地平線伝説の終焉

四幕・二話 呪われた大平原

 朝。泰造は昨日の話の続きを聞くために颯太を訪ねた。
 泰造の早起きに付き合わされ、颯太はまだ眠そうだ。明日に話を聞きに来るとは言われたが、まさか朝一で来て叩き起こされるとは思っていなかったようだ。
 おまけに、話を聞くばかりか颯太に朝飯までたかりだした。
 颯太は起きたばかりだと食欲が湧かない。特に、こうも早く叩き起こされた時は。
 泰造は機嫌が悪くなりゴネ出す。
「朝飯食わないから朝飯食う元気も出ねーんだよ」
 何か矛盾を感じる。とにかく、肝腎の話だけとっとと済ませて、朝食はどこか余所で取ってもらうことにした。
 昨日颯太が見た物はゼキガ平原のただ中で建設が進む白い乗り物。
「それじゃ、連中はゼキガ平原のど真ん中にいるってことくらいしか分からないのか」
「ああ。元々大した目印があるところでもないからな。まあ、そんな中にバカでかい建造物があればすぐに分かるだろ。物資を運搬する空遊機もだいぶ見えたからそれを追跡してもいい」
「見つけるの自体はそんなに難しくないか」
「恐らくはな。その分こっちも下手に動けばすぐに見つかりそうだが。平野のど真ん中だ、どこから近づいても丸見えだろう」
「うーん。ひとまず行ってみようぜ!ごちゃごちゃ言っててもなにも始まらねー!」
 勢いよく立ち上がる泰造。
「はいはい、行ってらっしゃい」
 泰造のテンションについて行けない颯太だが。
「なーにが行ってらっしゃいだ。お前も行くに決まってんだろ」
 泰造の一言に顔を引きつらせる。
「お、俺もか?俺は忙しいんだが」
 忙しいというのはもちろん口実で、凄惨な戦により怨念渦巻く土地になど近づきたくもない、という本音が根底にあるのは言うまでもない。
「その忙しい原因をとっちめに行くんだろ?手伝え!」
 泰造はそこまで深読みしないタチだ。かといって颯太も本音を言うのは気が引ける。ズバリと本音を言うべきか逡巡しているうちに、泰造は出て行ってしまった。

 泰造が向かったのは圭麻の家だ。もちろん、遠出をするにあたり、絶対必要な乗り物を借りるのが主な目的である。
 地下層地区への階段を下りていく。泰造は地下層地区の底に蠢く影を見たような気がした。
 圭麻の家の前に着くと、扉の前に真苗が佇んでいた。
「あ。おはようございます」
「おはよーさん。圭麻は留守か?」
「みたいですね」
 ドアを開けようとするが、鍵がかかっている。
 泰造は先ほど最下層で蠢いていた影のことを思い出し、もう一度見下ろしてみた。今度はその姿はない。
「そろそろ帰ってくるな」
 泰造がそう言った矢先。
「おや。こんな朝早くから来るとは。今開けますね」
 両手いっぱいにゴミもとい手に入れたばかりの宝物を抱えた圭麻が現れた。やはり、先ほど見えた地下層地区の最下層で蠢いていたのは、ゴミ漁りもとい宝探し中の圭麻だったようだ。
 圭麻はドアの前のタイルに足を乗せる。すると、鍵がかかっていたはずのドアが手も触れていないのに独りでに開いた。
「しばらく来ない間になんだか凝った仕掛けが出来てるな」
 興味を持った泰造が身を乗り出す。
「この靴底にちょっと仕掛けがしてありまして。あのタイルにこの靴底の仕掛けを近づけると反応してドアの鍵が開くんです」
「自動認証って奴か?スゲえ!」
 ハイテクに目を輝かせる泰造。
「鍵をかけて家を出るのはいいんですが、両手いっぱいに物を抱えてくると鍵を開けるのが大変じゃないですか。それならと思って開発したんです。おかげで最近は心置きなく両手いっぱいに抱えて来られますよ」
 満面の笑みで答える圭麻。
「そこまでゴミ拾いに情熱をかけてるのか」
 泰造は引いた。
「もちろんです!」
 圭麻は否定しない。
 とにかく、圭麻はその拾ってきたばかりの新しい「財産」をさらにより分けながら、泰造の話を聞くことにした。
「それなら是非とも、新作のテストも兼ねてみんなで行きましょうよ」
 そう言い、圭麻はその新作が格納されている場所に泰造を案内する。
 ガレージを開けると、ワゴン車ほどの大きさの空豆型の乗り物があった。
