Reincarnation story 『久遠の青春』

27.孤高なる女王

 樹理亜は面倒事に巻き込まれたくないと渋ったが、嫌々ながら俺の頼みを聞いてくれた。しかし、微妙な問題だけにどうアプローチしていいものか人生経験の足りない樹理亜には分かりかねる模様。
「えっと……どう切り出せばいいんだろ」
「悩むくらいなら直球でいけよ。……まあ、最初は世間話から入ったらどうだ」
「そうねぇ……失礼極まりない流星のこと、謝るところから入ると話しやすいかも。……保護者として」
 お前の保護者が俺であるべきなんだがなぁ。
「まあいいや、それでいこうか。話すきっかけとなる失礼極まりない俺を敬えよ」
「はいはい」
 俺はひとまず三沢とでも話して無関係を装いつつ、聞き耳を立てることにした。
「……あの、長沢さん。いいですか?」
 樹理亜が声をかけるが、ナガミーは知らない男に声をかけられたかのような警戒に満ちた顔だ。想定外の緊張感に樹理亜もかなりやりにくそうだが、ひとまず予定通り話を切り出す。
「あの、うちの流星のことなんですけど……」
 ナガミーは泣きそうな顔になった。
「ご、ごめんなさい。でも私、そんなつもりじゃ……」
 このナガミーとまったく同じ科白を言いたそうな樹理亜。なにがなんだか分からないと言ったところだろう。俺にも分からないし。
「えと。あの。……何がですか?」
 やっぱり訳が分からなかったようだ。素直に質問する樹理亜。
「私、別に誘うような態度とったりしてないです……」
 ナガミーは樹理亜が俺に手を出すなと釘を刺しに来たとでも思っていたようだ。
「ええと、そう言う話じゃなくて。……あいつが年下のくせに偉そうですみません。そんなに面識があるわけでもないのに……」
「あ……。私が悪いのかもしれません……」
「えっ」
 まさかの切り替えしにまたも戸惑う樹理亜。本当にやりにくそうだな。そもそも、いつもとキャラが全然違うぞ。ナガミーが普段からこんなにしおらしければさぞや可愛いだろうに。
「えと。あの。……なにがですか?」
 樹理亜はさっきと同じ科白を言う羽目になった。
「私が記念撮影したり、やたらと友達面するから……。もう会うことなんてそんなにないと思ってたんです。だからあんなことを……。それなのに、こんなことになるなんて……!」
 半泣きになるナガミー。そして困り果てて泣きたいのはこっちだと言った風情の樹理亜。
「あの……。別にどんなことにもなってないと思うんですけど」
 なってないよな。それより、この流れから目的である市村の話題に持っていくのはさすがに無理だ。一旦タオルを投げるか。
「おい、樹理亜。年上をいじめるな」
「え。えええっ!?いじめてないよ!」
「まあまあ。すみませんね、俺のせいでこんなことになって」
「そうよ、あんたのせいよ!」
 不意打ちでナガミーに噛みつかれた。やっぱり樹理亜の時と全然態度が違うな。
「えーと。まず言っておきますけど、俺は長沢さんにアタックする気とか皆無ですんで。で、樹理亜も俺がそんなことをするとは思ってない、よな?」
「え。あ、うん。流星はロリコンだもんね」
「高校生は守備範囲だぞ……。歳はともかく、俺はややこしい性格の面倒な子に手を出す趣味はないので」
 ナガミーは悲しそうな顔をした。ついでに樹理亜も困った顔になる。
「まあここは、いいお友達でいましょうってことで」
 やっぱりほっとした顔になるナガミー。基本的に訳が分からない子だが、この辺は分かりやすいな。
「ねえ。私って、ややこしくて面倒なの?」
 自覚はないようだ。
「ええそれはもう。こいつが普通に世間話をしようとしただけで失敗する程度には。……そもそも何であんな反応を……?」
「あんたが悪いのよ。その子がいるのに私にちょっかい出すんだもの」
「でも、誰か構ってやらないとかわいそうですし。自分から長沢さんに話しかけるような勇気ある物好きは俺か桐生先輩くらい、先輩は今日は二人の世界に籠もってますからね」
「それは……ありがと」
 ふくれながらも他にいう言葉はなかったらしい。きつい言葉を交えつつもあまり怒らせることもないので、横で見ている樹理亜も落ち着いてきたようだ。
「三沢ももうちょっと頑張れよ」
「え。俺かよ」
 最初からどこ吹く風で落ち着いていた三沢が突然話を振られて慌てた。第三者を気取らせてなんてやらんぞ。
「そうだよお前だよ。折角ダブルス組んでるんだからもう少し相手してやれ」
「うー。努力するよ」
「いつもの、面倒事は人任せだね」
 樹理亜もいつもの軽口が出た。
「その通りだ」
