賞金稼ぎ烈伝 Taizo!

第七話 闘神

 生きるために戦う。それは命あるものの運命。
 しかし、奴は違う。
 戦うために、生きている。

 森を抜け、広大な平野に出た。
 薄暗い森の中から来たので陽光が目映い。
 見渡すと道ははるかかなたの地平線まで続いている。この道をまっすぐ辿れば大陸の最北端、最果ての町モーリア。
 しかし、まだここはワッティ領内の前線地帯である。ワッティ軍に見つかれば戦闘は避けられない。ましてやこの見晴らしである。すでに見つかっている恐れは十分にある。
 しかし、ワッティ軍の動きはない。見つかっていないのか。それとも様子を見ているのか。
 いずれにせよ、泰造たちにワッティ軍の動きは分からない。そのため、精神のすり減る進軍である。
 長い緊張状態のせいか、泰造にも、陽一陽二にも若干の疲れが見える。沙希にいたってはすでに精神の疲労が極限に達したらしく、足取りはまだまだ軽いが顔色は優れず、疲労の色がにじみ出ている。
「なぁ、あとどれくらいでモーリアに着くんだ?」
 陽一陽二に泰造が問いかけた。泰造はもともと方向音痴で土地勘もなにもない。何よりも沙希を休ませたい。
「モーリアは今日中にはとてもじゃないけど着けないね。早くても二日、普通は三日かけて行くんだ」
「途中でモッカリオ村に立ち寄って、第一の関、第二の大戸を通過するんだ。第一の関と第二の大戸の間は完全にワッティ領だから入っちゃえばもう安全だよ」
 まだ道のりはかなり長いようである。
「あ、でもモッカリオに行けば驢駆鳥(ミュールファール)を借りられるな。そうすればかなり楽になるんじゃないかな」
 驢駆鳥は飛べない大型の鳥で、荷物を運ばせたり騎乗して移動する。
「そのモッカリオってのはどの辺にあるんだ?」
「もう少しだと思うよ」
「この先に分岐があって、そこを右に行くとモッカリオにつくんだ」
 言われて泰造は地平線の彼方を見やった。しかし、分岐らしいものは見えない。
「まだ遠そうだな……。しかたない、歩くしかないか」

 今、さっき見やった地平線の上に立っているのだろうか。
 果てしなく続いていた道は、いつの間にか地平線を被いだした森の中に続いている。
「おい、道は合ってるんだろうな」
 森があるとは聞いていなかった泰造が足を止め不安げに訊いた。
「どうだろう」
 不安をあおるような答えを返す陽二。
「確か、森の中に分岐があったんだよ」
 陽一の言葉で少し安心できる。
「それにしても、ずいぶん遠いな。日が暮れちまうぞ」
 言いながら泰造は沙希の様子をうかがう。見晴らしのいい平地に出たためか、先程に比べれば顔色はましになっているが、今度は肉体的に疲労してきているらしいのが見てとれる。
「……森か。ワッティの連中が潜んでなけりゃいいけどな」
 陽一が独りごちた。
「縁起でもないこと言わないでよ。まぁ、隠れるにはもってこいの場所だけどさ」
 陽二も不安をあおるようなことを言う。
「とにかく、日が暮れる前にモッカリオまでつかねーことにはな。こんなところで油売っちゃいられねーし、行くか」
 短すぎる休息を終え歩きだす一行。
 森が近づくにつれ、鳥の耳ざわりな声が聞こえてきた。
「やだなぁ、この鳴き声って屍肉を食らうっていう犲烏(ヒエナクロ)だろ?」
 陽二が言う。さっきからこの二人は不安をあおるようなことしか言わない。
「いーから、とっとと森に突っ込むぞ!」
 泰造は足を止めるでもなくずかずかと森に突き進んで行った。
「やだなぁ」
 いまいち頼りない陽一と陽二がそれに続く。
「やだぁ、置いてかないでよっ」
 沙希もあわてて走り出した。
 陽一と陽二を追い越し、泰造を探す沙希。すぐに見つかった。泰造は足を止め、森の奥に見入っている。あたりは何やら騒がしい。犲烏の声。嫌な予感がする。
「泰造……?どうしたの?」
 恐る恐る訊いてみる沙希。泰造は何も答えない。ただ、一点を凝視している。
 沙希もその方向に目を向ける。
 森の下生えが蠢いていた。
 いや、下生えではない。
 蠢いているのは、黒い何か。
 犲烏。
