賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第六話 兵器

 兵器。
 それは破壊と殺戮のために産み出された物。
 人が産み出した物の中で、最も忌むべき物。


「おや、君達。この先に行くのかい?」
 泰造達を呼び止めたのは、聞き覚えのある声だった。
 声の方に目を向けると、やはり見覚えのある顔がそこにあった。先程の自警団長である。
「ああ。何でもこいつらの仲間が戦場に突っ込んじまったらしいんだ」
 自警団長は泰造の言葉に驚いたようだった。少し考えたあと、自警団長も口を開いた。
「実はね、俺も戦場に民間人が迷いこんだという連絡があってね。仲間を連れて救出に向かう所だったんだ」
 自警団長の後ろには、揃いのコスチュームを着た、顔まで揃った若い男二人が立っている。双子だろう。
「じゃあ、一緒にいきましょうよぉ」
 にわかに沙希が張り切り出した。
「いや、民間人を巻き込むわけにはいかないし」
 自警団長の言葉にふくれる沙希。
「ガキか、お前は」
 そんな沙希にぼそっと呟く泰造。その言葉でますますふくれた沙希を無視して泰造は自警団長に向き直る。
「その戦場に突っ込んだバカは賞金首だ。俺はそいつを捕まえようと思ってね」
「なんだって?」
 顔をしかめる自警団長。
「こいつはその賞金首の子分だ。道はこいつが知ってる。」
 その龍哉の子分は、賞金稼ぎと自警団に囲まれて非常に肩身の狭い思いをしている。
「しかしなぁ……。あくまで民間人は巻き込めないんだよ。まぁ、連れていくとしたらこの子分の人だけだなぁ」
「そうでしょう、それがいい」
 自警団長の言葉に大きく頷きながら子分が言った。泰造よりは自警団の方がましらしい。
「俺なら大丈夫だと思うけど。本気で戦争してる連中とやり合おうってんじゃないんだし、どうにかなると思うし」
 未練がましく言う泰造。
「そうだ、俺達を傭兵として雇ってくれ。それなら文句はないだろ?」
「雇えって?しかし、雇うとなるとそれなりに実力がないとな。雇うに値するのか?」
 訝しげな顔で泰造たちの方を見る自警団長。
「なんなら、試すか?」
「面白い」
 止めようとする沙希。だが、すでに二人は戦闘態勢に入ってしまっている。
「せやあっ!」
 自警団長が飛び掛かってきた。がっしりした大きな体からは想像もつかないような跳躍力である。
 振り下ろされる剣を泰造の金砕棒が受け止める。甲高い音が辺りに響いた。
 立て続けに繰り出される自警団長の攻撃。それをことごとく受け止める泰造。
「防御の方は見事だな。しかし、防御だけでは闘えんぞ!」
 挑発か。
 泰造は挑発に乗ることにした。金砕棒の端を掴み、力を入れずに振るう。自警団長はそれをあっさりとかわした。そして、空振りした泰造の懐に飛び込む。ここで剣を突きつけ、決着をつける算段だったのだ。
 しかし、その剣は突き出した瞬間に弾かれてしまった。呆気に取られる自警団長。いつの間にか持ち替えた金砕棒の反対側で叩かれていたのだ。泰造の空振りはフェイントのようなものだった。
 空振りの攻撃を見て実力を測り誤まった自警団長が手加減をしたのも大きな敗因である。
「まいったな。確かに雇うだけの価値はあるか」
 弾き落とされた剣を拾いながら自警団長が言った。
「安くしとくよ」
 泰造が冗談めかして言う。
「自警団に入らないか?」
 勧誘し出す自警団長。
「俺は放蕩の方が向いてるんだ」
 泰造はそれをあっさりと蹴った。
「まぁ、それだけの実力があるならついてくるのは構わない。その代わり、何があっても俺の所為じゃないぞ。自己責任な」
 そう言うと自警団長は歩き出した。
「あ、そうそう。忘れてた。俺の名は光介。こっちの双子は陽一と陽二。傷が一つの方が陽一、傷が二つついてる方が陽二だ」
「よろしくね」
「よろしくな」
 陽一と陽二が微妙に違う科白を同じ声で同時に喋った。
「俺は泰造だ」
「あたしは沙希。よろしくね」
 一通り自己紹介が済んだ所で、龍哉の子分がしゃしゃり出てきた。
「俺の名前は……」
「お前には聞いてない」
 泰造が子分の口をふさいでしまった。拗ねる子分。
