提出した修学旅行自由行動のプランも無事通り、後は修学旅行を待つばかり……なのだが、すぐに修学旅行が来るわけではない。場合によっては攻防も繰り広げられるようなスケジュール、最初の提出期限は当然余裕をもって設定されている。
そして、他のクラスまで含めて確認しないと検出しきれない他グループとのこっそり合流探しに心血注げる暇も時間も体力も、教師には残されていない。
再提出は何も男女絡みのの策略が原因でばかり起こるわけではなく、移動時間をうっかりマイカー移動の所要時間で算出したとか特急電車前提のスケジュールにしてしまい実際にその通りに行動するには時間的金銭的に無理があるとかそういう理由の方が多い。教師としてははそう言うのも一つ一つチェックしないといけないのでそれだけでも時間が掛かる。
姑息な策を巡らす輩などむしろ問題ではない。天然ボケでうっかり実現不可能プランを提出してきて修学旅行を台無しにしかねない連中の方が問題なのだ。社会人ならそんなのは自業自得と嘲笑されるだけだが社会人である教師がまだ社会人ではない高校生をそんな目を遭わせたら、モンスターペアレントが身構える前に襲ってきて逃げても回り込んでくる。そうならないようじっくり対処すべく、余裕あるスケジュールで動いているのだ。
まあそんなのはドジっ子でない我々には関係なく、先生にも楽な思いをさせて何事もなかったかのように修学旅行まではしばらく日常の学校生活が続くのである。
修学旅行より先の話になるが、夏休みには日本のどこかで全国高校総体・インターハイが行われる。うん、どこで開催されようが我々には関係ないよ。予選で負けるから。でもその予選には負けるとわかっていても出るのだ。
で、その出場権を巡るバトル勃発となった。出場枠は男女ともにシングルス、ダブルスの3名に加え混合一人ずつの計4名。計ったように四天王にぴったりだね。というわけで俺に拒否権はなかった。出場権じゃなくて義務じゃん。
俺たちの場合、誰がどれに出るかが問題になった。と言うわけで、ダブルスに出るコンビを決めるべく四天王3年生コンビVS2年生コンビで決戦を行った。
まあ、四天王の前のゴールデントリオに俺がいつの間にか組み込まれるまではゴールデンコンビだった二人だ。そして俺のパートナーは四天王の中で最弱。やるまでもないわな。
そう思っていた時期が俺にもありました。って言うかさっきまで思ってました。なんか勝っちゃいましたわ。あれえ?三沢は言うまでもなく、俺もナガミー相手に練習してるから自覚はなくても腕が上がってたみたい。しかし同じどころかもっといい条件だと思われる高商四天王は大したことないよな。……ぽてんしゃる?まあここにいない人をディスるのはやめよう。
俺たちが勝ったことで俺と三沢はダブルスに出場することになった。桐生と江崎はサシの勝負で勝った方がシングルに、負けたらカノジョと混合に。あれ?それってつまり……さっきので俺たちが負けてた場合、混合どうなってたんだ?俺のカノジョはちょっとならテニスやれるがテニス部員じゃないし、三沢のカノジョは凄腕テニス部員だが他校生だ。どちらになっても普段あまり組まない相手と出場することになってたのでは……。あぶねーな、さすが桐生何も考えてねえ!いやまあ今それに気付いた俺も全く人のことは言えないんだけど。
ちなみに桐生が勝っても江崎が勝っても、パートナーになる市村、穂積共に十分な実力者だ。ともすれば俺たちが彼女らと組まされてた可能性すらある。
この勝負で桐生が勝ち、シングルスに桐生、混合に江崎・穂積ペアが決定。女子の方は桐生の行き当たりばったりを読んでいたらしく様子見を決め込み、市村がシングルスに、ダブルスは2年生の裕子&舞カップルが選ばれた。この二人ってそんなに強かったっけ?まあ息は合ってるけど。俺は女子の方はあまりよく見てないからよくわからんわ。
後で聞いた話では市村・穂積がダブルスで出ることになった場合には町橋と根室がシングルと混合に出るようになってたらしい。2年3年の女子の方は一番へっぽこだと思ってる留奈と素人から途中入部のなかスッチー含めて、それほど大きな実力差はないらしい。だから後はやる気順って感じだった。とにかく、いろいろ見越してプランを立ててくれた市村がナイスすぎる。いい嫁になるのは間違いないのでとっとと桐生と結婚しろ。
