Reincarnation story 『久遠の青春』

31.煩悩クライマックス

 クリスマス・イブ。我がテニス部では今日明日に掛けて共に時間を過ごす異性を求めて激しい根回し合戦が繰り広げられてきた。俺もものすごい勢いで留奈からアプローチを掛けられたが、どうにか逃げ切ることが出来た。何せ俺のクリスマス・イブは数年前から予約されている。すっかり自宅より俺の家にいる時間の方が長くなっている樹里亜が毎年当然のように俺の家にしけこんでくるのだ。
 しかし、そんな状況に不満を爆発させる奴が現れた。樹里亜の妹、加奈子である。クリスマスなどのイベントくらい、家族揃って過ごしたい。そんなささやかな願いが叶えられることはなく、いつも一人欠けたイベントになることについに耐え切れなくなったのだ。その怒りは樹里亜にではなく、樹里亜が家に居辛い状況を作り出している直之の方に向くようになった。大義名分付きの反抗期である。そもそも、あまり家にいないとは言え優しいお姉ちゃんである樹里亜のことが加奈子は大好きなのだ。たまに樹里亜が家にいれば、いつも一緒にいるという。
 反抗期によって加奈子に着いた火は、ロケット推進力として行動に繋がり、今夜こうして樹里亜と一緒に俺の家に来るという結果をもたらした。加奈子とて父親に対してはそんな感じだが、母親には二人きりにしてしまったことに少し心残りを感じているようだ。そして。
「男とクリスマスをなんてなんか大人って感じだよねー。でもさー。やっと男とクリスマスを過ごせるとは言え、あんたらじゃねー」
 加奈子は別段、俺たち兄弟に好意を抱いているわけでもない。
「二人きりでもないしなー。加奈子と二人きりとか、むしろ苦行だけどよ」
 そして恒星もまた、加奈子に好意を抱いていることはない。お互い、幼馴染の腐れ縁と言った感じだ。
「加奈子には好きな男とかいないの」
 一応聞いてみるが、いるんだとすればそっちにしけこむはずなので答えは予測できる。
「いねーし。いても言わねーし」
 だろうな。一応念のために。
「樹里亜は何か聞いてたりしないか」
「しないよ」
 どうやら、好きな男がいないというのは本当らしい。
「まあ、いたところで俺が聞いても知らない奴だろうがな」
 顔と名前が一致するくらい知っている後輩も、さほど多くはない。その中に加奈子が、というか女が選びそうな男がいたかというとそんなことはない。
「恒星には分かるじゃん」
「そりゃあな。……高橋と付き合ってたって噂があったけど、あれどうなったんだ」
 ほら、早速知らない奴の話題だ。
「ソッコーで別れたし。ってかお前、なんで知ってんの」
「いやだって高橋俺のクラスだし」
「そだっけ」
「どんな奴だ、その高橋ってのは」
 俺が聞くと樹里亜も身を乗り出してきた。妹の好みのタイプは姉として気になるようだ。
「いかにもモテるスポーツマンって感じだな。で、スケベだ」
 男同士でないと分からないこともある。普段女の前ではひた隠しにしているスケベなんて本性は女の立場で遠巻きに見ているだけではわからない。開き直ったモテないスケベ野郎とは違うのだ。
「あー。やっぱそうなの。すぐにキスしようとか触らせてとか言うから別れたった」
「そっかー、軽そうに見えるから加奈子に近付いたんだな」
 俺は素直な感想を述べた。
「うわ、ひで」
 酷いついでにさっきから言いたかったこともぶちまけておくことにした。
「しっかし、加奈子もしばらく見ないうちにすっかりすれたよなぁ」
「うっせ」
「小学生の頃は可愛かったのによ」
 そこには多分に、子供だから愛嬌があったというところもあったのだろう。成長とともに樹里亜同様顔立ちの平凡さが目立つようになり、性格もすっかりすれて可愛げがなくなってしまった。
 さすがの加奈子もちょっと不機嫌になってしまったが、不機嫌の最大の要因は俺のこの発言ではなかった。
「つか、なんでこのメンバーで恋バナしなきゃならないワケ。ありえないんだけど」
 俺だってそんな話題を振った覚えはない。
「なんでこんな話題になったんだっけ」