 ナガミーの心もほぐれてきたし、面倒事というワードがでたので、市村と何か面倒事を抱えてるんじゃないかいと言う話を切り出そうとしたんだが、いいところでさっきのライバルカップルが来やがった。

 ナガミーは斉藤ちゃんと特に因縁はないと言っていたが、確かにそのようだ。先ほどけちょんけちょんにやられたばかりだというのに斉藤ちゃんは嫌味や恨み節を述べるでもなく、久々にあった後輩先輩らしい和気藹々とした雰囲気で会話が進む。しかし、ナガミーの方からは妙な堅さがあるんだが……。因縁はないが、苦手なタイプなのかもしれない。三沢と室野も勝手に話している。こっちは任せておくか。
「それにしても意外ですー。あんなにシャイだった先輩がカレシとダブルスに出場するなんて……。それに今やテニス選手としてもすっかり有名人ですし。変わりましたねー」
「私、高校に入って変わるって決めたの」
 聞き捨てならないことを耳にしたので話に割り込む。
「ちょっと待って。昔はシャイだったの?」
「あなたは興味持たないでよ」
「いやいや、つい。今の逆ハーレムぶりからは想像もつかないことですんでね、ええ」
 驚く斉藤ちゃん。
「ええーっ。逆ハーレム!?……ああでも、確かに……」
 圧倒的な男子率である俺たちを見渡して勝手に納得する斉藤ちゃん。ただでさえこれだし、貴重な女子の一人である留奈は体を温めに行ったきりまだ戻ってこない。さらに一人は見た目引率の先生っぽいし、一人は誰かの妹っぽい。女子としてカウントされるか怪しいところだ。
「あ。俺たちは違うから。そっちのテニス部の話ね」
「?……あなたたち、誰?」
 斉藤ちゃんがその根本的なところに疑問を持つのは仕方がないことだ。
「話せば無駄に長くなるから好きなように解釈していいよ」
 そして、無駄に長い話をするほどの事でもないしな。
「???……お友達……?」
「そこからしてちょっと怪しいんだけど」
 そう言ってナガミーの方を見るとちょっと寂しそうな顔をしていた。
「お友達です」
 元に戻った。とりあえず、お友達ではいたいようだ。断言前の微妙なやり取りは気にしないことにしたのか、斉藤ちゃんが言う。
「男の人の友達がいるってだけで意外〜」
 思えば、あのテニス部の連中はただの腰巾着で友達じゃないのかもしれないな。
 そして斉藤ちゃんはナガミーに小声で言う。……ここにも丸聞こえだが。
「もしかしてまずいこと言っちゃいました?昔のこととか、言わない方がいいですよね」
「……別にいいわ、この人たちとは知り合ったばかりだし、これからもそんなに会うことはないと思うし」
 ついさっき友達だと理解したところなのにそんなことを言われて斉藤ちゃんは不思議そうな顔をする。
「ま……話せば長くなるんですもんね」
 そう言うことだ。シャイと言えば、ナガミーはこの大会にも友達や知り合いを連れずに一人で来てたっけな。親善試合の時だって、腰巾着を侍らせているだけでほかの部員と話してる様子は一切なかったような。もしかして、友達いないのか?さっきからの友達だと言うとほっとするような態度と言い。
「あの四天王って呼ばれてるの連中って、お友達でいいんすよね?」
 一応確認しておく。
「……どうなのかしら」
 考え込むナガミー。念のために、これも確認。
「友達以上……?」
「それはないわ」
 断言したし。確実に友達未満であることが判明した。あいつらが聞いたら泣くな。
「ただの腰巾着っすか」
「……そうなのよね……。なんか、距離を感じるの」
 あれ。距離を置いてるのはあっちで、一応ナガミーの方は友達だと思いたい気持ちがあるのか。
「それって、長沢さんのハーレムの人?長沢さんのハーレムってどんな人たちなんですか?」
 斉藤ちゃんは興味を持ったようだ。
「負け組の吹き溜まりみたいな、美女と家畜って感じだなぁ」
「いないと思って言いたい放題ね」
 樹理亜もそうは言うが、止める気はないようだ。
「美女って私のこと?」
 そしてこういう言葉には素直に嬉しそうな反応をするナガミー。とりあえず褒めておけば機嫌がよくなる単純なタイプなのだろう。
「他に誰が……。あの四天王とか言うジミオ君軍団に美女がいるとでも?」
「あの人たちからすると、長沢さんって高嶺の花って感じがするよね。距離感が生まれてもしょうがないんじゃないかなぁ」
 樹理亜もいないと思って結構言うな。
「そう……よね。私、可愛いし」
「ああ、はいはい」
「……その気もないのによく男の人に囲まれていられますね」
 斉藤ちゃんの素直な感想。囲まれることもないだろうし、その気持ちは分かりえないことだろう。
「あの人たちはね、抜け駆けしないようにお互いを見張ってるの。だから、安心できるわ」
「あの冴えない面々に抜け駆けするようなタマがいるようには思えないんですがね」
