地平線伝説の終焉

五幕・三話 神王家の秘密

 涼の持ち込んだ手紙は、ちょっとした騒動の引き金となった。
 手紙の内容はこうだった。
『光介様へ。取り急ぎ、お伝えしたいことがございます。あなたは今、神王宮でのお仕事に取り組まれておりますが、私の情報網によりますと、その黒幕はかつて神王宮に居られた社氏であるとか。実は、夕べ私が盗みに入りましたのも、社氏の所でございました。それを知り、私が社氏の所で見たことをあなたにお伝えしたく、この手紙をしたためた次第にございます。
 社氏は此度の計画のためにとある鏡と剣を欲しているのはご存じかと思われます。その計画が行き着く先は、政権の簒奪でございます。社氏は伽耶姫との婚姻により、ご子息に月読の座を与えようと画策しております。社氏は卑劣な方法にて、伽耶姫とご子息に婚姻を結ばせようとしておりました。婚姻届を他の書類のように偽り、署名をさせようと企んでいたようです。婚姻届を差し替えておきましたので、それに気付かれるまでは心配はご無用と存じ上げます。
 追伸・私も皆様に微力ながら協力させていただきたく、差し出がましいようでございますが、皆様がお隠しになっている鏡と剣を某所より盗みだし、私しか知らない隠し場所に隠させていただきました。もちろん、後日お返しいたしますので、心配なされませぬよう。あなたへの予告も無しに、勝手にこのようなことをしてしまったこと、お許しください。怪盗コスメ仮面』
 この手紙を読んで、光介も颯太もぶっ飛んだ。特に追伸に驚いた颯太は、大急ぎで圭麻の家に吹っ飛んでいった。光介も涼に詰め寄る。
「ここここの手紙を渡した人物は一体!」
「え。俺の幼なじみっすよ。今頃俺の店で妹とダベってる頃かなぁ」
「詳しい話を聞きたいのでちょっと行ってきます!」
 光介も吹っ飛んでいった。今、社が来たらどうするのか。と言うか、今、来るのだが。

 颯太は圭麻の家に転げ込んだ。そして、圭麻が出てくるのも待たずに、昨日鏡と剣を隠した場所を探る。見あたらない。なぜここが分かったのか。
「どうしたんです?」
「神華鏡と隆臣の剣が、ぬ、盗まれた!!」
「えええっ!?だって、俺と颯太しか知らないんですよね、ここのこと。誰がどうやって!」
「怪盗コスメ仮面だ!やられた……!どうなってるんだ!」
「ちょ、ちょっと。……なんですそれ」
 颯太は怪盗コスメ仮面から説明しなければならなかった。

 一方、涼の占い屋に向かった光介。店の中からは女性二人の止めどないお喋りが聞こえてくる。
「す、すみません!」
 光介は扉をいささか乱暴に開いた。
「ごめんなさい、今日はお店は休みなんです。……あら、どこかでお会いしました?」
 恭は光介を見て首を傾げる。見たことはあるはずだ。伽耶と那智の救出作戦のときに少しだが顔を合わせている。
「いえ、そうではなく。……この手紙はあなたが?」
 光介は、店の中にいたもう一人の女性の方に声をかける。まさにギャルと言った風情の若い女性だ。
「え。あ、あの。その。あ、預かりました」
「誰からです!?」
「えっ。うう、そのぉ……。あれです、ここに来ようと思ったらぁ、玄関先に置いてあったんす。なんつーか、いや、なんといいますか、チョー凄い情報網でぇ、あたしがここに来ること掴んでた、みたいな?」
 やけにおどおどしながら女は言った。思えば、普段光介のような治安を守る人間に、早く家に帰れとか親御さんは泣いているぞなどと言われるような立場だろうと思われる外見だ。光介のような人間は苦手なのかも知れない。もちろん、外見だけで判断すればだが。
 おどおどする理由はもう一つありそうだ。なんと言っても、この言葉の訛り。あまり人前では喋りたくないと思うかも知れない。それを言い出したら光介だって、ギャミ周辺独特の田舎臭いイントネーションがあるが。
「そ、そんなことより、こんな所いていいんすか?悪いの来るっすよ。ヤベーっしょ。チョーヤベーってマジ」
 ごもっともだ。だが、話は聞かねばならない。後で、またここに来ると言い残し、光介は帰っていった。