 おびただしい数の犲烏が集まり、森の地面を被い尽くしていた。
「な、何……?」
 犲烏が何かに集まっている。犲烏が集まるものと言えば思いつくものは一つしかない。
「どうしたんだ!?」
 陽一陽二も追いついてきた。そしてこの光景を目にする。
「おい、こいつは……」
「沙希、見るな。見ないほうがいい」
 泰造が沙希の肩をつかみ後ろに引いた。
 しかし、その瞬間に沙希の目に飛び込んできたものは、しっかりとその脳裏に焼きついた。
 小さく飛び退いた犲烏のいた場所から垣間見えた真紅に染まった衣。そこから伸びた枯れ枝のように細い腕。骨のまわりに申し訳程度の肉が残された、人間の腕であった。
「いやあああぁぁぁぁぁ!」
 沙希の悲鳴が森に響き渡り、それに反応した犲烏が一斉に飛び立った。
 犲烏という黒いベールが引き剥がされた後に残ったのは、数え切れないほどの無残な亡骸が打ち捨てられたように転がる、地獄絵図とも言えるおぞましい光景であった。

「妙だなぁ……」
 陽一が地面に転がっている屍体を恐る恐る見ながら呟いた。
「え?何が?」
 陽二もそれに倣い見渡すが、陽一が何を言いたいのかわからないようだ。
「お前ら、こんなの見て……平気なのかよ」
 吐き気をこらえながら泰造が二人に言った。胸のむかつきのせいで全て言葉にできない。肺は新鮮な空気を求めているが、息を吸えば肺に入るのは血腥い濁った空気である。また、吐き気が込み上げてくる。それをこらえるのが精一杯だ。
 沙希に至ってはその光景に背を向け、うずくまり震えているだけである。
「俺達は仕事で屍体は見慣れてるから。まぁ、これだけひどいのは初めてだけど」
「なぁ、何が妙なんだよ」
「だって、これだけ凄まじい戦闘の跡だってのに、ここに転がっているのはみんなワッティ軍の屍体じゃないか。見てみろよ、この傷なんか絶対に刀かなんかでザックリと斬られた傷だろ?そんな刀なんか使う近接戦闘で、こんなに片方の軍勢だけやられるってのはおかしすぎるじゃないか」
「やめてよぉ!そんな話しないでよおぉ……」
 陽一の生々しい話に涙声で喚く沙希。
「ご、ごめんごめん。……とにかく、これはただの兵隊のしわざじゃないかもしれないよ」
「よっぽどの腕利きの集団かぁ。でも、そんなに腕の立つ兵士がいたのならもっと早く決着がついてもおかしくないのに」
 陽二が不思議そうな顔をした。
「まーた、月読が絡んでるんじゃないのか?戦争が長引いてきたから一気にケリをつけるつもりで、すごいの連れて来たんだろ」
 つまらなそうに言う泰造。
「そんなはずないよ。だって月読様はワッティに武器を流してお金を稼いでるんだよ?自分のところで戦ってるわけじゃないし、戦争が長引いたほうがいいに決まってるじゃん」
 陽二のいいっぷりにあきれ返る泰造。
「……そんなこと言ってると団長に怒られるんじゃねーか?」
「でも、この辺じゃジョーシキだぜ。なぁ」
「うん」
 力強く頷く陽一。本当に常識なのだろうか。
「やーなジョーシキだな。なぁ、ジョーシキだってんなら光介もそう考えてるのか?」
「当然」
「それなら何でその時点で月読に嫌気ささないんだよ。蟲の死体生き返らせたくらいでショック受けるのにさ」
「それとこれとは話が別じゃん」
「なぁ」
 どの辺が話が別なのか泰造には検討もつかなかった。

 疑問を残したまま、惨劇の跡から離れた泰造たち。
 何よりも沙希がその場にいつまでもいるのを嫌がったのだ。当然と言えば当然である。これから日も傾き暗くなっていくというのに、死体がごろごろしているようなところにいたいはずもない。
 それに、悠長に足を止めている時間もない。日暮れまでにモッカリオにつかなければ、ワッティ軍がどこに潜んでいるかわからない森を夜に彷徨うことになりかねない。夜の森は待ち伏せにはもってこいである。ターキアの夜襲も考えられる。とにかく、危険きわまりない。
 陽一の記憶通り、森の中に分岐があり、雨ざらしになっているために文字の消えかけた道標が立っていた。
