地平線伝説の終焉

三幕・三話 伽耶・那智救出作戦

 早朝。太陽が東の空に姿を現し始めた頃、作戦の実行部隊が動き始めた。
 先発隊数名が神王宮の前の広場に向かう。先発隊は賞金稼ぎ達だが、特に武装をしてはいない。広場でジョギングをする振りをしながら様子を窺っているのだ。
 神王宮前の広場はまるでなにもなかったかのように穏やかな日常の中にあった。
 当然だ。クーデターのことなど、知っている人はまだほとんどいないのだから。
 高級食材が次々と運び込まれ、毎食かなり豪勢な食事をしている社達。伽耶が執政に携わってからは質素な食事を心がけていたので食材を扱い業者の中には不審に思う者もいなくはないが、来賓を迎え宴を開いている、と言えば誰もそれ以上の疑いは持たない。警備が妙に厳重になったのもそれで説明がついてしまう。
 誰もこの中で起こっていることを知らないのだ。
 何も知らない人たちはいつも通りにこの町で過ごしている。
 この広場もいつも通り。ちょっとごつい面々がジョギングに精を出していてもまったく疑わしい所など無いのだ。
 そんな広場に、ものすごく疑わしいものがやってくるのはその直後である。

 朝日を浴び、銀色のボディは眩しく輝いている。
 ただ単に塗装されていない、金属がむき出しであるだけのボディだが、「銀蛉号」と名乗ってしまえばそんな安っぽささえ吹っ飛んでしまうのだ。
 そして、モーターの音と共に透き通った羽が目にもとまらぬ早さで羽ばたきだし、主力部隊をのせた銀蛉号はゆっくりと空へと舞い上がった。
「じゃ、行ってくる」
 泰造は颯太に手を振った。
「ああ、うまくやってくれよ」
「任せとけって」
 銀蛉号は前進を始めると、みるみるスピードに乗り、朝靄の中に消えていった。
 銀蛉号に乗り込んだメンバーは今回の作戦の中心になる。泰造の知人の中から特に腕っ節の強い人物をチョイスした。泰造を筆頭に、ギャミ自警団三人組の光介、陽一、陽二。涼はメンバーに加わったが恭は下で控えている。そして、泰造の古い知人で名の知れた賞金稼ぎ、潤と健。パイロットは考創社の研究員だ。
 目の前には朝日を受けて輝く巨大な水晶のドームが迫っている。
 そして、眼下では頭上を飛ぶ奇妙な物体に驚いた見張りの兵隊が慌てふためいている。彼らにじっくりと銀蛉号の姿を見せつけてから巨大なドームに開いた大穴へと向かう。
 磨かれたなめらかな球面のわずかなほころび。伽耶はこの穴を開けて飛び込んできた水晶虫によって連れ去られた。そして、またしてもこの穴からの侵入者により連れ去られようとしているのだ。

「非常事態です!」
 穏やかな朝食のひとときをぶち壊しにする兵隊長に、社以下悪徳役人たちは一様に眉を顰めたが、ただならぬ事が起こったことは兵隊長の慌てようからあまりも明白である。
「何があった?」
 社は兵隊長に鋭い語調で問う。
「はっ、正体不明の飛行物体が伽耶様の部屋に接近しました!人が乗っていたという話もあり伽耶様に危険が及ぶ恐れがございます!早急に兵士を向かわせています!」
「伽耶様を……!?」
「飛行物体に人が乗っていたと言っていたな。どんなものだったか聞いているか?」
 若い男が話に割って入ってきた。
「銀色の虫のような物だったと聞いてますが」
「なるほど、それはどうやら考創社で研究を進めていた『銀蛉号』らしいな」
 兵隊長の言葉に男は低く呟く。
「社殿。賊はどうやら伽耶様を連れ去るつもりらしいですね。空を飛ぶ乗り物は基本的には“我々の”開発した銀蛉号を於いて他にありません。まさか空からの敵は想定などしていないでしょう」
 社は小さく頷き、歯噛みした。
「ぐうぅ……遅かれ早かれ伽耶様を奪いに来るだろうとは思っていたがまさかこんな手で来るとは!」

