地平線伝説の終焉

八幕・三話 聖域

 飛び続けること数日。遺跡群を抜けると、辺りに緑が増えてきた。海辺では海鳥が飛び交い、獣の姿もある。酸に冒され荒れ果てた暴食の海の一帯を抜けたのだ。目指す大陸の果ては近い。
 立ち塞がる砂漠、そして酸の海によって人々は長らくこの地への到達を阻まれ、自然が手つかずとなっている。しかし、人々の技術の発展はついにこの地に人間を到達させるに至ったのだ。
「見ろ、圭麻!ここはなんて素晴らしいんだ……!霊が、霊が一人もいないぞ!……ああそうか、圭麻には霊が見えないんだった」
「そんなことより、そろそろオレは禁断症状がでそうですよ。遺跡ではもっとゴミやガラクタと巡り会えると思ってたのにっ……!そろそろお宝成分を補給しないと魂が抜けそうですっ」
「安心しろ、抜けた魂は俺が責任を持って黄泉に送って骨も拾ってやる」
「あああああ……颯太ばかりずるい!オレも何でもいいから拾いたい!拾いたいよおおぉぉ……。ああ、地面が……遠いっ」
 今こうして辿り着いた二人はなんとも害が無さそうで何よりだが、この地の先客はそうは行かない。この地に最初の人工物を築き上げようとしているのだ。
 やがて、沈み掛けた太陽に不自然な物が照らされているのが見えた。空の上から見た姿から想像するよりも大きな構造物だった。もっとも、天珠宮からも直接肉眼で見たわけではないのだからその大きさを伺い知ることなどできはしない。
 まず目に付いたのは天を突き聳え立つ塔だ。これは上から見ても判りにくい。そこから遙か海の向こうまで綱が渡されている。吊り橋のようだが、スケールが桁違いだ。まさに国家プロジェクト級だが、あの飛行船といい、どこから金が出ているのだろうか。
 少し近付いてみると遠くからではわかりにくいこの塔のもう一つの姿が明らかになる。丸木をそのまま乱雑に貼り合わせただけのような心許ない造り。対岸への綱が渡されているという事はこれで既に基礎の部分は出来上がりと言うことだろうが、崩れないか不安になる。
 だが、その不安はさらに近付き間近でその細部を目にすることでことで払拭された。見た目の組み方は不規則で乱雑だが、宮大工張りの木組み技術でガッチリと組み合わされていた。颯太が透視してみると組み合わせ部分では複雑な形状が上からの重みを四方八方に分散させ、全体的にも満遍なく加重がかかっている。それはまるで、元から一つの構造物であるかのような無駄の無さだ。
 そして、近付いてみて分かるもう一つの事実。颯太の目には構造物の木の隙間から見え隠れする無数の淡い人影が捉えられていた。龍哉たちの目的地がここだったことが窺える。変わった通行人である龍哉に取り憑きここまで来て、そして辿り着いた変わった建造物に誘い込まれていったようだ。颯太の中に長居せずとっとと帰ろうという決意が力強く起きあがった。
 こちらを見上げる霊の群から目を逸らすように海上に目を向けると、彼方に向けて橋が伸びている。上から見るとただの石橋のようだったが、横から見ると水に浮かぶ球体の上に板が渡され、それがいくつも繋げられている。筏橋のようだ。上を渡された綱からも細いロープが垂れ下がり筏に繋がっているが、吊ってはおらず浮かべられた筏を繋ぎ止めているようだ。波に流されそうだが、球体が波を受け流し横方向の影響は小さくなっているらしい。しかし、縦の波には弱そうである。
 それにしても、これを作っている人物は今どこにいるのか。見渡してみても、塔にも地面にも綱の上にも生きた人影はない。颯太の占いではこちら側の岸にいるはずなのだが。
「なんだお前らは!」
 突然頭の上から声が降ってきた。
「ひゃあああああ!」
 こちらは飛んでいるのにまさかの上からの登場。相手も空を飛んでいた。頭の上に板を持ち、高速回転している。その姿はまさに。
「に……人間タ○コプター!」
「待て、その発言は権利的にまずい……!人間竹とんぼにしておくべきだ!」
 二人のどうでもいいやり取りを遮り、源が言葉を発する。
