数人ずつという部屋割りが妥当ですよね」
「予算の心配ならいりませんよ?全員個室で構いませんよ?」
 颯太の提案に鳴女が口を挟むが。
「あんな話をした後に個室なんて選んでたまるものか。夜這い対策に決まってるでしょう」
「残念です……」
 俯く鳴女。
「需要があるようだし泰造は個室でもいいぞ」
「うえっ!?」
 対応に困る泰造。そんなことをされると困るが、やめろと言うのは鳴女に失礼な気がするしそもそもちょっと泰造に覚悟が足りないだけで決して嫌なわけでは……。
「私自身が夜這いをかけたいわけではありません。ただ、そういうことが起こればいろいろ盛り上がるかな、と」
 鳴女は真顔である。この後小声で「誰かがそういうことになれば私も勇気が出るかも知れませんし」とかごにょごにょ呟いていたのは聞かなかったことにする。
「俺たちは個室希望なんだけどダメか?」
 手を挙げて発言したのは光介だ。確かに世界元首が下々と雑魚寝というのは問題があるしそれは当然の希望だろう。いや、颯太だって光介がそんなことを気にする性格でないのはもう知っている。さりげなく俺たちとか言ってる時点で凛を連れ込む気満々だろうが気にしてはいけないのだ。
「希望は酌むから好きにしてくれ」
「そんじゃ俺も」
 手を挙げる潤の横で咲夜が照れを隠してすましている。
「ケッ、リア充が」
「何言ってんだ泰造。お前だって覚悟があればいつでもこっちに来られるだろうに」
「なななな……な?」
 そう思っていないのは本人だけである。
 とりあえず、個室カップルが二組と他は男女別の雑魚寝部屋という部屋割りで決定した。王は個室で姫は雑魚寝なのは釣り合わないが、本人もせっかくのバカンスで一人寝は寂しいから雑魚寝の方がいいと言うし、希望を酌む形である。

 その後の水着を脱いでのひととき――もちろん普通の服装になってのこと――である夕食時が気恥ずかしさもなく伸び伸びとみんなで歓談できる時間となった。
 とは言え潤や健、咲夜といったシモジモ勢と神王宮勢は、流石に気楽に話すにはハードルが高すぎた。特に、キングアンドプリンセスである。当人たちがまたフレンドリーに話しかけてくるから厄介なのだった。
 それでもまだまだ面識のある部類だった潤・健はいい方。咲夜は大変だった。ついこの間まで盗掘者などという社会の底辺で生きてきた人間が王者の前にいる。普通なら首を刎ねられる直前のシチュエーションであった。そもそもただの学者だと思って接していた鳴女が思兼神という本来なら天珠宮にいる文字通りの雲上人だと知ったときも、泡を食うやら泡を吹くやらだったのだ。もっとも一度それを挟んでいたから今の状況に耐えうる耐性がついたと言えなくもない。鳴女の正体を知った直後に今の状況になっていたら精神ダメージがオーバーキルであったことだろう。
 そんな弱り目の咲夜と潤にはそっと忍び寄った鳴女が精神的に止めを刺した。国家の後ろ盾のついた派手目の盗掘、いや堂々とした発掘作業によってどれだけの金が動いたのかが詳らかに説明したのだ。闇商人を破産させるための罠も混みだとしてもとてつもない額である。何せ国家予算級だ。しかもそのせいで何人もの悪党が大損し怒り狂っているときた。全く光のない永久極夜の極北の地に長居していたために雪のように白い顔になってた二人がさらに青白くなったのも致し方無い。
 自分たちの関わる事業の収支くらいは知っておきたいだろうし世界に与えている影響だって知っておくべきだ。そういう観点で話しただけであり、リア充への嫌がらせというわけではない――と思いたい。