 道標によると小さな矢印のほうに向かうと百サイトほどでモッカリオにつくようだ。反対方向に向かうとモーリア。こちらは千八百サイト以上ある。ここからまる一日歩いてどうにかたどりつけると言った距離だ。
「ずいぶんと遠いんだな、モーリアは」
 道標を見て泰造がぼそっと言った。
「この辺まで来ると街もまばらになってくるし」
「小さな村は結構あるんだけどね」
 陽一陽二が泰造の言葉に返す。
「じゃあ、歩いていくとなるとその小さな村に寄ってそこで一泊か」
「急ぎの旅じゃないんならそれでもいいんだろうけどね」
「やっぱり驢駆鳥を借りたほうがいいと思うなぁ。宿代に比べると少し高いけど、少しだしさ」
「ねー、驢駆鳥って、背中に乗れるんでしょ?楽になるし、面白そう」
「うーん、金がかかるのはなぁ」
 少し渋る泰造。
「必要経費でしょ、けちけちしない!」
「お前、俺の金だと思って……自分の分は自分で出せよな」
「もちろん。だからいいでしょー?乗りたい乗りたーい」
 村が近づいてきたからか、沙希がだんだん元気になってきた。
「うー、出費がかさむなぁ。この辺でなんとかして金を増やしておかないと苦しくなるな……」
 財布を取り出して泰造は愚痴った。前回、清春を捕まえて八万ルクをもらって以来、一ルクも収入がない。まして、そのうち三万ルクは沙希に持っていかれている。
 ここまでは出費もあまりなかったものの、これからさらに北に向かうとなると、寒さを防ぐために新しい服も買わなければならない。モーリアは最果ての地。極寒とまではいかないが、海の向こうにあると言う永久凍土から来る冷たい風のために寒冷な気候である。今までの装備では寒さをしのげきれないだろう。
「モーリアについたら二十二号以外のちゃんとした賞金首を探さないとな……」
 そう独りごちる泰造にとっては、龍哉はちゃんとした賞金首ではなくなっているようである。

 ともかく、百サイトの距離は大した距離ではなかった。夕日が空を茜色に染める頃にはモッカリオ村にたどりついた。
 家はまばらで代わりに畑や大きな牧場があちこちにある閑静な農村である。
 しかし、街道沿いであるということと、驢駆鳥を借りようという旅人がよく訪れるため、宿泊施設は整っていた。
 とりあえず、高からず安からず、ごく普通の宿に泊まることになった。
「部屋は四人部屋でいいよな?」
 宿の受け付けで泰造が振り返りもせずに言った。
「えっ、四人部屋?」
 陽一が驚いたように言った。
「ああ。割り勘でさ。一人ずつ部屋を借りると八十ルクだろ。でも四人部屋一つだと一人あたり三十ルクで済むんだぞ」
「で、でも」
 陽二も気まずそうな顔をする。その陽一と陽二は沙希のほうに視線を向けている。
「なんだ、沙希のことなら気にするなよ。こいつ男みたいなもんだし」
 泰造が言うや否や沙希が泰造の足を思いっきり踏んづけた。
「あいたっ、何しやがる!」
「泰造のほうこそなんてこと言うのよっ!」
「俺が何か言ったか!?」
「言ったじゃないの!こんな純真可憐な美少女を捕まえて、男みたいなもんだとはなによ!」
「自分で言うか、そういうこと。お前のどこが純真可憐な美少女なんだよ」
「まぁまぁ」
「まぁまぁ」
 いきなりもめだした泰造と沙希を引き離しにかかる陽一と陽二。街で起こった喧嘩の仲裁も自警団の仕事のうちなので手慣れたものである。
「で、結局どうすんの、部屋割りは」
 まだふくれっ面の沙希が陽一と陽二を交互に見やる。
「と、とりあえず俺達は二人で同じ部屋に泊まるよ。二人部屋。そっちはそっちで決めてね」
 陽一がいうと陽二も小さく頷いた。こういう場合はいつもそうしているようだ。
「なんだよ。二人部屋だと百ルク取られるんだぞ。一人頭五十ルクもするじゃないか」
 不服そうな泰造。
「いいじゃない。けちけちしなくても」
 涼しい顔で沙希がいう。
「いっとくけど、宿代は自腹だぞ。おごってやるわけじゃねーからな」
「わかってるわよ、そのくらい」
「……ドケチのお前が珍しいな、五十ルクで納得するなんて」
「あんたに言われたくないんだけど」
「まぁまぁ」
「まぁまぁ」
 今度は早めに引き離しにかかる陽一と陽二。
