賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第参話 瞳

 瞳に映るものは、実像だけではない。
 外から覗きこめば、心が映し出されている。


 マーケットに買い出しに行こうと思っている泰造だが、気がつくとまた沙希が後ろについてきていた。
「な、何だよ。なんでついてくるんだ?」
「だって、賭けの決着がついてないでしょ?」
 沙希はさもそれが当たり前であるかのような顔をしている。
「まさか、決着つくまで付きまとうつもりじゃねーだろうな……」
「もちろん。なんか、泰造といると面白いしねっ」
 楽しそうに沙希が言う。泰造はうんざりと言った顔である。
「何が面白いんだ?」
「だって……なんて言うか、今まで一人で旅してきたから。こうして誰かとおしゃべりしながら歩くなんてなかったもの」
「まぁ、俺もあまりそういうのはなかったな」
 思えば、賞金稼ぎの旅に出て七年間、ほとんど単独で行動してきた。賞金稼ぎならば当たり前のことだが。
 何人かで組んでいると、分け前などの問題が起こる。それを避けるために、というか、独り占めしたいがために、大概の賞金稼ぎは常に単独行動である。泰造もその点は同じだ。実力が今ひとつだった頃はチームに入ったりすることもあったが、近頃はほとんどそう言うこともない。
「まったく……。とっとと龍哉をとっ捕まえて賭けを終わらせねーとしばらく身動きとれそうにないな」
 ぼやく泰造。
「何よ、あたしに付きまとわれるのがそんなに嫌なの?忘れないでよ、先に声かけてきたのは泰造の方なんだから」
 沙希は口を尖らせる。
「う……」
 痛い所を突かれて言葉に詰まる泰造。そのせいで二人の会話が途絶える。
「でもさ、見直しちゃった。泰造ってさ、乱暴な気がするけど結構優しいところあるんだね」
 我慢できなくなったのか、沙希がまた喋りだした。
「ん?なんだそりゃ」
「ほら、さっきの蜂の巣。なんか泰造ってさ、ちょっと見には乱暴で実際そうだけどさ」
「おい」
 沙希の言葉に腹を立てる泰造。沙希は何もなかったように話を続ける。
「なんか、ちょっと意外だった。監獄蜂を攻撃しようとしている人たちにあんなに怒るなんて。なんか、似合わないな」
「どういう意味だよ」
 泰造は拗ねたような顔をしている。
「泰造ってさ、なんか、邪魔するやつは片っ端からたたき殺す、って感じがするんだけど」
「そういうやつは、俺が一番嫌いなタイプだ!」
 突然泰造が怒鳴った。
「ご、ごめん。言い過ぎた……かな」
 あまりの剣幕に慌てる沙希。
「でも、あたしもそういう人は嫌い。なんか、気があうね」
 泰造は顔をしかめたまま何も言わない。
 沙希も、気まずくなってしまったのか口を噤んだ。
 やがて、二人はマーケットにたどりついた。
 しばらく、無言のままマーケットをぶらぶらする二人。
「……泰造?」
 沙希が痺れを切らして話しかけてきた。
「買い物、しないの?」
 まだ怒ってるのかな。沙希はそう思いながら泰造の顔をのぞき込んだ。険しい顔をしている。怒っているのか。
「……ごめん。機嫌なおしてよ」
 謝るしかできない沙希。
「ん?なんのことだ」
「は?」
 泰造の言葉に驚く沙希。
「怒ってないの?」
「それどころじゃない」
「えっ?」
「あまり話しかけないでくれ。憶えたものを忘れちまう」
 訳が分からずただ黙って泰造の後について歩く沙希。
「さっきから、何やってるのよ」
 おずおずと沙希が訊く。
「値段憶えてるんだよ」
 どうやら一番安い店を探しているようだ。沙希は心配したことが馬鹿らしくなった。
「よし……」
 泰造は腹を決めたようだ。マーケットの出店の一つに向かう。
 だが、すぐには買わない。じーっと商品を見ている。
「いらっしゃい。うちのはどれも新鮮だよ!」
 店の親父が威勢よく言った。泰造は似合わず真剣な顔をして呟く。
「高いな」
「え?」
 困った顔をする店の親父。沙希は見かねて泰造に小声で言う。
「それなら、あっちにあるお店が少しだけ安いよ?」
「わかってるよ」
「え?」
 泰造の言葉にますます訳がわからなくなる沙希。
「あっちの店じゃぁ、一つ十六ルクだったなぁ。二ルクも安い」
「えーと……」
「新鮮だって言うけど、あっちの店とあまり変わらないよなぁ」
 泰造の言葉に店の親父の営業スマイルが強ばる。
「よ、よし、じゃあ、特別に一つ十五ルクで売ってやる」
「んー、もう一声!」