 と言うか、今更ではあるが今も定期的に運行されている極北への飛行船を、運賃こそ払ってるとは言え事業のために好き勝手に使っているのだが、よく文明も社も文句を言ってこないものである。まあ、今は南の最果てに意識を集中している最中、世界の反対側での些事には気付かないというだけかも知れないが。
 こうしてめいめいに様々な感情を抱えながら夜を迎えた。しかし何か悪さをしそうな男はフリーになっている女性陣の身分的に狼藉など起こす気にもなれず、そうでなくてもペダル漕ぎでへとへとなのだ。泥のように眠りに落ち、別段何事もなく朝を迎えることになった。

 二日目になっても眼下に広がる景色は大きくは変わらない。これまでとの違いといえばオアシスを見つけてもその周りに町ができてないことと、手つかずの遺跡が増えてきたことくらいだ。
 遺跡の近くで休憩、さらに進んでオアシスで補給とお昼休憩。砂漠の高い水をもう買わなくていいのだ。味と安全の保障はないが果実も取り放題である。泳ぐのも自由だが、日焼けするので女性陣はパスだ。
 ここまで何事もなく来たが、ここでちょっとした問題に遭遇した。
「お、おい。なんだよあれ」
 那智がそれに気付いて声を上げた。行く手に巨大な雲がそびえていた。歪な筒状で上の方は雲らしく純白だが下に行くほどどす黒くなり、一番下は砂の色に染まっている。概ね青一色の砂漠の空の下ではいやが上にも目立つ。
 困ったときの颯太先生だ。緊急無線通信で颯太を呼び出す。マスラヲ号をタヲヤメ号に横付けし船外拡声器で呼びかける。船の間の音声伝達に線は用いていないのでこれは無線なのだ。普通のおしゃべりも無線ということになってしまいそうだが気にしてはいけない。
 一旦着陸して那智がタヲヤメ号に乗り込む。すべての女子がタヲヤメ号にて一堂に会した。そして那智が気付くようなことは周囲を警戒中の透視人の颯太も当然気付いている。
「ま……まさか!あの中に……天空の城が!?」
「天空の城ならそっちだろ」
 天珠宮すなわち太陽を指さす颯太。今頃天空の城天珠宮では天照様が退屈そうにお茶でも啜っているだろうか。
「あれは櫓雲だ。積乱雲みたいなもので性質も似たり寄ったりだな。つまりあれの下は嵐だ」
 櫓雲は主に海上で発生する。そのため雲ができあがる所を誰も見たことがない。その発生メカニズムは台風にも近い。海上で低気圧によって生まれた大量の水蒸気の塊が砂漠に上陸し熱砂の起こす上昇気流に巻き上げられて引き延ばされ、風で巻き上げた砂塵を核とし上空で冷やされ雲になり降下する。こうして急速に櫓状の雲に成長する。
 地表では風が渦巻き砂嵐が起こり、雲は豪雨を降らせる。所々稲光まで見えており確かに嵐が起こっていそうな風情であった。
「どどどどうすんだよ」
「安心しろ、もう回避は始まってる」
 こんなものを視認した以上、対処しなければただの阿呆だ。海で発生するものだけに海から来て内陸に向かっていく。よって櫓雲の進行方向にいるわけでない限り海側に進路を取れば回避して櫓雲の後ろを通ることができるのだ。
 この砂漠地帯で海沿いではなく内陸のオアシスに町が集中しがちなのは、危険な暴食の海のせいだけではなくこの櫓雲の嵐も関係している。海沿いだと海辺で突然現れる櫓雲に対処できず、上陸したてのフルパワーの嵐をかっ食らうのだ。オアシスを直撃する櫓雲など十年に一度くらいだがそれを食らえば確実に町が滅ぶ。そして旅人や隊商が嵐に遭う確率ならもう少し高くなる。旅人もそんな道は避けるし旅人が避ける町が栄えるわけもない。
「ちなみに、あの中に入るとどうなるんだ」
 那智はまだ天空の城を諦められないようだが。
「言ってももう消滅寸前だし大したことないぞ」
「あれでもかよ」
