Reincarnation story 『久遠の青春』

42.高商リベンジャーズ

 第2回・高商高工テニス部親善試合。今回の舞台は我が高工であり高商テニス部には遙々ご足労頂いている。徒歩20分くらいだけどな。我が校の生徒は結構暇なギャラリーとして集まっているが、高商からもわざわざ駆けつける気合いの入った暇人はいたようである。
「おにいちゃーん!」
 そんな高商生ギャラリーからの呼び声。なるほど、誰かの妹がきたか。
「おーい。流星おにいちゃーん」
 ……と、その呼びかけの矛先は俺であった。
「おまえ、妹いたの?」
「いないぞ」
 駆け寄ってきた妹が志賀の疑問に答える。
「じゅりねぇの妹でぇーっす。そのうち義理の妹になるんで今から呼んでまぁーっす。ねー、お兄ちゃん」
 無事に進学し高商生となった加奈子。こいつ自身はテニスとは一切関係ないが、俺が関わったイベントという事もあって暇潰しに見に来たようである。俺から見れば見込み妹だが樹理亜から見れば正真正銘ただの妹。誰かの妹と言う点では間違いない。
「お、おう」
 義理の妹になるという事がどういうことか理解できるだけに軽く引いている志賀。そして俺の視界の隅で留奈が静かにダメージを受け身悶えしている。加奈子め、わざと留奈に聞こえるように言ってるな。
 そして加奈子はくるっと体の向きを変え。
「長沢先輩、じゅりねぇの妹の加奈子ですぅ。お噂はかねがね。どうぞよしなにぃ」
 ナガミーに媚を売り始めた。ナガミーも軽く引いている。いかにも人畜無害なおっとりした樹理亜の外見とは逆で毒々しい悪魔的な見た目のギャルだ。すり寄られて逃げたくなる気持ちも理解できるがそいつはそんなに悪い奴じゃない。ソトヅラはいいし姉ちゃん大好きだし。ナガミーも目を付けられてしまった以上、少しずつでも距離を詰められそのうち子分にでもなってることだろう。害はないので放っておく。
 ナガミー、そして高商制服の加奈子。そんな高商生がさらに高商生を引き寄せる。気が付けば見ず知らずの高商の女子部員二人組が忍び寄っていた。
「ねえ。ちょい、ちょい。ねえ」
「んあ?何か用?」
「用ってほどでもないけど。お話ししましょ」
「せっかくの交流試合なんだから交流しないと、ねえ」
「そうそう、男子なんかほっといてさ」
 俺も男子なんだけど。まあ、あっちの男子のことだろうな。その高商の男子部員はさも自陣と言わんばかりにコートのあちら側に居座っているが、この足軽女達は前線にどんどん侵略してくる。大体は女子同士でしゃべり始めている。真面目に対戦の組み合わせを話し合ってるグループもあるが大体は世間話だ。そんな中でわざわざ男に声をかけてくる彼女たちの思惑とは。
「そりゃ、近かったし。見た感じリア充っぽいからいきなりナンパされたりしないでしょ」
「そう、それよ!リア充!つーかさつーかさ、前見た時ってこんな感じじゃ無くなかった?なんか男女でもっと距離あったよね?普通に」
「もしかしてあれなの?ヤれるペニス部復活?」
「ギャヒー。ペニス部!言わないようにしてたのに!言っちゃう?言っちゃうの!?」
 交流したいんじゃないのかこいつら。勝手に喋ってて俺が割り込む余地無いんだが。
「とりあえず男の前で乙女がペニス連呼すんな。見たいわけじゃないんだろ」
「ドキドキしちゃった?」
「ハラハラはした。引くわ」
「引かないでぇー。ああでもリア充ならいいわ」
「で、実際どうなの」
 急に真顔になって詰め寄ってくるが。
「どうって何が」
 一応念のため股間はガードしつつ確認する。
「それじゃなくて。そっちのテニス部のリア充化」
 クリぼっちがイヤで無理矢理くっつきそれが今も継続している旨を伝えておく。
「臨時でも暫定でも一緒にいられる相手がいるだけいいわー。こちとら贅沢言ってないのに願い下げってのばっかりでさ」
「いいのはもう囲われてんのよねー」