 裏でろくでもないことをやってた奴はいたけどな。
「そうね。それもあるわ。だから気楽な相手なの」
 男を意識しなくて済む相手には話しかけられるって事か。そう言う意味じゃシャイなのは変わってないのかもしれない。
 というか、そもそも。
「女友達はいないんですか」
「いないわ」
 断言されたぞ。しかも堂々と。
「だって、私ってかわいいでしょ」
「それ、もう何度目か忘れたけど……そうですね」
「私なんかといたら、霞んじゃって引き立て役にしかならないから……あまり近付こうとする女子はいないわね」
「そんなもんか?」
「何であたしに聞くかな。うーん、でも……気持ちは分かるかも」
 一見華やかな雰囲気のナガミーも、腰巾着に遠巻きに囲まれてるだけで寂しい学園生活を送っているようだ。そりゃ、友達と言われて喜ぶわけだ。

 そこに、体も温まったらしく留奈が戻ってきた。
「りゅうせーい。あったかいお茶のみ放題だったよ!一緒に飲みに行こうよ!」
「寒い中お茶飲みまくったらションベンが近くてしょうがないだろ」
 とりあえず体は温まったようだが、トイレの往復で一汗かいてまた冷えたりしないか。
「そしたら一緒にトイレ行こうよ!」
「アホか」
 いつものことなので冷静にツッコむ俺だが、横で聞いていたナガミーは真っ赤になった。やはりこういうのに免疫がないようだ。
「長沢さんの次の試合が近いんだから大人しくしてろ。さっきのも見てないんだし、次はちゃんと応援しろよな」
「はーい。……あの人誰?」
 今頃室野と斉藤ちゃんの存在に気づいたようだ。二人について軽く説明してやる。
「たぶん、今日一番の強敵だったろう相手との熱い勝負を見逃したんだぞ」
 それでも割と一方的で盛り上がりはしなかったけどな。
「そんなに強かったの、室野って人」
 そういえば、強いテニスプレイヤーが好きなんだっけ。
「俺よりは確実にうまかったぞ」
 許せ、斉藤ちゃん。
「へー。でも、顔がいまいちかなぁ」
 一応顔も判断基準に入ってたのか。よかったな斉藤ちゃん。謝って損した。
 今、4人はは先ほどの試合の組み合わせに戻って歓談中だ。不意に三沢が何かをナガミーの耳元で囁いた。ナガミーの顔が真っ赤になる。
「お?なんだ三沢、本当に彼氏みたいだな。やるじゃん」
「え?え?え?本当にって?」
「お前、面白いところは全部見逃してるよなぁ」
 留奈にナガミーが三沢を彼氏だと言うことにしたことと、その事情を教えてやる。
「そう言えばナガミー姉さんって、彼氏いないのかなぁ」
「いちいち聞くならその場にいろよ……」
 その呼び方も気にはなるが……気にしたら負けだよな。
「あたしのいない間に勝手に話を進めたくせに……」
 ふくれた。今日も満月だ。結局、留奈のいない間の出来事を一通り説明する羽目になった。
 それが終わる頃、ちびっ子が男漁りをやめて近寄ってきた。そう言えば、さっき樹理亜と何か喋っていたようだがなにを喋ってたんだろう。珍しい取り合わせだし、ちょっとだけ気になる。しかも樹理亜いなくなってるし。
「留奈ー。竹川さん追っ払ったからさ、さっきの続き話してよ」
 そう言うことか。
「男漁りはいいのか?」
「ふっふっふ。ばっちりさぁ!」
 サムアップの上ウィンクされた。もう、ハートはがっちりと掴んだらしい。……妹として。
「しょうがないなぁ。じゃあ話すよ」
 留奈はなかスッチーを膝を上に座らせて話し始めた。お姉ちゃんと妹にしか見えない。この二人がクラスメイトだと言って誰が信じるものか。って言うか、俺がいるのは気にしないのか。……気にするはずないか。俺には裸すら見せる気満々だったし。
「ちょっと待て。その話、ナガミーに聞かせられるか?」
「え?なんでよ」
「ものすごく興味津々みたいだし」
「んー……」
「あのナガミーも男心を掴むテクニックに関しては留奈に一目置いてるんだよ」
 まあ、その留奈に狙われてる俺の男心は全然掴まれてないけど。
「そう?まあ、いいんじゃないの。どうせこれから会うことがあるかさえ分からないし」
 お許しも出たのでナガミーにその旨を伝えた。
「別に興味なんかないわよ。……で、本当にいいの、聞いちゃって」
 嬉しそうだ。暫定カレシと旧友をほったらかして話を聞きに行ってしまった。
「そういや三沢、さっきナガミーの耳元で何を言ったんだ?すっごい殺し文句だったみたいだが」
 近付いたついでに聞いてみた。
「ああ、あれか。いやな、『カレシってことになってるんだからカレシっぽくしたほうがいいでしょ』ってさ」
「……大したことじゃないな」
 この程度の科白であそこまで赤面するもんじゃない。ただ単に耳元で囁かれるのに慣れてなかっただけか?
