Reincarnation story 『久遠の青春』

38.黒き策謀

 誰も知りたくない事実だろう。だが俺だって別に見たくもないのに見せられているのでみんなとこの情報を共有しようと思う。
 鴨田先輩は、本日もまた黒ビキニパンツであります。
 しかしながらである。根室からもらった例の黒ビキニパンツが大好きすぎていつもそれを穿いてきていると言う訳ではない。今日穿いてきている黒ビキニが、根室のプレゼントかどうかは俺には分からないのだ。
 あの後、黒ビキニパンツについてどうするべきか話し合いの場が持たれた。……と言うのは大袈裟だが、要は鴨田がそのパンツについてどう扱いべきか大いに悩み、愚痴ったのである。どうすりゃいいの、これ、と。
 どうするも何も、パンツは穿くものである。穿きゃあいいじゃん。その一言で済むはずだったのだ。だが、鴨田は女子から貰ったパンツを平然と穿けるほどこなれていないピュア男子である。
 ましてあんな事になった後だ。あんな事とは平たく言えば俺が余計なことを言って気まずい空気にしてしまった事である。俺のせいかどうかと言えば、間違いなく俺のせいだ。だから、鴨田にどうにかしろと言われればどうにかする義務があるのだ。後はもうどうなろうが、俺にどうにかしろなんて言っちゃった鴨田の自己責任かつ自業自得である。まあ俺だって相談された以上は無碍にはせんよ。本当に相談したのか、あの日居合わせて事情を知ってる適当な奴にぼやいただけなのかは知らんがな。
 最優先にすべき鴨田の気持ちはこうだ。根室にもらったパンツを履くなんて恥ずかしいが、貰ったものは穿かないともったいないし、根室にも悪い。穿かずにおくとなんかものすごく大事にしているようにも見えて、それはそれで恥ずかしい、と。
 別に、根室のパンツを履こうが穿くまいが、誰かに見せるわけじゃないんだからいいだろ。そう思いはしたが、よく考えたら俺もほぼ毎日鴨田のパンツを見ているのだった。同じ部室で着替えているから。男のパンツを見る趣味は無いのですっかり失念してた次第である。今だってちょうど視界の隅で鴨田がいそいそとジャージに着替え終わったところ。今日も無事、この着替えをやり過ごせた充実感と安心感に溢れている。
 基本的に鴨田のパンツなど誰も興味を示さないだろう。だが、それはあくまで印象に残らないトランクス姿だからこそ。セクシーな黒ビキニなど穿いていれば、嫌でも目に付くのだ。……そうかなぁ。自意識過剰だと思うんだが。今だって誰も気にしてなかったろ。
 で、俺の立てた対策は、である。一言で言えば木の葉を隠すなら森の中に。葉っぱだらけの森の中なら葉っぱがあって当たり前なので紛れてしまう。葉っぱで股間を隠してるだけの変態がいても、全員葉っぱだけならここはそういう場所なんだなで済んでしまう。ドレスコードと言うやつだ。
 その理論で行くとテニス部男子全員黒ビキニになることになってしまうが、それは俺が巻き込まれるので却下。この原案にひと捻り加えることにする。捻るのは時空上の時間軸だ。それにより、葉っぱが存在しているのが空間から時間になる。葉っぱで股間を隠してるだけの変態で喩えれば、いきなり見るとビビるが見慣れればそういう物だと思える、そんなところだ。見慣れたくはないがな。
 後はその葉っぱをビキニパンツに置き換えるだけである。自分でも黒ビキニを買って毎日のように黒ビキニを穿いていれば、見慣れて誰も突っ込まなくなる。鴨田にしてみても恥ずかしいのは最初だけ、穿き続けていればそのうち慣れるってものである。根室からこんなパンツをもらったことを知る奴がいても、根室のパンツが好きすぎて毎日穿いてきているとはさすがに思わないだろう。
 一見悪くないアイディアに見えるが、もちろんちょっとしたトラップは仕掛けてある。たった今、根室のパンツが好きすぎて毎日穿いてきているとはさすがに思わないと言ったが、根室のパンツが好きすぎて同じようなパンツを買いまくっちゃったとか黒ビキニに目覚めちゃったとかは思われるかもしれないのである。
