Reincarnation story 『久遠の青春』

39.ブラックホワイトデー

 その日。暦は春の訪れを告げるも未だ凛とした冬寒の中、この緩み掛けた寒さくらいはどうにか出来そうな程度のそれほど熱くない戦いが始まろうとしている。ホワイトデーである。
 バレンタインの時の殺気だった空気はどこへやらだ。何せ、一日を通して教師による荷物検査すらなかった。バレンタインは帰りのホームルームでチョコ狩りが行われたのにである。
 ま、その時に女子のヘイトを買いすぎて懲りたというのもあるのだろう。そのチョコ狩りで首尾よく朝からチョコを貰いっぱなしだったモテ男子のチョコをごっそり没収せしめたが、そのチョコを渡した女子数名から教師への無言電話や車への落書き、ライバル女子との逢い引きのような合成写真などの嫌がらせで一時期登校拒否になってたし。教師の場合も登校拒否って言うっていいんだよな?で、いまだに嫌がらせは終わってなさそうだし。
 男への意地悪でもそれで女を本気で怒らせちゃダメである。思いつきでこんなことをするような非モテ若手教師は女性というものへの理解が足りなくていかん。権力を得たばかりでそれを振りかざしたくなる気持ちは解る。だが、権力とて万能ではない。歴史を見れば数多くの革命が起きている。権力も、それ以外の力にはあっさりと屈する。数ある力の一つに過ぎないのだ。今回は数の暴力と継続力の勝利であった。ちなみに俺の場合は義理も含めてほとんどがテニス部員なので受け取ったのは放課後。朝から渡せる立場にあった樹理亜は樹理亜で学校に持ってくるまでもなく一度うちに帰ってからゆっくり俺の家で渡してあーんとかやられてたわけで。対岸の火事でした。

 そんなこんなで、今日のお返しは堂々と鞄の中に入れておいてもノーチェックだったことだろう。警戒して朝から部室に隠しておいた努力は無駄になった。何せ物が物だったからな。
 さて、授業も終わったしさっさとブツを回収し鴨田に渡してしまおう。と、その時。行く手を阻む者がいる。
「りゅーせーい♪」
 留奈である。なかスッチーも一緒だ。いつもより早めに部室に移動したら二人とタイミングが合ったようだ。
「今日が何の日か知ってる?」
「数学の日だろ。アインシュタインの誕生日であり、なおかつ円周率すなわちπの数字だからな。シンプルにパイの日でもある」
「なるほどねー、円周率かぁー、言われてみればそうだよねー……って、ちっがーう!ホ・ワ・イ・ト・デー!」
「うん、まあ知ってる。で、ホワイトデーだから白いパンツってか?」
 頭の中にパンツがあるのでこういう返しになってしまったのだが。
「えっ。なっ!?別にそうじゃなくてっ!いつも通りなだけでっ」
「……白なのか。ふむ……」
「……流星ーっ!……」
 適当に言ったら当たっただけである。見られたとでも思って焦ったのだろうか。俺も知らなくてもいいことを知る羽目になった。口は災いの元だな。
「んもー!もー!もおおお!それよりっ!ホワイトデーのお返しちょーだい!……くれる?」
 羞恥か怒りか。顔を真っ赤にしながら涙目で喚く留奈。
「おう、一応用意してあるぞ。もらったもの相応にはいい奴をな」
 ぱっと表情を輝かせる留奈。俺だって、一応本気でくれたチョコにお返しもやらないような恩知らずでは無いのである。
「くれてやろう。おいでおいで」
 到着した男子部室から手招きする。
「……や」
 まあ、それでほいほい来るとは俺も思ってない。とは言え、朝から部室に置いてあるのは本当である。隠しておいたお返しを手に取る。薄い包みがパンツでずっしりした箱が留奈宛である。
「ほれ、どうぞ」
「えええっ。うええええ!?でかっ!重っ!?……これ、お歳暮のやつー!」
 スーパーで2割引になってた贈答用缶詰セットだ。食品ロスの減少に協力できるしコスパもいい。
「嫌か?」
「嫌じゃないけど……これ持って帰るの?」
