賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第四話 幻の味

 私の記憶が確かならば、この地には大いなる料理人が潜んでいる。

 長い一本道を辿ること半日。
 泰造と沙希はようやくフュークの街にたどりついた。
 道の先に塀に囲まれた小さな街が見えてきたのだ。
「あっ、フュークだ。フュークが見えてきたよ!」
 ついさっきまでは、疲れて泣き言を並べていた沙希も途端に元気になった。
 歩けない、と言っていたはずの沙希が、街に向かって駆けだしていく。
「ねぇ、泰造。龍哉さぁ、いるかな」
 街の入口の門を通りぬける時、沙希が呟くように言った。
 この街は静かな街だ。龍哉の性格を考えると、長居はしないかもしれない。
「さぁな」
 泰造は辺りを見回しながら呟いた。
 例によって、この周辺の賞金首を調べるために役所に向かう。
 隣の街なので、顔ぶれに大きな差はない。グーマにも出ていた手配書が何枚もある。
 もっとも、この手配書は目安にしかならない。賞金首達はほとんどが諸国をめぐっている。同じ場所に長居はしない。だから、手配書が出ているからといってもその賞金首が近くにいるとは限らないし、手配書が出ていない賞金首に出っくわすこともある。グーマで捕まえた清春がいい例である。
「なぁ、この二十八号っての、初めて見るな。どんな奴だ?」
 泰造が見たことのない手配書を見つけて沙希に聞いた。
「えーと。『二十八号・六三郎。元神王宮つき料理人。月読様に反逆し逃亡ゆえに手配するなり。フューク周辺に潜伏中とも思われる。生死問わず』だって」
 沙希が手配書の文字を声に出して読みあげた。泰造はそれを聞いてつまらなそうな顔をした。
「料理人?何だぁ、手応えのなさそうな奴だな。いかつい顔してる割には……。まぁ、手配書の似顔ってのは大体少しおっかなく描くもんだけどさ」
 たまに、捕まえてみると手配書の顔と全然違うこともあるらしい。
「それより、龍哉はいるのかな。もうどこか行っちゃったかな」
 とりあえず、今は龍哉を追っているのだ。早いこと賭けを終わらせないことにはいつまでも沙希に付きまとわれる。
 別に、沙希といるのがそこまで嫌なわけではないのだが、せっかく泰造が倹約して金を残しているのに、どんどん吸い上げられてしまう。
 それに……。
「まぁ、いずれにせよ、お金はあるんだからしばらくは捕まえられなくてもお金は大丈夫だけどね」
「あるって言って気ぃ抜いてると、すぐに無くなるぞ」
 沙希の言葉を聞き咎めるように泰造が言う。
「分かってるって。ちゃんと倹約しま〜す」
 沙希の返事はのんびりとした返事である。
「俺にたかるのは倹約とは言わねー」
 泰造の言葉を無視するように沙希はどんどん先へ歩いていく。
「はぁ……。早く二十二号とっ捕まえて賭けを終わらせないと……。まったく、とんでもねぇ貧乏神に取り憑かれちまったもんだ」
 呟くと、泰造は深いため息をついた。

 マーケットについた。
 この街のマーケットでは、野菜や果物のほかに、干し肉も豊富に揃っている。干し肉は生鮮食品と違い乾物なので日持ちがする。
 グーマ周辺は農耕は盛んだが、牧畜などはあまり盛んではないので、肉の類いに乏しいのだ。そのため、肉の類いは希少で高価であった。当然、安いものが好きな泰造がそんな物に手を出したりはしない。
 しかし、ここではグーマの半分ほどの値段で肉が買えるのだ。
 行くところに行けばもっと安いのだが、沙希の話によるとこれより北では魚は多いが肉の安く買えるマーケットはないとのことなので、このマーケットで肉を仕入れておくことにした。