さて。インターハイ予選もまだ先だし、それは修学旅行もだ。ネタもないのでそろそろ新一年を、いやもうそろそろ新しくもない一年を紹介しておこう。三年生どころか二年生すらまともに紹介なんかしたことない気がするけど。何となく予感がするのだ。今ここで紹介しておかないと彼らは日の目を見ることなく終わると。
何せ主に女子を独占する目的で男子部員の間に蔓延っていた、上級生が下級生を締め付けてきた悪習は消滅し、俺たちと一年生の間に確執は特にない。トラブルも起こらず平穏に付き合ってるだけではただのモブと変わらず出番などないのだ。
男子は以前見た目の第一印象だけで軽く紹介したがだんだんテニスの腕前も露見してきたのでそれも交えて改めて紹介だ。
まずは筆入英佑。ちょっと子供っぽいがアイドルみたいな美少年だ。テニスもどじっ子かわいい感じ。へっぽこなんていったら可哀想だし、そこら辺も萌えポイントって感じで早速結構モテている。成績もへっぽこ。この顔だからそれが許される、あるいはそれだからこの顔でも許せるって感じか。
その次にイケメンだと思うのは上井淳裕。……だと思うんだが、俺のセンスが時代にそぐわないのかそれほどモテてはいない。昭和ならきっとモテてた。よくカミイと間違われるがウエイである。一年男子では一番テニスが強い。成績もいい方で、優良物件だと思うのだがモテてない。
次は相原圭一。顔を見ると存在を思い出す。逆に言えば視界に入らないと意識に上らないくらい影が薄い、ポスト三沢である。全てが平均、毒にも薬にもならない性格。女子からの人気も普通にあるが三沢と違って目を付けられてる女子も普通だ。
最後は椎名梅次郎。大時代的な名前も、その割にジャマイカンイン高工の外見もインパクトはある。いかにも助っ人外国人と言った感じだが、テニスはいまいち。上背と筋肉を武器に繰り出した必殺のサーブがネットに突き刺さる!コントロールさえ何とかできれば伸びるかもな。結構パリピ。その辺もいかにもジャマイカンなのだが、ジャマイカは関係なかった。
男子は以上。次は女子だ。って言うか二年男子にすらフルネーム明らかじゃない奴いるのにサービスし過ぎな気がするが、まあいい。今年は女子の入部が多かった。男子の間では例の『やれペ部』伝説がフェードアウトしたのに対し女子の方のロマンスな噂は盛り返したみたい。男子からの認識はただの弱小テニス部だが女子は恋のテニス部を期待してきてる感じ。
まず紹介するのは飛石依琉美。そのままいるみとかいるみんとか呼ばれている。はっきりと「ん」が聞き取れる人以外はどっちで呼んでるのかはっきりしない。見た目としては美人寄りの普通。全体的にスレンダーで純和風って感じがする。テニスはまあまあ。
次は飯尾織姫。そのまま織姫かひめと呼ばれることが多い。顔に関するコメントは避けるのが優しさ。胸も尻もでかいのでそっちに注目だ。腹もちょっと出てるけど。腕や足も太いが割と赤身多めらしくパワーもスピードも申し分ない。成績もなかなからしく頼もしい感じ。姫というより女王の貫禄がある。
伊地井清乃。通称きぃちゃん。かわいい寄りの普通。座敷わらしみたいな佇まいの小柄でかわいらしい子だ。テニスは……楽しんでいるようだしいいんじゃないだろうか。男目当ての初心者なのでこれから伸びる可能性は大いにある。
越智久美子、通称くぅちゃん。俺の基準では一年で一番の上玉。儚げで可憐だがもうちょっと栄養をとって鍛えた方がいいと思う。テニスの技は冴えるが見た目通りパワーが足りない。成績も良いようなので体力と胸……体型が課題。
最後は前船木かなえ。きぃちゃん、くぅちゃんときたので後はわかるな?……と言いたいところだが、かぁちゃんとは呼ばれてない。かなと呼ばれる。美形ではないがなんかかわいい。アイドルって感じである。昔の少数精鋭アイドルではなく今時の質より量のやつな。テニスの腕もなんか良くない意味でかわいい感じ。成績を含めて頭はアホかわいい。
