地平線伝説の終焉

六幕・三話 秘宝探求の旅

 以降のメンバーも決まり、泰造たち最初の四人と数人のクルーを残して皆部屋を出ていった。
 窓の外の景色に大きな変化はない。真っ白な氷雪の世界。
 最初は泰造のことを警戒していた学者も、泰造が手当たり次第に絡んでくるようなやっかいな人間ではないことを理解しほっとしたようだ。泰造が女相手に因縁を付けたのにはその女が理不尽に泰造を避けようとしたという理由があったし、その避けようとした理由も女の方が訳ありだったからだ。何もしなければ牙は剥かない。ある意味おとなしめの野生動物と同じだ。
 すっかり打ち解けた学者は窓の外に広がる景色かいかにして生み出されたものかを語っている。何気ない世間話が、いつの間にかこんな話題になっていた。
 普段なら小難しい長話は鬱陶しく感じるが、今は違う。何せ、他にすることがない。変化のない窓の外の景色をただ見続けるよりは、退屈な長話でもあるだけましだった。
 飛行船はずっと海岸線を飛び続けている。とはいえ、文明も言っていたように海は完全に凍り付いていて、その上には万年雪が乗っている。
 このあたりの海は、海岸付近のみならず沖の深い海さえも海底まで凍り付いているという。もちろん確かめたわけではない。理論上だ。
 表層の海は理論も何もなく凍っていることは一目瞭然だ。解けることのない氷、その上に満遍なく降り積もった雪。そのため、このあたりでは海と陸の境界が曖昧になっている。
 海と陸地を見分ける方法は、陸地にあるわずかな起伏を見つけることのみ。視界の左側は起伏のない平坦な雪原、右側も雪原だがなだらかな起伏がある。実のところ、左側が海であるという保証はない。平原だったかもしれないし、海は海でも沙海だったのかもしれない。しかし右側は確実に陸地だろう。
 都市の遺跡はひときわ盛り上がっているはずだという。確かに、リューシャーにせよコトゥフにせよ、思いつく都市は大きな建物が建ち並び、特に都市の中心付近にはひときわ高い建物がある。それらも完全に氷に覆われているだろうが、それを遠くから見れば小山のように盛り上がって見えるだろう。探している古代の遺跡もまた、氷雪に埋もれながらもそのように盛り上がっているはず。それを探すわけだ。
 広大な大地のどこに遺跡があるかわからない。元々の地形が盛り上がっていることも考えられる。探すのは大変そうだ。
 そう思っていた矢先、前方にそれらしい盛り上がりが見つかった。
「もう見つかったのか!早いな」
「栄えていた文明だからねぇ。都市もあちこちにあるんだよ。どれでもいいってわけじゃない、できるだけ大きく栄えていた都市を見つけないと」
 学者は言った。釣りでも大きな魚の方がいい。それと同じようなことだ。
「なんだ。遺跡自体はいっぱいあるのか。……そう言えば、今更なんだけどさ、文明の野郎は遺跡を探してどうするんだ?」
「知らないなあ」
「何だ、知らないのかよ」
「いろんな調査をするための人が集まっているからね。私は地学者でね。君たちは……?」
「こ、考古学者だ」
 言い慣れない言葉に言い淀む泰造。
「俺たちは発掘担当でな。はっはっは」
 後ろめたさのために雄弁になる泰造。
「それじゃあ、遺跡が見つかったら掘り出すのは頼むよ」
 言われてみればそれもそうだ。
「やっぱりツルハシで氷を掘るのかな」
「何か特別な機械を使うらしくて、準備をしてたけど。掘るのもかなり楽だと思うよ。こんな環境だからのんびり掘ってなんかいられないしね」
「そりゃ助かる。とっとと終わればとっとと帰れる。寒いし暗いし退屈だし、あっちはよく分からないことになってるし、帰りてー」
「まだ発掘も始まってないのにそんなことを言っちゃいかんな。確かに環境はあまりにも過酷だがね。まだ見ぬフロンティアへの第一歩……これは男のロマンだよ、キミ」
「はいそうですね」
 トークに熱がこもってきたので、泰造は適当に話を合わせることにした。