 社はまさに、神王宮に到着したところだった。神王宮の近くで様子を見張っていた手下に報告を受ける。
「颯太殿が大慌てで圭麻殿の家に向かったそうだ。恐らく、神華鏡とスサノヲの剣をそこ隠したに違いない」
 社はすぐさま、手下を圭麻の家に向かわせた。
 そのころ、伽耶は書類の山に立ち向かっていた。膨大な数の書類に、ひたすらサインだけをしていく。中身など読んでいる暇はない。その中身を確認するのは役人達の仕事、重要な書類は後で別個に目を通すことになる。今は役人達が問題ないと判断し、ここまでやってきた目の前の書類にサインをひたすら書き込むのだ。
 そのような中に、一つだけ悪意ある罠が仕掛けられていることなど、伽耶は知らない。上に被さった堅苦しい書類の下の紙に、伽耶のサインをする欄がある。何の気無しにその書類にサインをする伽耶。そして、何事もなく次の書類にサインをする。更にその次に。
 サインの終わった書類は、係員の手により、必要な部署に振り分けられていく。そんな中、ある部署に届けられた書類の一つを、こっそりと引っこ抜く役人がいた。社の息のかかった役人だった。
 この書類の堅苦しい文書の下には、婚姻届が隠されていた。そこに、しっかりと伽耶は署名してしまったのだ。
 役人は窓口にいた社の手下に、その書類を手渡す。これで、伽耶の婚姻が成立したことになる。
 社の手下は役人から受け取った書類を手に、社の元に戻った。
 順調だ。社は満足げに頷く。書類には、上記の人物との婚姻を結ぶ意志があることを証明すると書かれ、その下に伽耶の署名がしっかりと書き記されていた。
 そして、社は見た。書類の一番上に伽耶の結婚相手として書かれた、息子長貞の名前……ではなく、那智の名前を。女同士の結婚は認められない。この書類は無効だ。
 怪盗コスメ仮面はこちらでも暗躍し、那智の名前に書き換えたそっくりな書類を作り、差し替えていたのだ。

 いつの間にか偽物にすり替わっていた書類のせいで、社の目論見は潰え、落胆した。
 そして、まったく関係ないところでも一人落胆している人物がいた。
「あああ。チョーへこむ。マジダメだ、あーし」
 なぜか、涼の店のテーブルに突っ伏して凹みきっている凛の姿があった。
「どうしたの?なに?なに?」
 なぜ凛が凹んでいるのか分からず、戸惑いながら恭が声をかけた。
「あーし、これじゃん。訛りすごくね?だからぁ、今、一生懸命標準語勉強してるんよ。つーのに今フル訛りでバリバリになっちゃってマジ最悪なんだけど」
 今喋っているのが訛っているので凹んでいると言うわけではなく、先程やってきた光介相手にばりばりの訛りが出たのが原因らしい。
「一応、普段は訛らないように気をつけてるんだよぉ。でも、不意突かれてぐだぐだ……。ああっ、だめだあーし」
 よく分からないが、他人様の前では訛らないようにしていたが他人様の前で訛ってしまいダメだ私、と言うことだろうか。
「気を抜かないように、あたしと話す時も標準語使いなよ」
「疲れんじゃん」
 ダメだこりゃ、と思う恭。
 他にそれっぽいキャラはいなかったので賢明な読者諸君にはお気づきの人もいるかも知れない。実は、この品のないしゃべり方のコギャルの凛こそ、怪盗コスメ仮面の正体なのだ。
 持ち前のマジヤベー弁を押さえるべく標準語をマスターし、書き言葉は完璧になった凜だが、話し言葉はまだまだだ。
 誰が見ても恋文にしか見えない予告状や犯行声明文から察することができるように、凜は光介にべた惚れだった。そして、訛りが恥ずかしい凜は光介の前では一言も喋ったことが無い。だから喋ったことで正体に気付かれることは全く無いだろう。ましてや、予告状や犯行声明文のお上品な文調とまるで掛け離れた口調だ。誰が同一人物だと思うだろう。
 だが、光介と初めて交わした言葉がチョーヤベー訛りバリバリで、しかもしどろもどろだ。もう、穴があったら入りたい、いっそそのまま埋めてほしいくらいの心境だった。
 流石の恭も、凜の光介への思いに気付くはずも無い。ただの通りすがりに声を掛けられ、普通に訛りが出ただけだと思っている。年頃の女の子だけに、相手が誰だろうとこういう失態は恥ずかしく感じてもなんら不思議は無い。