全体的に見て、弱小テニス部に相応しい部員が集まった感じである。まあ、本気でテニスをやりたいならこの学校は避けるか。テニスと工業系の科目を両立できる学校なら県内にも他にあるだろうし。留奈を押しつける人材という点では絶望だろう。人数も俺たちよりちょっと減った。少子化の波っていう奴だな。
ロマンスの面ではとりあえず女子は筆入を巡ってバトルしてる感じだ。恋愛感情があるかどうかはわからないが梅次郎とかなえが脳天気パリピどうし気が合ってる。他の男子が誰に気があるのかもよくわからん。
そんな一年生と三年生を残して俺たちは遠いところに旅立っていった。修学旅行だ。せっかく脱線までさせたのに話を持たせられずこの日を迎えるに至ったことに関しては慚愧に堪えない思いである。
一日目は広島でまずは原爆ドームを見学。1945年8月6日に広島にB-29エノラ・ゲイによって落とされた原子爆弾リトルボーイにより、広島県物産陳列館もしくは広島県産業奨励館と呼ばれていた爆心地から200メートルと離れていないこの建物がこのような有様に。むしろよく形が残ったものだ。ほぼ真上だったのでむしろ壁が残った感じらしい。
ちなみにエノラ・ゲイと言う名前は機長の母親の名前だったらしい。よっぽどのマザコンだったのだろうか。歴史にその名は刻まれたが、どちらかと言うと悪名だよな。これで良かったのか。
こんな感じで普通なら楽しい気分にはならない場所であり、修学旅行らしさ全開である。戦争なんて昔過ぎて俺の前世から見ても縁遠いし。とは言え、一昔前とは違って核爆発のヤバさも少しくらいは実感がある。広島じゃなく、福島の方で。あれは我慢してたけどちょっと出ちゃったって位の爆発だったがどえらいことになっていた。我慢も遠慮もせず無慈悲にぶちかまされるそれがいかにヤバいかも想像できるってものだ。核戦争、ダメ、ゼッタイ。
まあ、周りの国をみると核を撃ちたくてしょうがなそうな国ばっかりなんだけど。あいつら日本に落とされた核をみてやる気出してそう。一番教育が必要な連中だが、言っても聞かないよね。ここを見学させても我々に刃向かう国の末期がこれだとか言って喜びそうだしな。
そんな感じで辛気くさくなった後はもう少し気楽で楽しい場所。日本三景・安芸の宮島、いつくしま福島。じゃなかった、厳島神社だ。今日は関係ないのに福島ばかり出てくるな。ちなみに福島はうつくしまね。厳島は正確には漢字の上に載ってる「ツ」が「ロロ」になっている何となく視線を感じる文字だ。目っぽさは『麗』ほどではないけど眼力は感じる。
市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命と言うどう見ても女子の神様が祭られている。天照大御神と素盞鳴尊が高天原で何かやった時に現れた美人三姉妹の神様だとか。いつくしまの名前は市杵島姫命のイチキシマが変化したもの。もちろんそこからさらにうつくしまに変化したりはしていない。
何かやったら子供生まれたとか、エッチなことしか想像できない言い方なので名誉のために詳しく説明しておくと、素盞鳴尊が天照大御神の所に寄り道しようとしたが登場がド派手過ぎたので喧嘩を売りに来たのだと思った天照大御神がフル装備で出迎えたらしい。ちゃうねん、という事で占いをしたそうだ。それで素盞鳴尊の剣を、天照大御神がバキバキに折ってボリボリに噛み砕き霧にして噴き出した結果生まれたのがこの女神たちらしい。なんかスゲエ。
なお占いのメインは天照大御神の勾玉を素盞鳴尊がボリボリして噴いて男の子が生まれたらセーフと言うもの。最初に剣をバキバキにする必要性ってあったのだろうか。テストプレイ的な何かだったんだろうか。それとも天照大御神は占いにかこつけて素盞鳴尊の武装解除を試みた……?まあ何にせよそれで美人が生まれたんだから良いことだろう。
由来についての学習タイムはこんなもんで。テレビで少なくとも季節に1回くらいは見かける光景が目の前に。見慣れたものではあるが現物は違うよね。そう思わないとやってられないレベルでネタバレされまくってるけど。まあ、流石に中の方はあまり見たことないな。
コース通りの拝観が終わったらしばらくフリータイム。まあ写真撮ったりお土産買うくらいしかできない。
