地平線伝説の終焉

四幕・三話 あやかしの森

 颯太達が幽霊達による古代の戦争の再現に巻き込まれている頃、文明と社はゼキガ大平原での飛行船建造の指揮を執るべく、イティアに居た。
 そんな彼らに、作業員逃亡の知らせが届いたのは翌朝であった。
「なんだと。一体どういう事だ」
 朝の不機嫌な時にもたらされた悪いニュースに文明は眉を寄せた。
「それが……。夕べ、あの船の周りは幽霊の大群が大戦争を繰り広げていて……」
「馬鹿か。もう少しマシな言い訳をしろ」
 この知らせを持ってきた部下は困り果てたように話を続けた。
「いえ、目撃した人によると作業員のキャンプに鎧姿の幽霊が多数現れ、逃げまどっているところにどこからともなく別な幽霊の軍団が攻め込んできて、幽霊同士で戦争を……」
「もういい。頭が痛くなる。で、作業員はどのくらい逃げたんだ」
「キャンプにいた作業員は全員逃げました。話を聞いた通いの作業員も仕事をしたがりません。作業にあたってくれているのは十名ほどです」
「な……。そんなにか!?十名だと、ほとんど居ないじゃないか!」
 予想以上の状況に、立ち上がり声を荒げる文明。
「はい、まったくその通りで……」
 恐縮する部下。文明も頭を抱えた。
「馬鹿どもめ。幽霊だと?そんな非現実的なことで仕事を放り出して逃げるとは……」
 文明は幽霊などと言う非科学的なものはまったく信じない。まして、それを目で見たわけでもないのだからますます信じようがない。
 だが、現実問題として作業員は皆逃げてしまった。これでは船の建造は出来ない。
「仕方ない。船はほとんど完成しているのだ。場所を移し建造を続けよう。逃げた作業員は放っておけ。給料はやらん」
 話を聞いた社は頭の中で即座に払わずに済んだ給料を計算し、頬を緩ませた。

 一方、圭麻達は夜も寝ずに交代で『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』のペダルを漕ぎまくり、どうにかコトゥフに逃げ込んだ。
 一行が真っ先に向かったのはコトゥフでも名の知れた霊能者のところだった。そこで、自分達に何も取り憑いていないと言うことを確認し、ようやく人心地がつけた。昼寝をして、その夜も泥のように眠り続けた。
 とにかく、もうあんなところはこりごりである。近づきたくもない。
 圭麻は、とにかく『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』のエンジンが使えるように燃料を完成させることにした。考創社の機材などを借りれば作業はより効率的に進むだろう。
 そのついでに銀蛉号を借りてリューシャーに戻り、もう一度天珠宮からゼキガ大平原の様子を伺うことにした。その役はまだ夕べの恐怖とショックが抜けきらない颯太と、颯太がトラウマで役に立たなかった時の代理として那智に任された。
 その間、泰造と賞金稼ぎ仲間はすることがない。
 とりあえず、置いてきたテントがもったいないので、どうにか回収できないかとセコいことを健と潤が言い出した。エンジン調整中の『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』で、もう一度ゼキガ大平原に向かうことになった。明るいうちに行って明るいうちに帰ってきたい。もう夜は絶対にごめんだ。
 付き合わされた泰造はぶつぶつと文句を言いながら操縦席にふんぞり返る。二人は操縦できないし、ペダル漕ぎは健と潤にやらせないと気が済まない。
 道も半ばまできたあたりで、ふと思い出す。
「そういや、お前ら誰か追ってたんだよな。あんなところに誰がいたってんだ」
 健と潤は気まずそうな顔をする。前に聞かれた時は黙っていたが、この状況ではさすがに黙っては居られない。泰造に情報を流して横取りはされたくないのだが。