 銀蛉号は伽耶のいる塔にホバリングで横付けした。
 大体いる場所は颯太の占いで分かっていたが、銀蛉号の羽音を聞きつけ窓から外を覗き込んだ那智を泰造が見つけたのだ。
「早く助けろー!腹減ったー!」
 喚く那智。
「なんだ、飯も食わせてもらえないのかよ」
「入り口塞いじまったから飯がもらえねーんだ」
 泰造が部屋を覗き込むと、確かに入り口の前にバリケードができている。
「なんだありゃ。まぁ、時間稼ぎにはなるが……予定外だな。とりあえず、まずはそっち行くぞ。いいか」
「いいから早く助けろよ」
「黙ってろ」
 那智を押しのけ、泰造は伽耶の部屋に踏み込んだ。その後にぞろぞろと仲間がついてくる。
「陽一、陽二、先に二人を頼む。みんなはこの荷物をどけるんだ」
 泰造の指示で一斉に行動を始めた。
 バリケードの向こうではもう兵隊が到着したらしくドアをどんどんと叩いている。
「うるせー!今開けるから待ってろ!」
 泰造が怒鳴り返すと、すでに『賊』が侵入している、とさらに大騒ぎになった。
「やべーな、早く開けねーと下に行っちまうかも」
 那智と伽耶が二人がかりで苦労して積み上げたソファなどを軽々とどけながら泰造が言う。
 その後ろでは那智と伽耶が銀蛉号に乗り移ろうとしていた。
 しかし、さすがにこの高さの窓から足を踏み出そうとすると足がすくんでしまう。
「こ、怖ええええ」
 それに気付いた泰造は那智に歩み寄る。このままでは敵をこの部屋に引き込めない。
「とっとと乗れよ」
 そう言いながら那智の背中をちょい、と押す泰造。軽く掌が触る程度にだ。だが、ただでさえビビってる那智には突き飛ばされたも同然だった。
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!」
 相当怖かったらしくその場にへたり込む那智。そして、急に那智の頭が下がったので落ちたと勘違いした伽耶も思わず悲鳴を上げた。
「ば、ば、バカァ!何するんだよぉ」
 那智は半泣きである。
「悪かったって。いいから早く行けって」
 しかし、今ので完全に腰が引けてしまった那智。
「だ、駄目だ。足がすくんで立てねーよぉ」
「しょうがねーなぁ」
 泰造は那智を抱えると陽一陽二目掛けて投げつけた。多少慌てながら那智をキャッチする二人だが、バランスを崩す。
 どうにか落ちずにすんだが、陽一陽二と那智は半分放心状態になった。
「泰造さん、ちょっと今のは無茶ですよ!」
 声を揃えて叫ぶ陽一陽二。その声で那智も我に返った。
「バカヤロー!殺す気かあぁぁぁ!」
 甲高い声で怒鳴られ、泰造よりも間近にいた陽一陽二が耳を押さえてうずくまる。
「わ、悪かったよ……しかしお前ら二人がかりで情けないなぁ。よし、それじゃ俺がそっち行くよ」
 泰造が銀蛉号に乗り込み、陽一陽二が塔へと飛び移った。
 泰造は銀蛉号の上にドンと構えた。
「よし、伽耶さんを投げろ!」
「無茶です!」
 陽一陽二は声を揃えて言う。
「それもそうか。それにこれなら手を伸ばした方が早いな」
 泰造の差し出した手をしっかりと握る伽耶。それ以上にしっかりと泰造は伽耶の手首を握りしめた。
「手を離さないで」
 ひょいっと伽耶を持ち上げ、そのまま座席に座らせ、ほっと一息つく泰造。だが、乗り移る時におもいっきり下を見た伽耶の意識は半分飛んでいた。