 男のロマンといっても、この部屋で窓の外を眺めている人の半分は女性だ。
 その女性二人は先ほどからひそひそと小声で話し合っていた。大きな声でははなせないこと、防寒着や文明の渇鉱構造体を盗んだことの話だった。

 泰造は先ほどから学者の長話につきあわされている。何も知らずに船に飛び込み、そのまま帰れなくなりつきあわされている泰造は、この船の目的を探り出すために躍起になっている。少なくとも、鳴女はそう思っていた。
 実際には目的の内容よりもそれが早く終わって帰れるかどうかを一番知りたいのだが、泰造もそこまでは口に出していないので、鳴女もそんな事情までは伺い知ることはできない。
 一方、鳴女にも気になることがあった。この女性のことだ。
 泰造は興味がなさそうだが、彼女が防寒着に手を着けなければならなかった理由。そして、泰造はそんな出来事があったことさえ忘れているようだが、彼女が文明の渇鉱構造体を盗みだし隠した理由。
 聞き出して話してくれるかは分からない。とにかく、世間話でもして打ち解けるところから始めよう。
「あの……やっぱり学者さん……なのですか?」
 言ってから、どうみても学者という雰囲気じゃないなと思う鳴女。いや、人を見た目で判断してはいけない。
「え?あ、あたしですか」
 学者かと聞かれ、戸惑っている。やはり学者ではないのか。
「ええと。考古学者……かな?一応」
 歯切れは悪い。とりあえず話を合わせてみよう。
「それなら私たちと一緒ですね」
 鳴女がそう言うと、ばつ悪げな顔をした。出任せを言ってドツボにはまった、そんな風情だ。
「一応ですから!」
 専門的な議論を振られないように予防線を張ろうとしているらしい。鳴女としても成り行きで考古学者を名乗っているだけなので、それは願ったり叶ったりだ。とは言え、こんな挙動不審のエセ考古学者になら、伽耶の手伝いの中で聞いた話だけでもどうにかなる。
「私鳴女と申しまして、神王家の歴史や神々の黄昏についての研究を少しばかり……。そちらは?」
「えーと、その。さ、咲夜(サクヤ)……です。ロッシーマ遺跡の発掘を……少しばかり」
「まあ。それは大変でしょうね。聞いた話では、あの遺跡は希少金属狙いの盗掘者が跋扈しているとか……」
「え゛っ。……え、ええもう大変で大変で」
 ひきつった笑顔で乾いた笑い声を上げる女性。雑談のつもりがいきなり核心を突いてしまったようだ。どうやら彼女は盗掘者らしい。
 このまま追いつめてしまうのもどうだろうか。鳴女はとりあえず誤魔化しておいて、話題を変えることにした。
「ええと。遺跡の発掘が……その。お好きなんですね」
「え、ええもう、そうなんですよ」
 乾いた笑いを立てる咲夜。
 鳴女が彼女と話せる事となると、あとはさっきの防寒着の話くらいだ。
「その防寒着ですけど……。どうです?」
「あったかくて、清潔で、目立たなくて……。とても助かってます!」
 咲夜は嬉しそうに言う。鳴女はふと咲夜の一言が気になった。
「目立たなくて……?」
 まあ、目立ちたくはないのだろう。その気持ちは何となく理解できる。何せ、自分もここでは目立って正体がばれては少し困るかもしれない、そんな立場だ。
「それにしても……。船の中と言え、こんな寒いのに防寒着もなく、一体何をしていたんです?」
「う゛。そ、それは……」
 これまた答えにくいことを聞いてしまったようだ。しかし、気にはなる。
「防寒着……盗まれてしまったんですか?」
「い、いえ別にそう言う訳じゃ……。その、脱いでおいといたら……風っ!風に飛ばされて!」
 必死に考えて答える咲夜。考えている時点で作り話なのが見え見えだ。あまりにも突拍子もない作り話に、思わずツッコミを入れてしまう鳴女。
「か、風?どこに置いたんです?」
「あ゛っ……」