「違法建築の源だよ。泰造、お前ちょっと前に捕まえたことあっただろ」
「え?俺が?」
 すぐには思い出せない。が、少し考えたらピンと来た。と同時に力が抜ける。思い出せなかったのも、あまりのどうでもよさで忘れていたのだ。
「あの馬鹿、また何かやらかしたのか。何やらかしていくら賞金出てんだ?」
「どこにあるのかは知らないが、スノマ村ってところにバカでかい城を建てたんだと。畑が日陰になったと村人が怒ってるらしい」
「また、どうでもいい話だなぁ。大した額でもないんだろ」
「五千ルクだ。ヌルそうな仕事な割に賞金はいいと思わないか」
「ヌルいとは思わねーなぁ。おめーら、あいつを相手にしたこと無いからわかんねーんだ。とんでもなくタチ悪いぞ。俺はあいつの砦で罠に引っかかって死に目を見た」
「そりゃおめーがトロいからだろ」
「んだとぉ?引き返すぞてめー」
「ごめんなさい」
 状況が状況だけに素直だ。
 とにかく、あの源である。泰造は関わりたいとは思わない。だが、社や文明と手を組んだとなるとそうも行かないだろう。面倒なことになる前に、社達が呆れ果てて源との付き合いをやめてくれることを祈るばかりだ。

 その源は、昨日の幽霊騒ぎのことなど何も知らずにゼキガ大平原の作業現場にいた。源はマイ空遊機で毎日現場に通っているのだ。そして、この飛行船建造に手を貸している。
「ンあ?今日はずいぶん人が居ねーなぁ……。ああ、そうか。今日は休みの日なんだな。まぁ、こちとら趣味も入ってるから休みなんて関係ねぇ。今日も頑張るぞぉ〜」
 源は数少ない作業員に混じって作業に取りかかった。
 作業現場に文明が来たのは昼を過ぎた頃だった。
「作業は終わりだ!今から船を飛ばす!」
 その声に、源も作業やめて降りてきた。
「まだ完成してねーぜ」
「分かっている。だが飛ばすのに最低限の機能は仕上がっているだろう。それに、作業員が皆逃げてしまい仕事にならない。ここは場所が悪いから場所を移そうと思う。今から燃料を補給する。それが終わったら出発だ」
「ふーん。それじゃ、その燃料の補給とやらの間に点検してくらぁ」
 源はそう言うと船内に入っていった。
「とりあえず、あの男が残ってくれたのは幸いだな。扱いにくいが腕は素晴らしい。人間離れしている」
 文明は低く呟く。
 小一時間後、燃料の補給は完了し、未完成ではあるが船は初フライトを迎えた。
 船体に取り付けられた無数のプロペラが回転を始め、その勢いが増していく。船体を取り囲んでいた囲いはプロペラが巻き起こした風で次々と薙ぎ倒され、吹き飛ばされていく。他に人のいない大平原にその船体の姿が顕わとなった。
 船体はゆっくりと浮かび上がり、空高く舞い上がっていく。
「うんうん。こうしてまた一つ、歴史が俺の手で作られていくんだなぁ」
 内装が未完成の船内の窓から遠ざかっていく下界を見下ろしながら、源は満足げに呟いた。

 泰造達がゼキガ大平原に到着したのはそれと入れ違いだった。
 テント回収のついでに船の様子を見ようとした泰造は驚く。そこにあったはずの船の姿が見当たらないからだ。
「まさかあの船そのものが巨大な幽霊……」
 潤は引きつった声を出すが。
「馬鹿。奴らが船を飛ばして逃げたんだ。見ろ、周りを覆っていた囲いがあちこちに散らばってるだろ」
 飛び立つ時に巻き起こった風で吹き飛ばされた囲いの板や幕は、捨て置かれたままだった。圭麻ならばここぞとばかりに拾って帰るだろう。
「おい、テントの回収は終わったぞ。早く帰ろう。夜になっちまう」
 テントをたたみ終えた健に呼ばれ、泰造達は引き返していった。

 颯太達がリューシャーからコトゥフに戻ってきたのはその次の日だった。
「おい、奴らが動いたぞ」
 颯太の第一声はそれだったが、船が飛んだことは既に泰造達により圭麻の耳に届いていた。