「えーと。加奈子が男とクリスマスがどうこう言いだして」
 樹里亜が分析した結果を踏まえて恒星のツッコミ。
「お前が原因じゃねーか」
「マジかよ」
 俺の部屋で大人抜きで駄弁ってることもあって、こういう話も気兼ねなくできるという事だ。

 そんなこんなで見ていないうちに加奈子もだいぶ印象が変わってしまったが、恒星も中学に入ってから雰囲気が随分と変わっている。恒星は小学生の頃はクソ生意気な悪ガキと言った感じだった。多分、俺の影響だろう。悪いことをしたと思っている。中学に入ってからは樹里亜が家庭教師になってくれていることもあって元々悪くなかった成績がさらに向上、その反面視力は悪化し真面目なガリ勉メガネになった。そして生意気な性格は変わらず、いかにもエリート風のイヤミメガネになりつつある。ただし、成績はエリートというほどではない。上の下だ。そしてぐれかけた加奈子とは道を違えることとなった。そのせいもあって、小学生の頃は一緒に遊んだりしていた加奈子ともクラスがどこかさえ忘れられるほどに疎遠になっていた。
 ぐれかけたとはいえ、加奈子も勉強を投げ出したりはしていない。その辺は頑張り屋の樹里亜の背中を見ているだけのことはある。見た目はぐれてすれた感じだが、根は真面目なまんまだ。その辺は詩帆に似たのだろう。
 恋バナを回避すべく加奈子がいろいろと話題を切り出した結果、話は楽しくもない進路の話題になった。流石二人とも真面目で高校受験を目前に控えた身だけのことはある。
「じゅりねぇもさ、なんでパソコンの方に進んじゃったの?全ッ然ガラじゃないじゃん」
「何よ今更……」
「流にぃと同じとこ行きたいってのは分かるけどさ。あそこ、他にもいろいろあったじゃん。ファッション関係のとかさ」
「やだちょっと。それ言わないでよ」
 慌てる樹里亜だが、俺としては他に気になることがある。樹里亜の発言を遮り口を挿ませてもらう。
「そんなことより流にぃって何だ。俺は裏じゃそんな呼びかたされてんの?」
「裏って。いつもそう呼んでるじゃん」
「そんな風に呼ばれた記憶がねえ。……つーか、そもそも加奈子に名前呼ばれた記憶自体ねえな」
「うーん。顔合わすの久々だし。そういや昔もあんまこっちから話しかけたりしなかったかも」
「ああでも小学校低学年くらいの頃は流兄ちゃんとか呼ばれてたかな。まさかこんなところにも妹キャラがいたか」
「キャラって何。あたし妹だし」
「俺のじゃないだろ」
「うんまあそれは」
「妹にしたいキャラじゃないしな」
 恒星の横入りに目を吊り上げる加奈子。
「あんたに言われたくないし」
「どっちもベクトルは違えど可愛げのない奴に育ったよな、うん」
「うわー、おんなじく括られたー。ショック」
 俺の言葉に加奈子は頭を抱えた。そんなにだったか。結果的に話が逸れたことで樹里亜がほっとしているようなので、話を戻させてもらうことにした。
「それで、だ。樹里亜の俺と同じ学校に通いたいという後ろ向きで殊勝な志はよしとして」
「やだ、やめてよ」
「なんでパソコンだったんだ?」
「だぁって。なんか私にファッションなんて方がガラじゃないって感じしたんだもん。コンピューターならいろいろできるしさ、後々役に立つでしょ」
「ああそうだな。俺が隠しておいたエロ画像わざわざ見つけたり」
 このネタに加奈子が食いつく。
「わー。恒星もエロ画像隠してた?」
「恒ちゃんのは探してないよー」
「絶対どこかに隠してあるけどな」
「うるせえ」
 首を絞められた。図星らしい。どんなエロ画像を集めているのか興味あるような、どうでもいいような。
「あたしも覚えようかなー、パソコン。スマホとあんまり変わんないでしょ」
「覚える動機が不純すぎるぞ。お前には絶対俺のパソコンは触らせねえ」
 そこで樹里亜が口を挿む。
「あのね。ネットに繋がってるパソコンを外から覗く方法もあってね」
「そんなことまで教えてるのかよ」
 俺のパソコンはネットを介さず覗かれ放題だから今更ビビったりはしないが。
「やり方までは教わってないよ、犯罪だもん」