「これが『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』です!」
「リターン・オブってことは帰ってきた、だよな?確かにどこかで聞いたような名前だけど……圭麻の付ける名前は長ったらしくて憶えてらんねーからなぁ」
 泰造は船内を見渡す。全部で4つのシートがあるが、後方には広いスペースがあり、そこに格納式のシートが4つある。つまり、最大8人乗れるわけだ。
「前回同様、貨物運搬を想定しています。だからこのシートは格納式でこのあたりは荷物を積めるようになってます」
 説明したあと、圭麻は船内のさらに後ろへと向かう。一番奥の板をどけると、エンジンが見えた。
「これは現在開発中の最新型のエンジンです。燃料には環境に影響を与えないエコ燃料を使います。今日真苗ちゃんが来てたのはそのエコ燃料の抽出実験の結果報告ですよ」
「これがその燃料ですっ」
 嬉々として燃料の入った瓶を差し出す真苗。圭麻はそれを受け取り、早速エンジンの試運転を始めた。音をチェックしさらにエンジンを止めて中の様子も見てみる。
「うーん。混合気の比率が悪いみたいだ。ちょっと調整が要りそうだなぁ」
 圭麻はエンジンを取り外してしまった。
「おいおい、エンジンがなくてどうやって動かすんだよ」
「もちろん、替えの動力は確保してありますよ」
 そう言うと、横にあったパーツをエンジン部分に取り付ける。
 どう見てもペダルである。
「また人力かよ!……ああっ、思い出した。ミラクル何とかっての、鳴女さんを見つけた時に俺が必死こいて漕いだ人力船の名前じゃねーか!」
「あの思い出の船がリニューアルして帰ってきたんです。是非ともそのスタートダッシュを泰造の手……もとい足で進めてみてください!」
「待てよ!俺まだ朝飯も食ってねーんだぞ!」
「おや。それはいけませんね。ガス欠起こされても困りますから燃料がわりにバナナでもあげておきますか」
「俺は猿か!」
「エンジンになってくれとは言いましたが猿人にかけたわけじゃないですよ」
「帰ってきたらスクラップにしてやる……。最初の目的地は飯屋だ!おごれよ!」
「燃料補給ですね。やる気になってくれて嬉しいです。運転手は僕だ、エンジンは君だ。さあ、出発進行!」
 圭麻は運転席に座り、出発の音頭をとる。
「それを言うならエンジンじゃなくて車掌だろ!」
 エンジンが愚痴を言いながらも回転を始めた。

 エンジンの泰造に腹一杯燃料が補給されたところで、颯太を呼びに行くことになった。
 颯太の家は既に留守だったが、案の定神王宮で捕まった。颯太は泰造の顔を見るなりそっぽを向いて逃げ出そうとしたが、颯太の体力で泰造から逃げ切れるわけがなかった。
「ちょっと待ってくれよ。那智が天珠宮に行ってるんだ。連れてくる」
 颯太はいそいそと歩き出したが、すぐに止められた。
「颯太、昨日天照様が俺と会いたがってるって言ってましたよね?ついでですから挨拶してこようと思うので俺が呼んできますよ」
「そ、そうか。悪いな」
 颯太は天珠宮で少し時間を稼ぐつもりだったが、見抜かれていたようだ。もっとも、時間稼ぎをしても結局行くことに変わりはないのだが。
「泰造、颯太が逃げないように見張っててくださいね」
 圭麻は余計なことを言い残し、天珠宮へと向かった。
 圭麻にとって、神々の黄昏の時以来では初めての天珠宮だ。天上界の美しく清廉な景色には見とれるが、ゴミがないのですぐに飽きた。
 天珠宮についた圭麻を迎えたのは、天照のマシンガントークである。圭麻が尋ねてきたこともあり、天照のテンションもかなり高く、圭麻でさえ舌を巻くほどの勢いだった。
 勢いに負け、那智と一緒に天照の長話に付き合わされてしまう圭麻。ミイラ取りがミイラである。そして、聞かされている話が昨日の続きであるゼキガ平原の怪談百連発。途中参加の圭麻には今がその何発目かは分からないが、人もよりつかない場所だというのによくぞまあここまで怪談があるもんだと思わせられる。