「もう!人前で訛りが出たくらいでそんなに凹むなら疲れるとかチョーダリーとか言わないで標準語練習しなよ、付き合ってあげるから」
「だよねー。恭相手ならチョー訛っても気にならないって言うかー」
「まずはチョー禁止!ヤベーも禁止!マジもスゲーも禁止!」
「えええっ。いきなりそれはチョーきついって。それだけはマジヤベーって。それなしでどう喋ればいいの。ありえねー」
 強めにびしっと言い聞かせる恭だが、返ってきた言葉こそ、マジでチョーありえねー感じだった。
「あんた練習する気ないの……?」
「だからいきなりそこまではチョーキツいって、ありえねーって、マジ勘弁だから」
 頭が痛くなる恭だった。

 神王宮では緊急会議が立ち話形式で行われていた。
 緊急会議には光介と涼も加わっている。部外者とは言え、問題の手紙の差出人が光介の追っている怪盗コスメ仮面、手紙を持ってきたのが涼の古い知人の凛と言うことで、一応加わって貰うことになったのだ。とは言え、涼は今その凛を呼び出すべく、自分の店に戻っている。もちろん、怪盗コスメ仮面と凛が同一人物だと知る者は誰もいない。
 更に、秘密裏に行われた社の工作と、その失敗についても誰も知らない。社がそろそろ動くはずなのに来ないなぁ、とは思いながら。
 とにかく、どういう事なのか。考えるべき事はたくさんある。まだ社が動いていないと思っているので、何をする気なのかも気になるし、そもそもなんでそんなことを部外者もいいところの怪盗コスメ仮面が知っているのか。分からないことだらけだ。
 今の状況が何がなんだかさっぱり分からない人たちが、顔を付き合わせてあれこれ考えていても何も起こらない。とにかく、颯太はこの場を圭麻に任せて天照に話を聞いてみることにした。
 この場を任された圭麻は困り果てる。なにせ、今回のことについては昨日颯太に鏡と剣を預かったくらいで、詳しいことはほとんど知らない。一体どうしろと言うのか。
 そんな圭麻を残し、颯太は階段を駆け上って天珠宮に辿り着いた。こんなことを繰り返していると足腰が鍛えられる。
 天照はすでに下での騒動はお見通しで、颯太が来ることも分かっており、お茶を用意して待ち受けていた。
「長話をしている暇はないわね。とにかく、社が狙っていることは新しい月読を擁立してこの世界を手中に入れること。確かにとんでもないことだけど、月読という存在はこの世界に必要不可欠なの。今はまだ他のことでもごたごたしているから、落ち着いてからでもいいかとは思っていたけど、その隙に付け入って月読の座を簒奪しようとされているんだからそうも言っていられないわね。……社は自分の息子と伽耶を結婚させて、政治的地位を持たせて月読に仕立て上げるための足掛かりにするつもりだわ。社の息子は凡庸な人物だけど、知識も経験も人脈もある社が後ろ盾になっている。言ってしまうのはなんだけど、それだけに選択肢としては悪くはないのよね。ただ、あの男は兄のやり方を引き継いでいるし、何よりその息子が伽耶と釣り合うとは思えないの。私は結婚には反対よ。そもそも伽耶もまだ結婚なんて早すぎるわ。一昔前ならともかく、今の時代、あの子の歳はまだまだ子供よ。……このことを知ってからずっと考えていたことがあるの。次の月読の座を任せるに相応しい人物が一人だけいるわ。正直、政治的な実力や経験があるかどうかは分からないけど、神王家の血を引いている人物よ。誰にもその存在を隠してきたのだけど、兄も死んでしまったし、明らかにしてもいい頃だと思うの。……私の話を聞いてくれるかしら」
 長話をしている暇はないと切り出した割には、とんでもない長話だ。さらに、これからする話の前フリでしかなかったようだ。颯太は天珠宮に着いてからまだ一言も発していない。話を聞いてくれとは言われたが、口を挟む暇さえ貰えていない。口を挟む余地のない天照の話は、絶え間なく降り注ぐ陽光のごとく、颯太に降り注いだ。
「……那智ちゃん、かわいい子よね。ちょっと話し方に品がないけど、かわいらしくて、明るくてとてもいい子」