 だが、颯太はその行き先まで見届けていた。イティア付近、ナガー・クティーの森だ。文明達は、イティア付近で人を集め、一気に建造を終わらせる算段だった。
 ゼキガ大平原から離れれば、何も恐れることなどありはしない。颯太も含めて堂々と『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』に乗り込み、一刻も早くその場所を目指すことにした。
 颯太はふと思い出したように言う。
「そう言えば。フィグの近くのスノマ村付近に怪しい巨大な建造物が見つかったんだ。もしかしたら何か関係があるかも知れない」
「それは放っておけ」
 スノマ村という言葉に聞き覚えがあった泰造は、きっぱりと言いはなった。
 『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』に搭載されたエンジンがぶるんと音を立て、順調に回転を始めた。排気ガスからも空遊機に使われている燃料から出るもののような不快な臭いはない。
 人力でなくなり、とても楽チンな乗り物になった『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』は、軽快に走り始めた。

 ひとまずイティアに向かい、そこであまり聞き慣れないナガー・クティーについての情報を集めることにした。
 話によれば、ナガー・クティーはほとんど人の手の加わっていない未開の森だそうだ。リューシャーや三巨都周辺では珍しいが、少し田舎に行くと人の領域と呼ばれるこの地域でもそのような所はそう珍しくはないのだ。
「あの森にはまだ、大昔と変わらない暮らしをしている民族がいます。豊かな森ですから文明の恩恵を受けなくても生きていけるんです。まあ、彼らが住んでいるのであの森には誰も近づきません。森の守護者みたいなもんですな」
 役人はそう言いながら、ナガー・クティーの森へ地図を書いてくれた。誰も近づかない森だけに、道さえない。途中から藪を突っ切っていけという事だった。
 だが、実際に行ってみると藪は切り開かれ、森に続く道が出来上がっていた。森の中にもまっすぐに道が続いている。きれいに土が掘り返され、均されたらしい。
「この道も連中が作ったのか?」
「ずいぶんと手が早いですね」
 道は空遊機なら余裕ですれ違える程度の広さだ。ここにも木が生えていたなら、相当な本数の木を伐採していることだろう。
 森の奥に向けて進んでいると、突然颯太が停めろと言った。
「なんです?」
「そこに人がいる。現地の人みたいだ。話を聞いてみよう」
 と言うが、圭麻や泰造にはその姿が見えない。
「どこです?」
「ほら、そこの茂みに隠れてる」
「いねーよ。また幽霊じゃないのか?」
「いや、はっきりと見える。あれは生きた人だ。すみませーん」
 窓から身を乗り出して声をかけるが、反応はない。
 泰造は船を下りて、颯太が指さしたあたりに近づいた。姿はないが、確かに気配は感じるような気がする。
 その時、目の前の茂みが揺らめき、襲いかかってきた。いや、草や木の葉などを身に纏い景色と同化していた人物が襲いかかってきたのだ。
 泰造はすんでの所で攻撃を金砕棒で受け止めた。全身に冷や汗と脂汗が吹き出る。あの気配の消し様はただ者ではない。相当な使い手だろう。細身の男だ。長い爪のような武器を両手につけている。
 対する相手もこの攻撃を止められたことに相当驚いたらしい。泰造を鋭い目で睨み付けると獣のような俊敏で身軽な動きで飛び退いた。全身に纏った草や木の枝でかなり動きが殺がれているはずだが、それを感じさせない。
 潤と健も飛び出してきた。だが、それでも男は怯む様子も、退く素振りも見せない。
「待て、話が出来るか交渉するのが先だ!」