 そんなわけで、泰造たちは自警団の光介たち、そして誰かもう一人とともに龍哉の救出ならびに捕獲に向かうのであった。

「泰造ってあんなに強かったんだぁ。知らなかったなぁ」
 沙希が泰造にだけ聞こえるように小声でいった。
「知らなかったか。俺の強さはあんなもんじゃねーぜ。そのうちもっとすげーとこ見せてやるよ」
 大見えを切る泰造。声がでかい。
「戦闘に巻き込まれたら手加減も何もないぞ。相手は捨て身で来るからな。生きると言う目的が希薄になってる。すごいなら出し惜しみせずに闘うことだ」
 光介が泰造の言葉を聞きつけたのか、そんなことを言い出した。
「罪人でもない相手に本気は出したくないんだがな」
「甘えは捨てろ。命が惜しいのならな」
 泰造の言葉に対して光介が厳しい一言を放つ。いわれてみれば確かに光介も陽一陽二兄弟も先程までとは表情がうって変わって険しいものになっている。
 辺りは異様に静かである。まるで全てが気配を押し殺しているような静けさ。
 街道を外れ、茂みを掻き分け、やがて森の中に入って行く。
「おい、本当にこっちでいいんだろうな」
 泰造が子分に訊いた。
「間違いねぇ。あの丘の上にある小さい小屋だ」
 木々の間から、確かに小高い丘が垣間見える。
「あそこに小屋なんかあったかなぁ。人がいたなんて聞いた憶えさえないぞ」
 子分に疑わしげな目を向けながら光介が言った。
「真新しい小屋だったぜ。中にゃ武器が並んでたし、どっちかの軍隊が武器庫として掘っ立てた小屋に違いねぇ」
「そんな所に逃げ込んだの!?それじゃ、その小屋を作った軍隊が取り返そうとするに決まってるじゃない」
 呆れ果てた様子で沙希。
「外にいるよりはましなんだよ!でもちょっとやばいような気もするんだけど」
「しっ」
 泰造が子分を黙らせる。
「な、なんだよ」
 子分はものすごく嫌そうな顔をした。黙らされたことが気に入らなかったのではない。真剣な顔で言葉を遮った泰造の様子に、何か良くない事が起こったということがありありと見てとれるのだ。
「大声で喋りすぎたようだな。迂闊だった。囲まれている……」
 泰造が低い声で呟いた。その声が聞こえたらしく光介も小さな声で呟く。
「後ろも塞がれたな。通れそうな所は押さえられた……。一ヶ所だけ通れるようだが、罠のような気がする」
 沙希と子分は不安げにあたりを見渡している。
「何で分かるの?」
「何も感じないか?気配がするんだ」
「分かんないよ……」
「襲ってこないところをみると、ターキア軍らしい。ワッティの連中は好戦的だからな。恐らく、敵かどうかはかりかねているだろう」
 光介の言葉に泰造が頷いた。
「俺達が敵じゃないと示せばいいわけだな」
「恐らく。……聞け!我々はギャミの自警団!戦地に迷いこんだ民間人の救出に向かう所だ!隠れても無駄だ、こちらには分かっている!無駄な血を流したくなければ戦意のないことを示せ、さもなくば押し通る!」
 光介の凛とした声が辺りに響いた。
 暫しの間。
「我々はターキア軍。敵でないのならば見逃そう。ただし、この先に進むのは勧めない。この先では交戦中だ。戦いに巻き込まれて命を落としかねない」
 応答があった。
「分かった。しかし、進まねばならない。忠告は心に留めておく」
「そうか。何者かに遭遇したら武器を持つ手の人差し指と小指を二回立てろ。それが今日の仲間の合図だ。日が変わると通じなくなる。今日中に帰ることだ」
 がさがさと茂みの中で人の動く音がした。
「この道をゆけ」
「分かった。汝らの武運を祈る」
 そう言うと光介はその茂みに向かって歩き出した。一同それに倣う。
「話の分かる連中だな」
「ああ。ただ、ターキアの連中は堅苦しくていけないよ。こっちまで言葉が堅くなる。知ってるか?この戦争を吹っかけたのはターキアの方なんだ」
 泰造に言葉に光介が返す。その言葉を聞いて沙希が口をはさんだ。
「そうなんですか?始めて聞きました」
「だいぶ前の話だからな。俺もまだ駆け出しの頃だ。ワッティが変わったのは月読様が裏についてからだね」
「また月読か。あいつはろくなことしないな」
 泰造が憎らしげに言う。