「俺もさっき頑張れって言われたし、折角だからこの機に思いっきりカレシぶってやろっかな」
「いいんじゃないの。ナガミーも自業自得だしな」
 それはともかく、ほったらかされたカップルの面倒は三沢に任せておいて大丈夫そうだ。

 時は遡り、留奈・中学時代。少女マンガに憧れて中学校入学と同時にテニス部に入部していた留奈はいきなり絶望を味わうことになった。
 確かに、体育は決して得意じゃなかった。しかし、自分がここまで運動音痴だとは思っていなかった。特に持久力の無さは致命的なレベルだった。その辺は今もあまり改善されていないが、中学時代はさらに酷かったという。
 最初は辞めてしまおうと思っていたが、すぐに気が変わる。アコガレの先輩ができたためだ。峰岸なのでネギ先輩と呼んでいた。イケメンと言うほどでもなかったが、とにかくテニスの腕はすごかったらしい。
 留奈が一年の頃は留奈もまだ積極的になれず、ネギ先輩もあまりモテる方ではなかったので遠巻きに憧れるだけだった。そんなまったりとした状況も2学期には急変する。ネギ先輩が部長になると、いきなりモテだしたそうだ。権力に弱い女っているよな。
 モテ期突入したネギ先輩は何人もの女子に迫られたあげく、ぱっとしないが一番押しの強かった女子に落とされた。
 留奈はそれを見ていることしかできなかった自分を悔いた。そして、ネギ先輩を奪った先輩女子に嫉妬する。容姿では圧勝しているという自負もあった。留奈は一大決心をする。ネギ先輩を奪い取ると。テニスに憧れる切っ掛けになった漫画の内容が内容だけに、そんなところまで踏襲してしまったようだ。その漫画、ヒロインから男を奪い取ろうとした女は散々な結果だったはずだが。
 ある寒い冬の日。冬は寒いに決まっているから余計か。留奈は行動を起こした。
 昼休みの部室にネギ先輩を呼びだす。留奈が羽織っていたロングコートをはだけると、中は全裸。春の夜道や公園にそう言うオッサンが出没するよな。俺は見たことないけど。男に見せたがる奴なんて……いるかも知れないがそう言うのは別な意味でもヤバいだろう。なんにせよ、そっちの人が出没するようなところに近付く気はない。そっちのケのないそれは樹理亜と一緒に歩いていれば見られたりするのか。俺の娘にそんな汚え物を見せつける男にはケツの穴にビール瓶でも突っ込んでやるがな。
 ようやく初めてのカノジョができたというところだったネギ先輩はいきなり裸を見せられてパニックになった。変な悲鳴を上げ、それにつられて人が駆けつけてきてしまった。
 留奈が連れ込んだのが女子の部室だったせいもあり、ネギ先輩が留奈の着替えを覗いたということになった。悲鳴を上げたのは男の方なんだが、その点は誰も指摘しなかったんだろうか。こう言う時に男は不利だよな。とにかくそれが切っ掛けでネギ先輩のカノジョは逃げ、モテ期も終了。冬は終わったが、ネギ先輩に冬の時代が訪れた。
 晴れて留奈が独占できる状況にはなったものの、余りに気まずくてほとんど口も利けないまま一年が過ぎ、ネギ先輩の卒業を迎えたそうだ。
「あれ?でも、それなら留奈が全裸で迫ったなんて噂広がらないよね」
 なかスッチーの言うとおりだ。これで終わりなら、ノゾキ事件で終わるはずだ。何者かが、真実を暴き出し広めたようだ。相当な悪意がなければこんなことはできない。
 留奈は語る。
「修学旅行の時にぶっちゃけトークしたのよね。そん時、全部喋ったの」
「自爆かよ」
 それをその場で終わらせず学校中に広めた奴もいるわけだが、それは置いといて火元は完全に留奈自身だった。
「ネギ先輩も卒業しちゃったし、結構自棄だったのよね、あたし」
 とりあえず、この話はこんなところか。
「ねえ、ねえ」
 ナガミーが声をかけてきた。
「こんな話、あんな小さい子に聞かせるのってちょっと問題よね。今更だけど」
 あまり小声でもないし、その小さい子の耳にも届いたようだ。
「ちょっと!あたしが変身する前も見てるはずなんデスケド!どこからどう見ても女子高生のあたしを見てるはずなんデスケド!」
