Reincarnation story 『久遠の青春』

32.年の変わり目、人の変わり目

 正月である。
 寒さもいよいよ厳しさを増す中、まだ日も高くない寒空の下に引きずり出されるのは億劫だったが、この若い肉体ならまだ寒さはそれほど堪えない。ともあれ、炬燵の温もりは恋しいのでとっとと用を済ませてしまうに越したことはない。
 正月早々朝っぱらから出かける用事と言えば、もちろん初詣である。俺たちは今、近所の神社に初詣に向かうところだ。メンバーは俺と恒星、樹里亜と加奈子。冬休みに入り学校との縁が薄れてからは特におなじみのメンツだ。
 休みという事に加え、恒星と加奈子の受験が迫っているので恒星の家庭教師としての樹里亜も本腰。入り浸ると言っていいほど通い詰めている。加奈子は加奈子で一人自宅で勉強していてもいいのだが、お姉ちゃんにべったりなので我慢できずについてくるようになってしまった。樹理亜からは流星に勉強を教えて貰えばいいよなどと言い含められ、加奈子もそれで納得し、俺は納得していないが成り行き上加奈子に勉強を教える羽目になってしまったのだ。教えると言っても、加奈子が解いた問題集にマルバツをつけて何をどう勘違いしたのかを教えてやるくらいだ。問題集を解いている間の待機時間も、年下の少女が真面目に勉強に取り組んでいる側で自堕落なヴァカンスを堪能するのは申し訳ないので、俺も不承不承予習復習なんぞをやる羽目になる。この程度なら樹理亜一人で恒星ばかりか加奈子も面倒見きれる気はするが、それはそれで手持ちぶさたである。やむを得まい。
 年下の少女と向かい合って勉強を教えていると、だんだんいい雰囲気になったりするのがよくあるパターンだが、全くそんな様子がない。加奈子がこっちにどういう気持ちを抱いているかは知り得ないが、少なくとも俺の方はまるでときめいてこなかった。前世の俺と詩帆の間をとって大人しげながらとても平凡な顔の樹理亜と違い、加奈子は直之に引っぱられてキツめながらそこそこ整った顔をしている。容姿だけ見ればこっちに乗り換えるのも吝かではない感じだが、顔以上に性格がキツいのを思い知らされているので食指が動かないのだ。
 ついでに言えば、加奈子は成績的に無理のない高商・国際ビジネス科を受けると言うこともあり、受験勉強にも余裕がある。そんな余裕のある態度で俺からの教えを受けるので、教える俺としても余裕ある教え方になり、二人とも適当な感じで充ち満ちる。適当に接してくる相手に、気持ちがどうこうなろうものか。
 一方、クリスマスの時点では口も殆ど利かず名前と顔と昔の事を知ってる程度の仲にまで疎遠になっていた恒星とは、ここ最近通い詰めたことで再び打ち解けてきたようだ。元々喧嘩別れしたわけでもない。クラスが離れ、思春期にも入って話しかけにくくなったというだけ。お互いあの頃のような素直な子供同士ではなくなってしまったが、昔のよしみもありすぐに気兼ねなく話せる仲にまでなった。
 そんな感じで冬休みの間連日顔を合わせ続けてきたこのメンバーも、年末年始くらいは勉強は休もうと言うことになり、“みんなで初詣に行こうよ”などと言うことになり、俺が正月くらいのんびりしようぜプランという対案を掲げる前に他の二人がそれに賛成、結局多数決でこのザマなのである。
 俺たちが足を伸ばしたのは最寄りの小さい神社である。10段ほどの階段を上り、賽銭を投げて銘々に祈る。受験生二人はさすがに熱心だ。別段願いが思いつかない俺は、さすがにこの規模の神社に世界平和を祈るのは酷だと思い家内安全を祈っておくことにした。
 帰り道。俺の家の前に閑静な住宅地には不似合いな派手な何かを見つけた。正月らしい晴れ着の女。俺の家の前から動かない。
 気配を察してこちらを向いた。気配も何も、結構な大声で喋っていたので当然のように気付くだろう。こちらを向いた顔に思いっきり見覚えがあった。
「りゅうせいー!」
 留奈であった。