 船内で風に飛ばされるはずなどない。それに、どこに飛ばされるというのか。そもそもなぜ防寒着を脱いだのかも答えられそうにない。こんな見え見えの嘘をついてまで、何を隠そうとしているのだろうか。だんだん好奇心が、事情には触れない方がいいという思いに勝ってきた。
「防寒着を無くしたのはいつなんです?」
「ついさっきのことでして……」
 ごまかし笑いを浮かべる咲夜。
「あの……。ごめんなさい。この寒い中、風が吹くような状況で防寒着を脱がなきゃいけない理由が思いつきません……」
「で、ですよね……考え直しますぅ……」
 考え直すと言ってもどこから考え直すのか。
「防寒着なら係の人に言えば支給してもらえましたのに。なぜそうしなかったのです?」
「えーと、その……無くしたなんて言ったら怒られそうで……」
 この寒い中、防寒着も無しに長い時間を過ごすくらいなら、怒られた方がどう考えてもましだ。こんなところでも本当のことを言う気はないらしい。
 このままでは埒が明かない。彼女の持っている一番大きな、しかしバレバレの秘密をぶつけてしまおう。
「あの……。やはりこの船に乗った目的は……その……」
 鳴女はトーンを落として小声で言う。
「盗掘ですよね?」
 咲夜はビクッとし、辺りをきょろきょろと見回した。
「と、盗掘なんて!ひ、人聞きが悪いですっ!あたしはトレジャーハンター、ただ古代の遺跡に埋もれた秘宝や歴史的な遺産を探し出すための探求と冒険を生業としているだけで、そんなっ……盗掘なんて……!」
 それを盗掘というのだが、彼女のなかでは自分の行為と盗掘というものの間に明確な線引きがあるようだ。
「防寒着をもらいに行かなかったのは、とう……レジャーハンターだという後ろめたさがあったから……なのですか?」
 盗掘と言いかけ、鳴女は慌てて言い直す。
「トレジャーハンターは別に後ろめたい仕事じゃ……っ!ないけど……そんなところですぅ……。うう」
 咲夜は始めこそ勢いがよかったが、結局否定はできなかった。
「それじゃ、一度も防寒着をもらいに行ったりしてなかったということでしょうか」
「え、ええ。実はそうだったり……」
「よくこんな寒い中、凍え死なずにいましたね」
「えへへへ。実は秘密の場所がありまして。通気ダクトの中なんですけど、機関室のあったかい空気が流れてて快適なんです。船内のあちこちに繋がってて、真夜中のみんなが寝静まった頃に食堂に降りて残飯を漁ったり、おトイレのそばにも……」
 どうやら、今まで何をするにも大した不都合はなかったようだ。
 しかし、不自由は多い。そんなときに見つけた、健と潤が脱ぎ散らかした防寒着。それは咲夜にとって自由へのチケットだったのだ。
 ちなみに、二着あった防寒着のうち、泰造が爺むさいと言ってはばからぬデザインである健のものを選んだのは、潤のもののデザインがあまりにも男らしさに溢れた物だったせいだった。そちらをくすねては、男性から失敬したものだとバレかねない。
「でも、手に入れた防寒着を着て大手を振って食堂に行ったら、みんな同じ防寒着を着ていて、自分だけ仲間はずれで……。目立ちそうなので慌てて逃げ帰ってきたんです……」
 無理もない。この船に乗っている多くの学者は温暖なコトゥフあたりから来ている。防寒着など持ち合わせがない。新たに用意しても今回の調査が終われば用済みになるだけ。そんな物を自前で用意するのは負担が大きい。だから支給品を配っている訳だ。北方に逗留経験のある研究者や登山経験者など、自前の防寒着着用の人も何人かは居るものの、数は少ない。飯時以外の人もまばらな食堂で、そういった人に出会う確率は高くはない。
 他の人の防寒着が揃っているのを見て逃げてきたのは正解だろう。ただでさえ少ない自前防寒着だ。もう防寒着を見れば誰か分かるくらいに覚えられている。他の人がその防寒着を着ていれば、まちがいなく何かしらの疑念を抱く。それがどんな疑念かは人それぞれだろうが……。
「それで、防寒着を返しに機関室へ?」