都会から来たらしい余所の修学旅行の集団は鹿に目を輝かせている。それにあんまり反応しない我々はお里が知れそうである。さすがに俺のところは町だから出没しないよ?ただ、中には憎悪に満ちた目を向けてる奴もいてな。おまえんとこの畑を荒らした鹿はそいつじゃない。濡れ衣だ。
さて。ここにきた以上は絶対に外せないものがある。店頭にでかでかと掲げられた「もみまん」の文字。男子中学生なら大興奮だ。男子高校生もプチフィーバーくらいはする。確かにほかに良い略し方はないが、狙いすぎだと思う。
まあそもそもが、昔お札になったことのある偉い爺さんが茶屋で給仕していた若い娘の手にハァハァしてたのが切っ掛けで生まれたとされているのがこのもみまんこともみじ饅頭だ。ちょっとしたエロネタなど今更と割り切った判断であろう。放送コードぎりぎりの下ネタになっているが気にしない。
「ところでお前等。ただのもみまんで満足するつもりか?俺は事前にオトナのもみまんのお店を調べてあるんだ」
「マジで!?」
というわけで俺たちはブランデー入りの高級感あるちょっとオトナなフレーバーのもみまんを購入した。未成年が購入できないほどのアルコールは含まれてないので購入もスムーズ。満足できるお買い物であった。なにを期待したのか俺以外は何かがっかり感を出していたが。もめるようなお店で高校生を入れてくれるところがある訳ないだろうに。
なお、班別自由行動以外は行動がクラス単位になっている。そのクラスが概ね科単位で纏まって動いている。特殊なケースとして機械・情報の貴重な女子いわゆるファイブウイングスはクラスの垣根を越えて行動を共にしており、ファイブウィングスは3対2で人数の多い機械科の方についてきていた。。
でも多分、人数とかは口実だろう。樹理亜も隼ちゃんもカレシが俺のクラスにいるわけで、その隣のクラスと行動していればこっちにちょっかい出し放題なのだ。ちなみに繊維・インテリアのマイノリティ男子も似たような感じらしいが関係ないので詳しくは知らん。
「で、それをわざわざ買いに行ってたわけ?」
樹理亜は俺と一緒におみやげ探しがしたかったのにいつの間にかいなくなってたので探していたらしい。もちろん早々にいないと察して自分たちの買い物に向かったが。
「そ。オトナのもみまん。樹理亜の分もあるぜ」
「同じ所に来てるのに私の分買ってどうするのよ」
「でも同じものは買ってないだろ。格の違いってのを教えてやるぜ、もみまんで」
「っていうかさっきからもみまんもみまんって……なんかエッチなんだけど」
「一般的な略称だぜ?」
「知ってるわよ。でも流星は変な意味でも言ってそう。これで買収してもみまんできると思ったら甘いわよ。ほんともみまんくらい甘いね、そんな安くないから」
今はっきりそういう意味でもみまんって言ったな。まあどちらにせよ衆人環視の状況ではそんなことできないし、修学旅行中は二人きりになる機会だってそうはない。帰ってからじゃ買収の効果も落ちる。今渡す時点で最初からそんな期待などしていないのだ。
「昼間っからなんて話してんの」
外野からもつっこまれてしまった。この子はファイブウィングスの白鳥の子である。
ちなみに。俺には関係ないと思っていたメカジョの方も、隼ちゃんが同級生のカノジョだったりなかスッチーとおな中だったりするし、そもそも樹理亜の友達なので話す機会も増えそうだし、情報を仕入れておいた。もちろん樹理亜から。それに際しては「隣のクラスの子も知らないの」と呆れられたが「樹理亜以外の女なんて興味ないからな」と誤魔化しておいた。「そうでもないよね」と藪蛇に終わったが。
隼ちゃんは桑原早梨緒、陸上部の短距離ランナー。陸上部同士のカップルだった。サリと呼ばれる。俺が唯一微妙に名前を覚えていたミョナちゃんは曽我美代那、水泳部なのでバタフライの蝶になっている。でも本人の得意な泳法はクロールだったりする。
で、白鳥ちゃんは柴田愛菜、そのままマナと呼ばれている。モデルのようにすらっと背が高い。その長身を活かしてバレーボール部で活躍しておりそこから白鳥になった。何でやねん。バレーで白鳥といえば湖……だがあれはバレーじゃなくってバレエですよね。うん、気にしない。細長い感じは白鳥っぽいからイメージは合うし。
