地平線伝説の終焉

三幕・一話 翻った反旗

 常々、神王宮の中が慌ただしくなってきているとは言われてきたが、ここしばらくは特にそれが著しい。
 領地ではあったがほとんど自治に任せていた遠方の地にもようやく月読の政権が倒れたという知らせが届き、これ幸いと悪徳役人の告発や陳情が届けられるようになってきたのだ。
 それだけではない。先日、社がそういった陳情書などを握りつぶしていることが発覚した。
 伽耶は前々から社は油断ならないと思い、目を光らせていた。そんな中での今回の出来事だ。
 もちろん、伽耶とて黙っているわけにはいかない。社は追放されることになった。
 今まで社が握りつぶしてきた分の陳情やこなしていた仕事も全て伽耶に回ってくることになった。今まででもかなりの忙しさだったのに、これでは伽耶一人の手に負えるものではない。
 那智は颯太に頼み込んで当分手伝ってもらうことにした。泰造もそういった陳情の処理や告発された役人を捕まえるために各地を回ることになった。皆、目の回るような忙しさだった。
 そんな中、圭麻が特別に開発した『ラピッド・シューティング・スター』号はまさに救世主とも言えた。
 ソーラーパネルとモーターを利用した試作機としては第一号の『ラピッド・シューティング・スター』号はその名前に相応しく流星の如き速さで大地を駆けた。各地を回らなければならない泰造の足として大活躍するはずだった。
 ただ、一つだけ欠点があった。それは、この忙しさに対応するために大急ぎで作られたため、耐久性に問題があったのだ。開発されて二週間ほどで、そのスピードに耐えきれずに空中分解してしまった。流星のごとく散るという、名前通りの運命をたどったのだ。

「泰造、できましたよ。『ラピッド・シューティング・スター・改』号です」
 泰造の元に圭麻が訪れたのはその空中分解から二日後のことだった。
「できましたって言うけどなぁ。またバラバラになっちまうんじゃねーのか?」
 縁起の悪い名前だと泰造は感じた。
「その心配はありません。今回は開発期間も長めでしたからしっかりした造りになってます。前回みたいなことにはなりませんよ」
 それを聞いて少し安心する泰造。だが、ふと気になる。
「開発期間も長めって言うけど、二日じゃ前より短いんじゃないのか?」
「いえ、十日くらい前から組み立て始めてますから。構造は前回を引き継いでますし、時間はたっぷりありました」
「そうなのか。……でもなんで一台あるのに同じのをもう一台作ってたんだ?」
「……言わなきゃなりませんか?」
「……言ってみろ」
 何かを感じ取り圭麻に詰め寄る泰造。ますます言いにくそうにする圭麻を不審に思い、泰造はさらに詰め寄る。
「わ。じ、実はあまり長く保たないのは予測済みだったんですよ。だから早めに頑丈なのに乗り換えてもらおうと思って準備してたんです」
「てめー、それじゃバラバラになるの分かって俺に乗れって言ってたのかー!」
「わわわ。違うっ、違うってば。まさかこんなに早く壊れるとは思ってなかったんだぁっ」
「結局は同じだろうがっ」
 襟首を捕まれ激しく揺さぶられる圭麻。
「うわあ。オレは空中分解したくないっ」
 どうにか解放してもらった圭麻は、『ラピッド・シューティング・スター・改』号について一言添えた。
「これは『ラピッド・シューティング・スター』号に比べて耐久度は格段に上がってます。でも構造は同じですからいつかは同じ運命をたどるでしょう」
「俺、乗らねー」
 ビビる泰造だが。
「いえ、こまめに点検して修理すれば大丈夫です。前回の様子を見ると十日に一度修理を行えば安心できるでしょう。それ以前でも、気になる所があったら早めに言ってください」
 まだ少し不安そうな顔をしながらも、泰造は『ラピッド・シューティング・スター・改』号に乗り込んだ。

