地平線伝説の終焉

七幕・五話 金は毒なり

 路地裏に戻ると鳴女はそこにいた。ほっとする泰造。置き去りにしたことには平謝りだ。
「そんなことよりも、『ラピッド・シューティング・スター・改』号の行方が分かりました」
 さすがは鳴女だ。長くて分かりにくい圭麻のつけた名前を、久々の上間に散々色々なことがあった中でも忘れることなくちゃんと覚えていた。
「えっ。一体どういうことですか?まさか犯人が犯行現場に……」
 泰造は腕まくりをして気合十分だが。
「いえ、そういうわけでは……。これです」
 鳴女は現場に残されていた札を泰造に見せた。
「これは……犯行声明ですか」
 ふりがなの振られていない文章など、泰造にとって何の意味も為さない。
「と言いますか、その……。駐車違反だそうです」
「は?駐車違反?」
「ええ、罰金を持って役所に出頭しろと書いてあります」
「げ。……っていうかそんな法律、この世界にありましたっけ」
 頭を抱える泰造。
「空遊機のような乗り物がこの世界でも増えてきたので、あちらの法律を手本にしてこの世界にも規則を設けようと……颯太さんが」
 身内の仕業であった。
「あの野郎ぅ……」
 札に書かれていた罰金も結構な額だった。泰造はもとより、鳴女のポケットマネーを合わせてももポンとは払えそうにない。しかし、後払いでも何とかなるはずだということでひとまず役所に向かった。
 窓口をたらい回された果てにようやく担当部署に取り次いでもらえた。早速本題に入る。
「罰金ですけど、即金では用意できませんので後払いしたいのですけど」
 役人は言う。
「それはできませんなぁ。そう言って踏み倒す輩が少なからずおりますんでね」
「そんなはずありません。登録番号で所有者が分かるはずです」
「リューシャー位になればそうでしょうがね。生憎、田舎はそんなことができるほど人手も金がありませんのでねぇ。こういう支払いに関する業務も民間に委託している位なんですよ。即金が無理ならそちらの業者さんの方で話をしてくださいな」
 そう言い、役人は業者の案内を手渡してさっさといなくなってしまった。
 鳴女は難しい顔をして案内に目を通していたが、おもむろに立ち上がる。
「行きましょうか、泰造さん」
「ええ。いやあ、こっちが金を払うってのに態度でかいですねえ」
 金を払う側だとは言え、自分が決して客ではないことを把握していない泰造。そもそも、泰造自身賞金の支払いをする役人を客だと思って接したことなどないはずだが。
 代行業者は役所のすぐそばにあった。また面倒な手続きがあるのかと思ったが、ことのほか簡単に済みそうだ。役所で手渡された書類を渡し、後はサインをすればいいと言う。
 サインする書類は折り返されて下半分が見えない。鳴女はそれを冷めきった目で見た後、無言でサインをした。
 すぐに現金が用意された。これを役所の窓口に払えばいい。この金は後日回収にくるという。
 役所に戻る道で泰造は言う。
「なんか、借金でもしたみたいですね、これ」
「ええ、借金ですね。……あの業者、高利貸しの類だと思いますよ」
 事もなげに、笑顔で言い切る鳴女。
「ええっ。それなら何でサインなんか……」
 そう言いかける泰造だが、原因を作ったのは泰造だし、背に腹は代えられないと言う判断だったのかもしれない。そう思うと何か物を言える立場ではない。
「まともな金融業者ならば利子も大した額にはならないでしょうし、たちの悪い業者なら……踏み倒しちゃいましょうか」
 鳴女はにこやかにそう言った。
「ええっ。踏み倒すって……どうする気ですか」
「その時になったら考えましょう」
 鳴女は自信ありげだ。泰造としてもここは任せておくしかない。
 役所に戻った鳴女は、罰金を支払い『ラピッド・シューティング・スター・改』を取り戻した後、先ほどの役人と話がしたいと申し出た。役人が面倒くさいと言いたげな顔で出てくる。
「手続きは終わりましたよね。まだ何か用ですか」
「申し遅れましたが、わたくし神王宮政務補佐官の鳴女と申します」