 その頃、部屋の扉の前には兵士が大勢押し寄せてきていた。
 後ろの方では社もその場に駆けつけていた。
「なんだ、どうした。これは一体どういう事だ」
「はっ!なんでも伽耶様の部屋の扉は固く閉ざされているそうで開けるのに手間取っているそうです」
「鍵がかかっているのか」
「いえ、何か扉の前に置かれているそうで……少しずつ開いてはいるそうですが」
 その後ろからも兵士がぞろぞろと駆けつけてきていた。
「ええい、急がんか!逃げられてしまうぞ!まさかもうすでに……」
「いえ、まだ伽耶様も賊も部屋の中にいるようです」
 その時、扉の前にいる兵士が俄に気色ばんだ。
「なんだ、何があった」
 最前線に立てない社には状況はすぐには伝わってこない。焦れてくる。
「伽耶様たちが賊に乱暴な扱いを受けています!」
 最前線の兵士が社に聞こえるように大きな声で言った。
「なんだと!?まさか伽耶様の部屋に来ているのは奴らではないのか……!?」
 社の言う奴らとはもちろん泰造や颯太たちのことである。
 ちょうど部屋の中では那智が泰造に押されて悲鳴を上げたところだ。それが、暴漢にひどい目に遭わせているように兵士たちには聞こえたのだ。
 そして、泰造たちなら伽耶に危害を加えることはないだろうと思っていた社は、二人が危害を加えられていると知り、別な犯人像を思い浮かべ始めていた。
 そして、そこに。
「大変です、賊は伽耶様を殺害しようとしている模様です!」
 『バカヤロー!殺す気かあぁぁぁ!』と言う那智の叫びが耳に届いた兵士たちは、言葉通りに理解しほとんどパニックに近い状態になった。
 そして、社は完全に犯人はまったく別な暴漢だと確信するに至ってしまったのだ。
「くっ、まさか我々の他にもクーデターを企む者がいたか……!?伽耶様に何かあってはならん、伽耶様を守れ!賊を召し捕った者には褒美は惜しまん!」
 伽耶の危機に加え、こうまで言われれば兵士たちの士気はいやが上でも最高潮にまで高まる。そしてその時、扉が一気に開き、兵士たちは部屋の中に雪崩れ込んだのだ。

 涼がドアの前のソファを動かすと、最後に残されたテーブルはドアに押されて勝手に動き出した。
「来るぞ!」
「よっしゃ!」
 涼の声に泰造も大急ぎで駆けつけた。
 その後ろでは今回の作戦の鍵にもなる、圭麻が一晩かけて作った特殊素材のシュートが窓から投げ落とされていた。下では、騒ぎで手薄になった警備に紛れて入り込んだ仲間が待ち受け、そのシュートを引っ張り、伸ばしてしっかりと端を固定した。上の方は窓枠にもう一方の端を固定する。
 押し寄せてきた兵士たちをドアの近くで待ち受け、そこで押しとどめた。
「階段だ!階段にまで押し戻せ!高い位置の方が有利だ」
 光介の言葉に従い、じりじりと押し返していく。
「まだるっこしいな、こうすりゃいいんだ!」
 泰造は光介と鍔迫り合いをしていた兵士の兜を金砕棒で思いっきり引っぱたいた。リーチの長い金砕棒は光介の肩越しでも余裕で敵に届く。兵士はその場に倒れ込んだ。兵士が完全に気を失っているのを確認し、陽一陽二が兵士を部屋に引きずり込み、そのままシュートから下に投げ落とした。
 シュートで塞いでしまったので外の様子は分からないが、下では賞金稼ぎたちが待ち受け、シュートから落ちてきた敵を次々と縛り上げ、そのままこちらの捕虜とするのだ。
「よし、とりあえず部屋の外に陣取るぞ!ここじゃやりにくい」
「おう!」
 涼と光介がかかっていた敵をそれぞれ薙ぎ倒した。立ち上がろうとする兵隊を賞金稼ぎ仲間の潤と健がたちまちのうちに縛り上げた。泰造に引けをとらない手際の良さである。縛り終わった順に兵隊は外に投げ捨てられていく。
「うわー、ずいぶんいるなぁ」
 踊り場に足を踏み出した泰造はバーゲンの開店待ちのような殺気だった行列に少しうんざりもした。

