Reincarnation story 『久遠の青春』

40.秘密の夜

 高校生活も2年目に突入だ。心機一転!と言いたいところだが、生憎変化のきっかけが何一つない。一番変わったのは教室とクラス編成だが、教室はフロアを含めた場所が違うだけで構造は大差なし、クラスの面々は入れ替わったとは言え、同じ科の生徒なんて今までクラスが違っていてもほぼ顔なじみである。それほど新鮮な気はしない。
 部活の方も新一年生が入ってくるまでは面子に変化はない。人間関係も今更大した変化は無し。
 何より悲しいのは半年以上掛けても俺と留奈の関係性が何一つ変化していないことであろう。俺はかなり努力し暗躍したと思う。そのおかげでここ半年ほどで部員達の人間関係も大きく動いた。それなのに、留奈は相変わらず俺の周りをちょろちょろしているのである。一時期に比べて過激な行動は減り大人しくはなっているが、距離感は相変わらず。俺の半年間は何だったのかと言いたくなる。得た物はただ一つ、恋愛マスターとか言う謎の称号だけなのだ。
 そして、留奈を擦り付けるべくテニスの腕を上げさせた男子達は、大部分が無関係の女子と仲良くなってしまい手駒もなくなった。八方塞がりである。こんな留奈の扱いもうまくいってないのに何が恋愛マスターだと言ってやりたい。まあ、端から見れば両手に花とは流石恋愛マスターっす!って感じなんだろうが。

 さて。二年生になるのは当然みんな足並みを揃えてのことだ。そしてそのときは皆平等に16歳である。まあ中には極めて稀に例外がいるが見て見ぬ振りするのが優しさだ。
 そんな例外でなくても17歳になるタイミングはまちまちである。それが学年でも早いのが樹理亜であろう。樹理亜より早い奴がいるかも知れないが俺は学年全員の誕生日を覚える趣味はない。とにかく、タイミング的に樹理亜より早いのは一人いれば上等と言ったところだと認識している。
 そんな樹理亜の誕生パーティーは11日に執り行われた。平日の放課後のこと、会場は一番気軽に集められる俺の家である。
 女子の誕生日パーティなので呼ばれるのは女子率が高い。会場は俺の家だというのに、遠慮する気は無いようであった。とはいえ、知らない女子はいない。現在樹理亜と交流のある女子は、まず貴重すぎる情報科の女子。アッキーこと三澤明奈はよく樹理亜と連んでいるのでよく顔を合わせれば話もする。俺の女友達と言ってもいいくらいだ。だからといって堂々と踏み込んではこない。
「おじゃましまーす。・・まさかジュジュの家より先に君の家に入ることになるとはねー。男の子の家なんて小学生以来だよ・・」
 樹理亜との親密度ゆえに先陣は切りつつもおっかなびっくりといった風情である。奥ゆかしいのは大変結構だが別に何かする気はないのだからそんなにビビらないで欲しい。
 一方根室は堂々としたものである。
「さすが、クリスマスを男の家で過ごしただけのことはありますな」
「アレを男としてカウントするのはやめて」
「えっ。男の人と過ごしたってどういうことですか?もしかして下僕さん?」
 わかってんじゃん、アッキー。って言うか鴨田は下僕さんて呼ばれてんのか?まあ、下僕さんと言われて俺も真っ先に鴨田をイメージするくらいには妥当な呼称なんだけど。
「下僕じゃないから。下請けだから」
 まあ、確かに作業を手伝わせたんだから立場的にはそんな感じか。どちらにせよ上下関係ははっきりしているようである。
「え?じゃ、クリスマスは二人きりで・・?」
「まさか。ユミナと行ったわ。壁一面にエロいイラストが貼ってあるような魔窟に行きたくないから居間に引きずり出したし」
 その辺の話はクリスマスの後に聞いたな。今更だがラフレシア先輩の名前も判明したか。これからはラフレシア先輩改めユミル先輩と呼んだ方がいいのだろうか。まあ、よくはないんだけど。本人の前でそんな呼び方したらラグナロクが起こる。