 そう言い一礼する。肩書きと名前を聞いて役人は慌てて姿勢と身なりを正し、畏まった。
「しししし神王宮ですか!その、何かご用で」
「……分かりますわよね?」
「ははああああっ!」
 先ほどまで偉そうだった役人だが、今はガチガチに硬直して脂汗にまみれている。
「もう一度先ほどの業者にもお話を伺おうと思うのですけど、ご一緒していただけますよね?」
「は、ははっ!御意のままにっ」
 先ほどは役所に待たせていた健も連れていくことになった。筋骨隆々の男二人に挟まれて役人はさらに縮こまった。
 金貸しの事務所に着くなり、役人は言う。
「終わりだ、終わりだよぉ」
「何だ、どうした」
 そこに鳴女が進み出た。
「先ほど私がサインした書類、見せていただけますか」
「ああん?なんだオラァ」
 先程とは打って変わってチンピラ丸出しになる男。泰造達にとってはこういう手合いの方が扱いやすい。健と二人であからさまにウォームアップを始まる。
「はっ!二人で何ができるんだ。おい、みんな出てこいや!客人を歓迎してやりな!」
 合図とともに屈強な男が奥の方からぞろぞろと現れた。
 そして、あっと言う間に全員が泰造と健に叩きのめされる。正直、ここまで弱いとは思わなかった。田舎者ならもう少しタフかと思ったが、むしろ田舎すぎて食べ物が悪いのかもしれない。
 先ほどよりもふくよかな感じに腫れ上がった顔の男に書類の在処を尋ねると、何の抵抗もなく吐いた。
 書類の先ほど隠されていた部分には、手数料や回収費用など様々な名目で料金が上乗せされ、払えない額ではないがかなり膨らんだ金額が記載されていた。契約内容の一部を隠してサインさせる、悪徳業者におなじみの手だった。
 鳴女は完全に震え上がっている役人に向かって言う。
「このような業者に委託するのは困りますね。それに、この契約を結ぶ際に住所や名前を聞かれませんでした。これは、車両の登録番号からそう言った情報は調べられるからじゃありませんか?」
「は、はい……。おっしゃるとおりで……」
 役所と金貸しが結託し、番号登録制の仕組みを悪用して不正に利益を得ていたようだ。
「この役所にはたっぷり調査を入れさせてもらいますね。もしも逃げたら……生死問わずで賞金をかけちゃうかもしれません」
 にこやかに言う鳴女。生死問わずの賞金首を生け捕りにするような物好きな賞金稼ぎは滅多にいない。つまりは死の宣告に等しい。とはいえ、これはハッタリだ。それでも効果は覿面だったようで、役人は人生が終わったかのような顔をした。
 伽耶が改革に乗り出してから賞金首は激減した。まして、生死問わずなどという賞金首は一人も出ていない。それなのにこれほど恐れるというのは、この辺境の地までは改革の影響が及んでいないと言うことだと鳴女は解釈した。だからこそ、このように古い体制のようなやりたい放題がまかり通っているのだろう。
 この金貸しも、民間でやってる分には指導くらいで済んでいただろうが、役所の不正に手を貸していた以上取り潰しは免れない。取り潰しになれば借金も帳消し、見事に踏み倒しだ。この業者の金で罰金はしっかり支払ったし、役所の不正のおかげでちょっと得をしてしまった。鳴女の目論見はうまくいったわけだが、そもそも借金を踏み倒すためでなくとも不正は見逃すわけにはいかない。
 『ラピッド・シューティング・スター・改』号も無事に戻ってきた。これでリューシャーに戻れる。ギャミに行って金も受け取れる。無事、この最果ての町から帰ることができるのだ。
 『ラピッド・シューティング・スター・改』号に乗り込もうとした泰造は短く声を上げた。
「うおっ。なんだこれ」
 何かよく分からないタンクが座席を占領していた。よく考えるとそれは行きがけに購入した燃料だった。
 そう言えば、これがあるせいで鳴女を助け出した後の帰りの座席が一つ足りなくなるので潤か健を捨てて行かなければならないなどと考えていたのだった。金を出して買った以上、この燃料を捨てるという選択肢などないのだ。