「まぁいいか。じゃあ、二人部屋を二つ借りるってことで」
「はいよ」
 前払いの料金を支払い、引き換えに部屋の鍵を二つあずかった。番号が続いているので隣同士のようだ。そのうち一つを陽一に渡す。
「じゃ、明日は飯を食ったらさっそく驢駆鳥を借りに行くことにしようぜ」
「そうだね」
 そんなに大きな宿ではない。部屋にはすぐについた。
「それじゃ、おやすみなさーい」
 沙希がそういって一足先に部屋に入っていく。
「ところでさ」
「ん?」
 陽二が泰造に声をかけてきた。
「泰造さんと沙希さんって兄妹なの?」
「いや。単なる同業者だな」
「……」
 訝しげな顔になる陽二。
「??なんだ、どうした」
「二人とも、兄妹でも恋人でもないのによく同じ部屋で寝られるね」
「そんなことか。俺は沙希のこと男と大差ないと思ってるから全く平気だぜ?」
 苦笑いを浮かべる陽二。
「沙希さんは?」
「あいつも自分のことを男だと思ってるんだろう」
「聞こえてるんだけど」
 背後から突然沙希が声をかけてきた。
「お、おやすみなさい」
 あわてて逃げるように部屋に入っていく陽二。逃げているのだから当然か。
「あたしが自分のこと男だと思ってるって?」
「じょ、冗談に決まってるだろ?」
「真顔で言ってたように見えたけど」
「俺はいつだって真顔だぜ」
「いいかげんなこと言ってごまかさないでよっ」
 沙希は素早い動きで泰造を締め上げた。
「ちょ、ちょっとタンマ……」
「問答無用!」
 泰造の意識が遠のいていく。
「あのー、さっきは変なことを言ってごめんね」
 突然、陽二が部屋の扉をあけた。
 こちらの部屋が騒々しいので先程のことが原因かと思い頭を下げに来たのだ。
 その陽二と沙希の目がばっちりあった。
「あ、これは、そのっ」
 沙希があわてて泰造を解き放ち弁明しようとした時にはすでに扉は閉まっていた。

 夜が明けた。
 各自めいめいに選んだ店で朝食を取り、村の中央広場に集合した。
「で、どこに行けば借りられるんだ?」
 泰造に言われ、陽一が牧場の小屋らしい建物を指差した。
 牧場の方にはまだ放されていないらしく、驢駆鳥の姿はない。
 小屋に近づくと、騒がしい驢駆鳥の鳴き声が聞こえてきた。小屋の入り口には『ようこそモッカリオ平原驢駆鳥牧場へ・旅のおともに驢駆鳥。ふれあいひろばで驢駆鳥と遊ぼう』などと書かれた看板が掲げられている。
「一日レンタル一匹につき六十ルク、超過一日につき二十ルクだって」
 扉にかかった札を読み上げる沙希。
「なぁ、こいつらレンタルしてモーリアまで行くのはいいけどさ、そのあとはどうするんだ?返しに来ないと超過料金取られるんだろ?」
 料金が不安になりだした泰造が陽一に訊いた。
「モーリアには驢駆鳥のステーションがあるからそこに返せば一日分の料金で済むんだ」
「なるほど」
「ねー、ギャミにもあるの?そのステーションって」
 沙希の問いに答えたのは泰造だった。
「ギャミとモッカリオの間には深い森がたくさんあったろ?驢駆鳥ってのは森みたいな足場と見晴らしの悪い場所を嫌がるんだ。だからギャミにはいけねーよ」
「へー、そうなんだ。よく知ってるね、そんなこと」
「俺はガキのころから世界中を旅して歩いてんだ。なんでも知ってるぜ」
「字は読めないけどね」
「うるせーや」
 小屋の中に入っていくにぎやかな一行。もっともにぎやかなのは沙希と泰造の二人だが。
 小屋は厩舎も兼ねているらしく、何羽かの驢駆鳥が干し草をついばんでいた。
「いらっしゃい、見学ですか、レンタルですか」
 つなぎを着た農夫が声をかけてきた。
「レンタルです」
 手際よく手続きを始める陽一。そちらは陽一に任せることにして、小屋の中をぶらぶらしはじめる泰造と沙希。
「うわー、おっきい鳥ー。初めて見たぁ」
 驢駆鳥を間近に見て沙希はすっかり浮かれている。
「別に珍しくもないけどなぁ。南のほうに行くといくらでもいるぜ。まぁ、この辺じゃ珍しいかもしれねーけどさ」
「えっ、じゃあ泰造はもう乗ったことあるの?」
「ああ。特に砂漠地帯なんかじゃ、食料や水も山ほど運ぶことになるから荷物が増えるし」