 ゼキガ平原は戦争の後まもなくからこういう噂があり、街道も廃れて実質通る必要のない場所だ。今となっては行くのも大変だろう。それなのに、これだけ妙な目撃談があるというのは、興味本位で覗きに行く物好きがあとを絶たないのだろうか。
 とにかく、あまりここで時間をかけても仕方がない。
「もっとお話ししたいのは山々ですが、颯太たちを待たせてはいけないので」
 そう言うと圭麻は那智を連れて引き上げていった。

「ずいぶん掛かったな」
 憮然としながら颯太が言う。圭麻は苦笑いを浮かべながら言い訳をした。
「ちょっと話し込んじゃいまして」
 話し込んだと言うよりは一方的に捲し立てられたわけだが。
「いやー、イメージ狂いますね。緊張してたのが馬鹿馬鹿しくなりましたよ。すっかり時間とられちゃいましたね、急がないと」
 圭麻は早足で『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』に乗り込んだ。
「颯太、行くんだろ。グズグズすんなよ」
 那智はこの期に及んでごねる颯太の手を引いて『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』に引きずり込んだ。
 ドアが閉められ、中でスタンバイしていた泰造エンジンが回転し始める。『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』はゆっくりと進み出す。
「泰造さん、ごめんなさい。帰りまでには燃料を完成させてエンジンを使えるようにします」
「ああ、頼むよ……」
 真苗に謝られても泰造のテンションは低い。
 さらにテンションが低いのは颯太である。逆にテンションが高いのは那智であった。
 那智は、『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』がスピードに乗り、逃げ場が無くなった頃合いを見計らって、天照から伝え聞いたゼキガ平原の怪談をし始めたものだから颯太はたまったものではない。
 そんな颯太を見かね、圭麻が救い船を出してくれた。
「颯太、この俺の作った素晴らしい耳栓を、テストしてみて下さい」
「おお、助かる」
 早速颯太は耳栓を装着した。
「……丸聞こえだぞ」
「音をまったく遮らない新素材で出来た耳栓です。潜水時などにも音を聞き逃しません。このクリアな音!素晴らしいでしょ」
「今は要らん」
 げんなりした顔で颯太は圭麻に耳栓を突き返した。
「コラ!そこ、聞いてんのか!いい加減に聞いてると祟りがあるぞ、祟りが!」
 那智にまで怒鳴られた。幸いなのは、那智がこんななので怪談の怖さが半減しているところか。これが圭麻でないのがせめてもの救いだ。だが、圭麻も那智の話に興味深げに聞き入っている。油断は出来ない。

 ゼキガ大平原に到着したのは日が傾きかかった頃だった。
 そびえ立つ山の合間を抜けると、そこはもう血塗られた決戦の地だ。『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』は山の麓に沿ってゼキガ大平原の縁を進む。
「今日はもう遅い。一度近くの町に寄って、明日の朝にまた来よう」
 颯太は諦めが悪い。
「近くに町がないことくらい知ってますよね?このあたりで起こった度重なる戦争でこの一帯の町や村はあらかた滅んで、それ以来誰も住んでません」
「そ、そうなのか」
 圭麻の言葉に颯太は愕然とする。
「颯太ほど博識な人が、こんなことも知らないとは」
「この手の話は聞くのも怖いんだ。まったく何も知らないぞ」
「このままゼキガ大平原を突っ切れば、フィグの近くの町に出るでしょうけど……」
「ううう、でも心霊スポットど真ん中臭いよな、そこ」
「ええ。宿では二階の窓の外を人影がよぎったり、夜中に金縛りになるなどの体験ができるそうですが」
「野宿よりはマシか……」
「おい!」
 いきなり泰造が大きな声を上げた。颯太は飛び上がるほどに驚く。
「でかい声を出すな!びっくりするだろうが!」
 でかい声で喚く颯太。
「それより見ろ、あそこ。あんなところに……」
「いい、聞きたくない見たくない」
 颯太は耳を塞いでうずくまった。