「おま……ちの顔は……にどこか……たぞ!……いや、見……うな、や……り見てな……な。回っ……から顔……く分か……」
 回りながら喋っているので声が聞き取りづらい。何はともあれ、大したことは言っていないことはひしひしと感じる。
 取りあえず降りて話すことを提案しようとしたところで源の体力が尽きたか、回転速度が落ちて高度が下がってきた。丁度いい。圭麻たちも『タッチ・ザ・ストラトスフィア零号、別名サニー・サイド・アップ』を着陸させる。
「おい、お前は一体ここで何を……って大丈夫か」
 源はふらふらしている。空を飛ぶほどの高速回転をしていたのだから無理もない。
「待て、今ちょっと逆回転して治す。建築奥義・人間ドリル!」
 その場で高速回転し始める源。技の名前に相応しく源の足下の地面が削られていく。
「つくづく人間じゃないな、こいつ」
「それより颯太。どうやらオレはとんでもない勘違いをしていたみたいですよ。人間ドリルが出てくるって事は技のネタ元はアレです。つまりさっきの技は差し詰め人間ヘリ……!ああでも人間ヘリは自分は回転しなかったような」
「分からん。お前の話は分からん」
 そんなことを言っていると源の回転が止まる。
「よし、治ったぞ」
 合理的だが何とも荒療治だ。ともあれこれで話はできそうだ。
「それで、こんなところに橋を架けてどうするつもりだ」
 源を問い詰める颯太。
「決まってるだろ、渡るのさ」
 こんな誰でも分かることを堂々と答えられるとは思いも寄らなかった。どうやらもっと質問の意図を明確にする必要がありそうだ。
「そりゃそうだ。いや、そうじゃなくてな。橋を渡ってどうするんだって言うことだ」
「ああ、そう言うことか。それはな、向こう岸に行くんだ」
 颯太は人生最大の絶望を感じた。なぜこれほどまでに言うまでもなく当たり前の事が答えとして返ってくるのか。話はできたのに、話が通じない。まだ那智の方が会話が成り立つ。。
「この橋を架けるように命じたのは社か文明って言う男だろう?連中は向こう岸で何をするつもりなんだ」
「さあ?」
 颯太の心がバキバキと音を立てて折れた。
「あなたは向こう側がどんな所か知っていますか」
 対話を圭麻が引き継ぐ。圭麻なら馬鹿や不条理にもう少し耐性がある。こう言った手合いをまともに相手にせず茶化しながらあしらう術も身についている。
「ああ、何せ実際行ってきたからな。あっちは森になってるんだぜ」
 向こうで見た光景をそのままシンプルな言葉にする源。この様子だと、あっちがどんな所なのかなどと言う細かいところはもちろん知らないし気にもしていないのだろう。
「森ですか。それならいい材木が採れるでしょう」
「そうでもねーぜ。生えっぱなしの森は間隔の詰まりすぎで日差しも養分も奪い合い、ひょろっちくて高いばかりの材木に向かない木ばっかりだ。細く長く生きてそのまま土に返るのが森の木にゃ向いてんだ。人の手で形に残すなら、最初から人が面倒見てやらないとならねえ」
「そうなんですか。それなら、材木に向かない木でこれだけの物を作ったんですね。さぞや大変だったでしょう」
「そこが腕の見せ所って奴さ。形が悪く強度にもむらがある木材をいかにうまく組み合わせるかって言う……な」
「なるほどなるほど!余った部分や強度のない部分を切り落としたりするわけですね!」
「そう言うことさ」
「それで……その切り落とした物は一体どこに?いらないなら……いただきたく!」
 それが本題らしい。圭麻は圭麻で己の欲望を満たすことを最優先していたようだ。
「切り落とした木材は隙間に詰めるし、それにも使えないなら煮炊きのための薪にするぜ。灰は森に返して若木の肥やしだ」
「くうっ……!顔に似合わずエコな……!」
「なんだと。顔の通りケチくさいとはよく言われるが、それは初めて言われたぞ。ついでに、一番いらないのはお前だともよく言われる。……いらない物が欲しいなら……俺様を有り難くいただけ」