「へー、いいなぁ。あたしね、小さい時から鳥に乗って空を飛ぶのが夢なの。この鳥は飛べないけど」
「そうか、それでさっきから浮かれてるんだな」
「えへへへ」
 もう待ちきれないと言った顔の沙希。
「泰造さーん。借りるのは一人一羽と荷物用の計五羽でいいですね」
 カウンターの陽一が声をかけてきた。
「そうだな」
「普通のでいいですよね?何か倍速種(ツインターボ)とか言うのがいるんですけど」
「なんだそりゃ」
「最近開発された新種でレースなんかにも使われているそうで」
「そんなのもいるのか。聞いたことないぞ」
 なんとなく興味が湧いたので、見せてもらうことにした。
 『ふれあいひろば』の看板が掲げられたゲートから外に出ると、遠くのほうをそれらしい鳥が何匹か走っているのが見えた。
「おっ、だれか乗ってるぞ」
「レースしてるみたいね」
「なーるほど、ありゃあ速いや。俺も乗ってみるかな」
「あっ、あたしも乗りたーい」
 そういうと、乗せてもらえることになった。もともとそういうところなので細かく料金を取られはしたが。
 泰造は倍速種に乗せてもらえたが、騎乗経験のない沙希は通常種からということになった。
 未練の残る顔で通常種にまたがりのんびりと歩き回っている沙希の横を泰造の倍速種が走り抜けていく。
「いいなぁ」
 うらやましそうな顔でその泰造を見送った沙希の横を、さらに沙希ほど遠くを走っていた一団が駆け抜けていった。
「あ、あれっ」
 その一団の顔を見て沙希が驚く。
「あーっ、龍哉!」
「なにっ」
 泰造がその声を聞いて顔を確認する。
「げっ、賞金稼ぎ!お前らなんでこんなところにいるんだよ」
 確認するまでもなかったようだ。
「それはこっちのセリフだああぁ!」
 泰造の驢駆鳥が加速する。
「やば……このままずらかるぞ!」
 龍哉たちの驢駆鳥もスピードを落とさない。
「させるかっ!」
 追う泰造。龍哉たちの乗った驢駆鳥は柵を飛び越え、大平原へと飛び出していった。
 泰造の驢駆鳥も柵を飛び越える。が、着地した時その背に泰造はいなかった。少し遅れて泰造が頭から地面に落ちる。
「ま、待てーっ」
 泰造の叫びは龍哉に向けてか、泰造を落として暴走する驢駆鳥に向けてだろうか。
 龍哉たちの乗った驢駆鳥とだれも乗っていない驢駆鳥は遥か地平線に向けて疾走し、地平線の彼方へと消えていった。

「倍速種はスタミナがあまりありませんから、二十サイトも走るともう疲れて走れなくなります。そうすると長い休憩が必要です。その間に捕まるか、乗り捨ててくれば帰巣本能があるのでほっといても戻ってきます」
 貴重な倍速種驢駆鳥を盗まれても落ちついている訳がわかった。
「しかし、あいつはつくづく運がないよなぁ。逃げたつもりで俺達の先回りしやがる」
 呆れたように泰造が言った。
「なのに捕まんないのね〜」
 溜め息をつく沙希。
「とにかく、あの方向はモーリア方面だよ。あのまま行くと第一の関で引っかかると思うし。とにかく追いかけよう」
 そう言うと驢駆鳥にまたがるやる気十分の陽一。
 のんびりと歩く驢駆鳥の背の上に揺られながら北を目指す。
「こりゃ、時間がかかるなぁ」
 先程乗った倍速種の感じが残っているため泰造にはより遅く感じる。
「でも歩くよりましでしょ。楽だしね」
 楽しそうな沙希。
 驢駆鳥の背に揺られ、大平原をゆく。見渡すかぎりの大平原。彼方の地平線のうえにぼんやりと森が見える。
「もうすぐ第一の関が見えるはずだよ」
 地平線の向こうを指差す陽二。まだまだ遠そうである。
 さらに先に進む。
「あっ、何か見えてきた」
 沙希が大きな声を出した。
「えっ、まだ第一の関じゃないはずだけど」
 陽一も目を凝らして見る。
「何だろう……」
 近づけば一目瞭然だった。
「驢駆鳥だ……」
 龍哉たちが乗っていた驢駆鳥だろう。乗り捨てたのが休んでいるのだ。
「やっぱりこの道を行ったんだな」
「第一の関を通る気だね」
「関なんて通れるのか?賞金首だぞ?」
「まぁ、無理だね」
「とりあえず行ってみるか」