「そうなんです」
 頷く咲夜。鳴女はその時の様子を思い出す。
「あ。でも、健さんに向かって防寒着は自分のだって言ってましたよね?」
「あうっ。そ、そうでしたっけ?」
 鳴女はさらに追求してみる。
「機関室に行ったのには、本当は他の目的があったのでは?」
「ほ、他の目的なんてあるわけないじゃないですか」
「……あの時、あの機関室の近くでもう一つの盗難事件が起こっていたこと……。知ってましたか?」
「し……知りません知りません」
 全力でかぶりを振る咲夜。怪しすぎる。
「とても大切なものだったようですね。なくなってみんなで探していたんですが……。機関室に置かれたバケツの中から見つかったんです」
「そ。それはよかったですね」
 明後日の方を向いて返事をする咲夜。
「そのバケツですけど……置かれた時間はその盗難が発覚する前後なんです。バケツが運び込まれたとき、私も機関室にいましたし。それに、バケツが運び込まれてくるまで、機関室には機関士さんがいました。私たちがバケツ運びを手伝いに出かけた直後に、その大事なものがなくなったので探すのを手伝うように言われて席を外したそうです。そのときまで機関士さんは機関室で怪しい人物は見ていません」
「う。そ、そうですか」
「私にはその時間に機関室に出入りしていた怪しい人物に心当たりがあるんですけど。……ねえ?」
「ううう……。やっぱり、あたししかいませんか?犯人……」
 言い逃れする余地はまだあると思うが、思ったよりもあっさりと認めた。
「何のためにあんなものを?」
「だってぇ。なんかおもしろい形だったんだもん」
「か……形ですか」
「上から見たときはまん丸で、きらきらしてて。近くで見たら小さな穴がいっぱいあいてて。お菓子とかの型抜きに使う道具かと……」
 それには目が細かすぎはしないか。それに、こんなところでお菓子の型抜きをしてどうするのか。しかし、楊枝立てよりはいい使い方だとは思う。
「手にとって見ていたら、だんだん寒くなってきて。あったかい所に持っていってゆっくり見ようと思ったの」
 そこまでして見ようと思うほど、強い興味を引かれたらしい。その辺が泰造たちとは一線を画するところだ。泰造たちなら、手に取って裏と表を見たあたりで飽きそうだ。
 通気ダクトの中から見て、この機関室から人がいなくなっていたことは知っていた。だから暖を求めてここに入ったわけだ。
「そしたらこれがなくなったって騒ぎだして。持ってるかどうか身体検査までしてて……。あたし、トレジャーハンティングなんて不純な動機でこっそり船に乗り込んでたから防寒着も着てなくて……。露骨に怪しいじゃないですか。隠れても、探してるんだから見つかっちゃう。ばれたら船の外に捨てられそうで……。外、寒そうじゃないですか」
 寒いどころの騒ぎではないが、まあ、寒いだろう。防寒着があっても凍死しかねないのに、防寒着なしで放り出されたらひとたまりもない。
 そんなとき、脱ぎ捨てられた防寒着が目に留まる。これを着れば不自然ではない。渇鉱をバケツの中に入れたのはとっさだった。
 その後ここに戻ってきたのは、渇鉱がいろいろな意味で気になったからだ。その後どうなったのかとか、結局あれは何だったのかとか。
 それに、食堂での体験。防寒着を着ていれば目立たないと意気揚々と行動開始したが、自分だけ防寒着が色違いだった。この防寒着を着ていると逆に目立つと痛感し、こっそり返しておこうと思ったのもある。
 何はともあれ、その行為が墓穴を掘った。防寒着の持ち主がそこに待ち受け、挙げ句咲夜の隠した渇鉱のせいで爆発騒ぎまで起きた。その引火の引き金は咲夜と健の取っ組み合いで防寒着にたまった静電気というおまけ付きだ。爆発が大事故にならなかったのは不幸中の幸いか。
「でも、なんでそんな騒ぎの後なのに、遺跡探しに参加しようなんて思ったんです?目立ってしまいますよ」
