Reincarnation story 『久遠の青春』

41.これまでと、これから

 俺達が二年生になったことで空位となった一年生が入学式により補充され、卒業生たちの分生徒が減って寂しくなっていた学校内にかつての賑わいが戻っている。
 だがしかし、同じ学校にいようと何か接点がなければ関係性は生まれにくい。同じ科の後輩だって普段生活しているフロアが違えばそうそう顔を合わすこともないのだ。可愛い年下の女子をナンパしようなどと言う目的があるわけでもない俺としては大して興味もない。若い女の子というなら俺から見れば三年生だって子供みたいなものだし、よねまよだって小娘だ。いろいろ育ってる分こっちの方がそそるくらいである。女子相手でもこれなのだから況や男子においてをや。
 そんな別段興味が湧くわけでもない一年生でも、ごく一部とは深く関わることになる。テニス部の新入部員である。その大部分がテニス経験者であった。と言うことはである。
「正直なところを聞いておきたい。新入部員諸君の中に我が部に関する噂を聞いて入部してきた者はいるかね」
 一応そう問いかけてみた。全く心当たりがなさそうに、どんな噂があるのかと不安げに顔を見合わせる者に混じり、何人か心当たりがあるような素振りを見せる者も。
「このテニス部が県内最弱を争っているっていう……?」
「それはただの事実であって噂じゃない。我々としてはこの事態からの脱却に向けて誠心誠意努力していくことを決意する予定を立てるのも吝かではない……って言うか実際今年は目に物見せてやんよ?でもまあそれじゃない」
「顧問の先生が不倫したっていう……?」
「それも単なる事実だが……」
 驚いたような視線がよねまよの方に向いたので、俺の話を遮りよねまよが発言する。
「前任者ね、前任者!」
 必死だな。まあそりゃそうか。下手すりゃ乙女かも知れないのに、不倫先生の烙印は押されたくないわな。ちなみにその前任者である川崎教諭は、不倫合宿騒動でテニス部顧問を外されても学校にはいたのだが、今年度は遠いところに飛ばされている。
「でもまあ、件の噂という奴にちょっと近づいたかな」
「何か他に黒い噂があるんですか」
 的外れな噂を羅列しても仕方ないと思ったのか、単に思い当たる噂の弾がつきたか。噂の内容について質してきた。もちろんこちらから切り出した以上隠し立てや出し惜しみするつもりはない。
「黒くはないよね」
「バラ色?」
「むしろピンク」
 噂について既に知っている、何ならその噂に引き寄せられた部分まである先輩方がモノトーンの勘違いに鮮やかな色を重ねる。確かに、女子に伝わっていたのはバラ色で男子に伝わってたのはピンクの噂だった。
 ここまでくると俺より他の奴、特に噂がまだ辛うじて生きていた三年生の方が詳しい。頼んでもいないのに率先して説明してくれた。詳しくない俺もついでに情報収集だ。役に立つ情報ではないと思うが、何も考えずに入ったテニス部がかつてどんな噂を抱えていたかは知っておきたい。
 何年か前、美女イケメン率も高くカップル大豊作だった年があったようだ。美形が集まったのは偶然だろうし美形同士ならカップル成立しやすいのも当然だろう。そして素敵な出会いのあるヤれるテニス部の噂が立った。
 その次の年からはそんな噂に引き寄せられた、ぱっとしない外見のくせにヤる気はあるけどテニスをやる気はあまりないボーイズアンドガールズの群がるテニス部になったことで、ビジュアルでもテニスの腕でもレベルの低いテニス部になり果てた訳である。まあ、テニスの腕のレベルはもともとそんなに高くなかったみたいだが。
「あたしらが1年だったときはホント酷かったよー。3年生がコートを独占して下級生は先輩に媚び売ってペア組まないとコートには入れなくてさー」
 確かに俺たちの時も最初はそんな感じだったな。だから朝練が始まったんだが。って言うか媚びを売れば一緒に練習させてもらえたのか。