「ちびっ子に変身する前はおばちゃんキャラだっただろ……。変身前でもちっちゃいのは変わらないし」
 なかスッチーの魂の慟哭は俺の冷静なツッコミに打ち砕かれた。
「ごめんなさい、よく覚えてない……」
「無理もないな、ただでさえ大勢で押し掛けてきてるんだし、口を利いたこともない相手のことなんかあまり気にするものじゃない。なかスッチーもずっと男のケツ追い回す方に集中してたしな」
「否定は出来ないんだけどさ、もうちょっとほかの言い方ないわけ……?」
 苦笑いのなかスッチー。
「この話はもういいだろ。それより、留奈は俺にこんな話していいのか?俺がこのことを知ってるって分かったら泣き出すほどだったのに」
「それよ。流星ももうこの事知ってたんでしょ。だったらもう隠すこともないじゃん」
「まあ、そりゃそうだ。でも、脱ぐ話を男にして平気なのか?」
「あたし流星の頼みならいくらでも脱ぐよ」
「頼むから脱ぐな」
 俺を全裸で待ち伏せてたわけだし、そのくらいは平気か。
「あたしが流星に知られたくなかったのはさ、あたしのカラダが流星だけのものじゃないってこと」
「あー、俺別にどうでもいいから。それに、話聞いた感じだと裸見られただけで、ヤってはいないんだろ。見られただけという条件で一人すでに知ってるし」
 もちろん、俺の代わりに犠牲になった青木だ。
「あれは事故よ。見せたくもないのに見られたんだからノーカン。大事なのはあたしの気持ち、ネギ先輩にはあたしが見せる気で見せたんだから全然違うよ。……ほら、見られても減るもんじゃないって言葉あるじゃない。好きな人に見られるのは全然減らないの。でも、見られたくもない相手だと減るの。そのくらい違うんだから」
「あー、うん。気持ちは分かるかな」
 俺も留奈に裸を見せられたら減る気がする。神経とかなら確実に。
 そして、気がつけばあまりに生々しい話にさっきまで目を輝かせて話を聞いていたナガミーが真っ赤な顔で思考停止していた。留奈もこのくらい純情ならかわいげがあったんだが。

 もうすぐナガミーの出番だ。とにかく今はナガミーの精神状態を回復させないといけない。アグレッシブな変態性でナガミーを惑わせた留奈をひとまず追い払っておくべく、樹理亜を呼びに行かせた。呼んでくるくらいなら揉めずにやってくれるだろう。……たぶん。
 斉藤ちゃんたちと話をすればナガミーもいくらかは落ち着くかと思い、まずはその輪に戻すことにした。その道すがら。
「あのう、長沢さん。……すみませんね、変態で」
 留奈が。
「ほんと、変態だわ」
 留奈が……だよな。何で俺を見ながら言うのか。
「俺は普通ですがね。むしろあそこまで露骨に迫られても誘惑に乗らないジェントルマンですんで」
 そこになかスッチーが口を挟む。
「そうよねえ、いくら竹川さんがいるとはいえ、ヤらせてくれそうな方に流れそうなもんだけど」
「あのな。今は長沢さんを落ち着かせるための会話なんだから、生々しい話はやめい。……俺はな、脱がす課程も楽しみたいのよ。恥じらうのを一枚ずつじっくりと剥いでいくのが……って何を言わすか」
「言わせてないよ」
「そうか」
 いかん、またナガミーが赤く。赤くなりながらも訊いてきた。
「ねえ。高校生ってそのくらいの会話、普通なの?」
「すみませんねぇ、我々変態で」
「こらー、巻き込むなー!あたしはほら、健全な女子高生のレベルで下品なだけだから」
 小学生のようなリアクションをしながらなかスッチーが喚いた。
「それなら俺も健全なレベルの変態だがな」
「私もいつまでも子供の気持ちでいちゃだめよね……」
 一人温度差のあるナガミー。
「おねえちゃん、恋バナとかできる友達、いないの?」
 そのキャラでこんなつっこんだ質問するか。いや、そのキャラだからこそできるのか。
「いないわ」
 こっちはこっちでずいぶん気持ちよく断言したな。まあ、女友達がいないというのはさっき聞いたし、腰巾着相手にできるものでもないか。
「それじゃ、斉藤ちゃんとはどういう関係で?」
 言ってるうちにちょうど本人の前までやってきた。
