地平線伝説の終焉

七幕・三話 いにしえの近未来

 凍てついた窓から微かな光が差し込む。かなり細くなった月が地平線から昇ってきた。新月も近い。
 泰造にとって今まで割とどうでもいい物だったり、突然宝の山になったりした古代遺跡。今日はその遺跡とゆっくりと向き合ってみることにした。
 その前に、自分が掘り出したお宝を改めて確認しておく。すでに売約済みだが、今は一応泰造の物だ。売り上げの三割を咲夜に、その半分ずつを潤と健に。残った四割が泰造の取り分だ。咲夜がいなければ王鋼を掘り出すなどと言うことは思いつきもしなかった。自ずと取り分も多くなる。潤と健も役には立ってくれたのでこのくらいはくれてやってもいい。なにかと知恵を出してくれた鳴女にも分け前が出て当然だが、鳴女の方から私は結構ですと辞退してきた。あとは、どのくらいの値が付くかだ。
 泰造が鳴女を連れて鉄骨の様子を見に行こうとすると、健がついてきた。潤と咲夜が二人でどこかにしけ込んでいるので、する事がないそうだ。
 そのしけ込んでいた二人は鉄骨が収められた倉庫の入り口にいた。倉庫の中を覗き込んでいる。泰造は二人に声をかけた。
「なんだ、お前らもここか。で、中にも入らねーで何やってんだ?」
「それがさ。あの文明って奴が鉄骨調べてんだよ」
「んだとぉ」
 噂をすれば影。倉庫から文明が出てきた。泰造に気付き、話しかける。
「おや、君は。……話は聞いている。道具もないのに遺跡の解体をやってのけたそうだな。掘り出された物は見させてもらったよ」
「あれは俺のだ!いや、俺のと言うか、買い手がもう決まってるというか。とにかく!やらねーぞ!」
「それは分かっているよ。しかし、今回のフライトでは遺跡の存在さえ確認できればいいと思い、積み込まれた道具もそれに合わせた最低限の物だったからな。まさか遺跡の壁に穴をあけ、挙げ句王鋼を溶かして切断するとは。君のおかげで期待以上の成果が上げられたよ。どうだ、その技術を私の為に使ってみる気はないかい」
「冗談じゃねー!そんな言葉に乗るとでも思ったか!?甘く見るなよ!」
「くっくっく、威勢のいいことだ。安心したまえ、こんな言葉だけで引き抜けるとは思っちゃいないさ。雇えたところで、君は人材としても扱いにくそうだしね。ただの社交辞令だ。全く先生が羨ましいですな。優秀な助手を得た点でも、この助手を扱える手綱さばきも……。……おや」
 そう言いながら鳴女“先生”に目を向けた文明は、何かに気付いたように鳴女の顔をよく見ようとした。もともと顔を背けていた鳴女だが、ほとんど真後ろを向いた。
「どこかでお見かけしましたな。失礼ながら私は人の顔と名前を覚えるのが苦手なもので、どこでお見かけしたのか定かではありませんが……。私が顔を覚えているほどだ、さぞや高名な先生とお見受けしました」
 人の顔を忘れているくせにずいぶんと偉そうなことを言う文明。
「あなた方のおかげで、私の計画は早く進みそうだ。感謝しているよ」
 感謝しているのか小馬鹿にしているのか分からないその言い方にも腹が立つが、それ以上に文明の計画を進める手伝いをしてしまったことに腹が立つ。それにしても、泰造が私利私欲のためにやったことでどう文明の計画が進むというのか。そもそも、何の計画なのか。問いただしておかねば気が済まない。
「何だ、計画って!俺のおかげでどう進むってんだ!何が目的なんだ!?」
「そもそも、この古代文明の技術力は今の我々とは比較にならない。この遺跡を発掘して得られる知識はただ単に古代の人間の暮らしぶりや文化などと言うものには留まらないんだ。彼らの持っていた技術力も手に入る。そして、膨大な資源もな」
「それを独り占めしようって言うのか!やらないぞ!それは俺んだ!いや、売約済みで……」