「だってぇ。大変な思いをしてこの船に潜り込んで、凍死しそうになりながらようやくあったかいダクトを見つけて、凍った残飯で今にも消えそうな命の火を繋いできたのは、トレジャーハンターとしての使命を果たす為じゃないですか」
 えらく大袈裟だ。そもそも使命以前に、この船における彼女は招かれざる客。ここにいるべきでない人間に使命などあるのか。
「でも、まさかこんなとんでもないところに連れてこられるなんて思ってもいませんでした。まだ誰も見たことのない遺跡だとは聞きましたけど、海を越えて、こんな誰も知らない大陸に連れてこられて、氷漬けの遺跡を掘るなんて……」
 咲夜の予定では、船に潜り込んでそのまま潜伏、遺跡に到着したらこっそり抜け出してお宝探しに行くつもりだった。
 だが、防寒着なしでは船内でも寒くてたまらない。外は普通の防寒着ではあっという間に皮膚が壊死するような、極限をも軽く超えた世界。潜伏さえままならない有り様だった。
「生きて帰れればめっけもんかも、なんて覚悟もしてたんですよ。でも、今度こそ人並みの防寒着が手に入って。そしたら生きてるだけなんてもったいないもの。今度は人並みの幸せってやつが欲しくなって」
 咲夜にとって、こうして遺跡捜しに参加することは人並みの幸せらしい。
「防寒着を恵んでもらって、運も上向いて来たのかなって思ってたんですけど……」
 健たちは来るわ、文明まで来るわで生きた心地がしなかった。それでも一番関わりたくない二人をやり過ごせたのはまだツキが残っている証拠かもしれない。

 月明かりが光を失ったこの大地を照らし上げる。昼間は空に散らされた星々とこの飛行船が持ち込んだ人工の光しかないこの世界で、先程まで漆黒の闇に閉ざされていた純白の大地は、今は青白く輝いている。
 起伏のない、平坦で変化のない風景が続いていたが、地平線のうえに、遠くから見ても明らかに隆起している場所を見つけた。
「あれ、遺跡じゃね?遺跡だろ?ったああああああああ!遺跡ゲットオオオオオオ!」
 異常なほどに盛り上がる泰造。咲夜も遺跡と聞いて身を乗り出し眼を輝かせながら窓の外に熱い視線を送る。地面が盛り上がっているだけで、それほど盛り上がるような代物には到底見えない。雪のイボだ。
 咲夜はともかく、泰造は遺跡などに興味はないはずなのだが、遺跡そのものよりもこれで帰れるかもしれないという思いが泰造を歓喜させているのだ。この後、発掘作業をしたり、研究をしたりということは全く頭の中に浮かんでいない。遺跡を見つけてすぐUターンではただのパッケージツアーだ。
 そんなすぐに覚めそうな泰造の一時の夢だが、船が遺跡と思しき隆起に近づいたとき、早くも現実に引き戻すような事実が告げられる。
「これは、小さいねえ」
 学者はそう言った。泰造も言い返す。
「え。でもちょっとした町くらいの大きさはあるじゃねーか」
「だからだよ。僕たちが探してるのはちょっとした町じゃない、巨大都市の遺跡だよ。リューシャーやかつてのラーナなんかよりも大きな都市がいくつもあったはずなんだ」
「それを考えると……確かに小せーなぁ。もっとでかいのを見つけないと駄目かぁ」
 肩を落とす泰造。励ますように学者は言う。
「でも、小さい町は大きな町を取り囲むように点在することが多いから、こういう小さな町をたくさん見つけてその分布を調べれば、もっと大きい町が見つかるかもしれないし、その大きい町からもっと大きな町も探せるんだ」
「ううん。そうと分かったら遺跡をもっと探してブンブン調べるぜ!」
「分布ね……」
 やはり、そんなすぐには帰れそうにない。
 結局、泰造たちは交替までの間に遺跡があるだろう隆起を五つほど見つけた。リューシャーより少しは大きなものになりそうな遺跡が一つあったが、これでも大きさとしては不十分だろう。
「それにしても、そんなでかい遺跡見つけたところで、どうやって掘るんだ?氷をツルハシで掘る訳じゃねーだろ?」