「滅多なこと言うな。ワッティの連中に聞かれたら総攻撃くらうぞ」
「げっ」
 泰造は慌てて周囲の気配を探った。周りには人どころか、動物の気配さえ感じられなかった。

 やがて、道はなだらかな斜面になってきた。丘に入ったのだ。
 泰造は、歩きながら奇妙な感じを受けていた。
 静か過ぎる。
 これだけうっそうと木の生い茂った森に獣一匹いないのは不自然過ぎる。
 小さな鼠などはいるのだが、これだけ森の中を歩いてきたのに一度も大山猫(リンクスマジョア)が現れない。縄張り意識の強い大山猫が泰造たちの気配を感じて出てこない。
 皆殺しにされたのか。それとも縄張りを捨てて逃げたのか。
 大山猫は俊敏で屈強。人間が相手にするには強すぎる獣である。皆殺しにしようとすれば、まさに軍隊上げての戦いになる。犠牲も大きいだろう。それほどまでして倒す意味はないように思える。
 相当な兵器があるのか。それならば大山猫を皆殺しにもできるだろう。大山猫もそう愚かではない。それほどの兵器をもってうろつく連中がいるような所にそうそう留まってもいないだろう。
 いずれにせよ、この丘でただならぬことが起こっているのは間違いなさそうである。
 それにしても、静かだ。
 まるで、全てが気配を押し殺しているような。
 先ほども感じたこの重苦しさがより強くなってきている。
 こういった気配に鈍い沙希や龍哉の子分もさすがに何かを感じているようだ。口数がめっきり減っている。
 前を歩いている光介や陽一陽二も辺りに向ける警戒が先程よりも厳しくなっている。表情も堅い。
 緊迫した進軍がどれほど続いただろうか。
 茂みの中から突然人影が飛び出してきた。
 素早く剣を抜き払う光介。陽一と陽二が左右対称に散開し、槍を構える。三角形の布陣である。
 その布陣の中で泰造も身構える。同時に、敵の数を数える。見えているのは五人。しかし、茂みの中にも何人か潜んでいるようだ。
 敵が一斉に襲いかかってきた。光介に二人、陽一に二人、陽二に一人の敵が飛び掛かる。
 先程の戦いからすれば、光介の実力なら二人くらいなら相手にできるだろう。泰造は陽一の援護にまわることにした。
 リーチの長い金砕棒で離れた所から敵の持っていた剣を叩き落とす。
 茂みの中に潜んでいた敵が立ち上がった。弓を持っている。見覚えのある矢をつがえていた。泰造たちが内職で作らされたあの矢と同じ矢。ということはターキア軍か。
「待て!」
 敵の一人が叫んだ。その声で他の四人の敵が一斉に後退した。
 恐らく、光介がターキア軍の敵ではないことを示す例のサインを出したのだろう。
「何者だ?」
 ターキア軍の一人が聞いてきた。自分たちの素性を手短に説明する光介。
「その小屋なら、我々の所有物だ。そこに得体の知れない連中が立てこもったいるのは間違いない。その事でちょっとした騒ぎになったのだが、その騒ぎのためにワッティ軍に小屋が見つかってしまい、攻撃を受けているのだ」
 事情を聞いたターキア兵が言った。
「た、龍哉の兄貴は無事なんですかい?」
 子分が焦っている。
「あの連中なら、とりあえず攻撃はしてこないようなので放っている。言った通り、それどころじゃなくなってしまったのでな」
「その民間人をこちらに引き渡していただきたい」
 光介が言う。
「それは問題ないし、ありがたいくらいだ。ただ、この状態では……。我々は今押されている。ともすれば、あの小屋諸共壊滅させられてもおかしくはない」
 絶望的な事実を平然とした顔で言う兵士。恐怖心が麻痺してしまっているのだろうか。
「うああああぁぁ、兄貴ぃ!」
 喚く子分。
「うるせぇなぁ。戦場に突っ込んだのはてめぇらなんだから自業自得だろ」
 泰造が子分を小突いた。
「どうする?このまま突っ込むのは危険じゃないか?」
「しかし、ここまで来ておいて引き返すのもなんだし、かといってこの騒ぎがおさまるのを待つ余裕もない。これは、手っ取り早く用だけ済ませてずらかるのがいいんじゃねーか?」
 光介の問いに応える泰造。
「まぁ、そうかもな。それにターキアの布陣の中に入っていればワッティ軍との直接戦闘は免れると思う。そうとなれば、戦闘が収まっている今のうちだな」