 町橋曰く。当時の上級生たちはバラ色でピンクなハイスクールライフを期待してテニス部に入ってはみたが、すでにカップル成立している美女イケメン先輩に見せつけられながら自分には釣り合う程度の相手ともくっつけず失意のうちに進級した。そんな彼らは、入ってきた新一年生――町橋たちのことだ――のビジュアルレベルが持ち直していることに目を付け、囲い込もうとしたらしい。
 しかし、そんな思惑を嘲笑うように当時一年だったイケメンで空気は読まない桐生がさっさと市村といちゃつきだし、一番美少女だった穂積が言い寄る先輩方を立て続けにフった後江崎とくっついた。なお、真っ先に女に手を出した桐生が一番の美少女より市村を選んだ理由についてもついでなので説明しておこう。一言で済む。ナイスバディだからだ。俺の推測だが、まあ間違いなかろう。
 先輩方による締め付けは厳しくなったが、残ってる女子は根室とか町橋だ。当たって砕けろとはいうが、なまじの覚悟では当たったら立ち直れなくなるほど心が砕かれる鉄の処女たちである。なお、男子の方はビジュアル的には回復していたが内面が全く持ち直してなかった。いや、それを言ったら女子の方だって……もちろん言わないし顔にも出さんぞ。
「りゅーちゃん何か言いたげね?」
「イエ何も」
 やっべちょっと出てたか。って言うか根室までりゅーちゃんやめろ。
 そんなシステムも去年には形骸化し、3年生が抜けた後にはすっかり風化していた。現3年生の奥村らにすれば苦節一年半、やっと俺たちの番だと言ったところだったが甘い汁どころか出し殻さえのこっていない。上の3年からは押さえつけられ横の女子には削られ、下の1年には炙られる散々な年となったのだ。俺は別にそんな気はなかったがな。そもそも眼中にすらなかったって言うか。
 もはや事実の逆を行き負の遺産となり果てていた噂もまた風化しており、新一年生たちはそんな時代もあったのねと笑うばかり。恥ずかしいから知らないふりをしていた訳でもなく、本当に知らなかったようである。

「でも、今の状況って結構そのころに戻ってきてるんじゃないですかぁ」
「生意気なことを言ってくれるわね、このリア充幼女が」
 なかスッチーの発言に根室が苛立ったようである。俺は根室もリア充のうちに入ってると思うが本人にはその自覚はなさそうである。
 それはともかく、なかスッチーの発言だ。現状女子の大部分が必ずしも男女じゃないとは言えカップル成立している、そんな状況。3年生を除けば男子も誰かに囲われている。そんな除かれた3年男子とか、まだあぶれてる女子とか横恋慕してるだけの留奈とか男と女に二股かけててカップル成立扱いしていいのか微妙な舞とかいるけど、そんなことよりもだ。
「クリぼっちがいやだからって無理矢理くっついただけだろ。来年のクリスマスまで残る組み合わせあるのかよ。キスとかできる奴らいるのか」
「夏美がしたって」
 なんですと。なっちゃんズのもう一人奈美江が爆弾発言をぶち込んできた。キスした相手である不破が飛び上がった。
「何で知ってるのぉ!」
「ごめん、しゃべっちった」
 まあ二人だけの秘密なら、スパイに監視されてたわけでもなけりゃどっちかがばらさなきゃ拡散はしない。この話が出たときの女子のフラットな反応からして全員もう把握してたな。脱線になるけどちょっと探っておく。
「クリぼっちがいやだからって無理矢理くっついただけじゃなかったのか?無理矢理キスしたんじゃないだろうな」
 うん。言っててそれはないと思うわ。不破にそんな度胸は絶対にない。
「うへへへへへ、あたしからせがんだ」
 だよな。
「いいのかよ、こんなのとキスして。初キスじゃないのか」
「こんなのとは何だ、こんなのとは。こんなのだけど……」
 自覚があるなら反論しようとすんな、自己完結の自滅だし。
「幼稚園をノーカンにするならそうだね。でも、だからこそ後悔のない相手としておきたいじゃない。これからどうなるのかなんて分からないんだから」
「明日が来ることすら信じられないってことか」