「そそそ。男なんていっぱいいるけど接点がなくってさ。かといって男を探して校内をさまようってのもなんかね」
「そこまで飢えてるわけじゃないのよ」
「だからこういう出会いのあるイベントっていうのはチャンスなわけ」
「なのに!こっちも結構囲われてるのはどういうことよ」
「いやそれについては今説明してもらったじゃないのさ」
「違うんだよ、いつも出遅れるあたしらの運命を嘆いてんの」
「それで、ここからが本題なんだけど。いい男、いない?」
 今までの話から振る話題じゃないよな。もう囲われてるって結論に達しかけてるじゃないか。
「お目が高いわ!」
 視界の斜め下あたりから何かちっこいのが割り込んできた。
「りゅーちゃんは我が校じゃ恋愛マスターと呼ばれてるんだよ!大船に乗ったと思って相談していいぶほっ」
 俺が知らない女と話しているのを気にして見に来た留奈についてきたなかスッチーが余計なことを言うので顔面を鷲掴みにして押しのけておいた。
「おててにちゅーしちゃったんだけど!?」
「ちゅーではないよな?歯の感触があったぞ」
 唇に触れずに歯に触るのは難しい点については目を瞑っておく。そんなことより他校生に余計なことを吹き込むな。りゅーちゃんとか言う呼び方を含めてだ。
「流星、私もっ」
 煩い留奈の顔面も鷲掴みにしておく。舌を伸ばしても届かない目元ら辺をだ。その状態で質問には答えておく。
「1年の男子ならまだフリーだし3年生もだいぶ余ってるぞ」
「余っちゃってるのかー。いくら余り物には福があるって言ってもねー」
「言わないよ、残り物だよ」
「そっか、そだよね」
 残ると余るでは余るの方が不要というニュアンスのネガティブイメージが強い。福がなさそうな感じである。男の場合ナニの何ぞが余ってるっていうとナニがフクをしっかり着込んでる感じになるがそれはそれでネガティブなイメージでしかないしな。女子相手にそんな下ネタ言えたもんじゃないが。
「先入観なしでみれば案外掘り出し物があるかも知れないぞ。ひとまず当たって砕け」
「砕け?砕けろじゃなくて?」
「砕けてやるような相手じゃない、気に入らなかったら砕いてやればいい、心をな」
「何それ怖っ」
 要するに勝手に逆ナンでも選別でもすればいいのである。俺が仲介に入ってやる義理なんぞない。

 というような一幕があったわけだが、これが誤解を生むきっかけとなった。
 ありがちなのはたとえば樹理亜や留奈あたりが「誰、今の女」とか言って怒り出すパターンだが、悲しいことに樹理亜も留奈も俺が知らない女と喋ることに慣れすぎていた。俺の素行が日頃からいかに悪いかを如実に提示してくれている。それなら俺のところに直接苦情がきてるだけに対処も楽だったろうが、事態は俺の目の届かないところで進展していたのだ。
「あの野郎、ただでさえ女と仲良くしてる上にうちの女子にまで手を出しやがって」
 手は出してないし、そもそも話しかけてきたのも向こうだ。
「俺たちだってあんなに楽しそうに話しかけられたことないぞ」
 それはお前等の人徳の問題であって俺のせいじゃないよな。
「俺たちとか言うな。お前と一緒にすんじゃねえ」
 ツッコミ茶々入れより先に状況を説明しないとだったな。高商の男子、さっきの女子が贅沢言ってないのに願い下げと言っていた連中がこちらの様子を見ながら話しているのだ。だから本来ならツッコむどころかさっき述べた通り俺の知らぬ話だ。
「そんじゃお前、最近女子と仲良く話した記憶があるのかよ」
「最近ってどこまで入る?小学校はダメ?」
「ダメに決まってんだろ、中学校だってアウトだよ」
 状況を説明しているうちに俺の話じゃなくなってたが。つーかお前等ナガミーの下僕じゃないのか。下僕だから仲良く話しているカウントに入れられないのか。身の程は弁えてるみたいで何よりだ。下僕なのに口も利いてもらえないという悲しすぎる可能性は排除。指図くらいはされてる姿を見てるしな。