 腰を落としていた光介が立ち上がった。一同それに倣い、なだらかな斜面を登り始めた。ターキア軍の兵士が二人ほどついてきた。味方に敵ではないことを分かりやすくするためと、泰造たちの護衛、監視を兼ねていると思われる。
 しばらく歩くと、木々の合間から小屋が見えた。
「あれか」
「あれだ。ああ、兄貴たちは無事みたいだ。よかった」
「忘れんじゃねーぞ。無事逃げられるわけじゃねーんだ。俺がとっ捕まえてやるんだからな」
「ねぇ、こういう時は賭けの方はどうなるの?泰造の勝ちなんてことないよね……」
「基本的に先に捕まえた方の勝ちだからな。出て来た所をとっ捕まえてやる」
「よーし、あたし負けないよ」
「お前ら、戦場なのにのんきだな。兄貴、逃げて下せぇ」
 緊張感と言うものの感じられない三人をよそに、自警団の三人は険しい顔で歩いている。
 小屋の前にたどりついた。
「あ、兄貴ぃ」
 小屋の中に向かって子分が声をかけた。
「おおお、無事だったのか!助けは連れてきたんだろうな」
 まちがいなく龍哉の声だ。
「それが、ついてきたのが自警団と賞金稼ぎなんです」
「なぁにいぃ!?」
 扉から龍哉が顔を出した。泰造と目が合った。
「げ……。お前何考えてんだよ!」
「だってぇ」
 泣きそうな顔になる子分。
「だってもへったくれもくそもあるかぁ!あー、厄日だぜ……。戦場に突っ込んだと思ったら今度は賞金稼ぎに自警団だぁ?くそっ、窓からずらかるぞ!」
「逃がすか!観念しろ、二十二号!」
 泰造が扉から突っ込んでいく。反対側にあった窓からは、龍哉達の行動を読んでか沙希が入りこもうとしていた。まさに袋の中の鼠である。
 その時である。
 辺りで声が上がった。
「ワッティ軍だ!」
 誰かが叫んだ。その声はさまざまな別の叫び声にかき消された。
「な、なんだよ」
 おどおどする龍哉達。小屋の中では外からの声だけが聞こえ、外の状況は全く見えない。
「ワッティ軍がこの小屋を襲ってきたみたいだ!」
 外から光介が叫んできた。慌てて扉から顔を出す泰造。見回すと小屋の周りではおびただしい数の兵士たちが入り乱れていた。
「なんだ……囲まれていたみたいだな」
 ワッティ軍はこの小屋を攻め落とすために、この小屋で何か動きが起こるのを森の陰に潜んで待っていたようだ。
「なんて数だよ……。この小屋にはこんな大人数仕向けてまで攻め落としたいほどの武器があるのか……?」
 小屋の中を改めて見回す泰造。しかし剣やら槍やらといったありふれた武器しか見当たらない。
 そうこうしている間にもターキア軍はワッティ軍に押されて小屋の中に逃げ込んで来る。数からいえばターキア軍は余りに不利である。
「くそっ、ここまでか……!」
 逃げ込んできた兵士の一人が吐き捨てるように言う。
「ふざけるな!俺達は無関係だぞ、巻き込むんじゃねー!」
 龍哉がやけくそになって怒鳴り散らす。
「ちょっと、どうなっちゃうの!?」
 沙希が不安げに泰造に訊いてきた。
「わかるわけねーじゃねーか、こんなの……。ちくしょう、闘うしかねぇ!連中を掻き分けてつっきらねーと逃げ道なんかねーぞ!」
 泰造は金砕棒を構え、扉から身を乗り出した。
 その時、まわりから光の塊が弧を描いて飛んできた。
 がっ。
 鈍い音を立てて泰造のすぐそばで動きを止める光の塊。よく見ると、それは火矢であった。
「くそっ、焼き出す気か、それとも焼き殺すつもりか……」
 火矢を避けて小屋に駆け込んできた陽一が低く呟いた。陽二が小さく頷き、続きを引き継ぐ。
「いずれにせよ、このままこの小屋にいたら焼かれるだけだな」
 ターキアの兵士たちは腹を決めたらしく、再び小屋の外に飛び出していった。
「てめぇらもぼーっとしてねーで応戦しろよ!」
 後ろで龍哉が喚いている。その割に、自分ではすぐ横に山ほどある武器を手に取ろうともしないのだが。
「いずれにせよ、戦って勝てる数じゃねーってのはわかるよな」
 泰造が振り向きもせずに呟く。
「どうにかしてよ、泰造!」
 沙希が半狂乱になって叫んでいる。
 しかし、勝ち目はない。それは揺るぎない事実であった。

 当然、そのはずであった。