 颯太も飛び出してきた。その時、森の上を風が駆け抜けたかのように木々がざわめき出す。葉擦れの音はだんだん大きくなる。その葉擦れの音に混じり、声が聞こえてきた。颯太は脱兎の如く『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』に逃げ帰っていった。
『待て……彼らは敵ではない……』
 まるで森が囁いているようだ。
「ですが、機械の船を操っておりますぞ!」
 男が森の呼びかけに応えた。
『敵ではない……我らが村に導け……』
 葉擦れの音も遠のき、森に静けさが戻った。
「……事情は知らんが、長老の言葉に間違いはないだろう。村に案内する。ついてこい」
 憮然とした態度で男は構えを解いた。

 何が起こったのかは分からないが、とりあえず男の案内で彼らの村へと招き入れられた。
 『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』が辛うじて通れる程度の細い小道が曲がりくねりながら続いている。所々で分岐しており、案内無しでは迷いそうだ。
 道の先の森の中に開けた場所があり、輪を描くように、葉を茂らせた蔓草が絡み合い建物のようになった物が点在している。大都市であるイティアのこんな近くに、ここまで原始的な集落があること自体驚きである。
 村の中央には一人の老人が立っている。石や獣の牙や歯などで作られたと思われるたくさんの装飾品は、如何にも地位の高い存在であることを窺わせる。
「我々はこの森に逃げ込んだと思われる人物を追ってきた者です」
 颯太の言葉に老人は頷く。
「あやつらには儂等も困っていたところだ。協力できることはさせてもらおう。早くあやつらを追い出して欲しい」
「では、早速ですが連中の居場所や現在の状況などをお教え下さい」
 長老は頷く。
「……お主等は強く、よい力を持っている。お主にはわざわざ語らずとも『見せる』事が出来そうだ。目を瞑るがいい」
 訳が分からないまま目を閉じる颯太。長老は手にしていた古木の杖を掲げた。それと同時に颯太の脳裏にとある風景が映る。
 自分達が見える。その視界はゆっくりと遠ざかり、あたりを包む深い森に埋め尽くされていく。森の俯瞰に、先ほど見た真新しい道らしい一本の線と、その行き着く先にある広場が現れる。
 広場では多くの人が動いていた。森を切り開き、広場を広げていく。切られた木々は木材として積み上げられていく。膨大な量だ。
 そしてその上空には白い船が浮かんでいる。どうやら、この船が降りる場所を作っているらしい。
 突然視界に靄がかかり始め、ビジョンは揺らぎ、途絶えた。颯太は目を開く。
「見えました。今のは……」
 颯太の問いに長老は落ち着いた声で答える。
「お主は知っているはずだ。今の力が自分の力であることを」
 確かに颯太は透視人で、少なからず今のような力を持ち、使ってきた。だが、今見た映像は普段の占いなどで見えるビジョンとは比べ物にならないほど鮮明で実際に見ているかのようだった。まるで……。
 そう、まるで勾玉があったあの時のようだ。いや、それ以上だ。
 そんな思いを察したか、長老が言う。
「お主がその力を持つように、わしも力を持っておる。森の力を集め、操る力だ。わしの力は大した力ではない。森の力が強く、偉大なのだ」
 そう言いながら長老が杖を掲げると、それに応えるように森がざわめいた。
 颯太は、なんだかすごい所に来てしまったのではないかと思い始めていた。

 とにかく、颯太だけが現場の様子を見られても、他のメンバーはどうしようもない。ひとまずその場所の様子を全員で見に行くことにした。
 切り開かれた道を使えば迷うこともなくすぐにそこへたどり着けるだろう。だが、敵に気付かれる恐れもまたある。ナガー・クティー村の人々が使っている森の小道を案内してもらうことになった。案内は村一番の戦士だという、先ほど泰造とやり合った男だ。麒虎郎と言うらしい。