 家内安全は願ったが、家の外での安全を願うのを忘れていたことに気付く。思えば危険は家の中にもあれど遭遇する危険は殆どが家の外であろう。交通事故も崖から落ちるのも、猪や熊に襲われるのも大抵は家の外。家内安全……なんと控えめな願いだったことだろう。家の中が安全でなくなるなど、祟りか事件でも起こったレベルの非日常だった。日常が日常で、非日常が非日常のままであって欲しいなどと言う願いは、何も願っていないのと同じではないのか。家の中での危険だって、その多くは家人が外で起こしたトラブルがもとの外患誘致なのだ。
 一応神の御利益で安全なはずの屋内に逃げ込みたいが、前に立ちはだかられているのでは叶わぬ事。それにこのまま家に入ってもついてきてそれこそ外患誘致となりかねない。
 留奈がダッシュで駆け寄ってきた。そして息を切らしながら言う。
「あ、あ、あ。もしかして……もう初詣……行っちゃった?誘いに……来たのに!」
 切れているというか絶え絶えの息だ。50メートル程なのに、そしてそれほど速くもなかったのにこのバテ様は何なのか。留奈が待ち構えていたことよりもこっちの方が驚きだ。日々の鍛錬で多少は体力がついたはずだが、流石に全部合わせると結構な重量になる、動けば体に纏わり付いても来る着物を着こんでの疾走はキツかったようだ。
「残念でしたぁ」
 ちょっと勝ち誇って言う樹理亜。正月早々揉め事を起こす気満々だ。いやむしろ、今の留奈に揉める程の体力が無いことを見越してか。留奈は顔を上げて樹理亜を睨み付ける。そのまま視線を隣の加奈子に向けた。
「この子、誰」
「妹」
 端的に答える。端的すぎるが。誤解されるのも無理からぬ事。
「流星の?」
「いや、樹理亜の」
「まあ、いずれ妹になるでしょ。義理だけど」
 初対面の加奈子が適当に挟んだ言葉に大ダメージを受けて、留奈は無言で蹌踉めき去った。蹌踉めいてたのはバテてたのが回復してないだけのような気はするが、とにかく留奈撤退の最速記録のような気がする。こんな所まで出向いてきたのにご苦労なことであった。
「さらっとすげぇこと言うな、お前」
「ん?そう?それより今のが例の横恋慕の子?」
 加奈子の言葉で留奈に負けず劣らず動揺していた樹理亜が気を取り直して頷いた。
「結構可愛い子だったな。なんて兄貴ばかりこんなにモテるんだよ。分けてくれよ」
 恒星に小突かれた。分けてやりたいのも山々だが、分けたら分けたでそれこそ留奈が俺の義理の妹になりかねないので却下である。
「こんなにモテるとか言うけどさ。他にいるわけじゃねぇぞ」
「もしかして、今のってあたしもカウントに入ってたりしない?」
 恒星に詰め寄る加奈子。
「一応?」
「入れんな」
 思いを秘めるようならしくないことをしていなければ、今ので加奈子の気持ちも判明したか。
「あたしゃ妹だぞ。手ェ出さないでしょ、ねえお兄ちゃん」
「うわー。萌えない妹キャラが俺にもできたー」
 俺は棒読みで言った。いや、まだ出来てないんだが。
「何それ失礼な。ああ、萌えないほうがいいのか。手ェ出してこないし」
 なお、このやり取りで加奈子の俺に対する呼称がお兄ちゃんで確定するが、そのことに気付くのはもう少し後の事である。
 留奈は一度玄関でベルを鳴らし、俺に新年のあいさつをしに来たと告げて俺の外出を知ると外で待っていたという事が美由紀の口から語られた。ちゃんと会えた?と聞かれたので、会えたと答えておいた。家の中で待つほどの度胸は無かったようだ。寒い中初詣に行った俺たちに温かい雑煮を用意するという大義名分で堂々と家に残った美由紀と、大義も名分もないがこのクソ寒い中態々外になど出ないという確固たる意志を貫いた男の中の男輝義が待つ家の中に戻り、俺のお待ちかねであるところの平穏でぬくぬくとした正月に突入した。

 年明け早々のダメージのおかげか、いやそれ以前にそもそも俺がぬくぬくと家に籠りきりで出もしなかったせいだろうか、冬休みの間留奈と遭遇することもなく平穏に過ごすことが出来た。家内安全を祈っておいたのは悪くなかったかも知れない。
 俺については籠ったおかげで間違いないが、朝晩出入りする樹里亜が待ち伏せされなかったのは、ダメージソースの加奈子に祓われたか、それともただ単に寒さのキツい朝夕に待ち伏せをするほどでもないと思ったためか。
