Reincarnation story 『久遠の青春』

30.灼熱の12月第3日曜

 午後に待ち合わせていたはずなのに昼前に押しかけて来た樹里亜とナガミー。サプライズで手作り弁当も作ってきたのかと思ったがそんなことは無く、昼飯くらいはどこかで食っておかないとならない。それはここに居る部員全てに当てはまることだ。俺たちもここを退散するとあって、全員が一旦は解散した。
「そんで、飯はどうする。みんなで食うか?それとも、俺たちは退散しようか」
 三沢たちを二人きりにしてやってもよいぞという心配りでそう言ってはみたものの。
「えーと。どうしようか」
 三沢の態度からはまだ二人きりで飯を食うほどの覚悟は無いという腰の引けっぷりがひしひしとにじみ出ている。今日は相手となるナガミーが、どうにか慣れてきた普段の顔とは化粧でまるで違うのだからますますハードなのも解る。
「みんなで食べてもいいんじゃないかしら」
 そしてそのナガミーもナガミーで、化粧でいつもの自分ではないことを意識しているのか少し弱腰になっているようだ。
 面白そうなのでますます二人きりにしてやりたい衝動に駆られるが、ここは寛容に二人の意向を酌んでやることにした。
 樹里亜とナガミーが昼前に乱入してきたことは予想外で、これがなければ昼飯は適当にコンビニ弁当でも買ってそこら辺の地べたかよければベンチでも見つけて食べて済ますつもりでいた。しかし、樹里亜に加えて本日の主賓と言えるナガミーまで一緒となると地べたでビニ弁と言う訳にもいかない。寒い中、男女肩を寄せ合いながらビニ弁をつつくというのもオツなモノかもしれないが、少なくともあっちの二人はそこまで親密でもない。飯のグレードをファミレス程度にまで引き上げることにした。
 日曜日で昼前という事もあり、ファミレスの席も空席が多い。いや。そもそも平日昼時の混み合う時間にこの辺りを通ることはまずないし、この田舎町でファミレスが満席になるのかどうか知らない。潰れないんだからそれなりに客は入ってるんだろうけどな。
 ちょっとおしゃれしてきた上にたまの化粧顔を通行人に見せつけたいのか、女二人が窓際の席に陣取った。草臥れたジャージ姿の俺たちもその隣に座らざるを得ない。
 多少所持金に余裕はあるが、さすがに樹里亜におごってやるほどは無い。ましてやファミレスになればなおさらだ。
「代金は自腹で頼むぜ」
「分かってるわよ」
 一方三沢は。
「君の分は俺がおごるよ。たまには男らしいところを見せないとな」
「わ、嬉しい。でも、大丈夫なの?」
「何があるかわからないから、お金は多めに持って来たんだ」
「流星は多めに持ってこなかったの?」
「まさか早く来るとは思ってないし。今更いざという事態が何も思いつかないし。……ホテル代でも用意しておいた方がよかったか?」
「何言ってんの……」
 割といつもの軽口なので樹里亜は軽く受け流す。一方、ナガミーは耳まで真っ赤になった。
「変な事言うなよ。誤解されるだろ」
 なぜか三沢に怒られた。……ああ、そういう事か。三沢の言う“何があるかわからない”がそういうことを期待しているという意味に取られかねないからだな。
 ひとまずめいめいにメニューを選び、料理が来るのを待つことにした。

 俺たちの席から見える少し奥の席に、一人の若い女性が座った。こちらに背を向けて座ったが、その直前に一瞬だけ見えた顔が割と美人だった。そして、どこかで会ったことのある女性のような気がした。
 俺たちの席に料理が運ばれてくるころ、もう一人女性が入ってきた。先ほどの女性の知り合いらしく、向かい合って相席する。やはり、どこかで会ったことのある女性のような気がした。っていうか、もしかして。
 樹里亜が立ち上がり、その女性に声を掛けた。
「何やってるんですか、先輩」
「うわ、バレた」