「あれでもだ。もっとでかいと人間くらい簡単にすっ飛ばされて砂上スケキヨ祭りになるが、あのくらいだと砂混じりの雨で下着の中までジャリジャリになるくらいだ。ああ、ついでに髪や肌も砂で削られてボロボロになるな」
「なにそれ、イヤすぎる。ついでじゃなくてそっちが被害の本命だろうがよ。絶対回避だそんなの」
 那智のみならず全ての女子を青ざめさせた。中に本当に天空の城があってお宝ざくざく位のメリットがないと行けたものではなかった。
 その後も退屈な砂漠で遭遇した貴重な気象ショーに颯太先生の解説が続いた。この嵐が砂漠にしこたま水をぶちまけ、やがてはその水がオアシスを生み出すのだ。破壊と共に恵みももたらす雲なのである。
 その頃、マスラヲ号では。
「何だろうな、あの白いの」
「さあ。何でしょうね」
「おっきいなー」
「突っ込みてー」
 一応この中ではインテリ枠に入る圭麻に櫓雲の知識がなかったために、頭の悪い一時が過ごされていた。

 櫓雲の通り過ぎた後を悠々と通過する。颯太の経験上、太陽で熱されていた砂が猛烈な風雨によって冷やされてだいぶ涼しい――はずである、地表は。少し上空では砂で熱され蒸発した水が蒸気として留まっていた。すなわち、とっても蒸し暑い。これは地表を這うしかない人間たちがこれまで知り得ぬ事実であり、だからといって別に知りたくもない事実であった。特に、体験などしたくなかったのである。
「颯太さんがいなければもうみんな服なんか脱いでますよ」
 凛が冗談めかして言うが、それは果たしてどうだろう。伽耶や鳴女あたりは同性の前でも肌を晒すのは慣れていないはずである。今の時点でもすでに颯太に見せられる限界まで薄着になっているが、その二人と他の二人すなわちリア充女子では露出度に雲泥の差がある。乙女とリア充の壁に加えて育ちの良さの差も存在している。と言うか、育ちがいいからゴリゴリ男に迫ったりできないのか。
「どうぞご自由に」
 まあ実際ご自由にフリーダムなことになったら颯太へのダメージが大きすぎるので勘弁してほしいところだが、まあ心配はないだろう。
 そのころ、マスラヲ号では。野郎どもは那智の前でもお構いなしでパンツ一丁になってた。まったりと船旅を楽しむタヲヤメ号と違い、筋肉量すなわち発熱量の大きな男たちが、しかも一人多く乗り込んでいる。そして常時一人は筋肉フル稼働で動力と熱を生み出しているのだ。脱ぎたくなって当然である。
 女子である那智の前なので圭麻だけは上半身を脱ぐのみだったが、泰造の悪ノリで那智にホールドされながらズボンも剥かれている。裸の上半身に上半身限界露出度の那智が組み付けば圭麻など何の抵抗もできるはずがない。いじめとご褒美の狭間だ。
 しかしその状況も長くは続かなかった。テンションのあがった那智が男たちに合わせて下半身も脱いだせいだ。もちろん上半身同様抵抗なく見せられるレベルでの話なのだが、こちらのリア充達から見ても十分魅力的な美貌と肉体、それ以外にとってはそもそも見られたものじゃないレベルである。ズボンなしでいられなくなる者が続出するのは当然であった。ただの見せ損になった那智の後悔は大きい。
 何にせよ蒸し暑い領域もそうそう長く続かない。全てが元に戻るまでそう時間はかからなかった。

 夕方、オアシスに降り立った。町を作るには小規模すぎるオアシスだが、一晩キャンプを設営するには十分だ。
 ここからが本番である。快適な環境やおいしい食事を与えてくれる商店はない。全て自分たちの手で用意しなければならない。そしてそんなことよりお楽しみも本番なのである。
 まずはキャンプの設営だ。まずは大きなテントを二張り設置した。男用と女用それぞれの大部屋である。そしてさらに。