「さっきから気になるんだが……。この小屋……何か、妙な気配を感じないか?」
 出し抜けに言ったのは光介だった。
 火はまだそんなに大きく燃え広がってはいない。ただ、少しずつ、確実に広がって来てはいる。
「気配……?」
 泰造が訝しげに聞き返す。
 煙が喉を刺してくる。
「何か、良くない気配だ」
「ここは戦場だ。戦死した奴の怨霊くらいいて当たり前だろう」
 泰造の言葉に龍哉が露骨に嫌な顔をした。
「あのな。この期に及んで幽霊談義か?俺はそういう話は大っ嫌いだぞ」
「俺は好きっす」
 龍哉の子分の一人が言い、龍哉に小突かれた。
「言われてみりゃ、妙な寒気がするな」
 そういったものに鈍い泰造も何かを感じ出した。確かに気配を感じるのだ。
「や、やめてくれよ……さっき柱に変な御札見つけて、でるんじゃないかって噂してたんだぞ」
 言われてみると、武器に隠れるように小さな御札が貼られている。しかも、四方の柱にそれぞれあるようだ。
「見つからないように魔除けの類いじゃないのか」
 光介が冷めた顔で言う。
「……足元だ」
 泰造が足下を見下ろしながら呟いた。一斉に足下を見る。
「おい、それよりここ、マジでやばいぞ。そろそろずらからねーと……」
 龍哉は話題を変えたいらしい。しかし、龍哉の言うことは確かで、小屋の壁は確実に炎に包まれてきている。
「出よう。突っ込むことになってもここであぶり殺されるよりは遥かにましだ」
「ここまで燃えるとあとは火の回りが早いだろうからな」
 陽一と陽二が先陣をきった。
「よし、こうなったら強引に突っ切るしかない。一応お前らも雇われていることになってるんだから、それなりの働きはしろよ」
 光介がそういってあとに続く。
「そういやそうだったな。行くしかないか」
 泰造も金砕棒を構え直し飛び出して行った。沙希もそれに続く。
「ああっ、置いていくな!で、出るんだろ、ここ!」
 武器ももたずに小屋を飛び出す龍哉たち。
 外の乱戦は落ち着いてきていた。ターキアの兵はほとんどが倒れていた。やはり、数の差は大きいようだ。
 小屋から飛び出してきた泰造達にワッティ兵の目が向けられる。
 やはり、数は多い。これだけの数相手に勝てる自信はない。しかし、戦うしか生きる術はないのだ。
 泰造は身構えた。自警団たちも、沙希も戦える状態だ。
 背後で小屋が崩れる音がした。焼け落ちたのか。それにしては早すぎる。
「う、うわああああ。な、なんだこいつは!」
 龍哉の子分が喚いている。泰造はちらっと振り返ってみた。視界の端に妙な物が入る。巨大な黒い塊。
 その方向に目を向けてみる。
 巨大な、蟲であった。巨大な蟲が焼けた小屋の床板を突き破って地中から這い出していた。巨大な体に巨大な角を持った蟲。甲虫(ビートル)。しかし、その蟲は甲虫にしてもあまりにも大きい。それに、この角。これは遥か南の森で見かけた蟲の姿そのものだった。
「王甲蟲(ヘラクレス)!?こんな所に生息しているはずがないのに……!」
 叫ぶ泰造。王甲蟲ははるか南の森に生息する蟲。こんな北に生息しているという話は聞いたことがない。それに、この王甲蟲は自然のものではなかった。その堅い甲の表面にぎっしりと文字が刻まれていた。明らかに、人為的に。
「これは……?」
 呆気に取られる光介。
「おい、こいつ……」
「ああ。これは……生物の気配を感じない。生きてはいない!」
 陽一と陽二が顔を見合わせた。
「生きて……ない……?」
 小さく呟く沙希。
 しかし、目の前にいる王甲蟲は確かに動いている。それでも、生きていない?
 王甲蟲が折り畳まれた大きな翅を広げた。無残なほどにぼろぼろである。これでは飛ぶことはできない。それを悟ったのか、王甲蟲は疾りだした。木々を薙ぎ倒しながら。
 王甲蟲の突進を躱す泰造たち。突進してきた王甲蟲は躱されたためか動きを止めた。
「おい、こいつはなんなんだ!?確かに動いてやがる。それでも生きている気配はない。まるで……」
 泰造の言葉に光介が割り込んできた。
「生ける屍……。ターキアはこんな禍々しい技術を甦らせたのか!?」
 目の前にいる巨大な蟲。それは生ける屍……?