 まあ、それはそうだろう。
「あのさ。あたし、別にこいつのエロ画像見たくてパソコン覚えたいって言ってるわけじゃないんだけど」
 そしてこれもまあ、そうだろう。なんにせよ、教えてくれる人はいるのでいつでも習得はできる。話題は進路に戻った。
「でさ、恒星はどこ受けるの」
「陵東」
「うわー、普通」
「確かに普通科だがその言い方はどうかと思うな。で、加奈子はどうなんだよ」
「本当は高工のデザイン受けたかったんだけどさー。ちょっと無理でさ」
 下手すりゃこいつが後輩になるところだったのか。というか。
「うちのデザイン、無理か?そんなに偏差値高くないだろ」
「だから、低すぎてさ。もっといいとこ行けって言われた。高工だし、粘るとまたじゅりねぇにしわ寄せ行くから。そんで高商にした。国際ビジネス科。なんかグローバルでインターナショナルって書いてあってカッコよかったし」
「選んだ理由がうっすいなぁ……」
 恒星は呆れている。多分、言わないだけで樹里亜と同じ電車で通えるという理由もあるんじゃなかろうか。……となると、俺とも同じ電車で通うことになりそうだな。
「高商じゃナガミーの後輩だな。樹里亜、紹介してやったらどうだ」
「誰?」
「んー。友達?」
「何その微妙な言い方」
「なりたてだもん。それに年上だし。でもそうだね、もしそうなったら考えてみてもいいかな」
「それって、超先輩じゃん」
 普通に二つ上の先輩だと思われる。まあ、容姿とかテニスの腕とかは超先輩って感じだが。
「国際ビジネスだと、やっぱりパソコンとかバリバリ使いそうだな。教えてもらっとけよ」
「そーだねー。でも、あたしがパソコン教えてもらうってことになるとさ、じゅりねぇここに来られなくなっちゃうよね」
「んー。別に毎日付きっ切りで教えなきゃならないってこともないと思うし。いざとなったらここで教えてもいいんじゃない。ここならパソコンあるし」
「うわあ。いよいよもって俺のパソコン覗かれそうだ」
 身構える恒星。パソコンにはよっぽど見られたらまずいものが入っているようだな。……まあ、普通にエロだろうが。俺はもう樹理亜には見られたから開き直ってるだけで、今から加奈子に見せてもいいかというとそういう訳でもないしな。
「安心しなって、見ねーし。興味ねーし。女の裸みても嬉しくねーし」
 俺もその点については安心した。あとは。
「自分の裸とか俺のとか、入ってないだろうな」
「うっそまじそれなら見る」
 身を乗り出す加奈子だが。
「ないっての」
 まあ俺も恒星に裸の写真を撮られた記憶はないな。
 この後、飯の準備ができたのでそのままクリスマスパーティが始まり、親の前という事で無難な会話で盛り上がりながら夜は更けていき、あまり遅くならないうちにお開きにして俺たち男二人が女二人を送り返すことになった。

 翌日。学校ではイブをどう過ごしたかで盛り上がっていた。我がテニス部でも例外ではない。むしろ例外と言えるくらいに盛り上がっていた。何せ、別段モテる要素の無い男子らにとって例外的な出来事がそれぞれに起こっているのだ。
 特に注目すべきは突然ナガミーとカップルになってしまった三沢だ。シャイなナガミーとまだ腰が引けてる三沢だけに大進展とまでは行かなかったが、それでも夢のようなデートの夜だったという。こいつの夢のようなデートだ。多分大したことはない。
 男獲得のために誘惑しまくったなかスッチーと町橋も男を囲い込むことには成功した。なかスッチーは留奈相手に不破と過ごしたクリスマスについてしゃべっている。
 積極的ではあるがこれまであまりモテたことのない、悪い言い方をすれば寸胴チビのなかスッチーには、妹と思いながらでもヤれると豪語した志賀を選ぶ勇気はなかったようだ。妹慣れした不破に、あくまでも妹として扱ってもらうことで男耐性をつけて行こうという感じらしい。日頃あれだけボディタッチ乱用しておいて今更耐性もないだろうと思わないでもないが、考えてみれば乱用と言っても自分から男の肩や背中にポンとタッチするくらいか、軽いショルダータックル的なモノばかりで、肩から腕にかけて以外を男に接触させたことはほぼなかったかも。さらにはそれすら1秒以内に収めてた感じだし。まして男の方から触られたことなど。