 そして更に。どれが根室のパンツか分からないという事は、逆に根室のパンツ以外を穿いていても根室のパンツのように見えるという事でもある。って言うかさっきから根室のパンツ根室のパンツって連呼してて誤解しか呼ばなそうだな。根室がプレゼントしたパンツの略だからな。根室としてはあれはあくまで支給した物でありプレゼントしたとも認めたくないだろうけど。
 まあそれはいいとして、たまたま根室の目に鴨田のパンツ姿が触れたとして、それが黒ビキニである確率は飛躍的に高まる。その時根室はそれが果たして自分の買い与えた物か鴨田が自分で購入した物かを見分けることはできるかな?そもそも鴨田が黒ビキニを買い増しした事実を掴めるかな?そういうトラップでもあるのだ。
 と。そのような策を込めつつ発動した鴨田黒パンツ計画であったが、重大な見落としが発覚した。
 そもそも、根室は鴨田のパンツなど見ないのである。根室の前で鴨田がズボンを脱いでいるような特殊なシチュエーションは、それこそこの間のような事情でもない限りあり得ないのだ。
 考えてみれば樹理亜を家に好き勝手に出入りさせている俺ですら、パンツを見られるようなイベントはほぼ発生しないのである。なお、自宅で緩んでる俺ですらそうなのだから、逆に至っては推して知るべし。大体樹理亜は俺の家に来る前に一旦家に帰って着替え、間違いなくパンツルックになっている。
 話は変わるが、パンツルックって言葉の感じからするとパンツ丸見えって感じなんだよなぁ。実際はパンツがまったく見えないわけだけど。そもそも英語でもパンツという言葉が下着なのかズボンなのかが明確ではないそうである。下半身をくるむもの全般に使われているみたいだ。米英でパンツと言う言葉の使われ方に差があったようだが、アメリカに引っ張られてイギリスでもズボンをパンツと言うようになりつつあるとか。この辺を混同すると誤解しか生まない代物だというのに、各地で混同されがちな表現を使っているわけだな。恐らく、世界共通でパンツが下着なのかズボンなのか分からない曖昧さを活用しお下品なトークに励んでいるのであろう。
 なお、女性の下着を示すのによく使われるショーツと言う言葉も、欧米では半ズボンと混同されるようだ。今日は暑いから街をショーツで練り歩くわ、なんて言ってても露出狂の変態だと思わないであげてほしい。ただし日本人が言ってたら男がパンツで町を練り歩いてやると言った時にズボンで無い確率くらいで露出狂の変態だ。行動に移す前に止めるべきである。
 閑話休題。パンツルックの話から発生した話題を切り上げてパンツをルックする話に戻ることにする。
 緩む状況で、緩みっぱなしの俺ですら樹里亜にパンツ姿を見られた記憶はここ最近ない。家ですらなく学校で、男が着替える場所でしか露わにならないパンツなど、狙って覗きにでも来ないと女には見ようがない。そして、そんなことをする理由もない。よって、根室どころか女子の誰一人として鴨田のパンツなど見ないのである。もし見られる機会があるのなら、そのときは俺たちのパンツも見られるわけだ。まあ、俺は別にどうでもいいがな。減るもんじゃなし。むしろ見た方の神経が減るだろ。
 男子同士では最初こそ鴨田の黒ビキニは笑いぐさになったが、すぐに日常の光景となった。何せ我が部には当初からビキニパンツ愛用の桐生がいるのだ。しかもあちらはパステルカラー各種である。たとえ鴨田が目立ちたくてビキニパンツに手を染めたのだとしても失敗であろう。
 どうでもいいと思う人もいることだろう。俺も同感である。よってこの話はこんなところだ。強いて言い添えるなら、ホワイトデーのお返しに根室に黒パンを送ることを提案させていただき、にべもなく却下されたことだろうか。まあ、俺だって鴨田がそれを行動に移せる人間だとは微塵も思っちゃいない。ただ、提案したという事実だけあればよい。その事実があれば、ただの事実としてそのことをどうでもいい世間話の一つとして樹理亜に聞かせれば、早々にそこからどのような経路であれ根室の耳に届くことだろう。あとは部活で顔を合わせた時に「あんた変なこといったでしょ」とローキックの一発でも貰ったら、にやけながら「何のことですぅ〜?」とでも言ってやって幕引きにすることにする。