 とにかく。ただでさえナガミーのカレシの一派だし、俺自身も連中よりナガミーと親しげに話してる自信がある。その時点で奴らにとっては敵だろう。さらに一部の奴らには俺に積年の恨みもある。半年くらいしか経過してない割と最近の出来事だが年は越したからな。年度もだ。そこにさらに燃料を投下すれば怒りの炎はよく燃える。嫉妬も含まれるが……総じて憎悪の炎だろうか。
 身に覚えがありすぎるし別にこいつらに嫌われたからといって失うものがあるわけでもない。好きにしろといったところだ。しかし言うまでもないことだがいちいち相手にするのは面倒であった。そういう意味では貴重な時間は失うのかな。まあ今はそういうのを含めて交流するための集まりだから仕方ない。
 とにかく、この一幕で俺への敵対レベルが急上昇したのである。
「で、誰が行く?」
「武志と祐介は前回負けてるからな」
 外されたタケシはほっとした顔で無言。そんなに俺の相手がイヤか?まあイヤだろうけど。三沢を叩き潰したい気持ちはあるんだろうが、そのために俺の相手もするくらいなら誰かに譲ったほうがいいらしい。一方ユースケは不満げだ。
「俺はあのナメた野郎とのコンビに負けたんだ、最弱に負けたわけじゃねえ」
「そう思うならそのナメた野郎にリベンジしてこい。奴らは最強の俺たちが相手してやるよ」
 すると、その最強の片割れが言う。
「言っても俺たちドングリの背比べじゃん?」
「全員が至高と言え!現実を思い出させるんじゃねえ!」
「つーか最近調子の悪いお前にドングリの背比べとか言われたくないわ」
 こうして、名も知らぬ二人が俺たちの対戦相手として決定したのだった。

 交流試合は2面あるテニスコートをそれぞれ男子と女子が使う。男女混成ダブルスとか男対女みたいな男女の交流は今回はなし。試合による交流はないがコートの外では好きに交流しろと言わんばかりに教師二人は親交を深めている。
 試合の順番とかは生徒たちの自主性に任せるという名目の丸投げ。丸投げするのに男女だけきっかり分けたのはなぜなのか。自分たちはしっかり交流してるんだから僻みとかはないはずだが。
 こうなると男子方面は自主性の塊というか独断専行の桐生の独擅場となった。各学年から2組のダブルスが出場し6試合、そして四天王対決2試合の8試合。各試合は2セット先取の1ゲームマッチだ。その後はどうせ時間が余るのでまだ参加してない人から適当に。
 そしてこちらから出す各学年の代表者も選抜された。四天王二人を除外すると1年2年は男子が4人しかいないので組み合わせを決めるだけだった。1年は上井「濃い顔」淳裕と椎名「黒い顔」梅次郎の圧力顔面ペアと筆入「ジャニ顔」英佑と相原「普通」圭一のアイドルペアで行く。2年は土橋・不破のなっちゃんズの彼氏ペアと連城・志賀のなんかよくわからないペア。3年は残りの四天王を除外しても一人余る。青木・鴨田のエロゲー友達ペアと岩佐・奥村のエロビデオ友達ペア。空気の宇野はこういう時に出番がもらえないから空気なのである。
 そして交流試合が始まった。男子コートでは息も詰まるような、溜息もでないほどの凡戦が繰り広げられる。まあ、ダイジェストくらいならお届けしても時間の無駄にはなるまい。
 1年は1勝1敗。上井・椎名組は顔面の圧力で圧し勝った。筆入・相原組は僅差で惜敗。ただし女子からの声援では圧勝。高商女子からも声援が飛んでたな。だから相手方も120%の力で押し返したのかも知れない。ちなみに高商の選手の名前は紹介の時聞き流してたのでよく分からん。どれほどものすごく聞き流していたかは後に思い知ることになるだろう。
 2年は全勝。さすがは俺の育てた選手たちだ。まあ、最初に言ったとおり凡戦なんだけど。拮抗した泥仕合で見所はないのに無駄に長い。堅実な攻守を見せる高商組に、誰に似たのか癖のある攻め手を見せる我が部員。一進一退の攻防の後、疲れが見えてきた相手に一気に畳みかけるという無慈悲な戦術で勝利をあげた。というか高々ワンゲームでバテてくるあたり、短いからといきなりフルスロットルで突っ込んでたな。なんだかんだ言ってもやっぱり冷静じゃなかった模様。