「うぐ。じゃ、じゃあ……。五つだ、五つ買ってくれたら全部で七十二ルクにしてやる!」
「よし、買った!」
 泰造の値切りようにあきれる沙希。
「やめてよー、恥ずかしいなぁ!」
「なんでだよ」
 いいながら、別の店に向かう泰造。沙希が言っていた、もっと安い店である。そして、さっき買ったものと同じものをじっと見る。
「いらっしゃい!」
 こっちの店の親父も威勢がいい。
「高いな」
 再び泰造が言った。
「で、でもこのマーケットじゃうちが一番安いですよ」
 店の親父は焦ったように言う。
「確かに、表示はそうだけどさ。あっちの店は五つで七十二ルクだったぞ」
「そ、そんなはずはないんだがなぁ……」
 疑わしげな目をする親父に、泰造はさっきの店の領収書を突きつけた。
「う、た、確かに……」
 確かな証拠を突きつけられて親父は表情をこわばらせた。
「見ろよ、これ。こんなに新鮮なやつを五つで七十二ルクで売ってくれるんだぜ?おたくも、もう少しサービスよくしないと競争に置いていかれるぞ」
 返す言葉もない親父に、とどめの一言を繰り出す泰造。
「これなんか、とても売り物にするような鮮度じゃないよなぁ……」
「わ、わかった。じゃぁ、それは一つ十四ルクで売ろう!」
 決死の形相で値引く親父。しかし泰造の表情は晴れない。
「んー、なんて言うかさ、もう一声ほしいよな……」
「そ、それは勘弁してくれ……」
 親父は口元が引きつっている。
「そうかぁ。じゃ、ここでは別にいいかなぁ……」
 一歩後ろに下がる泰造。それを見てあせる親父。マーケットは同じ商品を扱う店も多い。そのため、信用と評判が第一である。こんなことで評判に傷をつけるのは得策ではない。
「わ、分かった。じゃ、じゃあ……ええい、十三ルクだ!これ以上はまからんっ!」
 親父は半ばキレかかった様子で言った。
「おおっ、わかってるじゃーん!」
 と言いながら、泰造は籠を二つ手に取った。さっきの一番質の悪いものの籠と、並の質のものの籠。
「じゃ、十三ルクが八つで百四ルク……きりが悪いなぁ。思い切って百ルクにしない?」
 青ざめる親父。
「お、おい……、それはそんなに悪いやつじゃないだろ?頼むよ……」
 しかし、半分諦めているのかずいぶん弱気になっている。
「男なら、ここでまけないと!」
 泰造の言葉にガックリと頭を垂れる親父。
「ふっ、俺の負けだよ……。持っていくがいいさ……」
 虚脱した親父と百ルクを残し、泰造は意気揚々と去っていった。
「呆れた……」
 今度は口出しせずに、他人のフリをして傍観していた沙希が後ろからぼそぼそと呟いてきた。
 一番安いマーケットで十六ルクだった商品を、十三個で百七十二ルクで購入したのだ。十六ルクで十三個買えば二百八ルク。三十六ルクも安い。
「あれは仕入れ値が大体一つ八ルクくらいなんだな。だからあれであっちも損はしてないんだ」
 泰造は、沙希のジト目から逃れるように目をそらしながら言った。
「まぁ、安く買えたんだからいいけど。得した分くらいはくれるんだよね?」
 沙希がにやつきながら言った。
「俺が買ったんだぞ。欲しければ一つ十五ルクで売ってやるよ」
 泰造の言葉に沙希は眉をつり上げた。
「ああっ、なによそれ!どう考えても泰造が買った値段より高いじゃないの!」
「それでも、ただマーケットから買うよりやすいだろ?」
 確かに、一番安い店で十六ルクだったのだから、それを考えれば一ルク安い。
「いいじゃない、そんなにあるんだから!」
「お前にやるために買ったんじゃねーぞ!」
「あっ、ひどい!あたしだってお腹減ってるのに……」
 涙目になる沙希。
「げっ。お前、こんなことで泣くなよ……」
 泰造は慌ててなだめようとするが、沙希は下を向いてすすり泣きはじめた。
 見渡すと、周りからの非難を帯びた冷たい視線が泰造に向けられていた。
 焦る泰造。
「おいおい……。分かったよ、十ルクにしてやるから……。機嫌なおしてくれよ」
 気が動転している泰造は、ついかなり気前よく値段を下げてしまう。
 その言葉に沙希が満面に笑みを浮かべて顔を上げた。
「本当!?」
 変わりように面食らう泰造。
「やったー!それでいくつくれるの?」
「ちょ、ちょっと待て。今のうそ泣きか!?」
「細かいことは気にしない!」
「細かくないってば。なぁ、十二ルクにしないか?」
「男に二言はなーい!」
 沙希の言葉にガックリとうなだれる泰造。
「ふっ、やられちまったな……。沙希の方が上手か……」
 結局、泰造は十ルクで六つ沙希に売ったのだった。

