Reincarnation story 『久遠の青春』

43.いずれGo to the west

 一部を除いて親交を深められた親善試合。またちょくちょくやろうという話で落ち着いて顧問二人にとってはしてやったりであろう。まあそんなイベントなくてもあの二人は勝手に会うだろうけど。
 なんでもあの後、その除かれた一部と三沢が大変なことになったようだ。まああいつらだってやられっぱなしで満足できる訳ないわな。なんでもあいつらに呼び出されてボコボコにされたようだ。テニスで。
 さすが腐っても四天王、三沢は善戦こそしたものの一勝しかできなかったとか。一勝できただけで大したものだと思うがね。しかも他も惜しかったみたいだし。ナガミーも三沢が全勝できるように頑張って鍛えるつもりだそうで、それを目の前で宣言された四天王の心中たるや。
 あと、タケシのアイコラの件がとうとうナガミーにバレたらしい。そのとばっちりで他の四天王までナガミーが敵に回る羽目になったとか。まあその場合心配すべきは四天王じゃなくてナガミーなんだがそっちは割と平気だった模様。まあ、大部分がどうみても顔だけ無理矢理差し替えたのが肌の色とか切り貼りした雑な境界線でバレバレのコラだし、丁寧な仕事をしてる奴は明らかに洋モノのパイナップルバストとかでそれはそれでバレバレっていう。
 もちろん去年の夏に俺がタケシに見せて揺さぶったコラ写真のことも思いっきりバレており、ご本人からつつかれる羽目になった。そして「体は女の武器だとかよく言われるけど、人の体を勝手に武器にしないでほしいものね」などと怒られた上、「まあ、本物は明弘君だけにしか使う予定はないけど。あ、これ本人に言っちゃだめよ、まだその覚悟できてないんだから」などとノロケられた。
「で、三沢にはコラ画像は見せたのか」
「見せたというか、見られたというか。一人で見るのが怖いからって一緒に見てもらったけど、後悔しかなかったわ」
「とは言え、三沢は一度見てるぞ」
「マジで!?」
「去年初めて試合をする前、みんなで事前に相手のデータを確認しておこうという話になってさ。様々な資料に混ざってあれが」
「どんな資料よ……」
「ネットで情報集めたから学校裏サイトとかになっちゃったらしい」
 なので陰口くらいしか情報がなかった。まあ、部員の戦力をネットで公開してる部活なんてないが。ライバル校に利用されるだけだし、そもそも個人情報だし。
 とにかく、怖いから一緒にと三沢と見たのだが、偽物でも自分の裸を見られて大騒ぎだったらしい。三沢は三沢で一度見たとはいえ、本人と一緒にっていうのは流石にきつかったんだろう。二人で悶絶したそうな。まあ、そういうプレイだったんだろう。相変わらず仲がよろしいこって。

 そっちの話はまあ三沢がそのうちするだろうからおいといて、だ。我が校では受験勉強でばたばたしないうちにということで、二年生で修学旅行に行く。中間テストが終わった当たり障りのないタイミングだ。気が早い奴だと中間テストが気も漫ろになるタイミングと言えた。
 行き先は広島、鳥取、京都。古都と原爆ドームで日本の歴史に触れ、鳥取で砂に埋もれ八つ橋やもみじ饅頭を土産にする。とても無難である。遊びじゃねえんだ修学旅行なんだっていう感じ。若い頃に行って適当に見てもあまりぴんと来ないんだけどな、こういう所って。俺としては今なら良さもわかるのでちょっと楽しみだ。
「とは言えさ、ドキドキイベント的なものって起こんないよな、修学旅行って」
 佐藤がぼやいた。誰?とか思った奴にも特に詳しい説明はしない。さわりだけ言えば佐藤隆、この名前から受ける印象通りの三沢の量産型的人物である。
 さわりと言えば、話のさわりだけ聞くという言葉はよく話のどうでもいい導入部分だけ聞くという意味だとよく勘違いされているが、一番重要な核心部分を聞くという意味なので間違えていた人はしっかり覚えておこうな。覚え方としてはあれだよ。女の子に体のどこでも一ヶ所だけ触っていいよと言われたら、手首とか足の甲みたいなどうでもいい部分よりもっと核心に迫りたいだろ?ちなみにこのさわりという言葉は別にボディタッチには関係ない。どういう由来なのか気になるだろ?ググれ。今はタグれなんだっけ?間違いとか勘違いもごっそり引っかかるからこう言うのではおすすめできないけどな、タグは。