「ちげーよ。なんかぽつんとテントがあるんだよ。なんだと思う?」
 颯太は聞いていないので圭麻に言う。
「テントですね」
「見たまんまだろ、それ。ちょっと行ってみるか」
 『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』は進行方向を変え、テントに向かっていく。
「あまり近づくとバレる。ここらで俺が降りて乗り込んでみる」
 泰造は金砕棒を手に『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』を飛び降りた。
 周りは茂みこそあれ、何もない平原だ。テントから『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』が見えていればモロバレだろう。
 泰造は一気にテントに駆け寄る。中からは話し声が聞こえる。泰造は足を緩め、忍び足になった。良くは聞こえないがこちらに気付いた様子はない。
 テントの入り口は幕が下りている。泰造は幕に手をかけた。そして、一気に引き上げる。
「大人しくしろ!」
 テントの中に踏み込み、中の人影に金砕棒を突きつける。
「うぉっ!なんだてめぇ!」
「俺達に気付いたからには生かしちゃ帰せねぇ!」
 相手も素早く身構えたが。
「な……。なんでお前らがここにいるんだ!?」
「……!?てめーこそなんでここに!?」
 おもいっきり見知った顔である。賞金稼ぎ仲間の健と潤だった。
「なんでじゃねー、すっとぼけんな泰造。てめーも奴を狙ってきたんだろ?」
「奴って……お前らも奴のことを知ってるのか!?」
「ったりめーだろうが。俺達だって賞金稼ぎだ、賞金首の話にはすぐに飛びつくぞ」
 一般には出ていない話のはずなのに、と訝るが、こいつらの耳の早さは泰造以上だ。油断は出来ない。
「てめーこそどこでここのことを知ったんだ?連中もここのことは秘密でやってるんだ、ここの情報を掴んだのは俺達だけだと思ってたんだがな」
 潤の問いに泰造は言いよどむ。
「そりゃぁ……俺だってものすごいところからの情報だ。まあお前らじゃ百年経っても真似できねーだろうよ」
 泰造の情報ソースはあの天照様だ。そりゃすごい。
「ふん。だがここについたのは俺達が先だ。てめーに横取りはさせねぇぜ」
「生憎だがそうはいかねぇ。奴らは俺がとっ捕まえる」
「奴ら?誰のことを言ってるんだ?複数の賞金首が来てるってのか」
「えっ。お前らこそ何を追ってきてるんだ。もしかして奴の仲間の中に他の賞金首でもいるのか」
 どうも話が合わない。
「俺達が追ってきてるのは違法建築常習の……」
「なんだそりゃ。社と文明じゃねーんか」
 うっかり名前を言ってしまう泰造だが、二人はきょとんとしている。
「社ってあの月読の側近で、この間追放されたあの社か?賞金かかってたっけ?」
「文明って誰?」
 三人は暫し、そのまま固まった。
「なんだよ、別件か。しかし、こんな所で何かやってるような奴らってあいつらしかいねーよな」
 潤と健は顔を見合わせ、頷き合う。
「この近くにいるのか?何かでっかい物を造ってるらしいが」
 泰造の言葉に二人は頷いた。
「そこの出っ張りの向こうでなんだか訳のわからねーの造ってるぜ」
 泰造はテントから出、健の指さした方向にある小さな丘を登ってみた。
 彼方に大きなドーム状の建築物らしきものが見えた。その周りでは人らしい物が蠢いている。その人の大きさから見て、建物は相当な大きさだ。
 そして、その巨大建築物からは蟻の行列のように空遊機が何機も列をなして走っている。
「おい、泰造。あそこにいるのはお前の船か」
 テントから出てきた健が『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』を指さしながら訊いてきた。
「ああ、俺の他に何人か乗ってる」
「だよな。お前一人が持つには立派すぎる船だもんな。安心した」
 何に安心したのかはよく分からない。
「何を造ってるか分かるか?」