 あ、そうか。俺は屁でもないが腕力も体力もない留奈には過酷か。もちろんちょっとした意地悪込みでのチョイスではあるが、意地悪が過ぎたようである。ここはアドバイスくらいはしてやろう。
「箱から出してリュックに詰めたらどうだ」
「……うん、そうする。……そっちのは?」
 中は見えないがパンツが気になるようである。まあ、そりゃ気になるか。
「まつりちゃん用」
「あっそ。……!」
 俄に留奈の目が輝く。
「あたしが預かっておこうか?」
「絶対着服するだろお前」
「し、しないよ!」
 口ではそう言っていてもリアクションは「バレた!」と言っていた。分かりやすすぎるのでバレるバレない以前の問題であった。
 無関係な奴に奪われる前にとっとと渡すべき人物に渡すべきだろう。部室に戻りすでにまつりちゃんへのお返しを回収し始めている鴨田に手渡した。この一見ただの代理人にしか思えない人物がバレンタインデーにチョコをばらまいた本人だとは思うまい。そう言う意味では男子もちゃんと渡すべき人物にお返しを渡しているのである。
「てめーまで俺経由にするこたないだろ。小西に渡しとけよ」
 憮然として言う鴨田。
「話聞いてなかったっすね?着服されそうだったもんで」
 さっきの留奈とのやりとりのおかげでこういう口実が使える。とは言え鴨田はそのやりとりを聞いてなかったようだが。ま、扉の外だったししょうがないか。
「いいじゃん。どうせ女子が山分けだろ」
「その通りですがね。……両方留奈に渡したら確実に缶詰を山分けするっしょ。軽いの持ってかれたらお値段的に釣り合わなくなるし」
 実をいうとお値段的には大差ないんだが。むしろパンツの方が高い。あんな面積のない布なのに。
「そんなに重いの持たせたいのか、鬼畜」
「重き荷を背負うが如き人生の重みって奴を味わってほしいんです」
「それって家康だっけ?本当に鬼畜だなお前」
 グチグチ言いながらも鴨田は俺から受け取ったパンツを他のお返しと混ぜた。これで安泰である。

 仕込みは終了。後は野となれ山となれ。荷物も大小共になくなりすっきりした気分で部室を出る。
「りゅーちゃぁん」
 声の方をみると、そこには先ほどとは見違えるような姿のなかスッチーが立っていた。見違えるようなジャージ姿である。着替え早いな。まあ俺も缶詰とパンツでもたついてたからこんなもんか。
「何だ?缶詰のクーリングオフ申請の代理か?」
「違うよ。お裾分けしてあげるって言われたけど、折角りゅーちゃんがくれたんだから頑張って持って行きなって言っておいたよ」
 なかスッチーもなかなかの鬼畜である。それより。
「じゃあ、何だ?」
「あたしもねぇー、ホワイトデーのお返しっ!」
「何で女の方からお返しがあるんだよ。そもそも何かあげたっけ?……あ」
 思い出した。そういえば、バレンタインデーにチョコあげたよ。留奈からもらった奴をお裾分けしたっけ。
 お返しはお裾分け程度のチョコに相応しいしょぼさである。そこらで売ってるような袋入りの飴。しかも袋は破られている。見た感じ、半分は減っているであろう。ホワイトデーのために用意されたわけではないに決まっている。何せその飴からして袋に『熱中症に気をつけよう!』などと書かれた塩飴なのだ。
 どうやら因果が巡って俺も食品ロスの減少に貢献させられるようである。確かにこんな飴が未だにスーパーの割引ワゴンにあるのを見かけたが、袋に割引のラベルも見受けられない。夏頃に買い、夏の終わりとともに見向きもされなくなって部室に打ち捨てられてた飴をリサイクルというかスカベンジしたのだろう。
「微妙にもほどがあるな。まあいい、とっとと済ませようぜ。ヘイ、カモン」
 そう言い、口を開けて待つ。なかスッチーはきょとんとしていたが意味を悟って顔を引き攣らせた。ん?あーんして食わせてもらったチョコのお返しだろ?もちろんあーんでのお返しだよな?