 神王宮の方は相も変わらず忙しかった。伽耶も颯太も目の疲れに瞼を押さえながらも山のような書類と向き合っている。
 文字の読めない那智はそれを手伝ってやれない。文字の勉強をしなかったことをこれほどまでに悔やんだことはなかった。
 その代わり、那智には新しい役目が与えられることになった。
「那智、お願い。天珠宮に行って叔母様のお手伝いをしてほしいの」
 忙しさで身動きがすっかりとれなくなった伽耶は、こちらの仕事に専念するために那智に天珠宮の天照の元に行って欲しいというのだ。
「えーっ。あの長い階段を登るんだろー?」
 ちょっといやな顔をする那智だが。
「いいえ、この神王宮には天珠宮に通じる扉があるの。普段はその扉から天珠宮へ行けるのよ。あの時は天珠宮が地上から切り離されいてこの扉も使えなかったから、あの長い階段でしか天珠宮に行けなかったんだけど」
「そうなのか。でも、俺は鳴女さんみたいにいろいろなこと知らないぞ。それでも大丈夫なのかな」
「ええ、よほどのことが起こらなければ。何かあったら下りてきてあたしに言ってくださいね」
 伽耶はその扉の前まで那智を案内した。
「これ、確か開かずの間じゃ……」
 那智も女官として仕えていたこともあるだけに、神王宮のことなら多少は知っている。そして、那智が案内された扉は、呪われた開かずの間として噂されていた部屋なのだ。
「……お父様が叔母様を天珠宮に閉じこめておくためにこの扉を閉め切っていたらしいのです」
 少し辛そうな顔をしながら伽耶が言う。那智は月読の悪口も言ってやりたい気分になったが、相手が伽耶の父親なのでぐっと堪えた。ぽりぽりと頭をかき、顔を上げて力強く足を踏み出した。
「……じゃ、行ってくるか」
 那智は開かずの間の扉を開いた。部屋の中とは思えない目映い光が溢れている。この向こうはすでに地上ではないのだ。
 その目映い光の元に向けて、一本の階段が延びていた。
「……階段じゃん」
「ええ、まぁ、少しくらいは……ね?」
 苦笑いを浮かべる伽耶。
 半ばやけくそになりながら那智は階段を登り始めた。

 リューシャーは日々成長を続けている。
 政権が伽耶に移ってから、月読を恐れて遠くに住んでいた人々もリューシャーに移り住んでくるのだ。
 砂漠を転々としていた人々も、多くがリューシャーに流れ込んできている。その役所に届けられる転入届の数も相当なものだ。
 颯太は各地区の役所にそんな転入届の束を受け取りにも回っている。もちろん、他にも用はたくさんある。
 そんな中、颯太は見覚えのある顔を見つけた。
「おや、君たちは」
 相手も颯太に気付いた。
「あっ。あの時の神官様。その節はお世話になりました」
 深々と頭を下げたのは隆臣の子分だった龍哉たちだ。盗賊だったころと外見はほとんど変わっていないが、ちゃんと真人間に更正したらしい。
「どうしてここに?故郷に帰るんじゃなかったのか?」
「ええ、一度は帰ったんですが、やっぱり田舎は退屈で。出稼ぎついでにちょっと遊んでいこうかなー、と」
 さすがに真面目人間にまではならなかったようだ。それでも堅気にはなったようで、颯太も一安心する。
 今日は転入居住の手続きに来たそうだ。宿無しでは仕事が限られる。
 隆臣についての積もる話もなくはないのだが、そんな暇はないので颯太は龍哉たち一行と別れた。
 颯太は自分の仕事を一段落させた。次の所も回らなければならない。
 そんなとき、手続きを終え、役所を出て行こうとした龍哉たちが大声を上げた。ほとんど悲鳴のような声だ。その声にかぶるように聞き慣れた声がする。
「ああっ、てめーらはっ!ここであったが百年目……って待てえぇぇ」
 ドップラー現象を起こしながら遠ざかっていくのは泰造の声だ。
 颯太が役所を出ると、通りの向こうから肩で息をしながら泰造がとぼとぼと歩いてくるのが見えた。
「おーい、泰造」
 声を掛けると泰造も颯太に気付いた。
「くっそー、今ここでちょっと前に追いかけてた賞金首とでっくわしてな……。いや、政権も変わったし、多分賞金も掛けられてないんだろうが癖で追いかけちまった」
「いや、あいつらはそれ以前から賞金かかってないぞ」
「なんだ、颯太。知ってるのか?」
「ああ、あいつらの賞金を撤回するように役人に頼んだのは俺達だし」
「なんだ、そうなのか」
 二人ともここでいつまでも立ち話をできるほど暇でもない。泰造は手を振り、颯太と別れた。
 が。
「うわっ、まだいる」
 龍哉たちは戻ってきた。泰造の姿を見て逃げ出した。それを見た泰造は、また血がたぎってしまったのだ。と言うよりは逃げるものを見ると追いたくなる、猫の本能と似たものなのだろうか。
「待ちやがれえぇぇぇ!」
「だからあいつらはもう……災難だな、あいつらも」
 颯太はため息を漏らした。