「わからねぇ。何せあの人数だから近づけねーんだ。夜になれば引き上げるだろうから、その隙にちょっと偵察する予定だ」
「確かに、あの状態じゃ手出しできねーか。なあ、今回は手を組まないか?俺達とお前らは追ってる相手も違うみたいだし、お前らの追ってる奴はくれてやる」
「それなら俺は構わねぇ。潤に訊いてみる」
 健はテントの中に戻り、すぐに出てきた。
「組んでもいいってよ」
「そうか。それじゃ、うちの仲間と作戦会議しようぜ。前に神王宮で作戦開いた時に指図してた奴いるだろ。あいつらだ」
 泰造は二人を『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』に連れて行った。
 泰造は圭麻達に、伽耶・那智の救出作戦のことを交えながら二人を紹介した。たくさんいた中の二人だ。圭麻や颯太の記憶にはあまり残っていないようだ。
 『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』も、潤と健のテントの近くに停泊した。代わる代わる丘の向こうの様子をその目で確認する。
 健と潤もここには今日来たばかりだという。なので、情報は何もない。
 今夜、泰造と潤、健の三人であの建物に侵入、内部を偵察することにした。

 日が暮れかかると、たくさん居た人達は皆撤収した。日が沈んだ後、夜の闇に紛れて泰造達三人が建物に近づく。草を全身にくっつけてカムフラージュはバッチリだ。
 建物に近づくと、いくつかのテントが見えた。帰らずにここに泊まっている人も結構いるようだ。テントから漏れてくる声は野太い声ばかりだ。
 建物の前まで来た。近づくと、建物だと思っていた物は板や布で出来た覆いで、工事中のビルにシートがかかっているようなものだと言うことが分かった。
 その覆いの入り口には見張りもいる。中や外に巡回している見張りもいるようだ。
「結構警戒が厳重だな。何を造ってるんだ?」
 泰造も、これでは手出しが出来ない。
「あの中を見るだけ見てみるか……。ちょっと待ってろ」
 潤はそう言うと覆いの、入り口から少し離れた場所に近づいた。そして、何かを仕掛けて戻ってくる。
 程なく、パンという花火のような音がし、小さな火が起こった。入り口にいた見張りは、それに気付いてその火に駆け寄っていく。花火のような物を囮にしたのだ。
「今だ!行くぞ!」
 三人は入り口に駆け寄る。中には入らず、覗き込んだ。微かな灯りにぼんやりとシルエットが浮かび上がる。
 中で造られていたのは巨大な船だった。巨大な覆いにすっぽりと収まる大きな船。所々にプロペラが見られる。飛行船だろう。
「なんだこれ……」
「おい、見張りが戻ってくる前に離れるぞ」
 じっくりと見る暇はなかったが、確認するには十分だった。
 三人は急ぎ引き返し、圭麻達に見た物を伝えた。
「飛行船?まだこの世界にそんな物を造る技術はなかったはずです。考創社の銀蛉号がその先駆けですよ」
「しかし、プロペラまでついてて地べたを走るとも思えねーぞ。あれは飛行船だ」
 潤と健は話についていけてない。空を飛ぶ乗り物がない高天原ではプロペラなどと言う言葉はないのだ。
「うーん。俺も見たいですね。興味もありますし。それには、見張りを追い払ってゆっくり見られるようにしたい物です」
 圭麻はしばらく考え込んでいた。圭麻が考え込んでいる間、静寂があたりを包む。不意に人の声のような物が聞こえてきた。あのテントにいる男たちが酒盛りでもして盛り上がっているのだろうか。
「ひいいぃぃっ」
 そんな声に、颯太は過剰に反応した。こんな所に連れてこられた時点で颯太は怖くて仕方ないのだ。風の音さえ幽霊の呻き声に聞こえるだろう。
 そんな颯太の様子を見て圭麻は何かをひらめいたようだ。
「そうだ。ここがゼキガ大平原、呪われた場所であることを利用しない手はないでしょう」
 圭麻はにやりと笑う。くっくっくっと声も漏らす。
「その笑い方、やめてくれ」
 颯太はますますビビっている。
「なあ、泰造。ここ何か呪われてるのか?」
 潤がすっとぼけたことを言っている。
「ほら、ここ昔戦争があっただろ」
「知らねーよ」