なんか今回はやたらといっぱい名前が出てくるが、たぶん覚えなくて大丈夫だ。俺以外は。
ちなみにだが、今ここにいる女子は全員私服姿である。大体は制服姿と体操着しか見たことがなくて新鮮だ。
なぜかというと、うちの修学旅行では教師も同行する団体行動の間は私服オッケーになっている。最近の流れに乗って自主性とか個性とかを尊重する意味合いなのだろうか。
更に言えば、うちの女子は多くが服飾とかデザインとかを目指す専門教科を学んでいる。そんな女子たちにとって、クラスメイトのファッションセンスから学ぶ機会にもなるだろう。
そんなもっともらしい理由を口実に男性教員が私服の女子を堪能したいだけだろうと思う。実際、女子の私服率はだいぶ高い。一応俺も私服は着てきたが樹理亜にダサいと言われたので明日は封印だ。八割方男と電車かバスに乗ってるだけなのに着飾ってどうすんだと。動き易さ優先だわい。とまあそれはともかく。
「おみやげの話を多少の下ネタを交えながらしていただけだが」
「そうそう。言ってもまだあたしと流星は、許可なく揉んだらその手を切り落としてやろうかって言う程度の関係でしかないんだから」
「こええよ。その手をモデルにした新たなもみまんが誕生するわ、レッドホットチリデスもみまんが!」
それはそれでおいしそうなのが何とも。色的にもよりもみじっぽいしな。
「でもさー。許可さえ出れば揉んでいいってことじゃないの」
その点は白鳥ちゃんの指摘したとおりでありちょっと気になった点ではある。踏み込んでいいところかはデリケートなゾーンだったので黙殺していたのだが。
「簡単には許可しないわよ」
簡単ではないにせよやはり可能性はあるようだ。
「おやおやあ?これが頑張り所だよりゅーちゃん」
「何を頑張れと。って言うか白鳥ちゃんまでりゅーちゃんって呼ぶのか」
もうメカジョは全員こうだと思っておいた方がいいな。どうせ残りは一人しかいないし。
「頑張らなくても夏休みには二人きりで旅行行くんでしょ」
話に割り込んできたのはそのラストメカジョではなくアッキーだった。と言うかなんだ旅行って。……あ、思い出した。留奈とのグループ行動スケジュール合わせの話を樹理亜としていた時にちょっとだけそんなことを言ったっけ。
「そうなの!?」
「まだどこに行くかは決まってないけど、温泉とかいいよねって」
軽いジョーク的な発言でどこに行くかどころか行くかどうかすら未定なんだが……なんか行くのは決定みたいな空気になっているな。しかも二人きりで。喧伝とかするといよいよ退っ引きならなくなると思うんだが、樹理亜のほうも乗り気だったのか。
「でもそういう目的で行く訳じゃないからね!あと、二人きりなんて一言も言ってないよ」
アッキーの脳内で妄想や願望を取り込み勝手に話が大きくなったらしい。
「旅行の件はともかく、これについては頑張るのは樹理亜の方だろう。その気にさせるための頑張りなんかより覚悟を決めてその気になる方が大変だし」
「なんて話してんの」
樹理亜にチョップされた。
「いや、させられてんだけど?白鳥ちゃんに」
「ええっ。私!?」
他にいるのか。頑張れとか言い出したのお前だろ。
そして、もみまんネタを引きずったまま夜が訪れた。とはいえ、男子と女子が同室であるわけでもないのでどうにかなるわけではない。それどころか宿すら別である。
さらにはちょうど今担任が羽目を外しすぎていないか様子を見に来てそのまま居座っているのだ。変な話をする空気ではない。
「吉田ー。早梨緒から聞いたんだけど、竹川さんと旅行に行くんだって?」
変な話を隼ちゃんの彼氏が振ってきた。あの時隼ちゃんは関係ないような風情でミョナちゃんと喋っていたはずだがしっかり聞き耳を立ててたか。或いは後から白鳥ちゃんあたりに聞いた……?いや、それだとこいつに伝達されるタイミングがないか。まあその辺はどうでもいいな。
「行くかどうかも決まってねえんだけど……話がこれだけ広まるともう行かないとみんなの期待を裏切ることになるよな」
「行かないと俺たちにマウントとられるぞ」
「お?お前らも行くの?」