 泰造は、例によって一番安い店を探して歩く。今回は沙希も協力的である。
 そして、ここぞと言うマーケットに目星をつけた泰造は、やはり例によってそれよりも僅かに高い店に向かった。
 売り物の干し肉をじっくりと見る泰造。
「いらっしゃい!旅の人かい?グーマに行くにも、ギャミに行くにも、この先しばらくはこんないい肉がこんな値段で手に入るところなんかないよ。さぁ、買っていってよ!」
「うーん、確かに質はいいんだけど。ちょっと量が少なくねーか?親父。これがこの値段は高いぞ」
「し、しかし。この辺じゃこの値段が普通で……」
 いきなりの手厳しい意見に親父は思わず身構える。
「普通の値段で売ってたら競争に置いていかれるぞ」
「しかしだな……」
「男なら、ここでまけなきゃ」
「そ、そういわれても」
 この親父はなかなかに頑固だ。
 店には少しずつ人が集まってきていPる。普通に買い物に来た客が、泰造と親父のやりとりに足を止めていくのだ。
「うーん、たしかあっちの店ではこれより少し大きな肉が二十ルクだったよな。ここは二十ルクでこの大きさかぁ」
 泰造の言葉に慌てる親父。何せ、辺りには人が集まってきているのだ。せっかく来た客が、今の一言でそのあっちの店へ移ってしまっては困ってしまう。
「いや、うちのは質がいいんだ」
 親父は値段を下げようとはしない。
「ちょっとだろ?普通の人じゃ違いなんて分からないくらいだよなぁ」
 泰造の言葉に周りのやじうまのうち何人かが頷いた。
「じゃ、じゃあ、そうだなぁ。一枚につき一ルクまけよう。それでいいだろ?」
 焦った親父は遂に値段を下げ始めた。が、まだ前哨戦である。
「何だよ、ケチくせーなぁ。店の評判とかにも関るんじゃねーか」
 経営者にとって店の評判が下がることはかなりの痛手である。その弱みを巧みにつく泰造。
 泰造は、周りに集まってきたやじうまを見渡しながら言う。
「親父。こんだけの人が見てるんだからさ、ここらでいっちょ気前のいいとこ見せてやれよ。こういう細かいことが固定客につながって、商売繁盛ってな」
「わ、分かった。一枚十八ルクにしてやる。それでどうだ」
 泰造の有無を言わさぬ態度に、折れる親父。
「よし。じゃあ、それで十枚買おう。なぁ、ものは相談だが。まとめて買うんだし少しサービスしないか?」
「な、何……」
「五ルク!五ルクまけようよ。ねぇ」
 一瞬渋い顔をした親父だが、すぐに首を縦に振った。
「ええい!分かった!まけてやるから!それ買ったら他の店に行け!」
「へへ、悪いね」
 百七十五ルクを置いて干し肉十枚を持っていく泰造。
 その後ろ姿を見ながら、ほっとした顔をする店の親父。が、まだ終わったわけではないことを、その時の親父は知る由もなかった。
「聞いちゃったぁ」
 やじうまの中から沙希が歩み出て来たのだ。
「十枚で百七十五ルクだって?」
 満面の笑みを浮かべている沙希。
「げ。いや、今の人は特別だよ」
 親父は慌てて首を横に振る。
「なんで特別なの?」
「だって、あんなにしつこく値切られちゃ、しょうが無いじゃないか」
「じゃあ、しつこく値切ったらまけてくれるのね?」
「あ、あの、だな」
 沙希の言葉に尻込みする親父。
「じゃあ、十枚百七十五ルクから交渉スタートね」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。それは限界だって……」
「あら。女の子にはサービスするものよ」
 沙希はわざとらしくしなを作りながら言う。
「分かった、分かった。十枚で百七十五ルクな。それでいいだろ?」
「えっ。それじゃさっきの男の人と変わらないじゃない。何でー?あたしは女の子だよぉ。もう少しサービスしてくれてもいいじゃない」