 ホワイトデーは他人事ではない。俺だってバレンタインデーにはいくつかチョコを貰ってるんだから、お返しを考えておかなければ。まあ、先の事だしおいおいとでいいや。でもひとまず、誰から貰ったかだけ整理しておこう。
 まず言うまでもなく樹理亜。それと留奈。樹里亜は普通だが留奈からは無駄にいいチョコをもらってるからな。それなりの物を返しておかないと借りができることになるのでよくさなさそうだ。気軽に貰ってしまったが失う物がある行為だった。もっと慎重になるべきだったかも。
 お次は美由紀からのママチョコ。これまた愛に満ち溢れたチョコではあるがお返しは雑で良かろう。俺のお小遣い事情をよく知ってるから理解もしてくれるはずだ。樹理亜経由でもらった伽椎のチョコもある。チョコはもらったが、お互い長らく顔を合わせていない。……何で今更チョコをくれたのかちょっと気にならないでもないな。加奈子からは……チロルチョコすらなかったんだっけ。惜しいな、チロルチョコくれてたらチュッパチャプスでも直接口にぶっ刺してやったのに。最近マイブームのあーんで。懐かしい響きだな、マイブーム。
 そして忘れてならないのは忘れそうなまつりちゃんだ。まあ、これはその実テニス部女子一同と言う扱いになるのかな。男子全員にばらまいた義理全開のチョコでもあることだし。って言うかそもそもホワイトデーはどうするつもりなんだろうか。また鴨田を依り代に召喚するのかな。それとも根室が代理で受け取って渡しておくっていう体になるのか。どっちにせよ、まつりちゃん本人すなわち鴨田にはお裾分けが行くくらいでチョコの本当の送り主である女子たちが山分けって形になるんじゃないかな。
 ん?今ちょいとこれビビッと来たぞ。みんなのアイドルまつりちゃんへのお返しで何か渡しておけばそれが鴨田から女子に行くことになるよな。これをうまく利用できないか。そう、例えば黒パンツを贈って双方向黒パンツにしてやるとか。よし、これに決まりだ。
 とは言えそもそも、まつりちゃんへのお返しが女子で山分けと言う部分が俺の想像でしかない。この辺は実際の所どうなっているのか。この辺は確認を取ってみるしかないだろう。
「そっかー。それがあったなぁ。どうしよっか」
 早速次の日の部活で確認してみたところ、根室は何も考えていなかった。お返しなど要らないという謙虚で無欲な路線を行かせるのも悪くはない。それなら俺の懐へのダメージが減るから。だが、架空のまつりちゃんはそうであっても折半でチョコ代を出した女子からすればお返しくらいないと割に合わない。もう既に色々と楽しませてもらったからそれでチャラにしておくか、もっと強欲に行くべきか。返す返すも強欲に行くと俺が気前よく金をばらまく結果になるんだけど。
 とりあえず、さすがにまつりちゃんの再召喚は考えていないようである。理想としては再召喚されたまつりちゃんに手渡ししてそこから女子に行く形にしてくれれば、まつりちゃんの中の人である鴨田を経由することになるのだが。まあ、手間も連城の化粧品も掛かるので現実的じゃないのか。自分たちよりモテモテの女子擬きがまた出現するのも複雑な気分だろうしな。
 とりあえず俺の理想に近付けるため、まつりちゃんへのお返しの回収係に鴨田を使ってはどうかと提案してみた。ある意味、渡した本人に返す形になるので妥当であり、さらには鴨田に対してはちょっと意地悪な感じになる。根室の後輩と言うことになっている以上まつりちゃん関係は根室が取り仕切るのは自然であり、根室が取り仕切っているならその下僕である鴨田がそのような役目を押しつけられるのもまた自然なのである。
「別に下僕じゃないんだけど。……でもまあ、確かにそれが妥当っちゃ妥当かしらねぇ。……でもさ、なんであんたがそんなことを心配するわけ?なんか企んでない?」
 根室はメガネの奥から疑いの目を向けてきた。鋭いな。何で俺が何か企んでることを察するのだろうか。……いつも俺が何か企んでるからか。
「純粋にどうするのか気になっただけっす。あ、でもどうせなら俺発案って事で分け前があったりすると嬉しいんですがね」
「あんたがもらってどうするの。……あー、そっかそっか。あんた、るなっちからのチョコのお返しをそれで間に合わすつもりね。流石鬼畜だわ」