 不破も不破で、可愛げのない妹とはできなかった理想の仲良し兄妹をシミュレートしていたようだ。特になかスッチーは頭をなでなでされるのが気に入ったらしい。その上で、お兄ちゃんいいわぁ、お兄ちゃん欲しかったぁなどと言っているが、現実に兄妹をやっている不破の憧れのなれの果てを元にしたあくまでもプレイであるという事を忘れている。現実の兄妹がどうなっているかは現実逃避に走っている不破を見ろ。
 ここしばらく町橋と化粧の話題で盛り上がっていた連城は、今日も議論を交わしている。だが、クリスマスを過ごしたのはこの組み合わせではなかった。この二人、急激に接近はしたものの、男女としてではなく化粧を極めんとする同志としてのようだ。
 それに加え、連城には町橋よりも先に意外な所からお声が掛かっていた。直接ではなく、町橋経由で話があってとある所に派遣されていたという。舞の家で開かれたクリスマスパーティだ。
「パーティって……何人?」
「3人」
 ええと、舞と連城と……あと一人、来そうな奴と言えば裕子くらいだが。確認してみると、その想像通りだった。なんでも舞と裕子が二人で過ごすクリスマスを、ステキな化粧でより華やかにドキドキな気分で過ごしたいというご注文だったそうである。
 それならば化粧が済めば普通にお役御免でハイさよならという展開が想像できるが、せっかく来たんだからという事でそのまま最後まで居させてもらったそうだ。女同士で戯れる様をちらちらと気にされながら部屋の隅でそっと見守るという、明らかなお邪魔虫で多少居心地の悪いひと時だったが、それでも女子と同じ空間で過ごすクリスマスイブという貴重な体験だったことは確かだ。いちゃつく所を見せつけられても、女同士なら全然悔しくないしな。
 さらに連城には今日になってからも役得が続いた。朝練の最中珍しく様子を見に来た沢木に突然抱きしめられたのだ。何事かと思ったら、この間の化粧で去年から付き合ってた3年の男子の心をがっちりと鷲掴みにし、イブの夜に遂に一線を越えたとのこと。そのお礼に、ハグくらいはしてやろうと言うことだ。連城がそれを望んでいたかどうかは定かではない。そんなことをこれは恩あるあんたにだけ言うんだからねと、俺たちに丸聞こえの大声で話していた。挙げ句、午後にも女子同士でその話を周りも気にせずくっちゃべっていた。秘密にする気はまるでなさそうだ。
 そして、町橋だ。連城とは化粧の同志で男女の仲というのとはちょっと違うと感じていた町橋は、前日辺りから男としてクリスマスを過ごしてくれる相手を探した方がいいかなぁ、と口にしていたそうだ。そして、究極の妥協かつ万一の時の保険であった連城を土壇場で舞らに引っこ抜かれたことで尻に火が付いた。ナガミー応援会で大人の魅力に食いついた土橋に色仕掛けをすると、断る理由を特に持たない土橋はあっさりと落ちた。
 町橋にしてみても急場の間に合わせ、決して本命ではないのでイブを共に過ごすと言ってもフライドチキンを食べた後はなんとなくイルミネーションを見にだけ行って、特に進展などはなく解散したようだが、一人きりのクリスマスイブは回避したと胸を張っている。
 そうなると、元々彼氏持ちの二人は問題なしとして2年の女子で相手がいないのはあとは根室だけという事になる。しかし根室は根室で男と過ごしていた。
 朝練の最中に根室が現れ、重い足取りで女子の部室に入っていき、程なく出ていった。何をしていたのかは午後の部活で知ることになる。男子の部室に現れた鴨田もまた燃え尽きており、授業中に寝ないように堪えるのが大変だったようである。部活などサボってとっととうちに帰って寝た方がいいと思うが、それだけの体力は残されていないのでひとまずここで寝ようという魂胆らしい。なぜそんなことになっているのかを宇野に聞かれて答えているのを立ち聞きした。