 森の中の、道と言えば道と言える程度の獣道を黙々と歩く一行。案内無しでは確実に迷いそうだ。
 木立の向こうから空遊機が走り抜ける音が時折聞こえるようになってきた。資材や工員を運んでいるのだろう。
 やがて、開けた場所が見えてきた。先に麒虎郎が様子を見に行くという。身に纏った木を模したマントを頭からかぶると、景色に溶け込み分かりにくくなる。遠くからでは気付かないだろう。現に泰造も目の前に来るまで気づけなかったのだ。
 麒虎郎がゆっくりと、慎重に広場に向かっていく。もう森の中で待っている颯太や泰造にはその姿は見えない。しばらく経ったあと、もそもそと動く茂みが近づいてきた。帰ってきたのだ。
 麒虎郎は立ち上がり、マントを羽織り直した。
「だいぶ広い範囲の木が切られているな。連中は作業に集中している。目立たないように気をつければそのまま近づいても見つからなそうだ」
 麒虎郎の言葉を受け、颯太達も広場に近づき、木陰からそっと覗き込んだ。
 先ほどまで空に浮かんでいた船は、今は出来上がった広場に降り、多くの人達が出入りしているのが見えた。颯太達がいる場所は乗船口から少し離れているので人が来ない。
「夜になって作業が中断したら侵入してみるか」
 泰造の言葉に颯太は頷いた。夜を待つ前に、圭麻の提案でもう少し周りを巡って詳しく調べてみることにした。
 詳しくと言っても、外側から見る以外に何も出来ない。ただ、今回は周りを囲む覆いなどはないので船の姿が露わだ。船体は特殊な鋼板で補強がなされている。戦闘などは考慮していないらしく、装甲と言うほどの物ではない。船体には無数のプロペラが取り付けられている。これを回転させる動力は何なのか。中を見てみないとそこまでは分からない。
 ただ、頻繁に出入りしている空遊機はこの船のための燃料を運び込むものが殆どであることが見てとれる。空遊機に使われている物と同じ燃料らしい。プロペラの多さ、船の大きさに見合っただけの膨大な量の燃料が必要となるようだ。この飛行船一機で空遊機何台分の燃料を使い、どれだけ空気を汚すのか。
 広場を作るために切り開かれた森の木々も、船内に運び込まれている。木材として運び込まれている物もあれば、薪のように扱われている物もある。ただ、さすがに膨大な量だ。全部は積めないだろうし、積まないだろう。
 船の周りを巡っていると、切られた木の根が整地のために引き抜かれたらしく、森の木陰に乱雑にうち捨てられている。
「ひでー事しやがる」
 思わず泰造が呟いた。
「森が悲鳴を上げ始めたのは昨日のことだ。それまでは何事もなく穏やかだった。何が起こったのかと見に来たらあの道を造るために木が次々と切られていた。昨日と今日のたった二日でどれほどの木が切られたことか」
 忌々しげに麒虎郎が呟く。
「ずっと見てたなら追っ払えばいいじゃねーか」
 泰造の言葉に麒虎郎はかぶりを振った。
「連中には傭兵らしい腕の立つ輩も混じっているようだ。追い払おうにもそうやすやすとは退いてくれないだろう。それにこの森は我々にとっては神聖な森だ。争いの血で穢したくはない」
「その割には俺達を襲ったじゃねーか」
「先に近づいてきたのはあんたらの方だ」
「あ、そういやそうだ」
 場所も確保でき、そのために切った木があちこちに積み上げられている状況からして、どうやら当分木が切られることはなさそうだ。それだけが救いと言えば救いか。ひとまず村に戻ることにした。

 村に戻ると、極めて質素な食事が用意されていた。腹は膨れたが、泰造は物足りなそうだ。
 やがて、日は暮れ、辺りが暗くなってきた。遠くから聞こえてきていた空遊機のエンジン音もぱったりと止む。
 その闇に紛れて、再び建造地点に近づいてみる。