「昨日のことを鑑みて個室用の小さいテントを仕入れておきました」
 泰造の隠し持つ膨大な資産を握る、ついでに圭麻の資産をも管理している勘定奉行、大蔵大臣の鳴女が奮発してリア充どもの隔離場所を用意していたのだ。昨日の個室組二組分に加えて、余裕を見てもう二張り。
「女子五人にテント四張り……誰かが一人だけ寂しく大部屋に取り残される計算になりますね」
「その大部屋に男を連れ込めば女子は全員個室で男を囲える計算になるがな」
「ああ、そうか。うまいこと考えてたんですね」
「まあ、そこまで考えてたかは分からんがな」
 気楽な感じでいう圭麻に答える颯太は割と他人事ではない。まだカップル成立していない女子のうち、那智が誰とくっつくことになるかと聞けばその意見の筆頭は間違いなく颯太になる。というか他の意見が出るはずもない。仕事も一緒だしボケとツッコミとしても安定感がある。それ以上にお互い意識し合ってるのが誰からみてもバレバレなのだ。泰造と鳴女に並ぶ何でまだくっついてないのコンビなのである。
「楽しそうに言ってるがな圭麻、今のままだと一人残る女子は伽耶様だ。そして伽耶様と同室になる男はほぼお前だぞ」
「えっ!?」
「本当に気付いてなかったのか?ただでさえ二択だぞ?伽耶様と健の接点なんてあの奪還作戦くらいだし、身分も違いすぎる」
「いや、だってっ!身分なら地下層区暮らしのオレの方がっ」
「いつでも神王宮の宿舎に部屋を用意してやれるぞ?」
「少なくともこの旅の間は引っ越せませんし。そもそもオレはあの宝箱から離れる気なんてないんですけど」
「素材集めがしたいなら通えばいい。そもそも今は開発資金に糸目をつける必要はないんだ、素材なんて買えばいいだろ」
 言い募る圭麻相手に颯太も一歩も引かない。
「いやいやそういう問題じゃないんです。あそこには結構使えるものが溢れていて拾ってやらないとこの世界にとっての損失にっ」
「ずいぶん大きくでたが、まあ間違ってはいないな。よし、いい機会だし教えておく。実は地下層区を開発してリサイクルセンターにしようってプロジェクトが進んでるんだ。あそこに住み着いてる連中を雇用してな」
 実はプロジェクトが進んでいるという段階ではなく、雑談がてらに"あそこどうしようか"みたいな話をしたくらいでしかないがそれは伏せておく。
「えっ、そんな。オレの宝島を奪わないでくださいよ」
「そこで提案だ。圭麻の有り余る資産をリサイクルセンターに出資してくれれば圭麻をセンター長に抜擢できる。そうなればリサイクルセンターに集まった資源のすべては圭麻の自由だ」
「有り余る資産なんてものがどこにあるのかは不明ですが、そんなものがあるなら心臓に悪いので有効利用してくれるのはちょっとありがたいかも知れませんね、そうならもう少し気軽に窓から外を見られますし。それにオレの宝島が……オレの宝箱になるって言うことですか!?」
「えーと。圭麻がそう思うのならきっとそう言うことなんだろう」
 何を言っているのかよく分からないが圭麻がちょっと乗り気な様なので、本格的にプロジェクトとして話を進めてみるのも悪くないかなと思う始める颯太。しかし圭麻には懸念もある模様。
「でも、忙しくなると発明の……宝物と戯れる時間がなくなってしまうんじゃ……」
「何を言っている。リサイクルセンターなんだからそのリサイクル方法を模索し新製品を開発するところまで任せるに決まってるじゃないか。廃棄物を直接再利用した商品でも、再利用できるように素材として加工する技術でもいい、圭麻の宝物をみんなの宝物にして売却益でうまくいけば大儲けだぞ」
「せっかく有効利用して減らした資産を増やしちゃうのはちょっと……」