「僕は掘り方までは聞いてないなあ。こんなものすごい飛行船を用意する位だから相当すごい最先端の掘り方をするんじゃないかなぁ。例えば……ものすごい量のお湯をかけるとか」
 それは最先端なのだろうか。確かに、最先端の技術がなければそんな大量のお湯はおいそれと用意出来ないだろうが……。
 何はともあれ、そんなことは発掘する遺跡が決まってから考えても遅くはない。と言うよりも、それが決まれば自ずと明らかになるだろう。
 どうせすぐには決まらない。明日も同じ時間に、同じメンバーで遺跡捜しだ。
「潤たちはいつ戻ってくるんだ?」
 泰造の質問に答えたのは居合わせたクルーだ。
「あの二人には、悪いけどもうちょっとだけ手伝ってもらうよ。こっちはもうちょっと手が離せそうにないし」
 さっきまで暇そうにしていたクルーがにわかに慌ただしく動き出した。まだ交替してやる気は無さそうだ。
 時間はそろそろ真夜中。泰造も周りにつられて近ごろは日暮れと同時に寝所に潜り込むようなことはなくなったが、それでも夜半近いとさすがに眠い。最初に遺跡らしいものを見つけたときとそこそこ大きな遺跡らしいものを見つけたときは盛り上がったが、それ以降は単調な景色をただ眺めていただけ。半分寝ているような状態だ。
 この状態で、潤や健にまで気を回す余裕などない。泰造は夢遊病者のような足取りで寝室に向かって行った。

 翌朝。
 泰造は目を覚ました。
 潤と健も、いつ頃かは分からないがデッキでの探索から解放されていびきを立てて眠っている。
 外は相変わらず真っ暗だ。月が出ていないということはもう昼間なのだろうが、時間は分からない。時計を見ると、もう真っ昼間と言っていい時間だった。言われてみれば、この腹の減り具合は確かにそのくらいだ。
 昼も夜も分からないような場所で時間も気にせず過ごしていると時間感覚が失われてくる。しかし、腹時計が機能しているうちはまだまだ大丈夫だ。
 鳴女はもう起き出しているだろうか。起き出していれば食堂か談話室にいるはずだ。一応談話室を覗いてから食堂に向かうが、どちらにもその姿はなかった。
 一足先に朝食を──時間的には昼食と言っていい──をとる。
 食べ終わったころ、鳴女が食堂に現れた。その後ろには咲夜がついてきている。
「お、おはようございますっ」
 緊張しながら泰造に挨拶する咲夜。そんな咲夜を見て、泰造は鳴女に小声で言う。
「……誰です、この子」
 小声だが距離は近い。咲夜にもバッチリ聞こえた。
「あ、ひどい。もう忘れてる……」
「ほら、昨日健さんの防寒着を……その、ちょっと……拝借した彼女ですよ」
「…………………………。……?」
 長い沈黙の果てに、さっぱり分からないという顔をする泰造。そんな騒動があったということさえ忘れていた。人間の脳は、睡眠の中で記憶の整理をし、必要な記憶を脳に刻み込む。泰造の脳は昨日の一件を思い出す必要のない情報として脳の片隅に追いやったのだ。
「え。えーと、あの……」
 鳴女は困って苦笑いを浮かべる。そうやって鳴女が困っている間に、泰造も少しずつ記憶が蘇って来た。そして、思い出せば思い出すほど、思い出すほどのことじゃないという思いを強くする。泰造は大きく一つ頷き、口を開いた。
「思い出した。けど、どうでもいいな。健にごめんなさいするのか?まだ寝てるけど、叩き起こしてくるか?」
 熟睡しているところにそんなことをしたら、また一悶着ありそうだ。
「それもそうですけど……。この子を私たちの仲間に入れてあげられませんか?もちろん、発掘の間だけで結構ですから」
「え。俺は……鳴女さんの言うことなら何でもOKですけど。なぜです?」
「この子、仲間がいないらしくて。目的がその……盗掘目的で」
「とうくつ……」
「と、トレジャーハンティングですっ!」
 慌てて訂正する咲夜。鳴女は思わず口を手で覆う。だが、既に泰造の頭はフル回転を始めていた。