「えーと、突き詰めればそれもなくはないけど……そこまでのことはなくても、好きでもない奴に奪われるのも怖いじゃない」
 まあ、それはあるか。夜道で襲われるレベルじゃなくても、大人になれば酔わされて連れ込まれるとか騙されて借金を背負わされ風俗送りとか、いろいろある。選り好みしているうちに初めてがそんなことになるよりはちょっとでも好意を持てる相手と済ませておきたいということか。
「そしてそれより何もないまま一生終わるのが怖い!」
 さすがにそれに怯えるには若すぎないか。そしてこっちの方が怖いのか。単純に想定している好きでもない奴が『イケメンだけどいけ好かない』とか『いい人だけど見た目がちょっと』程度の顔見知りレベルで、事案事件レベルではないだけなのか。そのくらいなら少女マンガっていうかレディコミあたりだとありがちなシチュエーションかも。こんな奴好きじゃないのにビクンビクン的な。
 ともあれ、そうだよな。前々から薄々感じてはいたがなっちゃんズを突き動かしてるのって焦りなんだよな。まだ若いのに何をそんなに焦ることがあるのか。友達に先を越されてたりするのだろうか。今回夏美に先を越されたことで奈美江のケツにも火がついて土橋も陥落待ったなしかもな。
 
 うん。好きにやってくれ。いきなり聞かされて気にはなったが基本的にどうでもいい。とにかく、今年の1年生はみんな純粋にテニスがやりたい部員ばかりで下心のある奴はいない模様。……むしろ俺たちが変な話を吹き込んだせいで何かに期待し始めてそうな奴もちらほら……。うん、これもどうでもいいので好きにやってくれ。
 重要なのはテニスへの熱意と腕前である。そこそこうまい男子がいれば留奈の興味がそっちに移るかもしれん。そんなわけで次に試すのはテニスの腕だ。
 結論からいうと期待はずれと言うことになるだろう。まあ、こればかりは仕方ないか。バラ色でピンクの噂は知らずとも県内最弱級だということは知れ渡っていたのだ。そんなテニス部だから初心者だけど始めてみたいと気軽に入部したりするし、本気でテニスをやる気ならほかの高校を選んだりする。弱小校にわざわざ入ってくるハイレベル選手・ナガミーみたいな奇跡の人はそうそう現れないのだ。
「俺にすら勝てる奴はいないのかよ。まあ鍛え甲斐はあるか」
 煽りではなく本音でぽろっと出てしまったが。
「まあそう言うなよ、高工四天王の一人であるお前に勝てる奴なんてそうそういないだろ」
 そうなのである。かつては江崎・桐生に俺が勝手に仲間入りさせられいつの間にかゴールデントリオになっていたのだが、このたびナガミーとのレッスンでテニスの腕を爆上げさせた三沢を加え、高商テニス部のナガミーの下僕軍団の愛称を見習って四天王に改めたのである。ゴールデントリオの時点で大概ダサかったがなぜよりダサい方に寄せようとしたのか。三沢で「奴は四天王の中で最弱ゥ!」ってのをやりたかっただけではないのか。
 その三沢だって平常でも隔週、春休みなどは週4でナガミーレッスンを受けて最弱でも四天王の名に恥じない腕前になっている。なおそのレッスンは個人レッスンではない。漏れなくダブルデートの名目で俺と樹理亜という保護者が同伴している。クリスマスとか年末年始とか、要所のイベントでちょこちょこダブルではないデートもかましているがまだまだ二人きりになる度胸はないらしい。ダブルでないデートもナガミーの自宅にご招待でガチの保護者同伴だからな。三沢のメンタルは鍛えられてるがナガミーが成長できてない。三沢だって二人きりになる方向の鍛えられ方じゃないから二人きりには耐えられないのかもな。テニスのレッスンは進んでいるが恋のレッスンは進捗なしだ。
 で、三沢たちにつきあってダブルデートテニスレッスンを受ける俺たちだって三沢くらいには上達しているわけである。去年の秋頃でもうちのへっぽこテニス部員相手だって到底勝てなかっただろう樹理亜だって、今ならいい勝負ができるんじゃないだろうか。まして俺などは男女ペアで組んでも男対女で分かれても相手にナガミーがいるのだ。俺とナガミーが組んで三沢と樹理亜を相手にしたらただの弱い者いじめになるからしょうがないとはいえ、そりゃ鍛えられて当然であった。