 そう考えていたのだが、どうやらそうではなかったようだ。留奈のダメージは想像以上で、冬休み明けにまで引きずっていたのだ。ダメージも大きかったのだろうが、それ以上にそのダメージゆえに何も行動を起こせずに状況を打破できずにいたことが大きい。何もしなければ何も起こらないのだ。
 留奈がそんな状況だったという事を知らせてくれたのは、珍しく俺の教室にやってきたなかスッチーだった。なかスッチーじゃなくてもこの教室に他所から女子が来るのは珍しい。そこに来て持ち前の小学生フェイスにツインテールだ。高校に潜入するために高校生のコスプレをした小学生に見え、注目の的になる。
 それでも混乱が起こるほどでもなかったのは、小学生なのがフェイスだけで体はちゃんと高校生だったせいである。むしろそのカラダに俺が驚いた。小学校卒業以来会っていない女子と久々に会ったらすっかり大人の体になってた時のような驚きだ。本当に小学生のなかスッチーなど知りもしないのに、失礼な話だが。
 留奈がへこんだことで探りを入れに俺の教室にまでやってきたなかスッチーは、当然のように制服姿だった。普段部活で見かける時はゆとりのあるジャージ、そしてここ最近休日に見かけた時は冬の厚着だ。かなり久々に見る体形の分かる服。ダウンジャケットの繭の中で、芋虫は蝶になっていた。以前の体形を芋虫扱いは失礼だし、蝶と言うほど素晴らしくなったわけでもないので言い過ぎだと思った。胡蝶ならぬ誇張表現であった。ともあれ、見事な胸である。
 結論から言えば、胸ではなく腹の方が引っ込んでいた。留奈がへこんだ陰でなかスッチーの腹もへこんでいたのだ。それで相対的に胸が大きく見えたという事だ。そして、別に冬休みの間に劇的に痩せたと言う訳でもない。テニスを始めてからじわじわと、そこに加えて妹キャラを始めてからはかわい子ぶった元気なダイナミズム溢れる動きでさらに運動量が増え、いいダイエットになったのだ。そういう肉体の変化に加え、ここ最近の幼女キャラのせいで俺の頭がなかスッチーの体形イメージに勝手に平たくマイナス補正を掛けていたのもある。なかスッチーも年頃の女の子、まして太めなら腹に限らず胸にだってしっかりと脂肪が乗っていたのだ。そして痩せ、胸は残った。樅の木は残ったならぬ、揉み甲斐は残ったのだ。いやさ流石に揉みはしないが。
 俺も女子に対しシャイになるキャラでもないし相手にもあんまり純情な乙女のイメージはないのでちょっと弄ってやった。もちろん指や手でではなく「いつの間にかオトナボディになってるじゃん」などと言葉でだ。
「そうなのよねー」
 コンプレックスの腹が解消したことに気付いてもらえて嬉しそうではある。腹が引っ込み制服がゆるゆるになったのでボタンを付け替えたこともあり、ウェストが締まって見えてさらに胸が強調されているようだ。
「今度は色気で押せるじゃん。立派な高校生ボディで悩殺して小学生の妹から大人の大人にステップアップだ!」
 適当な言葉で応援すると、なかスッチーは悶えた。
「急上昇しすぎ!Gで潰れる!高低差ありすぎて耳キーンってなるわ!」
 俺の中にそういうイメージが無くても、なかスッチーは立派に純情な乙女だった。まだ大人にはなりきれないようだ。まあ、年齢的にはそれで妥当だと思われる。
「最終的に昇天させられるならそれでいいんじゃないか」
 そんな乙女相手でも俺は容赦しない。
「大人の階段は一歩ずつ上りたい。ロケットで飛ばさないで」
「でもジェットならお手の物だろ」
 初めて会った時にはスッチーだったんだからさ。
 それで、なかスッチーにとって本題である留奈についてだ。
「りゅーちゃんが婚約したとか言ってたけど、何事。へこんでるってことは当然留奈とじゃないわよね」
「ここでりゅーちゃん呼ぶな。クラスで流行ったらどうする」
 男にそんな呼び方はされたくない。さておき俺はいきさつを説明した。
「なぁんだそんなこと。いやさ、本当の話だったら留奈には悪いけどなんか盛り上がる話だとは思ったんだけどねぇ」
 体が大人びたことを指摘したせいかオトナモードに入っているのだろう。喋り方が昔のおばちゃん風に戻っている。動作もおばちゃん風に戻ったら体型も戻るぞ。
「ひとまず留奈がいる間は大人しくしていたいわ。変に事を荒らげたくねえ」