 健はドキッパリと言い放つ。そうなのだ。潤も健も頭の悪さなら泰造に引けをとらない。いや、泰造以上なのではないか。歴史なんざ考えたこともないのである。何百年も昔の大戦争の知識など、今日を生き抜くために何ら必要ないのである。
 二人はここで戦争が起こったことも、そのせいで心霊スポットとして有名であることも、なんにも知らなかった。だからこそ、こんな曰くありまくりの場所に、平然とテントを設置し泊まり込む準備をしていたのだ。
 圭麻は、二人に詳しいことは後で教えてやると約束し、何はともあれ作戦の準備に取りかかった。

 準備はすぐに終わったようだ。
 泰造達は何やら古めかしいデザインの鎧を手渡された。鎧といっても張りぼてだ。軽いし、間近で見るととてもしょぼい。
「まずはこれを着てください」
「こんな所でコスプレしてどうするんだ」
 潤と健もぶつぶついいながらも、不承不承その鎧を着込む。
「なんだかえらい見窄らしいぞ、この格好」
「いいんです。だって落ち武者ですから」
「落ち武者ぁ?」
 圭麻の作戦はこうだ。このあたりは凄惨な戦のために数々の怪談もある。だから、落ち武者の霊の振りをして敵を驚かし、混乱させようというのだ。
「下半身はこれを巻いてください」
 圭麻は三人に黒い布を手渡す。
「これで暗がりでは『足のない落ち武者』できあがりです」
 圭麻自身も同じコスチュームに身を包む。
「気味悪いなぁ」
 颯太も思わずそう漏らす。三人が着替える様子を見ていたので怖くはないし、明るいところで見ると大変ちゃちで滑稽に見えるが、それでもやはり不気味に見えるようだ。
「お前らさぁ、幽霊がこんなプレイボーイ風の髪型してたら怖く無いじゃん。もっとこう泰造みたいにぼさぼさにすれば?」
 那智が潤と健の髪型にケチをつけた。潤と健はなぜか文句も言わずに積極的にその意見に従った。圭麻も髪をかき乱してぼさぼさにしてみた。
「どうです、那智」
「こっち見るなっ、その顔はやめろ」
 圭麻に訊かれた那智は後ずさる。髪型云々よりも、圭麻の表情の方が怖いようだ。
「あとはこの特製灯籠ですね」
 圭麻が灯籠に火を灯すと、灯籠には青白い灯が点る。『リターン・オブ・ミラクル・オブ・ワンダフル・ニュージェネレーション号』用の燃料を使っているので、効率のいい燃焼を起こし、炎が青くなるのだ。
 試しに、外の暗いところでその灯籠だけでお互いの姿を見てみる。
「こりゃあ、確かにすごく気味悪いなぁ」
「泰造なんか間近で見ても気味悪いぜ」
「んだとぉ」
「まあまあ」
 コスチュームの出来は上々だ。あとは作戦だが、入り口までしか様子が分からないので、ひとまず正面は四人で突っ込んで、あとは圭麻・泰造と潤・健のチームに分かれて右回りと左回りで回ってみるということになった。
「那智と真苗ちゃんも幽霊ごっこしますか?」
 圭麻は、那智と真苗も誘った。もしかしたらやりたくてウズウズしてないかという余計なお節介である。
「いや、やめとくよ……」
 那智は顔を引きつらせながら断った。幽霊がいやなのではない。見窄らしい服装のぼさぼさ頭で人前に出たくないのだ。
「俺を一人残していくのはマジで勘弁してくれ。マジで頼む」
 その二人が行くと一人でお留守番になる颯太も半泣きでこの提案を一蹴した。

 準備は整った。後は野となれ山となれだ。闇に紛れ、再び囲いに近づく。
 少し離れた茂みの中で青い炎の灯籠に火を灯し、スタンバイは完了だ。
「いいですか、幽霊らしい歩き方ですよ。幽霊ですからあんまり元気に歩いてはいけません」
「そんなこと言われてもなぁ」
「そうだなぁ。泰造、三日間食事抜きで今日も食べ物にありつけそうにない時の気持ちになって歩いてみてください」
 泰造は想像してみた。三日間食事抜きの時の空腹感。その最中、追いかけていた賞金首は既に余所に逃げてしまったと聞いた時の絶望感。力が出ない。お先真っ暗だ。道端の草でも食べて飢えを凌ぐしかない。
 全身から力が抜け、肩は落ちきり前屈みでふらふらと今にも倒れ込みそうな歩き方。
「それです!皆さん、これはいいお手本ですよ!」