 俺よりうまい奴に留奈を押しつけるという作戦は完全に頓挫したような気がしてならない。別な手を考えるか。
 新入部員は男4人女5人の計9人。見た目だけで目を引くのは椎名梅次郎だ。名前も大時代的で印象に残るのだが、こんな純日本の名前なのに見た目はジャマイカンである。背は高くガタイもいい。一番顔がいいのは筆入英佑。イケメンというか可愛い顔をしている。第二のまつりちゃん候補に認定しておいていいだろう。上井淳裕の顔も悪くないがちょっと濃いか。昭和だったらモテただろう。最後に残った相原圭一だが……これは言ってしまえばあれだ。普通。それ以外に表現のしようがない。女子は追々見ていくことにするか。

「このたび、高商テニス部との交流試合が定期的に開催されることになりました!」
 二十代よねまよからの重大発表である。
「いよっ公私混同!」
「ナイス色仕掛け!」
「ハニートラップ!」
 辛辣なヤジが飛び交っているが多少の僻み以上の悪意は籠もっておらずからかっているだけである。言われている本人もむしろ嬉しそうですらある。
「高商ってナガミーいるんだよね?会えるの?マジで?」
「もちろん会えるよー」
「テニス部入ってよかった!」
 なにも知らない1年生は盛り上がっている。よもやこの中に涼しい顔をしてナガミーの彼氏が混ざっているとは思うまい。女子もサプライズにでもする気かその辺に言及する気はないようだ。それなら男子だってそんな野暮なことは言わない。三年の男子に至っては癪に障るのでそんなこと口に出すどころか考えたくもなさそうだ。
 定期交流試合の第一回は来週木曜。通常の部活動の一環として行う形になる。前は俺たちが高商に乗り込んだので今回は高商テニス部が高工に遠征してくる。移動は徒歩かジョギングだろう。この近さで遠征かどうかは諸君の判断に任せよう。
 一年生はもちろん、後輩の彼女だというのが癪でも美少女がやってくるのは素直に楽しみな三年男子、ナガミーなどもう友達だという空気で余裕の女子たちやどんな距離感で接したものか一番複雑な二年男子もわくわくしながら翌週を待っているが、別な意味でそわそわしているのが三沢である。
 そりゃあ、いろいろあるのは間違いない。一年には早速カノジョのことがバレるわけだし、それ以上に問題なのがあっちの部員、特にげぼ……四天王連中だ。今回の交流試合で連中にも三沢とナガミーの関係がバレる。それどころかどうでもいい男相手なら結構積極的におしゃべりできる変な性格のナガミーだ。女子相手だと気兼ねしちゃう恋バナを遠慮なく容赦なくぶちまけてたりするかも知れない。その場合四天王たちにとってここが天王山になりかねない。
 その辺のことで三沢からもアドバイスを求められているが適当に煙に巻いてやり過ごしておいた。後は野となれ山となれ、焼け野原でも天王山でもなればいいのだ。
 っていうか前回四天王の奴ら相手に俺もやらかしてんだよな。俺もリベンジ対象か。そうでなくても桐生あたりが四天王対決をしようとか言い出しそうだし、余裕で俺も巻き込まれそうだ。
 まあ、あっちの状況については当事者に聞けばいいんだよね。週末はいつも通りのダブルデートなんだし。てなわけで日曜日、ナガミーに確認してみた。
「当然交流試合のことは聞いてるわ。楽しみね」
 我々が素直には楽しみに待てない原因の一端であるナガミーだが、当人は実に気楽そうである。まあな、腰巾着四天王はナガミーを掻っ攫った三沢になら敵意を持ちまくるだろうがナガミー当人にはそんなこともないだろうし、俺の方の事情はナガミーは知らない。知ったら自分のアイコラが出回ってた事実まで知ることになるので知らないままにしておくに限る。
「そっちのほかの部員の様子はどうっすか?具体的にいうとお宅の取り巻きの四天王とかいう腰巾着のみなさんなんですがね。長沢さんとうちの三沢がラブラブだっていうのはもう伝わってるんで?」