 いやなんで俺がそんな鬼畜って事になってるの。でも、そのアイディアも悪くないかと思えないでも。それにまあ、そういうことにしておけば疑われないだろ。ってな感じで、あくまでも実利が目的だと思わせておくことにする。
「じゃあ、分け前は弾んでくださいな。くっくっく」
 まあ、あんまりしょぼいのだらけとかだったら困るし、やっぱり一応留奈向けにそこそこの奴は仕入れておいた方がいいんだろうな。

 プランは決まった。だが、またしても俺はやっちまったのである。どうも最近抜けてていかん。
 プランはこれまでの会話などから推測できる通り、鴨田経由で集められたホワイトデーのお返しが女子達に流れるのを利用して黒パンツを根室に届けるものだ。分け合うのは2年の女子が中心になるだろう。彼女達はあの日まつりちゃんが穿いていた黒ビキニを用意したのが根室であることも把握している。お返しの中に黒パンツがあれば優先的に根室に回すくらいの気は利かせてくれると信じている。
 問題は、その黒パンツの用意であった。誰が用意するんだって言う話である。鴨田が用意してくれるのがベストだが、もちろん全く期待できない。俺が用意せざるを得ないだろう。女物のパンツをである。まったくもって、どうした物であろうか。まあ、時期が時期だから店員とか店に居合わせる他の客普通にプレゼントに使うものだと思ってはくれるだろうけど。とは言っても、やっぱりなぁ。買いにくいよなぁ。まだエロ本の方がマシだわ。
 しかし、俺にだって手段はあるのだ。己の手を汚さず、俺は座したまま女物のパンツを安全に手に入れる手段が。座したままとは言え、土下座くらいは必要になるかも知れん。まあ土下座だって座してはいる。俺がパンティー買いに行くよりはマシだ。
 と言うわけで、切り出す。
「樹理亜。大事な話があるんだ」
 いつも通り、うちにやってきたところで早速。
「え、なぁに。なーんかやな予感しかしないんだけど。……ねえ、真面目な話、なのかな」
 半笑いだった樹理亜は、急に真顔になりそう問いかけた。俺はもとより真顔である。そして、ゆっくりと首を横に振った。呆れ顔になる樹理亜。
「うっわー、いよいよやな予感しかしなーい……。で、何なの」
「黒いパンツだ」
 どうだ、真面目な話じゃあ全然無いだろ。樹理亜は急に真っ赤になる。
「えっ!?な、なに?今日は白いパンツだけど!?」
「樹理亜のパンツのことじゃねえ。って言うか白いパンツなのか」
 でもって白くないパンツも持ってるんだ。明らかに同様で口が滑っちゃったようであり、樹理亜の表情が何で言っちゃったんだろと言う後悔に満ちていたのであまり追求しないでおこう。そしてそんなところで機嫌を損ねて本題に悪影響が出るのも避けなければ。
 俺は事情を説明する。ホワイトデーのお返しで、鴨田経由で根室に黒パンツが行くように仕向けたい。その為に俺ができることは鴨田に黒パンツを渡すことだけだ。だがしかし、男の身で女物のパンツを買うのは難しいのである。そこで、ランジェリーショップでもごく自然に買い物できる樹理亜が代わりに買ってきてはくれまいか。
「もちろん金は俺が出す。樹理亜がこの件に関わったことは口外しない。……結果として俺が根室先輩にパンツを買い与えるような形になるのが気に入らないなら同じパンツを樹理亜に買ってやってもいい」
「なな何言ってんの。買わなくていいわよ、どうせそんなパンツ穿けないし」
「穿けない、か……。根室先輩もどうせ男から貰ったパンツなんて穿けないんだろうなぁ。それならそれをお下がりしてもらう手もあるっちゃあるのか」
 そういう展開になるなら、一通り終わった後に種明かしをしてパンツが購入した樹理亜に舞い戻るように計らうのも手ではある。……その場合、俺が仕掛けたことだと言うこともバレるだろうけど。
「誰からもらったとか以前に、そんなセクシーな下着恥ずかしすぎて無理だよ……」
 まあ、樹理亜にせよ根室にせよ、セクシーな下着は年齢よりも精神的に早すぎるのは納得できる。
 と。
「お、セクシーな下着がどうしたって!?穿いてきたの!?」
 セクハラ親父みたいな科白を吐きながら加奈子が勢いよくドアを開けた。受験が終わって……
 バン!