 やっぱり根室か!どうやら、化粧に合わせて服を着替えてきたようだ。服が変わっているので最初はまさかとは思ったが、こっちを向いて座れば顔は見放題、それに加えて多少化粧で化けたところで根室はメガネの印象が強く、そのメガネはいつものメガネで割と分かりやすかった。まあ、分かりやすくても他人の空似とかだったらまずいし俺からは声は掛けにくい。そこは女の樹里亜だからこそできたことか。それに、いくら相手が根室とは言えどももしかしてとは思ったところで違っていたらアレなので、男としてはじろじろ見ることも憚られる。そもそも日頃からそんなにまじまじと顔を見つめたりはしないから、化粧までされていると自信をもって誰それだと言い切ることはできない。日頃気兼ねなく顔を合わせられる樹里亜は元の顔もしっかりと頭に入っていたんだろう。いや、いっそさっき見た化粧された顔もじっくりと見てしっかり覚えていたのか。
「だからここに集まるのはやめようって言ったのにぃ」
 そういう向かいの席のホステス風は誰だ。当然聞き覚えのある声だが、誰だっけ。樹理亜がいることもあって堂々と二人の席に近寄る。もう一人は沢木だった。なぜこんな服を持っているのかは後日問い詰めたほうがいいのだろうか。
「でも、だれか見張ってないと見失うし」
 どうやら俺たちの後を付け回すつもりだったようだ。何とも華やかで目立つスパイだな。
「他の人は?小西さんとか中須さんとか」
「各自着替えてここに集合。安心して、あんたらの邪魔はしないように、こっそり隠れて見守るから」
 一応、ナガミーに対する配慮か根室は声のトーンを落とした。
「隠れてても、見てるのバレてちゃ意味ないっすよ」
「……まあね」
「それに。この寒空の下、物陰で息をひそめてじっと様子を見るつもりですか」
「……そう、なるよね」
 そうなれば風邪まっしぐらであろう。この辺は実に無計画のようだ。
「部室の窓からでも見てたらいいんじゃないっすか」
「部室……?もしかして、学校のコートでやるの?」
「そっす」
「んだよ。それ知ってればスパイしなくて済んだじゃん。ずっと部室に籠っていられたのに」
 その場合、昼飯はどうするつもりなのか。
「ジャージにこの顔で帰るの、恥ずかしかったんだよ」
 沢木もぼやく。確かに、高校のジャージでそのケバい化粧は浮き過ぎだ。
「着替えて集合ってことは……まだ来てない連中の中にはあの顔で電車に乗ってる奴もいるってこってすね」
「そ。チャリで済むあたしらは楽よー」
 根室は不敵な笑みを浮かべた。
「身軽だからってこんなことまでやらされてるけどね」
「あー。でもさ。どこでやるのかわかったし、のんびりご飯食べられそう。あんたら、この後予定変更とかしないでよ。ちゃんと観察されなさい」
「しませんって。今から他のコート探すの面倒ですから」
「嘘ついたら牛乳千本飲ますからね。自腹で」
 針千本飲ますよりも現実性があるので脅しとしては覿面だ。一日一本だったとしてもせめて牛乳代は奢りにしてくれないと嫌すぎる。

 飯を済ませてファミレスを出た。結局スパイは沢木と根室の二人だけで、今後の予定も決まったのでその件を各人に連絡すると、そっちも気楽に飯を食べていた。OLの昼休みといった風情だ。
 学校に戻る途中、三沢が思いついたように言った。
「そう言えば、沢木先輩と根室先輩。さっき来てなかった女子にも電話かけてたよな」
「そうだっけ。よく聞いてたな」
 こっちの方がスパイとして優秀そうだ。そう言えば、三沢とナガミーはちょっと気まずそうに黙り込むことが多かったっけ。その間に聞き耳でも立ててたんだろう。
「連城に連絡しておくか。すっぴん女子を見かけたら化粧しておくようにって」
「そちもワルよの」
「いえいえお代官様の足元にも及びませぬわ。……割とマジで」
 マジでなのか。とりあえず、言葉通り連城に連絡する三沢。
 学校のコートに戻るが、さすがにまだ誰も来ていないようだ。樹里亜とナガミーが部室のチェックがてら着替えに入る。ナガミーはちゃんとしたテニスウェアだが、樹里亜は当然ジャージだ。ナガミー一人だけ浮いている感じになったが、ジャージになったところで一人だけデザインが違うのは同じ。どうあがいてもこのメンツの中では浮く運命だ。
「なんかさ、こう……ヒエラルキーっての?はっきり出てるよな。教えてもらう人間と、教える人間っていうな」
「うん。確かにな」
 俺と三沢は頷き合った。
「じゃあ、よろしくお願いしますよコーチ」
 冗談めかして言ってやると、ナガミーは少し難しい顔をした。
「うーん。教えるのって、あんまり自信ないのよね」
