賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第伍話 戦禍

 生きるために戦うのは、争いではない。
 なぜ、人と人は争うのか。名誉、信条。そんな形もないもののために、なぜ命をかけて戦えるのか。なぜ命を奪えるのか……。

 ギャミは賑やかな町だ。
 見上げるような大きな建物があちこちにある。
 辺りには人があふれ、物もあふれている。
 リューシャーには遠く及ばないとはいえ、都会と呼んでもよさそうな町。
 この人気の疎らな寂しい北の大地の中に現れた、人の坩堝。この一帯の辺鄙さに辟易していた泰造は久々に心躍る。
 しかし、気になることが一つあった。沙希のことだ。
 この街に来てから、いや、この街に向かう途中から元気がない。
 いつか、身の上話でこの近くの村が出身だと聞いた憶えがある。その村で何かあったのなら、その村の近くまで来て元気がなくなっているのも分かる。
 いやなことを思い出すのならば、長居は無用だ。

「この街には二十二号はいないみたいだな」
 賑やか好きの彼らがいそうな所を尋ね回ったが、龍哉らしい人物や、その一行を見かけたという話は聞けなかった。
「でもさ、キッターカ村で会わなかったってことは、こっちにまっすぐ向かって来てるってことでしょ?」
 沙希が地図を見ながら不思議そうな顔をした。
 キッターカ村はフュークとギャミの中間にある村だ。フュークとギャミの間は一本道である。
「多分、この街は通り過ぎてもっと先に向かったんだろう。それなら、聞き回っても分からないのも道理だ」
 泰造達は、龍哉達に倣いこのまま北を目指すことにした。
 しかし、街の北側の出口には関が設けられていた。
「なんだ?」
 泰造は不思議そうな顔をする。街道を封鎖すると言うのはよほどのことだ。
「この関はなんの関だ?」
 泰造は関守に訊ねた。関守は表情も変えずに説明する。
「戦争だ。この北にあるワッティとターキアの間で戦争が続いている」
「戦争か」
 忌々しげに言う泰造。
「まだ、続いているんだ」
 沙希が小さく呟いた。
「知ってるのか」
 泰造の言葉に沙希は小さく頷いた。
「戦争が激しくなったからナリットから出たの」
「ナリットか。あそこならもう避難勧告は解除されたはずだな」
 関守が口をはさんで来た。
「帰りたいか?」
 泰造は沙希に訊いた。沙希は悩んでいるようだ。
「ナリットなら大した被害は出てないはずだ。もっと北の方の村は戦地になった所もあったみたいだが」
 関守がまたでしゃばって来た。
「じゃ……帰ってみようかな」
 沙希が少し明るい表情で言った。
「いいのか?」
 泰造が関守の方に目を向けて訊ねた。
「この関は事情を知らぬ者が北へ向かうのを防ぐためだ。事情を知ったうえで向かうのなら問題は無い」
 相変わらず無表情の関守。
「あ、それからこういう奴が通らなかったか?」
 泰造は龍哉の手配書を関守に見せた。
「あっ。こいつは。ちょっと前に柵を越えて行った連中だ。怒鳴りとばしてやった記憶があるぞ」
 賞金をかけられている身では関を堂々と通ることなどできない。
「じゃあ、龍哉もこの先に向かったのね」
「あいつら、戦場に突っ込んでたりしないだろうな」
「大丈夫じゃない?あの連中なら。天下一品の逃げ足があるもん」
「そりゃ言えたな」
 二人は気にしないことにした。