「いっぱい買ったねっ!」
 三日分の食料を買い込んだ二人。
「でも、だんだん金がなくなってきたぞ。そろそろ稼がないとつらいな」
 ただでさえ、沙希のおかげで少し泰造は損をしている。せっかく苦労して値切ったにもかかわらず、だ。
「そうだね。龍哉もいいけどさ、あんな逃げ足ばかり速くて賞金の安い賞金首ばかり追い回してもしょうがないもんね」
 溜め息をついて考え込む泰造。
「この街で手配書が貼りだされていたのは、七号、一二号、十八号、二十二号、あと三十号か」
「お、憶えてるの?」
 泰造の記憶力に沙希は驚いた。
「当たり前だろ?俺はな、賞金の額も名前も、顔まで憶えてるぜ。しかも、今出ている手配書の全部の顔をだ。凄いだろ」
「ふーん。泰造ってこの世界長いんだもんね。あたしも頑張らなきゃ」
 手配書の写しを慌てて読み返す沙希。
「あんまりいいの、いないね」
「まぁ、その分捕まえやすいってことだ……」
 何かに気付いたように、不意に泰造が足を止めた。
 沙希も、つられて足を止める。
「何?」
 沙希の言葉にも反応せずに、一点を見つめる泰造。沙希も、その視線を追う。
 見慣れた顔がそこにいた。
 龍哉だ。
 龍哉が、マーケットの親父と喋っている。龍哉も値切り交渉をしているらしい。
 だが、龍哉の目的は他のところにあるようだ。
 龍哉の手下達が、値切り交渉中の店主に来づかれないように、店の売り物を少しずつ袋に入れている。
 前々回は大声を出して気づかれた。今度はこっそりと近づいて一気に捕らえてやる。
 何食わぬ顔で近づく。
 が。
「げっ、お前は!」
 龍哉の手下が気付いてしまったようだった。
「チッ。気づかれたか!」
 クモの子を散らすように逃げていく龍哉の一味。
 泰造と沙希はまっしぐらに龍哉を追う。
 沙希が目にも留らぬ速さで放った鏑矢が唸りをあげながら龍哉の頭上を掠めていく。しかし、やはり龍哉は怯むでもない。
 龍哉は疾風のように逃げ去ってしまった。
「ちくしょう、思ったより手ごわいな、あいつは」
 悔しそうに泰造が言った。
「この道はまっすぐ行くとフュークよ。あたし、この道通った憶えあるもん」
 沙希の言葉通り、立て札には、『この先フューク・一二五〇サイト』と書かれている。
「それにしても、賞金かかってるほどの悪党にしてはやることがセコいな」
 泰造はふと思った。恐喝。万引き。龍哉の一味がやっていることはその程度のことだ。ちょっとタチの悪い不良少年といったところである。一応、強盗と言うことで手配書が出ていたはずだが、この調子だと、せいぜい恐喝のさなかに相手を小突いたくらいなのではないか。
「まぁ、龍哉も月読様への献上品に手を出さなければ、賞金なんかかからなかったでしょ」
 沙希が手配書の写しを見ながら言った。
「なんだ。そういうことか」
 泰造が納得したように言う。
「何よ。手配書は全部頭に入ってるんじゃなかったの?」
「憶えてるって言っても、読めるところだけだ」
「読めるところって……。こんなのも読めないの?」
 沙希は手配書の写しを泰造につきつけた。
「読めねぇ」
 泰造は悪びれるでもなく、堂々と言い放つ。額に手をあて、呆れ果てたといった素振りの沙希。
「泰造。学校には行ったんでしょ?」
「ちょっとだけな。字が読めるようになる前に賞金稼ぎになって、それ以来賞金首ばっかり追い回してるからな。数字とふりがなしか読めねぇ」
「呆れた……。そういえば、旅に出たのが七年前だっけ?泰造、いまいくつ?」
「十六だ」
「それじゃ、よほど簡単な字しか読めないよね。泰造ってさ、賞金首捕まえる時にこいつはどんなことして賞金がかかったんだっていうの、考えたことないでしょ」
 確かに、その通りである。
「捕まえた時に本人に訊くんだ。お前は何をやらかした、ってな。それも楽しみの一つなんだ」
「あっ。それじゃ今ので龍哉を捕まえる楽しみが減っちゃったかな?……それにしても、泰造って九つの頃から賞金稼ぎやってたんだ」
「まぁな」
 わずか九歳にして、大人の、しかも凶悪な賞金首達と渡り合ってきた泰造。戦いに関しては天才なのかもしれない。
「すごいね……」
 泰造の顔をまじまじと見つめる沙希。こうして見てみると、そんな凄い人物には思えない。
「まぁ、九歳から賞金稼ぎをしてたってのは、それなりに事情もあるんだけどな」
 賞金稼ぎの誰もが持っている、ふれてはいけない過去。沙希も苦い記憶として胸の中にしまっている。それを隠して、明るく振る舞ってきた。
 泰造も、きっとそうなんだ。
 そう思うと、沙希は急に泰造にこれまでにない親近感を覚えた。