「ま、そうね。でさ、りゅーちゃんって弟いるの」
「いるけど」
「弟クンがテニスうまいのかどうか気にしてたからさ」
 どさくさに紛れて恒星も狙われている。
「奴はテニスに興味ないぞ。もしも興味を持ったら全力で阻止することにするよ」
 まあ、あいつはテニスを始めたところでうまくなったりしないだろうけど。ただ、テニス抜きで口説けば普通に落ちそうなのがなんとも。
 ひとまずあの一件で、留奈も折れかかってるのか却って火が付いたのか。その見極めも必要だな。
「でさ。弟クンってどうなの。イケメン?」
「俺の弟だぞ。並に決まってんだろ。まあ、いかにもクールなガリ勉メガネって感じで、俺とはちょっと方向性が違うから好みの差になってくるかもしれないな」
「ふーん。あたしもさー、年下狙っちゃうのもありかなーってさー」
 なかスッチーにも狙われていた。恒星にモテ期来るか?まあ、こっちになら持って行かれてもいいや。
「まあ見た目的にはだいぶ年上狙ってるように見えるがな。だがあいつはロリコンじゃなかったはずだ」
 俺の記憶だけでもオトナの女に食いつく方が多い。美少女よりも美女である。
「ならばこっちの、大人の体を使うまでよ。ぬふふ」
 そう言い、胸を寄せるなかスッチー。寄っているのが見えやすい服装ではない。むしろ寄せたことで服がたるみスタイルが分かりにくくなる。
「それなら食いつくかな。あいつはむっつりスケベで俺より性欲強そうだし、ため込んでるから誘われると一気に爆発して行くとこまで行きそうだな」
「健全な青少年を惑わせちゃいけないよね。大人になるまで勘弁してあげよう」
 腰が引けてしまうあたりやっぱり乙女であった。見た目通り、自分が大人になれない。
「ところでさ。なかスッチーってリアル妹なん?」
 なんとなく聞いてみた。
「いんや。一人っ子」
「じゃあさ。リアル妹になる手段として前向きに考えてみるのはいかがかな。妹を極めてみろ」
「いやさロリも妹も極める気ないけど。っていうか今ものすごいこと言われた!家族になろうよって言われた!プロポーズみたいなこと言われた!」
「ああ、言われてみれば。だが俺と結婚しようと言ったわけじゃないからプロポーズではない」
 無駄に立ちかけたフラグは早めに折っておく。俺だって別に、そのポジションに留奈が入り込んでくるよりはなかスッチーの方がマシと言うだけで、なかスッチーと一つ屋根の下で暮らすことを心から望んでいるわけではない。ついでに言えば、ここであんまり変なことを言わないで欲しい。俺のクラスだぞ。
「うあー。なんであたしこんな男の巣窟みたいなところでガールズトークみたいな話を男としてんの。いやあぁ」
 それにはなかスッチーも耐えかねたようであった。なかスッチーは俺の背中に張り手を一発喰らわせるとダッシュで退散した。全体としてはスマートになったもののラケットを振り続けた分腕力は強化され、張り手の威力は以前と変わらない。形としては逃げ帰ったような感じにはなったなかスッチーだが、結局のところ1限目の休み時間をフルに喋り倒して帰っていったのだった。

 いつの間にかスマートになっていたなかスッチーと対照的に、冬休みの間に肥え太った女もいた。よねまよ先生である。
 とは言え、短い冬休みの間に冬の厚着の上からでも判るほどの激太りはしていない。あくまでも、よねまよの自己申告である。
 冬休み前は風邪で悲惨な状況だったよねまよだが、流石に冬休み明けにはケロッと健康体で現れた。それに際して些か元気になりすぎたという事だ。
 流石に正月頃には風邪も治りかかっていたもののまだ体調は万全ではなく、正月という事もあって寝正月となった。寒空の下外に出て歩き回れるほどの体調ではなかったものの食欲くらいは回復しており、そこに風邪を引く前に行われた寂しさという傷を舐め合うクリスマス女子会での暴飲暴食も加わり、体重が大変よろしくない塩梅になったらしい。見た目的には冬の厚着のせいもありさほど変わった感じはしないが、数字を見た本人にははっきりとそれが分かるようだ。
 脂肪を燃やすため、よねまよは燃えた。日頃は眺めているだけのジョギングなどに自らも加わる。つーか、若いんだから日頃からやっとけ。