 再び第一の関を目指し歩きだす泰造一行。
 しばらく行くと再び地平線の上に何かが見えてくる。
「今度こそ第一の関だ」
 しかし、様子がおかしい。
「ずいぶんと人がいるみたいだけど」
「あんなに混んでたかなぁ」
「ツアーの団体でも通ったのかなぁ」
 陽一と陽二が不思議そうに言う。
「この戦時下にか?」
 泰造が突っ込む。
「ないか」
「ないね」
「じゃあさ、なんなの、あれ」
「あれは……!!戦闘だ!」
 よく見ると、関の前では戦いが繰り広げられていた。
「ターキア軍の襲撃だ!」
「ど、どうしよう」
 驚く陽一、とまどう陽二。
「黙ってみてる訳にもいかねーだろ!行くぞ!」
 驢駆鳥を急がせる泰造。
 しかし、驢駆鳥の通常種は自分に危険がないと走らないのだった。

 泰造たちが第一の関にたどりついた頃にはだいたい決着がついていた。奇襲したターキア軍にワッティ軍が投降したらしい。ワッティ軍の兵士たちが武器を捨てて地面に座らされている。
「くそっ、何もできなかったぞ」
 悔しがる泰造。
「でも死人がでてないみたいだから良かったじゃない」
 沙希なだめるように言う。
「とにかく、通してもらえるのかどうか訊かなくちゃ」
「それに、例の賞金首が来たかどうかもね」
 陽一と陽二がそういって遠巻きに兵たちに声をかけた。
 関はすでにターキアの占領下にあるので決定権はターキア兵が持っていた。ターキア兵は、好きにしろ、とだけ言った。龍哉に関しては、戦闘に紛れて手薄になった関の隙をついて通ることはいくらでもできただろうから、通ったかどうかわからない、とのことだった。
 守る者がいなくなった関を通過する泰造たち。
「しかし、よく通してくれたな。こんな状況でよ」
 泰造が振り返りながら呟く。
「ターキアの目的はこの関の管理じゃなくて撤去なんだろうね。それなら、なくなったも同然の関を通ろうが何しようが勝手なんだろうな」
「そうか、この関を取り払うことでワッティ領民の流出を促し兵力になる人間を減らすのが目的かな。ワッティの徴兵の厳しさはよく聞くし、領民の不満も高まっている。この関が解放されたのを知れば領民がモーリア方面に流れだすのは必至だね」
 口々に言いあう陽一と陽二。
「何かややこしい話だな」
 泰造はいまいちピンとこないようだ。
「何でギャミ側の関じゃなくてこっちの関にしたのかな。モーリアの方面に逃げても追い詰められるようなもんじゃない。ギャミ側のほうが逃げ場所あるよ」
 不思議そうな沙希。
「さあ、今のも推測だから何とも言えないよ。まぁ、考えられるのは逃げてもどうせ行き止まり、追い詰めたところであとから……ってところかな」
 陽二が少し考えてから言った。
「じゃ、何か?まさかターキアはワッティを占領したらモーリアに攻めこむつもりなのか?」
 泰造が語気を荒げて言う。
「そうかもね」
 陽二が怖いことを表情も変えずに言ったその時。
 今し方通り抜けた関の向こう側から断末魔の悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんだ!?」
 少し遅れて、何人かのターキア兵が関をくぐって逃げてきた。
「何があったのかな」
 不安げに呟く沙希。
「行ってみよう!」
 驢駆鳥の向きを変え、関にとって返す泰造たち。
「どうした!」
 逃げてきたターキア兵に泰造が尋ねた。
「わからん!とにかく、とんでもなく強い奴がやってきた!」
「ワッティの増援か?」
「違う!あれはワッティ軍の奴じゃない!縛られて捕らえられていたワッティの兵もそいつにやられた!」
「どういうことだろう……」
「何か、危なそうだ。俺が様子を見てくる。近づくんじゃねーぞ!」
 泰造はそう言うと驢駆鳥の背から飛び降り、関へと駆け出した。
 関をくぐり抜けた泰造は息を呑んだ。
 大地が紅く染まっていた。
 激しい剣戟の音。
 戦っているのはターキアの兵数名と長い黒髪の風変わりな出で立ちの男。
 そのターキア兵の一人の血が大地をさらに紅く染めた。
 知らない奴ではない。見たことがある気がする。どこだ、どこで見た?