「そんなことを言わないでください。いらない人間なんていないんだ。人は誰しも輝けるんです!」
 何かうまくごまかす圭麻。
「だがしかし。それはつまりいらないって事だよな」
「え。ええとまあ。そう言うことですかね」
 ごまかし切れていなかった。
「まあいいぜ。俺だってあんたに貰われるような暇も趣味もねえし。まあなんだ。誰かにくれてやれるような不要物はここにはねえな」
 打ちひしがれる圭麻。だが、源とはとある一つの思いで分かりあうことができそうだ。
「この世に捨てていい物なんてありませんよね」
「いいや、一つだけあるぜ。余計なプライドよ。……あと、羞恥心」
「ひとつじゃないのかよ。そもそもそれは捨てちゃだめな奴だ」
 少し立ち直ってきたのか、颯太が口を挿んできた。
「お。あんた、分かってるじゃないか。聞き捨てならないって奴だ」
 源のペースに乗せられたことに気付き心の傷をさらに深くする颯太。
「それとよ。要らない人間なんていないなんて事は軽はずみに言わねえこった。俺が言うのもなんだが、この世にはいない方がマシな人間なんていくらでもいるぜ?輝く気なんざ更々ねえどす黒く汚れきったクズ野郎がな」
「ええとまあ。それはそうなんですが」
 アホに正論で言い負かされるのは耐え難い屈辱だ。
「人間も地に這い蹲って泥水啜って生きてきた奴はしぶといが捻じ曲がって育つもんさ。手遅れになる前に光に当ててもらえなきゃ、人の上に立っても踏みつけることしか考えねえ。木だって同じさ。森の上の方で枝をのさばらせる老木はぶった切った方が下の若木が健康にまっすぐ育つ」
「自然のままだった森に人間が手を入れていい理由にはならないぞ」
 颯太もまた口出しできるくらいには立ち直ってきたようだ。
「ああ。だから若木は残してある。そいつが育って森はすぐに元の姿に戻るだろうさ」
「……こいつ、そんなに悪い奴じゃないんじゃないか」
「颯太。まだちゃんと立ち直れてませんね」
 舌戦に負けた颯太に圭麻は久々の危機感を覚えた。
「何のことだ。何にしろ、この橋が出来たことでここを人が通い沿道が開発されれば、あんたが残した若木だってちょん切られる事になるんじゃないか」
 颯太の言葉に源は毅然と言い返す。
「こんな辺鄙なところ、誰が開発するんだよ」
「えっ。でもそのために橋を架けてるんじゃないのか」
「言っただろ、あっち側に行くためだってよ。それ以上の目的は聞いてねえ。あいつが開拓とか観光地開発なんかするようなタマだとは思えねえし、そういう事ならここをどうにかするよりまず途中の砂漠を何とかするのが先だろ。そんなわけだからこそ、この橋もこんな耐久性度外視の木造突貫工事だ。放っておけば十年後には朽ち果てて使い物にもならねえ。あいつが用を済ませるまで使えりゃ問題ないのさ。でもって、橋自体はなくなっても前人未踏の地に橋を架けた俺様の名は歴史に刻まれるわけよ」
「……あの男が、誰かの功績を讃えてその名を知らしめたりすると思うか?」
 そう問いかける颯太。
「……歴史は君の手で刻んでくれたまえ」
 思わなかったようだ。
「悪いが、俺たちはすぐに帰るぞ。無許可で自然林で木を切り建造物を造ったことで手配書を出すように手続きしとくから、賞金稼ぎにでも語り継いでもらうといい」
「そ……それは困る」
 問答無用である。が。
「こんなところまでくるようなやる気と暇のある賞金稼ぎがいるかどうかが問題ですね」
 圭麻の言う通りであるだけに、なぜここで相手に聞こえるように言ってしまうのか。そんな不満を抱えながらも、颯太は言う。
「大丈夫だ、一人心当たりがある」

「俺は行かないぞ」
 話を遮り、泰造が口を挿んだ。
「えっ。お前がずっと狙ってる賞金首じゃないのか」
 もちろん、颯太の言う心当たりとは泰造の事だったのだが。
「狙ってねーよ!なぜか俺の行く手に勝手に涌いてくるだけだ!それに、奴ならちょっと前に役所に突き出してやったから今はもう賞金掛かってねーんじゃねーの」