「ちょ。恥ずかしいこといわないでくれる!?……ま、そうね。彼氏ができたってのはもうバレてるし、結構その……のろけ話って言うの?聞きたいって言うからそういう話もしてるのよね」
 言われて恥ずかしいのに自分で言いふらすのはいいんだ?あと多分、聞きたいのはラブラブ自慢ののろけ話じゃなくて交際相手がどんな奴かだったんだと思うぞ。その辺はっきり言わないから聞きたくもない憧れのマドンナののろけ話を聞かされるという自業自得……それで蓄積された憎悪が交流試合で濁流になりそうだ。
「よかったな、三沢。少なくともつきあってるのバレないようにこそこそしなくていいみたいだぞ」
「こそこそしてればバレずにやり過ごせる段階はすでに終わってたってだけだろ……。どうすんだよ……」
「むしろ堂々とイチャつけ。それによって精神ダメージで無力化できるかもしれないぞ?」
「半々の確率で失敗してバーサーカーモード突入するじゃん。そもそも俺たちに人前でイチャつく度胸があると思うか?」
「いいや?おや?っていうことは人前じゃなければイチャつけるところまで進歩した……?」
「ああ、まずそれが無理だったわ」
 ですよね。じゃなきゃとっくにダブルデートなんてやめてせっかくのデートは二人きりになってるわな。
「まあ三沢は三沢で自分で何とか切り抜けてもらうとして。こっちはこっちで前回恨み買ってそうなんすけどなんか言ってませんでした?」
「あなたのことは特に何も言ってなかったと思うけど……勝ち負けで恨みはないんじゃないの?実力の差でしょ」
「実力で勝利したならそうでしょう。でも俺、セコい手を使って勝ってるんすよね」
「……思い出したわ。あなた、エッチな写真をちらつかせて気を逸らさせたんだったわね。あのくらいのことでペースを乱される方が悪いわ」
 そうは言うがね。気付かれずに済んだけどあのエッチな写真にくっついてた顔ってナガミーの顔だったんだよね。しかもその時の対戦相手があのヘッタクソなアイコラ写真の素材提供者だったわけだし。
 多少は注意が引けるかくらいのつもりで仕掛けた小細工が犯人を暴く形になった。しかもあの後怒りに燃えた女子があれこれやってたみたいだし。その原因を作ったのが俺なんだからそこまで含めて恨まれて当然だ。因果応報だの自業自得だの思える奴は最初から悪事になど手を出さない。痛い目を見て自業自得を思い知り反省できればマシな方、反省できなきゃ逆恨みだ。反省だけならサルでもできると言われていたのも今は昔。今やその一派も軍団率いてる有様だしな。
 それはともかくアイコラについては当人はまだ関知してないわけで。連中にしてみてもあの一件で俺に逆恨みしてようが、ナガミーにそれを言うならアイコラの件についても追求が及びかねないし、わざわざ藪をつつく必要もないか。ナガミーからその辺の情報を引き出すのは難しいな。
「それじゃその辺はひとまずおいとくとして。そちらの部員の気合いの入り具合はどんなもんですかね」
「気合いは入ってそうだったわね。ヨッシーのおかげで何であんなに気合いが入ってたかわかったわ、なるほどねえ」
 気合い入ってるのは確定か。面倒くせえなあ。俺のことは忘れててくれると助かるんだけど……それでも三沢とペア組むとしたら俺になるだろうから怒り狂った四天王との戦いは避けられないか。まあいい、またおちょくりつつ返り討ちにすればいい。
「私たちも応援で駆けつけるからね」
 樹理亜が横から入ってきた。
「園芸部か?」
「うん。あとアッキー。私のお友達特権に便乗ね」
「顧問の先生がよく許してくれたな」
「顧問の先生『も』だよ」
「なるほど……先生主導でナガミー見物か」
「先生はどちらかというと米村先生の彼氏の方に興味がありそうだけど」
「なにそれ、どういうこと」
 電光石火で食いついたナガミーへの説明は三沢にお任せである。
「知らないのかい?君のところの顧問八つ橋先生が……」