 そして、脂肪以外にもよねまよを燃え上がらせるものがあった。それは部室の壁に貼られたポスターだった。脂肪が火種なら、こちらは燃料である。普通に考えれば逆になりそうなんだけどな。
 件の女子化粧ばっちり写真のポスターだが、よねまよが反応したのはその中でも際立って美しい他校の生徒、と言うかそれと仲良く肩を並べて写る極めて冴えない我が部の男子部員。渦中の三沢だ。
 よねまよもポスターが貼り出された直後に部室に入ってはいるのだが、朦朧とした意識の中だったのでそんなものに気付く余裕はなかった。平常に戻って以来初めての部室。そこでポスターに気付いたわけだ。最初の親善試合以来ナガミー絡みの出来事に悉く不在だったよねまよは、今や女子部員なら全員知っている事実を今日初めて知った。なお、男子については……デートの待ち合わせに現れたナガミーを見てもピンと来ていなかった連城のケースがあるので何とも言えない。お友達か下僕くらいにはしてもらえたとまでは思うかも知れないがな。
 部員の中でもトップクラスに恋愛に縁がなさそうだった三沢が他校のそれもトップクラスの美少女を侍らせている。これはよねまよとしてもどうやったのと詰め寄らずにはいられなかったようだ。そんなことを聞かれても、何が起こっているのか一番把握できかねているのが三沢本人なのだ。三沢自身も解ってないのだからまともに答えられるわけもなく。するとまるでのらりくらりと躱して誤魔化しているかのような受け答えになり、よねまよを苛立たせるのだ。
 なお件のポスターだが、三沢へのロックオンを外して見てみると今度は連城ハーレムと言った様相を呈しだす。ハーレムとは言っても連城自身も化粧してたりするのでハーレム感はあまりなかったりするが。むしろ場違いすぎ毛色が違いすぎて総毛立つほどだ。それでも異性に囲まれている様は羨ましいの一言に尽きるだろう。
 寂しさが遠因ながらも原因で寝込む羽目にまでなったよねまよとしては、部員の男女がどんどん仲良くなっていくことに腹が立つことこの上ないようだ。その怒りの矛先は自分を相手にしてくれない男たちに向き、今年こそ男ゲットだと奮い立たせる。ポスター一枚で色々立ちまくりだ。今年こそ、という事は毎年そんなことを言っているのだろう。それを指摘して角を立たせることはしない。俺は波風も何も、立たなくていいものは立てたくないのだ。

 昨年末はいろいろなことがあって部員の関係にも随分と変化があった。しかしお互い疎遠になる冬休みの間では、よねまよの体重ほどの変化はなかった。
 そんな冬休みの前後でも割と変わったと思うのは根室と鴨田だ。いつも一緒にいるようになっている。仲が良くなったと言うよりは、隷属関係が強固になり鴨田が完全に下僕にされた感じだ。クリスマスに自宅に踏み込まれたことで弱みを掴まれまくったのだろう。根室と一緒に踏み込んだというごつい姉ちゃんにも下僕化されているんだろうか。
 男女でクリスマスを過ごせた他の組についても、男女として過ごした雰囲気ではなかったせいか進展どころか冬休み中に会う機会もなかったようだった。
 今朝がた意外とセクシーなボディラインを見せつけてくれたなかスッチーに至っては、クリスマスの時とは別の男と過ごしていたりする。他の男と言っても、もう一人のお兄ちゃんである志賀だが。
 欲望にぎらつくクリスマスはともかく、さすがに正月早々神聖な場所で欲望の赴くままに行動したりはしないだろうという判断で志賀と初詣に行ったようだ。キリスト教の人にはクリスマスだって神聖なんだけどな。
 初詣は盛り上がりもなく粛々と進んだ。その後もあくまで志賀の妹として、あまりデート然として志賀をその気にしてしまわぬように、デパート初売りでのショッピングに付き添わされたらしい。本能の赴くままに、趣味丸出しの代物を次々と買いあさったようだ。まあ、デパート初売りの商品だから丸出しぶりもたかが知れてはいるんだが。
 思うに、これは小学生の妹と言うピュアで不可侵のイメージから徐々に普通の女子高生の清濁併せ呑む現実的な姿へとソフトランディングさせていこうとしているのではなかろうか。つまり本当の自分を見せる覚悟のある、本気で狙っている相手はこちらという事だ。ま、多分な。