 ナリットの村はギャミから一日とかからない、割とすぐの所にあった。
 山奥にひっそりとある、静かな村だった。
 確かに、この村には戦禍の跡は見られない。実際、ギャミでもどこでも、近くで戦争が起こっていることを思わせるような気配はなにもない。ただ、関が設けられていただけだ。
「ここが沙希の故郷か」
 いいながら辺りを見回す泰造。当然だが、何の変哲もない小さな村だ。
「そう、あたしの育った村。懐かしいなぁ……」
 沙希は一人でどんどん歩いて行ってしまう。
 村の真ん中で見張りをしていた男が沙希に気付き声をかけて来た。見知った仲のようだ。楽しそうに喋っている。
 すぐに何人か集まって来た。再会を喜びあう沙希と村人達。その様子を見ているうちに、いつしか泰造は自分の故郷を思い出していた。
 故郷か。
 思えば遠くまで来たものだ。大陸の反対側にあたるのか。
 七年もの間、旅を続けているのだ。遠くまで来て当たり前だ。
 その後、沙希は村人達に泰造を紹介し、当然のごとく恋人と間違えられたりした。沙希は今までの旅のことをいろいろと旧友らに話した。そうこうしているうちに、あっという間に日は暮れて行くのであった。

 二人は、沙希の幼なじみの家に宿を借りることになった。
「沙希。お前の親はいないのか」
 沙希の家でないことが気になった泰造は沙希に訊ねた。
「うん。あたしの育ての親はもうとっくに死んじゃった」
「育ての親?って事は生みの親は……分からないのか?」
 聞きかけて、しまったと思う泰造。しかし、泰造の心配をよそに、沙希はあっけらかんとした顔で答えた。
「あたしは顔も憶えてないんだけど、あたしがちっちゃい頃に死んじゃったんだ」
 泰造は気まずそうな顔をする。
 沈黙が訪れた。堪えかねたように沙希がぼそぼそと話しだした。
「あたしの生れた村はもうないの。戦争で焼けちゃったんだって。だから、戦争は……嫌い」
 声のトーンが落ちた。沙希の表情も少し沈んでいる。
「戦争なんて好きなのは戦争を仕切っている軍のお偉方だけだろ」
 静かに呟く泰造。その声には戦争に対する嫌悪がにじみ出ている。沙希はそれを感じとった。
「ねぇ、やっぱりあたしたちって似てるね。考え方とかさ」
 沙希の言葉に少し考え込む泰造。
「そうだな」
 思えば、やることも、考えることも似ている。生い立ちや歩んで来た道はまるで違うが、妙に気が合うのは確かだ。
「ねぇ、あたし、泰造の故郷も見てみたい」
 不意に沙希が言った。
「何でだよ」
「だってさ、あたしの故郷だけ見といて、自分のは見せないなんてフェアじゃないじゃない」
 べつに見たくて来たわけではないのだが。
「なんだ、その理屈は……。まぁいいけどさ、ものすごく遠いぞ。今度はいつ行くか分からねぇし」
 言ってから、もしかしたら今度は自分の故郷に戻るまで沙希に付きまとわれることになるかもしれないことに気がつく泰造。
「遠いの?どこだっけ?」
「大陸の反対側だ。ずっと南、リューシャーの更に向こう」
 沙希の表情が凍りついた。

 その後、沙希の幼なじみという数人の少女が遊びに来て、夜遅くまで喋り込んだ。
 話についていけない泰造は部屋の隅に追いやられ、騒がしさに寝るにも寝られず、しかたなく沙希らの思い出話を眠気のためにほとんど上の空で聞いていた。
 夜も更け、話にだんだん泰造も巻き込まれてきた。沙希が連れて来た泰造は、すっかり沙希の彼氏にされてしまい、泰造は眠気のために反論はおろか反応さえできない有り様であり、結局泰造は沙希の『寡黙な彼氏』にされてしまったのだが、その頃は布団にも入らず、部屋の隅で座ったまま眠っている状態であった。