「とうくつ……。とう……くつ……シューズ……?……トゥシューズ……!!バレリーナか!」
 そう言い、ぽんと手を打つ泰造。鳴女は少し考えてから言う。
「……えっと。泰造さん。ごめんなさい、よく分からないです……」
 この世界にバレリーナはいない。中ツ国から持ち込まれた無駄な記憶が泰造を苦しめている。いや、そんなに大袈裟なことではないが。
 とにかく、泰造には盗掘もトレジャーハンティングもよく分からなかった。説明するだけ無駄だ。要はひとりぼっちなのでお友達になってあげようということだと説明した。
「問題は健だな。どうでもいい防寒着のことでいつまでもグダグダ言いそうだ。……よし、ちょっくら一発かまして口を封じるぞ」
「え。そ、それって……?」
「寝込みを襲ってなにも言えなくしてやろう。ついてこい」
「ら、乱暴はいけませんっ」
 鳴女の言葉も聞かず、猫を掴むように咲夜の襟首を掴んで引きずっていく。いきなり手や腕を掴まないのは泰造なりの優しさか。鳴女もその後を追う。
 泰造は咲夜を泰造たちの船室に引きずり込んだ。そこでまだ爆睡している健を叩き起こし、起きたのかまだ半分寝ているのか、そんな健に話しかけた。
「おい、健。新しい仲間だ。えーと……名前なんだっけ。賞金かかってないとなかなか名前を覚えられなくて……」
「咲夜です。……しょーきん?」
 覚えるもなにも、泰造は咲夜の名前を聞くのは初めてだ。それより、うっかり賞金稼ぎという素性がばれかねない発言をしてしまった。とっとと本題を済ませることにする。
「今日からお友達になるさくらちゃんだ。いじめちゃだめだぞ」
 小学生に転校生を紹介する先生のようなことをいう泰造。咲夜はすぐに名前の間違いを指摘する。
「さくやです」
「さくやちゃんだってよ。とにかくいじめるなよ。過ぎたことにはこだわらず、前を向いて未来を見据えて生きるんだ。……返事は!?」
「ら……らじゃー」
 寝ぼけたまま敬礼して返事をする健。
「あ。言ったな。今了解って言ったな?間違いないな!?」
「いえっ……さー」
「よーし。寝ていいぞ」
 健は座ったまま夢の世界に帰り、ゆっくりと寝床に倒れ込んだ。
「これでグダグダ言いだしてもすぐに黙らせることができるぞ。男には二言はねーからな」
「これが、寝込みを襲うって言うこと……?なんか、寝起きを襲ったような気が……」
「まー、確かになぁ。こいつさ、普段から頭は回らねーけど、寝起きはさらに頭の回転が止まってるからさ。よくこうやってハメてやるんだよ」
「だ……大丈夫かなあ……。そんなだまし討ちみたいなこと。よけい怒らせそうな……」
「そんときゃそん時だ。俺に任せとけー!」
 信用できるのだろうか。些か不安になる咲夜。
 とにかく、潤は昨日の様子を見てもどうでも良さそうだったし、泰造にも異存はない。健さえ黙らせることができれば安泰だ。誰かの仲間だと言うことにしておけば咲夜も大手を振るって船内を歩ける。咲夜がそう思っている泰造たちも咲夜同様に勝手に船に乗り込んでいる立場なのだが、あまりにも堂々とした態度はそんなことを微塵も感じさせない。少なくとも咲夜はちゃんとした学者一行に混ぜてもらったと思いこんでいる。
 そして、渇鉱のことについては一言も出なかった。無事取り返したことで当の文明もすでに気にしておらず、誰も思い出すことはない。自分に関係ないことを泰造が思い出すはずもなく、この一件はほぼ誰にも思い出されることはなくなっていた。

 時間的には昼下がりと言ったところか。潤と健も起き出してきた。
 健はともかく、潤も咲夜のことを覚えていた。しかし、やはりどうでもよく、咲夜の顔を見ても反応は薄かった。健は食いついてきたが、泰造が寝起きにさせた宣言が効いた。健もさすがに寝起きのことだけに記憶が不確かだったが、何か話したような気はする。それに、その場面を鳴女もしっかりと見ていた。泰造の言うことは怪しいが、鳴女が言うのなら正しいのだろう。