「でも、そっちのテニス部じゃ当然他の部員に教える側でしょ」
「そうね。でも……こんなこと言っちゃうのもなんだけど、教えてもあんまりうまくなってないような」
 それはまあ……確かに。あの四天王もナガミーに指導をされてるにしては今一つだった。あくまで普通のテニス部員って感じだな。
「君は悪くないよ。彼らの教わり方が下手なんだよ」
 カッコつけながら結構酷いことを言う三沢。
「そうね。きっとそうだわ」
 それを素直に受け入れるナガミー。少し四天王に同情したくなった。そもそも、ナガミーがずば抜けてるから確かに地味には見えるが、少なくとも俺たちよりはうまいんだぞ。親善試合の時だって精神攻撃で片方潰したからどうにか勝てたわけだし。まあ、多少マシな凡人がゴールデントリオなうちと比べたら、大体はうまいことになっちゃうけど。
 とにかく、男女二人ずつに分かれてデート兼の練習が始まった。その時、俺の視界の隅で何かが動いた。どうやら、スパイが現れたようだ。しかし、女スパイではない。逆スパイの連城だ。俺の知る限りでは女スパイたちはまだ誰も来ていないので、連城に声を掛けた。
「早いおつきだな。……化粧は落としたのか」
「化粧したまま外を歩けると思うのか。俺は男だぞ」
 まあ、そりゃそうだ。化粧をしている間だって、その事を片時も忘れたりするものか。忘れさせる要素は何一つないし。素に戻った連城と、午後の作戦について話し合う。
「多分女子は部室に籠城しながらこっちの様子を見ると思う」
「へー。じゃあ、……部室に隠れてりゃいいのか」
 どっちのかは言及していないが、女子の部室であることを前提に話を進める。
「それはやめとけ。来るなり着替えだす奴とかいるかもしれない。そんなところに潜んでたら、着替えを見たことにされるぞ」
「じゃあ、物陰に潜んでおくな」
 男子の部室に入らないのは、男子部室の窓からは女子部室の様子が窺えないからだ。
 隠れる連城。そして何事もなかったように練習を再開する俺たち。
 そして、女たちもぞろぞろとやってきた。人数はさっきよりも増えている。校庭をうろつくおしゃれ着女子の集団は隠れたところで非常に目立つが、一応隠れるつもりはあるらしい。一旦裏手の方に回り、そちら側から部室に近付く。裏手に回る前に丸見えなのは気にしないことにしたようだ。そして、その予想外のルートのせいで、せっかく隠れた連城が裏から回り込まれる形になりあっさりと見つかった。化粧された女子に取り囲まれる連城。
「あっ。ちゃっかり化粧落としてる」
「構わん。引きずり込めー」
 連城は捕獲され、部室の中に引きずり込むとは言っていたが見た感じ押し込まれた。
「やだぁ、私の脱いだ服もあるのに」
 慌てだす樹里亜。
「見られて困るような脱ぎ散らし方をしてんのか」
「それはしてないけどぉ」
「女子もいるんだし、変な事はしないだろ」
「でも、また化粧させられて、今度は手近にあった服で女装させようとか言う話になったりするんじゃ」
 三沢はなかなかに恐ろしいことを思いついたようである。
「それ、私の服も危ないんじゃないかしら」
 ナガミーも危機感を抱きだしたようである。
「ま、どっちの服が誰の服かはさっき見てるんだし分かるんじゃないすか。まだ服を勝手にいじれるほど親しくない長沢さんのは大丈夫っしょ。……樹里亜のは根室先輩の権限で使われる可能性が」
「……どっちがどっちかわからなくなって結局美香の服を使う可能性も……」
 三沢がまたなかなか恐ろしいことを思いついたようである。流石にそこまで適当なことはしないと思いたいところだ。だが、全員一致で勘違いして樹里亜の服のつもりでナガミーの服を……なんてことは皆無ではない。
 結局、二人とも不安になって見に行くことになった。暇だし面白そうなので俺たちもついていく。
 ひとまず窓の外から中を覗き込んでみると、先ほど女子に襲われていた連城は今度は女子に襲い掛かるところであった。化粧道具を手に襲い掛かろうとしている相手は、すでに化粧されている舞に取り押さえられた裕子だ。舞は自分の彼女を真っ先にきれいにして欲しかったのだろう。