「八つ橋?そんな人いないわ、私たちの顧問は車崎先生よ」
 俺の記憶でも車崎だった。一文字も合ってねえ。何でそんな間違えを……?この謎を解き明かすには車崎と八つ橋の間になにがあるかを考えるべきだ。それは八つ裂きであろう。車崎が八つ裂きになり八つ裂きが名前であるわけがないといくらかは人名らしい八つ橋に落ち着いたのだろう。何せ正直に告白すると俺も車裂きという必殺技だか拷問だかの名前で覚えてたくらいだし。とてもどうでもいい話だ。間違えた本人が何でこんな間違いをしたのか考えてもわからないくらいである。
「その車崎先生がうちのよねまよ先生とつきあってるみたいなんだよね」
 打ち合わせの名目で密会している場面を俺や町橋に見られたせいでこっちでは部員にも交際がバレているが、高商の方ではまだ生徒にはバレていない模様。あるいはナガミーにだけ届いていないのかもだが。
「へえ、そうなんだ……それじゃ今週の交流試合ではその車崎先生のカノジョも改めてじっくり拝見しておかないとね」
 ナガミーの彼氏も拝見したいだろうし、あっちの女子には見所の多い交流試合になりそうだ。マーライオンくらい見てがっかりだろうけど。こっちにとっては何か盛り上がる部分あるんだろうか。一番の盛り上がりポイントはナガミーなんだろうが俺はもう見慣れてしまったし。贅沢な悩みではあるな。しゃあねえ、あっちの四天王を返り討ちにすることを楽しみにしておくか。

 そして、その日はあっという間にやってきた。そりゃそうだ、ナガミーとのプレ交流試合が日曜日のこと、その時点で残り一週間無い。そしてその間にあるのは平凡で平坦で平板な平常の平日なのだ。時間も平滑に転がろうというもの。
 この日を楽しみに待っていたのは両テニス部員だけではない。樹理亜から予告があった通り園芸部は総出である。ただのギャラリーではなく歓迎の花束も用意しておりスタッフ然として堂々たるものだ。代表して樹理亜がナガミーにお花の説明をしている。
「これは菜の花。紫色はショカツサイ」
「なんか、たまに道ばたで見かける花よね」
「えへへ、そうだね。こっちのモンシロチョウの羽みたいな花がルッコラ」
「本物のチョウチョもちらほら混ざってるみたいだけど」
「よく卵を産みに来るからねー。青虫がいたらだいたいモンシロチョウだよ、ほら、こういうの」
「ひゃっ」
「で、真っ白いお花が大根」
「大根!?お花咲くのあれ!?」
「もちろん!帰ったらお浸しにして食べてね」
 花束なのかとれたて野菜のお裾分けなのかはっきりしろ。食い意地の張った園芸部だから花より団子というか野菜に力が入ってるんだよなあ。
「青虫はどうすればいいの……」
「つまんで、ぽい」
 気軽に実演する樹理亜。園芸に虫は文字通り付き物、いちいち騒いでいてはお話にならない。さらっと素手で叩き落とし踏み潰せて当然、ジャガイモの葉についたテントウムシをゴム手袋で梱包材のプチプチよろしくリズミカルに潰せれば一人前だ。
「無理っ」
 まあ一人前までいってる奴は園芸部にも指折り数えるくらいみたいだが。デリケートなナガミーにはつまんでぽいも無理な話だろう。ピンセット使えばギリいけるか。なお、一人前でもすべての虫に強いわけではなく、Gとかだと普通に悲鳴を上げて逃げる模様。
「一緒に茹でちゃっていいよ」
「もっと無理!」
 軽快に命を摘み取るのは無理でも年上の友達をおちょくって楽しむくらいの嗜虐性は持ち合わせているようである。誰に似たやらだな。実際の所、ただでさえ保護色で目立たない青虫を取り切るのは難しい。丁寧にとったつもりでも結構一緒に茹でちゃってたりする。それで浮かんで除去できればまだいい方、気付かず一緒に食べてたりするものである。知らぬが仏、知ってしまったら諦めろと言う話だ。無農薬を諦めるのか、知らないうちに虫を喰うのを諦めるのかは任せる。
 そんなことはどうでもいいな。もうお友達の樹理亜とナガミーはもとより、女子同士も新一年以外は一度会ったことのある間柄、色々聞きたいこともあるからか積極的に話しかけている。