 王甲蟲の角はまるで刃のように磨き上げられている。自然の中の王甲蟲はこんな角ではない。これも人が手を加えたものだろう。
 この王甲蟲は兵器である。その命を絶たれたあと、殺戮のための兵器として甦った。いや、甦らされたのだ。
 王甲蟲が再び動き出した。今は戦うのをやめ突如現れた怪物から逃げ惑う両軍の兵たちに突っ込んでいく。そして、誰彼構わずその磨きあげられた刃の角の餌食にしていく。漂う血の臭い。
「な、なんなんだ、こいつは……!ターキアの兵器なんじゃないのか!?ターキア軍の兵まで殺してやがるぞ!」
 泰造は顔をしかめながら怒鳴った。
「違う。これは我々がワッティ軍から奪ったものだ!手に負えないので封印していたのだが……。封印の札が火で焼けたために封印が解けたらしい」
 近くにいたターキア兵が油汗を流しながら震える声で言った。
「なるほど、ワッティ軍は取り上げられたこいつを取り返そうとしていたのか」
「そうか、それであの力の入れようってわけだな」
 陽一と陽二が頷きあう。
 その間にも逃げ惑う兵たちを片っ端から血祭りに上げていく王甲蟲。まるで兵器として生れ変わったことを喜んでいる……?
 否。
 兵器として甦ったことは王甲蟲にとって屈辱でしかない。蟲の王者といわれる彼の命を奪い、あまつさえその屍を弄り、意のままにしようとした。殺戮のためにその屍を操った。
「奴を動かしているのはワッティの術だけじゃない!奴自身の人間に対する憎しみ……。だから、奴は人を襲おうとするんだ!」
 光介が叫ぶように言った。先刻から感じていた不吉な気配。禍々しい負のオーラ。それは、この生ける屍から発せられた、人間への憎悪に他ならなかった。
「奴は……人を、皆殺しにするまで止まらない……?」
「ならば……屍に戻してやるまでだ!命無きただの屍に!」
 泰造は身構え、そのまま王甲蟲に突進した。王甲蟲もその気配、殺気に感づいたのか泰造の方に向きを変えた。
 鈍い輝きを放つ磨かれたその角を突き出し泰造を待ち受ける王甲蟲。その巨大な角を金砕棒で横殴りに叩く泰造。鈍い音が辺りに響く。泰造の金砕棒は確実に王甲蟲の角を捉えていた。しかし、王甲蟲の角の堅さは想像以上であった。
 角は折れなかった。王甲蟲はその巨体にふさわしい凄まじい力で押し返してくる。鋼の金砕棒がしなった。この金砕棒が折れれば泰造はこの角に切り裂かれる。
 退かなければ。このままでは、なす術がない。
 死ぬ。
 強く押し返せばその分金砕棒にも力がかかる。泰造は少しずつ押されていく。
 だめか。
 勝てないのか。
 泰造が諦めかけたまさにその時、どこからともなく放たれる凄まじい殺気に気付いた。しかし、それは自分に向けられたものではない。
 目だけをその方向に向ける。そこには剣に精神を集中させた光介の姿。
 それを確認すると同時に光介の気配が不意に消失する。そこに確かに存在しているのに、だ。
 その刹那、消失したと思われた気配が爆発するように高まった。強烈な殺気。たとえ鈍感な者でもこの殺気にさらされれば恐怖に駆られるだろう。自分に向けられているわけでもないのに思わず怯むような凄まじい殺気。同時に、気合いのこもった叫びが光介から発せられる。
「しろがねの刃よ陽光に翻れ!輝陽剣(サネッシェンシュナイド)!!」
 裂帛の気合とともに振りぬかれた光介の剣が太陽の光を受け光の筋となって王甲蟲の角を貫いていく。
 鋼のように強固な王甲蟲の角は柔らかい藁束のようにあっけなく、すっぱりと断たれていた。剣が角にふれた音さえしなかった。空気を斬るように角が斬り落とされていた。
 角を失った王甲蟲は勢いあまって頭を地面に埋めた。
 一方、泰造はこの機に大きく飛び退き、王甲蟲との距離を広げていた。
 角を失った王甲蟲は相当に不利になったといえる。しかし、まだその堅い甲がある。まだまだ攻撃が通用するとも思えない。
 王甲蟲がその面を上げた。
 来る。
 そう思った刹那、陽一と陽二が間に飛び込んできた。二人がかりで王甲蟲に立ち向かう。一糸乱れぬ呼吸で王甲蟲を撹乱しつつ確実にダメージを与えていく。
 しかし、やはりあの堅い甲。このままでは埒があくはずもない。
 どうにかしてあの甲を破らねば。