 そんなことは関係ない。颯太はそんな事実を突きつけてやることにした。
「今はもう手続きが終わったから立派な賞金首だ」
「……で、賞金はいくらだよ」
 極めて気乗りはしないが、話くらいは聞いておくことにしたらしい。
「一五〇〇ルクだ」
「砂漠を越えてそれかよ!足代にもならねー!」
 そして話にすらならなかった。
「やってることは大がかりでも迷惑を被ってる人はいないんだ、しょうがない。それに、伽耶さんの意向で賞金額が削減になってるし」
「え。どういう事だ」
「詳しくは本人に聞いてくれ」
 遠巻きに聞いていた伽耶の耳にも颯太のその言葉が届いたようだ。こちらに歩み寄ってきた。
「ごめんなさい、泰造さんには何の恨みもないのですけど」
「ええそりゃそうでしょう」
 頷く泰造だが、那智が割って入り言う。
「そうでもないぞ!お前がヘマして鳴女さんをちゃんと連れ帰らなかったから、その間どれだけ伽耶さんが大変だったか……」
 その間に、今度は颯太が割って入った。
「そのことで恨みがあるとすれば俺の方だ。でもって、いつまでも仕事を覚えられない誰かさんのせいでその分の仕事を肩代わりされた俺の方だ」
 少し縮こまる那智。
「う。で、でも!そうなったのはやっぱり泰造のせいで……」
「すぐに連れ帰っては来なかったとは言え、あの過酷な環境で鳴女さんを守ってちゃんと連れ帰ったんだ。泰造はよく頑張ったと思うぞ。それに比べてお前ときたら……」
 さらに縮こまる那智。
「ううっ。で、でもでもっ!そう言う颯太だって途中で俺たちを見捨てて砂漠に行っちまったじゃねーか!俺だって、その間に仕事もしっかり覚えて伽耶さんの役に立てるようにもなったんだぞぉっ」
「そうかそうか、やれば出来るじゃないか。それは偉いな」
 とびきりの笑顔で言う颯太。涙目のまま、ほっとしたかのように微かな微笑みを浮かべる那智。そして、一転。
「やれば出来るのに、なぜ俺がいるときには微塵もやる気を見せなかった……?」
 地響きか雷鳴が聞こえそうなトーンだ。
「ひ、ひいっ。で、で、でもでもでもっっ!それはその、えーと……。うわああん、ごめんなさいっ」
 那智は黙った。颯太は言う。
「さあ、何もなかったように話の続きを」
「は、はぁ」
 呆気にとられていた伽耶も気を取り直す。
「ええと、賞金制度の話でしたね。私は元々たとえ悪人であってもその命を金でやりとりするような賞金制度にはあまり好ましい感情を持っていませんでした。それにその……もちろん泰造さんの事じゃないのですけれど、賞金稼ぎと名乗る人の中にはごろつき紛いの人も多くて……」
 申し訳なさそうに言う伽耶だが、泰造は気にしていないようだ。
「まあ、そっすね。俺もその賞金稼ぎの一人として、同業者にどんなろくでなしがいるかはよく分かってますよ」
「それに、賞金制度は私怨の温床にもなりやすいのです。少額の賞金首のなかには地元の名士の断りにくい口利きや富豪の賄賂で手配された者も少なくありません。捕らえるほどでもない微罪や無実の罪であることも多々あります。役人の汚職の口封じに使われたことさえありました。そのような手配者を追う賞金稼ぎにとって、手配書の真偽など問題になりません」
「ですね。そいつを捕まえれば金になる。それだけだ。……そうか、悪用しやいシステムって言うことですね」
「ええ。私のお父様も悪用していた一人でした」
「ああ、そう言えば隆臣に賞金掛けてましたね。あれ、泥棒だからじゃなくてそれを口実に自分の所に連れてくるためですよね」
「それに他のことでも悪用していたんです。お父様はよからぬ事を手伝わせるいわゆる手下に少額の賞金を掛けていました」
「そう言えば、賞金首に斑魚に乗る一味がいたよな。あの斑魚、月読の持ち物だったっけ」
 泰造の言葉に颯太も頷いた。
「正確には野生の斑魚に餌付けして懐かせて名前まで付けて可愛がっていただけなのですけれど」