 幸いなことに、泰造が鬼のような決断をするまでもなく潤は再び永久凍土に飛ぶためこの地に残る。咲夜との仲が悪くなりでもして状況が変わらないうちに、さっさと置き去りにしてしまおう。

 飛行船の停泊する広場に戻ると、何やら揉めているようだ。
「何だ、何があったんだ」
 押っ取り刀で駆けつける泰造。騒ぎの中心にいたのは龍哉だった。
「何があったんだ、じゃねえぇぇ!あんたのせいだ!」
 予想外に噛みつかれ、泡を食う泰造。いよいよもって、何があったんだといったところだ。
「黙れ盗賊!貴様らのせいで我々はこの発見に立ち会うことができなかったんだ!」
 大人しそうな男たちが、目を血走らせている。
 改めて何があったのかを聞いてみると、彼らは研究者のグループで、この船に乗って永久凍土へ行くはずだったのだという。だが、乗船前に何者かに襲われ、気を失っている間に船は出発してしまったという。挙句、白衣まで奪われたとか。
 白衣なんて奪って何になるんだ、などと笑った泰造だが、よく考えると自分たちがまさにそんなことをしたような気が、するようなしないような。
「そういえば、船の中で盗難騒ぎがなかったか?こそ泥でも忍び込んでいたのかな」
 学者の一人が言う。
「そうだ、たぶんそいつが犯人だ!」
 勢いでそう言う泰造だが、よく考えてみるとその盗難騒ぎを起こしたのは咲夜だった。しかし、咲夜がこそ泥だったことは一応バレてない。
「学者に扮して忍び込んだこそ泥か‥。学者の格好で、露骨に怪しい奴……いたかなぁ?」
 記憶を辿る学者たち。目の前にドンピシャの連中がいるのだが、幸い泰造たちは学者らしい功績を立派に上げていた。すっかり学者にも溶け込んでいたので、誰も疑っていない。
「多分、どこかに隠れているうちに寒くなって、そこで凍死したんだ。うん。間違いないな」
 適当なことを言う泰造。あの船の中は、人の集まるところしか暖房が利いていなかった。ほかのところに居れば、確かに死ぬだろう。学者たちも何も知らずに潜り込んだバカなこそ泥が人知れず自滅したという結論で納得したようだ。
 真犯人の顔を拝めず学者たちは悔しそうだが、これで一応の解決を見た。そして、事件の真相は永遠に藪の中に葬り去られたのである。

 そして、建材の鑑定も終わっていた。
「値段出たわよー」
 咲夜がそう言いながら手を振った。相手はプロだが、咲夜だってその道のプロだ。買い叩こうとする買い取り業者に一歩も引かず値段をつり上げさせた。質の良さ、量。そして、もっとも大きな要素として、いくら値切ったところでこの仲買人が買える分はいくらもないということも手伝った。咲夜としても満足できるレートに落ち着いたようだ。
 実際のところ、咲夜はレートでしか判断していない。砂漠の遺跡を歩き回って小さなかけらを拾い集めて日銭を稼ぐ程度の取引しかしてこなかった咲夜にとって、これだけの量の取引は初めてだ。何せ、柱一本がすでに自分一人で持てる重さではない。それが何本もあり、しかも倍の値段で買ってもらえるのだ。どれほどの額になるのかドキドキワクワクだった。そして、飛び出した金額を聞いて咲夜の顔はゆるみっぱなしになったという。
「即金で用意できる買い手さんがお待ちかねよ」
「こっちで勝手に金のやりとりしちまうと、ちょろまかしたとか騒ぎだすからな」
 つきあいの長い潤は泰造のことをよく分かっていた。だが、そんな潤でも見たことのない泰造の一面が引き出されようとしていた。
 待ってましたと言わんばかりに泰造の目の前に現金が積み上げられていく。賞金首の中でも破格だった隆臣の賞金くらいの額が、まるで古雑誌のように無造作に。
 王鋼の値段のほとんどは加工賃。加工前の物は大した値段にならない。咲夜はそう言っていたし、現に咲夜がいつも買い取ってもらっている物は、平均的に一掴みで一ヶ月は食い繋いでいける程度だ。
 だが、これは根本的に違う。咲夜が日頃取り扱っているのは変質しきった不純物だらけの代物。一方今回は素材としてはほとんどのそのまま使えるほど質の良いものだ。高く買い取ってもらえる。