 さわりについて触れる余裕があるなら佐藤について触れてやれと思うかもしれない。触れてもいいけど書くことないんだよ。まあとにかく、その発言についてだ。
「まあな、集団行動だから二人きりとかなるチャンスないしな」
「それはリア充の発想だ。こっちとしてはもっと根本的な、出会いとかそっちの方を期待してんだよ」
「出会いか。確かに難しいよな。素敵な異性に出会うチャンスはあるが、出会ったところで都道府県からして違う他校生だしな」
 そんなの確実に一期一会だ。メルアドとかラインとかの交換はできても、新幹線に乗らないと会えないとかじゃ発展のしようもない。
「だからって高工生同士でなんかなるかっていうとそれもなさそうだぞ。行動はクラス単位だし、班別行動で偶然出会う可能性に賭けるしかねえ。」
「東寺とか伏見稲荷みたいな定番スポットなら可能性は上がるかな。いっそのこと女子の班と示し合わせて同じルート巡ったり?」
「それはいいな!いいけど……そもそもそういうことをしてくれる女子と巡り会いたいんだよ……」
「それもそうか。彼女持ちならその彼女を友達ごと連れてこられるけど」
「吉田、それは協力してくれるってことか?」
 そう言えば俺も世間的には彼女持ちってことになってたな。
「まあ、樹理亜なら提案すればOKはしてくれるかも知れない。だがその場合、ついてくるのはアッキーだぞ」
 別にアッキーが可愛くないとかそう言うことではない。しかしアッキーには男は間に合っている。何せ情報科の男子全員がアッキーの逆ハーレムみたいなものなのだ。アッキー自身も男にそれほど興味はなさそうだし。
 佐藤も樹理亜がこの教室に顔を出すときの用心棒代わりに、あるいは一人で情報科に取り残されないようにか一緒にやってくるのでアッキーとは面識もある。出会いという点でも今更すぎた。
 ならば他に女の影がちらつく奴は、と。
「長谷川に彼女ができたって聞いたが」
「ああ、1年の女子だけどな」
 学年が違うんじゃだめだな。後は俺の知る限りでも中学からのつきあいで他校の女子とつきあってる奴とかか。機械科の貴重な女子とおつきあいしてる奴も除外。同じ学年での出会いって意外とないのかな。
「テニス部の女子で誘えるの誰かいない?」
 いるかいないかで言えばいる。
「いねーな」
 しかしこう言っておくのが無難だろう。だって、思い当たる筆頭が留奈だし。他のもまあ、本気度は判らないがだいたい彼氏のようなものがいる。そいつ等を差し置いて俺が誘えない。
 ちなみに、留奈を誰か押しつけるプロジェクトは、今のところ判明している留奈の好みがテニスがうまい人ということだけ、超イケメンで成績優秀とかならテニスの腕前無関係で靡く可能性はあるが、そんな奴はこの学校にいない。まあこの学校にいるレベルで靡く可能性だって無くはないんだが……留奈って結構男については保守的だからな。
 まあ佐藤も別に本気で期待していたわけでもないようで、この話は終わったのだった。

「流星、修学旅行の班別行動合流しようよー」
 だがしかし留奈によって蒸し返された。なかスッチーを含む繊維科数名の班との合流を申請されたのである。
 やんわりと冗談半分で話し合っただけの俺たちと違い、女子の方は綿密に情報収集を行っていた。先輩方から聞いた実体験の情報に基づき班別行動プランのコツまで仕入れていた。ここぞと言わんばかりに班別行動で男女合流しようと企む奴らは存外多い。なので先生だって目を光らせているのだ。
 さすがにクラスが違っていても完全に同じルートで回ったりしたらバレバレだ。バレにくい対策と言うのも代々編み出され受け継がれているようである。コツとしてはずらす、そしてニアミス。
 同じ場所に同じ時間いたらもうあからさま、示し合わせていると思われても仕方ない。だが片方は10:00に来て10:20に出発、もう片方は10:15から10:30などというプランなら5分間の合流チャンスがある。たったの5分などと思うなかれ、示し合わせているなら先に来ている方がスケジュールを遅らせ、後から来る方が前倒しにすればまあまあな時間をとれるだろう。