 ここらで女子の方の様子も。殺気だった男子サイドと違い和気藹々とした感じだ。こちらは得点を取られたら一人抜けて新たに一人入ると言うルーティンで進行していて、要するに各人2回点を取られたら交代。ナガミーが出てきたら詰みそうな気がするがそこには特別ルールがあり、高工のメンバーが一周したらナガミーはチェンジになる。空気を読まない奴が点を取らない限りみんなが一度はナガミーとやれるルールとも言える。まあ空気なんか読まなくても本気のナガミーに素人が食らいつくのは難しい。女子の方がましとは言え所詮うちのテニス部だしな。女子のメインはおしゃべりなのだからゆるゆるとやっている。
 男子のほうは3年生が出たところで空気が一気に弛緩した。こっちの3年男子はへっぽこの上女の気配もない。精々、モテないけど顔だけは悪くない奥村が出てきたところであちらの女子がざわつき、男がむっとしたくらいのもの。迎え撃つ側も気合いの入りようがなかった。試合はやってるが小休止感満載であった。

 さあ、俺たちの出番である。一気に緊張感で満たされた。俺は関係ないがナガミーのカレシである三沢は嫉妬の対象で大変だなあ。
「お前が長沢さんに相応しい男か、この至高の俺たちが見極めてやろう」
 記憶にない二人組が三沢に視線を向けてそう宣言した。タケシと……あとえーと、うーんと、そうだユースケ。あいつ等は出てこなかったか。前回負けたからはずされたとか……まさかね。さっき決まりかけた組み合わせはなかったことになったみたいだな。まあ、やっつけたい三沢に最弱をぶつけることはない。最強コンビを投入したらしいな。っていうか誰だよこいつら。向こうの部員の名前は丸ごと聞き流していたが、相手になる可能性があった四天王の名前くらいちゃんと聞いておけばよかった。そうすればユースケの名前だってもっとすっと思い出せただろうし。そう言えば今なんか名前っぽいの言ってた気がしたぞ、軽く聞き流してたけど。なんかシコ何とか……。まあいい、名乗る気も無さそうだし知ってそうな人に聞けばいいや。
「ちょいちょい。長沢先生」
「なあに、吉田君」
 俺じゃなくって三沢を見てたんだろうが、視線がちょうどよくこっちに向いていたので呼び寄せました。相手の二人組について聞いてみた。
「ヘッドバンドの方が竹中和樹、メガネが石川晃司。うちの四天王の二人ね。うちじゃ強い方だけど、今の二人ならば頑張れば勝てるよ!」
 眩しい笑顔とともにもう知ってる情報と相手に聞こえる声量での余計な一言を添えて教えてくれた。一瞬ものすごく連中の士気が下がったのを感じたが、即座に怒りと憎悪で闘志が持ち直したようである。その憎悪は確実にナガミーを気軽に呼びつけて件の一言を引き出した俺にも向いてそうだ。
「あー。さっき何とかシコって言ってたのは名乗りだったか。石川コージでイシコー君って呼ばれてるのね」
「え?呼ばれてたっけ……?まあ好きに呼べばいいんじゃないかしら」
 違ったか?まあ男同士ではそう呼んでるとか、あまりにも名前を呼ばれなさすぎて忘れてるとかそんなところかも知れん。好きに呼べとのお墨付きももらったし、そうさせてもらおう。
「至高なるイシコー……ぷぷ」
「やめろ!」
 あちらではなんか新しいニックネームが生まれつつある気がするが気のせいだろう。
 しかし、頑張れば勝てる、か。気軽に言ってくれるものである。以前タケシ君に勝ったときは桐生と組んでたし、卑劣な精神攻撃でタケシ君を潰してどうにかって感じだった。今回の相棒は四天王の中でも最弱の三沢だし、精神攻撃のネタもない。そもそもワンゲーム決着の短期決戦じゃ小細工もしにくいだろう。
 などと考えたのがバレたのか。
「何、またエッチな写真でもばらまいて気を逸らそうとか考えてそうね」