 文明は含み笑いと共に言う。
「そのような了見の狭いことは言わないさ。ここにあるものは古代の民が、我々今の人類に残した遺産だ。それに、王鋼は魅力的な素材だが私にどうこうできるものでもない。使える者が使えばいいんだ。これらが流通することで動く富についても興味はない」
 金が目当てではないと言うことか。とりあえず、自分自身に金以外の目当てなどあった例しがなく、金以外の目当てが何も思いつかない泰造は単刀直入に問い詰める。
「それじゃあ、何が目的なんだよ。お前は何を望んでいる!?」
「人類のさらなる進歩と発展……だ」
「きれいごと言いやがって!それがお前にとって何の得になるってんだ」
「逆に聞くがね。進歩と発展で便利な世の中になって、君は何か困ることがあるかい?」
「え」
 世の中が便利になれば、まあ助かるんじゃないか。単純にそう思う泰造。
「ないだろう?」
「うーん。それはまあ、確かに」
 環境破壊やらなにやら、便利の代償はつきものではあるのだが、泰造はそこまで頭が回らない。
「学問や技術が発展すればその恩恵を私も受けられる。遺跡から得られた知識や資源が何かに活かされ、住みやすくなった世の中に私も住める。それで十分だよ。この船を造った目的もそこにある。巨大文明の失われた遺産を人類の手に取り戻るための船だ。……もちろん、直接的な利益もある。この船の運航による利益の一部が私の取り分でね。今回の調査でこれだけの成果が得られれば、この遺跡を訪れたがる人も増える。研究、採掘、観光としてもな。私は彼らから収入を得られるわけだ。君たちも私のお客様というわけさ」
 お客様に対する言葉にしては些か偉そうなのが癪に障る。とはいえ、そもそもここにはちゃんと料金を払って乗船しているお客様はいない。全員、タダ乗りである。文句を言える立場ではなかった。
「この船、観光客も乗せるのか」
 潤が割とどうでもいいことを聞いた。
「こんな凍てついた辺境に観光で来たがる物好きがいればな。私は客を選ぶ気はない。そもそも、運用は人任せ、私は金をもらうだけさ。人が多く乗れば私の取り分も増える。誰が乗ろうとかまわないさ。……人の目的は様々だよ。そうそう、この船の工事を主に担当した男は、名声と自身の創作意欲を満たすことばかり求めていたな」
 源のことだろう。この言い方は源のくせに妙にかっこよく聞こえるので、それも癪に障った。その源の名声の証である銅像をみんなで寄ってたかって溶かしてしまったので、これも文句は言えない。
「人間なんてものはいくら高尚なことを言って見せても所詮は自分のために生きてるんだ。そのために利用できる物はさせてもらう。君たちの功績もな。……君たちも、私の船を好きなだけ利用してくれたまえ」
 よく考えれば、『またのご利用をお待ちしております』の居丈高バージョンだった。
 その『またのご利用をお待ちしております』を言ったことで満足したらしく、文明は去っていった。泰造としても言ってやりたいことはあったが、鉄骨を没収したりする気もないようだし、折角気付いていない鳴女の正体に気付かれても面倒なのでやり過ごすことにした。
 その姿が見えなくなったところで、咲夜が呟く。
「あたし……ここにいていいんだ。目的が何であっても、この船に乗っていていいんだ……」
 後ろ暗い理由で後ろめたい気持ちで船に乗り込んでいた咲夜にとって、その一言は前向きになれる一言だったようだ。ただし。
「タダ乗りじゃなきゃな」
 潤の言うとおり、料金を払っていない以上、やはりここにいる資格はないのだった。それはここにいる全員に当てはまることだ。鳴女だけは無理矢理ここに連れ込まれているのだから、ある意味招待客のようなものだが。