 ニアミス作戦というのは一見別々な場所を巡るが、場所が近いので移動経路上で合流できるという作戦。これも示し合わせての時間調整で結構長い時間を一緒に過ごせる。
 もっとえげつない作戦になると一見近いルートを逆回りに移動し一瞬すれ違うだけのルートを、実際には逆に回ってずっと一緒に行動するという手もある。これは実際には現地で撮られた写真でバレる。別に影の角度で時間経過がおかしいのが見抜かれるとかそんなミステリーマンガみたいな洞察力が発動するわけじゃなく、撮った写真をそのままデジタルデータで提出すると撮られた順番に整列したらバレるということだ。
 もちろん捻った作戦で男女で行動しておいてこんな間抜けなぼろの出し方をする奴は――居るかもしれないが乗り越える前提で続ける。デジタルの扱いは若者の方が慣れている。まあこの学校は工業系でそれこそパソコンもフロッピーディスク全盛の時代から扱ってる先生も多く、デジタル機器の扱いで若者と対等までいける先生だっているが、一般教科をはじめとした先端技術と無縁の教科を受け持つ中高年教諭は普通にヒイヒイ言いながらワードエクセルとインターネットの使い方を覚えてこれでコンピュウターは免許皆伝だと、アプリ?なにそれ杏のこと?ってな感じでさらなる高みを見ようとせず前だけ向いている有様だ。
 そんな教諭ではそれこそ撮影日時丸出しのファイル名のままでも順番がおかしいことに気付かないかもしれないが、生徒の方がさすがにそこまで不用心ではないだろう。
 ただでさえまじめなレポートの提出写真にはみんなでイエーイなんてやりながら撮った写真は不要。生徒同士がふざけて半裸で撮った写真まで提出させたら大問題になりかねないしな。
 レポート用の写真は班のメンバーが銘々に撮った名所の要所をチョイスする。まとめにくいので「二条城1」なんて名前に変更されたりもするだろう。
 最近の高性能なデジカメで撮影されたままの画像はとんでもないファイルサイズだ。一昔前のネットにアップする訳じゃなくUSBメモリやSDカードで提出するのだからサイズなんか気にしない、と言いたいところだが我々が使わせてもらえる学校のボロパソコンででかいサイズの画像をいっぺんに取り扱うとくっそ重いのだ。
 トリミングしたり扱いやすいサイズにリサイズして保存し直すとその時点でファイルのタイムスタンプは編集時のものになる。EXIF情報?そんなの知ってる教諭がどれほどいると思うのか。そしてそんなものは加工した時点でまっさらだ。クリアしてくれる機能が付いているのではなく、使っているしょぼいソフトにそんなものを取り扱う機能が付いてない。提出する側がよほど抜けてない限りこうして提出するために必要な作業をちょっとだけ気をつけて普通に行うだけで大概の証拠は消せるだろう。
 もちろん教師側だって今までにこういった作戦で何度も生徒に出し抜かれているので、判明しているペアの含まれる班くらいはチェックするし、策が巡らせてあれば何となく気付く。しかしスケジュールがほぼ同じレベルの露骨なものならともかくちょっと疑わしいくらいではリスクの方が大きいのでいちいち指摘しない。
 リスクとは、たとえば全く当人たちにはそんなつもりなどないのに疑わしい感じになっていた場合、スケジュールの変更と再提出をさせるとしてその理由を何というのか。他のクラスの異性の班とかち合っちゃうからという以外に駄目な理由がないのだから、どんな理由をでっち上げても不自然な嘘にしかならない。理由が不明なのに駄目だと言われるのは反発を招く。
 かといって正直に男の班と女の班が一緒になりそうだからやりなおしだなどといってしまうと、それが本当に偶然だった場合生徒たちに”その手があったか”と気付きを与えてしまう。まあ、教師が警戒するレベルの仲の二人が本当に偶然で接近するようなプランをそれぞれ提出する確率なんてのは無視していいレベルであり、ほぼ狙ってやってると断言して問題ないだろうが。