 階段は思ったよりは長くなかった。
 那智は程なく天上界へと辿り着いた。階段はそのまま石畳の道に繋がっていて、その両脇にはまるで湖のように雲海が広がっている。そして、その雲海には無数の蓮の花が咲き乱れていた。あの時見たままの、そしてあの時よりも穏やかで神秘的な世界だった。
 石畳の上を歩いていくと巨大な門が見えた。那智たち四人の天神が勾玉を使い開いたあの門。今はその門は開かれたままになっている。
 四つの門を、一つずつくぐるたびに足下の雲海の輝きが強くなっていく。
 最後の門を抜けると、目を開けるのもやっとと言うほどの眩しさだった。それでも目を開き、前を見据えると目映い光に包まれた朧な影が見えた。天珠宮だ。
 広大な天上界にはあまりにもこぢんまりとした建物だった。恐る恐る近づくと、その姿がはっきりとしてきた。半球状のドームだ。そして、その中に人影が見えた。天照だ。那智は緊張した。
 その那智の緊張をほぐそうとするかのような優しく穏やかな声で天照が語りかけてきた。
「あなたが、那智ですね。伽耶から話は聞いています。さあ、どうぞお入りなさい」
 おずおずと入っていく那智。
「は、初めまして」
 天照を前に、那智はまだ硬い表情で深々と一礼した。天照はそんな那智に微笑みかけた。
「ささ、かけてかけて。自分の家だと思っていいのよ。もう、伽耶ったら忙しいって言ってあんまり来てくれないものだからわたくしもう退屈で退屈で退屈で退屈で……。下界を見下ろしているのもいいけど、やっぱり誰か話し相手が欲しいのよねー。あ、今お茶入れるからお待ちになって」
 意表をついたあまりにも普通の振る舞いに那智は少し拍子抜けするのだった。