「って言うか見たことあるんすか、部屋の中」
 引きずり出したとかいうときにエロまみれの部屋を女子に見られるというお互いにとって悲劇でしかない出来事があったのかと思ったがそうではなかった。
「いや見てはいない。ポスターいっぱい買ったり貰ったりしてるの知ってるだけ」
 ポスターだから入手したら壁に貼るというのは決めつけ過ぎだとは思うがね。いいポスターなら大切に仕舞っておくだろうし、ましてやエロいポスターなら人目に付かないようにしそうだし。貼ってても女子が来るとわかったら急いで片づけるだろ。何にせよ、悲劇が起こることを予見して部屋に踏み込むのは自制したということか。
「それに、カモにエロポスターを賜っているアニキもいるもん。カモはチョロいけど大人の男はちょっと怖いし。他の家族の目の届くところにいないと」
 それもどうだかなあ。確かにエロい大人の男なんてのは乙女にとっては怖い存在だろうが、話を聞いた限り確実に鴨田と同じカテゴリーだ。三次元の女に近付く勇気はあるかどうかって所じゃないだろうか。まして相手は弟を完全に屈服させたような女。来るとなったら帰るまで外に逃亡するか部屋に籠もって気配を消しつつやり過ごすんじゃ。まして、そこに護衛のデカブツまでついてきてるのだ。頭から布団を被って無事にやり過ごせるのを神に祈り続けてたと思うよ。どちらにせよ大学生と女子高生じゃ合意の上でもうらやまけしからんの罪でお縄になる組み合わせだ。あの鴨田の兄がそんな度胸ある人間だとはとうてい思えないな。兄ちゃんが逞しいから弟がへなちょこに育ったと言うケースもあるかも知れないが、オタクである時点でその可能性は極めて低いと思う。
 何にせよ、アッキーと根室にとっては初めての家だ。勝手を知り尽くした樹理亜が案内している間にさっさと着替えることにする。

 居間とダイニングをぶち抜いたパーティ会場では美由紀と、娘のために手伝いに来た詩帆が料理の準備に追われていた。その最後の追い込みの中、残りの参加者も到着し始める。
 学校関連では園芸部の面々だが、そっちは既に部活の方で祝ってもらったようだ。飾ってある花束とお供えされてる春野菜や山菜は園芸部員からのプレゼントである。どちらにせよこの人たちも親しくもない男子の家に集まるのは難しかっただろう。情報科のもう一人の女子、ラフレシア改めユミル先輩も園芸部員としてお祝いするに留めたようだ。
 そして、樹理亜と連んでいるアッキーと俺に交流があるように、俺と連んでいる樹理亜はテニス部の女子と結構濃密な交流がある。テニス部には根室もいるしな。情報科チームは俺と同じ電車に乗って同行してきたが、テニス部チームは一度帰宅して現地集合である。
 驚いたことに新二年の女子は全員参加であった。まず留奈がいるのが驚きだ。留奈が勝手に押し掛けてきただけなら即刻門前払いに処されるだろうが、その様子もない。この二人は敵同士なんだと認識していたが、喧嘩友達くらいには関係改善されていたようだ。そして、なぜか俺の家を知ってやがるので案内役にはぴったりだった。
 留奈よりは関係良好ななかスッチーも監視役もかねて留奈に同伴。舞と裕子のカップルも相談に乗ってもらった恩義もあってか参加。まあこいつらには下心がありそうな気がしてならないが。なっちゃんズもなぜか参加。他の新2年女子が参加しているから流された、男の家に大手を振って乗り込めるイベントなので乗ってみた、あるいは暇。この辺を組み合わせた複雑な事情であろうと推測する次第である。
 こんな女だらけの一行に一人だけ男が混ざっていた。舞&裕子のオプション連城だ。むしろ最近は舞&裕子が連城の助手になってきつつあるイメージだ。連城も女の子に触れるからとスケベ心剥き出しで化粧の腕を磨いてきたわけだが、この女子二人もまた女の子に触りたくて手伝っているとしか思えない。女子にとって一見安全そうな同性なのがタチの悪さだ。