 今、女子の部室の壁にはゆうべ突貫工事で仕上げた、日曜日に撮られた化粧写真のポスターが貼られているはずだという。イブはそのために呼び出されていたらしい。
 鴨田はポスターについては冬休みまでに仕上げればいいと聞いていたが、その認識にズレがあった。鴨田は終業式に合わせて仕上げるつもりだったが、根室としては冬休み前最後の部活までには部室にポスターを貼りだしてみんなできゃいきゃいと盛り上がってから冬休みを迎えるつもりだった。終業式の後は部室になど寄らず帰る気満々だ、つまり遅くともその前日の放課後までに仕上げておかないといけない。
 それでもまだ期日までは若干余裕はある。だから鴨田ももう少し待ってくれと頼んだと言う。根室としては早いに越したことはないし、後回しにした結果間に合いませんでは困るので、その理由を問いつめた。根室が納得できる理由を提示できなければ要望は却下される。鴨田は素直にデートの予定があると白状したという。
「デート?おまえが?……ああ、エロゲーか」
 それほど素直に話したわけではなかったようだ。そして、バレバレであった。宇野が一瞬で察したように、根室もまた事情を察した。察したところでもちろん納得などしてくれるはずもない。それどころか。
「エロゲーのアイコンと私たちの写真をいつまでも一緒に並べておくのは許さない、だってよ。ひでー言いがかりだよ。画像は画像のフォルダに入れてるし、デスクトップのエロゲーアイコンはこの前学校にパソコン持ってくるときに片付けてあるんだぜ」
 まあ、そういうことじゃないけどな。それに、画像フォルダにあるとなればエロゲーとは一緒じゃないがエロ画像とは一緒だ、大差ない。俺の娘の画像をエロ画像と一緒に管理してると思うとこいつの画像フォルダを全消去してやりたい衝動に駆られる。俺も男そして他人の痛みが分かる大人として、こつこつためたエロ画像を失う苦痛と絶望は想像できるからもちろんやらないぞ。なによりめんどいし。ちなみに、そんなエロまみれのパソコンに自分たちの写真を入れさせてまで鴨田に託さないといけないのは、鴨田がクソ高い画像編集ソフトを持っていて根室が持っていないからだ。そのソフトで普段どんな画像を編集しているのかは考えない方がいい。そして考えるまでもないことだ。
 とにかく。自分の頼みよりもエロゲーを優先しようとしようとしていることが根室の逆鱗を逆撫でした。激怒した根室は護衛として腕っ節の強いクラスの女子連れて鴨田の自宅に乗り込んだらしい。情報科の女子はただでさえ少ないんだし、そこにそんな条件を付けられたらどの女子かはすぐに想像できるな。名前は知らないが見た目は大変インパクトのある、園芸部で樹里亜のことをかわいがってる女子だ。園芸部らしく花で喩えるならラフレシアっていう、あの子。それにしても護衛なんかつけなくても鴨田には根室を押し倒す勇気なんてないし、万が一のことが起きても返り討ちだろうに。
 さすがにエロの巣窟であり、そこでそのなんというか“悪事”が為される鴨田の部屋に押し入るのは根室らも嫌がり、客間にパソコンを運んでの作業になった。おかげで鴨田の守るべき物の多くは侵されることなく済んだようだ。
 そして突貫作業で画像を仕上げ、根室らが帰って行ったのは夜の十時頃だったという。そのくらいの時間ならこの年頃の連中にしてみれば宵の口と言ったところだが、鴨田が仕上げたのはあくまで画像だけ、根室には家に帰ってからその画像でポスターをつくる作業が待っていた。一方の鴨田は責務と根室等から解放され、本来の予定を遂行にかかった。それぞれ事情は違えど、二人とも寝るのは相当に遅かったわけだ。
 樹里亜に聞いた話では、暇を持て余した園芸部の姉ちゃんは鴨田のノートパソコンに入っているゲームで遊んでいたらしい。普通のゲームもいくつか入っている中、選ばれたのはエロゲーだった。普通のゲームならやりたければ自分で買ってやってもいい。しかしエロゲーは女でなくとも買いにくく、女ならさらに買いにくく、そもそも女の身で買う理由がない。おまけに高2で買うことは普通できない。この機会を逃すと生涯やることもないかもしれない。男のすなるエロゲーといふものを女もしてみむとするなりって言うことだな。いや、大人になったら女性向けのエロゲーやればいいだろとは思うんだが。