 夜の森は薄気味悪い。特に颯太は落ち着きが無くなった。圭麻は何かオカルトめいた小話でもしたくなるが、声を出せる状況ではない。
 広場は何ヶ所かで松明が焚かれている。闇に紛れてこっそり近づくのは難しそうだ。そこで、潤と健が使うおとり花火を使い一計を案じることになった。
 松明から遠い、薄暗い場所でおとり花火を焚く。見張りが異変に気付き、近寄ってきた。花火のあとを見つけ不審がるが、あたりには見える人影はない。首を傾げながら持ち場に戻った見張りは、さっきはなかった茂みがそこにあることに何の違和感も感じていないようだった。
 一呼吸置いて、その茂みががさっと音を立てる。その音に振り返ろうとした見張りは、振り返る間さえ与えられずに後頭部に強い打撃を受け意識を失った。
 その隙に、颯太達は船内にぞろぞろと入っていく。一緒についてきていた那智と真苗は、いざというときのために茂みの中で待たせることにした。
 気絶させた見張りも船の奥に引きずり込まれた。このままでは見張りがいなくなったことから異常に気付くかも知れない。
 そこで、圭麻が切られてそこいらに散乱していた木の枝を組み合わせて作った簡単な案山子に、その見張りの服を着せて立たせておく。近づかれるとバレるだろうが、遠くからならば見分けはつかなそうだ。
 船内は真っ暗だが、奥の方から物音が聞こえる。まだ作業が続いているようだ。
 ある程度なら夜目が利くという颯太に案内され、小さな窓から差し込む弱々しい光を頼りに真っ暗な船内を進んでいく。ランタンがあるが、この窓から光が漏れて外の見張りに気付かれるかも知れないので、窓のそばでは使えない。
 だんだん物音がはっきり聞こえるようになってきた。音のペースからして、数人の作業員がいそうだ。
 物音の所に行く前に船内を見て回ることにした。特に、圭麻が機関部分に興味津々だ。
 機関室に入り、ドアを閉めて健のランタンに火を灯す。機関室の内部が照らし上げられた。巨大なボイラーがある。蒸気機関のようだ。燃料は空遊機のものも使えるが、薪もくべられるらしく大量の薪が積まれている。
 エンジンの中身までは見えないので構造までは分からないが、蒸気機関と言うことが分かっただけでも圭麻は満足したようだ。ランタンの明かりを消し、機関室をあとにした。
 船室なども見てみたが、まだ内装が整っておらず、柱や補強材などが丸見えで見窄らしい感じだ。その内装のための板材などは一通り運び込まれ、あとは工事を行うだけの状態になっている。完成も近そうだ。
 奥に進むと作業音が近づいてきた。作業は間近で行われている。灯りも見えてきた。覗き込むと、船内でも広い格納庫のような場所だ。
 その中で作業をしていたのは、ただ一人だった。ただ、凄まじい速さで作業を進めている。見ている間にも、その格納庫らしい大部屋の壁がどんどん張られていく。まるでダンスでもしているかのような規則的で軽快な動き。その動きで、正確無比且つ高速に壁が貼られている。
 そして、その作業をしている人物に、泰造はおもいっきり見覚えがあるのだった。
「うわ。マジで源じゃねーか。帰りてぇ……」
「あれが源か!」
 泰造の呟きに、潤と健が身を乗り出した。
「源?もしかして稀代の建築家と言われるあの源か?」
 颯太も話くらいは聞いたことがあるようだ。
「ああ、あの有名なコトゥフの結界の要である宝珠を守るというモニュメント(泰造小説第弐捨七話参照)『コトゥフの中心で芸術は爆発する』で有名な」
 圭麻も知っているようだ。それにしても。
「あの変な鉄くずに名前があったとは……」
 泰造は以前コトゥフ行政センターの天辺で見た奇妙なモニュメントを思い出す。
「凄まじいネーミングセンスだなぁ。圭麻といい勝負じゃないか?なんかどこかで聞いたようなフレーズの寄せ集めだし」
 颯太が複雑な顔をしながら呟いた。