 見ている間にもターキア兵は一人、また一人と倒れていく。
 強い。
 泰造がその男の方に向かって駆け出した時にはすでに最後のターキア兵も倒れていた。
 その男が、縛られ地面に座らされてワッティ兵に向き直る。逃げようとするワッティ兵。だが、縛られている体ではどうすることもできない。男はつかつかとそのワッティ兵に歩み寄り、持っていた刀をふりあげ、そして振り落とした。
 ぎん。
 男の刀は固い物にぶち当たり、行く手をはばまれた。金属の棒だった。
 間一髪、泰造の金砕棒が男の剣を止めたのだ。
 無言で泰造をにらみつける男。そして感情のない声で言う。
「邪魔をするな」
「思い出したぜ、てめーは豪磨だな!?手配番号三十九号、豪磨!」
 叫びながら、金砕棒を持つ手に力を込める泰造。瞬間、豪磨は金砕棒を払いのけ大きく飛び退いた。
 豪磨。モッカリオ村をでる時に、緊急手配の指名手配書が張り出されていた。モーリアのほうで小さな村をいくつか壊滅させ、モーリアの街でも何名かが被害にあっている通り魔。
 金品を狙うでもなく、悪戯に人の命を弄ぶ。手配書にはそう書かれていた。この手の煽り文句はいつもおおげさに書かれるので実際はどのくらいの凶悪犯なのかはわからないが。
 しかし、いまし方の所業を見れば、その手配書の煽り文句も、満更嘘ではないことがわかる。
「ふっ、賞金稼ぎか。面白い。名乗っておいた甲斐があったと言うものだ」
 不敵な笑みを浮かべる豪磨。
「名乗っておいた?どういうことだ!」
「名乗っておけばお前のような多少は腕に覚えのある強者が俺に挑んで来るだろうと思ってな。その通りだろう?こうでなくてはつまらん」
「なめやがって……」
 歯を食い縛り、再び豪磨に飛び掛かる泰造。
 金砕棒を両手で持ち、渾身の力をこめて振り下ろす。豪磨は刀でそれを受けようと身構えた。
 甘いぜ。俺のパワーはそんな細身の刀で受けられるようなもんじゃねーぞ。
 泰造の金砕棒が豪磨の刀にぶち当たり、激しい音を立てた。
 豪磨の刀は折れ、金砕棒は豪磨の肩を打つ。そのはずだった。
 しかし、豪磨の刀は折れるどころか曲がりもしなかった。そのまま押し返し、金砕棒を外し飛び退く。
 その瞬間、黒光りしていた刀が陽光を受け輝いた。他の金属には見られない澄んだ空のような青い輝き。
「くそっ、その刀は天青鋼か!?」
「そうだ。山向こうの砦の士官が持っていたものだ。自分じゃ戦いもしないくせにこんなにすばらしい武器を持っているなんてもったいない話だ。武器はアクセサリーじゃない。使ってこそ価値がある」
 豪磨は笑みを浮かべると刀を掲げた。再び青く輝く。
「それだけやりゃあ、気も済んだろう?これで終わりにしてやる!」
 再び構える泰造。
「泰造さん、加勢するよ!」
 陽一と陽二が見かねてか飛びだしてきた。
「来るな!」
 泰造はそちらに目も向けず叫ぶ。
「おめーらが相手にできるような奴じゃねーよ。今までの戦いでわかった。沙希を連れて逃げろ!」
「でもそれじゃ泰造さんは……」
「どーにかなる!俺が食い止めてるうちに早く逃げろ!」
「どうにかなる、か。本当にどうにかなるのか、試させてもらおうかな」
 言うや否や豪磨のほうから仕掛けてきた。
 豪磨の刀の切っ先を紙一重のところで躱す泰造。冷や汗がどっと出る。
 さらに、構えなおすでもなく返す刀で切りつけてくる。それは金砕棒で受け止めた。そのまま刀を払いのけ、金砕棒を振りぬく。しかし、当たる直前に豪磨の姿は消えうせた。視線を泳がせると、少し離れたところに着地する豪磨が捉えられた。
 なんて奴だ。パワー、スピード、技術。それをとっても並の奴とは違う。あれだけやって息も切れてねぇ。