 そして、部室に引きずり込まれた直後の今、すでに連城が作業に取り掛かっているという事は、連城自身に化粧をする時間は与えられていないという事。すっぴんのただの男として裕子の眼前に迫っている。なかスッチーですら化粧していてもキツいと言っていたのだから、これはキツい。いや、裕子なら大丈夫か。むしろ女に同じことをやられる方がヤバいだろう。
「さあ、いくわよ」
 すっぴんなのになぜかオネエ言葉のままの連城。これはさらにキツい。そして本人よりもこれから自分たちも同じ運命が待っているのだと覚悟を決めねばならない他の女子にとってもキツいのである。
 ただ。連城がすっぴんである以上、そこに女装させようという事にはまずならないと考えられる。樹里亜とナガミーは安心してコートに戻っていくのであった。俺たちも仕上がりだけ見せてもらうことにした。

 俺たちは実質ダブルデートではあるが名目上は合同練習である。しっかりとテニスの練習に励まなければならない。
 樹里亜もこれまでにうちの部員の練習で枠埋めのために参加したりとちょこちょこテニスをやっては来たが、本気ではない。だが、ナガミーとテニス友達という事になると流石に今の腕前ではまずい。これを機に多少鍛えてやらなければならないだろう。多分、早々に諦めてただのお友達に落ち着くことになるんじゃないかとは思うが。
 俺もあのへっぽこテニス部の中でではあるが、一応練習はしているのでそれなりに腕前は上がっている。特に、ゴールデントリオにいつの間にかされていたこともあって、うちではかなりマシな部類の桐生や江崎に付き合わされる機会も増えた。この二人に引きずられてもいる。
 樹里亜は夏休みくらいに改めて基礎を叩きこみ直した程度で、それ以降ははほとんど我流で練習も二人揃って暇な時くらいだ。。園芸部も収穫に冬支度と忙しさを増す季節。そして曽根が抜けて樹里亜一人じゃ穴が埋まらなくなった代わりにたまに様子見に着ていた女子が加わるようになったりして、さらにテニスからは遠ざかっていた。夏以降、腕は上がっていない気がする。
 そもそも、教えた俺も夏休みごろの俺だ。俺は自分でも分かる程度には成長している。今の腕前で改めて、一から基礎を叩きこんでやった方がいい。手取り足取り指導しなおす。
 コートのあちら側も、ナガミーがへっぽこの三沢に基礎から叩き込んでいるところである。とは言え、手取り足取りというのができるほどの親密さでもなく、かなり気まずそうにしているのが傍から見ていて微笑ましい。そして、そんな二人に手取り足取りというのはこういうのだというのを見せつけ、さらに気まずくしてやろうと俺の樹里亜に対する指導もより熱とお触りが多めに入るのである。
 樹里亜も俺に体のあちこちを触られまくった甲斐があり、短い時間でぐっと上達した。元々、隠れ運動部と言って差し支えないだろう園芸部で鍛えられ、パワーはあるのだ。特に、触りまくった感じ足腰と腕の筋肉はなかなかだと思う。スマッシュを打つと、かなりいい音がしてすごいスピードで球が飛んでいく。惜しむらくは弾道の不正確さだ。これは練習あるのみ、その気になればうちの部員くらいなら渡り合えるくらいにはなるかもしれない。それも、もともとそれなりにテニスをやる気で来た女子にだ。
 そして、三沢の方もナガミーにフォームなどを改善してもらい、動きがかなり良くなってきた。俺もそれを真似てみたりする。それより、ナガミーは三沢に教え方を教わっているような感じだ。教えられている三沢がナガミーを教え方的にエスコートしている。そして、そんなことをやっているせいもあってか、プレイに戻ってもナガミーの動きが驚くほど固くなっている。極めてぎこちないあちら側に対し、俺たちのペアは極めて快調である。ただ、それでもナガミーに勝てる気は全然しない。

 俺たちの様子を見に来たはずのスパイたちには、まだこっちに気を遣う余裕が無いようだ。たまに声が聞こえるものの、中の様子を窺い知ることは出来ない。そろそろ化粧も終わるんじゃないかと休憩がてら女子の部室を覗きに行くことにする。普段ならかなり勇気のいる行動ではあるが、今日は連城が連れ込まれているので着替え中だなんてことは起こるまい。それでも、一応念のため樹里亜に偵察を任せた。大丈夫そうなので俺たちも覗き込む。化粧は一通り終わり、記念撮影に入っていた。いいタイミングだったので、樹里亜とナガミーもまた引きずり込まれ、一緒に撮影させられる。今回、連城はただの男なのでカメラマンに回っていた。