「寄せ集め。まったくその通りです。あのモニュメントは元々廃棄される予定だった鉄くずを寄せ集めて作られたんです」
 泰造の第一印象はまさにドンピシャリだったと言うことだ。
「その鉄くずを寄せ集め、芸術の行きにまで高めた。まさにオレの目標とする所です。憧れますよ」
 圭麻は熱く語る。
「源って言うと、俺は橋を思い出すなぁ。リューシャーで一番の長さを誇るアグロ橋とか源の設計だろ」
「マジか!?普通の橋じゃん!」
 泰造は源の造った物というと突拍子もない得体の知れないものしか思い出せない。だが、そのアグロ橋というのはまさに普通としか言いようのない物だ。
「芸術性を追求する反面、機能美も追求する。建築は万能なんだと言うことを知らしめるべく腕を磨いているとか」
「建築技術を武術にまで取り込んだという話も聞いたことがあるな。有名な本屋にはワンコーナーあるし」
「建築業界での収入は常にトップですしね」
「現在の建築技術があるのはまさに源の功績と言ってもいい」
 何やら二人の話を聞いていると、本当にすごいんじゃないかと思ってしまう。だが、やはり源は源だ。ろくなイメージが湧かない。
 そうこうしているうちにも、壁がどんどん出来上がっている。よく見れば、壁に使っているのは足元で、足場として使われている建材だ。足場を崩しそれをそのまま壁に貼り直している。そのおかげで資材にも動きにも無駄がない。一人なのに作業が早いわけだ。
「捕まえようぜ!」
「賞金ゲットだぜ!」
 健と潤はもう飛びかかりたくてウズウズしているようだ。
「あいつを放っておくと、この船の完成が早まっちまう。とっつかまえるのはメリットがでかいぞ」
 泰造も、関わりたくはないのだが、源を捕まえることに異存はない。
 潤、健、泰造と麒虎郎の武闘派四人は格納庫の中に飛び込んだ。物音に源も作業の手を止め、振り返る。
「何だてめぇらは!」
「俺たちゃ賞金稼ぎだ!大人しくお縄をちょうだいしやがれ!」
 潤が名乗りを上げる。その面子を一人ずつ見ていた源の目が泰造と合った。
「てめーは……何てったっけな。確かに賞金稼ぎだ。前は女と一緒だったが今度は色気のない面子だな」
「なにっ、女だと」
「どういうことだ泰造!」
 女に反応して泰造に詰め寄る潤と健。
「いいから源に集中しろよ、お前ら」
 泰造達が変な所で気をとられる隙をついて、源が先制攻撃を放った。遠くからの釘による狙い撃ちだ。
 距離があるだけに、余裕を持って躱すことが出来た。もう少し女の件で泰造達が揉めていたら避けきれなかっただろう。
 源は足場の上、高所に陣取っている。かなり不利な状況と言える。一方こちらは数で勝っている。
 乱発される釘手裏剣。その隙間をかいくぐり、四人は各自足場に接近していく。麒虎郎は身に纏っているマントで身を守りながら一気に駆け抜ける。釘がマントに突き刺さるが、気に留める様子さえない。足場の下に辿り着くと、マントを振るい、突き刺さっていた釘を払い落とした。
 潤と健も足場の下に辿り着いた。泰造は源にマークされているのか、攻撃の手が厳しい。足場になかなか近づけない。そうこうしている間にも、先に足場に辿り着いた麒虎郎達は足場を登り始めている。
 泰造がようやく足場に辿り着いた。振り返ると、床には無数の釘が散乱している。またずいぶんとばらまいたものである。一体どこにあんな大量の釘を隠し持っていたのだろう。
 などと考えている暇があるなら、と先に進むべく足場を見上げる泰造。すると、源が足場をするすると降りていくのが見えた。そして、足場の柱を一本倒す。すると、足場がドミノのように端から崩れ始めた。
「ちょっと待てええぇぇ!」
「マジかあああぁぁ!?」
 もうだいぶ登っていた潤と健は泡を食って逃げまどう。だが、下に降りる場所が既に崩れてしまっていることに気がついた。