 などとジト目で言われた。ふむ、なるほど。美少女に蔑むような目で見られるのは確かに悪いものではないな。エロコラの件もこの間の定例ダブルデートで蒸し返したせいでつつかれてしまうな。
「今回はそういう小細工する余裕も準備もないなーとか考えてました」
 まあ何だ、図らずも今のやりとりでタケシ君が挙動不審になってるけど。先日と言い今と言いこの平坦で他人事の反応からして、エロコラの一件はナガミーにはまだバレてないのかも。寛大にも容赦して、あるいは十分なお仕置きの上で手打ちにし過去のことになってるだけかも知れないが。まあみんなの幸せのためにもこのことを蒸し返すのは得策じゃないな。
 相手の名前も分かったことだし、せっかく来ていただいたナガミー先生だがご退場いただこう。と思っていたらぬっと一人増えた。
「彼女の言う通りだ。相手も所詮は四天王最弱コンビ。恐れることはないぞ!」
 ナガミーの「頑張れば勝てるよ」を聞いて応援タイムだと判断した桐生が市村同伴でエールを送りに出張ってきたのだ。さらに桐生の勝手な判断でこの二人を勝手に四天王でも弱い方だと決めつけている。さっきナガミーが強い方だと言っていたのは聞き流したようだ。自分たちが強いのだから順当に強いのがぶつけられていると思いこんでいるのだろうが、強い弱いに関わらず憎むべき俺たちの方を全力で仕留めに掛かっていると思われた。見た感じイシコー君なんかいかにもプライド高そうだし、最弱呼ばわりは憤懣やるかたない感じである。
 そして桐生最大の武器はその圧倒的な空気の読めなさ、あるいは読まなさだ。ナガミーに馴れ馴れしい俺へのヘイトが高まってるところで更にこいつはナガミーに馴れ馴れしかったのである。
「ところで長沢さん。ちょっといいかい」
「は。はい!?」
 油断していたところでいきなり背後に立たれていただけでもドキドキものだが、加えてナガミーは桐生にはちょっとトキメいちゃうのだ。彼女持ちの上このゴリゴリ来る性格では引っ込み思案なナガミーにはちょっと厳しいので、恋愛対象としてではなくアイドルみたいな感じで憧れている。
 桐生の方だってもう市村がいるし、確かにナガミーは美少女だが桐生は過去に美少女穂積ではなく市村を選んでいるのだ。穂積よりはナガミーの方が可愛いとは思うがあくまで俺の好みではだし、顔は市村から乗り換えるところまで行くほどの決定打にはなるまい。特に多分桐生の心と体を反応させたであろうボンキュッボンの点でナガミーはダメダメなのである。だからこの二人は友達の先には行くまい。
「こうして再び会うことができたんだし、一緒にどうかな」
「い、一緒って何を!?」
「何ってもちろんテニスをさ。俺もリベンジがしたいからね!」
 それがわかっているから三沢も市村もどぎまぎするナガミーとどぎまぎさせる桐生を温かい目で見ていられるのである。だがネットの向こう側の二人はそんな事情は知らないので3人目のナガミーに馴れ馴れしい男の登場でいきり立っている。
「先輩先輩。長い話はコートの外でお願いしますよ」
「うん、それもそうだね!」
 素直に桐生はうなずくと、ナガミーの肩をぽんと叩いてた高工側の席に誘導していった。いい感じである。このまま相手のヘイトを分散させてくれれば助かるよね。
「折角だから我々ペアと君と三沢のラブラブ対決とかも面白そうじゃないか」
「ら……ラブラブ!?」
 余計なことを言うな、ヘイトが三沢に戻るだろ。

 相手の名前も確認できたし、試合を始めよう。ここまでもたつきすぎてるからな。
 そのもたつくやりとりで怒りと憎しみをさらに増大させている相手の二人だが、それで理性を吹き飛ばしいきなりフルスロットルでかかってくるようなことはなかった。さすがは四天王、冷静である。短期決戦を仕掛けてきたらこっちは体力温存し粘れば終盤巻き返せるかもと期待したんだが、そんなに甘くない。
「その調子よ、明弘君!」