「はぁ、夜更かしはするもんじゃないわね……」
 ようやく目を覚ました沙希が鏡を覗きながら呟いた。目の下にはうっすらとクマができ、お肌のコンディションなどは最悪である。
「おい、鏡なんか見てないでとっとと飯食えよ」
 言いながらすでに朝食にがっついている泰造。あのおしゃべりの最中、布団にも入らずに眠り込んでしまった泰造だが、長い旅の間には橋の下や木陰で寝ざるを得ない状況も多かった。それを思えば、屋根のある場所など寝やすい部類だ。聞く気のない無駄話など子守歌に等しい。ぐっすりと眠り、しっかりと疲れもとれ、朝は爽快である。
 一方、夜通し喋り倒し明らかに睡眠不足の沙希が、ふらふらとよろめくように歩いてきて、食卓についた。そして、そのままこうべを垂れ、うたた寝に入ってしまう。
「まったく、何時まで起きてたんだよ」
 泰造が言うと、沙希は目を覚まし顔を上げた。
「うーん、寝ようとした頃にはちょっと空が明るくなってたかなぁ……」
「そんな夜遅く……っていうか朝早くまでなにやってたんだよ」
「おしゃべり」
「あきれた……。そんなに喋ること、よくあったなぁ」
 うんざりと言った顔をする泰造も、その明け方まで続いたおしゃべりの最中、まるで動じずに眠り続けていたのも事実だ。それも凄い。
「うん、会ったの久しぶりだし……あ」
 言いながら、箸を落としそうになる沙希。
「あー、あー……。分かったからとっととめし食え。そしたらいくらでも寝てていいから」
 沙希は惚けた顔のまま頷き、ゆっくりと食事を進め、最後の一口を飲み込むと同時にうしろに倒れこみ、そのまま寝息を立てて眠り込む。
 それを見て、泰造が呟いた。
「行儀わりぃ……」

 沙希が目を覚ます頃には、すでに日が傾きかかっていた。
 いつの間にかかけられていた毛布を払いのけ、起き上がる。そして窓辺に立ち、外を眺める。
「きれいな朝日……」
 勘違いする沙希。
 遠くの方から狩りを終えて戻ってくる男達の姿が見え、それでようやく今が夕方だということに気がついた。
 よく見ると、その中に泰造も混じっていた。村の男達に誘われたのか、一緒に狩りに出かけていたようだ。
「おっ、沙希ぃ。起きたのかぁ」
 泰造が窓辺に立つ沙希に気付き、遠くからでかい声で呼びかけた。狭い村の中なので、村中に聞こえたことだろう。
「なによぉ、あたしだってそんなにいつまでも寝ちゃいないわよっ!」
 つい今まで寝ていたにもかかわらず、恥ずかしさのあまり大声で反論する沙希。これも村中に聞こえたことだろう。特に女性の声はよく通るものである。
 泰造は、肩に担いだ大角鹿(ラモカプリロ)を地面に置いて、窓から見ている沙希に近づき、声をかけた。
「ついさっきまで寝てたって顔だな。とりあえず顔洗ってこい。すごい顔してるぞ。寝ぐせもついてるし」
「いっ……」
 沙希は慌てて顔を洗いに行く。
 さっぱりして髪も整えて窓の前に戻ると、広場では焚き火の準備が始まっていた。
 沙希は飛び出して、泰造に小声で訊いてみた。
「ねぇ。もしかしてさっきの鹿、今ここで焼いて食べるの?」
 泰造達にとってはディナーだが、沙希にとっては起き抜けのブレックファーストである。
「ああ。ちゃんとした肉なんか食べるの久しぶりだなぁ。おっと、想像しただけでよだれが出るぜ」
「あたしは想像しただけで胃がもたれてくるよ」
「なんだ、見た目によらず華奢なんだな」
「見た目によらずってなによ。こんな可憐な少女をつかまえて!」
「自分で言うな」
 二人がそんなやり取りをしている間にも、大角鹿は切り分けられ、火にかけられていく。
 その傍らでは、この村独特の儀式が始められた。獲物を与えてくれた森の精霊に感謝する、などという意味の言葉を長老が高らかに謳い上げている。
 その後、焼き上がった鹿の肉が集まった村人達に振る舞われた。
 大きな鹿だ。村人全員に配れるように切っても結構大きめの塊になる。泰造はその大きな肉の塊を見ただけで舞い上がってしまった。はしゃぐ泰造を沙希が落ち着けようとする。
 泰造はそんな沙希を無視して肉にむしゃぶりつく。
「うめぇ。こんなうまい肉が食えるんならこの村にいつまでもいたいな」
 大きな肉の塊にかぶりついたまま言う泰造。その言葉に、近くにいた村人が寄って来た。
「あんたなら大歓迎だよ。なんせ、あんなでかい鹿を相手にできるんだから」
「鹿なんかにびびってらんねーよ」
 泰造は相変わらず肉にかぶりつきながら快活に笑う。
「それにしても、あんたすごいよなぁ。あの鹿を一人で伸しちまうんだから」
「えっ、泰造が一人で?」
 沙希が驚いて訊き返した。
「だって、みんな逃げちまうんだぜ?」
 呆れ顔で泰造が言った。
「しょーがないって、あんな鹿見たら普通は逃げるよ」
 確かに、沙希も今までにこんな大きな鹿は見たことがないような気がする。
「沙希ちゃんにも見せたかったよなぁ。この人の戦いっぷりをさ。俺達なんかびびって遠くで物陰に隠れて震えながら見てるしかなくて……」
「なによ、情けないなぁ」
 沙希に言われて村の男は頭を掻いた。
「それを言われると面目ない。でもさ、鹿もすごく暴れるし。あんなのの近くにいたら死んじまう」
 必死に弁明する村の男。
「そりゃ、向こうだって黙って死ぬわけにゃいかないさ。だから必死になって暴れるんだろ」
「まぁ、そりゃそうだが」
「でもさ、泰造って殺すのは嫌いだとかいってなかった?」
 いきなり沙希が割り込んできた。
「食う分は別だ」
「あっそう」
 あっさり言う泰造に力が抜ける沙希だった。