 あの、光介の使った技ならばあの甲を打ち砕くのも容易いか。
 そうか、あの技。
 光介にできたなら俺にだって。
 泰造は金砕棒の先端に全ての精神を集中させた。
 眼前で暴れている王甲蟲さえもはや目に入らない。
 無。
 目を閉じ、再び見開く。目の前に迫る王甲蟲の巨大な体躯。泰造の体は操られたように王甲蟲の眉間に金砕棒を叩き込んでいた。
 何の感触もなかった。金砕棒が王甲蟲の甲に当る感触も何も感じない。ただ、その目には王甲蟲の甲が砕け、金砕棒がめり込んでいくのがはっきりと見えた。
 全身の感覚が一時的に麻痺しているようだった。一瞬遅れて、全ての感覚が戻ってくる。それと同時に手に凄まじい衝撃が走った。技のせいか全身に広がった倦怠感も相まって金砕棒を取り落としそうになる。
「いってー!」
 思わず叫ぶ泰造。
 甲をかち割られて動きを止める王甲蟲。そのひび割れた部分めがけて、陽一陽二が左右対象に槍を突き出した。槍が交差し、王甲蟲を貫く。槍は軟らかい腹を突き破り地面に達し、王甲蟲は杭を打たれたようになった。
 しかし、動きを止める様子はない。
「こいつ、不死身か!?」
「もう死んでるんだ、今さら改めて死んだりしないだろうよ!」
 泰造の叫びに光介が返した。
「それじゃ、術を解く以外にこいつを止める方法はないのか!?」
「そうだな……。問題はどうやって術を解くか、だ」
 どうすれば、奴の術がとけるのか。どのような術がかかっているのかさえ詳しくは知らない泰造たちに打つ術はないのか。
「ねぇ、あの背中の文字を消せば術がとけるんじゃないの?」
 沙希があまりにも当たり前のようなことを言う。しかし、逆に盲点だった。
「そうか、ナイスだ、沙希!で、どうやって消す?」
「えっ、えーと、えーと、わかんないや。えへへ」
 焦りのあまり笑ってごまかす沙希。
「えへへじゃないっ!」
 あの文字を消せば術がとけるというのなら、先程泰造が光介の必殺技を真似て甲を壊した時に動きを止めているはずだ。何せ、砕けた甲には呪文が刻まれていたのだから。
 それでも動きを止めないとなると、甲を壊して文字を消しても無駄なのか、そうでなければもっと徹底的に壊さなければならないかのどちらかだ。
「よーし、それならあいつの甲をひんむいて素っ裸にしてやる!」
「無茶な!」
 光介が泰造に向かって言う。しかし泰造はすでに動き出していた。
「つけ根だ!あの甲は飛ぶ時には開くんだろ!?それなら、つけ根を壊せばすっきり取れるはずだ!」
「よし……。わかった、あの翅のつけ根にもう一度輝陽剣だな!」
 光介が王甲蟲の前に飛び出した。そして、裂帛の気合とともに剣を振り下ろす。
 片方の甲が吹っ飛んだ。しかし、片方は残っている。そのためかまだ王甲蟲は動いている。動きはいままでより鈍くはなっているものの、羽根を片方失ったためか術が弱まったためかは分からないが、苦しげにもがき暴れ始めた。
「くそっ、二枚は無理か……」
 光介はかなり疲れた様子である。この技はかなり体力を消耗する。まして光介のそれは先ほど泰造が真似たものの数倍は精神集中の度合が高いようだ。そうでなければあの堅い甲をああもあっさりと斬れはしない。
 光介の様子からすると、回復するまでは輝陽剣は使えそうにない。
「一枚ぐらい、どうにかなるっ!」
 泰造は叫ぶと王甲蟲の背中にとびのり、残った甲に手を掛けた。
「このおぉっ、ぬうううぅぅぅぅ……」
 渾身の力をこめて王甲蟲の体から甲を引き剥がそうとする泰造。王甲蟲も必死に抵抗するが、術の弱まった王甲蟲の力は泰造の馬鹿力には及ばない。
「おおおおぉぉりゃあああああ!」
 泰造の裂帛のかけ声とともにいやな音を立てて王甲蟲の甲がもげた。それと同時に動きを鈍らせ始める王甲蟲。やがて、小さく痙攣したあとその動きを完全に止めた。

 その亡骸を弄り回され、揚げ句に兵器として甦らされた王甲蟲は、今こうして再びもとの命無き亡骸に戻った。
「今度はちゃんと土に還ることができればいいのだが」
 神妙な面持ちで呟く光介。
「そうだな……。しかし、一つ気になることがあるんだ」
 泰造の言葉に一同の視線が集まる。
「こいつ、何でこんな所にいたんだ?こいつ……王甲蟲は大陸のずっと南にしかいないはずなんだ。それなのに、何でこんな北の方に……」