「あの人くるまんの彼女ってマジ?」
「マジマジー。今回のこれも打ち合わせという名目のデートを何度も重ねた結果でしょ」
「重ねたのは打ち合わせだけ?」
「うへへへ、どうだろうー」
 とか。
「美香の彼氏ってどれ?」
「あれ」
「うわー、普通すぎ、もったいねー」
 とか話しているのが聞こえてくる。女子にとって恋バナがいかに友好に役立つかを示しているな。もちろん同じ相手を好きになってなければだが。男の場合はエロだろう。
 で、その男子だが。伝わってくるのはなまじのエロくらいでは解れそうにないレベルの敵意である。男同士の恋バナで盛り上がれるのは修学旅行の夜くらいだが、同じ相手が好きだと敵意が湧くのは男女共通である。テニス部どころが全校のマドンナナガミーを掻っ攫った野郎がここにいるのだ。
 その下手人三沢はバレないようにひっそりと息を潜めていたが、先ほどの女子の世間話で普通オーラによるステルスも解除され今は高商のほぼ全員にロックオンされている。男子だけではない。何せ女子も噂のナガミー彼氏としてロックオンしているのだから。
 そんな断絶した空気を打ち破るべく――などということを考えてるわけもないが――空気を読まない桐生が前に進み出た。
「今日はようこそ、我らが高工へ!折角学校の場所もテニス部の県内ランクも近いのだからこのような機会にもっと交友を深めていこうじゃないか!」
 県最低を争ってる我がテニス部がそれを言うのはまずかろう。そりゃあ高商だってランクは低かったけど、ここ二三年はそうでもないんだぞ?明らかにナガミー一人の功績だけど。
 ただでさえ失言なのに感情を逆撫でするのはにこにこしながら桐生の斜め後ろに立つ市村の存在である。この距離感でこの二人がデキてると思わない奴などいない。実際デキてるからな。で、そんな桐生は曰うのだ。
「前回の交流試合を機に仲良くなった人もいると聞いている。今回もそんな感じで新たな友情が生まれることを期待したいものだね!友情じゃなくて愛情でも一向に構わないがな、あっはっは」
 それを言うのはまずかろう・リターンズ。実にお早いお帰りですね。前回から仲良くなったのなんてそれこそナガミーと三沢のことだろ。強いていえばテニス部と無関係だけど樹理亜とかもだろうが、全体的にみてレアケースだ。その辺に触れちゃうのは危険すぎる。トイレに行って洗ってない手で逆鱗を逆撫でするようなものである。
 しかしそのおかげで三沢一人に向いていた憎悪が緩んだようだ。こちらのテニス部全体への憎悪となって分散することによって。もちろん憎悪に満ち満ちているのは男子だけで、女子はうわーイケメンでも残念カノジョ持ちーなどと丸聞こえで言い合っている。それが男子の怒りに火に油を注いで鞴で吹き倒してくれるのである。刀が打てそうだ。
 そしてこの状態で予想通りの提案が飛び出す。四天王対決である。実力ある選手が4人になったので君たちを見習って四天王を結成したという旨から始まりそちらの四天王と対決しようと。あちらの四天王にしてみれば面倒くさいだけである。もちろんこちらの四天王にとっても大差ないのであるが、こちらの四天王が紹介されると空気が変わった。
 四天王一人目は桐生だ。もちろんこんな提案は四天王の一人だからこそできるものなのでそりゃそうだといった感じである。代理人メッセンジャーという線もあり得るがこんな堂々とした代理人はセンスを疑うしな。
 続いてナンバーツー江崎も呼ばれちゃしょうがねえなあという感じで登場である。桐生の相棒も板に付き、適当につきあってやれば桐生も満足することをわかっている。さすがに女連れで現れるほど空気が読めなくはないが、今し方まで穂積と肩を並べていたし今も見えるところで江崎の帰りを待っているし。遠慮はしてもリア充を隠す気はなさそうである。
 続いて俺も紹介された。あちらの四天王がものすごく嫌そうな顔をした。え?なに、もしかして俺って嫌われてんの?なんで?