 胃がもたれるだの何だのと言ったわりにはしっかりと肉を平らげた沙希と、肉だけでは満足できず大皿にあった野菜をかき集めてまで食べた泰造。当然二人とも満腹である。
「いやぁ、食った食った。いい村だなぁ、ここは」
 満面の笑みを浮かべていう泰造。
「やーねぇ、毎日あんな獲物があるわけないじゃない。ああいうのは年に一度あればいい方よ」
「じゃあ、いつもはどんなんなんだ?」
 少しがっかりと言った感じで泰造が訊いた。
「ま、鳥とか小動物とかが獲れればいい方ね。そうでなきゃ山から木の実だけ拾って帰ってくるしかないよ」
「なんだ。そんなんじゃ腹へってしょーがねーや」
「だから、普段はギャミから食料を買ってるの。内職して稼いでね」
「内職かぁ。はーぁ、つまんない話になってきたなぁ」
 だんだん泰造も興醒めといった感じになってきた。それも止むないだろう。
「泰造も内職やってみる?」
 沙希がにやけながら訊いてきた。
「やるかよ。そんなせせこましいこと。やっぱり俺は旅してる方が合ってるな」
「いずれにせよ、今夜は内職手伝ってもらうわよ。みっちゃんの家にはお世話になってるんだから」
 みっちゃんとは、今泰造と沙希が宿を借りている沙希の幼なじみである。
「はいはい。……内職なんかより薪割りとかそういう仕事のほうがいいなぁ、俺は」
 愚痴る泰造。
「それもやってもらうわよ」
「それも?もってのはなんだ、つまりだ。薪割りプラス内職か?おいおい……」
「男なんだから当然!」
 沙希には他人事である。
「俺、男ってだけでずいぶん損してるような気がするんだが気のせいか?特にお前に纏わりつかれてから!はあぁ、男はつらいよ」
 正月映画のような愚痴をこぼす泰造であった。