 金額を聞いてにんまりしていた咲夜も、現金を目にしてさすがに表情を強ばらせた。数字で聞くのとは違い、札束のインパクトは強烈だった。況や事前に金額も聞かされていなかった赤貧賞金稼ぎ衆においてをや。現金を前に、完全に動きも思考も止まったようだ。息の根や心臓さえも止まっているのではなかろうか。
「えーと……。あたしと潤の二人分にはちょっと足りないみたいだから、とりあえず潤の取り分ね。あたしの分はあとで口座に振り込んでおいてくださいね!」
 泰造たちよりも早く落ち着きを取り戻した咲夜が、現金の山を大胆に切り崩して持ち去った。
「これだけあれば色々道具揃えられるよ。そしたらあたし達だけで山ほど王鋼切り出して大儲けだよ!よーし、買い出し買い出しいぃ!」
 まだ固まっている潤の首根っこを引っ掴み、引きずり回しながら咲夜は勢いよく飛び出していった。
 現金の山はかなり小さくなった。おかげで、泰造達にも心の余裕が生まれ、少しくらいなら動けるようになってきた。二割という咲夜の取り分でほとんどなくなってしまうと言うことは、先ほどの何倍もの金が動いたということだが、幸いなことにそこまで考えるほどの思考力は今の泰造にはない。
「私たちも行きましょうか」
 鳴女は残された現金をまとめて仕舞った。視界から現金が消え、泰造達もだんだん調子が戻ってきた。
 今の金額は今回の売り上げのうちの一部に過ぎないのだが、この額でこの有様ではこの先が思いやられる。いずれにせよ、小切手の取り扱いなど泰造にはできない。金の回収は鳴女がやった方が良さそうだ。
 
 三人と大量の現金を乗せた『ラピッド・シューティング・スター・改』号は、街道を通りギャミへ向かう。鉄骨の売り上げの一部がこの町で受け取れるからだ。
 モーリアから出発する研究者達の一団も、何かと便利のいいこの町に拠点を置いている。物ももちろんだが研究施設もそれなりには揃っており、不便はない。
 そんな施設の一つに立ち寄ると、見覚えのある乗り物の群がそこにあった。龍哉が乗っていた『ラピッド・シューティング・スター・改』の量産型『ラビット』だ。何かをここに運んできたのだろう。
 ちょうど一仕事を終えた龍哉達がぞろぞろと出てくるところだった。龍哉は泰造達に気付くと吐き捨てるように言った。
「ったく、どいつもこいつも隣に女乗せやがって……」
「お?何だぁ?悪いが俺たちの隣に女なんか乗ってねーぜ?俺の隣にはこの健が乗ってたんだからな」
 鳴女には半分荷物に占領されている後ろの座席に乗ってもらっていた。というのも、その荷物に現金があるからだ。現金の隣に健を座らせるのは心許ないし、そもそも健本人がビビりまくってその席を全力で拒否した。後ろの座席では、鳴女が一人で現金の番をすることになったのだ。
「こちとらせっかくいい女が声をかけてきて乗せてくれって言うから喜んで乗せてやったら、後から男連れて来やがってよ。しかもてめーの子分だ!当てつけみたいにいちゃつきやがってよ……。帰りもよろしくねとか言ってたし、また後ろでいちゃつくのかと思うと……くああああ、ムカつく!」
「子分って……ああ、なるほどね」
 潤と咲夜のことだろう。この町に来てるようだ。
「俺たちは俺たちで、大急ぎで運んでほしい荷物があるって言うし報酬もいいから引き受けたら、運ばされた荷物が死体の山だったぜ……」
 死体の山については泰造にも覚えがある。
「ああ、アレか……。いいじゃねーか、喜んではもらえただろ。偉大な研究の……その……片棒を担いだ共犯者として歴史に名が残るぞ」
 語彙がない泰造が、逆効果にしかならなそうな励ましの言葉を投げかけた。
 あのミイラは速やかに冷やせるところに運ぶ必要があった。その状況で龍哉達の運送屋はまさに渡りに船だったことだろう。
「つーかさ。何でこんなド田舎まで来たんだ?リューシャーの方が客もいるだろ」
「いやさ。そっちの方で俺たちにずいぶんと仕事を回してくれたおっさんが、こっちの方で船が帰ってきたら仕事がいっぱいできるって言うからさ……。確かに仕事はあったし、かなり儲かったけど……。そもそも、あのおっさん何者なんだろ」