 なかスッチーの反応を楽しんでいると、なかスッチーは何かに気付いたような素振りを見せた。そして、俺の口に飴を放り込んだ。袋丸ごと。
「ほほう、そうきたか。それより、そのチョコって出所は留奈なんだし留奈にあげた方がいいんじゃね?」
「一理あるわね。るなっちー」
 ちょっと遠くで様子を見ていた留奈を呼び寄せる。何で呼ばれてるのか見ていただけに腰が引け気味である。
「その袋、くわえてたやつ……」
 真っ先にそう言って牽制してきた。丸ごと押しつけるのは無理そうだ。一掴みほど取り出して手渡した。
「りゅーちゃんがあーんしてくれるって」
 言ってねえよ。なにを言うんだなかスッチー。とはいえ、そのくらいは吝かではない。口を開けて待つ。思えば小袋から中身を出すどころかその小袋すら取り出してもいないんだよな。まだそれすら躊躇っているみたいだし。
 暇なので舌なめずりしてみた。
 留奈は逃げ出した。斯くて何事も起こることなくこの場はお開きになったのだった。

 普通に練習も終わり、よねまよが巻き気味に終了を告げてそのまま風のようにいそいそと去っていった。この後彼氏とデートだろうか。ディナー?飲み?それともメインはその後ってか?順調なようで何よりである。
 教師の監視も解けて部室でもホワイトデーのお返しが飛び交い始めた。とは言え、秋頃までの荒んだよねまよならともかく、今のよねまよなら余裕ある大人の態度で寛大に見守るにとどめてくれるであろう。
 そして何も知らぬ男子は一仕事終えた充実感とともに家路についた。まつりちゃんの件に関しては蚊帳の外の一年女子の一部も撤収。残された者達でまつりちゃんへのお返しの分配が行われる。
 男子では事情を知る俺とその正体がまつりちゃんである鴨田が残った。え?逆?そうだっけ?連城は当事者の一人だがこのイベントに興味はなく先に帰っている。実質部外者で残った男子は俺だけだ。
 そして実質部外者がもう一人。樹理亜も自分が一枚噛んだ、具体的にはパンツを一枚買わされた計画の成り行きを見守りに来たようである。俺としては成り行きによりパンツを樹理亜が買ったことをばらすというカードを使う覚悟があることを示してある。自分の見ていないところでそんなカードを行使されてはたまらないので監視しに来たわけだ。
「何をしにきたの?私の前で流星からのお返しをもらおうとか企んでるんじゃないでしょうね」
 早速留奈が絡んできたが。
「まさか。バレンタインの時と同じく流星の家でやりとりするし」
「ぐはあっ」
 秒で返り討ちであった。つーかもう分かってて言ってるだろ、留奈。
「ねーねーねー。それよりさー」
 なかスッチーがツインテールの頭をピコピコ左右に振りながら割り込んできた。あまりの可愛らしさに樹理亜が母性本能をくすぐられにやける。
「あたし、りゅーちゃんにチョコであーんされたからそのお返しで飴あげたんだけどさー」
 だが、発言は宣戦布告である。いや、違う。
「あのチョコってるなっちのなんだよねー。りゅーちゃんよりるなっちにお返しすべきじゃね?って思ったわけさー。だからさ、さっきの飴一個ちょーだい。……一個でいいから!」
 袋ごと渡そうとしたら拒否された。流石に唾液は乾いてるぞ。拭ってもいないけど。ちなみに中身を一つだけ渡すにしても、小袋には入っているのである意味袋ごとだね。
「はい、あーん」
 なかスッチーに差し出された飴を躊躇いもなくぱくっとくわえる留奈。女同士ならこのくらいのじゃれ合いは何でもない。
 一方、俺もなかスッチーが今この場でそんなことを言い出した理由を察した。留奈のチョコのお裾分けがあったのはなかスッチーだけではない。俺はチョコを樹理亜にも食べさせると予告してあったのである。つまり、樹理亜も留奈にお返しをする必要があると言っているのだ。
 俺は樹理亜に飴を手渡した。
「何で塩飴……?」
「大人の事情よ」
 まるで大人に見えないなかスッチーがそう言った。俺が訂正しておく。
「子供の悪戯だ」
「どっちでもいいけど、この寒空に塩飴二粒は多すぎるでしょ」
 部活で一汗かいた後だし、大丈夫だろ。そう思いつつ留奈の様子を伺うと、現在進行形で真っ赤になって汗塗れになっている。
「その心配はなさそうだぞ?」
「えっ?なに、この飴って激辛?」
「ちがっ。くわえたやつー!」
 ああ、そうか。留奈は飴を口の中に放り込まれてからこの飴の袋が俺に噛まされてたことを思い出したようだ。樹理亜はなんだかわからず首を傾げている。