 その手があったかとなったケースにせよ、狙ってたケースにせよ、やり直しを命じたところで素直に問題のないプランを出しなどするまい。泥仕合が繰り広げられることになる。強権発動できる教師の方が有利に見えるかも知れないが、事実は逆だ。多彩で多忙な給料に見合わない業務の中、こんな何の得にもならないことに手を煩わせたくないだろう。
 さらに、膠着状態を拗らせて最悪の事態にもつれ込むと目も当てられない。一進一退の攻防の末に、結局その班の班別行動のプランが決定せず待機になってしまうケースだ。
 生徒も悲惨だが、本当に悲惨なのは教師である。生徒と教師の泥仕合の結果とは言え、決定権を持っていたのは教師であり、最後まで生徒の出したプランを認めなかったのは教師なのだ。なぜそんなことになったか父兄や教育委員会にどう説明するというのか。
 正直に男子と女子を引き離すためだと言っても今時理解もされまい。まして攻防の果てに小細工が盛り込まれ、スケジュール通りに動かないことが前提の二つのプランを見比べてニアミスするなどとはそうそう思えない。十津川警部ばりのトラベルミステリー解決力を全ての父兄に求めるつもりか。
 挙げ句生徒から「先生は恋人もいないから僻んでる」などという証言がでればそう言うことにされてしまうだろう。そんな事実がなくてもそう思ってる生徒はいるだろうし、そういう奴には自分の思いこみが真実ってこともありがちだし。そしてそういう奴から聞いた話を鵜呑みにする奴もいたり。たとえ実際には二股で揉めてたりしていてもだ。むしろ自分は二股でごたごたしているから仲良くつきあっている生徒カップルに嫌がらせして無関係の生徒まで巻き込んで修学旅行を台無しにした先生なんて評価になったらいろいろ終わる。
 さすがにそうなる前に妥協して生徒のプランを受け入れることになるだろうが、そうなるとこれまで日々の業務で忙殺される中時間を割き手間をかけてここまで続けてきた攻防ってなんだったんだってことになる。それなら最初から放っておく方がマシだろう。
 決定権は教師にあっても、状況的に教師の方が不利なのだ。なので、あまり露骨なのはツッコむが隠す気があるようなら目こぼしされ、先輩から後輩にコツが伝授される程度には自由行動での男女合流が横行しているのだった。
 まあ、ぶっちゃけるとだ。賑わう観光地で真っ昼間に男女の班が合流したからって何ができるのかって話だ。本当にヤバい奴らはそれぞれ班からも抜け出してラブホにでもしけこむわ。そしてそんなことができる奴らは何も修学旅行中になんか乳繰り合わなくても、学校と関係ない時に好きなだけ好きなことをしてる。実名は上げないけど、うちの四天王の3年生二人とかな。合流してもおしゃべりくらいしかできないような普段接点のない男女の邪魔よりエネルギーを注ぐべきことは多いのだ。
 留奈も先輩方から吹き込まれたらしく自慢げに語っていたが、俺も一通りこの辺の話は吹き込まれていた。それも選りに選って担任の先生からである。
 ちなみにうちのクラス担任はそういう怪しい奴にはがんがんツッコんでくるタイプである。だがその一方で生徒を焚きつけるタイプでもある。こういう手口で来ても俺には分かってるからな、みたいな話をしつつそれを越える手で挑んでくるのを待っていそうだ。それで多分、一目見てわかるレベルの捻ってないプラン位は弾くがそうでもなければスルーしそう。
 まあ、だからってやらんけどな。まして相手は留奈だし。
「樹理亜に怒られるからやだ」
「けちー」
 と、長々と色々語ったこの話題は速攻で終了したのである。

「別に怒ったりしないわよ。好きにすればいいんじゃない」
 だがしかし樹理亜によって話は継続する。まあ樹理亜にこの話題を振ったのは俺なんだが。留奈がこんなこと言ってましたよ、とチクったわけである。その答えがこれだ。
「は?いいのかよ」
「だから、別にいいってば。二人きりでデートってわけでもないんだし、そんなのいつもの部活と大差ないでしょ」
「それもそうか。最近の樹理亜は留奈に寛大だよな。余裕っすか?」
「そりゃあね。流星っていつも小西さんに安定的に素っ気ないし。でも流星だって前よりはちょっかい出したり誘いに乗ったりしてるよね」
「そうか?」
 言われてみれば昔は逃げ一辺倒だったかもな。しかし留奈はこっちがぐいぐい行くと逆に引くのがわかってきたし。守勢に徹する方がつけあがる気がする。