 天珠宮での仕事は実質、天照の話し相手だった。確かにこれなら那智でも務まる。
「うわー、すっげー。俺達の住んでる世界ってこんな形してたんだなーっ」
 那智もたちどころに馴染んだ。すでにタメ口である。
「こうするとズームもできるのよ。ほら」
 水鏡に映し出された下界の姿がだんだんと大きくなっていく。
「うわ、すっげー。のぞき見とかもできそうじゃん」
「だめよ、そんなことしちゃ。わたくしだってたまにしか……あ」
「たまにのぞき見してるんじゃん」
「やだー、ばれた?んもー、やんなっちゃう」
 天照はバシンと那智の背中を叩いた。
 那智も何となく付き合いやすいのは、天照の性格が伽耶に近いからと言うのもある。
「わたくしはね、下界の人間が良からぬことをしていないかどうか、目を光らせているの。これもわたくしの大切な仕事なのよ」
「よからぬことって?」
「そりゃ、……ねぇ。あんなことやそんなことや」
「マジかよ」
「やーん、冗談に決まってるじゃない。信じるなんて那智ったらぁ」
 むしろ伽耶より脳天気な気がする。さすがは明るい太陽を司るだけあって、性格まで明るいといった所なのか。これで下界に戻ったら伽耶の相手もすると思うと、何となくもう疲れてしまう。
「それにしても、やっぱり血が繋がってるんだなー。伽耶と天照様ってそっくりだもん」
 何気なく、那智は思ったことを口にした。天照がその言葉に顔を曇らせたのを那智は知らない。
「あっ、そういえば」
 那智はぽんと手を叩いた。天照は不思議そうな顔をする。
「なんで忘れてたんだ、俺ってば。あのさ、一つ聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
「伽耶から鳴女さんのこと、聞いてる?」
 今度は明らかに顔を曇らせる天照。
「あの子からは詳しい話は……。鳴女を助けてくださったんですね。ありがとうございます」
 深々とお辞儀する天照。
「いや、俺よりも泰造に言ってやって欲しいな、その言葉。……それより、鳴女さんが何も憶えてねーんだ。もしかしたら天照様なら何か知ってるかも知れないと思ったんだけど」
 複雑な顔をして黙り込む天照。しばしの沈黙の後、意を決したように那智を見据えた。その様子に那智も思わず顔を引き締めた。
「あの子の記憶を消したのは、わたくしなのです」
 天照の口から出た言葉に那智は驚く。
「ええっ!?な、なんで!?」
「わたくしには分かっていました。地上に落ちたあの子がいつか助けられ、目を覚ますと。その時、あの子が嫌なことを思い出してしまわないように、何も思い出せないようにしたのです」
「嫌なことって?」
「それは、わたくしの口からは……」
「なぁ、その嫌なことだけ忘れたまま、記憶を戻してやることってできないの?」
 那智の言葉に天照は首を横に振った。
「できれば、わたくしもそうしてあげたいのですが、それはできないのです。全てを思い出させるか、全てを忘れたままか、どちらかしか」
「……その思い出しちゃいけない嫌なことってのはそんなに嫌なことなのか?……泰造は鳴女さんの意識を取り戻すために死ぬ気でがんばったんだ。それなのに、なにも憶えてねーなんてあんまりだよ」
 目を潤ませながら天照にすがりつく那智。
「事情は分かります。わたくしも、見ていましたから……。もし、あの子が、全てを受け入れる覚悟があるのなら……。記憶は戻せます。でも……」
 天照の言葉はしばらく途切れる。辛そうな表情をし、天照は続けた。
「あの子は後悔のあまり自分の命さえ投げだそうとしたのです。そんな思いを、二度もさせたくはありません」
「!!」
 二人は黙り込んでしまった。重い沈黙を破ったのは天照だった。
「この事は、鳴女には言わないでください。何も知らずに記憶を戻すことを望むのだけは避けなければ……」
「……分かった。これはオレの胸の中にしまっとく」
「お願いします」
 天照は頭を下げた。
 少し気まずくなってしまったが、ちょうど良く日も暮れる時間だった。
 帰ろうとする那智を天照が引き留めた。
「どうせなら、ご飯くらいはご一緒にいかが?」
「えっ、いいんですか」
「ええ、どうぞ」
 案内された所には質素だが料理や果物などが並んでいた。
「うわ、ここって誰もいないのに。どこからこの料理が出てきたんだ!?」
 驚く那智だが。
「お供え物、ってやつよね。神殿に供えられた食べ物を食べてるってわけ」
 納得はした。しかし。
「こりゃ、料理する必要ないんだな……。鳴女さん、料理できないの忘れてるからだって言ってたけど、こりゃ素で料理できなくても困らないよな……」
 那智は鳴女が料理ができないのは素ではないかと疑い始めていた。