「いや、男も女も関係なくてね……」
「もしかして、女よりも男のほうが好きだとか……」
 たじろぐ親父に対して、とんでもないことを言いだす沙希。
「ななな何を言い出すんだ!お前に売るものは何も無い、帰れ!」
 予想以上に怒り逆上する親父。ここまで怒るとは沙希には予想外だった。
「えっ、そんな。冗談だって」
「うるさいうるさい!冗談もなにもあるか!帰れ!」
「え、ひどい、ひどうよぅ」
 沙希は泣き出した。即、周りのやじうまから親父に非難の声があがる。
「げ。す、すまん、言い過ぎた。機嫌なおしてくれ。な、な」
 焦る親父。しかし、沙希は泣きやむ様子はない。
「頼むよ……。分かった、一枚十六ルクで売ってやるから。機嫌なおしておくれよ」
「えっ、本当!?」
 そう、泰造にも使った沙希の必殺うそ泣きである。
「お、おい……。泣いてたんじゃないのか。い、いかん。今の無しな」
 慌てて値段を戻そうとするが。
「男に二言はない!」
 グーマでの泰造と同じ言葉でとどめを刺される親父だった。
「じゃあ、十枚で百六十ルク。領収書書いてね。上様でいいから」
 しっかり領収書まで貰う沙希。
 この領収書が作戦第二弾には必要なのである。

「この肉、十八ルクか。いまいちだな」
 店を変え、次なる作戦に出る泰造。
「えっ、でもうちが一番安いはずですよ。どこよりも安くがモットーですから」
 確かに、マーケットで一番安い店なのだからそうなのだろう。
「でも、値段相応というか、質も悪いよなぁ。なぁ、これはいくらまでまかるんだ?」
 いきなり値切り交渉に突入する。
「えっと、まけろといわれても……」
 言いかけた店主の言葉に割り込む。
「確かにさぁ、表示している額は安いけどさ。他の店は値引いてくれるぜ?ほれ」
 さっきの店の領収書を突きつける泰造。もちろん、その領収書は沙希が貰ったものである。名義を上様にしたのも泰造にパスするためである。
「う……。十枚で百六十ルク!?そんなばかな!」
「負けちゃいらんないよなぁ」
 まだ若い店主である。もしかしたらこのマーケットもまだ長くないのかもしれない。
 だからこそ、こんな詐欺紛いの値切りに応じてしまうのだろう。
「じゃあ、うちは十枚で百五十五ルクで売りましょう。それでどうですか」
「いい感じだね。で、もう一声願いたいんだけど」
 泰造は容赦ない。
「うーん、これ以上まけるとなるとなぁ……。そうだ、百六十ルクで、一枚おまけっていうのは?」
「よし、それで乗った!」
 もともと一枚十六ルクの時点で出来過ぎなくらいなのである。
 泰造は百六十ルクを払い、干し肉を十一枚手にした。
 そこに現れる沙希。
「えへへ、聞いちゃったぁ」
 この後、店主と沙希の間にどんな会話がなされたのかは想像に難くないだろう。
 とにかく、沙希は干し肉十一枚を百五十五ルクで手に入れたのだ。
 今回は、浮いたお金は山分けした。どう考えても沙希の方が得しているからである。
 しかし、その代償として、泰造は再び食事をおごらされることになった。金額の上限を決めたので、沙希はそのぎりぎりを狙ってくることだろう。
「それにしても沙希の奴、案外役に立つじゃないか。ずいぶんと得したなぁ」
 泰造は浮いた分のお金を手のひらでこねくり回しながら呟いた。ついさっきまでは貧乏神扱いしていたとは思えない言葉だった。

 この街に龍哉はいそうにない。泰造達は先を急ぐことにした。
 街の中を捜し回っても見つからないというのは、ほぼいないと見ていい。どこかに潜んでいるような連中つらはない。いれば目立つ場所にいる。逃げ足に自信があればこそである。むしろ、隠れていれば逃げにくい。