 魚臭くぬめぬめしていて、やたらと巨大でそれなのに四匹もおり、何より顔が怖い斑魚を伽耶は愛することが出来ず、その世話を社に丸投げしていたことに負い目を感じていたこともあって言い訳のようなことを言い添えた。
「なぜ自分の手下に賞金を?」
「役人や兵隊が捕まえてしまわないようにです」
 颯太はなぜそうなるのかいまいちよく分かっていないようだが、泰造はピンとくる。
「あんまり重要じゃない賞金首ってのは、賞金首の食い扶持が減らないようになるべく手出ししないことになってるんだ」
「ええ。元々そう言う慣習があったのに目を付けたのです。役人たちは賞金がかかっていれば自分たちから手出しはしませんし、賞金が安ければ賞金稼ぎも積極的には狙いません。安い賞金首は生け捕りでないと賞金が出ませんからあまり無茶な扱いも受けません。迷惑している人たちも、賞金がかかっているからいつか何とかなると安心します。そして、お父様がそのような使い方をしているという事を役人たちも知っていて、捕まって連れてこられた賞金首もそのままお父様の所に連れていくのです」
「捕まった後の賞金首がどうなるなんて考えませんもんね。安いのなんか精々牢屋にぶち込まれるだけで、それも一年もせずに出てくる程度でしょうし」
「そうやって大したお咎めもなしに、場所や内容を変えてまたお父様の手伝いをしていたのです」
「うーむ。さすが、狡賢いなぁ」
 それを娘の前で言うのもなんだが。
 ここからの話は颯太にもできる。
「新しい月読は治安向上を掲げているし、この辺の構造も作り直すつもりだ。それも踏まえて段階的に賞金を絞っていき、最終的には賞金制度を廃止するらしい」
「もちろん、賞金稼ぎの皆さんが路頭に迷わないように対策は行います。光介さんが整備している警察組織へのスカウトも進めてくださってるんですよ」
「うえっ。そんじゃ俺も警察官になっちゃうの?」
「まあ、スカウトを受け入れればな」
「公務員かよ。ガラじゃねー!」
「それについては俺もまったくもって同感だが……。とにかく、どうするかを決めるのはお前だ。それじゃ、話を続けるぞ」

 話を聞いて泰造は行かないと言いだしたが、そうなるとは思ってもいなかった颯太は源に対し泰造を送り込むつもりで心当たりがあると言ってしまったのだ。
「賞金稼ぎなんて言う粗野な連中に俺様の偉業が理解できるか! もっと文化水準の高い奴を連れてきてくれないと困る!」
 それが、源が困る理由だというのか。想像の斜め上ではあるが、困ってくれるなら良しとしよう。なお、源のこの発言についてまた泰造が口出ししてくるかと思ったが、苦虫を噛み潰したような顔にこそなったが口は出さなかった。この調子で鬱憤をため込んでくれれば源の所に乗り込む原動力になるかも知れない。
「それなら、完成した姿を見てもらった方がいいだろう。完成は早くてどのくらいになる?」
 完成した姿を見たいなら確実に出来上がっている時期を聞いた方がいい。もちろん、完成を見届け言祝ぐ為にこんな事を聞いているわけではない。早くてどのくらいに出来上がるのかが分かれば、そのくらいまでは大した動きはないので放っておいて問題ないと言える。木を切りまくっているのは気に掛かるが、自然に対する最低限の配慮はしていそうなので急ぐ必要は無さそうだ。
「完成までは早くてもあとひと月は掛かるかな。文明は半年くらいどこかで何かやってるらしくてその間に仕上げてくれると助かるって言ってたが……余裕だぜ」
 その半年はこちらに動きはないと考えて良さそうだが、橋が早めに出来上がれば予定を前倒しすることも考え得る。やはり橋の完成である一ヶ月を目処に対処を考えれば良さそうだ。対処これ即ち泰造に押しつけること。泰造にあっさりと断られるなど露ほども知らぬ颯太は、時間にゆとりがあることを知りとっとと切り上げることにしたのだった。

「それがお前等の砂漠横断の旅の顛末か」
「まとめに入るのはまだ早いぞ。これから帰り道があるんだからな」
「帰り?もう大したこと起こらないんだろ?霊もいないんだし」