 あの船のことを知っている、おっさん。泰造はピンと来る。
「もしかして、目の細いヒゲのオッサンか?」
「そうだけど。知り合いか?」
「やっぱり社か!あの野郎、俺のいない間に何を企んでやがる?てめーら、一体い何の片棒担ぎやがった!」
 今度は語彙の無さではなく、意図的にこの言葉を使う泰造。話によると、大陸の反対側、つまり死せる大地の果てに色々な物を運んだそうだが、何を何のために運んだのかは特に興味のなかった龍哉たちには分からないという。こんな適当なことでは、そうとは知らず悪事に荷担させられてまた賞金首になる日も遠くはなさそうだ。すでに今回それとは知らずに死体を運んでいる。一応、それに関しては人に喜ばれることをしていることは確かなのが救いだ。

 落ち着かない様子で大金の積まれた『ラピッド・シューティング・スター・改』号の周りをぐるぐる歩き回っていた健は、出てきた二人を目にして安堵の表情を浮かべた。健の見張りに持ち逃げの心配はない。現金を見ただけで腰が抜けるのに手を触れる事など出来ようものか。
 研究施設から出てきた泰造は、目の焦点も定まらず、足取りもおぼつかない。後ろを歩く鳴女の手には重そうな包みがあった。ここでの売上金だ。泰造はまた現金の毒気に当てられたのだ。
 ひとまず売り上げの回収は一通り終わったが、小切手で済まされた額も相当だ。全部現金に換えて泰造の前に積み上げたら本当に息の根を止められそうだ。
 研究施設の前ではまだ龍哉たちがたむろして騒いでいた。ただだべっているのではなく、言い争っているような雰囲気だ。その言い争いの相手は咲夜のようだ。最後の最後に面倒な取り合わせに出会してしまった。
「どうしたんですか?」
 まじめな鳴女はこういうことがほっとけない。咲夜によると、この運送屋がひどいそうである。
「ひどいのはどっちだ!足元見て値切りやがって!」
「値切りたくもなるわよ!死体を乗せたグチョグチョの荷台にあたしの大切な道具を乗せようとするんですもん!」
「その死体を運んできた船にまた乗ろうとしてるくせに……」
 例のミイラを運んだことをネタに咲夜がごねているようだ。
「こっちに来る料金もまけてやったんだ、これ以上は赤字だよ!」
「その時はそっちが勝手にまけてくれたんじゃないの。頼んでないわよ、あたしは」
「女一人だと思ったからまけてやったんだよ!男連れなの隠しやがってよ……。騙されたぜ、まったく……」
「下心のせいでの自業自得じゃないの。それよりそれをネタに通常料金であたしの道具汚すのを正当化しないで。いくらしたと思ってるのよ」
「俺たちだってなぁ、まさか死体運ばされてるなんて知らなかったよ!急いで運んでほしい物があるって言うから運んだだけだ!」
「運ぶ物が何かくらい確認しなさいよ」
「しょうがないだろ、包みを解いたら溶けるって言うし……。包みを荷台に乗せるときにはもう下の方がぐっちょぐっちょで、確かにこれは急がないとって思ったさ!あーもう、兄貴は一人で女乗せていい思いした上に荷台もきれいなままでズルいっす」
「だから俺もまけてやったら男がついてきてよう……いちゃつかれて男だけ乗せた方がマシだったわけだが」
 このままでは平行線だ。というよりも、ただの罵り合いだ。なぜ、お互い主張と値段を曲げようとしないのか。その理由を探ることにした。
 龍哉は言う。
「半額は値切りすぎだっつーの。燃料費もでねーっつーの」
 咲夜にも何か主張はあるようだが、それに代わり潤がぶっちゃける。
「要するにさ、欲張って機材買いすぎてんだよ。あんなにあった大金がもうほとんど残ってねーんだ」
「先行投資だから!今度はあれが全額あたしたちの物になるんだよ!?時間はかかっても絶対元は取れるんだよ!」
「それは分かってるけどな……。一応、俺の金だってこと忘れないでくれよ」
 事情は見えてきた。
 値切り交渉と聞いて、泰造も血が滾ってきた。割って入って口を挟む。
「それならよ、荷台が濡れてないやつに機材を積んで、濡れてるのに咲夜を乗せればいいじゃん!」