「流星って四天王なんて言われてるの?」
 ああ、ダサいから隠してたのに樹理亜にばれた。そして樹理亜がそれを知らなかったことで留奈が勝ち誇る。
「そうよ。元々流星ってばすごかったけど、最近特にめきめき腕を上げてるのよ!」
 留奈は自分の手柄のように言うが。
「まあ、確かにそうよね。ダブルデートで長沢さんの相手してるのが着実に成果として現れてるよね」
「ぐぼあっ」
 留奈は今日も自滅か。そしていよいよそのダブルデートのもう一方のカップルの登場である。
「そして四天王の中で最弱っ」
 三沢だけ紹介の前に変な一文がついた。やられたときにいう奴だぞ、それ。そして、あちらさんがたは強いか弱いかは二の次で三沢を全力で倒すべき敵と認識したのが目でわかる。
「最弱の割には最強のカノジョを捕まえたものねぇ」
「見た目的にもすごい感じしないのにね。見えない所が凄いのかな」
 女子の与太話は相変わらず丸聞こえであった。桐生の紹介ではスルーしているナガミーとの関係性をわざわざ指摘し、それが男子の怒りに火に油を注いで蹈鞴で吹き倒してくれるのである。製鉄でもする気だろうか。一応言っておくが、この二人はまだ見えない部分を見せ合う所までは行ってないぞ。そして、見たことはないが多分三沢の場合見えない部分も普通だと思います。
「ぜひともそちらも四天王最強のコンビで俺たちに挑んでほしい。そして四天王最弱コンビは彼らが相手をしよう」
 全員三沢をターゲットにしていたが、三沢とやるには自分が弱いと認めなければならない、それが第一関門となった。一応、あちらの四天王も最強と最弱は決まっている模様。ちょっと名残惜しそうに桐生の前に移動したのは前回の親善試合で最後にナガミーと組んで俺と勝負した奴だ。名前は思い出せない。そしてとても嫌そうに俺たちの前に移動してきたのは。
「よ、久しぶり。どうよ、この間の写真。役に立った?」
 俺は微笑みを浮かべながら、と言うか唇の端を吊り上げながらそいつに声をかけた。
「その話はやめて。俺は関わりたくない……」
 タケシ君登場である。我が校のスーパーハカーガールズによってアイコラ職人は制裁を受けたが、職人に写真を提供していたこいつは見逃された、あるいは見落とされたようで名前が挙がっていなかった。関わっていたことがバレれば追加制裁もありうる。そして最悪なのはそれがナガミーにまで伝わること。それは避けたいだろう。
 タケシ君にとっては今回は八百長で負けてでも俺のご機嫌を取りやり過ごしたいところだろうが、三沢もセットなのである。本気を出さねばプライドにも部内の立場にも係わる。まして四天王最弱のペーペーなのだ。最弱のレッテルを張られた原因が案外この間の親善試合だったりするかもだけど。それならそのリベンジもあるな。本当に難しい立場だ。
 ナンバーツーははっきり決まってないらしく、残りの二人でじゃんけんで決めた。じゃんけんに負けてこっちに来たのはこの間のユースケ君じゃない方。心から誰だっけこの人。とりあえず、じゃんけんで負けた方が三沢を相手にできるこっちになった理由は何だ。無難に弱い扱いになるからか。それともそんなに俺が嫌か。まあ、タケシ君への俺の対応を見てても嫌だろうな、こんなの相手にするの。
 斯くて、俺と三沢の対戦相手は決まった。激戦が始まる予感だ。相手の名前は次回までに調べておくので安心してほしい。

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