 そもそも根室らが鴨田の家に押し掛けた原因はエロゲー。その晩、根室の頼みを二の次にしてやろうとしていた奴があった。特別な夜は特別なエロゲーと過ごすもの。今日のために買っておいた自分へのクリスマスプレゼントである手つかずのエロゲーを、よりによって女に寝取られたわけだ。鴨田もそれについては折角買っておいたゲームを先にやられたと言及したが、何が悲しくてこんな話の詳細を樹理亜の口から聞かされなければならないのか。
 しかし、エロゲーに先に手出しをされてしまったことには怪我の功名もある。先にゲームを進めておいてくれたおかげで、その夜は何人か解放されていた回想モードから好みの娘を選んで再生するだけで満足できたそうだ。これがなく最初からやることになっていればエロシーンまでたっぷり時間がかかった上あまり好みじゃない娘で不完全燃焼なんてことになったかもしれない。そうならずに済んでよかった。そう思っておかないとやってられないだろう。それにしても、姉ちゃんも姉ちゃんで随分とがっつりプレイしたもんだな。楽しかったんだろうか……。

 イブを男女で過ごせたのはこんなもんだ。ほかは概ね寂しいイブを過ごした感じか。まあ、高校生ならそれで妥当だろうが、大人でそれは重みが違う。
 それに該当するよねまよの元気がない。目を離すとふらふらと屋上に行って飛び降りそうなほどのテンションの低さだ。
 聞いた話では、女子会が紛糾しての二日酔いらしい。寂しさなどの心理的な原因でなくて一安心ではあるが、それは確実に悪い酒だ。楽しく飲めない酒など飲まない方がまし。まして高い金を払っての外飲みなど。しかし、最初は楽しく飲むつもりで集まったんだろう。それがそんなことになってしまったのだからご愁傷様だ。
 まして、最近はテニス部の男子と女子が急接近していたさなか。教え子たちに見せつけられつつも自分は何も変われないことに焦りを感じていたはずだ。ただ寂しいだけなら女同士で寂しさを紛らわすだけで済んだだろうが、荒みかけた心で臨めば場も荒むというもの。そんな荒みかけた仲間が他にもいたんだろう。相乗効果で荒みきったんだと思われる。しかし、こんな日に寂しい女だけで集まればそうなるのも仕方ない。かと言って一人で過ごすのも寂しすぎるので寂しい者同士集まろうとするのは無理からぬ話である。
 二日酔いは時間経過とともに随分持ち直してきていたようだが、何でも朝目が覚めるとコート姿のままリビングで居眠りしていたため、慌ててシャワーを浴びて学校にきたせいでちょっと風邪気味だったのが午後になっていよいよ本腰を入れてきているようだ。恋する乙女のように目を伏せて顔を赤らめ、恋破れた乙女のように己の肩を抱いて肩を振るわせている。破れるような恋とはすっかりご無沙汰なのでどちらもただの比喩だ。
 教室でぬくぬくと授業をしているうちはまだ良かったが、こうして寒空の下に出たことで微妙な均衡をどうにか取り繕っていた体調は瞬く間に瓦解した。逃げるように部室に入っていく。ほどなくそこからも逃げるように一足先におうちに帰って行った。
 部室でくつろいでいた女子の話では、部室に入ったよねまよは壁に貼られたポスターに気付いたらしい。いつもよりも華やかな女子に混じり一際華やかなナガミーに気付き、次にそのナガミーと仲良く写る三沢に気付いた。
 よねまよはまだ三沢とナガミーがくっついたことを知らなかった。身も心も弱り切った時にその事実を突きつけられる。普段なら“わーおびっくり”くらいで終わっちゃうのだろうが、今のよねまよには“三沢ですらこんな彼女ができたのに私ときたら”みたいなことを思ってしまったのだろう。心に受けたダメージがそのまま体調の方にも表れたようだ。