「なぁ。もしかしたら、手配書に賞金首の現れやすそうな場所とか書いてねーか?」
 不意に泰造が言った。
「あ。そうか。手口とか見ると出るところわかるかもしれないもんね」
 賞金首達のプロフィールを、泰造にもわかるように声に出して読む沙希。
「そうか。それじゃ、七号がもしかしたら街中に出没するかも知れねーってわけか」
 七号は追いはぎであるが、そのほとんどが街中での犯行である。こういった人通りの多い道に現れ、近くを通り掛かった中で、金を持ってそうな人を路地に連れこみ、その場で身ぐるみをはぐ。
 ということは、大きな通りの近くの路地で今も誰かを狙っているかもしれない。
「この街で、一番大きな通りは役所前の通りだな」
 泰造が、街の案内板を見ながら言った。
「よーし、じゃあ、この通りから別れた路地のどこかにいるかもしれないってことね?」
「ああ。いるとすれば、だけどな」
「よーっし。絶対に捕まえてやろう」
 いるかいないか分からないにもかかわらず、やる気満々の沙希。
「じゃ、どっちが先に七号を見つけるか、勝負だ!」
 泰造が走りだす。
「あっ。ちょっと待ってよ!」
 それを追うように沙希も遅れて走り出した。

 役所前の通りは人通りも多く、路肩に露店も多く出ている。この中に七号が混じっていても、気づかないのではないだろうか。
 沙希はふと思う。
 少なくとも、偶然でも起こらない限り、沙希にはこの人ごみの中から手配書でしか見たことのない人物を探し出すなどというのは無理だろう。
 泰造はどうなのだろうか。言い出すということは自信があるということだろうか。
 沙希は足を緩めた。
 じっくり探すことにしたのだ。泰造につられて急いでも無駄だ。自分なりの探し方をするのがよい。
 見ると、泰造はもう人ごみに紛れて見えるほど遠くにいる。一人だけ走っているのでどうにかそれが泰造だとわかるくらいだ。
 あんなに急いじゃって。本当に探す気あるのかしら。
 沙希は辺りを見渡した。やはり、ごちゃごちゃと人が歩いている。
 ま、ゆっくり探そう。
 そう思いながら、沙希はきょろきょろしながら通りをゆっくりと歩いていく。