 時折飛んでくるナガミーのエールが燃料になる。三沢にも、高商四天王にも。三沢にはベンゼン懐炉のように内側からじんわりと力が湧いてくる感じで。ベンゼン懐炉知ってる?知らないだろうなあ。そして高商組には火に油という感じで。
 ナガミーもすっかり高工側のベンチに座ってこちらサイドで落ち着いてる。その隣には桐生が腰掛け、市村と両手に花状態だ。反対の隣には樹理亜と加奈子が並んでいる。加奈子は相変わらずナガミーにお近付きになろうと姉まで使ってアピール中である。
 三沢を応援するナガミーの声にかぶせて樹理亜姉妹が俺への声援を飛ばしてくる。それに対抗して留奈もエールを飛ばしてくるが、まあ高工生同士応援するのはおかしくない。ナガミーと加奈子が特例であるだけだ。……かと思いきや。高商の女子から「美香の彼氏ガンバレー」とか応援が。人気無いんだな、こいつら。まあもちろん、そのエールがアルコール75%かってくらいの燃料になってるだろうな。そんなのはエールでもビールでもなくスピリッツだ。
 ゲームは拮抗したまま中盤に突入。わずかにリードした状態でこちらにぴったりとくっついてくるイシコーアンド……誰だっけ。まだ記憶力の衰える歳じゃないのに何で片方覚えられないんだろ。タケシ君の相棒だったユースケもなかなか思い出せなかったし。えーとあいうえおかきく……そうそう、カズユキだ。キャラが薄いと覚えにくいよな。
 とにかくそろそろ連中も巻き返しを仕掛けてくる頃合いだ。いや、差が開いているわけじゃないからもうちょっと様子見が続くか?向こうが勝負をかけてきたら俺たちも真の本気ってのを見せてやるさ。
 終盤に突入しデュースに持ち込まれた。ついにきたか。いいぜ、こっちも本気を見せてやる。なんてな、実を言うとずっと本気でした。早々都合よく隠されたパワーなんてものがある訳ないのだ。後があるなら温存もするが、今日の俺の出番がこの後さらにあるかどうかもわからないしそれなら全力出すっしょ。
 マッチポイントを奪い返したが油断はできないな。このままデュースを繰り返してじわじわいたぶるように疲弊させる作戦か?なんて卑劣な。俺に卑劣だと思わせるなんて相当ひれ……あ。勝ったわ。
 あれ?作戦とか弄んでるとかじゃなくて普通にいい勝負だったのか?頑張れば勝てると言うナガミーの見立ては正確だったってことか?イシコーアンドカズユキはコートに崩れ落ちた。きれいなorzだ。
「くそっ……認めないぞ、俺たちの実力はこんなものじゃないっ……」
 無様に往生際の悪いことを言っているな。それなら実力を出せばよかっただろうに。
「認めろ、現実って奴をな。お前らでは俺たちに勝てない。テニスでも、人気でもな!」
 何か声を掛けてやるべきだと思ったが、慰めたり励ましたりしてやる義理などないし、向こうが勝手に敵認定して突っかかってきたのだから勝ち誇ってやることにした。
「おいおい、どうすんだよ。俺が勝っちゃったらそいつは四天王最弱って言う定番ネタがやれなくて先輩方が困るじゃん」
 三沢のこれは本気で言っているのか、単なる煽りなのか。
「安心しろ、三沢が最弱なのはただの事実じゃないか。ただ単に最弱に負ける不甲斐ないそちらの二人が四天王の名折れってだけの話さ」
 そして桐生は煽ったりすることのない爽やかな男なので、この発言は単純明快にガチの本音である。そういうことは仲間内で言うから笑って許せることもあるのであって、他人ましてや敵方が言っちゃいかんだろ。
「めっ、ダメでしょそんなこと言っちゃ」
「うん、そうだな。本人の前で言うことじゃなかった。しかし彼らも今日のことをバネにより逞しくなって帰ってくることだろう。負けてはいられないぞ、吉田、三沢!」
 市村に怒られて桐生も反省したようだ。うん、そういうことにしておこう。

「さあ、交代だ!」
 桐生が立ち上がり、俺たちと交代した。当然コートにいた俺たちと桐生たちが交代したわけだが、それだけではなくベンチにいた桐生も俺たちと交代となった。ナガミーと樹理亜の微妙な位置調整はそういうことだろう。