 泰造は、みっちゃんの家で薪割りをさんざんやらされた後、内職の方に組み込まれた。
 内職は矢の加工であった。木の棒に、矢じりと羽根をとりつけていく。ただそれを延々と繰り返すだけの作業である。
「なぁ、沙希。これ、いくらで売れるんだ?」
 作業をしながら泰造が訊いた。
「そうねぇ、今は六本で一ルクかしら」
 答えたのはみっちゃんの母親である。
「ぐああああ、やっすー!じゃあ、なにかい、これを六十本作ったところで高々十ルク!?」
「あら、あたしが村を出る前は十本で一ルクだったのよ?」
 沙希の言葉に泰造はますますやる気を無くした。
「それよりは値段が上がったからいいけど。あー、なんだかなぁ」
 べつに自分が貰えるわけでもないのにぶちぶちと愚痴り出す泰造。
「でも、急にずいぶんと値が上がりましたね」
 沙希がみっちゃんの母親に向かって言った。
「ほら、ワッティとターキアの戦争で矢が要るようになったんだよ。この矢を使っているのはターキア。ワッティの軍には後ろ楯に月読様がついているからなまじの武装じゃ勝ち目がないんだ」
「なんだ、この矢は人を殺すのに使う矢なのか」
 泰造がぶつぶつと呟いた。沙希が慌てて泰造の裾を引っ張る。
「そんな言い方しちゃだめよ」
「でも、その通りよ。分かってるけど、こうしないと生きて行けないんだよ」
 この後、会話が途絶えがちになってしまった。その分、作業ははかどったのだが。
「今夜はありがとうね。おかげで七百本も矢が作れたわ。助かったわぁ」
 これでだいたい百ルクと少しである。ちょっと食べ物を買うとなくなってしまう。
「しかし、七百本か。そんなに矢も使うものか」
 泰造がぼそぼそと言う。
「そうだね。これで、何人の人が死ぬんだろう」
 沙希も暗い声で呟く。
「やめようぜ。戦争の話なんかしてると気が滅入っちまうよ」
 泰造は立ち上がった。

「明日、村を出るよ」
 布団の中で泰造が言った。
「宿屋なら気もつかわねーけど、ここは気も使うしな。それに、内職ばっかりやってもいられないし」
「そう」
 遠くから沙希の声が聞こえた。声の様子から眠くはないようだ。昼間寝たばかりなのだから無理もない。
「お前はどーすんだ?この村に残るのか?」
 泰造の問いに、沙希は考えこんでいるようだ。
 泰造は、沙希の答えをまっている間にだんだん眠くなってきた。
「あたし、やっぱり旅を続ける。村に残っても戦争はまだ続いてるし。泰造との賭けも決着ついてないしね」
 沙希の声に目を覚ます泰造。
「そうか……、そうだな。そういえば、二十二号の奴どこに行ったのかな」
 この村にはいそうにない。となると、他の村か。
「まさか、戦場に突っ込んでたりしないよね」
「戦争やってるの知らないかもしれないからな、あの関守の言った感じからすると。どうする?この辺で探すと俺達も戦場に突っ込むかも知れねーぞ」
「もう少し、ギャミの近くで探してみようよ。龍哉のことだから戦線突破なんかしないで尻尾巻いて逃げて来るに決まってるよ」
「よし。明日はギャミに戻ろう」
「そだね」
 泰造はそれっきり何も言わない。代わりに規則的な寝息が聞こえ始めた。
 沙希は、眠ることもできず、泰造の寝息を聞きながらただ天井を見つめていた。