 五日ぶりに泰造がリューシャーに帰ってきた。ここしばらくでは結構長い方だ。
 というのも、陳述にあった役人が逃げてしまうことが時々あるのだが、今回は様子を見に行った役人のほとんどが行方をくらましていたのだ。
「ちっくしょー、俺が行くってのバレて隠れやがったのかな」
 泰造は悔しそうに言った。
「だとしたら、誰かが情報を流してるのかな。いずれにせよろくなことじゃない」
 颯太も険しい顔をした。
「いや、俺もだいぶあちこちで役人しょっ引いてきてるから同じ穴のムジナ同士、情報が流れてるのかも知れねー。ああいう連中は横の繋がりが案外しっかりしてるからな」
「そんなもんか。敵もやるもんだな。いざとなったら賞金掛けるようだぞ」
「そしたら俺が捕まえてやる」
「お前が捕まえられないから賞金掛けるんだろ」
「うおおお、それはならねぇ。賞金は俺のもんだ!」
 訳が分からなくなってきたので颯太は一息つく。
「なぁ、これから鳴女さんの所に行くのか?」
 颯太がふと言い出した。
「ああ、もちろん」
「悪いけど一緒に乗せてくれよ。ついでに、俺も鳴女さんの所に行っていいか?また記憶の戻らない理由を突き止めてみようと思う。分からないままじゃすっきりしないからな」
「おう。それじゃこの新品ポンコツに乗れよ」
 新品ポンコツとは『ラピッド・シューティング・スター・改』号のことである。まだポンコツではないのだが。
 町の外では気持ちいいほどのスピードでぶっちぎれる『ラピッド・シューティング・スター・改』号だが、町中でそんなにかっ飛ばすわけにはいかない。のんびりとアパートまで向かう。
 颯太は先に帰ってきていた藍に一言言って泰造と一緒に鳴女の部屋に入っていった。
 藍と一緒に帰ってきたのだろう真苗が夕食の準備をしていた。
「あ。泰造さん、帰ってたんですね。大変、お料理の量増やさなきゃ」
 その真苗の横には鳴女が立っている。真苗の手伝いをしているのか、それとも自分も料理を憶えようとしているのか。
 とととととと、と小さな足音が泰造の方に向かってきた。ホープが全速力で泰造目掛けて走ってきたのだ。泰造の足下で小さな羽をぱたつかせながら必死に駆け回っている。その様子を見て真苗も鳴女も頬をゆるませた。
 泰造が手を伸ばすと飛び乗ってきた。
「ずいぶん懐かれてるな」
 颯太の言葉に泰造は照れ笑いを浮かべる。
「何てったって生まれて一番最初に見た相手だからな。すりごまだかすりこぎってやつで親だと思われてるんだ」
「刷り込み、な」
 鳥団子でも作り出しかねない泰造の間違いに鋭い指摘を入れる颯太。
 ホープは泰造の頭の上に飛び乗っている。泰造の頭の具合が巣に似ているのか、ここが落ち着くらしくお気に入りの場所なのだ。
「その様子だと邪魔しない方がいいかな。俺はまたあとで来るよ。飯が終わったら呼んでくれ」
 颯太はそう言い残し、部屋を出て行った。

 その頃、那智は天珠宮にいた。
 また天照の話し相手をしていたのだが、今日は少し深刻な話になっていた。
 追放されていた社が不穏な動きを見せていたのだ。
 泰造が探しに行って逃げられていた役人など、月読に恩恵を受けていた人間を集め、何やら企てていたのだ。
 砂漠のはずれの町シーカーの北の小さな集落跡を占拠し、いろいろなものを運び入れている。中には物騒なものも見当たった。
「あいつら、何をする気だろう」
「分かりませんが……良くないことに決まってます。あの社って人、兄の遺志を受け継いでいるんですわ」
「だろうな、社の野郎は月読の腹心っぽかったからな。まさか自分たちの王国でも作ろうとしてるんじゃねーだろうな」
「……それにしてもこの物々しさは……。まさか、反乱でも起こすつもりでは……」
「んだとぉ!?」
「伽耶に危険が及ばなければいいのですが……。那智、伽耶をお願いできますか。社たちが動き出す前に神王宮から連れ出してください」
 那智は力強く頷いた。

「それは……できません」
 伽耶は首を横に振る。
「なんでだよっ!」
 那智は声を荒げた。
「社の奴が何をするかわかんねーんだぞ!?」
「でも、月読の娘であるわたしに危害は加えられないはずです」
「分かるかよ、そんなこと!」
「でも、仕事を投げ出してどこかへ行くなんてできません。まだ社たちが何かをすると決まったわけではないのですから」
「ああもう、強情だなっ!」
 しびれを切らして那智は伽耶の執政室を飛び出した。向かうは天珠宮。
「ちくしょー、こう階段を何度も昇ったり降りたりしてたら脚が筋肉質になっちまう、プロポーションが台無しだっ!」
 そう言いながらもまた長い階段を駆け上っていくのだった。