 すでに取り返した防寒着のことなど、いつまでもこだわっても仕方がない。それに、気にしているのが健だけというのは分が悪すぎた。
 事情だけ聞かせてもらうことにしたが、聞けば聞くほどどうでもいい事情で怒るのもバカバカしくなった。
 しかし、健はまだ幕引きにする気はないらしく、最後のゴネを見せた。
「この落とし前は今夜カラダで返せよ」
「えっ。やだあ。何でそこまでしなきゃならないの。あたし脱がされまでしたのに」
「防寒着だけだろ。そんなに防寒着が好きなら、最高の防寒着を着せてやるよ。……今夜は俺の代わりにごつい防寒着を着てデッキに出ろ」
「……?ああ、何だそういうこと……。でもそれはそれでやだあ。寒くて重くてつらいんでしょ?」
 そこに潤が口を挟んでくる。
「防寒着があるから寒くはないな。むしろ半端な防寒着で廊下を歩く方が寒いぞ。重いのは重いけど……デッキに出たらあんまり動かないし。つらいと言えば、退屈なのがな。眺めはいいけど、景色があれだし」
 ただ単調な景色を見つめるだけ。船内の泰造ですら小難しい学者の話に聞き入ってしまうほど、他にすることがなかったのだ。今更話のネタもないような二人では退屈になるのも無理はなかった。
「うーん。でも……一回くらいなら……。あの防寒着もどんなのか、一度くらい着てみたいし……」
 予想される辛さも大したことがないと分かり、好奇心の方が勝ってくる咲夜。
「よっしゃ、今日はさぼれるぅ〜♪」
 本音がでる健。
「ずりいなぁ、おまえばっかり」
「しょうがねーじゃん、俺は防寒着を盗まれてるんだぞ」
「もう返ってきてるじゃん。いつの話をしてるんだ。……まあいいや。話し相手が女なら健よりマシかね。……鎧みたいな防寒着着けてたら顔もなにも見えないけど」
 今夜の遺跡探しのメンバーは入れ替わりになりそうだ。
 日暮れまではまだ時間がある。それまで、泰造たちから
探索を引き継いだメンバーの成果を確認しておくことにした。こんなことは夜の探索直前でもいいのだが、何せ暇だ。
 展望室に行くと、薄暗い室内の壁に設置されたパネルにたくさんのピンが刺さっていた。遺跡を見つけたらこのパネルにピンを刺していくのだが、一晩の間にかなり増えたのがわかる。
「こんなに見つけたのか。で、これでまだ掘らねーのか?もうこん中で一番でかいの掘っちまえよ」
 泰造がそう言うと、窓から外を見下ろしていたクルーが窓の外を指さしながら言う。
「今掘ってるよ。本番前の予行練習を兼ねてだけどね」
「ええっ嘘マジ!?」
 咲夜がものすごい勢いで食いついた。窓ガラスに突進し、張り付く。
 外は闇なので今まで気付かなかったが、この飛行船は今飛んではいない。
 窓の外ではいくつかの明かりが動き回っている。巨大な氷の塊に蚤のような人間が貼り付き、ちまちまと作業をしているのが見えた。人間のサイズを考えると結構大がかりなのだが、相手があまりにも大きい。
 詳しくは分からないが、何らかの方法で氷を切り取っているらしい。今作業をしている場所の横の氷がきれいに四角く切り取られ、巨大な角氷となって下に転がっている。
 作業員の明かりが氷の上に集まりだした。崖に対し垂直な直線に並びしばらく作業をした後、作業員は崖と平行に並びだした。すると、崖の一部が動き出し、新しい巨大角氷が地面に転げ落ちた。振動とくぐもった地響きが伝わってくる。
 二個目の角氷を作ったところで終わりになったようだ。飛行船が飛び上がり、氷の上の作業員を迎えに行く。健たちがデッキに出るときに着けていた防寒着を身につけた一団が氷の上で手を振っている。どこに置かれているのかは分からないが、この防寒着も相当な数が積まれていたようだ。
 氷の上の人々を乗せ、飛行船は闇空に飛び上がる。
 月の出まで、あと僅か。

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