 派手な女子がこれだけ揃うとある種圧巻だ。まるで同窓会のようである。あるいは……キャバクラか。
 撮影も終わり、俺たちは練習に、女子たちはその見物という本来の目的に戻る。とは言え、少ない窓からこちらを覗き見ている人数は少なく、相変わらず女子同士できゃぴきゃぴやっているようだ。
 すると、そんな部室の付近に不審者が現れた。妙におどおどしたメガネの男……どう見ても鴨田だ。見になど来ないと言ってはいた割にやっぱり気になって見に来たのかと思ったが、そういう訳でもないようだ。
「お、おい吉田。楽しそうだな。楽しいか」
 フェンス越しに声を掛けてきた。
「ええまあ、楽しんでますよ。で、なんか用すか。ナガミーでも眺めに来ましたか」
「いやその、そんなことは……おうっ」
 変な声を上げ、変な顔をしてますます挙動が不審になる鴨田。振り返るとナガミーが寄ってきていた。もちろん、ただのナガミーではなく化粧ばっちりのパワー3割増しナガミーだ。不意を突かれたうえ化粧は想定外だったので思わず直視してしまい、動揺したようである。別段、ナガミーも用があるわけではないのでその強烈な存在感を無駄に放出しながら黙ってそこに立っている。察するに、ナガミーもまだまだ三沢とは気まずい感じなので、ちょっと息抜きに来た感じか。
「根室、ここにいるのか」
 鴨田はとっとと聞くべきことを聞いてここから逃げる腹積もりのようだ。
「来てますよ。根室先輩に用っすか?」
 部室を顎でしゃくりながら答える。
「用も何も……。なんか知らないけど呼び出されたんだ。パソコン持って来いってよ」
「お仕事っすね。今いい感じで女子が揃ってますよ。さあ、楽しく女子に囲まれてきてください」
「マジかよ。入りづれえなぁ……。いや、根室と二人きりの方が入りづらいけどよ」
 股間はどうなっているか知らないが、すっかり委縮する鴨田。行きにくい気分のようだが、ここにいればいたでナガミーの存在感に気圧される。更に。
「女の子を待たせるものじゃないわよ」
「ははっ!」
 ナガミーに鋭く言い放たれて屈服した。追い立てられるように、爆弾を小脇に抱えて敵陣に突進するような風情でパソコンを抱えて部室に向かう。
「中には連城もいると思うんで、安心して入ってください」
「そうなのか」
 そう聞いて少し安心したようだ。それでもこそこそ歩いている鴨田の姿を窓から見つけた女子が言う。
「カモだ」
「カモ来たよ」
「カモーおいでおいで」
 あのケバイ連中がそう言っていると、ぼったくりバーで待ちかまえられているようだ。
「……おうっ」
 部室のドアを開けるくらいの頃合いにまた変な声を上げる鴨田。突撃気分で俯いて部室に行ったので窓越しの女子の顔にも気付かず、ドアを開けた途端にいつもと違う化粧ばっちりの顔を不意打ちかつ間近で見せつけられたようだ。
 その後は静かなものだった。中で何が行われているのかは窺い知ることはできない。
 俺たちにとってはパンドラの箱と化した部室を余所に練習は粛々と進み、それぞれ指導を受けた樹里亜と三沢のテニスの腕は目に見えて上達していた。もちろん、元が低すぎることもあってその差が顕著という事だ。とりあえず、三沢が教えてもらったことは多分俺にも通用するので、後でこっそり教えてもらうことにする。
 傾きかけていた太陽はいよいよもって山陰に身を隠し、そろそろ薄ら寒くなってくるので俺たちの練習はお開きにすることにした。部室の中は相変わらず静かなまんまだ。中で何が行われているのかはまだ知らないが、樹里亜とナガミーは着替えないと帰れない。
 二人が部室に入ると、確実に着替えの邪魔になるだろう男二人が追い出されてきた。
 部室の中で何が起きていたのかを聞いてみた。鴨田は女子がめいめいに撮った写メをパソコンにコピーし、よく撮れているものをさらに修正するような作業を黙々とやらされていたという。調子に乗った女子が鴨田を挑発するので非常に居辛かったそうだが、用は済んだのに帰らせてももらえない連城も大変居辛かったとの話だ。