 その頃、下では賞金稼ぎ仲間が待ちかまえ、上から滑り落ちてくる兵隊を一人ずつ品定めしていた。
「おい、こいつは賞金がかかってるぞ」
「よし、そっちに入れておけ」
「こっちは見たことないからこっちだな」
 ゴミの分別のように賞金首とその他大勢をより分ける。さらに、その他大勢はごろつきと兵隊に分類されていく。
 そんな作業の横で一隊が自分たちの行動の確認をしていた。
 龍哉率いる牙龍団である。
 彼らは神王宮に捕らえられている膨大な数の捕虜の解放に当たることになっていた。
 泰造たちが空から伽耶救出のために神王宮に侵入すれば、兵士たちは上へと向かい、下の警備は甘くなる。その隙をついて下層に囚われている捕虜を救出しようと言うのだ。
「それじゃ、才蔵。よろしくな」
「ホントに行くンすか」
 前回見事な働きを見せた才蔵にまたしてもがんばってもらうことにしたのだ。と言っても、神王宮にはいるまでに見張りなどがいないかどうかを偵察させるだけではあるが。
 入り口や城門付近の兵士はすでに賞金稼ぎたちが不意打ちをかけて縛り上げている。城内に入ってしまえば龍哉たちも元々神王宮にいたごろつきも見分けがつくまい。
 才蔵はすぐに戻ってきた。
「誰もいませんね、行くなら今っす」
「よっしゃ、行くぜ野郎ども!」
 鬨の声と共に牙龍団は神王宮に突っ込んでいった。
 エントランスを抜け、回廊と中庭を突っ切る。そして本館に忍び込んだ。
「いやぁ、すごいなぁ」
「こんな所に住みたいもんだ」
「掃除が大変そうだから俺はパス」
「バカか。こんな所に住めるなら掃除は人任せに決まってるだろ」
「それもそうだ」
 馬鹿なお喋りをしながら神王宮の廊下を歩いていく。
「よし、まずはここの部屋の人質から逃がすぞ。お前と、お前はそっちとそっちで誰か来ないか見張ってろ」
「うっす」
 あたりに誰もいないことを確認し、ドアの前のつっかえ棒をどかし中を覗き込む。中には神王宮の正規の警備兵たちがしょぼくれていた。
「なんだよ、かわい子ちゃんはいないのか。まぁいいや。お前ら、とっとと出ろ。見つかるなよ」
 逃げられると分かった警備兵は入り口に殺到した。
「お前ら、落ち着け!バレるだろうが!」
 龍哉の制止でどうにか落ち着いた警備兵たちは神王宮から一列になって逃げ出していく。
「まず一つ、か。よし、ガンガン行くぜー!」
「おおー……」
 思わず大きな声を出しそうになり、一同慌てて口を噤んだ。