 で。志賀になかスッチーを取られたような形になった不破だが、これで二人の関係にひびが入ったかと言うとむしろ逆だった。不破はクリスマスの一件でなかスッチーを完全に妹として認識するに至ったようで、志賀とはなんだか義理の兄弟めいて却って仲良くなっていたりする。妹をよろしくな、そんな感じだ。なかスッチーもまた、志賀から完全に妹扱いになったことを察し、お兄ちゃんではなく男を求めて動いていたという事か。
 なかスッチーに限らず、女子の間で男を求める動きは強まる。元々ふらっとテニス部にやってきて逆ハーレムを拵えたなかスッチーを起爆剤にして燃え上がった動きが、最近のなかスッチーの動きを燃料にさらに過熱してきているのだ。幼い見た目の割に、とんでもない魔性の女だった。いやさ見た目が幼くなったのは俺のせいだったっけ。
 ひとまず、女子にとっては磨きさえすれば自分たちにそれなりの魅力があることがすでに証明されている。女子の間に、コスメの波が押し寄せていた。朝練を化粧ばっちりで見物しに来て、授業前にすっぴんに戻っていく者。部活終わりと同時に化粧を始めて帰り際に化粧の顔を見せつけていく者。
 見せつける相手としてはやはり1年の男子を狙っているようだが、不可抗力で2年男子の目にもその姿がとまる。既に一度見ている1年男子よりも生で見るのは初めての2年男子の方がより惑わされている感じがある。やはり既に一度見ており、しかもその時は取り囲まれてこき使われた鴨田に関してはテンションが逆に下がっているな。びくついてる。男はこうして幼女しか愛せなくなっていくのかもしれない。これでまたなかスッチーを狙う男が増えるかもしれないが、根室も結構見た目だけなら幼いんだよなぁ。
 こんな空気に飲み込まれ、日頃奥手な夏美や男に興味などなさそうだった奈美江までもが積極的に男に近付く。
 うちの学校は基本男女共学で、男子も女子も大体同じくらいいる。しかし、一部の例外を除き科によって見事に男女が分かれ隔てられており、接触する機会は多くない。普段は廊下ですれ違うくらいだ。一部の例外とは樹里亜や明奈、根室などのように男だらけの科にうっかり入っちゃった女子とか、その逆の男子とかだ。
 夏美も奈美江も例外ではなくごく普通に絶対的多数の方に入っている。男とまともに接触できるのは部活くらい。必死にもなるわけである。校内での立ち位置が普通な彼女たちは、ルックス、性格など女子としての魅力としても極めて普通だ。樹里亜といい勝負である。
 ただでさえ普通と言う普遍的で遍在的キャラがかぶっているのに、当初は呼称さえかぶっていたのだ。「なっちゃん」と呼びかけられて、二人で振り返ることも多かった。苦肉の策として、二人一緒にいることでどちらの「なっちゃん」かを明確にしないと呼びかけにくい状況を作り出し、「なっつ」「なみ」という少なくともこのテニス部ではオンリーワンの、まあありがちで無難な呼称を獲得するに至った。当初ライバル的な関係だったが、キャラ諸々のかぶり以外対立する要素が何もないことにより、ライバル関係を維持することに無理が生じ自然に和解。普通に関係良好ななっちゃんコンビに落ち着いた。
 普通の二人が一緒にいると、もうどうしようもなく普通なのである。男として、そんな二人のうち、どちらを選ぶなんてことが出来るはずがない。どっちを選んでも大差なく、もしかしたら選ばれなかった方を傷つけ二人の良好な関係にヒビを入れかねないと思えば、そっとしておいてやろうと思うのが筋なのである。
 しかし。彼女たちにはもう一つ共通点があった。
 男子の間で密かに脈々と語り継がれ、密かに脈々とだったせいで事実にそぐわなくなってもしぶとく消えることはなかった我がテニス部の「ヤれるペニス部」伝説。女子の中で、その噂を聞き付けてテニス部に入ってきた珍しい二人だったのだ。もちろん、女子に伝わるまでの間に露骨な部分はモザイクでソフトな内容にフィルタリングされ、ロマンス溢れる恋のテニス部というほぼ詐欺のような触れ込みになっていたらしいが。ちなみに、この話は留奈が俺にすり寄るネタとして持ち出して聞いた。お返しに男の方に伝わってた話を聞かせたら黙ったが。