 部室に連城が呼び戻された。練習の間に崩れたナガミーと樹里亜の化粧を直すという。連城が入れる状態という事は、俺たちも問題なく入れる状態になっているという事である。だんだん強くなってきた北風に晒されたくはないので、俺たちも部室に入れてもらうことにする。連城も男一人きりでは心細かろう。ハーレム状態も阻止できる。名目はどっちでもいい。とりあえず寒い。
 部室の中はむせかえるような女と化粧の匂いで満ち満ちていた。煎餅も食ったのだろう。香ばしい香りもする。残り香だけで、実体は一枚も残されていないようだ。
 まずはナガミーの化粧直しが始まる。至って自然体で化粧を直されるナガミーの横で、樹里亜が狼狽えだした。それもそうである。何せ、化粧を直している連城に先程のふざけた化粧は既になく、素の男になっている。100%男に化粧を直されることを考えれば、狼狽えるのも然りだ。
 直すだけなので、すぐに終わる。樹里亜の番はあっという間にやってきた。明らかに不安そうな樹里亜に近付き、言ってやる。
「何の心配もない、俺がついている」
「……流星」
 油断させたところで俺は樹里亜を取り押さえた。
「よし。やっちまえ」
「合点承知」
「ひゃあああ」
 暴れたいのか固まりたいのか定まらない樹里亜の頭の向こうで、俺たちの密着具合に留奈が顔を引きつらせているが気にしないことにした。
 もともと化粧などしなくても十分美しいナガミーの化粧直しはすぐに終わった。一方、頑張って化粧をしても普通な樹里亜の化粧もまた、時間をかけても無駄だからかやっぱりすぐに終わる。樹里亜はほっとしたようだ。
 化粧を直したところで改めて女子全員で記念撮影をした。今回、連城は美しくないただの男なので蚊帳の外である。その後、俺と樹里亜、三沢とナガミーのツーショット写真も撮られた。
「カモ。あんたもあたしと撮らない?」
 根室が鴨田を誘惑している。
「いや。やめとく」
「ああん?」
「と。撮る」
 凄まれて屈服する鴨田。自由意志のように見せかけておきながら選択の余地はなかったようである。鴨田のテンションの低さ的にも、やり手女弁護士と依頼人のツーショットと言った感じか。容疑は盗撮か下着泥棒だな。
「誰か俺とも撮ってくれ!」
 取り残された連城の悲痛な叫びがとどろいた。
「あー。あたしに化粧させなよ。そしたら一緒に撮ってやるよ」
 のっそりとした動きで町橋が連城ににじり寄った。とても悩む連城。化粧されるからか、相手が町橋だからか。
 その煮え切らない態度に町橋よりも先に周りの連中が業を煮やしたらしく、数人がかりで連城を取り押さえた。こちらも選択の余地はなかったようである。
 取り押さえなかった女子が連城が化粧されていく様をリアルタイムで撮影する。この状況、単なるハーレムに見えるな。これから化粧が始まってしまえば違うのだろうが。
 化粧が始まってみると、いくら弄っても男丸出しの連城をどう料理するか町橋も決めあぐねたらしい。結果、連城はビジュアル系のような顔にされた。似合わない女の化粧をされるよりはいくらかマシに思える。これで町橋と並んで写真を撮ると、ビジュアル系バンドのメンバーの熱愛報道っぽい。
 連城を取り押さえる役目から解放された留奈が俺とツーショットを撮りたいと寄ってきた。こんな時、頼りになるのは幼女である。だが、裕子と舞が当然のようにツーショットを撮り始めた流れから女同士のツーショットを撮る展開に移っており、なかスッチーは「ママー」と言いながら沢木の胸に飛び込んだところだ。この中で一番年上に見えるのでロックオンされたようだ。沢木も母性本能を刺激されたか、「なあに、ちか」などと言ってなかスッチーの頭を撫でている。本物の親子に見えてしまう。発表会の出番が終わり、緊張から解き放たれてママの胸に帰る少女と言った所か。この感じ……確実に母子家庭だ。
 いつもならここで樹里亜が阻止に入るところだが、今日は気分がいいのかそのくらいは許してあげるわと言わんばかりに不動の構えだ。樹里亜に異存がないならこのくらいは付き合ってやる。ただ、何も言われないことをいいことにべたべたし始めたので流石に樹里亜が「今日はもう帰りましょ」と引き離しにかかってきた。