 このテニス部御一行様が今日の参加者最後の一団である。会場となるリビングとキッチンでは先駆けてやってきた面々が出迎えた。主に出迎えたのは今回参加者の中で最後の男子である三沢だ。ハーレムよろしく女に囲まれ、と言うか女達の後ろを小さくなってついてきていた連城は人心地と言った風情である。
 三沢も樹理亜とは何度かダブルデートで一日を過ごしているので友達と言っても何ら差し支えないところまでは来ていると思うが、今回の名目はあくまでメル友ナガミーの付き添いだ。

 そしてここで一つの出会いがあった。三沢明弘と三澤明奈、お互い自分に似た名前の奴が同じ学年にいると話には聞いていたようだが、初顔合わせである。俺と樹理亜を挟まなければ名前くらいしか接点のない二人だ。それでもお互いのことはうっすらと知っていたようである。
 アッキーはほかの女子に混ざれば存在感が消える程度の容姿ではあるが、情報科では数少なすぎる女子の片割れで妖精とまで言われる有名人だ。テニス部に同学年の情報科はいなくても話くらいは聞いたことがあった。三沢は三沢でどう考えても男子生徒AとかBとかだが、このところではあの見た目で高商のマドンナとつきあい始めた注目度赤丸急上昇の知る人ぞ知るモブ野郎である。そんなのが友達である樹理亜の友達にいる、しかも名前が似ている。一度くらいは話をしてみたいとは思っていたようである。特殊な状況に置かれていなければただのモブだったろう者同士だ。普通に出会っていればお互い身の丈に合った相手として普通に恋が生まれていたかも知れない。
 他のテニス部連中が来るまでの間。樹理亜がナガミーの相手をしている間に二人はそこそこ話し込んでいた。一応二人の共通の知り合いでもある根室が暇潰しがてらに間を取り持ったりしていたようである。ぶっちゃけ三沢からアッキーに聞くことはそれほどない。名前が似ているので気になる存在、それ以上の存在ではないのだ。実際会えたのはいいが、会ってみても多少気まずい感じである。
 一方、アッキーは三沢に興味津々であった。男としてというよりは、そのコイバナにである。どうやってこんな美少女のハートをゲットしたのかとか聞きたいところではあるのだが、それを一番理解していないのが三沢なのでどうしようもない。根室としてもその辺は興味があったようで、ダブルメガネインタビュアーとして三沢に迫っていた。
 そんなモテモテな状況にナガミーが少し不安げな視線を送ったりしていたが。
「大丈夫ですよ、あなたみたいな綺麗な人から彼氏を奪えるなんて思うほど身の程知らずじゃありませんから」
 安心させたいのか挑発したいのかわからないようなことを言ってのけた。ナガミーは男相手ならタカビーキャラで見た目だけは堂々と話せるが、同性が相手だと明らかに気弱になる。それを見て、守ってやりたくなるか苛めたくなるかは相手次第。アッキーの反応は中間的な感じだろう。情報科の妖精と呼ばれるアッキーだが、中身は結構小悪魔なのかもしれん。
 まあ、そのアッキーの言葉通りではある。アッキーが三沢に興味を持ったところで、ナガミーから乗り換えさせるのはかなり困難だろう。そしてそこまで分の悪い略奪愛を企てるほどの相手ではないのは明らかだ。

 その三沢とナガミーも流石に俺の家までは知らない。案内が必要であった。その案内役を買ってでたのは今年から無事ナガミーの後輩、いや超後輩となる加奈子だ。折角の機会なので入学を前に顔合わせさせておくことにしたのだ。その必要性があるかは不明だが。
 一方、案内など不要で自力で勝手にやってきた人物もいた。今ではナガミー同様他校生の友達。そして高校以前の友達でただ一人、男の家の誕生会に参加する度胸のあった女子。まあ、小学生時代は俺の家に樹理亜と一緒に入り浸っていたのだから今更度胸なんていらないか?それとも、久々すぎてやっぱり度胸がいるのか?そう、伽椎である。