 つまり、なっちゃんズは動機の結構な割合で素敵な恋を夢見てこのテニス部にやってきていたと言うことだ。しかしすぐに、冴えない男子が欲望にギラつく熱い視線を女子に投げかけるだけの現実にちょっと萎えることになる。男子がロマンスに結びつかなそうな冴えない男子であることもそうだが、それだけギラついているのに女子にアタックをしてくるわけでもなく。そして何より、熱視線のターゲットがなかなかなっちゃんズの方に向かない。周りの男にも、そして自分たちにも魅力がないことに気付き萎えたのだ。
 だが、そんな中。男版のなっちゃんズともいえる凡庸オブザ凡庸の三沢が火星オリンポス山の花・長沢美香との交際を始めるという事件が発生して、自分たちももしかしたらと背中を押され、その頃から部の中で高まりだしたロマンス気運が尻を叩き、叩いたのが部内の男女がにわかにいちゃつき出すという燃える松明で尻に火が付き、それに驚いて屁をこいてジェットになったかのような急加速をもたらしたのが一年男子が既にあらかた誰かに囲われているという現実だった。
 とは言え、なかスッチーに囲われているようでいて兄妹を演じてるだけの不破と、町橋先輩に囲われているようで滅多にしない大人モード化粧にだけ惹かれていて普段の姿には興味がない土橋は実質フリーで、そこに目をつけるとジェットエンジン点火済みだった二人の行動は早かった。
 地味な二人は、化粧で殊の外化けた。更に先だって連城が指示した二人の化粧の指針は、奈美江がエロい感じのお姉さん風で土橋にツボ、夏美が背伸びしてみた純情少女風で不破のツボ。ともに歩み続けた二人の道は連城によって分かたれ、競合が避けられたのである。
 この場合、ステータスとしての男だ。自分を好きになってくれるかどうかだけが重要で、自分が彼らを好きかどうかなどどうでもよかった。いや、それでもそれぞれがだいぶマシな部類として認識していたのは間違いないか。
 囲えればいいのなら、2年男子の方が飢えていて入れ食いだ。奥村あたりなら見た目は悪くないし、スケベだから誘えば小躍りして迫ってくるだろう。ただまあ、初めてを捧げる相手にしたくないだろうなっていうのは女じゃなくても解る。そして、誘っちゃったらごり押しで同意させられたうえで奪われそうである。アレを狙いたがるのは内面から本格的にエロいお姉さんだ。R-18である。本人もU-18だが。まあ、こういうやつがいるからR-18なんて制限が掛けられるんだろう。ひとまず囲っておくだけの相手にはもってのほかだ。ステータスとしても逆効果である。
 他の2年男子もステータスとしてはひとまず除外されたようだ。奥村のように大きなマイナス点はないがそれが差し引かれるべきプラスの点もあまりない。やむなしだ。同じ地味でも1年からという事になるのは当然だった。
 なかスッチーにしてみれば、自分を完全に二人目の妹として認識し恋愛対象にするハードルを上げ切った不破などくれてやっても自分には志賀がいるので問題ない。問題は町橋の方だ。
 あの市民玉遊び大会の時にわざわざ出向いてなかスッチーと奪い合い、囲いかけた男二人。そのうち連城は中身より化粧の方に興味があってその後は八方美人だ。八方の女子を片っ端から美人にしているという意味でも。
 そして今回、もう一人の土橋がもぎ取られた。男漁りで先行していたはずの町橋だが、これでゼロに戻ってしまった。その原因が自分で真っ先に囲ったつもりの連城が起こした化粧ブームのせいだというのも皮肉だ。化粧キャラだった町橋にとっては、特に。
 一応その連城はフリーと言えるのでまだまだチャンスはあるのだが、割と意外な女子との親密度が急上昇している。クリスマスを共に過ごした女同士カップル、それもその片割れの舞の方だった。
 最初は、些細なきっかけだった。だが、それが程なく妙な事態になっていく。それも、俺を巻き込んで。と言うか、俺のせいだったのかも知れない……。

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