 俺と樹里亜と三沢カップルの4人でそそくさと退散した。その後ここがどうなったのかは知らないが、別段変わったことは無かったようである。

 街は1か月も前からキラキラしてクリスマスムード満載だが、いよいよクリスマスである。ここ最近の部員たちのギラギラ具合も間違いなくそのせいだ。どういう訳か日本ではクリスマスは異性と共に過ごす日と位置付けられている。多分、名前がよくないんだと思われる。なんでも略したがる日本人がアレをクリなどと略すもので、クリの付くクリスマスはそういう日にされてしまったのだ。いや多分違うが。とにかく、せっかくのクリスマス、一人で過ごすなど高校生の名折れだという考えだ。
 12月に入ってからの細かいイベントで女子が猛烈に1年男子にアピールを繰り広げて囲い込みにかかり、静かに奪い合っている。2年の中でも特に猛烈な攻勢を仕掛けていた町橋は男子を侍らせることに成功した。が、その相手は連城であり理由としては化粧の練習台という、クリスマスを共に過ごすにはかなりの妥協を窺わせる内容になった。それでももちろん、独りよりはましだろう。
 なかスッチーの逆ハーレムぶりは健在だが、妹キャラもまた健在だ。そして、ママ認定された沢木がちゃっかりその妹キャラのお兄ちゃんたちのママにもなっており、しれっと逆ハーレムに入り込んでいたりする。だが、息子たちを誘惑するのは言語道断であろう。新しいパパの登場が待たれるところだ。まあ、そもそも妹がお兄ちゃんを誘惑するのも、登場したパパを誘惑するのもまた言語道断だが。……いや、血の繋がりのない新しいパパならアリか……?どんなエロゲーだよって感じだが。
 出遅れたほかの面々はもうクリスマスまでに急展開できるほどの理由はなさそうではある。ただ、ここ数日根室と鴨田の姿が見えない。理由は程なく判明。先日撮影した写真を冬休み前にポスターにするべく、根室が鴨田の家に押しかけていたそうだ。図らずも女子を家に連れ込むクリスマスとなった鴨田だが、結局のところ強制労働なので決して楽しくはなかったようである。もちろんせっかくのクリスマスを鴨田と過ごすことになった根室も樹里亜に不平を垂れ流していた。いやならその日だけ休めばいいじゃんと言った所だが、そうするとアローンになってしまうのでそれよりはましという選択だったようだ。
 そんな怨嗟の籠った化粧女子ポスターは無事に冬休みまでには完成し、女子部室の壁に貼られることになった。そしてその縮小版が男子の間でも密かに流通。一部を除く寂しい男子にとってちょっとしたクリスマスプレゼントになった。しかし、俺が樹里亜の分ももらったことで樹里亜経由で根室に伝わりあっさりと女子にバレた。というか、そもそも密かに回そうというのが無理だったと思われる。とは言え、鴨田に手伝わせた時点で写真が男子に漏れないはずもなく。これは起こるべくして起きた当然の結果だろう。
 なお、連城には町橋先輩からガチのクリスマスプレゼントがあった。フェイスメイク練習用マネキンだ。ステキなメイクをしてくれた連城に、もう二度とあんな恐ろしいことが起こらないようにこれで我慢してもらうべく、女子がお金を出し合い根室がネットで注文した代物だった。連城はまさかこんな目的ずばりのものが売られているとはと驚いたようだ。ズバリのものが売られているとは思っていなかったため、ネットで探す時も『美少女 人形 顔』などと言う回りくどいワードで探してしまい、連城が想定していたものとはだいぶ違う、まあ想像に難くない画像がびっしりと現れたりしたらしい。その辺からラブドールに行き止まってしまったのだろう。なぜ、美少女などと言うワードを入れてしまったのか。魔が差したとした思えない。
 だが、どちらにしても男が妹にも踏み込まれる部屋に置いておくには抵抗のある代物だったようで、覚悟が決まるまで部室に取り残されることになった。そして、そんな事情を知らない2年の男子が、何気なく部室に踏み込んだところ女の生首に遭遇し飛び上がるという出来事を経て、短い冬休みが始まったのだった。

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