「俺が霊に遭遇しないと何かが起こったことにならないのか……?騒ぐほどの霊にはもう遭わなかったが、それ以上に遭うわけがないと思ってたモノに遭遇したよ。……しかし、その話をし辛い状況になったな」
 颯太は辺りを見渡す。太陽について話してくれた鳴女、賞金制度の改革について展望を語った伽耶。二人がこっちにきたことで凛も側に来ていた。そして最初からこっちに寄ってきていた那智。いつの間にか女性に囲まれているのだ。
「女がいるとし辛いような話か」
 分かりやすいとは言え一応言葉を濁した颯太を意図を全く酌まない泰造。きっとわざとであろう。
「ほほう……?オレのいない間に一体どこの誰と言いにくいようなことになったんだ?」
 にこやかに颯太の頭に指を食い込ませる那智。
「別に関係とかそう言う事じゃないんだがな。それに、お前には話すつもりでいたし」
「……オレ、女として見られて無かったのか」
 そう言うことではないが勝手に悲観的な解釈をする那智。さらに泰造のどうという事のない発言が火に油を注ぐ。
「そこは見られたかったんだ」
「当たり前だろっ!女だぞ、オレは!」
「それなら一人称オレを何とかしろ」
 団扇で煽るような颯太の言葉。油が注がれていなければ吹き消されていただろう火はさらに燃え上がった。
「そんなこと、今更恥ずかしくて出来るかっ!」
「いや、なにが恥ずかしいんだ。普通のことだろ」
「そりゃあそうだけどっ!お前はオレが自分をオレって呼んでる理由をあっちで男だからとか思ってるんだろ?そんな単純な話じゃないんだぞぉっ」
「じゃあ、何なんだ」
 勢いで発言してしまった那智だが、こう言ってしまうと理由を話さずには話が終われないことに気付いた。
「うう、話すよ……。オレさ、ちっちゃい頃から歌と踊りが大好きでさ。自慢じゃないけどオレって才能もすごくて。でもって自慢じゃないけどオレって今も昔もほんっっと可愛くって」
「自慢げだー」
 あまりに自慢げだったので茶化す泰造。
「てめーに喋ってんじゃねーぞ!耳塞いでろ!」
 グーパンチを繰り出す那智。顔面で受け止める泰造。嫌な音がし、うずくまる那智と微動だにしない泰造。那智の細腕で繰り出すパンチなど余裕で耐えられるのだ。
「ううう、ちくしょー!と、とにかく、その才能と美貌でスカウトされてさ。都でもトップクラスの養成所で練習生にしてもらったんだけどさ。そこでオレの先輩に当たる踊り子がすっごい格好で踊ってるのを見ちまってさ」
 すっごい格好とは、露出も多めの舞台衣装のことだ。
「自分もあんな服着せられて男に見られるのかと思ったら恥ずかしくって、怖くって。でも、そんなことで掴みかけた夢を捨てたくもなくて。それで、恥ずかしさを克服するために自分も男だと自己暗示をかける事にしたんだ。オレも相手も男なら別に恥ずかしくないってな」
 数ある選択肢の中からなぜそれを選んだのかは謎だが、それこそあちらで男だという事実が影響しているのかも知れない。
「裸にされるわけでもあるまいし、そこまでしなくても……。とにかく、今からは考えられないくらいに純情だったんだな」
「んだとお。今のオレがどうだって言うんだよぉっ」
 那智のグーパンチが颯太に向いた。颯太は透視人の力で那智の動きを見切った。拳の軌道が手に取るように分かる。しかし、その情報からパンチを回避するような身体能力は持ち合わせていない。
「いてえ、何すんだ!……その様子だと、恥ずかしさは克服できたみたいだな。今でも踊るときは男だと思って踊らないとダメなのか」
「んー。恥ずかしさを克服するために始めた男言葉だけど、恥ずかしさを克服した理由はこれとはちょっと違うんだよなー」
「えっ」
「オレさ、成長するにつけどんどんキレイになってくじゃん。それにスタイルだってさ……たまんねーだろぉ?」
「返答に困ることを言うな」
 まして、女性に囲まれたこの状況だ。
「男だって暗示掛けた上で自分を見るとさぁ……たまんねーわけよ。オレをみた男どもはこんな気分なんだと思うとさあ……それまたたまんねーわけよ。そうなるとさ、もう見せたくてしょうがないわけよ!見られたいわけよ!……分かるだろ?」