 泰造は通りの反対側の端まで駆け抜けた。
 こういうところでは、闇雲に捜し回るよりも、居そうなところに目星をつけてから探した方が早く見つかるものだ。
 人通りがなく、薄暗く、袋小路でもなく、逃げ道がいくらでもあり、人目の届かないところにもすぐに辿りつけるような路地。
 そんな都合のいい路地が、この通りには少なくとも三ヶ所はある。
 泰造のいるところから一番近い、そういった路地の一つに泰造は入っていった。
 そこにはいかにもガラの悪そうな男達がたむろしていた。
 男達が睨みつけてきた。泰造も睨み返す。
 違う。手配書のどの顔とも違う。
「お前、この辺じゃ見慣れない顔だな。何者かしらねぇが、この通りで何かしようって言うんなら俺達の親分にそれなりの金を出すんだな」
 男の一人が泰造に向かって言った。
 どうも、この一帯の裏世界を取り仕切っているグループのようだ。こういう連中は、役人が対策を打つために賞金は出ない。
「邪魔したな。用はない」
 そう言って泰造が去ろうとすると、男達がいきり立った。
「用がねぇだとぉ!?用がねぇんならガンとばすんじゃねぇ!」
 男達が飛び掛かってきた。
 決着はあっという間についた。
 金砕棒をかまえるまでもない。泰造の拳を仲良く一発ずつ食らい、二人が倒れた。それを見ていた残りは、そのまま尻尾を巻いて逃げ出す。
 追うのさえ億劫である。泰造は次の路地を目指した。

 何やらいいにおいのする得体の知れない料理を売っている露店がある。
 似顔絵を描いている露店もある。
 何でできているいるのかは分からないが、きらきらと輝いていてその割に妙に値段が安い装飾品を売っている露店もある。
 そういった露店が、次々と声をかけてきた。沙希は通りをのぞき込んだりしながら歩いているので、露天商も声をかけやすいのだろう。ただ、彼らは誰彼構わず声をかけているので、あまり気にはしない。
 突然、いかにもプレイボーイ風の青年がいきなり前に立ちふさがり、声をかけてきた。
「お嬢さん。道にでも迷いましたか?」
 いかにもプレイボーイ風の話し方で話しかけてくるプレイボーイ風。
「そういうんじゃなくて、人を探してるの」
「探し人って、彼氏?」
「いや、違う違う」
 言ってから、沙希は彼氏にしといたほうがよかったかな、と思う。
 プレイボーイ風は、それきたと言わんばかりに口説き文句を並べてきた。
「あの、あたし急いでるんだけど」
「そうは見えなかったよ」
 沙希の言葉にはあまり耳をくれないプレイボーイ風。
「あたし、口説くと高くつくわよ」
 沙希はうんざりしてきた。
「僕はこう見えても裕福でね。お金ならいくらでも出るよ」
 この言葉に、少し心が揺らぐ沙希。言われてみれば、確かにいい服を着てはいる。
「あたしは、こう見えてお金で釣られるような安い女じゃないんだけど」
 沙希は金に心揺るがす自分にも言い聞かせるように言う。
「僕は絵かきの息子でね。君に父さんの絵のモデルになって欲しいんだよ」
 ピンと来る沙希。この手の話は大概、詐欺か何かである。
「絵のモデル?」
 そういって、どこかに連れ込もうというのであろう。もしかしたら、この男が七号の手先かもしれない。
 沙希は興味があるフリをした。
 しかし、七号は金を持っていそうな人を狙うはずであり、少なくとも沙希は、自分でもみすぼらしいとまでは言わないが、質素な服に身を包んでいるので裕福にはみえないだろう、とも思う。
 しかし、乗りかかった船。乗ってみるまで分からない。
 沙希は適当に話を合わせる。
「こっちだよ、ついておいで」
 プレイボーイ風は沙希に手招きし、路地の奥に向かって歩き出した。