 今から街を発てば日暮れまでにはキッターカ村に着けるとのことだった。
 キッターカ村は蕎麦がおいしいことでも有名な村だ。キッターカ村の蕎麦は神王宮に献上されたこともあるほどの逸品である。
 そんなわけで、沙希は一食分のおごりをキッターカ村の蕎麦のために保留した。
「ねー、まだかなぁ、キッターカ村」
「これで五回目だぞ。夕暮れぐらいには辿りつけるって話だからまだまだだろう」
 まだ日は傾きかけたところ、道のりはまだ半ばといったところである。
 道の途中には分岐がいくつかあった。一応道標は出てるのだが、大概は難しい字が彫ってあるので泰造には読めない。だから道に迷うのだ。泰造がマシクの町を出てここに来るまで七年もかかったのはそのためである。
 その点、沙希は道標を読むことができるので道に迷うことはない。それなのにギャミの方面からグーマまで一年かかっているのは途中の街でアルバイトしながら来たからである。
 歩いているうちに日が傾きかけてきた。
「ねー、まだかなぁ、キッターカ村」
「これで八回目だぞ……。うーん、そうだなぁ。もうすぐつくんじゃないかと思うんだが」
 泰造は長い道の先に目を凝らした。
「ん?何かあるな」
「えっ、キッターカ村?」
「とにかく、行ってみよう」
 自然と早足になる二人。
「何だ、テントじゃないの」
「誰だ、こんなところで野宿してる奴は。まぁいい。キッターカ村の奴だったら村までどのくらいか聞いてみるか」
 泰造はそういってテントの中に首を突っ込んだ。
「えーとすいま……あああっ!」
 素っ頓狂な声を上げる泰造。
「えっ、何?何?」
 駆け寄る沙希に、テントの中から飛び出してきた人がぶつかった。しりもちをつきながら相手を確認した沙希も、つい大きな声が出る。
「あーっ、龍哉!何でこんなところに!」
 龍哉は立ち上がりながら言う。
「お前らこそなんでこんなところにいるんだよっ!」
「うるせえ!てめーを追いかけてるんだからてめーのいるところにいて当たり前だろうが!」
 泰造が怒鳴り返した。その間にも、子分たちはキッターカ村に向かって走りだしている。
「あ、待て、お前ら!俺を置いていくなっ!子分が親分差し置いて逃げるんじゃねー!」
 龍哉も全速力で逃げ去っていく。
 慌てて矢をつがえようとする沙希だが間に合わない。
「クソぉ、あいつらトカゲみてぇに逃げ足が早ぇ」
 泰造は早々と諦めたようだ。もっとももう見えなくなっている。
「あいつらもキッターカ村に行こうとしてたんだね」
 しかし、あとどれほどでキッターカ村につくのかわからないのでここにテントを張って寝ることにしたようだ。
「俺達も行こうぜ。日が暮れちまう」
 念のため、龍哉のテントの中を覗いてみたが、今日は何も残っていなかった。先に逃げた子分達が荷物をそっくり持っていったようだ。前回の教訓だろうか。
 泰造は龍哉達のテントをまとめて荷物に加えた。今回の収穫はこれだけである。
「今日はテントだけか。前は荷物そっくり置いて逃げたのに」
「もしかして、龍哉から巻き上げたとかってそういうことなの?」
 沙希が訊いてきたが泰造は無視した。

 龍哉のキャンプからキッターカまでは目の前であった。
 龍哉ももう少し歩けば、キャンプを張ることなくキッターカについたのだが、あとどれくらいで着くのか分からなかったために、こんなキッターカの間近でキャンプを張ったのだろう。
 キッターカについた泰造と沙希はまず宿を探すことから始めた。
 街道沿いの村らしく、旅人を迎える用意はしっかりできていた。
 しかし、どの宿にも龍哉らしい客はいなかった。恐らく、村を通りこしどこかに向かったに違いない。