「分かるか!なぜ俺が分かると思うんだ。わけ分からん」
 颯太は立腹し、泰造は呻く。
「それで俺がハリセンで叩かれる理由も分からん。……タオナでこいつが男湯に突撃してきた理由はちょっとだけ分かったかな」
「泰造もこの状況でそんなことを思い出すなよ」
「泰造さん……那智さんとお風呂に入ったことが……?」
 泰造ににじり寄り、詰め寄る鳴女。
「うおっ。そんなことありませんよ!あれは那智がっ、那智が勝手にっ」
「結局認めてるし……。そもそも否定するのも手遅れだろうに。あの時、那智は男として男湯にごく自然に現れた。そう言うことか?」
「いいや、オレ、女だし」
「えっ?」
「あん時はもう見られたい女モード全開だぞ。隆臣にアピールするために潜り込んだに決まってるじゃん」
「いや、その……。俺たちもいただろ」
「だからタオル巻いてたじゃん」
 よく覚えてはいないが……巻いていなかったらものすごい物を見て相応の衝撃を受けていたはずなので、そう言う記憶がない以上きっとそうだったのだろう。衝撃が強烈すぎて記憶が飛んだわけでないのならば。
「それじゃあ結局、あの時は女として男湯に入り込んできた、と?」
「んー。まあな」
 議論は尽くされた。颯太判事の判決は。
「有罪っ!」
「異議なし!」
 泰造検事も同意した。弁護士はいない。
「それじゃあ、平手打ちの刑って事で」
 手を振りかぶる鳴女。
「いやいや、何で俺なんですか!」
 泰造は後ずさった。
「あっ。ご、ごめんなさい、つい」
 手を下ろす鳴女。颯太はまとめに入った。
「とにかく、純真だった少女も今やすっかり汚れた、と」
「誰が汚れたって……?」
「いや別に。でも、恥ずかしさが克服できたんなら男言葉なんて使わなくてもいいよな。女言葉に戻せよ」
「いやっ……。ダメっ、恥ずかしいっ……」
 言われた方が恥ずかしくなるような科白を吐く那智。
「女の子に恥をかかせるなんて先輩サイテー」
「ねー」
 ぼそぼそと、それでいて聞こえるように言い合う凛と伽耶。
「なんだよ先輩って……いや先輩だけど」
 ここで仕事をする人間として確かに先輩ではある。どちらも事情ありの臨時雇いだが、その事情こそ随分違えどもその点でも先輩と言える。
「今更女らしい言葉になんてなれるかよ!オレがオレじゃなくなる!」
 咆える那智。
「なんだそれ……」
「じゃあ颯太。お前、女言葉で喋ってみろよ」
「何でそうなる……。俺は関係ないぞ」
「じゃあ、泰造」
「何であたくしがそんなことをしなければなりませんの?おかしくってよ」
「うわあ、気持ち悪い。そもそもなんだその言葉遣い。そんな女もいねーよ」
「まじめにやってられっかこんなの。俺は那智や颯太みたいに私なんて言葉が似合う面構えじゃねーんだ」
「どさくさに紛れて何か言ったか」
「だってそうだろ。俺みたいな面で私なんて言ってるのはペテン師ばっかりだぞ。お前みたいなチャラくてもそこそこマジメそうな顔ならともかくよ」
「ああ、そういうことな……」
「髪も長いからオネエ言葉使ってても違和感ねーし」
「やっぱそっちも込みかーい!」
 辺りにハリセンの小気味よい音が響きわたった。
「だからさ。オレにとってこのしゃべり方はそのくらい譲れねーんだ。普通に女言葉を使うなんて、なんか気持ち悪いんだよ」
「うーん。まあ、少しだけ気持ちは分かるよ。……で、踊ったり見られている自分は女、と」
「んー。そんな感じ」
 那智の中に変なところで線引きがされているらしい。
「よくわからんが……まあ分かった。よく分からないってことがよく分かった」
 結局……なんの意味があったのだろう。とにかく、那智にとって話しにくいことを話させてしまったのだから、颯太としても話しにくかった話をするしかないだろう。

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