 社サイドは社や悪徳役人たちを筆頭に、その役人についてきている正規の兵隊、あとは社の雇ったごろつき、傭兵と言った構成になっている。
 クーデターに荷担させられていることなど露知らず、ただ役人の護衛としてくっついてきた正規の兵隊にしてみれば、いかにも胡散臭いこのごろつきどもはなんなんだ、という感じなのだが、社によれば彼らはいわゆる民兵、正規の軍隊を持つことを嫌った伽耶が民間より集めた義勇兵だと言うことになっているのだ。一応、社の言う通り普段の神王宮を警備しているのは民間の警備会社の他、自警団なども交代で出ているので社の言っていることはまるででたらめと言うこともない。そう言ったここの警備事情を知るものもいたおかげで話に信憑性も出たようだ。
 先だっての神王宮占領は全てそのごろつきや傭兵に任せ、制圧後のこのこと現れた悪徳役人たちにくっついてきた正規兵はここであったことさえ知らない。
 神王宮の上層に陣取っていた悪徳役人たちの護衛である正規兵たちは塔のてっぺんでの騒ぎにいち早く駆けつけた。そして、社の檄に素直に応じ伽耶の身を本気で案じて突っ込んでいったのだ。
「ええい、まだ賊をとらえられんのか。もうだいぶ多くの兵が部屋に踏み込んでいるだろう!伽耶様は、伽耶様はご無事か」
 社は焦れて大きな声を上げた。
「それが……兵の多くは部屋の中で待ち受けている奴らの仲間に捕らえられ、そのまま窓から捨てられているのです」
 報告した兵士は、シュートがあることはとりあえず面倒なので割愛した。その報告を聞き愕然とする社。
「な、なんと血も涙もない連中か!そのような輩に伽耶様を渡すことはできん!伽耶様は無事か!?」
「伽耶様の姿はどこにも見えません!」
「な、なんだとおぉ!まさかもうすでに伽耶様も窓から……おのれ、奴らは国賊だ!何がなんでも捕らえよ!生死は問わん!」
 残りわずかな正規兵は、勘違いの使命感と正義感から激昂し、凄まじい勢いで攻め上がっていく。
「ちょっと予定と違うだろ、これ」
 上で応戦していた泰造たちにとってもこの攻勢は予想外であった。
「神王宮の中にいた戦力が全部ここに来てるよな……」
「おい、泰造!どういうことだ!」
 潤と健は泰造に詰め寄らんばかりの勢いで問いつめた。もちろん詰め寄っている暇など無い。
「知るか!」
 泰造も階段の上で兵士たちを押しとどめるのに四苦八苦している。
 下の方でそろそろ人質が逃げ始めていることに気付いた敵が騒ぎ出し、そちらの方にだいぶ人が流れ始める。その隙をついてまだ塔に昇ってくる何人かの敵を蹴散らしたあとはすぐにシュートを使って脱出する予定だった。
 だが、捕らえた者に褒美は惜しまぬという社の言葉を聞きつけたごろつきも我先にと階段を駆け上ってきたのだ。
 元々忠誠心も何もない無責任なごろつきだ。任務の全うよりも褒美の方が優先され、見事に下の階層はもぬけの殻になっていた。
 そのころ、下の方で人質を逃がしている龍哉たちも、そしてそれを手伝いつつ敵がいたら捕らえる手はずになっていた賞金稼ぎたちも、あまりの静けさに首をかしげるばかりだ。
「おっかしーな。敵が全然いねぇ」
 当然だ。その分、全部泰造たちの方に向かっているのだから。
「人質は全部逃がしたみたいっす」
「そうか。どうする?引き上げる?」
 龍哉の提案に一同悩む。
「もちっと上の方も様子見ません?」
「うーん。よし、才蔵。頼む」
「また俺っすか」
「他に誰に任せられるってんだ」
 渋々上の階に様子を伺いに行く才蔵。
 三階は悪徳役人たちについてきた護衛兵たちが大部屋を使って宿泊している。そのため、ここももぬけの殻だ。四階も似たようなものだが、この階にある大広間には悪徳役人たちが集まっていた。部屋の前に潜み、様子を伺う。
「まだ賊は退治できんのかのう」
「社殿に何もなければよいですがねぇ」
 ぼそぼそと話す役人たちには護衛の兵士がついているが数は少ない。
 とりあえず、ここで引き返し報告することにした。
「何、偉そうなのが集まってるのか」
「しかも結構警備甘いですぜ。その気になれば全部とっつかまえられるんじゃないすか」
「よーし、思い切ってあいつら誘ってやってみっか」
 あいつら、つまり敵がいなくて物足りなそうな賞金稼ぎにこの話を持ちかけると大変乗り気である。
 早速、彼らを引き連れて大広間へと向かう。
 そっと覗き込み様子を伺う賞金稼ぎたちだったが。
「お、あそこにいるのは行方をくらましてた公金横領容疑者の義彦じゃねぇか」
「武器商人のバックボーンだった富豪もいるぞ」
「こいつらだけでもすごい賞金だ!」
「抜け駆けする気か!そうはさせねぇ!」
 賞金稼ぎたちは猛然と踏み込んでいった。護衛兵たちを不意打ちと数で圧倒しあっという間に叩き伏せ、賞金のかかった連中だけをとっとと連れ出していった。
 そして、賞金がかかってなかったおかげで見逃された悪徳役人は社のいるだろう塔の方へと大慌てで駆け込んで行った。
「や、社どの!下の方から賞金稼ぎの一団が来てみんな連れて行かれてしまいましたぞ!」
 社の姿を見つけた悪徳役人は騒ぎに巻き込まれないよう遠巻きに、大声で伝えた。
「な、なんだと!」
 それを聞いて驚いたのは社よりもむしろ周りの正規兵たちであった。自分の主の危機を救うべく、一斉に階段を駆け下り始めた。入れ替わり、下の方で待ちかまえていたごろつきたちが一斉に階段を駆け上る。
 しかし、まとまりのないごろつきなど、束になってかかって来たところでどうということはなかった。束になっているようでも所詮はほどけた束なのだ。
「くっ、旗色が悪いか」
 社は歯噛みした。
「社殿。多少あなたの部下を巻き込みますが、いいですかね」
 社の横で様子を見ていた、先ほど考創社との関わりを匂わせていた青年が何か筒のような物を構えながら社に問うた。
「何をする気かね?」
 不安げに社が問う。
「なぁに、死人は出ませんよ。ちょっと催眠性のガスを吸わせるだけですから。このガスは高いところに昇りますから、下がっててください」
 社と、この声が聞こえる範囲にいたごろつきが慌てて逃げ始めた。
 元々やる気のあるごろつき以外はちらほら逃げ始めていたところだが、それでも下の方が一気に逃げ始めたことに、泰造が何となく不信感を抱き、目を向けた。
 階段の下の方で何やら怪しい動きをしている男がいることに気がつく。砲弾を撃ち込む気だ、と理解した。銃砲の類は高天原ではまだほとんど普及していない。ごく一部の密猟者が使うばかりで、戦争でもまだ安定性の悪さから使われてはいない。中ツ国での知識を持つ泰造でなければ気付かなかっただろう。
 ボン、と言う鈍い音と共に弾が発射された。放物線を描いて飛んでくる弾は手で投げたのと大して変わらないスピードだ。
「なめんな!」
 泰造は少し短めに金砕棒を構えると、横様に振りかぶった。中ツ国ではよくやっていた野球のバッティングフォームだ。
 高天原の体でやるのは初めての上、バットでもないので真っ芯は捕らえられず、かなりへろへろの、野球ならさしずめゴロ玉だったが、打ち返せれば上等である。
 虚をつかれたのは撃った方である。ほぼ狙い通りの軌跡を飛んでいた弾が弾き返されてきたのだから。
 弾はからんからんと音を立て、煙を振りまきながら階段をどんどん落ちていく。
「い、いかん」
 男は慌てて階段を駆け下りる。その後、ボン、という音と共に砲弾から煙が吹き出し、階段の下の方から上ってきた。
「おい、なんかヤバそうだぞ!こりゃとっとと逃げた方がいい!あの煙は吸うな!」
 泰造は叫ぶ。
「逃げるったってどうやって」
「あれを使えばいい!」
 泰造は窓に引っかけてある脱出シュートを指さした。
「俺が食い止める、順番に逃げろ!」
 投げ落とす役に回っていた光介と陽一陽二がこの順番で脱出する。
「急げ!」
 泰造と一緒に食い止めていた涼、潤、健もそれに続く。
 そのガスを吸ったためか、追いかけてくる者は少ない。泰造の目の前で力尽きて倒れる者もいる。
 窓に手をかけた泰造は、しつこく飛びかかってきたごろつきを蹴り飛ばす。敵はひっくり返ったが、自分も立ちこめてきた煙を思い切り吸い込んでしまう。そのまま咳き込みながらシュートに身を踊らせた。その最中、だんだん意識が遠のいていくのを感じた。