 高校受験の勉強が本格的になる中三の半ば辺りからめっきり顔を合わせなくなってしまった。伽椎としても諦めると言い切ってキスをせがんできたのだから、大人しく身を引いた形になる。顔を合わせなければ未練も湧きにくいだろう。俺と樹理亜が相変わらず仲良くしている以上入る余地はない。それでも今回、こうして顔を出したのはほとぼりが冷めたか、それとも。
 とりあえず、この今日のメンバーの中で伽椎と面識があるのは俺と樹理亜姉妹くらいだ。声をかけてやれるのもまた同じ。今でも比較的頻繁に顔を合わせている樹理亜とはさっさと話しも終わったようなので、いろいろ気まずいが俺が相手をしてやらなければなるまい。
「よう、久しぶり。しばらく見ないうちに……いい女になったな」
「ちょっと。いきなり何言うのよ。……久しぶり、元気そうね」
 伽椎は真っ赤になってしまったが素直な感想を述べたまでだ。何せ、他に言いようもない。顔も大人びて色っぽくなっているし、何よりもこう、体が。具体的に述べることもできなくはないがそこまでデリカシーのない男ではないのだ。口説くわけでもないから具体的に褒めるのもどうかと思うし。
「で?まだ男作る気はない?」
 そう問いかけてやると呆れたように伽椎は溜息をついた。
「ねえ、流星。あんた、あたしをどうしたいの……?」
「どうにかされたいのかよ?」
「それはそういうどうにかをする気になってから聞いてよね。……あたしは別にまだ諦め悪く流星のことを狙ってるわけじゃないから。ただいい男が居ないだけ。中学の頃よりは大分マシだけどねー……」
 確か中学は私立の進学校で成績争いが激しすぎて、周りにいるのは友達じゃなくて蹴落とすべき敵みたいな空気になってたんだっけな。変なのが一人いるとその影響が伝播していく。よく愚痴を聞かされていた樹理亜から、掻い摘んで位は聞き及んでいる。高校になるとのほほんとした公立中学からの生徒も増えて空気は大分緩和したようだ。
「で、そっちはどうなの。もうキスくらいはした?」
 声を落としつつも直接的に聞いてくる。
「まだ」
「何よ。あたしの時はためらいも無くしたのに、こっちはなんでそんなにもたついてんの」
「あの時はそっちから誘って来たろ?こっちはいつでも準備オッケーだが樹理亜の気持ちも大事にしてやらねぇとよ。俺にとっても特別な女なんだからさ」
 伽椎はふうとため息をつく。
「特別じゃない相手は大事にしない、ってこと?」
「そこまでは言ってねえだろ……。それでも伽椎は俺の中じゃ特別な部類だぞ。俺だって誘ってきたら誰にでもゴーってわけじゃねえ、相手は選ぶんだ」
 そんな話をしているさなかのことである。テニス部の集団が顔を出したのは。三沢と根室が出迎えに行く。
「ずっと猛烈に仕掛けてきてる奴もいるけどよ、そいつのことは構ってやってねえし」
 そいつ、すなわち留奈が部屋に入ってくる前に言っておいた。留奈も特に最近はポーズだけで本気で誘っているわけではないのが分かっている。誘いに乗って踏み込もうとすると途端に逃げ腰になるし。まあ、それが作戦かもと言う考え方もできるので一歩踏み込むふりまでしかしないけどな。
 まあ、留奈の場合はどう見ても地雷っぽかったから誘われても乗ってやれなかったというのもある。それでも安全そうだからって誘われたら誰でも乗るってわけでもない。まして、中学時代はまだ樹理亜と付き合ってたわけでもない、フリーの状態だったし。
 その留奈がテニス部女子の一団に混ざって現れた。俺の姿を見つけるが、誕生パーティーの主役の樹理亜に気を使ってか、それと一緒にいるのが見知らぬ人物なのを気にしてかすぐさま寄ってくることはなかった。

 参加者が揃ったことでパーティが始まった。基本的にプレゼントとかそういうものはなく、食べながらひたすらくっちゃべる集まりであった。出し物的なノリで樹理亜が連城と助手二名に顔をいじられまくる一幕はあったが、それ以降基本的に男の出番はない。