 朝早くナリットを出発し、昼前にはギャミに戻ってきた。
 町に入ると、ギャミの役所の前にちょっとした人だかりができていた。
 賞金首の誰かが捕らえられたようだった。
「誰、あれ」
 沙希が遠巻きに賞金首の顔を見ながら言った。
「二十六号だ」
 手配書も何も見ずに、手配番号をあてる泰造。
 沙希は手配書の束を取り出して確認する。
「本当だ」
 二十六号、芳照。武器の密売人である。
 戦争中は武器の密売人にとって稼ぎ時である。
 ナリットの矢作りの内職も戦争の開始とともに報酬が増えたように、密売品の武器の値段も跳ね上がる。
 密売品の武器は一般の兵が使うようなものではない。主に士官などの上流階級だ。そのため、多少高くても商売になる。むしろ、立派なものを持っていればそれだけで威厳が出せる。そのため、士官達は競って高級な武器を揃えようとする。
 この広い世界では、常にどこかで戦争が起きている。彼らのような商売は困ることはない。
「戦争で商売しやがって。ざまぁみろだ」
 乱暴に役所の中に連れこまれる芳照を見ながら泰造が呟く。
 沙希は役人に芳照を引き渡した男のほうが気になるようだ。
「あの人、賞金稼ぎなのかなぁ」
 凛々しい顔だちをした、二十歳くらいの青年である。堅そうな黒髪を肩のあたりまで伸ばしている。
「なんか、俺に似たタイプじゃないか」
 泰造の呟きにあからさまに嫌な顔をする沙希。
「えーっ、なに言ってんの。あの人と泰造じゃ月と鰐亀(アリゲタトス)よ」
「なんだそりゃ……。大体、俺のどこが鰐亀だよ」
 泰造は少しむっとした顔で沙希を見る。
「どこって、ねぇ」
 とぼける沙希。
「まぁ、確かにあのにーちゃんには顔でちょっと負けてるかも知れねーけどな、鰐亀とまで言われる筋合いはねーぞ!?」
 男を指差しながら怒鳴る泰造。
「だって泰造は鼈(バイタトス)ってイメージじゃないじゃない」
「あの男と比べると俺は鼈以下だってーのか!?」
「俺がどうかしたかい?」
 背後からの声に振り返ると、泰造の後ろに例の男が立っているのだった。
「えっ、いや、あの」
 どう反応したらいいのか分からず慌てる泰造の肩ごしに、男の顔を目を輝かせながら眺める沙希。
「あんたも賞金稼ぎなのか?」
「俺はギャミ自警団の団長だ」
 泰造の問いに男はかぶりを振った。
「自警団?」
 言いながら、まじまじと男の顔を見る泰造。
 肩まで伸びた黒い髪。凛々しい眉。顔つきも全体的に整っている。悔しいが、確かに泰造よりは段違いにいい男である。
「ああ。ワッティとターキアの戦争をだしに金を稼ごうとしようと悪党が群がってきているからな。我々も気が抜けないよ」
「確かになぁ。二十六号なんかいい例か」
「二十六号?なんだそれは」
「今の男の手配番号だよ」
「ああ、賞金がかかってたのか」
「かかってたのかって……。貰わなかったのか?」
 大袈裟に驚く泰造。
「貰わないよ。自警団が賞金首を捕まえても賞金がでないんだ。一応、賞金をかけている方の人間にあたるからな」
「くあああ、もったいねええ!」
 喚く泰造。沙希が慌てて泰造の襟を引っ張って男から引き離す。
「ちょっと、恥ずかしいから欲丸出しの発言は慎んでよね」
「君は賞金稼ぎか。そりゃ、悪いことしたな」
 男は苦笑いを浮かべながらそんな二人の様子を見ている。
「しかし、君達は仲がいいな。恋人同士だったり?」
 いきなり男がそうきりだしてくる。どこに行ってもそう思われてしまうようである。
「まさか!誰がこんなやつと!」
 沙希が力強く否定した。
 こんなやつとはなんだ、と言おうとする泰造よりも一瞬早く男の方が口を出してきた。
「こんなやつって……。俺に似た顔つきのナイスガイだと思うけどな」
 沙希は何も言えなくなってしまった。