「?……まあいいわ。とりあえず、心配しなくても小西さんへのお返しはちゃんと用意してあるから。そんなに高いものでもないけどね」
 そう言うと、樹里亜は背負っていたリュックから2リットル入りのペットボトルを差し出した。なお、樹理亜は俺が留奈へのお返しで缶詰セットを用意したことを、今日の朝に聞かされている。それを踏まえ、近くのコンビニで仕入れてきたのだろう。誰に似たのか、鬼畜である。
「うぐっ。き、気持ちだけ受け取っておくわ」
 追い詰められた顔で、それでも精いっぱい余裕を装って留奈が言い放った。
「あらそう?残念」
 樹理亜もここで無理に渡すほどの鬼畜にはなり切れていないようである。留奈は安堵の表情を浮かべた。樹理亜にしてみれば自爆のようなものだが、最悪なら俺に押し付けるという手段もあるし、俺に頼らずとも樹理亜の体力なら2リットルのペットボトルを背負って帰るくらいは楽なものである。日頃から収穫した大根とか白菜とか担いで帰ってるし。って言うか留奈こそ毎日錘でも背負って体力付けろと言いたい。まあ、これでも夏頃よりは大分マシにはなってはいるんだけどな。

 時同じくして、根室を中心とした人集りでは鴨田が集めたまつりちゃんへのお返しが分配されようとしていた。まつりちゃんバレンタインデー企画に出資したメンバーはまず2年生が3名。根室、町橋、沢木。そして1年生は沢木にせがまれてなかスッチーが、巻き込まれて留奈が。
 そしてなっちゃんズがチョコプレゼント数勝負をしてダダ余りしたチョコを提供したらしいが、分配には不参加。提供したことを、さらにはチョコを買ったことすら無かったことにしたいのであろう。義理チョコとは言え彼女持ちに渡してしまうとトラブルに発展しかねない。桐生や江崎くらい彼女との関係が確立していれば笑って許してくれそうだが、クリスマスに間に合わせるために急遽決まったパートナーくらいだともぎ取りかねないと考えたようだ。義理と明言したチョコで男をもぎ取れるほど自分に魅力があると思ってるわけか……。とりあえず、その緊急投入されたチョコのおかげで1年男子にもまつりちゃんチョコが行き渡ったという一面もあるのだ。
 なお、確立彼女持ちの俺のところにもなっちゃんズの義理チョコ来なかったな。留奈が絡んでるのを理由に不確定と見なしたか、それとも単純に義理チョコすら渡す価値なしと判断されたか。絶対後者だ。くっそー、ナメやがって憶えてろ。……あ、俺がまつりちゃん経由で受け取ったのこいつらのチョコだったわ。
 で、そんなメンツでまつりちゃんへのお返しを山分けするわけだが、ほぼ男子全員からなので結構な数である。一人2個貰ってもいくつか余る感じだ。
 そして。俺の誤算が牙を剥くのである。最初の誤算。それは分配方法である。
「じゃあ、欲しいの持ってっちゃっていいよー」
 根室はそう言うが、どれもこれもきれいにラッピングされた中身不明のプレゼント。包装紙でブランドが分かるレベルの代物もない。欲しいのとか言われても。そんな感じであった。
 ある一人を除いては。
「あたしこれえぇ!」
 電光石火で動いたのは留奈である。その手は迷いなく、普通であればこの中で好きなのを選べと言われたら真っ先に選択肢からはずされそうな薄っぺらく小さな包みに伸びた。俺の用意したパンツである。なぜだ、なぜ迷い無く俺の奴を当てやがった!?昔話のように小さな物こそ当たりだと考えたか!?今日日こういう薄っぺらい贈り物はギフト券であることが多いからか?いや、そう言えばさっき缶詰と一緒に持ってたからそのとき見てて俺が持ってきた奴だと覚えてたのか。不覚である。
 留奈はにこにこしながら俺の前で包装紙を剥き始めた。そして中身を取り出し……動きが止まる。中身を知ってしまったからである。
「ははあ。迷いなく持ってったと思ったらそういうことかぁ」
 背後から根室がぬっと現れ、固まっていた留奈が飛びあがる。
「あんたが用意したプレゼントだったってことね。そんで、なぜかるなっちがそれを知ってる。つまり、あんたの魂胆はこうよ。るなっちにまつりちゃん経由のお返しで満足させるっていう意地悪ね!?」
 そのメガネで推理めいたことを言ってると真実はいつも一つの名探偵みたいだな。真実を見誤ってるけど。このお返しが最終的に渡って欲しいと思っている相手からして違うし。留奈にはお返しをもうちゃんと普通に(?)あげてるし。