 天珠宮に一人駆け込んできた那智を見て天照は不安そうに問う。
「那智っ、伽耶は、伽耶は逃げたのですか!?」
「だめだ、俺の言うことをきかねーんだよぉ」
「ああ、もう。なんてわがままな……。まったく誰に似たのかしら」
「月読に決まってる!」
「……社が……動き始めました。すでにウーファカッソォやヒューゴーから金で雇われた傭兵達がリューシャーの城下町に潜んでいます。社が到着するまでに、神王宮を包囲するでしょう……。もう、間に合いません」
「な、な、なんだってえぇぇ!?」
 那智は驚きのあまりに天照に掴みかかってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい」
「それよりも、早く二人で神王宮を逃げるのです!」

 颯太も食事を終えたころ、泰造が颯太の部屋の扉を叩いた。
「おう、今行く」
 くつろいでいた颯太が立ち上がろうとすると、藍が飛びついてきた。
「あたしも行くっ」
 藍を肩車したまま颯太は玄関に向かう。
 玄関を開けると、相変わらず頭にホープを乗せたままの泰造が立っていた。
「二人とも頭にチビを乗せてるってのはどんなもんかな」
 苦笑いを浮かべる颯太。
「チビじゃないもん」
 ふくれる藍。
「まぁ、懐かれたのが運の尽きってもんだ。お互い諦めようや。どっちも大きくなるまでの辛抱だろ」
 鳴女の部屋は鳴女一人だけだった。真苗はもう圭麻の所にでも向かったのだろう。
「まぁ、何遍やっても同じだろうと思うけど」
 泰造の言葉を聞き流しながら颯太は準備を進める。
 集中しようとする颯太だが、泰造の頭から下ろされてぴよぴよ喚いているホープの鳴き声とそのあとを追い回してちょろちょろする藍が気になって今ひとつ集中できない。
 藍はホープを捕まえておとなしくなった。ぴよぴようるさいのはさすがにどうしようもない。このくらいならまぁまぁ集中はできるだろう。
 水鏡には何かが揺らめいて映り始めた。やはりぴよぴよ声が気になっているのか像がはっきりと結ばれない。しかし、いつも真っ白なのに今日は違う。人影のようなものが写っている。
「悪いけど、ホープを黙らせることはできないのか?なんか今回は今までと違う結果が出そうなんだ」
 しびれを切らして颯太が泰造に言う。
「それくらい簡単だ」
 泰造は藍からホープを受け取ると頭に乗せた。ホープは途端に大人しくなった。
「……単純だな」
 感心するやら呆れるやら。とにかく、静かにはなった。
 再び心を静め集中する颯太。今度ははっきりとその姿が見えた。が、正体が分かり颯太は思わず大きな声を出した。
「な、那智っ!?」
 思わす泰造は颯太に掴みかかった。
「どういうことだ!?那智が鳴女さんの記憶が戻らない原因なのか!?」
「んな訳あるか。……しかし、何か知っているのかも知れないな」
「よし、行くぞ!」
 勢いよく立ち上がる泰造だが。
「行くって、神王宮にか!?こんな時間に入れてもらえるわけないだろ」
 颯太に諫められた。
「そ、それもそうか。よし、じゃあ明日だな」