 街中を歩き回り、龍哉達を探す泰造と沙希。
「ねぇ、本当にこの街にいるの?」
 沙希が疲れを隠すでもなくぼやいた。
「いるかいねぇかなんて分かるもんか。いたらいいなー、ってんで探してるんだから」
 泰造の言葉を聞き、疲れが一気に出たらしく、へたり込む沙希。
「ん?なんだよ、こんな所でへばってんじゃねーよ」
「だってぇ。朝、ナリットを出てから歩きづめじゃない。疲れちゃったよ」
「気合いがたんねーんだよ」
「あんたが気合い入りすぎてんのよぉ。休もーよ。ねー、休もー」
 聞いている方が気合いの抜けるやり取りの末、近くの茶房で一休みすることにした泰造と沙希。
 人通りの多い道の近くで香りの強い香草茶を啜りながらくつろいでいると、突然目の前を慌ただしく走り抜けようとする男。
 気がつくと、泰造はその男に組みついていた。
「ちょ、ちょっと泰造、何やってんのよ!」
「あ、あれ?体が勝手に」
 自分でも今の行動がいまいちよくわからない泰造。
「ひいいいぃぃ、勘弁してくれよおお。今はそれどころじゃねーんだよぉ」
 情けない声をあげる男。
「ねぇ、あたし、この人見た事ある」
 沙希がぼそっと呟いた。
「そうなんだよ。俺もどこかで見たと思ったんだな。だからとっ捕まえたみたいだが……。よく考えると手配書じゃ見てねぇ顔なんだよなぁ」
 泰造も、事態が少しずつ飲み込めてはいるのだが、まだ腑に落ちない。
「あんた、誰?」
 沙希が思い切って訊ねてみた。
「ひでぇなぁ。人のケツさんざん追い回しておいて、あんた誰はねーだろうが!」
 男は喚き散らす。
「追い回して?」
 男の顔を眺めながら考え込む沙希。
「あー!」
 泰造が大声を出した。
「お前、二十二号の子分じゃねーか!どーりで、見覚えはあるがいまいちピンとこねー顔な訳だ!」
 言われて、沙希も納得したようだ。
「ううう、俺って一体……」
 屈辱的な気分を味わわされる龍哉の子分。
「しかし、お前だけ捕まえても何にもならねーんだ。二十二号はどこにいる?吐け!」
 右と左から子分の顔を引っ張る泰造と沙希。
「言う、言うよ!言うからやめへふへ」
「どこだ?」
 詰め寄る泰造。手は放さない。
「ひゃひゅやにょあにひはまひがっへへんひょうにふっふぉんひまっはんは!」
「何言ってんだかわかんねーよ!」
「これじゃわかんなくてもしょうが無いんじゃない?」
 手を放され、ようやくまともに喋れるようになった子分。
「龍哉の兄貴は、まちがって戦場に突っ込んじまったんだ!」
「なんだとぉ!?あのバカ、何考えてんだ!」
 泰造はあきれ返った。
「街道を歩いていたら、ごっつい武装をした兵隊が出てきたんだ!」
「で、どうなったの?龍哉、殺されちゃったの!?」
 沙希の言葉に嫌な顔をする子分。
「縁起でもねぇこというな。兄貴達は今手ごろな小屋に立てこもってるところだ。俺は助けを求めに行く所だったんだ」
「助けって、誰に」
「だ、誰だろう……」
 何も考えていない龍哉の子分がだんだん情けなくなってくる泰造。
「何で、お前が出てこられるのに二十二号や他の連中は立てこもってんだよ。あいつら、逃げ足だけは速えぇじゃねぇか」
「ぞろぞろ動いたら目立つだろ?相手には戦車もあるんだぞ。だから俺がこっそり抜け出して町に助けを求めに行くことにしたんだ。俺はいてもいなくても気付かれねぇくらい影が薄いから、抜け出しても気付かれないって言われてな。実際、そうだったさ……」
 ますますもって情けなく、哀れにさえ思えてくる。
「でも、どうするの?泰造」
 沙希が訊いてきた。
「よしっ、話を聞いちまった以上、俺が二十二号を捕まえ……じゃないや、助けに行ってやらないとな」
「それは、俺が困る。お前ら一番タチが悪いじゃねーか」
 慌て出す子分。
「お前らなんか連れてったら俺は破門だよ」
「お前らに他に選択肢はねーぞ。ほら、二十二号の所に案内しろ」
 泰造が金砕棒を突きつけると、子分はしぶしぶと歩き始めた。
「それにしても、本当に戦場に突っ込む気?」
「ああ。顔を知ってる奴が戦争なんかに巻き込まれて死んじまうかも知れねぇってのに黙ってる気にもなれねぇしな……。沙希、お前の方こそ、わざわざついてくることもねぇぞ」
「そんなこといって、捕まえて帰ってきたら賭けの話もち出すんでしょ。その手には乗らないわよ」
「高々千ルクのために危険な目に遭うこともねーだろ」
「いざとなったら泰造が守ってくれるんでしょ?」
「なんでだよ」
 泰造と沙希の会話に子分が割り込んできた。
「けっ。この切羽詰まってる時によくそんなノロケ言ってられるよな」
「何がノロケよっ。何でこんなのとノロケなきゃならないの!」
 叫びながら子分の後頭部を、力一杯小突く沙希であった。

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