「まだ行くとは行ってないけどさ、早梨緒が言い出したらなあ……もう、そうなるしかない」
俺たちの話を聞いて火が点いたんだろうか。
「しかし、男と外泊なんてカノジョの親父が許さないんじゃないの?」
「嫌われたくなかったら許すしかないんだよ」
なるほど、ナガミーパパみたいな感じか。
「親父さんと会ったことはあるのか?」
「あるよ。最初なんかデートにこっそりついてきて一部始終見られてた」
隼ちゃんの手引きでデートの間中物陰から見ていたらしい。隼ちゃんはこの機にラブラブぶりを見せつけようと迫ってたが、そんな隼ちゃんを見ていつもよりぐいぐい来るなあと思ってたくらいなのでこいつの方は素である。そんなぐいぐい隼ちゃんの誘惑もはねつけキスすらなしでデートを終えたこいつの真面目さを認め交際を許してくれたというが、デートを見られていたことすら知らなかった身には青天の霹靂であった。
まあ、親父さんは夫婦で食堂を営んでいる普通のおっさんだ。緑色のマーベルヒーローどころか往年のプロレスラーほどもマッチョじゃないが、ハルキという名前も相まってあだ名がハルクとか言うこの彼氏にビビって強く出られてないのもあるんじゃなかろうか。ちなみにこの世代での知名度的に緑色の方が元ネタになってるとは思うんだが、こいつが陸上部で投げているモノを考えるとプロレスラー説も捨てがたい。言い出しっぺが昭和生まれの先生とかなら十分あり得る。
で、その時に親父さんからはキスまでなら許すがエッチは高校卒業までは許さんと言われたらしい。隼ちゃんの猛攻に陥落してキスに追い込まれたのはその後まもなくであったという。
「でも、それなら高校卒業まではエッチできないだろ」
「俺からはな?でもさ、俺が早梨緒に押し倒されるのは誰も止められないんだよな。それにどっち主導でエッチしようが早梨緒が黙ってりゃわかんないし」
二人で旅行なんてことになったら貞操がヤバいのはこいつらの方だったか。そりゃあなあ。妊娠しちゃったら別だが、そうでもない限りやったかどうかなんてわかりはしない。定期的に処女膜チェックでもするのかと。そんなの家出か性的虐待で訴えられるレベルだ。
俺たちは樹理亜が積極的じゃないからな。二人きりで旅行してもキスのムードになるかすら怪しい。
「おいお前等。良からぬことを企んでいるようだが、ちゃんとゴムはつけろよ。常に持ち歩け」
生徒数人とポーカーに興じていた担任が俺たちの会話を聞き咎め口を出してきた。……止めはしないんだな。
翌日、まずは鳥取砂丘へ。雄大な光景である。何もないけど。このだだっ広い場所に何もないからこその雄大さと言えよう。そのままでは何もないのはわかっているからこそ、ラクダなんかを設置して一面砂の世界らしいムードを作ってくれている。これで小雨が降っていなければ砂漠の雰囲気を味わえただろう。宮島の鹿に敵意を剥きだしてた農民族もさすがにラクダには敵意は抱かなかったようだ。
その後、ラッキョウ畑見学。観光で行くなら秋の花畑がお勧めだが、収穫真っ盛りで畑の大部分が更地と化している今の状況も修学旅行でならばアリなのだろう。獲れたてラッキョウがお安く買えるし。収穫作業は雨にも負けず進行中。俺たちのために雨の中やってくれている説もある。そうだとしたら申し訳ない。テンションもそれほど上がらないのにな。
これでも、天気予報を見てフレキシブルにスケジュールをアジャストしている。自分でも何を言っているかよくわからない。本来のスケジュールでは最初にラッキョウ畑を見て砂の美術館からメインである砂丘に侵攻って感じだったが、昼に向けて天気が崩れていく予報だったので屋外の砂丘を優先した形だ。雨がもう少し強かったらラッキョウ畑は飛ばして美術館直行、バスがほんのりラッキョウ臭くなることもなかったのだろう。
砂の美術館の見学が終わる頃には雨脚はかなり強くなっていたが、ここからは長いバス移動なので知ったこっちゃない。途中大丈夫なのかと思うような降りになったが京都につく頃には止まないまでもだいぶ落ち着いた。
ただでさえ移動の途中の寄り道感の強い鳥取だったが、雨のせいでスケジュールまで巻かれかなり印象は薄くなってしまった。しかし鳥取ならこういう扱いもむしろネタとしておいしいと思ってくると信じよう。