 いきなり何を言い出すのか。颯太は初めはそう思ったのだが。
「あの子、兄が存命の頃から神王宮で働いているんですってね。……あなたは考えたことがあるかしら?なぜ、兄があの子に手をつけなかったか」
「ええっ。それはやっぱり、見た目はよくても、品は無いし頭も悪いし。そんな女中に手を出す訳には行かなかったのでは」
「まあ。あなたは那智のことをそんなふうに思っていたのね。伝えておくわ」
「えええっ。ちょ、ちょっとやめてくださいよ」
 焦る颯太だが、落ち着いて考えてみたらいつも颯太が那智に言ってることだった。伝えられた所で今更だろう。天照を介して伝わることにはそれなりにインパクトはあるかもしれないが。
「それならこれはどう?なぜ神王宮には後宮が無いのか。神王家は血統で成り立って来た王家、それなら跡継ぎが必要になる」
「そ、それは確かに……。月読にはまだ自分の跡を継ぐべき男児はありませんでした。それならなぜ……」
「兄はね、子を成すことができなかったの。生まれつきなのか、後天的にそうなったのかは分からないけれど。そのせいで兄は女性には興味を持たなかった。それに子を成すことができないのに后を娶ったり女性を囲ったりすれば、いつまでも子供が出来ないことで察する国民も出てくるでしょう。そうなっては困るから、世間体のために娶ったただ一人の后は、早々に死んだことになったのです」
 それなら後宮が無かったことも納得が行く。だが、そうなると一つ大きな問題が出てくる。
「それなら……伽耶さんは、一体誰の……」
 その、早逝した妃が他の誰かとの間に生んだ子なのか。それならば、神王家の血は入っていないことになる。
 月読には兄と弟がいた事は世間にも知られている。だが、激しい跡目争いのためにどちらも亡くなっている。月読に子を成すことができないのであれば、神王家は絶えるしか無いのだ。
 いや、待て。一人いるではないか。神王家の血を残すことのできる人物が。
 そう、今、目の前に。
「気付いたようですね。あの子は確かに神王家の血を引いています。だからこそ兄もあの子を大切にしました。……あの子は、私が生んだ子です」
 思った通りの答えだったが、颯太は驚く。本人の居ないところで、こんな立ち入ったことを自分が知ってしまっていいのか。
「私が天照になる前、ある士官と恋に落ちました。本当はその時の素敵思い出を一日かけてでも話したいのだけれど……」
 颯太は顔の前で手を振って拒絶の意志を示す。
「ええ、今は駄目ね」
「……今は?」
「後で、じっくりと……。とにかく、私はその人との間に子供を二人生みました。伽耶と、その兄よ。半ば駆け落ちのようなものだった。許されるはずがありません。ですが、兄に子ができないことが分かり、私の子に目をつけたのです。兄は伽耶を自分の娘ということにし、あの人と坊やを人知れず闇に葬ることにしました」
「なぜです?月読に後継者が居ない以上、その伽耶さんの兄を次代の月読にしようと考えるのでは……」
「兄にはその気はなかったようです。同じ血は引いていても、所詮は自分の子ではないのですから。兄は初めから自分が選んだ人間を伽耶と結婚させてその子を次の月読にするつもりだった。でも、私もむざむざと愛した人と子供を殺させはしないわ。二人が死んだように見せかけ、二人を遥か遠い地に落ち延びさせました。身を隠す時に名を変える必要に迫られ、あの人は私への思いを忘れまいと、自らの名を照光、息子の名を晴斗と改めました。そして遙か辺境、カームトホークの地に移り住んだのです」
「それでは、今もその二人は……」
「生きている……はずです。あの、『天の岩戸計画』が動き出す直前まで、落ち延びた先のギャミで平穏に暮らす二人の姿をここから見守ってきました。ですが、私が闇を押し止どめるので精一杯になっている間にあの子の姿が見えなくなってしまったのです。相変わらず穏やかなあの人の様子から見て、あの子が死んだとは思えません。恐らく旅に出たか、田舎に飽きて都にでも出たのではないかと」