 麒虎郎もかなり上にまで登っていたが、柱を伝い猿の如き身軽さでするすると足場から逃れた。泰造も、まだ足場を登っていなかったので簡単に離れることが出来る。
「どわああああぁぁぁ!」
 悲鳴を上げながら、足場と共に崩れ落ちていく逃げ場のない潤と健。
「い、痛えぇ」
「ちくしょー」
 板材や角材の下敷きになりながらも、二人は無事のようだ。資材を払いのけ、起きあがろうとする二人に源が襲いかかった。
「やめろぉぉ!」
「何しやがる!」
 あたりに散らばっていた木材が投げ上げられ、宙を舞う。木材は次々と二人の周りに降り注ぎ、源はそれを瞬く間に積み上げていく。たちまちのうちに木材の檻が出来上がった。
「出せー!」
 二人は中で暴れるが、木製ながらも檻はびくともしない。
「ふははははは!無駄無駄ぁ!ちょっとやそっとじゃ壊せやしないぜ!百人乗っても大丈夫!」
「イナバの物置か!」
 泰造の言葉に、陰で見ていた颯太はなぜか少し複雑な顔をした。そもそも百人乗れる大きさでもない。せいぜい二十人だ。
 そうこうしている間にも、騒ぎを聞きつけて外から見張りが駆けつけたらしい。足音と声が近づいてきた。
「ここは退却すべきだ」
 麒虎郎の冷静な判断。確かに、どうしようもない。
 格納庫を抜け、足音とは反対側、船首方向に逃げ始める。見張りもその姿を見つけ、追ってきた。
「これでも食らえ!」
 圭麻が何かを取り出し投げつけた。ボンというくぐもった音がし、その音に追っ手は怯み足を止める。そして。
「うおっ、なんだこれは」
「ぐあああ、く、臭い!」
「うおええぇぇぇ、ゲホゲホ……」
 真っ暗で見えはしないがなんだかすごいことになっているようだ。
「急いでここを離れないと!」
「圭麻、今のはなんだ!毒ガスか?」
「以前の神王宮奪還の時に回収したアロマミックスです」
「ああ、あれか……。まさか本当に役立てるとは……」
 颯太は感心を通り越して呆れた。
 行き着いた場所は船首のコックピットらしい所だ。見渡すと、脱出用らしい扉がある。開けてみると外に繋がってはいるようだが、高い所の上に梯子などの脱出設備まではまだ整っていないらしい。
 圭麻はまた何か取りだし、下に投げ落とした。クッションのような物が眼下で膨れあがる。
「あそこに飛び降りて!」
 圭麻の言葉に麒虎郎はためらいもなく身軽に飛び出していく。ぼふんと柔らかな物を叩く音がした。麒虎郎は無事に降りられたようだ。
「大丈夫みたいだ」
 そう言いながら圭麻が後に続く。駄目だったらどうするつもりだったのか。
 泰造はおもむろに颯太の手を掴み、投げ落とした。落ちた颯太は放心したように動けない。飛び降りようとしている泰造に気付き、麒虎郎と圭麻が颯太をどけ、そこに泰造も飛び降りる。
「何をするんだ!」
 我に返った颯太は喚き散らす。
「颯太じゃどうせビビって飛び降りられねーだろ」
 まったくその通りなので反論も出来ない。
 ところで。
「?……なんかくせぇ」
「ああ、このマットも中身はアロマミックスなんです」
 泰造は慌ててマットから飛び降りた。
「神聖な森の空気を汚すのは望ましくないのだが」
 麒虎郎は不満そうだ。
 茂みの中で騒ぎを不安ながらに見守っていた那智と真苗も颯太達の無事を知り駆け寄ってきた。だが、すぐに臭いで逃げていった。

 アロマミックスが炸裂した船内では、アロマミックス相手に駆けつけた見張り達が逃げまどっていた。
 アロマミックスの芳しき悪臭は格納庫にも流れ込んでいた。足場の組み直しを始めていた源もたまりかねて逃げ出した。
「うおおお、臭え〜!」
「出せー!助けてえぇ!」
 閉じこめられたまま取り残された潤と健には、逃げ場のない檻の中でただ地獄のような息苦しさに耐えることしかできなかった。

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