「ん?」
 二つめの路地をのぞき込もうとした泰造は、三つめの路地の前で、見覚えのない男と話し込んでいる沙希の姿を見つけた。
 泰造はこっそりと沙希の方に近づく。沙希が路地に入っていった。
 まさか、見つけたんじゃないだろうな。
 泰造も、沙希の後を追って路地に入っていった。

 沙希は、周りに気を払いながら歩き出した。
 突然背後から襲われるかもしれない。物陰から誰かが飛び出してくるかもしれない。
 しかし、あたりは無気味なほど静かである。
 やがて、前を歩いていたプレイボーイ風が、不意に足を止め、振り返った。
 先程までの柔らかな笑顔は消えている、下卑た笑い。
 きた。
 身構える沙希。
「あんた、手配番号七号、悠介の手下?」
 沙希の言葉が終わらないうちにあたりの路地から次々と人影が現れた。その数はゆうに十人を越える。みな屈強な男たちだ。
 しまった。こんなに仲間がいるなんて……!
 沙希は短弓を構えた。しかし、男達は怯む様子もない。
「無駄だよ、お嬢さん。下手に暴れるとかえってひどい目にあうことになる」
 男達が間をつめてきた。短弓をその一人に向ける沙希。が、背後から突き飛ばされ、体勢を崩した。矢が放たれ、地面に突き刺さる。次の瞬間に沙希は羽交い締めにされていた。
 それを見計らったかのように、プレイボーイ風の男の奥から別な男が出てきた。こいつが親玉のようだ。しかし、七号悠介の顔ではない。見覚えはある。他の賞金首だ。
「なかなかの上玉だな。よくやったな」
 悪人の常套句ともいえる科白を吐く男。
「誰……?」
 沙希の問いかけには答えない。
「あんた、誰よ!一二号?十八号?それとも三十号!?」
 叫ぶように言う沙希。男は沙希に顔を近づけてきた。沙希が顔を背けると、顎を掴んで強引に自分の方に向けさせる。
「どれでもねぇよ」
 男が沙希の耳元で囁くように言った。生臭い嫌な臭いの息がかかった。
「十九号、清春だな」
 男達の輪の外から声がした。一斉に振り向く男達。そのうち一人が、糸の切れた傀儡のように崩れた。
「泰造!」
 声の主に気付いた沙希が嬉しそうな顔で叫んだ。
「きゃー、泰造、かっこいいよ〜!早く助けて〜!」
 涙目になりながら叫ぶ沙希。
「沙希を放せ。放さないのなら命の保証はせんぞ、十九号!」
 叫ぶ泰造にとりまきの男達が次々と襲いかかった。しかし、実にあっけなく倒されていく。
 沙希はまだ羽交い締めにされたままだ。
 泰造は目を閉じ、再び目を見開いた。そして、その目を清春に向ける。
「十九号……覚悟!」
 その短い言葉と同時に泰造が清春に飛び掛かった。
 沙希は泰造の目を見据えていた。まるで、感情の感じられない瞳。沙希は泰造から目を逸らした。見ていられなかったのだ。
 すぐそばで鈍い音がした。男の呻き声。
「ぐ、あいてててて」
 清春が泰造の攻撃を受け倒れ込んだ。
 そのまま、泰造は沙希を羽交い締めにしている手下の方に目をやる。顔を引きつらせる手下。
「あ、あぅ……ああああああ!」
 手下は沙希を振り払うように離し、そのまま逃げ去って行った。