 樹理亜と加奈子の間に一人分の隙間ができて市村と桐生の抜けたスペースが一人分詰まった。ナガミーの隣に三沢が、樹理亜と加奈子の間に俺が座れということだろう。勝者の特権ともいえる見せつけ席順だが、まあ負けても多分こうなってたと思われた。こういう余計な気配りもできるのが市村なのである。だから空気を読む気などない桐生ともつきあっていられるのだ。
「これまでの勝負は全て前座だ!さあ、頂上決戦を始めようじゃないか!」
 ほら、空気読めてない。桐生の発言に慣れてるこっちはともかくあちらさんもこれまでの人たちが前座扱いにされたら気分が悪いだろうに。救いなのは下級生は自分が前座なのは実感してるのと、前座どころか満を持して登場した四天王のイシコーとカズユキも不本意な結果に終わっており前座だったことにしてもらった方が気が楽だろうっていうって言うところかね。
 だが、それでもやっぱりこれは頂上決戦ではない。何せ俺でも勝てた二人組だ。俺の代わりに俺より強い江崎が入っているなら負ける理由なんてないのだ。
 え?その時はダメ元で放った精神攻撃が弱点属性のクリティカルヒットでタケシが実質脱落したから勝てたんだろうって?まあそれはそうなんだけどさ。
 試合が始まるとタケシに何かあるたびに黄色い歓声が飛ぶ。いや、違うぞ。女子はタケシに向かって事ある毎に「こらー!」と怒声を投げかけているようである。
「何か怒られてますね」
「うん。なんか最近坂巻君だけ女子の当たりが強いのよね。そのせいで最近ガタガタだし。なんでか誰も教えてくれないんだけどエッチな写真ちらつかされて負けて以来のことだから絶対そのせいよね」
 うん。樹理亜とナガミーのやりとりでわかったがこれは怒声ですらないな。こらーではなくコラなのだ。ナガミーには件のコラの件はバレていないようだが他の女子にはバレているわけだ。そしてコラがあだ名みたいになってるのか。
 ナガミー自身に話が行っていないのは精神ダメージが大きすぎるからに決まっていた。同性の嫉妬で散々な小中学生時代を過ごしてきたナガミーは高校進学で一新しようとしたキャラ作りに微妙に失敗しちょっと変な子になってしまったが、それでもちゃんとみんなに好かれる女の子になれていた。だから知らない方がいいようなことはわざわざ言わず、原因になっている奴はお仕置きされているわけだ。
 婉曲に伝えようとして伝わらずにいるだけかも知れないけどな。ナガミーってパソコンとかスマホとか疎いみたいだし。っていうか体育以外苦手とかいう悲しい話を三沢から聞いた。婉曲になど伝わらないだろう。コラという言葉を知ってるかも怪しい。
 そしてそのコラの件で追い込みをかけた連中がすぐそこにいる。この状況でタケシ君が実力など出せるわけがない。策を弄するまでもなく弱体化しているのだ。
 それに加えてカノジョ持ちでもイケメンペアなのだ。あちらの女子がどちらを応援するか。その結果戦意はどうなるか。向こうに有利な要素など何もない。当然、勝敗は明らかだった。
「四天王対決は我々の勝利だ!しかし彼らも県内の底辺を我々と争う程度の相手にすぎない。今日の勝利に慢心することなくさらなる高みを目指そうじゃないか!」
 内輪だけの反省会とか祝勝会ならともかく、やっつけたばかりの相手の目の前でそれをいうのはまずかろう。まあ、あちらさんもぐうの音も出なさそうだが。
「ういーっす」
「はいなー」
 そして熱い科白だが慣れっこのこちらは反応が軽い。
「そして高商の諸君も是非とも今日の結果をバネとして再起を図り、我らの良きライバルとして共に更なる高みを目指そうじゃないか!」
 桐生の熱弁はまだ終わっていなかった。再起って。潰れた訳じゃ……いや精神的には潰れてるか。まあこんなのに反応する奴などいないだろうが。と思ったら、いたものである。