 主役としてみんなの相手をしなければならない樹理亜に代わり、他の知り合いがいない伽椎の相手を引き続き俺が引き受けることにした。男子だらけの情報科の希少な女子であるアッキーはともかく、後は皆俺経由で知り合った面々である。今日の参加者についての紹介は一通りできる。
「同じ科の女子生徒全員集結して3人って、すっごいわね……。なんていう逆ハーレムなの」
 伽椎のセリフで一人、ユミル先輩が来ていないことを思い出した。しかし面倒なので訂正したりはしない。
「そんなんだから、俺経由で知り合ったテニス部の女子が貴重な女友達になってるんだよな。あとは園芸部の部員と」
 そっちとは部活動の方で祝福されたこと。そしてお花とお供えのことも説明しておく。
 そして、今回の参加者で最も異彩を放つメンバーだ。他校の、上級生。しかも。
「で、あの勝負を挑む気も怒らなくなるけた外れの美少女は誰?……なんで学校も学年も違うのに友達になってるの?」
 その辺の事情も話せば十分時間潰しになるくらいには長い。何も考えずに行動した結果なので経緯の詳細はうろ覚えだが、まあいいだろう。
 そんな話をしていると、流石に我慢の限界が来たのだろう。留奈がこっちにやってきた。
「りゅ、流星。この子は?」
 ちょっとビビりながら声をかけてくる。
「ご近所さんで幼稚園の頃からの付き合いの村井さん。こちらは俺と同じ部活の小西さん」
 当たり障りのない紹介をしてやると、伽椎が俄かに邪悪な笑みを浮かべた。
「やだあ、村井さんだなんてぇ。ちゅーまでした仲じゃないの」
「ちゅー!?こ、子供のころでしょ?子供のころよね!?」
 初対面の相手から大ダメージを食らわされる留奈。っていうかちょっと待て。
「おい待て、何を言う。樹理亜にバレたらどうする」
「え?バレてないと思ってたの?後腐れ無いように素直に白状しておいたわよ」
 つまりはあれか。キスだけ奪って自分は満足したからあとはそっちでよろしくやってくれと、身を引くことを理由付きで説明したってことだな。修羅場になってもおかしくない話だが、樹理亜は許してやったのだろう。そうなることも見越して素直に話したという部分もあるんだろうな。その辺は流石、幼いころからの付き合いだ。って言うか、流石に後ろめたくてずっともやもやしていた俺の2年間くらいは一体何だったんだろうな。俺に対して身を引いた分の精いっぱいの意地悪?まあ、たぶんそこまで考えてもいないのだろう。
「って言うか、バレたら困るくらい最近の話だってその子に気付かれちゃうわよ」
 おっと、それもそうだ。っていうかその言葉でご丁寧に説明してやってるな。伽椎も留奈については樹理亜から聞いてたみたいだ。そりゃまあ、樹理亜だって中学生時代の伽椎から愚痴を散々聞いてやったのだ。バチバチだった夏ごろには樹理亜も留奈の愚痴を伽椎に垂れ流していておかしくない。
 まあ、とにかく。別に戦う気もなかったのに戦意喪失して退散した哀れな留奈を見送った後は、尋問タイムである。
「素直に白状したって、どういうことだよ」
 その問いに返ってきた答えは俺が少し想像したのと概ね同じであった。円滑な友情と俺への恋愛感情の譲渡のため、せがんでキスをしてもらったこととそれで俺のことは諦めたことをはっきりと伝え、その分樹理亜が頑張んなさいと焚きつけたそうだ。だからこそ、樹理亜も俺とのことはできるだけ伽椎に情報開示し、相談にも乗ってもらっていた。留奈のことも伝わっていて当然ではあった。
「そんでさ。恋愛マスターって何?」
 留奈が退散させられた時、横についてきていたなかスッチーが短く「わお。流石恋愛マスター」とかヤジを飛ばしていたのを耳聡く拾っていたようである。すっごく説明したくねえ。
「樹理亜に聞いてくれ」
「そうする」
 嫌な役割を押し付けてすまない、樹理亜。そう思ってると待ってましたとばかりに嬉々として喋ったりするかも知れんがそれはそれでなんかちょっと嫌だ。あと、面白がって変な尾鰭とかつけられても困るな。まあ、樹理亜を信じよう。