 全員、泰造の真似をして歩き始めた。そのまま、正面から入り口に近づく。
 見張りは四人の姿に気付くなり素っ頓狂な声を上げて腰を抜かした。さらに近づくと這々の体で這い蹲ったまま逃げ出した。
「いい感じですね。うふふふふふ」
 圭麻は嬉しそうだ。作戦がうまくいったことよりも、見張りの驚きようが嬉しくてたまらないようだ。いい性格である。
 予定通り、二手に分かれる。泰造・圭麻組は早速巡回係に出くわした。巡回係は悲鳴を上げて引き返していく。
「あっちに行くと潤と健に遭うな。考えたら両方からいったら逃げ場が無くなって全員真ん中に集まらないか?」
「あ。それもそうですねぇ。そうなったら取り囲んで徹底的に怖がらせるのもいいんじゃないでしょうか」
 そんなことを言いながらも、二人は泰造空腹三日目ステップで進んでいく。
 すると、正面から胸を張った武者姿が近づいてきて、そのまま泰造達とすれ違った。
「あの野郎、見てないところで手ぇ抜いてやがったな」
 恐らく、泰造達がおい飛ばした見張りか、別な見張りと出くわし、それを一人で追いかけたのではないか。泰造はそう思った。
 遠くで悲鳴が聞こえた。これも潤と健のチームが驚かせたのだろう。
 程なく、正面から足音が近づいてくる。その足音がはたと止み、その後べりべりという音がした。少し進むと、囲いに穴が開けられているのが見えた。囲いに穴を開けて、無理矢理逃げ出したようだ。
「うーん、取り囲み作戦も出来ませんね」
 残念そうに圭麻がいう。
 さらに先に進むと、正面から二つの青い灯籠の光が近づいてきた。潤と健だ。
 圭麻はふと、先ほどすれ違った人影は灯籠を持っていなかったことを思い出した。しかし、気にしないことにした。
「おめーら、真面目にやれよ」
 すれ違いざま、泰造が二人にぼそっと言う。
「やってるよ。それよりなんか変だぞ。鎧武者何人いるんだよ」
「俺達とお前達の四人だろ?」
「俺達、三回鎧武者とすれ違ってるぞ。お前ら抜きで」
 二人は声を潜めていう。
「おめーら、俺達を怖がらせようってハラか」
「ちげーよ、なんかマジでやべーよ。なあ、作戦変更してここから四人でいこうや」
 潤も健も腰が引けて、泰造三日空腹ステップをわざわざやるまでもない歩き方になっている。
「いいですよ。二手に分かれても逃げ場が無くなるだけで、しかも囲いに穴を開けて逃げられてますからね」
 四人は合流し、泰造達の進行方向に向かって歩き出した。とりあえず、泰造三日空腹ステップは、もう誰もいないだろうと言うことに加え、結構疲れるのでやめることにした。
 その上で、建造中の船にをよく見てみることにした。相当大きな船だ。白い船体は圭麻達の掲げる灯籠を受けて不気味な姿を浮かび上がらせている。
「これだけの大きさの船を飛ばすとなると、相当強力な動力がいるでしょうね。さらに内部まで観察したいですが……」
「あんたらだけで頼む。俺は早く帰りたい」
 潤と健はすっかり逃げ腰になっている。
「仕方ないですねぇ」
 そんなことを言いながら、囲いの出口を目指す。
 正面から鎧武者が近づいてきた。無言ですれ違う。
「……これは、出てますね」
「……だな」
 泰造と圭麻も、完全に目撃したのだから否定のしようがない。
「とっとと帰りましょうか」
「それがいいな」
 皆急ぎ足で囲いの出口を目指した。
 囲いの外に出た。周りには、得体の知れない青白い光が所々に飛び交っている。
「こりゃ、マジでやべーぞ。とっとと逃げよう」
 泰造もさすがにこの状況には平気でいられない。
 四人は一目散にキャンプに向かって走り出した。
 どこからかどぉん、どぉんという太鼓のような音が聞こえてくるような気がする。
 健は、背後が騒がしいような気がして、振り返った。あまりの光景に度肝を抜かれ、思わず叫んだ。
 四人の背後からは、鎧武者の大群が、すごい勢いで走ってくるのだ。
「な、な、な、何だああぁぁぁ!?」
 もう訳が分からない。とにかく逃げることにしたが。
「このまま帰ったらこの人達をキャンプに連れて行くことになっちゃいますよ。どこかに置いてきた方が……」
 圭麻の提案はもっともだった。