「流星も小西さんも、何かしそうに見えて結局何もしないじゃない。放っておいても心配ないでしょ。まして、昼間の団体行動だから変なこともできないし」
 まあなあ。非日常のテンションで補正がかかっても人前であまり変なことはしないか。そんなことを全裸待ち伏せの前科がある奴に言うのもなんだが、あれはあくまで俺と二人きりになるのを想定してのことだしな。失敗してだいぶ懲りたみたいだし。
「それで、樹理亜はどうなんだ?俺たちにこっそり合流したいとか思わないの?」
「でもそれって、話を合わせる男女にはそれほどメリットないじゃない。どちらかというと一緒についてくるほかの人たちの出会いのチャンスって感じでしょ。アッキーにしたってミョナちゃんたちだって、日頃男子に囲まれててそんなの今更だし、むしろ女子だけで羽伸ばしたいなーって」
「ミョナ?ああ、メカジョか」
 通じないと思うので説明すると機械科女子のことである。メカニカルガールズとも呼ばれる。なお樹理亜たち情報科女子はデジジョとかサイバーガールズと呼ばれたりする。
 樹理亜たちが天使だの妖精だの呼ばれるのに対抗してメカジョの三人も羽のある別称をつけていたが、別に敵対もしてないし、むしろ体育の時はいつも一緒になるのでチーム・ファイブウィングスとか呼ばれて仲良くやっていた。
 顔は何となく覚えているが、名前はちょっと妙な名前だったミョナちゃんだけしか覚えてない。名字は忘れたが美代那だったっけ、そんな感じの漢字。同じ科の有名人じゃないのかって?クラス違うじゃん?科では貴重な女子ってだけだし、俺って女に飢えてないから。
 まあとにかく樹理亜には合流する気はなし。そして留奈の邪魔をする気もなしか。
「私はさ、その気になれば流星と二人で旅行だってできるもん」
 悪戯っぽい表情でそんなことを言う樹理亜。本気で言ってんのか。
「親父に止められるだろ」
「どうにかなるでしょ。いざとなったら加奈子と二人で行くってことにして加奈子は流星の家においてく」
 ひでえ姉貴だ。つーかそれ最悪加奈子が俺の部屋で好き勝手すると思うんだが。まあ樹理亜がいつも好き勝手してるから今更見られて困るものもないけどよ。それに絶対素直に置いて行かれてなんかくれないぞ。一緒について行く。そして泊まる部屋だけは変に空気を読んで別な部屋をとるだろうな。樹理亜は樹理亜で俺と二人きりで泊まることにならないように加奈子がついてくるのまで読んでいるが、加奈子の最後の一手だけ読み切れず頭を抱えてる、そんな流れで。
「加奈子はともかく、そんなら夏休みに温泉でも行くか」
「何で温泉なの……でもまあ、考えとく」
 考えるだけでその先がないパターンかな。

 と言うわけで、朝練を見に来た留奈に早速その旨を伝えておいた。
「マジで!?」
「マジで。本人に聞いてみたら」
 樹理亜も朝練を見に来ている。園芸部の方は日によって朝から草むしりとか耕したりとか色々あるはずだが今日は朝の部活動はないみたいだな。留奈は樹理亜に確認している。
 ちなみに、放課後の部活だとなかなかコートを使わせてもらえない下級生だった俺たちが自主的に始めた朝練は、俺達がコートを使える立場になった今もずるずると続いていた。
 一年生にはやる気のある奴だけ来いと告げたら試されていると思ったのか最初は全員顔を出したが、趣旨を正しく理解してからは本当にやる気のある奴と暇人だけが来ている。
 俺たち二年生も放課後のコートがそれなりに使えるようになっているのでそんなに本気出して朝練に臨む必要はない。そして悪習を継承することなく放課後に一年生にもコートを使わせているので一年生も頑張って朝練に参加することもないのだ。走ったり素振りしたりは放課後でもできるし。
「じゃあ流星、昼休みに打ち合わせ!おべんともってく!」
「いや、弁当は食ってから来い」
「ええー」
「あーんとか口移しとかされたいのか」
「うん、されたい」
 口ではそう言うがあーんはともかく口移しはしようとしたら逃げるだろうな。とりあえず飯は食い終わってから来いと念を押しておいた。

 そして留奈はちゃんと飯を食ってからやってきた。なかスッチーも一緒である。