 そしてなかスッチーも現れた。
「いつも子供みたいな下着つけてるから大人っぽいのにもチャレンジしろって言いたいわけね」
 言いたくないです。だから留奈の手に渡ったのは予定外だっつーの。留奈も留奈で何で俺が自分の下着を知ってるのと言いたげな戸惑いと羞恥を帯びた涙目でこっちを見るな。お前の着けてる下着なんざ知らねーよ。今日は白らしいけど。それに、子供っぽいらしいけど。
「み……見たの?」
「見てねえよ。……で、どんなの穿いてるんだ」
「絶対教えない!」
 まあ、子供っぽい白なんだけど。
「とにかく。そいつはまつりちゃんへのプレゼントだぞ。まつりちゃんと言えば黒パンツだろ?まさかまつりちゃんへのプレゼントが女子にわたるなんて思ってなかったしよ」
 留奈の隣で誰か首を傾げるものがいた。根室である。とっさにこんなことを口走ったがまつりちゃんへのお返しを女子で分配するプランを根室に提案したのは俺である。やべえ。
 しかし、空気を読んだのかガチで忘れたか、根室は何も言わなかった。貴女は女神だ。メガネの女神だ。後で思い出したりすんなよ。
 とりあえず留奈は納得したようである。この隙にけりを付けるべきだろう。どうにかしてパンツが根室の手に渡るように、あるいは俺のところに戻ってくるように仕向けないと。
「留奈には缶詰あげたし。穿かないなら返してくれないか。そして穿くというなら今日はこのパンツを穿いて帰るくらいの気概を見せてみろ」
「これ、パンツじゃない部分の方が多いけど……見せるの?見たいのって本当にパンツなの?」
「気概を見せろとは言ったがパンツを見せろとは言ってねえ」
 そもそも裸を見せようとしてた奴が今更何を言ってるんだって感じだ。まあ、パンツをちゃんと穿いたかどうかは見るよりほかに確認のしようがないのは確か。まあ、そのときはなかスッチーに判定員を頼めばいいか。そういう事態にならないのが理想だが。そしてそのなかスッチーが。
「中身を見せろって」
「もちろん言ってねえ。ませたちびっ子は黙ってろ」
 しかし留奈はまだパンツを返す決断には至らず葛藤している模様。このまま覚悟を決めたら本当に穿かれてしまう。まあ、そん時ゃそん時か。ターゲットは変わったが十分楽しんだということで手を打ってやろう。
 懐を痛めた俺は妥協するもやむなしと踏んだが、この件に関して手間をかけた樹理亜はそれを良しとしないようである。
「ちなみに、それ買ってきたのあたしだかんね」
 その一言で留奈の顔から葛藤を中心とした複雑な表情が消失し、パンツを迷いなく俺に差し出した。樹理亜すげえ。そして俺はパンツゲットである。留奈がラッピングを剥いちゃったおかげでそのパンツのパッケージが剥き出しである。おかげで俺も樹理亜がどんなパンツを買ったのか知ることができたのであった。樹理亜はさすがにヒモでしかないパンツは避けたと言っていた。それで選んだのがこれか。これは、ヒモではないと言うのか。
 うーん、そうだなあ。ヒモでないと言うのなら……帯?リボン?あるいはテープ?知りたくない情報であった。俺の娘がこんなパンツを買っただなんて!誰の所為で買ったのかは考えないことにする。で、樹理亜はこれを根室に穿かせるつもりだと知った上でチョイスしたということだよな……。恐ろしい子!誰に似たのやら。
「というわけで。あるべき場所へ……」
 このパンツはまつりちゃんのバレンタインチョコのお返しです。まつりちゃんの中の人にパス。
「ぅおい!」
 完全に油断していたらしく、手渡されてからの反応である。手渡されてしまった以上は仕方ない、諦めてあるいはこの機会に話題のブツを観察する。見えるのはパッケージだけだが十分だ。
「うわ、なんじゃこれ……。俺が穿いても何も隠れねーわ」
 確かにな。
「穿いて」
「穿いて」
「穿いて」
 誰かが言ったのを皮切りに何人か同調した。俺を含む。
「穿いたらちゃんと見ろよてめーら」
 誰も見たくないのでこれで話は終わり。そういう流れである。ここに俺が居さえしなければな。
「その勇姿、目に焼き付けます!さあどうぞ!」
「よそでやってね?」
 町橋にごもっともなことを言われた。そして、よそで男二人きりでならそんなもの見せられたくもないのだ。これで今度こそ話は終わりである。