 とりあえず、自分達の泊まる宿は見つけた。龍哉を追うのは明日でも上等だ。これで、あとは朝を寝て待つだけである。

 夜が明けた。
 泰造達は一番安い宿を選んだので、朝食はつかない。
「ね、泰造。朝ごはん、おごってね」
 顔を合わせるなり沙希が言った。
「いいけど、上限はちゃんと守れよ、越えた分は自分で払うこと。いいな」
 予め言っておかないと何を頼むか分からない。あとで言っても知らなかったの一点張りで落とされる恐れがある。
 まぁ、朝からそんなヘヴィなものは頼まないだろう、という推測が甘かった。
「ジンガー蕎麦ゼットの天ぷら乗せがいいな〜」
 限度額ぎりぎり、というかぴったりのメニューである。
 しかも、この定食屋にはあまり安いメニューがない。定番のズンドコ丼がない。代わりにあるのがウルトラスタミナ丼だ。それが一番安いのだが、ズンドコ丼の相場に比べて十二ルクも高い。
「ああ、朝っぱらからえらい出費だなぁ……。なぁ、ワンランク落としてただのジンガー定食にしないか?サラダはつけていいからさ」
「やーよ。あたしは蕎麦を食べに来たんだもん」
 溜め息をつく泰造に沙希が励ます様に言った。
「今日はこれきりだから」
「今日はってのは何だかなぁ」
 沙希の言葉の微妙なニュアンスが気になる泰造。
 そうこうしている間にも、ジンガー蕎麦ゼットの天ぷら乗せとウルトラスタミナ丼が運ばれてきた。
「やっぱりジンガーとゼットは相性がいいからね。泰造もさぁ、けちらないでエースのスープをつけるとか、ゼアス油使用にするとかすればいいのに」
 いいながら沙希は箸を手に取った。
「エースのスープは甘すぎて好きじゃないし。ゼアス油使うほど健康に気をつけてるわけでもないし。とにかく安くしたいんだよ」
 泰造はぼそぼそと言った。沙希が限度額ぴったりまで払わせたのでガックリ来ているらしく、元気がない。
 しかし、箸を持った途端泰造は元気になった。
「お、うまいじゃねーか。……な、そのゼットの天ぷらちょっとくれ」
「やだ」
「いいじゃねーか、俺がおごるんだぞ」
「だって、スタミナ丼にゼットは合わないでしょ」
「ケチ」
「ほしいんならその肉一切れちょうだい」
「そっちこそジンガーにこの肉は合わないだろ」
 店には、時間が早いために客はあまりいない。そのため、二人の会話が店中に聞こえている。そのため、数少ない客は二人の会話というか口論の中で食事をしているので、箸が進まないようだ。
「しかし、この店はうまいな」
 食べながら泰造がいった。周りの様子などお構い無しでがつがつ食っている。
「さすが、蕎麦が名産だけあるよね」
 沙希が食べているのは確かに蕎麦なのだが。
「俺のは蕎麦じゃねーぞ」
 泰造が食べているのは丼物なので蕎麦ではなく飯だ。
「でも、確かにうまいよな」
 泰造は食事中の声がでかい。
「そりゃそうだろう。うちのは王宮の味だからね」
 それを聞きつけたのか、店のおばさんがカウンターの奥から声をかけてきた。泰造の声よりもでかい声だった。
「王宮の味?」
 沙希が聞き返す。
「ははは、そのくらいおいしいってことだよ」
 おばさんはいそいそと奥に引っ込んでいった。

「あれ?」
 唐突に沙希が呟いた。泰造はすでにウルトラ丼を平らげたが、沙希はまだ食べきっていない。
「なんだ?」
 食後の茶を啜りながら沙希の目線を追う泰造。その先には、厨房から出てきた料理人らしい初老の男がいる。
「あの人、見たことない?」
「そうか?」
「あ、思い出した。フュークのマーケットで会った人だ」
「買い出しにでも来てたのか」
「そうじゃないかなぁ」
 泰造の目が料理人の目とあった。