 最初にシュートで降りた光介はその先で待ち受けていた賞金稼ぎ達にあわや縛られるところだった。
「おいおい、どうなってるんだよ。なんでこんなに敵が出てきたんだ」
 颯太は真っ先に尋ねた。その颯太の後ろでは先ほどまでにシュートから投げ落とされた連中が後ろ手に縛られてずらりと並んでいた。
 後ろがつっかえているのでとりあえず場所を空けてから光介は颯太の問いに答えた。
「こっちもよくは分からないんだが、どうも連中はあの塔に集中したらしい」
「なるほど。下の方は見張りも巡回もいなくて拍子抜けしたそうだ」
 塔から脱出してきたメンバーがシュートから続々と這いだしてくる。最後の泰造だけ、シュートから足だけ出た状態のまま出てこない。
「泰造、どうしたんですか?」
 圭麻が声をかけても泰造が反応しないので、一緒に塔で作戦に加わった仲間達を見渡した。
「脱出間際に変な煙が出てたけど、あれが毒ガスだったみたいだ」
 泰造の知人という賞金稼ぎが言う。毒ガスと聞いて圭麻は不安になるが、耳を澄ますまでもなく泰造はイビキをかいている。
「催眠ガスみたいですね。この世界じゃそんなものが使われたなんて事はあまり聞きませんが」
 圭麻は少し考えたが、今はそれよりも優先すべき事があることを思い出す。
「もう上には誰もいませんね?」
 お互いの存在を確認しあい、全員揃っていることを認めると、圭麻はシュートの上の口から垂れ下がっているロープを引っ張った。シュートが外れ、どさりと音を立てて落ちてくる。これで追っ手が来る心配はない。もっとも上の方ではまだ催眠ガスが充満しているはずだ。追っ手がいたとしても力尽きて眠り込んでしまうだろう。
「ちゃんと回収しないともったいないですからね」
 圭麻の本音はこっちだったようだが。
「よし、正面から敵が出てくる前に引き上げよう」
 正面の扉は、人質の救出に当たったチームが脱出した時点で封鎖されている。外側からの封鎖なので、つなぎ合わせた板を扉の前に置き、その前に土嚢を積み上げるという大味な封鎖だが、時間稼ぎには十分だった。圭麻はさらに内堀に架かった跳ね橋をあげて城内からの追っ手を阻む。
 機転の利く者が先導したのか、裏門から庭に出てきた追っ手が迫ってきた。悪徳役人達に連れられてきた正規兵のようだ。大方捕まった役人を助けようと追いかけてきたのだろう。迫り来る追っ手など素知らぬ顔で、圭麻の操る銀蛉号は余裕綽々と堀を越えた。
 堀の向こう側では追っ手が困り果てている。跳ね橋を上げ下げする機械は、悪戯などを防ぐため、部外者にはとても動かせないくらいややこしくなっている。
 何人かは堀を渡ろうと身を躍らせる者もいたが、泳いで渡れるような堀では役に立たない。誰かの手を借りなければ上がることも出来ないだろう。向こう側で助ける者がいなければ、後々こちらから縄を落として助けつつ、捕らえることも出来る。結果から言えば、さすが正規兵だけあって仲間を見捨てはしなかったのだが。
 まだ眠ったままの泰造を乗せ、圭麻の銀蛉号は入ってきた時と同じ、神王宮を覆うドームに開いた穴から飛び出す。
 眼下の正門からは作戦に加わった者たちが捕らえた者たちや救出した人質を従え続々と出てくるのが見えた。
 多くのクーデター参加者を捕らえた上、全ての人質を救出し、作戦は予想以上の成果を上げ成功に終わったのだ。