「いやあああ!ど、どこがいいのよ!おしり濡れちゃうじゃないの!しかも死体のだし汁で!絶対いやああああ!」
 折衷案を出したつもりが大空振りだったようだ。本調子でも高が知れてる泰造の頭はまだまだ本調子ではなかった。
「要するに料金が払えればいいんですよね。咲夜さんの取り分も渡しておきましょうか?」
「うわあ。そうしていただけると助かりますぅ」
 急に猫なで声になる咲夜。
「では、金融取引所まで乗せていただけます?料金は私が支払いますので」
「え。あっ。そりゃあお安いご用で」
 龍哉はあわてて地図を調べ始めた。
 龍哉のラビットは前が一人後ろが二人の三人乗り、そこに鳴女と咲夜が乗り込むようだ。
「二人で行く気ですか?心配だなぁ……。おいこら、手ェ出すなよ」
「出すか!後が怖すぎるわい!」
 確かに、こいつにそんな度胸はなさそうだ。
「アニキぃ!ご無事で!」
「おまえらこそ……お互い、生きてまた会おうぜ!」
 泰造と潤が鳴女と咲夜を案じる以上に龍哉たちは仲間の身を案じていた。よく躾られた猛獣の前にいるような気分なのだろう。安全だということにはなっているが、いつ牙を剥くか分からない。泰造はそんな相手だと思われているのだ。全くもって失礼な話である。

 鳴女と咲夜がどこかに行っている間、泰造たちは屯してだべっていた。龍哉の子分たちが運んだミイラが発見された経緯や永久凍土で見たもの。そして、そもそもあの女・咲夜は誰なのか。
 そんな話をしているうちに龍哉のラビットが帰ってきた。降りてきた鳴女に咲夜が簡単な挨拶をする。そして。
「ほらほら、行くよ潤!機材の買い増しっ!」
 潤は首根っこをひっつかまれラビットに引きずり込まれた。
 そのラビットを運転している龍哉はサングラス越しでも分かるほど、魂が抜けたような顔をしていた。
「兄貴ー!どうしたんですかー!まさかこの二人に物陰に連れ込まれてあんなことやこんなことを……」
「そんなことするかー!」
 関係ない泰造に吹っ飛ばされる子分たち。龍哉は語る。
「た、大量の現金が……右と左に行ったりきたり……」
 どうやら彼らも大金の毒気にやられる程度に貧乏だったようだ。

 色々あったが、今度こそ『ラピッド・シューティング・スター・改』号は遥か南のリューシャーに向けて走り出した。
 相棒を咲夜に取られた健は今後の事について泰造に相談する。しばらくまた組まないかという、当然賞金稼ぎとしての話だ。金ならばかなり稼いだはずだが、二人の中では悪い白昼夢を見ただけという扱いで既になかったことになっている。
 賞金首を追い回すのは泰造一人でも十分だが、戦力が増えるのは悪いことではない。思う存分こき使ってやろう。問題は取り分が減ることだ。その分、数多く捕まえればいいだろう。
「それにしても暑いな。俺たちがいない間に異常気象でも起こってるんじゃないか、これ」
 このあたりはまだまだ冷涼な北の大地のはずだ。泰造は以前このあたりも旅したことがあったが、確かに涼しかったはず。
「私たちが寒いところに慣れすぎてるんですよ。暖房最大パワーでも氷が溶けないような所と比べれば、ここは常夏の楽園みたいなものですもの」
「なるほどー、そういうことでしたか」
 鳴女の説明は泰造にも納得がいった。
「これからリューシャーに行ったら灼熱地獄なんだろうなぁ」
 健が不吉なことを言った。そして、言われてみればその通りだ。
 そうこうしているうちに日も暮れてきた。日は落ちて日差しは優しくなるが、窓から西日が直接当たって暑いし、暗闇に慣れきった目にも痛い。たまりかねて近くのラキの町で宿を探すことにした。
 宿代は無かったことになっている金の中から鳴女が出してくれることになった。泰造はありがとうございます、太っ腹ですねなどと言い、自分の稼いだ金だと全く認識していないことを露呈した。このまま鳴女がいただいてもバレそうにない。
「くっはー、あっつぅ」
 部屋に着くなり泰造は着ている物を脱ぎ捨てた。涼しげな服を買ってはあるが、それにすら袖を通す気が起こらない。