「おや、あんたらどこかで見たね」
 人のよさそうな顔の料理人が二人に声をかけてきた。
「俺達もそう話してたんだ。マーケットでだと思うんだけど」
 泰造が言うと、料理人は納得したように頷いた。
「ああ、あのすごい値切り方してた二人だ。何だ、君たちはグルだったのか」
「なんか、グルって言うと悪いことやってるみたいだけど」
 泰造が頭をかきながら言うと、料理人はにっと笑った。
「あれは詐欺か恐喝に近いと思うがねぇ。賞金かけられるぞ」
「冗談きついなぁ。賞金稼ぎが賞金かけられてどうするんだか」
 苦笑する泰造。
「何、君たちは賞金稼ぎか」
 料理人は驚いたように言った。
 その態度が泰造は引っかかる。
「??何か態度がおかしいな」
 料理人を疑わしげな目で見る泰造。
「気のせいじゃないのか?」
「いいや、何か隠してるな。誰か匿ってるんじゃないのか?」
 疑問を素直にぶつける泰造。
「そんなことはない」
「おじさん、怪しいよ」
 ようやく食べ終えた沙希も料理人に詰め寄る。慌てて逃げようとする料理人の襟を沙希が押さえ、泰造がそのまま絞めあげた。
「何を隠してるんだ?」
 泰造が料理人の顔をのぞき込みながら聞いた。
「何やってるんだい?」
 カウンターの奥からおかみが声をかけてきた。
「た、助けてくれ。賞金稼ぎだ」
 料理人が呻いた。
「何、捕まっちまったのかい。そりゃ助けろといわれてもねぇ。諦めな」
 おかみが呆れたように言う。素っ頓狂な声を上げたのは泰造だ。
「へ?捕まったって、このおっさん賞金かかってるのか?」
 改めてまじまじと料理人の顔を見る泰造。
「もしかして、二十八号六三郎?」
 沙希の言葉にしぶしぶ頷く料理人。
「何ぃ?ちょっと待て。沙希、手配書出してくれ」
 沙希が取り出した手配書と料理人を見比べる。
「……全然違うじゃねーか」
 手配書の顔は鋭い目つきで、頭はつるつるだ。しかし、本人はのんびりとした目つきで頭は角刈り、口元にはひげが生えている。
「もともと手配書が似てなかったんだ。頭は剃ってたのをやめて髪を伸ばした。ひげもな」
「おっさん、ここまで別人になれるんならあとは態度に出ないようにすりゃ完璧だったぜ……。それにしても、月読に反逆って、何やらかしたんだ?なんか賞金かけられるほど悪いことするような奴には見えねーな。まさか包丁で襲いかかったんじゃねーよな?」
「そんなことしたらその場で処刑されちゃうよ」
 沙希は苦笑した。
「わ、笑いごとじゃないって……」
 青ざめた顔で呟く料理人の額には油汗が浮かんでいた。

 遡ること半年。
 リューシャーの神王宮に一人の料理人が招かれた。名は六三郎。
 その料理の腕前は近隣の街ばかりか、遠くリューシャーにまで噂として流れてきていた。
 今まではこれといった調理法が無く、食される機会の少なかったいくつかの食材を、他の食材と和えたり付け合わせたりすることで味を引き立たせることを開拓した。たとえば、ジンガーとゼットの組み合わせ。定食屋の定番にまでなったこの組み合わせも、元は六三郎が編みだしたものである。
 そういった庶民料理をいくつも編み出し、いつの間にか六三郎には料理の鉄人という呼称までついた。
 その料理の腕を買われ、神王宮の顧問料理人として招致を受けたのだ。それは、料理人としてはかなり名誉なことである。
 しかし、六三郎は一月で神王宮での仕事に辟易してしまった。
 あまりにも高級な食材をおしげなく使うその料理の形態が気に入らなかったのだ。
 絶滅が危惧されている何種類かの生物。それらが、毎日のように月読の食卓にあがるのだ。やがて、その姿が食卓から消える。その時、世界にはその生物はもう存在しないのだ。