 夜が明け、神王宮に向かう泰造と颯太だが、そこで二人は異様な光景を目にする。
 到底神王宮に関わりの無さそうなやくざものが神王宮を取り囲んでいたのだ。
「な、なんだあれ」
「暴動か!?」
 泰造一人で突っ込んで行くには数が多すぎる。武装もしているのでそれは余りにも無謀だ。
「ただのごろつきにしては妙にしっかりした武装をしているのがいるな。まるで軍隊だ……まさか他国の進攻じゃ……」
「他国ったって、どこにこんな軍隊を作れるような国があるってんだ」
「……だよな」
 物陰に隠れて様子を見ることしかできない二人。
 だが、そう長いこと隠れている必要はなかった。程なく、数台の空遊機が神王宮前の広場にやってきた。その中から降りてきた人影を見て、ようやくこの事態が何事なのかを二人は悟った。降りてきたのは社を始めとする悪徳役人たちだった。
「クーデターか!」
 颯太は忌々しげに吐き捨てた。
「クーデターだとぉ!?……どこかで聞いたことのある言葉だな」
 よく分かっていない泰造。
「政権の奪取を目的に武力を行使することだ……。社め、月読に甘い汁を吸わされていた役人たちをかき集めて軍隊を作りやがったんだ」
「何とかならねーのかよ!このままじゃ神王宮が占領されちまうぞ!」
「どうにもなるか、あんなの」
 まさに絶望的な状況だった。

 日が暮れると共に事は動き出していた。
 城下に潜伏していたごろつきが一斉に神王宮に突撃をかけたのだ。城内にいた者は一人残らず捕らえられ、監禁された。追って、社たちがかき集めた軍隊がリューシャーになだれ込み、警備隊の詰め所などを何箇所か落としながら神王宮を包囲した。
 神王宮はたちまちのうちに占拠された。予想外の急襲だ。無理もない。
 那智と伽耶の二人も捕らえられていた。
 伽耶が那智の説得にようやく応じた時にはすでに脱出口はあらかた塞がれていた。何しろ長年神王宮に仕えてきた社が首謀者だ。神王宮の構造は手に取るように分かっている。
 まさに、誰一人として逃れることはできなかったのだ。だからこそ、この事態は日が昇るまで外部に知られることはなかった。
 天珠宮への道も夜の訪れと共に自ずと閉ざされていた。もはや打つ手はなかった。抵抗さえもできぬまま、塔のてっぺんにある伽耶の寝室に閉じこめられてしまった。
「ごめんなさい、那智。私が言うことを聞いていればこんなことにならなかったのに」
 窓から差し込んでくる朝日に、伽耶が流した涙が輝いた。
「もうこうなったらどうしようもないだろ。こういう時は誰かが助けに来るって相場が決まってるんだ。それを気楽に待とうぜ」
 那智は諦めたように壁により掛かっている。
 夜は更けてゆく。どれほどの時間が流れただろうか。さすがにこの状況でも眠気は襲ってくる。伽耶は相変わらず窓から闇夜を見つめ続けている。那智はいつもの時間にまどろみ掛けた。その時、部屋に足音が近づいてきたかと思うと、部屋の扉が開かれた。那智と伽耶はそちらに目をやった。見慣れた顔がそこにあった。
「お久しぶりです、姫君」
 何食わぬ顔で社が言う。
「てめー、よくもこんな真似を!」
 那智が立ち上がり、社に詰め寄ろうと歩み寄った。が、それを阻むべく両脇の兵士が槍を突き出した。那智は動きを止めた。
「ご安心を、よほどのことがなければ手荒な真似はいたしません。……お話は聞いておりますよ。私がいなくなってからはご多忙のようですな。何でもお友達の手まで借りて政務にお望みになっておられるとか。……しかし、やはり不慣れな者たちでは思うようにはなりませんでしょう。ここは私たちにお任せください。各地より政治家を集めております。潤滑な執政をしてご覧に入れましょう」
「黙って聞いてりゃ勝手なことぬかしやがって!そんなことを伽耶が許すと思うのかよ!」
 那智の怒声を遮る社。
「確かに今はそんな権限はないでしょうな。元々月読様に仕えた身とはいえ、伽耶様は私のことを信頼なさってはおられないご様子。ですから、今後のお付き合いのことも考えまして、今日は伽耶様に私の息子を紹介しようと思いましてな。そろそろ、婿を迎えられても良い年頃ですから……ね」
 伽耶も那智も顔をしかめた。社の背後から若い男が姿を現した。そこそこ整った顔をしている。目の細い所は父親に似ている。
「こちらが私の息子の長貞です。今日はまだご挨拶に伺っただけですが、用意が調いましたら……。では、今日のところはこれで」
 一礼し、部屋をあとにする社。閉ざされた扉に那智は唾を吐きかけた。

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