 穿くことは封じられ。俺に突き返してもろくなことにならないのは目に見えており。他の誰かすなわち女子に手渡すなどと言う恐れを知らぬ所行はできず。自分の手でパンツをホールドすることが鴨田に残された唯一の手段であった。膠着状態である。それを打開すべく動いたのは根室だった。
「じゅじゅのパンツ握りしめてんじゃないわよ」
 そう言いながら鴨田からパンツをもぎ取る。別に樹理亜のパンツじゃないんだがな。そしてその動きを見るや、周囲を取り囲んでいた女子は一斉に距離を取り出した。ただでさえ万が一鴨田が自分の方に渡しに来たら逃げられる体勢だったのだ。それが根室となれば自分の方にくる確率は十が一になると見ていい。いや、ここには十人もいないのだ。つまり自分に所に来る確率は10%以上。暢気に構えててよい確率では無いのは一目瞭然だった。危険を感じる前に兆候を見て逃げる。災害から身を守る基本である。
 しかし根室にもこれを誰かにパスすることで巻き起こるパスの連鎖、パンツの押しつけ合いの火種になる気はないようである。むしろ、樹理亜が買ったパンツを守ろうとしているのか。
「あの。別にあたしのパンツってこともないですぅ」
「穿いて」
 樹理亜の言葉を遮りつつ誰かが言った。誰だよまったく。まあ俺なんだが。根室はパッケージに目をやりしばし考える。
「こんなん穿くかー!ノーパンの方がましだわい!」
 デザインによっては穿いたかも知れない発言、そして間である。まあ、この場でではなく日常生活の中で、だろうが。そして、日常生活の中で穿くにそぐわない非日常的なデザインであると判断したと言うことだ。
「え。スカートでも?」
「……スカートだったらこんなんでもないよりましだわー……。つーかじゅじゅさ、何でこんなの買ったの」
 その根室の問いに、樹理亜は素直に此度の計画をすべてぶちまけたのである。なんてことを。しかし、ここまでくればそれさえも渡りに船といえるのだ。仕上げに入らせてもらおう。
「それは先輩のために樹理亜が買いに行って樹理亜が選んだ樹理亜からのプレゼントですよ」
 恐ろしいことに、この発言は一点の曇りもなく真実である。プランを立てて金を出したのは俺だが、全ての事情を理解した上でこのパンツをチョイスしたのは樹理亜なのだ。
 当初の予定とはかけ離れてしまった。関係ない人の手もだいぶ経たことで鴨田から渡された感は薄れたし、最終的にはむしろ樹理亜からのプレゼントみたいになってしまっている。だからせめて、根室の手には渡ってほしい。
「あーもう、わかったわよ、貰っとく。そのうちお返しに同じくらい際どいのプレゼントしてあげるからね」
 根室は樹理亜に向かってほくそ笑んで見せた。
「えー。遠慮します」
「そう言わずどうぞ?」
 って言うか、樹理亜もうすでに一枚持ってんだけどな。自分で穿く気で買ってる以上、ここまで際どくないとは思うけど。
「折角だしもらっとけ。樹理亜の場合覚悟さえ決めりゃ使い所がちゃんとあるんだから」
 そう言ってやると樹理亜の怒りの鉄拳が飛んできた。ちなみに、このやりとりで一番ダメージを受けたのは横で聞いていただけの留奈のようである。甘噛みの拳などより精神ダメージの方が重いのだ。
「あたしにこのパンツの使いどころがないみたいに言わないでくれる?……ま、ないんだけどさ」
 いや、誰にも見られない前提でなら普通に穿けるんじゃね?まあ、こんなの穿いてるだけで落ち着かなくなるから普通の日常生活は送れないかも知れないけど。やっぱり特別な時専用のパンツか。
「それじゃ、先輩がプレゼントしてくれたら穿いて見せっこっていうのはどうですぅ?」
「ぐっ!?」
 形勢逆転させる樹理亜。確かに、それならば無駄にはならない。見せるためのパンツ、相手が誰であれ見せたという実績さえあればもうそれで成仏できるのだ。
「え、えーっと。ちなみにじゅじゅの誕生日って……いつだっけ」
「4月11日です」
「ぐがっ」
 そう、誕生日プレゼントという名目にしようとすると1ヶ月の猶予もないのだった。根室の様子だと見せ合う覚悟どころかパンツを買いに行く覚悟すら固めるには短い時間だろう。それより何より、今ここで話を聞いていた連中がこの話を忘れるにも短すぎる。遠い未来なら記憶の隅にこの話を追いやり、そのまま風化していく。しかしこのくらい近いと記憶の隅に刻み込んで待ちわびることになる。
 ま、なかったことになるんじゃないか。なんとなく、そう思う俺であった。

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