「天照様の力で居場所を突き止めることはできないのですか?」
「私は空の上から見るだけです。何か目立つ動きをしていれば私の目に留まることもあるでしょう。ですが、都会の雑踏に紛れたり、私が目も向けないような辺境にいては……」
 なるほど、そういうことならむしろ颯太の方が向いている。颯太は早速、その天照の息子の居場所を占ってみることにした。
 天照に借りた水晶玉の中に大きな町の姿が映し出される。繁栄を極めた町並み、見慣れた水晶のドーム。リューシャーだ。
「どうやら、リューシャーに居るみたいですね。それなら話が早い。全力で探せばそう時間をかけずに見つけ出すことができるでしょう」
 颯太達のなすべき事は決まった。天照の血を引くその人物を見つけ出し、新たな月読として擁立する。それが、社の野望から国を、世界を守り、そして伽耶の身も守ることに繋がるのだ。
 天照の部屋を出ると、那智が声をかけてきた。どうやら、話を聞いていたらしい。
「聞いていたのか」
「う、うん。悪いとは思ってたけど、気になって。……俺さ、ちょっとショックだ」
 那智の気持ちは分かる。ショックを受けたのは颯太だって……。
「月読が普通にスケベだったら……俺、コマされてたかも知れねーんだな。そう考えると背筋がゾクゾクすんぜ」
「そっちかよ!」
 やはり那智の気持ちは分からない。颯太は放っておくことにした。

「結構時間かかったね。何を話してたの?」
 天珠宮から戻った颯太に声をかけてきたのは涼だ。風の噂の精霊の聞き耳も、天上界での話し声までは捉えられないようだ。おかげで余計なことを口外されることもないだろう。秘密の会議は天上界で行うと良さそうだ。
 天照は、彼女の恋人照光と息子晴人がギャミの地に落ち延びたと言っていた。もしかしたらギャミで自警団長だった光介が何か知っているかも知れない。早速訊いてみることにした。
「光介さん。ギャミにリューシャーから来たという照光さんという人がいるはずなのですが……」
「ああ、俺の親父かな。なんです?」
 颯太は固まった。
「えーと。その。光介さん、以前晴人という名前だったことがありませんか?」
「なんで知ってるんですか?何かこっちに来ていることが知られるとまずいということで親子で偽名使ってたんですよ。俺が独り立ちするとき、もうその必要もないだろうって言うことでこの名前に戻したんですけどね」
 間違いない。光介が天照の息子だ。すぐに見つかるだろうとは思っていたが、まさか天珠宮から降りてきて最初の会話で見つかるとは。もはや運命に導かれたとしか思えない。天はこちらに味方してくれているようだ。そもそも、言い出しっぺが天におわす天照様だが。
「光介さん。あなたは天照様の息子です。あなたには次の月読になってもらいます」
 今度は光介が固まった。
 颯太は天照から聞いた話のうち、今必要な部分だけをかい摘まんで伝えた。伽耶の出生の秘密などは、よほど必要に迫られない限り口外しないつもりだ。
 次々と突き付けられる衝撃の事実に光介は頭を抱えた。この様子だと、覚悟を決めるまでに少し時間がかかりそうだ。
 その間に颯太は天珠宮の天照に見つけたことを報告に行くことにした。さっき降りたばかりの長い階段を早くも登る羽目になった。

 一応、下でのやりとりは天照も空の上から見ていたようだ。事情は把握していた。わざわざ大変な思いをして階段を登ってくる必要はなかったのではないか。そんな颯太の気持ちを察してか、天照は颯太に次に為すべきことを伝えた。
「後継者が見つかったのなら、次に必要になるのは三種の神器です。鏡、剣、そして勾玉……」
「社が盗み出させようとしたものですね」
「そうです。……ただ、社は一つ勘違いをしているの。社は鏡と剣を盗み出そうとし、勾玉を探している。でも、勾玉を探す必要なんて無いの」
 本来その儀式には、天珠宮にあったかつて結姫が手にした勾玉が使われる。だが、今はその勾玉は砕け、力を失ってしまった。
「今使われるべき勾玉はスサノヲが手にした『第六の勾玉』よ。今は剣の姿をしているわ」