「約束破って弁当持ってきたらクラス全員で注目する中弁当食べてもらうつもりだったがね」
「うぇー。イヤすぎる……」
 もちろん冗談だが、何も言わなくても結構注目はされたと思われる。
「あれ?りゅーちゃんカノジョ乗り換えた?」
 と言うかすでに目立ってるよね。女子がいないはずのこのクラスに入り浸ってる女子が目敏く見つけて絡んできた。メカジョの一人であり、このクラスにカレシがいる女子である。ミョナちゃんではない。名前は知らないがファイブウィングス隼の何とかだ。
「乗り換えてない。っていうか俺の名前知ってたのか。しかもよりによってその呼び方かよ」
「りゅーちゃんのことはじゅじゅから聞いてるよ。りゅーちゃんって呼び方はちーから」
 そう言えば樹理亜も同じファイブウィングス構成員だったわ。女同士、恋バナくらいするか。で、ちーことなかスッチーに向き直る。
「知り合いだったのか」
「ん。おな中」
 同じ中学校出身か。俺ともいろいろ間接的な繋がりがあった訳だが、よく今まで名前も知らずにいたものだ。でもまあ直接の接点はないからなあ。
「で、こにっしーは何しにきたの」
 呼び捨てかよ蔑まれてんな、と一瞬思ったがよく聞いてみれば千葉の非公式ナシのゆるキャラみたいなニックネームがついてたようだ。
「ぬひひひ、これ」
 にやけながら自由行動のスケジュールを見せる留奈。留奈とも結構気軽な関係っぽいな、隼ちゃん。おな中のなかスッチーのところに遊びに行くとよく一緒にいるから顔見知りにくらいはなるか。
「自由行動の奴じゃん。じゅじゅに内緒で抜け駆けしようっての?」
「それが内緒じゃないんだわ。なんかそっちはそっちで女子だけでいう話になってるんだってな。だから樹理亜が許可を出したんだよ」
 浮気野郎と思われたくないので一言添えておく。
「そういうこと。抜け駆けでも何でもなく公認なの」
 隼ちゃんは少し考えて呟く。
「……お情け?」
「ああそうさ、お情けだろうさ!でも、余裕かまして情けを掛けたことを後悔させてやんよ!」
「後悔させたらこんなチャンス二度と貰えなくなるぞ」
「う」
 情けを掛けた相手に手痛い打撃を受ければもう二度と情けなど掛けられまい。情けを掛けたのにそれを弁えぬ態度に出られた場合の末路などおしなべて酷いものである。
「根性入れてこの機にほっぺにちゅーくらいかましたとしてそれで警戒は厳しくなるだろうし、樹理亜だって夏休みの温泉二人旅あたりで本気を出す切っ掛けになるかもな」
「温泉二人旅!?そんなの行くの!?」
「そんな話をしたところだ」
 話はしたが行くとは一言も言ってない。まあ、行かないとも言ってないんだけど。
「あたしらにはどうでもいいし、さっさと本題入りましょー」
 と、なかスッチー。
「どうでもよくないんだけど!」
 どうでもよくないのは留奈だけなので本題に入ることになったのだった。

 スケジュール表を見比べてみるが、何も考えずに銘々にプランを立てれば当然というくらいにバラバラで掠りもしないルートだ。もうどちらかのプランを一から立て直さないといけないだろう。
「そっちは絶対見たいスポットとかあんの」
「うん、何ヶ所かね」
 プランを立てるにあたって必要な情報として、まず前日の団体行動で絶対押さえておきたいポイントである二条城と清水寺、そして昨今ブームである伏見稲荷神社を回っている。なのでそこは改めていくことはない。大人数で時間を決められた状態で行って何になる、俺たちは何物にも縛られずもっと自由に見るんだ!なんて奴はもう一度じっくり時間を取って訪れるというのも自由ではあるんだけど。
 ちなみに、こっちにはそういうのはないんだが留奈たちのクラスは最初に全員で西陣織会館を見学しに行くのでそこが実質のスタート地点になる。そこを起点にしたコースプランを決めるので、その次が近い太秦とか北野天満宮、京都御所になりがち。留奈たちは太秦から金閣寺、貴船神社、下鴨神社と辿るつもりだった。
「うぇへへへ、恋愛のパワースポット巡りよね」
 下卑た笑いを浮かべるなかスッチー。へえそうなの、としか思えない。