 その鳴女の顔を文明が覚えていなかったのは意外だ。文明自身、人の顔を覚えるのは苦手だとは言っていたが、自分で拉致した相手の顔を覚えていないなどと言うことがあるのだろうか。職業柄もあるが一度見た顔は忘れない泰造には信じられない話だ。鳴女は言う。
「この船に連れ込まれてすぐ医務室に連れて行かれて、記憶を戻す処置は医療チームが行ってきました。その間あの人が現れることもありませんでしたし、拉致の時にしても私の顔を覚えている必要はなかったでしょう」
 あの時、あの場所にいた女性は鳴女と那智だけ。かたやお喋りで口を開けば知性と品のなさが言葉の端々に出るオトコオンナだ。少し様子を見ていればすぐに見分けがついただろう。そもそも、文明には社もついていた。社が見分けて教えれば、顔などはっきり覚えるまでもなく拉致できた。
 理由はどうあれ、文明が鳴女の顔を覚えていないのはいいことだ。このままおとなしくしていれば何事もなく、元の光と温もりに満ちた世界に帰れそうだ。
 一つ不満があるとすれば。
「なんか……俺のおかげで誰かが得をするのって、悔しい……」
 文明の言った、泰造の功績も利用させてもらうという一言が気に入らなかった。
「相変わらず了見狭いな、お前」
 健にまで言われた。
「でもよ。俺のおかげであんな奴が得するって言うのはムカつくじゃねーか」
 かと言ってこの船を壊して文明の儲けを潰すのは得策ではない。今そんなことをすればこの船が泰造たちの棺桶になるだけだし、帰り着いてから船を壊すにしても、この船は運用する人など様々な人の共有物になっていそうな話だった。そんな物を壊せば、ただのテロリストとして泰造が賞金首になる。次はちゃんとお金を払って堂々とこの船に乗って遺跡に戻ってくるんだと目を輝かせている咲夜にも八つ裂きにされそうだ。やめておいた方が身のためだろう。

 朝決めたとおり、今日は学者たちと一緒にのんびりと遺跡見物をするつもりだ。泰造自身が考古学に興味を持っているわけではないが、珍しいものであるのは確か。土産話の種くらいにはなる。それに、この遺跡は泰造にとってもう一つのふるさとである中ツ国に雰囲気が似ていて何か懐かしい感じがする。
 しばらくは無関心と物欲で落ち着いて遺跡と向き合う気などさらさらなかったが、小狡い学者共の奸計にはまり冷静さも取り戻したついでに、落ち着いて遺跡と向き合うことにしたのだ。
 一方、学者たちは今日が最終日ということもあって落ち着きなく、知識欲にがっついた雰囲気で遺跡に乗り込んでいった。
 泰造たちが遺跡に向かうと、入り口部分で学者の一人が何かを説明していた。足を止めて説明に聞き入る。
「我々はこの遺跡の中央部分に巨大な吹き抜け構造を発見した。十階層分に相当する壮大な構造だ。我々はその構造から、この遺跡が宗教的な象徴であったものだと推測した。そしてそこで大きな発見があった」
 そんな話があった後、その吹き抜けに向かって移動する。何となく、泰造もついていく。まるでツアー客のようだ。ツアーなら、ガイドがいた方が分かりやすい。
 中に入るとそこには研究者ガイドの説明通り、広大な空間が口を開けていた。手持ちの灯りでは上にも先にも光は届かない。しかし、歩き回ってみると氷の上に樹木の頭が規則的に並んでいるのが見えた。庭園のようになっていたらしい。かつては光にあふれていたのだろう。
「この広い空間にも例外なく大量の水が流れ込んできているが、特筆すべきはこの氷に閉じこめられたものだ」
 言われて、一同足下の氷に目をやる。よく見ると氷は様々な色に彩られている。
 さらによく見ると。
「ぎゃあああああああ!」
 咲夜が女をも捨てたかのような聞きつけても誰も助けになど来てくれそうにないひどい悲鳴を上げながら飛び上がった。