 俺にモノローグの隙も与えず樹理亜が勢いよくドアを閉めた。ありゃあ閉められたドアに顔面ぶつけてそうだな。えー、まあ何だ。俺のモノローグだけでも続けておくぞ。受験が終わって自由に解き放たれた加奈子は最近樹理亜と一緒にうちに来るようになったのである。となると恒星と遊ぶのが目的かと勘ぐる奴もいるかも知れないが、そうではない。大好きなおねえちゃんと一緒にいたいだけのようである。よって恒星は眼中にないし、恒星も何で来てるんだみたいな態度である。俺と樹理亜が一緒にいる時は空気を読んでなるべく関わらないようにしていて、その時には手持ちぶさたなので顔を合わせれば恒星に声くらいはかけるようだが、恒星も用がなければ部屋から出ないし基本的にお互い興味無しだ。
 で、何だったかな。
「同じのじゃなくてさ、ふつーに使える奴をおごってくれればいいよ」
 そうだった。報酬のパンツの話だったな。って言うか、普通のなら報酬はパンツでいいのか。
「おお、引き受けてくれるか!」
「ま、ちょっと面白そうではあるからね。でも、私へのホワイトデーのお返しは別に頂戴」
「むむ。背に腹はかえられぬな……」
 まあ、普通のパンツならお値段の方も普通だろう。お駄賃にはちょうどいいくらいになる。これで契約成立といこう。

 他の部員によるバレンタインのチョコのやりとりについてもいくらか話が聞こえてきた。
 クリスマスの時の組み合わせは結構な割合で継続になっている。とは言えあの組み合わせもロマンスにつられて入ったテニス部でクリぼっちという屈辱を免れたいとか、いよいよ追いつめられて何をするかわからない2年男子を牽制したいとかいう思いで生まれた無理矢理な組み合わせだ。全てが本気だとは言えない。
 それに加えて。クリスマスを過ごす相手は一人が普通だ。普通じゃない奴は午前は誰それ、ランチは誰それ、午後はディナーは誰と誰、そして夜は誰それと過ごすなんて芸当をそれぞれにバレないようにあるいは薄々感づかれつつも堂々とやってのけたりすることだろう。
 それに対しバレンタインのチョコは普通の子でも何人かにばらまいてみたりする。そうやって本命チョコが誰のものか分かりにくくしたり、人気取りをはかったり。まあ最近は義理チョコ禁止とかいってそれすら難しくなってるようだが。こんなつまらん風潮はおそらく義理チョコすらもらえない上司たちと本命チョコすら喜んでもらえない女たちが結託して広めた風潮なのだろう。
 そんなわけで、バレンタインデーには結構な数のチョコが飛び交っていたようだ。そして、そんな中で明らかになっている限りでもっとも多くのチョコをもらったのは連城だった。モテモテというよりは化粧のお礼が殆どのようだがな。チョコじゃなくて化粧道具をもらったケースもあったようだ。今後ともよろしく、と言った所だ。とは言え、化粧で顔に触れられたドキドキで惑わされ割と本気の奴が何人かいても不思議ではないが。少なくとも一人はそれが確実にいるんだし。まあ、そいつ女との二股だけどな。
 次点が意外なことに鴨田だった。根室のパンツも込みでながらもそれでもなかなかの数だ。とは言え、判定次第でさらに減らすことはできてしまう。なぜならいくつかは鴨田へのチョコではない。まつりちゃん宛である。例えばいかにも女の子にチョコをあげそうな二人組とかから貰っている。なお、あの時のまつりちゃんはコスチュームを着せられてなければ美少女的な顔を持ってても男剥き出しである。いや、剥き出しじゃなくてビキニは穿いてたが、まああの体で女だと思う奴はいない。中性的な美少年に十分見えた。そこでキュンキュン来た女子もいたかもしれない。どちらにせよ、ただの鴨田には興味こそないが、まつりちゃんにはあげたくなったという事だ。
 ただの自慢に聞こえるかもしれないが3位は俺だった。まあ、他の男子の申告にはママチョコとか姉妹チョコが含まれてないケースもあるだろう。そんなのまで自慢したいとは誰も思わないし、むしろ何の自慢にもならず哀れまれるに決まってるからな。そして誰も知りたくないだろうし。そう言うのもすべて把握している点で有利なのは仕方ない。
 それに対するお返しがあるから頭が痛いわけだが……。そこに加えて、例の黒パンツプロジェクトまで企ててるんだからな。我ながらアホである。