 以前、伽耶に聞いたことがある。月読は隆臣に第六の勾玉を与えスサノヲとしての力を解放させた。そのとき、隆臣の手にしていた剣が勾玉に変化したという。
「月読か天照なら、あの剣を勾玉に変化させることができます。剣もその剣を勾玉から戻して使えばいいはず。……異例なことだらけだから、いろいろと問題はあるけれど……なんとかします。なんとかしないとならないのです」
 必要な物は揃っているのだ。風は今こちらに吹いている。
 とにかく、神華鏡と剣を手に入れなければ。その二つは今、圭麻のところに隠してあったのを怪盗コスメ仮面に盗み出されている。怪盗コスメ仮面が隠した場所を突き止めなければ。
 颯太は再び水晶玉を借り、占いを始めた。神華鏡と隆臣の剣の在処が映し出される。神王宮から歩いてもそうは掛からない場所にある商店街。潰れた商店の倉庫の中に、二つが隠されている。在処が分かれば黙って持って行ってしまっていいだろう。なにせ、元々盗み出された物なのだから。

 颯太が階段を下りて神王宮に戻ると、また慌ただしい動きをしていた。今度は一体何があったのか。
 原因は、神王宮に届けられた一通の手紙だった。届けられたと言っても、郵便物などに混じってきたのではない。バラの花に縛り付けられて投げ込まれたのだ。こんな届け方をするのは、怪盗コスメ仮面しかいない。
『光介様へ。お話を伺いました。月読となられるそうですね。光介様は私の思った通り素晴らしい方であり、私が思っていたよりも立派な方でした。これからお忙しくなられるかと思います。もはや私など、構う暇はなくなることでしょう。怪盗コスメ仮面の顔を彩るコスメは、光介様という光があってこそのもの、闇の中では意味をなしません。私ももう怪盗コスメ仮面になることはなく、これが最後の手紙になるかと思います。それでも、私はあなたのことを忘れることは決してないでしょう。今までお世話になりました。私が盗み出した二枚の鏡と剣はお返しいたします。今夜、神華鏡と剣のあった場所を探してみてください。怪盗コスメ仮面』
 手紙にはこう書かれていた。
 だが、颯太は今はそれどころではないので後で読むよといいながら、先程占いで見えた店に行ってしまう。よく手紙を読んでいれば、わざわざ取りに行かなくても返ってくると分かったのだが。
 そして、この手紙にはもう一つ、大きな問題点があった。
 光介が月読になると言う話は、ついさっき颯太が光介に話をした時に周りにいた数人しかまだ知らないはずだ。それを怪盗コスメ仮面は知っていた。
 怪盗コスメ仮面は、その時話を聞いていた中にいるか、あるいは。
 もう一つの可能性に気付いた涼は、一足先に思い当たる場所を目指していた。

 そのころ、怪盗コスメ仮面こと凛は、アジトの後片づけをしていた。
 田舎から出てきた凛がしばらく働いていたコスメショップ。潰れかけていた店だが、近くにできた大型店との競争に大負けし本当に潰れてしまった。店主は夜逃げし、店の中には売れ残りの化粧品だけが残された。凛はそれを使っていたのだ。
 やむなく、手売りで売れ残りの化粧品を売っていたが、売れるはずもなく、とうとう盗みに手を出すことになる。身軽さと手先の器用さには自信がある。元の顔が分からないくらいばっちりと化粧をした。
 凛は後ろ暗い噂話をいくらでも集められる。そう言った噂話に出てくる悪人達から金を盗み出す。別に、義賊と言うつもりはさらさら無かった。悪党の方が金を持っているし、金が盗まれたと言ってもわざわざ言い出したりしないと思ったのだ。はした金を盗み出されたくらいで騒ぎ立て、捜査が入って自分たちの悪事がバレては元も子もない。
 目論見は当たり、生きて行くには問題ないだけの資金が貯まった。もう、こんなことはやめよう。そう思った矢先、これが最後と決めていた仕事の時だった。
 入り込んだ悪党の屋敷に、光介率いる自警団の強制捜査が入ったのだ。逃げるに逃げられず、隠れてその様子を見守っていた凛だが、光介を目にして一目惚れしてしまう。
 だが、話をすることなど、叶わぬ夢だった。なにせ、口を開ければマジヤベー弁が丸出しになる。