「ねー、ねー、賞金八万ルク、貰えたぁ?」
 声をかけてきた沙希に、賞金の入った袋を掲げて見せて笑みを浮かべる泰造。
「でさ、でさ、あたしの取り分はいくら?」
 沙希は媚を売るような目で泰造の顔をのぞき込んだ。
「取り分って何だよ」
 慌てて賞金の袋を沙希にみえないように持ち直す泰造。沙希が賞金の袋の方に移動すると、反対側に持ち直す。
「誰のおかげで捕まえられたと思ってるの?あたしのおかげよ、あたしの」
 胸をそらせて主張する沙希。
「まぁ、確かに沙希が無謀にも突っ込んでいったから見つかったようなものだけどなぁ。無茶するよな。本当に二年も旅を続けてたのか?よく今まで無事でいたなぁ」
 泰造は沙希を呆れたような目で見た。
「そりゃ、結構危ない目にもあったわよ。でもね、あたしは逃げ足が早いの」
「ふーん。二十二号みたいだな」
「あんなのと一緒にしないでよ。……今の分、許して欲しかったらあたしの取り分増やしてね」
 怒った顔をした沙希だが、すぐににやけた笑みを浮かべる。
「許すって何がだよ」
「あたしのこと、龍哉みたいって言ったじゃない。傷ついたなぁ。だから、さ」
「そこまで言われたら二十二号の方が傷つくじゃねーか」
 もっともな話である。
「そんなに賞金が欲しいのかよ」
「当たり前じゃない」
「まぁ、少しくらいは分けてやらないでもないけどな」
「そう来なくっちゃぁ!」
 浮かれて跳ね回る沙希。
 泰造は賞金から二万ルクを抜くと沙希に渡した。
「これだけ?八万ルクも貰ったのに、これだけ?」
「これだけって……。捕まえたのは俺だぞ!」
「何よ、あたしはあんな危ない目に遭ったのよ!?もう少しくれてもいいじゃない!」
「自業自得じゃねーか。今度からは無茶すんなよ」
「ひどい、ひどいよ泰造……」
 目をうるませたかと思うと、見る間に泣き出す沙希。
 よりによって、人通りの多い役所前の通りである。泰造に大勢の非難の視線が突き刺さってるのを感じる。
「げっ。泣くなよ……。分かった、もう一万ルクやるから……」
 泰造は慌てて袋から一万ルクを出して沙希の手に握らせた。
「本当?やったー!」
 先程とは一転して、沙希は飛び上がって喜んでいる。
「お、おい……もしかしていまの、うそ泣きか!?」
 またやられた。
「ちくしょー!沙希ぃ、今度の飯は絶対におごれよなあっ!」
 泰造は、そう言ってから腹が減っていることに気づいた。

「実はさ、あたし、今まで賞金らしい賞金貰ったことなかったんだぁ」
 沙希は大金を手にして嬉しそうである。
「今まで、アルバイトとかしてせこせこ稼いでさ。賞金首を捕まえるって言うのは、夢みたいなものだったの。一応、賞金稼ぎって名乗ってたけど」
「なんだよ、そうなのか。俺は今までに三十人くらいとっ捕まえてるぜ。もっとも一番最初に捕まえたのは五年前だ。それまでは沙希みたいにアルバイトしてたけどな」
「子供じゃ雇ってくれなかったでしょ?」
「そうでもねーよ。田舎じゃガキでも働いてるしな」
 泰造は昔のことを思いだして懐かしそうな目をしている。
 そういえば。
「泰造……。どうして、あんな目をするの?」
 沙希の突然の言葉に面食らう泰造。
「あ?」
「さっきの、えーっと、清……なんとかを捕まえた時のあの目。怖い目だった。感情がないみたいな……」
 泰造はしばらく黙っていたが、ぼそぼそと話しだした。
「俺、そんな目してたか」
「うん」
「そうかもしれねーな」
「どうして?」
 泰造の目を見つめながら沙希が訊いた。今は穏やかな目をしている。
「賞金首でも人間だからな。人間だと思うと手加減しちまう。だから、余計なことは何も考えずに、戦うことだけ考えるようにしてるんだ」
「そっか。そーいうことかぁ。なら安心した」
 沙希は泰造の目から空に視線を移した。
「なにがだよ」
「だって、これから一緒に旅を続けていくのに怖い人だったら嫌じゃない」
 沙希の言葉に焦る泰造。
「な、何ぃ!?どういうことだよ!」
「だって。賭けの決着がついてないじゃない」
「もしかして、賭けの決着がつくまでついてくる気か?」
「さっきもそう言ったじゃない」
 額に手をあてる泰造。
「こりゃ、早いとこ捕まえないと……」
「捕まえるのはあたしよ。よーっし、龍哉を追ってフュークへレッツゴー!」
 飛び跳ね、駆けだす沙希。
「……ありゃ、途中でバテるな」
 その背中を見つめながら、泰造は小さく呟いた。

 グーマからフュークまで一二五〇サイト。

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