 吸った催眠ガスの量がたいしたことなかったこともあり、泰造はすぐに目をさました。
「ん?どこだここ」
 青空の下で目覚めた泰造は寝ぼけたまま辺りを見回す。周りでは先ほど捕らえたクーデター参加者の処理に追われているようだ。
「起きたか」
 横から颯太が声をかけてきた。泰造は上体を起こし振り返る。
「大イビキで寝てたな。どうやら敵が催眠ガスを使ったらしい。これが致死性の毒ガスじゃなくてよかったな」
「ああ、あの煙は……そうだったのか」
 催眠ガスの影響か、まだぼんやりしながらも泰造は立ち上がろうとするも足元がふらついている。
「作戦は大成功だ」
 颯太の声に泰造は反応はしない。
 しかし、だんだん意識がはっきりとしてきた泰造は、肝心なことを思い出す。
「那智は?鳴女さんのことについて何か言ってたか?」
「那智は助け出されるなり『飯食って風呂入って寝る』と言ってそれきりだ。食事も与えられず風呂にも入れず、不安で眠れぬ夜を過ごしたんだ。仕方ないな。今頃風呂に浸かりながら寝てそうだ」
「なんだよ、倦怠期の亭主みたいな事言いやがって。ま、急いでもしょーがねーか。……それじゃ、圭麻は?」
「圭麻なら公会堂だ。今回の作戦がうまいこと行ったからこのまま神王宮を奪還できないか考えてるみたいだな」
「そうか。ちょっと用があるんだ」
 泰造はふらつきながらも公会堂に向かっていった。

 歩いているうちに調子も戻ってきた。公会堂に着く頃には普通に歩けるようになっていた。
 圭麻は机の上に図面を広げ考え込んでいる。泰造が入ってきたことに気付くと顔を上げた。
「おや、泰造。もう大丈夫なんですか?」
「ああ。それより今大丈夫か?忙しいなら後にするけど」
「大丈夫ですよ。もう粗方固まったところですから」
 泰造が机の上にある図面を覗き込むと、それは神王宮の見取り図だった。
「あのさ。さっきの作戦の時に社と一緒にいたヤツで俺にガス弾をぶっ放した野郎なんだけどさ。……あいつ、多分この間考創社に探してくれって言われた野郎だぞ」
 圭麻は顔を上げた。
「本当ですか?」
「嘘ついてどうするんだよ。はっきり見たわけじゃねーけど、間違いねーと思う。俺は手配書の顔だけは絶対に忘れねーからな」
「その男が社と組んだ……と。面倒なことになりそうですね。神王宮には機密の文書も多いですし」
 圭麻も一瞬難しい顔をしたが。
「ま、うまく行けば今日中にも捕まえられるでしょう」
 すぐに余裕の笑みを浮かべた。
 これから何をする気なのか。それはまだ圭麻の胸の内のみにある。

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