「ん?なんですか?何の話?」
「……安心できるかわいい後輩ってところね」
「私のことですよね」
 安心できるって言うのは納得だ。そもそも、斉藤ちゃんは中学卒業以来久々の再会なんだし、現状には関係ないか。
「長沢さん、確かに変な人だとは思いますけど……。友達ができないほど性格が悪いんですか」
「うわ、言うわね」
 俺のストレートな発言に驚くなかスッチー。さっきのやり取りも見てないから仕方ない。
「私、変かしら」
「変です」
「長沢先輩、大人しいから……友達ができないなら引っ込み思案なせいだと思いますよぉ」
 斉藤ちゃんが一生懸命フォローしたくなるくらいにはいい子であるらしい。しかしその大人しいとか引っ込み思案って言うのが今一つピンとこないんだよなぁ。
 そこに留奈と樹理亜が戻ってきた。今の所まだ無事だ。本当に、今の所は。すんでの所でなかスッチーが留奈を樹理亜から引き離してどこかに連れ去っていった。さすが見た目はともかく空気の読めるオトナの女だ。俺と一緒だとどんどん変態一味っぽく思われるから逃げただけかもしれない。ただでさえ幼児プレイ中だしな。
 それより、せっかくナガミーがいいと言ってるんだし、ちょっと昔のことを斉藤ちゃんから聞き出してみるか。
「長沢さんって昔はどんな子だったの?現状見てるとシャイってのが想像できないんだけど」
「あんまりしゃべらない人だったなぁ」
「うっそぉ」
「失礼よ」
「失礼ね」
 樹理亜とナガミーがハモりながらツッコんだ。そしてナガミーだけが気まずそうな顔をした。確かに、根本ではシャイなのかもしれない。
「ホントよぉー。誰かに話しかけられないとなかなか喋らないし。私も長沢さんに気に入られてたみたいでずいぶん話しかけられた方だと思うけど、それでも三日に一遍くらいじゃないかなぁ」
「由美子ちゃん、話しかけやすい感じだったから……」
 斉藤ちゃんは斉藤由美子って言うのか。いよいよもって……普通だなぁ。
「あははは。私、こんなですからねー。わかりますー」
 まあ、確かに。そしてそれでも三日に一遍か。
 さっき、樹理亜に話しかけられただけで泣きそうになっていたが。
「もしかしてこいつって話しかけにくい感じするんすか?」
 俺は樹理亜の肩を抱き寄せながら言う。
「いえ、そんなことはないんだけど……。さっきはあなたのことがあったから」
 どうやら、いきなり俺の名を出した樹理亜のアプローチの仕方がまずかったようだ。……こんな事で引っかかるなんて予測のしようがないが。
 そして、ふとピンとくる。
「もしかして、市村先輩のこと苦手っぽいのもそう言うことなんすか」
「それは……」
 この言い淀み方で図星でないわけがない。
「市村先輩なら大丈夫っすよ。桐生先輩、市村先輩に搾りきられて普段は聖人レベルに無欲ですし、長沢さんのことも本当に友達としか見てませんよ。市村先輩もそれを分かってるし。壮絶な奪い合いを切り抜けてきたみたいですし、いまさら一目惚れの片思いなんて相手にしませんって」
 バレバレとはいえ一応秘めていた気持ちをみんなの前でさらっとぶちまけられてナガミーは固まった。
「こら、そう言うこと言わない!」
 樹理亜に怒られた。今のは我ながら問題発言が多すぎてどれにツッコまれたのか分からない。まあ、全体にだろうな。
「すまん、つい」
「カレシ、いるんですよね……?」
 三沢をナガミーのカレシと認識している斉藤ちゃんが不思議そうな顔をした。
「……憧れるのとつきあうのは違うだろ。不倫が当たり前の汚れた大人ならともかく」
 そう言ってやると斉藤ちゃんも納得した。
「なるほど、妥協したのね。分かるわー」
 あの室野ってのも妥協でつきあってるのか。……斉藤ちゃんも室野に妥協されてる可能性が少なからずあるけど。……それは置いといて。
「トモダチ認定したのは桐生先輩なんすから、友達として接する分には市村先輩も文句は言わないっしょ」