 更に言えば、部室に逃げ込むまでの短い外にいた間、なかスッチーによる留奈相手の惚気話を流れ弾で食らっていたのも間違いなくダメージになっている。無理して部活に顔など出さずに家に直帰していれば良かったのだ。
 そして、その惚気話の本来の標的である留奈だが、もちろん寂しいクリスマスを送った一人である。なかスッチーもよほど嬉しかったのだろう、そんな留奈にも、そして留奈のフラストレーションが向けられるだろうこっちにも一切の配慮はない。
 しかし留奈も留奈でクリスマス前からもっとアプローチをかけてくるかと思っていたがそんなことはなく、静かなものだった。クリスマスは諦めたのか、寂しいクリスマスを耐える私というプレイを楽しんでいるのか、それとも降って湧いたなかスッチーのロマンスの応援に気をとられているのか。なんにせよ、このまま静かに終わってくれることを祈りたい。
 よねまよほど悲惨でないにせよ、この状況で寂しいクリスマスを過ごすのは辛い。一年男子では性欲の強さ故になかスッチーに逃げられた志賀が一人余ったが、断じて寂しいクリスマスではなかった。
 志賀には女子大生の姉がいる。その姉の友達が志賀の家でよねまよのようなクリスマス女子会を開いたそうだ。もちろん、その特別な夜に集まれるような女子だ。お察しである。
 数人のメンバーの中から志賀の家が選ばれたのは男がいるからだ。もちろん男というのは志賀のことである。寂しささえ埋めてくれれば誰でもいいのである。たとえ、志賀でも。
 そんな欲望にまみれた女子大生も、まだ乙女である。そして、志賀は気まぐれに乙女を捧げるほどの相手ではない。むしろ志賀に対し、高校にイケメンはいないのかと質問してきたくらいだ。なんと無駄な質問だろうか。イケメンかどうかは割と個人の好みの問題だ。そして、イケメンがいた所で志賀の話だけ聞いてどうするのか。顔の想像も出来やしない。実地に乗り込んで逆ナンした方が早い。そしてそんな勇気があるなら、今頃逆ナンした男としっぽりしているのだ。
 そんな女子大生らも、裸で誘ってきたならともかく冬の厚着で飲みながら駄弁ってる姿に欲情するほどのものではない。酔った勢いの下ネタを浴びせられた程度で何事もなく終わったようだ。こっちの飲み会は平和そうだ。一応男の志賀がいたおかげなのだろうか。寂しさは紛れつつ、目を気にして羽目もそれほど外さない。良いことだ。

 なぜ、日本人にとってクリスマスはこれほど欲望に塗れた日に成り果てているのだろうか。愛を求める大人たちはもとより、子供たちでさえプレゼントを求め物欲を顕わにする。これもひとえに、その直後にあるイベントに起因しているのではなかろうか。それは、煩悩を打ち払うために百八つ鳴らされるという除夜の鐘。打ち払われるべき煩悩にとって、その直前となり溜まりに溜まったクリスマスはクライマックスと言えるのだ。
 クリスマスは別段キリストの誕生日ではないがキリストの誕生を祝う日とされている。除夜の鐘のない西洋にしてみればナンの問題も無いが、日本からしてみればとんでもないタイミングに祝われてしまっていることになっている。ところで、実際にキリストが生まれたのは10月頃とされている。逆算すると、まさにクリスマス頃に仕込まれたことになるのか。それなら別にこういう日になっちゃっても問題ないのかも知れない。
 そんな欲望渦巻くクリスマスも終わり、残り短い2学期は静かに幕を閉じた。俺の祈りも通じたか、留奈は特に動く様子がない。よねまよの風邪は快方に向かう様子はないがマスクと気合いと葛根湯で乗り切り、冬休みという名の療養期間に入った。無理に学校になど出てこず罹ってすぐに休んでいれば終業式くらいには顔を出せて元気な正月を迎えられたかも知れない。だが、今更悔やんでも仕方ないし、そもそも俺には関係ない。
 冬休みは何事もなく進み、一年が終わろうとしている。さあ、打ち鳴らせ、煩悩を打ち払う鐘を!
 だがしかし。ここは新興住宅地、近所に寺がないので除夜の鐘は轟かず、煩悩は来年に持ち越しとなるのだった。

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