 氷を彩っていたのは、色とりどりの服。その色とりどりの服を纏った無数の人間が氷に閉じこめられていた。凍り付く直前は膨大な溺死体がこの吹き抜けを満たす水一面に埋め尽くすように漂っていたことだろう。
「この人の数はこの文明がいかに栄えていたかを如実に示すものである!」
 学者にざわめきが起こる。咲夜はまたパニックになって飛び跳ね回っている。どこに着地しても骸の透けて見える氷。しまいには潤に飛びついてしがみついた。潤はその勢いと重さでよろめき、ひっくり返った。結局咲夜は氷に顔面から突っ込んだ。
 ここではもう少しましな発見もあった。吹き抜け部分には多数の小部屋が隣接していた。小部屋の中は飾りたれられ、物が溢れている。
「これは古代人の宗教的儀式の痕跡と思われる。捧げられた無数の供物によりそれは明らかだ」
 学者たちはざわめく。
「そして、我々は古代の神の壁画を発見した。勇ましい姿をした戦いの神と推測される」
 光で照らしあげられた壁には、確かに極彩色のど派手なマスクマンがポーズを決めている。
「へえ。かっこいいじゃん」
 金にならなそうなことなので咲夜は興味が薄そうだが、男心をくすぐる造形に潤と健が興味を持ったようだ。
 そして、それ以上に泰造には気になることがあった。
「これ……子供向けのヒーローショーの看板じゃないか……?」
 さらに言えば。
「ここって、宗教的な施設じゃなくてショッピングモールじゃないですかね」
「しょっぴんぐもーる……ですか?」
 同意を求められても、この世界にそんな物はない。鳴女も当然知らなかった。
「ショッピングモールってなに?」
 咲夜が聞いてきた。知識の上では部分的に泰造たちに圧勝しているとはいえ、基本的に似たり寄ったりのレベルだけに、質問することに何の抵抗もない。
「店だよ。でっかい店」
「へー。でっかいねー」
 聞いておきながら、咲夜のリアクションは薄かった。一方大きな反応を示したのは近くにいた学者たちだ。
「こんなにでかい店があるものか。こんなにでかい店がもてるなら……その金で一生遊んで暮らすね私は」
「いや、小さい店がいっぱい集まってるんだって」
「ここが店だというのなら、どこかに貨幣があるはずだ。しかし、この遺跡のどこにもそれらしい物はないぞ」
「みんな支払いにカードでも使ってるんじゃねーか?レジはここだろ。……なんだこりゃ」
 レジと思しき台に手のマークが見て取れる。
「これは……指紋認証か?ここに手を乗せると誰なのかが分かって自動的に口座から金が落ちたりするのかな。……だとしたら、財布を忘れても買い物できるな。すげえぞこれ」
 そもそもそう言うシステムならば財布自体不要だ。そこに気付けない泰造。
「手元にない金が勝手に支払われるというのか?そんな突拍子もない想像がよくできるな。そんなことはありえん、全くありえんよ」
「えー。普通によくあるけどなぁ」
「とても普通だとは思えない。ナンセンスだ」
 カードでお支払いなんて言うことが普通にまかり通っている世界を知っている泰造にはそのくらいの想像力は働くが、そのくらいでもこの世界しか知らない人々の想像力はすでに越えている。そして、鳴女が言う。
「お言葉ですが……。この文明はすでに我々の想像超えています。我々の常識で考えられないなどと言う指摘には何の意味もありませんよ」
 鳴女は中ツ国の存在を知っている。そしてその世界がこの世界よりも大きく文明の進んだ世界であることも朧気な記憶と中ツ国を知る人たちの話で聞いていた。だから、泰造の話はその世界でならいくらでも考えられることだと分かる。だから反論した。それだけではなく、泰造の意見が頭ごなしに否定されているのが我慢ならなかったというのもある。