 いつもの圭麻なら儲け話には食いつくが、今の反応は逆だった。というか、いつもの圭麻でも腰が引ける金額が動くことになるのではないだろうか。最近はそういう事が多めなので圭麻も警戒心が高まっているのだ。
「出資ってのはそういうもんだぞ、ただ資産を減らすのは単なる浪費だ。まあ、その辺は圭麻の意見も伝えればいい。どうせそんなにすぐに実現するプロジェクトじゃないしな」
 そして圭麻の不安を払拭する言葉は何一つ出てこなかった。大金が動く可能性が高いのだろう。
「是非そうさせてください……。と言うか何の話してましたっけ。こんな精神に負担のかかる話題じゃなかったはずですけど」
「そういえば何だったっけな……。そうそう、伽耶様と圭麻の話だった」
「精神に負担のかかる話題だった!いや、その前までは颯太と那智の仲をからかうだけの気楽な話題だったはず!」
 まあ、その話に持ち込む前に先読みされカウンター攻撃を受けたのだが。
「そう言えば。さっきは圭麻と健の二択とか言ったが、そもそも今回の砂漠ツアーの目的の一つにオアシスにいたナナミに幼なじみと思しき健を会わせるサプライズって言うのもあるんだぞ」
「そうなんですか……って言うか幼なじみかも知れないんですか」
「名前が同じだけかも知れないが、可能性はまあまあ高いな」
 ナナミ本人に遭遇し強烈な印象を叩き込まれた圭麻でもこの程度だ。そう推測するに至った話題を提供した泰造もそんな話は忘れている。健がそこにいるのに一度もその話題が出ず、圭麻も忘れかけるに至ったのがその証拠だ。よく覚えているのはその話題でちょっと盛り上がった女性陣の話に巻き込まれた颯太くらいのもの。
 男たちが忘れているか全く知らないかという状況を活かしサプライズにしようとしているわけである。だから本当は圭麻に言ってしまうのはよくないのだが、大丈夫という判断だ。こんな話を知れば即刻混ぜ返しに突撃しそうなイメージのある圭麻だが、相手になる健は圭麻とそれほど親しくない。賞金稼ぎと言うこともあってちょっとガラも悪く気軽にからかえない相手だ。そして最近は圭麻も鳴女が転がしている資産のプレッシャーで人をからかっていられる状況ではなくなっている。気軽な仲間内が限界なのだ。
「健はナナミに残しておかないとならないからな。伽耶様が健を選ぶことはあり得ない。二択に見えるが実は二択でもなく答えは一つしかないんだよ」
「そうだったんですか!?」
 颯太はとどめを刺しておくことにする。
「あとさ、結構前から伽耶様って圭麻に興味があったんだぞ。男としてかどうかは知らないけどさ」
「え。な、なんでですか」
「乗り物もそうだけど、いろいろ開発してるだろ。月読――伽耶様の親父も人類の発展のためにとそう言うのを集めてたからな。そんな月読とイメージがだぶるみたいだな」
「うえっ。俺のイメージってあんなんですか!?」
「方向性の一部くらいのモンだけど。さっき言った人類の発展の為って言うヤツだな。圭麻の発明も結果として人類の発展のためになってるし」
「オレは自分の趣味優先ですよ?」
「知ってる。だから結果としてって言ったんだよ。月読の目指していたものを人にも環境にも優しい感じで実現しようとしているのが圭麻だ。きれいな月読って感じだな。月読は結果だけ見て周りへの影響とか気にしてなかったらしい。権力を振りかざしてどんな無茶も押し通せたし、迷惑でも文句を言える奴なんていなかったしな。一応、文句があるなら代わりになるものを作って見せろって言う思惑はあったらしいな。現におまえが出てきたわけだし」
「空遊機の件では文句くらいありますけど、別に出て行ったつもりはないんですけどね」
「そうそう、その空遊機の一件に伽耶様も関わっていたみたいで、そのことでも気に掛けてたみたいだぞ」