 そこで思いついたのが、勉強の甲斐あってマスターしていた、お上品な書き言葉で手紙を書くこと。しかし、素直に思いを伝えることはできなかった。素直に思いを伝えれば、いつか言葉を交わす時が来る。それに、自分は泥棒。そんな自分が堂々と光介の前に出ることなどできなかった。
 そして、凛は怪盗となることを決めた。怪盗コスメ仮面として光介に予告状を届け、光介を呼び出し、怪盗としてその姿を現す。光介が自分を見つめてくれる。自分を追いかけててくれる。それだけでよかった。だから盗み出した物もすぐに返した。すぐに光介に返すことで、まるで光介が取り返しているように見える。そもそも、置き場もない。光介に会いたい、そのためだけに予告状を送り、光介との夜を楽しむ。
 しかし、それももう終わり。決定的な身分の差ができてしまう。光介は手の届かない、雲の上の人になってしまう。なにせ、次代の“月”なのだから。
 夜、あなたが放つ光はもう私のためだけの光ではない。世界の全てを照らす、月の光。無数の人たちの中の一人となり、密やかに月の光を浴びることができるなら、それでよしとしよう。
 もはや、リューシャーにいる理由さえない。光介の近くにいればその分、切なくなりそうだ。だから、この町を去るつもりだった。
 この、最後の役目を果たしたら。
 神華鏡と隆臣の剣、そして社から盗んだ月の魔鏡。その三つを抱え、アジトの扉を開けた。
「あ」
 扉の外に、誰かが立っていた。髪の長い男性。占いでこの場所を見つけ出した颯太だ。
「えっと。もしかして、怪盗コスメ仮面さん?」
 出会い頭にいきなり言われ、パニックになる凛。
「え。ええっ。なんで?チョーあり得ないんだけど」
「いやだって、その鏡と剣……」
 手に鏡二枚と剣を抱えている。いずれも怪盗コスメ仮面が盗み出した代物だ。
「あっ。これはその。あの。つーかヤベー、チョーヤベーって」
 まあ、化粧も今は薄いようだし、いろいろヤバいんだろう。とりあえず、その鏡と剣だけ返ってくればいい。颯太は全面的に譲歩して交渉を行うことにした。
「ここの事とか君の事とかは全部黙っててあげるから、ひとまずその鏡と剣だけ返して貰えないかな」
「う。あの。い、いいっす……」
 凛は鏡と剣を颯太に押しつけ、アジトの中に引きこもってしまった。ちょっと脅したような気分になり、申し訳ない気分になりながらも、目的は果たせたので颯太は引き上げていった。
 最後の最後に予定が狂い、大いに凹む凛。その時、扉がノックされる音がした。
「おーい、凛いるか?ここにいるんだろ」
 聞き覚えのある声。凛は顔を上げ、扉を開ける。声はやはり涼の声だった。顔を合わせるなり涼は言う。
「凛がコスメ仮面だったんだなー」
 正体がばれたのはこれで二人目だ。
「ちょ。なんで?」
「いろいろ考えて、それしかあり得ないっしょ。光介さんが月読になるって話はほとんど誰も知らないのに、怪盗コスメ仮面は知ってた。凛がこっちに来てるって知らなかったら、あのとき近くにいた誰かかなって思ったけどさ、凛の力があれば、離れたところで交わされた会話の内容も分かるっしょ。で、トドメがさっきの颯太との会話。やっぱりって感じ?」
「うう、さすが涼の兄貴。チョー鋭くね?つーかみんなにバレまくりでチョーへこむんだけど」
「みんな?光介さんにもバレてんの?」
「多分それはまだ。マジ光介さんには言わないで。お願い」
「うーん。すぐバレると思うけど……まあいいや。しっかし意外だなー。凛があんな読んでて恥ずかしい手紙を書くとはねー。ふーん」
「うわ。読むとかチョーあり得ねー!マジ勘弁してええぇぇ」
 まさか、凛もあんな思いの丈を言葉の端々にちりばめた、恋文丸出しの予告状や犯行声明文を、光介が人に見せているとは思いもしなかったのだ。予告状などを見せられた人たちは皆、リアクションに困って手紙をそのまま静かに光介に返していたから。
 正体はばれる、手紙は読まれる。もはや、散々としか言いようがなかった。

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