 鳴女の言葉にも一理ある。泰造を一笑に付した学者たちも考え直し始めた。そこに、健がよけいなことを言う。
「常識知らずが俺たちの持ち味だからな!」
「そうだそうだ。非常識でなにが悪い!」
 泰造まで鳴女のフォローを台無しにするようなことを言った。そこに潤がぼそっと口を挟む。
「俺は比較的そうでもないぜ」
 あくまでも比較的のようだ。そして、ほかの二人が非常識であることは否定する気もないらしい。なんかもう、グダグダだった。
「泰造さんはこう見えて、高度な文明社会についての知識があるんですっ」
 これでは駄目だと思った鳴女が弁明する。
「えーっ。全然そう思えなーい。嘘くさーい」
 咲夜の横やり。鳴女は泣きたくなった。
 咲夜も嘘くさいとはいいながら興味はあるようで、泰造を連れ回して目に付いた物について「ねー、これなあに」などとやり始めた。
「うーん。無線機……電話か?パソコンみたいなもんかも」
「むせんき?でんわ?ぱそこん?」
 質問したところで、咲夜にとって知らない単語しか出てこなかった。
 泰造も常識的な範囲でならそれらの原理について知っている。かなり大雑把な知識で、それでもわりと細かく説明をする。そのたび分からない物が出てくるので、説明はいつまでも終わらない。
 泰造にその程度の知識しかないため小学生でも分かるレベルで話が進んでいく。しかし、概念さえないような物ばかりなので小学生でも分かるようなことがなかなか理解してもらえなかった。
 泰造と熱心に話し込む咲夜に潤がいらだち始めた。そしてそれ以上に鳴女がむっとする。二人の話に入っていけない潤と違い、鳴女にはインテリジェンスという武器がある。鳴女は語彙の足りない泰造の補足をすることで、至ってさりげなく話の輪に加わった。
 鳴女のアシストのおかげで分かりやすくなった泰造の話に、学者たちも聞き入りだした。泰造を中心に勉強会のようになる。小一時間それは続き、終わる頃には学者たちの泰造へのイメージは“体力が取り柄の鳴女先生の助手”から“口下手な一知識人”に格上げされていた。
 かくて成り行きで船に紛れ込んだ偽学者一行とこそ泥盗掘者は、幅広い知識を持つ鳴女と大規模文明社会の知識豊富な泰造、マテリアルのエキスパート咲夜並びにほか二名という、学者たちからも一目置かれる研究者集団になっていた。

 出発の時間が近付く。
 船には遺跡から様々な物が運び込まれていた。こんなに欲張って船に積み込んで飛べなくなったりしないのかと不安になるが、機材のほとんどはここに残していくようだし、作業員もかなりの人数がここに残るようだ。彼らの分の食料なども置いていく。その分おみやげを多めに積んでいるということだ。
 持ち出されたサンプルは多種多様だ。咲夜が気付いたら大騒ぎしそうだが、実は氷漬けの死体もいくつか運び込まれていた。溶けてしまうと保存状態が悪化するので断熱材で厳重に覆われているのでバレることはないだろう。
 泰造が見た感じ、下の数階はショッピングセンター。それだけに様々な物に溢れていた。考古学者たちはよくわからない物を見るととりあえず宗教的儀礼に絡めたがるタチのようで、泰造から見れば間違いなく家電だと思われる物がまとめて宗教的な道具にされていた。
 おそらく冷蔵庫だと思われる物は、生け贄を絶命まで閉じこめるための箱にされていた。高度な文明社会で生け贄に需要があるとも思えない。他の物は泰造にもなんだか分からなかった。泰造の知っている機能を持つ家電でも、デザインがまるで違っていても何ら不思議ではない。見ただけで分かるはずがない。