「やる気が空回りしたみたいで今日は不甲斐ない結果に終わったけど、次は勝ちを狙わせてもらうわ」
 やめて。四天王はナガミーに不甲斐ないとか言われたらそれこそ再起不能になりかねない。そもそも勝ちまくったナガミーは不甲斐ない要素なんてないんだし、不甲斐ないのはあいつらしかいなくなる。まさかポイントごとに交代ルールでこっちの女子部員一周できなかったのがナガミー的に負け扱いになってるんじゃないだろうな。あり得そうだ。
「はっはっは、強い君がいうことじゃないね。でも勝負は時の運だし、我らの努力を彼らの努力が上回れば逆転だって可能だろう。もちろん俺たちもそうならないように励ませてもらうとも。更なる高みを目指すべく手を取り合っていこうじゃないか!」
 そう言いながら手を差し出す桐生。超絶に戸惑いながらも流されるままに出されてしまったナガミーの手を躊躇いもなくむんずと握りしめる。手の形は完全に握手のそれだし何なら握り潰さんばかりの力強い握手なのだが、だからこそ密着度もマキシマムなのであって。ナガミーの顔がどんどん赤くなっていく。
「それにまだ今日の親善試合が終わった訳じゃないぞ。時間はまだあるし我らのラブラブ対決もあるじゃないか」
 この状況でそれを言うとナガミーと桐生がラブラブみたいに見えるがな。と言うかいつまで手を握っている気なんだか。高商側のベンチがざわついているがこっちは慣れたものであった。まだ手を握ったこともないだろうカノジョの手を他の男に握られている三沢ですら落ち着いている。
「俺にもあのくらいの度胸があればなぁ」
 などと呟いているくらいだ。というかあれば度胸じゃなくて無神経さの類であって羨んだり目標にすべきものではないな。市村に至っては無反応である。
「そう言えば宇野はまだ出ていなかったな。そちらのチームでまだ参加していない部員はいるかい?」
「えっ。あ、はいっ。石川君、男子の方はどうかしら」
「井川が」
 テンション低く答えるイシコー。どうでもいい事情だが、各学年二組ずつの4人という組み合わせであちらは3年生が四天王を差し引いて二人しか残らなかったので2年生からうまいのを一人ずつ引き抜いてそれぞれタッグにしたのだった。あっちの3年が四天王を除いた残りかすかと思ったら以外と強かったのも、2年が案外大したことなかったのも納得である。そして残り物の井川君はそう言った事情に左右されず普通に余った1年生だった。
「こっちはあたしとまゆがまだだよー」
 高商女子は1年から五十音順にコートに入っていたのでナガミー無双の後、3年で五十音順がラストの檜原万結里と若元早知が参加できずにいた。
 と言うわけで、宇野と井川君、檜原若元の4人での試合となる。さっきまでこっちは男、あっちは女でやってたのに男対女か。と思ったら女子二人が相談とじゃんけんの末に宇野・檜原と若元・井川のダブルスになったようである。一人だけ高工の宇野も、一人だけ1年の井川も口を挟む権利はなかった。とは言え、この余りもの対決は福あり過ぎであろう。
 それを皮切りに、終了時間まで宇野たちがやっていたコートは女子がやってた点を取られたら交代ルールで混合ダブルス。ナガミーのいるほうのコートはカップルでナガミーカップルに挑むというトンデモルールが発動していた。
 爽快な負けっぷりを見せた桐生が次のナガミーへの挑戦者として俺と江崎の四天王コンビを指名したのだが、いつもは樹理亜と組んだ俺とテニスをしていると言う話を聞いた市村が余計な気を回してその対決をエキシビションで実現させ、余った江崎が穂積とコンビで対決したせいでカップルダブルス大会が確定したのだ。もう一方のコートで交代しながらテニスをしている連中は寂しい連中、そしてこの機会にいい出逢いをと期待している連中だった。留奈もそこに混じってたが、出逢いを探す気はないんだろうな。
 そんなカオスな状況になった親善試合だが、教師2人が何も言わないのでそのまま進行したのだった。