京都の宿は男女どころか科別でバラバラだった。正確には、機械科と電気科の一つの宿に入りきらなかったのだろう一部が削られ纏められ他の宿送りになっていたりもする。
昼間のスケジュールが詰められた分、宿への到着が早まり暇である。暇を持て余した我々生徒どもが羽目を外しすぎないように先生が部屋に居座って監視の目を光らせつつ――。
「はいそれポン」
生徒と麻雀に興じている。旅館によくある雀卓の貸し出しサービスのようだ。もちろん生徒はこんな物など料金を払おうが借してもらえやしないが、先生にはそんな縛りなどない。そして、先生は自分が借りた雀卓を誰と一緒に使おうが構わないのだった。
これはルールの穴を突いたのか。それともこの穴はあえて残してあるのか。実のところ、昨日ポーカーやってるときから明日は麻雀みたいな話してたんだよな。下調べは万端、これはもう解っててやってる。
「前回は一台しかない卓を村越先生に取られたからな。今年は取り合わなくても大丈夫な数があってよかった」
うむ。この感じだとほぼ毎年複数の先生がこんなことやってる。なのにルールが見直される様子もないあたりでお察しだろうな。
さすがに現金は賭けていない。トップになったら先生が何か京都みやげをおごってくれるようだ。しかし先生がトップになったら修学旅行の後に特別課題が待っている。逃げ道として賄賂の京都みやげ一品で課題免除。どちらを選ぶかは自由だし、そもそも勝てばいいのだ。
これで先生の打ち筋が大人と子供の差を見せつけてくれるようなこなれぶりならそうもいかないのだろうが、正直そんなに強くない。誰か待ってそうな牌を簡単に捨ててポンだのロンだのされるし。
そもそも、自分の立場をちゃんとわかっているのだろうか。先生が勝ったら他の三人は課題OR献上品だ。全員がひとまずそれだけは阻止しようと動くのは自明の理、一人集中マークされて当然。あがるにしてもいい手を吟味するよりしょぼくても先生に回さず自分があがる方がいい。それどころか他の生徒に振り込むことすら作戦のうちになるのだ。まあ、そこまでしなくてもトップにはなかなかなれそうにないけどな。
「吉田ー。暇?」
麻雀を眺めていたら佐藤が声をかけてきた。佐藤とはすっかりおなじみだがモブすぎて印象に残ってないだろうあの佐藤だ。忘れていた人はこの期に覚えてあげてほしいが、忘れてもまあ特に問題はないだろう。
「クソ暇。あーだけどぼちぼちおみやげ宅急便で送っとこうかと思ってる」
一昨日のもみまんと今日のラッキョウの匂いが合わさって大変なことになっているのだ。特にラッキョウがヤバい。こんな匂いを延々と嗅がされたら酒が欲しくなる。
酒を飲めなくてもラッキョウともみまんはタチの悪い組み合わせだろう。交互に食ったら無限にいける。想像しただけで茶が進むのである。こんなものを横に置いておけない。ましておみやげだから開けられないだと?どんな苦行だ。
「うん、暇だな。それなら今から街に繰り出そうぜ!」
「繰り出してどうするんだ。近所のお寺でも参拝するのか」
「いや、ちょっとショッピングをね。明日明後日の見学に向けて準備のためにね」
何の準備をするのかさっぱりわからないがまあいい、つきあってやろう。
しかし、ただのショッピングにしては挙動が怪しいのだ。私服を持ってこいとのこと。今は二人ともジャージだが、着替えて外に行くのではなく外で着替えるつもりらしい。
宿でくつろいでる間はジャージが快適だが、出かけるにはちょっとダサい。だから着替えようって言うなら制服で上等だしちょっとお買い物という外出で私服はルール違反だ。これは間違いなく何か企んでいるな。制服じゃ変えない何か、酒かタバコでも買おうとしてるんじゃなかろうか。こいつからタバコの臭いを感じたことはないから酒か?
で、一応何を企んでいるか問いつめてみた結果、どうでもよかったのでつき合ってやることにしたのである。
と言ったところで、今回は一旦引き。しまった、こうなるならどうでもいいとか言わずに期待感を持たせて次回に続くべきだったな。いや、これでいいか。期待させておいて待ってるのが下らないと不満が起こるし。そんなわけで、期待はすんなよ。