 学者たちがサンプルとして持ち去ろうとする際に、泰造は偉そうにアドバイスなどをしてやった。分かりやすくむき出しになっている物ではなく、箱に入った物を持ち出した方がよい。そうすれば取り扱い説明書がついているはずだと。
 そしてそんな偉そうなことを言って、それに従って学者が箱を開け始めてから、もしかしたら文明が進んでいて紙の取説なんてついてないのではないかとものすごく不安になった。箱の中からそれらしい冊子が取り出されたとき、一気に安堵感とともに「俺の勝ちだ!」という思いがこみ上げてきた。
 しかし、本当に取説なのか字の読めない泰造には判断できないのがもどかしい。だが、学者たちにも古代文字など解読できなかった。
 冊子を開いてみると、図解がふんだんに載せられた取説らしい取説だった。その図でこの謎の機械が立体映像を投影するいわゆるテレビであることが分かった。泰造としては、是非一度でいいから見てみたかった。それにしても、どんなに時代が進んでも紙のマニュアルが廃れないと言うのは、いつの時代にもアナログ人間が多数いると言うことか。
 アナログと言えば、学者たちとこの文明について議論になったこととして、文明が進んでいるなら買い物など店に出向くまでもなくできるようになっていてもおかしくないのでは、ということがあった。何でも宗教的儀礼にしたがる学者にしてはいい線をついてきた。だが、この点に関しては咲夜が考古学の常識に捕らわれない斬新な意見を述べている。
「ショッピング楽しいし。どんなに文化が進んでも、これはなくならないよ」
 十数年ショッピングなど無縁の人生を送り、挙げ句そんな人生の記憶もごっそり失っている鳴女も、ここ数ヶ月の生活でショッピングの魔力に毒されている。咲夜の言葉に深く頷いた。
 学者たちの中にも財布の紐を女房に握られ、女房のショッピングのために働いているような男も少なからずいた。彼らもその言葉に納得せざるを得ない。
 どんな世界でも、人間は人間なのだった。そして、そんな大層な結論が出るような話題でもない。
 持ち帰るサンプル選びはまさにショッピングそのものだった。ショッピングと違い金の心配は要らない。金ではなく置き場のスペースを消費する。持ち帰りたい物は山ほどあるが、持ち帰れる量に限りがある。運び出すための労力もまた然り。侃々諤々の議論があったようだが、その議論のせいで運び込む時間がなくなってしまい、結局適当に見繕って片っ端から運び込む形になった。何とも無意味だった。世の中、得てしてそんなものである。

 船が再び空に舞い上がる時がきた。
 しばらく飛んでいなかった上、この過酷極まりない環境だ。どこか凍り付いて飛び立てなくなってたりしないか不安だった。だが実際には、凍り付くために必要な水分など何千年も前に大気中から消え失せていた。実にスムーズに飛行船は空に舞い上がった。
 飛行船がこの凍てついた大陸に上陸し、遺跡に辿り着くまでには結構な日数を要した。しかし、それは見知らぬ大陸を手探りで進み、その道すがら遺跡を探していたからだ。帰りはまっすぐ帰れる。
 見下ろしてみると、遺跡に続く縦穴を覆っている建物は存外に大きかった。縦穴を掘るときに切り出した氷で建てていたこの建物が作業員たちの居住施設になるらしい。このような寒冷地獄に取り残されて氷の家に住まわされる彼らのことは涙なしでは語れない……と思いきや、中は断熱材などでがっちりと防備され、暖房も効いているので腹が立つほど過ごしやすくなっていた。この帰りの船の方がどう考えても寒い。
 気になる点と言えば、この居住施設建設に当たっていた作業員の技術力を甘く見すぎていたらしい。できるだけ大きな施設を造れと言われてそのままほったらかされている間に、あまりにも広大な居住施設ができあがっていた。計画性もなく、ひたすら増築を続けてきたのでちょっとした迷宮のようになっている。