「でも……。私って可愛いから、ただの友達だといつまでも思ってくれないかもしれないじゃない。あなたには散々ひどいことも言ったし、今更私に靡く事なんてないでしょうけど……あの人には、言えないよ」
「あの。その高ビーっぽくて口の悪い喋りって、惚れられないように予防線なんですか」
「まあ、そんなところかしら」
「お言葉ですがね。世の中にはそう言う感じで罵られたりした方がトキメく変人も少なからずいますんで」
「えっ。そ、そうなの?」
 素直に驚くナガミー。
「長沢さん、ツンデレっぽいもんね。好きな人は好きなんじゃないかなぁ」
「一般人に分からない言葉を使うんじゃない」
 最近は俺も他ならぬ樹理亜の影響で分からないでもないのが何とも。
「俺はまあ、めんどくさいんで靡く気ありませんけどね。……思えばあの取り巻きも虐げられるのが好きそうな連中ばかりだったな……」
 まあ、あいつらは放っておいても大丈夫だろう。で、結局その一部の例外を除いて思惑通りナガミーから男は遠ざかったわけだ。
「それにしても、何でそんなに男の人を遠ざけようとするんです?」
 斉藤ちゃんが疑問をぶつけた。別に男が嫌いという訳じゃないだろうな。桐生にはメロメロだし、俺とは平気で話してるし、例の下僕どももいる。
「だって、遠ざけようとしなければいくらでも寄ってくるじゃない。私、可愛いし」
「侍らせておけばいいじゃないすか。あんな冴えないのばかりじゃなくてもう少しマシなの揃うでしょ」
「それは……。だめ、やっぱり怖い」
「え、何が?」
 あれだけ男を侍らせておいて、今さら男の何が怖いのか。
「もしも、その人を好きな子がいたとして……私のせいでフられたりしたら、また嫌われちゃう」
 また、か。樹理亜もそれに気付いた。
「昔、そう言うことがあったんですか?」
 樹理亜の言葉にナガミーは小さく頷いた。斉藤ちゃんは知らないような雰囲気だ。となると、ナガミーが中一の頃か、もっと前か。
「幼稚園の頃からの友達が居てね……」
 幼稚園の頃の話と言い出すのかと思ってビビった。
「ひなちゃんっていうんだけど、その子が好きだった男の子と同じクラスになって。私にはそんなつもりはなかったしたまに口を利くくらいだったんだけど、その男の子が私のことを好きになっちゃったみたいで。ひなちゃんがその子に相手にしてもらえないのは私のせいだって言って、絶交しちゃったの」
 小学校の頃ってよく絶交とか言ったよなー、懐かしい。それにしても。
「その男の方は本当に長沢さんのこと好きだったんすか?告白されたりとか、あったんすか?」
「ううん、特に」
 それじゃ、そのひなちゃんが邪険にされたのが本当にナガミーのせいなのか、そもそも男がナガミーに惚れてたのかさえも、はっきりはしないんだな。
 事実はともかく、ひなちゃんはナガミーのせいだと思い、ナガミーに冷たく当たるようになった。そのうち、便乗する奴まで現れたらしい。要するに、自分の失恋をナガミーに取られたことにされたということだ。結局のところ、単なる僻みだろう。
 あんたが私よりかわいいから男にフられた。そんなことを言われ続けているうちに、自分がかわいいことは意識しつつもそのかわいさがある種コンプレックスという複雑な状態になってしまったわけだ。
 中学校に入ると、周りが一斉に色気付き始めた。すると、ナガミーに近付く女子はさらに減った。理由は単純。美少女と普通の少女、並んでいたらどっちに行くか。普通は美少女に目がいく。普通フェイスは引き立て役のようにみられてしまう。それを恐れた普通女子は、ナガミーの側に寄りつくこともなくなってしまった。
 そんな話を聞かされ、斉藤ちゃんは頷いた。
「そっかぁー。先輩が私にはよく話しかけてたのって、男と縁がなさそうだから……」
「べ、別にそう言う訳じゃっ……!」
 ああ、図星っぽいなぁ。フォローになるかどうかはともかく、言っておく。
「まあ、今回はカレシ同伴っすけどね」
「それは先輩もですよぉー」
 そう言えば三沢がカレシ設定になってること、忘れてた。
「じゃあ今って、学校じゃ女友達ゼロで話し相手はあの下僕だけなんすね」