 そして今、黒パンツはこの手に。樹理亜が日曜日を利用して買ってきてくれたのだ。ナガミーを誘ってのショッピングのついでである。ついでという名目だが、きっとこのためだけにナガミーを誘ってのショッピングにしたのだろう。
「ううー。頼まれたからとは言ってもさ、下着を流星に渡すのすっごく抵抗あるんだけど」
 樹理亜はパンツを抱きしめながら呻いた。なお、パンツは綺麗にラッピングされている。そうか、ラッピングされてたら完全にプレゼントだから俺でも堂々と……買えたかどうかはやっぱり分からん。むしろ、樹理亜が女の子にパンツをプレゼンとするなんかアレな子に見えてしまったかも知れん。まあ、最近は友チョコなんてのもあるし別に女の子同士のプレゼントもありか。ともあれ。
「"自分の"ってわけでもないんだし。ただのお使いだろ。なにをためらうことがあるか」
 いいから寄こせ、ってなもんである。
「買ったのは私なんだけど?長沢さんに事情も説明したけど信じてもらえたかどうか……」
「信じないくらいには俺がこんないたずら仕掛けないいい奴だと勘違いしてるのか」
 何という人を見る目の無さか。三沢は俺みたいなろくでなしからしっかり純真なナガミーを守ってやらないとならんぞ。
「そうじゃないけど。ま、いいわ。変なことに使わないでよ」
 うだうだやるよりとっとと終わらせることにしたようだ。押しつけるような勢いで俺にパンツを突き出す。
「話聞いてたのかよ、変なことに使うために買わせたんじゃないか」
 無事パンツは受け取ったが、パンツ問答が続きそうだ。
「それ以外の変なことによ」
「どう使えってんだよ」
「ど、どうって……何を言わせようとしてんの」
 何を言う気だったのか、俺がこれで何をすると思ったのかは気になるが。
「使い方じゃねえって。ラッピングされて中身が分からないからどうしようもないってこと。……ちなみに、どんなパンツを買ったんだ」
「うわ、それ聞いちゃいますか……。最初はさ、これないわーっていうの手に取ったんだけどさ。レジに持ってくの恥ずかしかったから結局買ったのは割とおとなしめかも。流星のためにそこまで身を削る義理はないから」
「聞いちゃいますかとか言いつつ答えちゃいますか。ま、頑張りすぎてないのは賢明だ。樹理亜からのプレゼントみたいなもんだし、金は俺のだし。死蔵されるくらいならひっそりとでも穿いてもらえた方がいい」
「大人しいとは言っても、なんか……オトナって感じだよ?ひっそりでもなかなか穿けないよ?ましてそれが男の人からのプレゼントなんて……」
「まあ、それもそうか。って言うかさ、大人しくてもオトナなら、最初に手に取ったのってどんなのだよ」
「一言でいえば、ヒモ」
 そんなけしからん下着を手に取る樹理亜は想像したくもないな。
「どうせ穿いてもらうアテがないなら、それの方が布の量が少ない分安くすんだんじゃないか」
「流星がその心配する必要ないでしょ」
 確かに、安くあがったからといってお釣りが俺に返ってくるわけではない。今回のことは樹理亜に7千円を渡してあり、その中で遣り繰りしてお釣りはお駄賃ということにしてあるのだ。余った金で樹理亜が宣言通り自分で普通に穿けるパンツを買おうが、パンツを買わずにお小遣いにしようが知ったこっちゃないし、根室用を安くあげたところで俺に得があるわけじゃない。それでも、である。
「俺は根室先輩のためより樹理亜のために金を使いたいのさ」
 いたずらじゃなかったら金なんかかけなかったことだろうしな。
「カッコつけて言ったところで、そのお金で買うのパンツなんだけどね」
 この言い方からして、俺が預けた金の残りはちゃんとパンツを買うのに使ったようだ。律儀なことである。って言うか、単純にパンツを買う金が欲しいところでちょうどよかっただけなのかも。まあ、人のパンツについてあれこれ考えるのはよろしくないな、それが親しい間柄でも。もちろんパンツを脱ぎ合えるくらいなら話は別だが。
「ま、頑張れば穿ける程度の代物だろ。それなら最終手段として買ったのは樹理亜だってばらせば可愛い後輩からのプレゼントってことになってずっと穿きやすくなる。何なら樹理亜は知らずに手伝わされたとかそういうことにしておいてもいいしな」
「よくないって……」
 その時であった。
「頑張って穿くようなパンツがなんだって!?」