 考え込む泰造。それに対し、冷めた顔で光介が言い放つ。
「答えは一つしかないだろう。何者かがここに運んだ。ワッティ軍と考えるのが普通だが……」
 陽一陽二が光介の後を続ける。
「ワッティにそんなことをする力はないよ」
「考えられるのは……」
「月読……か」
 低く呟く泰造。光介もその言葉に頷く。
「恐らくな……。ワッティの後ろ楯になっている月読様が力を貸したのだろう」
「あ、あの……ちょっといいかな……」
 申しわけなさそうにおずおずと口をはさんで来る沙希。
「なんだ?」
「龍哉、どこに行ったの?さっきから姿が見えないんだけど……」
 慌てて辺りを見渡す泰造。確かに、ここにいるのは泰造と沙希、光介に陽一陽二の五人だけだ。
「ああああああああっ、あいつら逃げやがった!いつの間に……」
 腹のそこから叫ぶ泰造。
「そういえば、王甲蟲と戦ってる時はもういなかったよな」
「だよね。多分王甲蟲が出てきた時にびびって逃げたんじゃないかな」
 顔を見合わせる陽一陽二。
「逃げ足だけは早いのは相変わらずね……。どこに逃げたのかなぁ」
 ガックリと肩を落とす沙希。今度は逃げた方角さえ分からないのだ。追うこともできはしない。
「あの王甲蟲に背中を向けて真っ直ぐに逃げたのなら、北だと思うけど」
「この北もしばらくは危険地域だ。また厄介に巻き込まれるぞ」
 陽一陽二が口々に言う。それを聞いて光介があきれた顔をした。
「まったく、助けに来てやったのに逃げるとは……恩知らずな奴だ」
「王甲蟲から逃げたんだろ。北に向かったと分かったら追うしかない」
 歩き出そうとする泰造を光介がひき止めた。
「陽二も言っただろう。この先も危険地域だ。深追いすると命の保証はない。たかが賞金のために命を捨てることもないだろう」
 光介の言葉に泰造はかぶりを振った。
「賞金のためだけじゃない。俺達とあいつらは賞金稼ぎと賞金首、追う立場と追われる立場だ。でもよ、俺達はあいつらにずいぶんと深く関わっちまったしな。そんな奴が戦場に突っ込んで明日も知れないってのを見捨てる気にもなれないんだ」
「……まぁ、その気持ち……分からないでもないがな。わかった、好きにしろ。ただ……俺はついてはいかない。この蟲の件で気になることがあるんでね。ちょっと戻って調べてみることにする。陽一、陽二。悪いがしばらくこの人達につきあってやっちゃくれないか?」
 王甲蟲の亡骸を見すえながら光介が言った。
「いいすよ」
「まかせてくださいよ」
「気になることってのはなんだ?」
 泰造はそれが気になるようだ。
「本当にこの蟲を復活させたのが月読様なのかを調べたいんだ。こんな忌まわしいことをするような統治者には大人しく従ってもいられないからな」
 厳しい表情で光介が言う。
「そう……だな」
 光介の気持ちもわかる。今まで信じてきた者に裏切られたような気分なのだろう。
 月読は確かに好き放題やっているが、ここまで遠いと月読の影響もないのかもしれない。それならば、月読を世界の主として敬うのは当然だ。
 その敬っている月読が、死骸を甦らせるような忌まわしい事を行っているとなれば大事である。
 辺りに重い空気が流れ出す。
「そうそう、さっきの……真似しやがったな」
 いやな気分を払拭するためだろう、光介がにやにやしながら明るく言った。
「あ、バレたか」
 泰造もわざとらしく明るく返す。
「しかし、見よう見まねでこんなに早く会得するとは、やっぱり侮れない奴だな。まぁ、威力はまだまだだが。しかもあの王甲蟲と互角の力か……。あんた、人間の常軌を逸しているぞ」
「その王甲蟲の角をあっさりと斬り飛ばしたあんたに言われたくないね。助かったけどさ」
「なぁ、本当に自警団に入るつもりないのか?惜しいよ」
 これは本音か。
 光介は不意に真顔になり一同を見渡してから低い声で言った。
「死ぬな。生きて帰ってこい」
「当然だ」
「ギャミで待ってるぞ」
 光介は泰造たちに背を向け、ギャミへ戻る道を歩き出した。
 泰造たちも同じ道を歩き出した。逆の方角、さらに北へ向けて。

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