 プレゼントは基本的になしとは言ったが、ただ一つだけ手渡されたものがあった。テニス部を代表して根室から手渡された。商品券でも入っていそうなうっすい包みだ。きれいにラッピングされているので中身は謎である。……なんてな。見なくても予想できてしまうわ。絶対なかったことにすると思ったのに、ちゃんと買ってきたんだな。
 ちなみに、テニス部員一同はプレゼントを渡す時に見せた半笑い具合で中身を把握していることが推定できる。むしろ女子部員全員で尻を叩き焚き付け火をつけて根室が奔走せざるを得なくしたのであろう。しかし、根室の努力も虚しい。だって樹理亜はすでにこういうパンツ1枚は持ってるもん。
「それじゃ、例のブツはこうして渡したってことで……後はもう、この流れは手打ちにしましょ?」
 そう、どうせ買ってなんか来ない、あるいはいっそ買ってくるのを思い止まらせることも考えて、お互いこのセクシーパンツを履いて見せ合いっこしようなどと言うプランを樹理亜が打ち出していたのだ。しかし、パンツは渡され賽は投げられた。それでも見せ合いっこすることにお互い得などないのだ。休戦の提案である。そして樹理亜もその案を呑んだ。
 パンツを巡る争いは、これにて幕引きとなったのである。そうなると可哀そうなのは穿かれる未来を失いそうなパンツたちか。特に根室の奴なんか出番が来る未来が見えない。いや。自分の部屋でこっそり穿いて悶絶するくらいのイベントはあるかも知れん。そのくらいの見せ場はないと、生まれてきた意味がないではないか。見せ場って言っても誰にも見せないんだけど。
 とりあえず。事情を知らない他校生の伽椎とナガミーは不思議そうな顔をしながらそのやり取りを見守っていた。

 未成年女子中心の当然酒も何もないパーティーは、遅くまで盛り上がることもなくさっとお開きになった。残っているのはご近所組、樹理亜と加奈子、そして伽椎。あとは宴の後始末を手伝う詩帆と部屋に籠って存在を消していた恒星と輝義。伽椎が久しぶりなくらいで、割とおなじみの顔ぶれである。
 とりあえず、今のうちにはっきりさせておかねばならないことがある。しかしそれには何人かが邪魔だ。最低限必要なメンバーだけをどうにか部屋に引きずり込むことには成功した。樹理亜と伽椎だ。
「それでよ、伽椎。さっきの話マジなのかよ。樹理亜も知ってるっていうやつ」
 樹理亜はそりゃ、自分の名前が出ては着ても何のことかはわかっていない。この件について俺が樹理亜に直接確認をとってしまうと、伽椎の言ったことが嘘だった場合ただの藪蛇で俺が自爆することになりかねない。この聞き方なら、まだ伽椎のほうがごまかせば有耶無耶にできる可能性は残る。リスクもあるがな。で、その結果だが。
「ああ、キスのこと?話したわよ。ねえ」
 さらっと言ってくれる伽椎。そしてそれを聞いて特にリアクションもない樹理亜。本当に話してて、知ってやがったわけである。俺にももっと早く教えておいてくれ。胸に罪悪感を抱えながら生きていた俺の数年は何だったんだ。同じ罪を犯して一人だけ先にすっきりしてんじゃねえぞ伽椎。
「すっぱり諦めるためにお願いしてキスしてもらったって。だから今度はあんたがしっかり頑張んなさいって」
 さっき言われたことは間違いなく本当だった。キスされた後にまだ諦めてないみたいなそぶりを見せていたのも、ちょっとテンションが上がってたせいと多少俺を樹理亜に対して焚きつけたいという気持ちもあったようだ。まだ少し残っていた俺への未練を断ち切るべく樹理亜には正直に打ち明け、そのあとは樹理亜の恋の相談に乗ったり樹理亜を焚きつけたりしていたようである。心中は複雑だったろうが、俺と樹理亜がうまく行っている分には諦めがつくので積極的に協力してきたわけだ。
「つまりは樹理亜の恋愛マスターは伽椎だったわけか」
「そういえば、何なのその恋愛マスターって」