 一方の俺たちのコースはいきなり平等院と言う留奈らと逆方向コースである。そこから伏見桃山城を経て三十三間堂、八坂神社に至る。ふっ、八坂神社なんて言うのは口実さ。俺たちの目当ては祇園だぜ。舞妓が僕らを待っている。で、あまり動かなすぎるのもサボり過ぎだと思われるのでぐっと動き、全員大原さん……じゃなくて大原三千院を見て戻るか、って感じか。
 最後の方は留奈たちのコースににじり寄っていくのでその辺をうまく調整すれば帰り道で合流くらいならできるかも知れん。ぶっちゃけ、俺達は移動を面倒くさがって比較的近場のはしごで、各スポットに長く留まるゆとりありすぎるプランになっている。その留まる時間を短くしていけば、さらに行く場所を増やして例えば銀閣寺あたりでニアミスするのは可能。
「じゃあ、俺たちはその横の哲学の道ってのを見るか。なんかよくわかんないけどカッコいい名前だし」
 とぼけたことを言う佐藤。隣り合わせだけど別な場所を見るというのはスケジュール警察の目を誤魔化す小技として十分ありだろう。哲学の道は銀閣寺から南禅寺あたりまでの道である。そういう意味では銀閣寺に行けば自ずと哲学の道も見られることになる。
 欲張って長距離移動が多く、削りようのない移動時間が長めの留奈たちは太秦と金閣寺をすっぱりと諦めて恋愛パワーの貴船神社に直行。下鴨神社までは今まで通りで、銀閣寺と八坂神社を追加。
 俺たちの方はゆとりがあるので思い切った動きをする。今回大原さんは全員パスで。平等院、伏見城、三十三間堂までは予定通り。そこから、八坂神社から銀閣寺と言う留奈たちとは逆のコースを追加。ここで一瞬すれ違うことができるが、もちろんそんなので留奈が満足するわけがない。
 プランに書かれた場所を、順番通りに回らないというのは既に公開された手口の一つだ。有難く使わせてもらう。そして、実質銀閣寺を哲学の道に置き換えた小技を、さらにもう一回利用だ。俺たちの行き先は、八坂神社ではない。最初から言ってるだろう?俺たちの目当ては祇園だ。飾って八坂神社なんて書くのはやめて、欲望の赴くままに祇園で舞妓さん鑑賞と書いてやればいいのである。プランにある場所に行かないと写真やメモなどがないのでバレるが、プランにないところに立ち寄るのは写真をうっかり提出しなければバレないのだ。と言うか、八坂神社って祇園だし。
 すなわち俺たちのコースは平等院、伏見城、三十三間堂、祇園からの哲学の道。これが提出するプランだ。
 そしてここから裏技。時間に余裕がたっぷりとあるので遠回りし、三十三間堂から銀閣寺に移動して留奈たちと合流。遠回りする分そこまではスケジュールよりちょっと前倒しで行動する必要がある――のだが、留奈たちの気合い溢れる恋愛パワースポット巡りが長引くので、びっくりするくらいスケジュールを変えなくて済んでた。遠回りしてようやくちょうどよくなった説まである。そしてそこから祇園……いや、八坂神社まで一緒だ。後はそのまま集合場所に帰るだけだが、一緒に帰ると流石にバレバレなので適当に解散。
 これでプランは決まった。あとは留奈の班の他のメンバーがこれでいいと言えば提出して様子を見る。放課後、部活に顔を出した留奈が開口一番に他の仲間からも問題なく了承を得られて既にそっちは提出済みだとの報告があった。太秦や金閣寺をカットしちゃったので不満が出るかと思ったが大丈夫だったらしい。
「恋愛のパワースポットさえまわれりゃ問題ないもの。むしろ増えてて喜んでたよ」
「あそ。じゃあこっちもサクッと提出しちまうか」
 ってなわけで、部活が始まる前に担任にプランを提出した。
「くっくっく……来たか。お前らの考えなどまるっとお見通しだぞ」
 そう言いながら、一枚のスケジュール表を取り出す担任。まさか……もうそいつを仕入れていただと……!?そして、それぞれを見比べ始める。
 樹理亜たちの班のスケジュール表だった。あ、うん。まあ普通そう思うよね。
「何だ、違うじゃん。つまんね」
 終わりかよ。全然見通せてねえよ。
「その班なら倉沢の班のと見比べた方がいいっすよ」
 隼ちゃんのカレシね、倉沢。
「もう見た。そっちもスカだった」
「そっすか」
 うん、知ってた。
 そんな感じで何事もなく、俺たちの工夫・策略は全く意味なく。プランは警戒網を素通りしたのだった。