「なあ、こいつらってもしかして、本物の落ち武者霊なんじゃ……」
 泰造は圭麻に向かって言う。言葉を返したのは潤と健の方だった。
「だからその落ち武者霊ってなんのことだよ!」
「こ、これ霊なんか!?変な人の集団より怖えじゃねーか!」
「ええい、こうなったらやけくそだ!このまま敵のキャンプに突っ込むぞ!」
 泰造達は方向転換し、酒宴で盛り上がっているテント方面に突っ込んでいった。
 その道すがらにも、どこからともなく鎧武者が湧いては泰造達を追いかけてくる。
 テントが見えてきた。だが、何があったのかは知らないがテント方面には火の手が上がっている。
「どうなってるんだ!?」
 泰造には何が起こっているのか分からない。分かるはずもない。
「知るかあぁぁ!」
 潤と健に至っては、もうそんな事すらどうでもよかった。
 さらに近寄ると、テント周辺には青い光が続々と浮かび上がり、同時に鎧武者が次々と現れた。
「挟み撃ちか!?」
「もうダメだあぁ!」
「ええい、こうなったら正面からぶつかってやる!かかってきやがれええ!」
 泰造はやけくそになった。
「嫌だあああぁぁ」
「鎧を脱げば敵だと思わずに済むかも知れませんよ!」
 圭麻は鎧を脱ぎ捨てて直角に方向を変えた。
「あっ。ずりーぞ」
 泰造達もそれに倣い、鎧を脱ぎ捨て圭麻を追った。
 泰造達は後ろも見ずに一目散に逃げ出した。走るほどに喧噪が遠のいていくのを感じていた。
 こんな事は泰造も圭麻も知る由はないが、このあたりでは飛行船の建造が始まってから、長らく何事もなく眠っていた落ち武者霊達が安らかな眠りを妨げられて動き始めていたのだ。
 いくつか怪現象が起こってはいたが、ほとんど気付かれることはなかった。だが、さまよえる霊達はこの建造現場に続々と彷徨い込んできていた。霊達は建築現場付近と、夜に人が集まるキャンプ付近に集まった。
 そんな霊達を、圭麻達鎧武者のコスプレ集団が刺激してしまったのは言うまでもない。一目散に走って逃げるコスプレ集団を先陣を切って突撃を開始する武者だと思い、その後に一斉に続いたのだ。そのまま、キャンプ場付近の霊の一団に突っ込む。敵軍が来たと勘違いした霊達はそれを迎え撃った。数百年前、ここで戦いを繰り広げた兵達が、再び大激突したのである。

 大騒ぎを起こした犯人達は這々の体で颯太達が待つキャンプに帰り着いた。
 無言で入り口をくぐる泰造。甲高い悲鳴が上がる。その後、おもいっきり悲鳴を上げた那智に蹴られた。
「おまえら、俺達まで驚かせること無いだろ!」
「勝手に驚く方が悪いんだろうが!こっちはそれどころじゃなかったんだぞ!」
 泰造も食ってかかるが。
「勝手にもなにもわざわざ驚かせに来たのはそっちだろうが!」
「何のことだよ!俺たちゃそれどころじゃねーって……」
 泰造は圭麻に肩を引かれた。話に圭麻が割ってはいる。
「いやあバレましたかぁ。ちょっと颯太を驚かせようと」
「何言ってんだ圭麻。俺達は……」
 圭麻は泰造の口を塞いだ。
「いいですか、無かったことに。無かったことにするんです」
 圭麻は泰造に耳打ちする。
「いやあ、作戦前の景気づけとしてちょっと軽いジョークで」
「ったく。で、五人いたけど、もう一人は誰だよ」
 圭麻は一瞬考える。
「ええと。そうだ、人形!人形を用意したんです」
「そうだ、ってのは何だよ。今思いついたんじゃ」
「まさかそんな。俺を疑うんですか。俺が今までに嘘をついたことは」
「死ぬほどあるよな?」
「……はい」
「そもそも、こういう時はシラをひたすら切って逃げようとするのがいつもの圭麻だろうが!本当のことを言えよおおぉぉ」
 圭麻もさすがに手詰まりになった。
「……本当のことを聞きたいですか」
 圭麻が低くぼそっと言うと、那智も黙った。
「聞きたくない。聞きたくないっ」
 颯太は隅っこで耳を塞いだまま首を振った。

 斯くして、一行は潤と健のテントさえ捨て置いたまま、夜のゼキガ大平原から全速力で離れたのだった。

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