「流星本人に聞いて」
 たらい回しの無限ループになりそうであった。こうなると諦めるか他の人に聞くしかない。それにしても、伽椎も自分はこれで諦めるからとキスをねだってしてもらった、しかも相手は前の肉体で子供まで残している純情さを失ったただの男と言うシチュエーションでアドバイスまでするか。まあ、伽椎にだって俺の特殊すぎる事情を知る術はないんだが。
 それでも完全純潔な樹理亜よりは一歩進んでいるのは確かだ。それに、相手が俺なら大したアドバイスもいるまい。樹理亜が一歩前に足を踏み出せれば、俺はいつだって受け入れてやるつもりだ。
「じゃあさ。ここまで来たならもう、覚悟決めちゃいなよ。流星からの誕生日プレゼントはファーストキスってことでさ」
「えっ。ちょっと待ってよ。それはー……」
 いかにもまだ覚悟が決まっていないという風情の樹理亜。そりゃあな、これまで1年以上覚悟を決められるシチュエーションなんかいくらでもあったのにすべてをスルーしてきてるし。まして伽椎とは言え人前だと流石にな。俺もいつだって受け入れてやるつもりではあるが、周りの状況ってもんがある。
 例えば、だ。
 俺は音もなく立ち上がり、矢庭に部屋のドアを開け放った。そこにはくのいちが潜んでいた。
「げ。やば」
 本当にいるとは思わなかったぞ、加奈子。
「デバガメがいるところで流石にファーストキスは奪えんな。もう一人は隠れてすらいないんだし」
「え?もう一人ってもしかしてあたし?」
 伽椎が目を剥いた。
「他に誰かいるか?」
「……いないわね」
 恒星もどこかに隠れている可能性は否定できないが、俺はあくまで隠れていない奴を指摘してるからな。
「まあ、二人きりになったところで樹理亜が望むというのなら、俺はいつでもそれに応えてやるつもりではあるぞ」
 すでに汚れ切っている俺としては別に、今この場でだって構わないんだけどね。どうせ身内しかいないんだから。
「いいところに来たわね、加奈子。帰りましょうか!」
 樹理亜は逃げる気満々だった。
「え?でもじゅりねぇ折角今日は勝負した」
 口を塞がれる加奈子。なんの勝負をしたんだろうね。……さっきの加奈子の視線が樹理亜の下半身に行ってたから全てを悟ったが。とは言え察しても気付かないフリをしてやるのが紳士ってものだ。やっぱり樹理亜の大人下着は出番があったようである。まあ、出番と言うかベンチウォーマーなんだけど。キスする勇気さえ振り絞れない相手を引ん剥くほどの鬼畜じゃないんだよ、俺は。見られる日が訪れることを楽しみに待ちはするけどな。
 そして、有言実行。これ以上加奈子を野放しにするとさらに余計なことを言いそうだし、強制離脱させられた。しかし、そんな樹理亜の手を振りほどき、最後にやはり余計なことを言い出す。
「あとねあとね、恋愛マスターってのはりゅーにぃが友達の恋のアシストしまくったりしてるかららしいよー。そのうちあたしの恋のアシストもしてほしいなぁー。誰か紹介して―」
 俺も樹理亜も説明を見送った事象をざっと説明してくれたようである。別に知られたくなかったわけでもないが、知らなくてもいいことだった。
「なにやってんの、あんた」
 呆れた顔で伽椎に見つめられた。
「やりたくてやってねえし。変なあだ名付けられてあだ名の通りの扱いを受けてるうちに実績がたまってきただけだ。実際マスターしてたら留奈にはきっぱり諦めてもらったううでじゅり後だってもうちょっと進んでるんじゃね」
「ふぅん?……ってあたしも帰るわ。恋愛マスターさんの家に乙女が一人で残ってらんないし」
 言い方はどうかと思うがそれが妥当だと思われる。今なら樹理亜たちと一緒に帰れるしな。
 こうして、いろいろな秘密が暴かれてどうでもいいことを知ったり知られたりした一夜は更けていくのだった。

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