 圭麻から、中ツ国にこんな建物があるという話を聞いたことがある。確か、ウィンチェスター館と言ったか。何でも、呪われている圭麻好みで颯太なら詳しく知りたくもないような建物のようだ。
 作業員にはこの船の建造から携わっている者もいる。そのときに源から技術を教えられたりしているおかげで、かなり建築技術が向上していたらしい。あれもああ見えて、ただのアホではないのだ。
 ここに残った作業員は遺跡の氷の撤去を続けるという。彼らは豪語していた。
「次の船がくる頃にはこの建物を包む氷はきれいさっぱりだ。この調子でサクヤ一号を丸裸にしてやるぜ」
「きゃあ。なんて事言うの」
 慌てる咲夜。泰造は忘れていたことを思い出す。
「そう言えば、この遺跡ってサクヤ一号って名前になったんだっけな」
「丸裸にされて隅々まで調べられるのか、サクヤ」
「ギャー。やめてー」
 潤のよけいな一言で大騒ぎになった。とはいえ、気心の知れた男女のエロトークだ。気にする必要はない。
「ついでに言えば、この近くで遺跡が見つかればそれが順番に二号、三号になる」
「なんか私が浮気者で二号さん三号さんがいるみたい」
「そっちに行ったか」
 潤にツッコまれた。潤はどっちに行くと思ったのだろうか。
 作業員は思い出したように言う。
「そう言えば。こういうタイプの建物はタイゾー型建造物って呼ばれることになったみたいだぞ」
「げ。いつの間にそんなことに」
 今度は泰造が慌てる版だった。
「遺跡のドテッパラに穴開けて入れるようにしたり、サンプル切り出したりいろいろ研究に貢献したからなぁ、あんた。その功績を讃えて勝手に名前をつけたみたいだぜ」
「功績を讃えてそんな騙し討ちみたいな……。ま、いっか。減るもんじゃなし」
 別に悪いことでもないのだし、好きにしろとしか思わなかった。
「むしろ、増えるみたいだもんね。タイゾー何号までいくんかなー」
 ニヤニヤする咲夜だが。
「タイプの名前だからタイゾー何号とかにはならないみたいだ。全部タイゾー型な」
「なんだ、増えないの……?仲間が増えたと思ったのに」
 ガッカリする咲夜に泰造は言い放つ。
「一人で勝手に増えてろ」

 そんなこんなで、帰りの船の人数はずいぶん少なくなっていた。
 行きの船では暇を持て余していた学者たち。帰りの船では遺跡から持ち出したサンプルの調査に奔走することになった。
 中ツ国ではまだせいぜい中学生になったばかり、こっちでも頭脳は子供並の泰造が興味を持って大量に持ち込んだおもちゃが意外と役に立ったりする。
 手回しで発電して光るおもちゃがあれば、充電式のおもちゃもある。発電機とバッテリーだ。発電機をバッテリーに繋いでみようと言うことは泰造でも思いつく。いや、泰造だからこそ思いついた。それがうまくいけば、もっと複雑そうな機械も充電して動かしてみようと言うことになる。やってみればそれも案外うまく行き、泰造は機械のエキスパートの名をほしいままにする事になった。あとはボロが出る前にその栄誉と責任を圭麻か颯太あたりに丸投げすればいい。
 ただ、発電に文明が全力に食いついてきたので、それ以上関わるのをやめた。こいつの得になるようなことは、出来るだけしたくない。
 とにかく、あの遺跡の高度な文明もこれからどんどん研究され、それを真似てこの世界も進歩していくのだろう。自力で進歩していっても色々とろくでもないことが起こっているのだから、そんな他人の褌で進歩してどうなるのか。
 鳴女にはぼんやりとした不安があったが、その不安が現実になるのもそう遠い未来の話ではなかった。

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