 六三郎は、自分のやっていることに後ろめたさを感じ、月読に対し食材をもう少し有りふれたものにするように提言した。
 しかし、それが月読の逆鱗に触れ、結局六三郎はそのまま逃げるように神王宮を出た。

「なるほど、思い出した。六三郎といえば鉄人二十八号だよな」
 賞金首になった今でも、鉄人の名は廃れることはない。
「何だぁ。悪い人じゃないんじゃない」
「手配書にも書いてあったじゃねーか、月読に逆らったって」
 言われて、手配書を取り出し読み返す沙希。
「でも、本当にそれだけなの?だって、手配書には生死問わずって書いてあるよ。そんなことで生死問わずなんてつく?」
「相手が月読じゃしょうがねーさ」
 憎々しげに言う泰造。
「泰造。呼び捨ては良くないよ。偉い人なんだから」
 沙希が不安げに言う。目の前にその月読に使えていた料理人がいるのが気になるのだ。
 泰造は冷たい目のまま吐き捨てるように呟く。
「いいじゃねーか、本人がいるわけじゃねーんだ。それに、俺はあいつ、嫌いだ」
 統治者をあいつ呼ばわりする泰造。
「まぁ、仕方ないでしょう。私もその気持ちは分かりますよ」
 六三郎がぼそぼそと呟いた。
「私も、一度はあの人に仕えた身です。あの人がどんな人か分かります。でも、昔はあんな人じゃなかった」
 六三郎が遠い目をする。
「昔はいい人だったの?」
 沙希の言葉に六三郎が低い声で話し出した。
「いい人だったかどうか。それは分かりません。ただ、昔は堅実に高天原を治めていた。統治者としては優れていたことは確かです。それが、突然変わってしまわれた。今ではすっかり独裁者だ」
「どうして?」
 沙希の言葉に六三郎は首を振った。
「分かりません。何かに取り憑かれたのではないか。そういう噂も聞きましたよ。ただ、我々のような下々には噂以上のことを知ることはできません」
「真実が知りたいな。俺は、奴の極悪非道が許せない。なぜ、あんなことをするんだ?……俺は別に地位がある人間でも何でもない。ただの民の一人だ。真実を知り、それでも許せないのならば、奴をこの手で……」
 泰造が低く呟いた。沙希が顔を曇らせる。
「泰造……」
「ま、俺にそんなことができるとは思ってねーさ。だから、リューシャーから離れた所にむかっている」
 泰造の言葉に沙希が呟くように言った。
「遠く離れれば関わらずに済むってことはないよ……」
「ん?」
 その言葉を最後に、しばらく沈黙があたりを包んだ。
「ま、なんですな。私も最後に言いたいことがいえて満足ですよ」
 沈黙を破ったのは六三郎だった。
「最後……」
 沙希が悲しそうな目をした。泰造はちらりとその沙希の方に目をやると、しばらく目を閉じた。そして、目を開くと朗らかに言い放った。
「やめた。俺達な、この間一人捕まえたばかりで懐はあったかいんだ」
 沙希が泰造の方を嬉しそうな目で見る。
「俺は金のためならなんでもするような奴は嫌いだ。だから賞金稼ぎを今でも続けている。俺が捕まえたいのはそういう奴等だけだ。あんたは違う。見逃してやるよ。できれば役人に取りあってあんたの手配を取り下げてくれるように頼んでやる」

「泰造。さっきカッコよかった」
 沙希が泰造に声をかけた。
「よせよ。照れるじゃねーか」
 泰造は涼しい笑みを浮かべながら言う。
「えへへ、だからさ、おごって♪」
「またそれかぁ!」
 言いながら、泰造は思う。
 いいか、おごるくらいなら。
 今、泰造はとても気分がよかった。
 捕まえて役人につき出すばかりが賞金稼ぎの醍醐味ではない……。

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