「初耳ですけど。というかどう関われるんです、あんなの」
「伽耶様は一度、お前に会ってたんだ。全てはその時に始まった――」
「なんか運命の出会いみたいな演出で話して引くに引けない雰囲気を作ろうとしてません?」
「考えすぎだ」
 図星だとも言う。
 昔の圭麻は発明したものを広場で大道芸のような感じで見世物にして日銭を稼いでいた。発明品といっても能力に頼ったものが多かったので他の人には使えず、人に売ることもできなかったのでこのようなやり方に落ち着いていたのだ。
 その様子を神王宮を抜け出して遊び歩いていた伽耶姫が目撃し、月読に「まあるくてぷかぷか浮くものを自由に操っている少年を見ましたの。あんな風なものの中でぷかぷか飛べたらすてきだと思いました」と言うようなことをぽやぽやと言ったのだろう。その伽耶姫の”お願い”を実現すべく作り出されたのが空遊機だったわけである。運命の出会いっぽく演出したところで現実では伽耶姫はこの時点で試作機に気を取られて圭麻の顔すら覚えていない。
 しかし、広場で見世物をやっている少年など広場で待っていればすぐに出てくる。圭麻に月読の手の者がコンタクトをとったのか、様子を見て判断したのか。詳細は今となっては知る術もないがとにかく圭麻の作ったそれが圭麻以外に扱えない代物であり、人を乗せて浮かぶほどの力を出せもしない物だということはすぐに把握したようだ。
 月読の方針は伽耶姫の言葉通り、まあるくてぷかぷか浮かぶ乗り物の実現ということになった。その結果生まれたのが空遊機である。できあがってみれば風圧で車体を浮かせるという、最初のイメージとはかけ離れた代物であり、排気ガスと巻き上げる粉塵で通った後が酷いことになるちょっとヤバい乗り物だったが、使う分には便利なのでそこそこ普及した。
 普及を促すために燃料に粗悪な油を使って町が煤煙に包まれ、集められた油の中には燃料にすら使えないものもあってそれを捨てた海まで汚す。しかもなぜか空遊機を作ったのが圭麻という話が広まり、煤煙の吹き溜まりになった地下層区で圭麻の悪評が広がる始末。開発のきっかけが圭麻の試作機だったという話が歪んで広まり、名声に興味のない開発者の文明と結果以外はどうでもいい月読がそれをほったらかしいたせいだったことなど誰も知りようがない事実だった。
 結局、優雅にぷかぷかという要望にほど遠い、臭くて狭くて速くて怖い乗り物なので伽耶は空遊機に乗ったことがない。ぶっちゃけ、伽耶自身のおねだりから空遊機が生まれたという事実すら割と最近社から聞いて知ったほどだ。どうしてこうなった、という奴である。むしろ優雅にぷかぷかと言うなら今乗っているタヲヤメ号の方が理想に近い。夢を見せてくれたのも結局その夢を叶えてくれたのも圭麻だった。
 そしてそんな圭麻が散々迷惑を被ったと聞いてちょっと心を痛めていたりもしたのだった。
「そういう意味でも伽耶様にとって圭麻は気になる存在なんだよ」
「それは気になる存在というより気にしているとか気に掛けてるっていう感じなんじゃ」
 いっそ気に病んでいるというべきかもしれない。
「まあ、その辺の話を二人でゆっくりとしてみるのは悪くないと思うが」
「話をするくらいなら悪くはないでしょうけど、個室で枕を並べてする必要は全然ありませんよね」
「まあな」
 などと話している間に部屋割りも決定した。個室は多めに用意されたが利用状況に変化はなし。リア充は初日同様の二組止まりで変化なしだ。"何でくっついてないの"颯太を含むフリーな男二人が何もせずダベっているし、泰造と鳴女もいつも通り。きっかけもなしにそうそう変化など起こるわけがないのだ。