 『ラピッド・シューティング・スター・改』号で走っているうちは生暖かく感じる風ながら当たり続けることでいくらか涼しかったが、止まると途端に蒸し暑い。まして今は普通の人にはいくらか肌寒い時期。室内はほんのりと暖かくなっている。窓の外の冷たい空気が恋しい。
「つーかさぁ」
 やはりとっとと服を脱ぎ捨てて水を入れたたらいに足を浸している健がぼそっと言う。
「なんでおめーはこの状況で俺と同室なんだ?鳴女さんと一緒の部屋に寝るもんだと思ってたぜ」
「なっ……。何を言い出すんだ!とんでもない!」
 熱湯風呂に小一時間浸かったような顔になる泰造。
「なんだよ。てめーもいい歳だろ。女と同じ空間で寝られないなんてうぶな少年みたいなことを言い出すつもりじゃねーだろうな」
「そんなこたぁねーよ。そういう経験なら何度もあらあ」
 賞金稼ぎ仲間となら雑魚寝もよくあることだし、歳の近い女賞金稼ぎと長らく二人旅もした。ブルー・スカイ・ブルー号では目が覚めたら顔の上に那智の太股が乗ってたこともある。それ以来、床に寝るのをやめて壁により掛かって寝るようにしたものだ。
 だが、そういう経験をさしおいても鳴女は特別だ。思えば、これまでに同じ部屋で眠るような相手はあまり女性だということを意識しない相手ばかりだった。
「潤の野郎は今頃咲夜としっぽりしてそうだがなぁ。くはー、お前等がうらやましいったら」
「俺もかよ!だから俺はまだ違うって」
「まだ、ねえ。その気はあるんだな?ならばとっとと今夜あたりアタックしちまえ」
「それ以上いうとこいつをてめーのケツに突っ込むぞ」
 金砕棒を健の喉元に突きつける泰造。
「まあ、下世話なことは抜きにしても、だ。ただでさえ攫われたのを助けてきたんだろ。一人にしておいたらまた何があるかわからねーんじゃないのか」
「……それもそうだ!今行きます鳴女さん!」
 ダッシュで部屋を飛び出そうとする泰造。
「その格好で行くのはやめろ」
 自分がパンツ一丁であることを思い出す泰造。
 その時、部屋の扉が開いた。
「きゃあ」
 扉を開けた鳴女の目の前には飛びかからんばかりの半裸の泰造の姿が。
「ぎゃあ。すすすすみません、今服を着ます!」
 先ほど買っておいた涼しげな服を慌てて着込む泰造。
「もう大丈夫です」
 そういう泰造だが、健は相変わらずパンツ一丁でたらいに足を浸している。健は鳴女が帰るまで背景にとけ込むことにした。
「何か用ですか?」
「ええ、その……。やっぱり一人だと不安なんです」
「酷い目に遭わされましたからね。お察しします」
「それもありますけど、荷物が……。大事な荷物ですから一人で側にいると不安なんです。私の物じゃありませんし」
「荷物なんてあったんですか」
 もちろん、泰造の記憶から消えているあれのことだ。
「それじゃ、荷物を預かりますよ」
「バカ、おめーよー」
 背景に溶け込むつもりだった健が堪えきれずに声を発した。
「今し方話したばっかじゃねーか。攫われるような怖い体験をした女性を慣れない場所で一人で寝かせるんじゃねーよ。今夜は……側にいてやれ」
「いや、そう言うつもりでは……」
 泰造はもとより、鳴女も真っ赤になった。
「鳴女さんだって、頼もしいボディーガードが目に見えるところにいた方が安心でしょうが。泰造は泰造で、見えない間に何かあったらと不安になってますからね。自分の身をいくらでも守れる野郎が二人でくっついてる方がおかしいんですよ。さあ、持って行っちゃってください」
「えっ。でも」
 話している間に服を着込んだ健は、固まっている泰造を鳴女の部屋に押し込み、続いて鳴女もその部屋に押し込んだ。泰造が逃げてくる気配はない。腹を決めたか。
 一人部屋に残された健は、フッと溜息をつき、意味深な、そして悪そうな笑みを浮かべた。
「さあて。邪魔者は消えた。夜の街に……繰り出しますかね!」
 健は、涼しい服を買うためにもらったお小遣いのおつりを手に部屋を飛び出した。