 まさに、友達ゼロか……。そりゃあ、桐生に友達だと言われて舞い上がるわけだ。
「私、今のお姫様みたいな毎日も嫌いじゃないわ。慕ってくれる男の子たちに囲まれて……」
 女王様の間違いだな。
「でも、本当にこのままでいいのかなって思うの。クラスではいつも一人だし、女の子同士でだって話がしたい。……高校に入れば新しい人間関係が築けると思ってったのに、肝心の私が変われてなくて。女の子には話しかけられないまま、男の子にも嫌われるような態度ばかり。それでも慕ってくれる子たちのおかげで男の子とは口が利けるようになってきたけど、それもほかの女の子が相手にしないような地味な人だけだし」
「お前、地味でモテなそうだから選ばれたのか……」
 室野がボソッと言った。カノジョの質で完敗だが、理由がこれならプライドへのダメージも小さくて済むな。
「ベ、別にそういうことじゃ……」
 慌てるナガミーだが。
「そうでなきゃ俺がこんな美少女の彼氏になれる訳ないだろ?」
 それより一歩先に三沢が認めた。三沢も自分が地味なのは承知の上だ。
「そういう意味じゃ俺は美香だけのものってことだな」
 何を言ってるんだ。これが三沢流のカレシぶった発言なら、いろいろ間違ってるぞ。しかもナガミーもこれで喜んでるし。
 ちなみに。
「俺は……?」
 俺も友達にカウントされるのか、下僕扱いなのか確かめておきたい。
「あなたみたいな男の人は初めてなの」
「え」
「だって、あなたって私に興味ないってはっきり言ったじゃない。それに、最初からずっと冷めきったような目で私を見てたわ」
「分かるなぁ。流星っていつもそう。興味なさそうな、冷めきった感じでさ。たまに興味を持つと悪そうな顔で笑うし」
 樹理亜が余計なことを。
「おい、俺ってそんなか」
 言われてみれば……そんなか。
「じゃあ、つまりはアレっすか。自分がかわいすぎて女の子の友達ができない、男も女の目が怖くてどうでもいいのとしか接することができない、と」
 贅沢な悩みといえなくもない。小学生の頃の体験がトラウマになっているようだし、贅沢と切り捨ててしまうのは酷だろうし。
「そう言うことなのかしら……」
 ナガミー自身は自分のことを客観視できていないようだ。これでは自己解決できないのも無理はない。
「これって、女の子に対する恐怖心みたいなのをどうにかしないと、どうにもならないよね」
「だな。……男性恐怖症になる女ってのならよく聞くけど、女性恐怖症ってのはあんまり聞かないよな」
 なんか、だんだん人生相談じみてみたな。まだ2回しか会ってないような相手にする話か……?まあ、2回しか会ってない女の子の深い事情を掘り下げたのは俺なんだけど。
「その根元が他の子から嫉妬かぁ……。どうしたらいいんだろ」
「……ねぇ」
「きゃ」
 いつの間にか樹理亜の背後に町橋が立っていた。町橋は樹理亜の肩に手を回して色っぽく耳元でささやく。これを男相手にやったらひとたまりもないだろう。
「あなたが彼女の友達になってあげたら……?」
「えっ、あ、あたし?」
「そう。……聞いてると、他の子が好きな男の子の気を引いて嫌われるのが怖いんでしょ?」
「聞いてたんすか」
「だって。なんか面白そうだもん。……りゅーちゃんはあの子のこと、好きになることはなさそうだしぃ。それならあの子も安心できるんじゃないの?」
「確かに、そっすね。樹理亜も貴重な女友達を作るチャンスだぞ」
 今のところ、学校で友達と言っていい女の子はアッキーと園芸部連中だけだしな。
「で、でも。学校も学年も違うのに……何をすればいいの?」
「メル友とかでいいんじゃない?」
「あ……。それくらいなら……」
 そんなこんなで樹理亜とナガミーがメアド交換を始めた。……これで樹理亜とナガミーが晴れてお友達になっちゃったら、今後会うこともないなんてこともないよな。その前提でしたぶっちゃけ話もあったんだが。……まあ、俺のことじゃないからどうでもいいや。

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