 少なくとも、あの刀さえどうにかできれば。
 泰造が豪磨に勝てるのは力くらいのものだろう。しかし、あの刀は泰造の力を持ってしても打ち砕けない。
 手だてはある。が、それもうまくいくかどうかわかりはしない。それに、それを実行に移す余裕などまるでない。
 奴に隙さえできれば。
 泰造は豪磨の隙を探す。しかし、そんなものあるわけがない。
 勝てねーのか。
 俺は、ここで負けちまうのか。
 いや、諦めねーぞ。
 泰造が気合を入れなおしたその時だった。
『双陽斬!』
 ステレオの声とともに目の前に二つの光の半円が出現した。
 陽一と陽二だった。同時に振りぬかれた槍の切っ先が光の半円を描いたのだ。
 それよりも、この二人がすぐ近くにきていたことが意外だった。気配は感じられなかった。いや、ただ単に目の前の相手に集中しすぎていて周りに気づかなかっただけなのかもしれない。
 豪磨も直前になってようやく気づいたらしく、不意を突かれ驚いた顔をしていた。
 そう、豪磨は驚いていた。そして、少なからず隙が生じている。その隙を泰造が見逃すはずもなかった。豪磨の隙は、陽一陽二の攻撃を躱したぶん大きい。あわてて体勢を立て直した時、まさに泰造が襲いかかろうとするところだった。
 振りぬかれる泰造の金砕棒。すんでのところで豪磨の刀はその金砕棒を受け止める。
 ように見えた。
 瞬間、泰造の金砕棒の先端が光を放った。太陽の反射ではなく、光を放ったのだ。そして、その光が消えると光に包まれていた刀の刀身が消失していた。残った部分が弾かれて弧を描きながら飛び、地面に突き刺さった。
 光介が使い、そのまま真似て習得したあの技だった。
 刀が折られたのに気づき、あわてて後退する豪磨。
「ば、馬鹿な!一体どういう……」
「チッ、やっぱ集中できる時間が短すぎたか……。刀を折るのが精一杯だ……」
 技の後遺症で手が痺れ返り動かせないものの、相手の刀が折れたので余裕の笑みを浮かべる泰造。
「くっ、止むを得ん!」
 吐き捨てるように言うと、残った刀の柄を投げ捨て、逃げる豪磨。
「逃げるんじゃねぇ!くそっ……」
 泰造の体は自由に動かず、追うこともできない。
「どこに逃げる気だろう?」
「あっちには何もないぞ。街も村も……」
 陽一と陽二が不思議そうな顔をする。
「大丈夫!?」
 沙希が駆け寄ってきた。
「ったく、おめーら、逃げろって言ったじゃねーか」
 三人を見渡し、泰造が怒ったように言った。
「自警団として、敵に背を向けるなんてできないよ」
「まして、そいつ相手に戦っていたり、襲われてたりする人がいるならね」
 と、陽一陽二。
「ほんというとね、足がすくんじゃって動けなかったの……」
 沙希がばつ悪そうに言う。
「ごめん、あたし何もできなかった。逃げることも手助けすることも。まだまだだね、あたしって」
 悔しそうに言う沙希。その方をぽんとたたき、泰造が言う。
「なーに、無事ならいいさ。借りはあとで返しゃいいんだ」
「えっ、今のってもしかして借りになっちゃうの?えーっ、ちょっと変じゃなーい?」
「そんなことねーだろ。……あいつに逃げられたのは悔しいけど、どこに逃げたかわからない以上、追いようもない。あいつは情報が入るまで手も出せそうにないし、やっぱり二十二号を追うしかないな」
 言いながら、待たせておいた驢駆鳥にまたがる泰造。
 一行は、悔いを残しつつ、さらに北上していくのだった。
 最果ての街、モーリアへ。

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