 最初は思い沈黙に包まれていた鳴女と泰造だが、こういうお膳立てがあって二人きりで部屋に押し込まれたと言うだけで、こうして二人で話をすること自体は別に珍しくもない。普段と違う点と言えばもう一つ、鳴女は今までに泰造が見たこともないような薄着をしている。泰造達もそうだったが、鳴女にとっても暑いのだ。幸い、夜風が冷えてきている。もう一枚軽く羽織るくらいなら耐えられるようになった。そして段々いつも通りに戻り、会話も弾んできた。
 鳴女はこちらに戻ってきてからの自分に起きている変化について語る。
 太陽の光、天照の力が届かない暗闇の大地では、天照による封印が緩み封印された知識が湧き出すのを感じていた。だが、今は以前のように知識を引き出すことが出来なくなっている。封印が緩んでいる間に思い出した知識は再び農に書き込まれて忘れることはないが、新しく思い出すことができない。ただ、自分がそのことを知っているという感覚だけは分かるようになってしまった。
「私、本当ならもっと皆さんのお役に立てるはずなのに……もどかしくて」
 泰造は精一杯考えた。
「またいつか、あの永久凍土に行きましょう。そうすれば、思い出したいことも思い出せるんでしょう?俺、付き合いますよ」
「そうしてくれると助かります。……でも……」
 忙しい中、そんなことに付き合わせるのは鳴女も気が引ける。そして、その間神王宮での仕事も止まってしまうのも気掛かりだ。鳴女の中で、一つの決意が芽生えつつあった。
「……話したら、少し気が楽になりました。……今日はもう寝ましょうか」
「そうですね」
 そうですね、などと軽く返事をする泰造だが、よく考えたらこんなシチュエーションでおいそれと眠れるはずもないのだった。
「眠れないのですか」
 隣のベッドから声が聞こえた。
「え。ええ。……鳴女さんもですか」
 実のところ、鳴女としては確かに泰造が部屋にいることによって色々と安心はできるのだが、その反面不安もある。何せ、あのような前フリがあって二人きりで部屋に押し込まれているのだ。何かこう、間違いが起こりそうな不安が少なからずある。泰造の鼾を聞いてからでないと、安心して眠れそうにない。
「ええ。……もう少し、話しましょうか」
 闇の中で体を横たえながら、暫し言葉を交わす二人。泰造は永久凍土でのことを話す。
「それにしても、潤には悪いことをしたな」
「潤さん……ですか?」
「燃料が積んであるせいとは言え、モーリアに置き去りにしちまいましたからね……。次に顔を合わすのが怖いや」
「えっ?」
 どうやら、金にまつわる記憶が封印されている泰造の中では、当初の懸案通り積んである燃料のせいで置き去りになったことにされているようだ。先ほど鳴女のいないところで健と話していた通り咲夜のことは憶えており、その咲夜といちゃついている隙を見ておいてきたことになっているようだ。
「ふふっ」
 鳴女は笑う。
「えっ。……どうしました?」
「いいえ。……私たち、封印された記憶がある者同士なんですね」
「え?俺ですか?……封印?」
 泰造の記憶の封印も、天照の影響下での鳴女の記憶の封印なみに強固な封印のようだ。
「そうだ。泰造さん、私がよく眠れるおまじないを掛けてあげましょうか」
「え?なんですか?」
 鳴女はベッドから起きあがり、羽織っていた上着を脱いだ。
「な、何をするんです!?」
「少し、目を瞑っててください」
 言われたままに目を瞑る泰造。
 泰造の横で、何か物音がする。そして、泰造の体の上に重みが掛かり始めた。それに伴い、泰造の胸は高鳴る。
「目を開けてください……」
 間近で鳴女の声がする。目を開き、自分の体の上にのしかかる重みに目を向けた。
 泰造の体の上には、札束が積まれていた。横から鳴女が覗き込む。その手にも札束が。
「泰造さん。えーい♪」
 パンパンパン、と泰造の頬は札束で叩かれた。その軽い衝撃は泰造の中で数百倍、いや数千倍にも膨らみ、激しく脳を揺さぶる。
 これがその晩泰造が目にした最後の光景であり、新たに封印された記憶の正体であった。

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