 そう言いながら加奈子が扉を開け、電光石火で樹理亜が閉めた。なにやらデジャビュを覚える光景である。今回は俺の対応も早かった。立ち上がり扉を開く。扉の前には体を仰け反らせた加奈子の姿。閉められる寸前に仰け反ることで顔面を強打することは避けたようである。その代わり胸にダメージというのがこういう時の定番だが、ぶつけるほど膨らんでもおらずノーダメージだったようである。もっとも今回は前回の教訓もあってのこと、前回も躱せたかはわからん。どうでもいいし。それよりもだ。
「この間からなんだ?下着で何かあるのか」
 この間の一件でもセクシーな下着とか口走っていたが、これからパンツのお使いを頼むところで機嫌を損ねればそれに差し支えるので心に留め置くだけにしておいたのである。この後頼むことはないのでもう解き放って構わないだろう。
「どうだろー?言っちゃっていいのかなー」
「いい訳ないでしょ!」
 とは言え、ここまでくれば今更加奈子を問いつめるまでもなくだいたい話は見えてくる。
「頑張らないと穿けないようなセクシーな黒いパンツがあるのか」
「なっ!?何で色まで!」
 図星のようだ。加奈子よ、もっとヒントを絞って俺を楽しませてくれ。樹理亜の反応も分かりやすすぎだしな。なんて正直者の姉妹だろうか。
「この間この黒いパンツを頼んだときの反応が引っかかってたもんでな」
「こう言うところ、鋭すぎだよ……。わかった、白状するよ……」
 話によれば、去年のダブルデートの前のショッピングでナガミーと一緒に勝負下着を買ってしまったのだそうな。ナガミーもカレシができたばかりの変なテンションで調子に乗ってしまったのだろう。
 帰ってから試しに一度着けてみたものの、冷静な状態で身につけられる代物ではなかったそうである。どんなけしからん下着だったのかむしろ興味が湧くが……まあどうせ大人のお姉さんなら男に会う度に着ける程度の代物だと思われる。期待するほどのことでもあるまい。
 そんな、ここぞと言うときに着けようと思い買った勝負下着だが、そのダブルデートの日以上のここぞは訪れていない。クリスマスやバレンタインなどのイベントもあったし、それらの日はもちろんのことそうでなくても日頃から俺の家に出入りしている樹理亜にはいくらでもここぞのタイミングがありそうにも思えるが、この家で二人きりになれることは殆どない。美由紀もいれば義輝も帰ってくる。そして恒星もいるし最近では加奈子までついてきているのだ。勝負をかける環境などない。
「そっか……。あたし、お邪魔だったんだね……」
 加奈子はしょげたが。
「むしろ抑止力として役立ってると思うよ」
 俺は抑止しなけりゃならないような行動には出ないぞ。失礼な。
「それは恒星だけでも十分だと思うぜ。むしろその抑止力としての恒星に加奈子がちょっかい出すことで隙が出るんじゃね」
「え、そう?こーちん引きつけとけばいいの?」
「いいから。引きつけないで」
 恒星を引きつけてその隙に俺たちが何かおっぱじめたとして、それを察知すれば加奈子が覗くと思う。まあ、こいつは見た目によらずピュアだしいざとなっても覗く度胸はないだろうが。その証拠に。
「で、それってどんな下着なんだ。樹理亜は着けられないってんなら加奈子が着けてきて見せてくれてもいいんだぜ」
「ほぇ!?」
 いかにも適当な声で言い放ったこんな冗談に声を裏返して耳まで真っ赤になるくらいである。こいつは多分レースのブラすら持ってない。
「あたしにだって早いんだから加奈子なんてもっとダメよ。そんなこと、あたしが許さない」
「うう、ねえちゃぁん……」
 庇うように抱きしめる樹理亜を潤んだ目で見上げる加奈子。一見美しい姉妹愛に見えるが、なんとなく樹理亜の本心は分かるぞ。樹理亜が本当に守りたいもの。それは妹じゃなく、自分の所有物であり一度試しに身に付けてもいる下着であろう。
「まあ、冗談はとにかくだ。頑張った樹理亜のためにも、このパンツはなんとしても鴨田先輩から根室先輩に渡るように手を尽くす。誓おう」
「いいよ、誓わなくて」
「冗談はとにかくでそれって……どんな話してたの?何をしようとしてるの?」
 女子二名の冷ややかな視線を受けながら、俺は闘志を適当に高めていく。来るべき決戦の日、ホワイトデーに向けて。

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