Reincarnation story 『久遠の青春』

26.それぞれの転機

 さて、どうしたものか。余計なことを言えば留奈は泣き止むどころかますます号泣しかねない。泣く泣かないと言う短絡的な話もそうだが、下手なことを言えば留奈を傷つけてしまう。
 心の中には“それはそれでで俺から心が離れてくれるかも”などという血も涙もない考えが過ぎったりもするが、それにもうまいことこの事態を収めないことには事態がこじれるだけだ。
 この状況を打ち破ってくれる女神がツインテールをピョコピョコと揺らしながら歩みでた。腕を組んだちょっとおませなポーズで言う。
「この際だからさ。はっきりさせちゃおうか」
「ん?何をだ」
「留奈がさ、りゅーちゃんに隠してるつもりで隠せてなかった過去のアヤマチのことよ」
 とりあえず、今のなかスッチーの発言について言っておきたいことはこれだ。
「その呼び方はやめろ。やめてくださいお願いします」
「ごめん、うつっちった。とにかくさ。あんたの全裸特攻玉砕伝説はあんたの中学じゃ相当有名な話みたいだよ。同じ学年なら知らない人はいないんじゃないかなぁって感じだったもんね」
「ええっ」
 驚く留奈。とりあえず、このショックで泣きやみはした。
「待て。追い打ちかけてどうする。とどめでも刺す気か」
 なかスッチーは少し考えて、元気に言う。
「そうね、刺しちゃおっか」
「刺すのかよ!でもってこの状況でもまだそのキャラ続けるんかい」
「キャラって……あたし、別にキャラ作ってるつもりないよ……?まさか、地がロリキャラになってる……?」
 なかスッチーはなかスッチーでショックを受けたようだ。
「……たぶん俺の気のせいだ。見た目のせいですべてがキャラに見えただけだ。気にするな」
 これ以上俺の被害者を出すのは避けたいところだ。
「と、とにかくね。留奈の伝説ならとっくにクラス全員が知ってるの。そんでもって、テニス部員の女子も全員知ってる。ですよね、センパイ」
 突然話を振られた町橋は、ちょっと考えてからうなずいた。
「ごめんねぇ、知ってたぁ」
「男子が知ってたかどうかは知らないけど……」
 男子の方に目を向けるなかスッチー。そこに、更に空気を読めない人が介入する。
「えーと。昔るなっちが裸で告白したこと、知ってる人ぉー」
 挙手を求める町橋。このせいで知らなかった奴にもたった今もれなく知れ渡ったわけだが。この質問に半分くらいは挙手したのがせめてもの救いか。それにしても、案外知ってるもんなんだなぁ。
「っていうかさ。合宿で同じようなことを俺にもしようとしただろうが。思えば今更だぞ」
「えっ。そんなことがあったの?」
 黙って聞いていた樹理亜が驚く。そういえば樹理亜にはその話はしてなかったかも知れない。
「安心しろ、俺は留奈の裸は見てない。宇野先輩が下心全開で突撃して騒ぎになっただけだ」
「好きでもない男の人に裸を見られたの……?それはそれで小西さんの心の傷になってるんじゃ……。蒸し返しちゃダメな話だよ」
「う。そうか」
 留奈の様子を見るが、この話に関してはけろっとした顔をしているのが救いだ。思えばその裸を見た男と毎日平気で顔を合わせているんだし、部員全員に知られているのは分かりきっている。留奈のなかではもう整理のついた出来事なんだろう。むしろ、横で聞いていた一番関係ないナガミーがまるで全裸を見られたんじゃないかと言うほどに真っ赤になっている。
「確かにさ、そんなことしといて今更だよねー。つくづく泣くほどのこっちゃないでしょ。それで、何でりゅーちゃんはそんな話を蒸し返したの」
 その質問に答える前に、なかスッチーに確認しておきたいことがある。
「その呼び方は確定なのか」
「よくよく考えたらさ、君付けで呼ぶほどじゃないなぁって。りゅーちゃんで十分だわ」
「ぅおい。……いやな。そもそも何で留奈はテニスをやってるんだって話をしてて、そのきっかけになったマンガが四角関係だったから、略奪愛が好きなのかとかそういう話に」
「それで中学の時の略奪愛の話になったんだ。……ついでだから聞くけど、りゅーちゃんはなんでテニスやってるの?」
 ついでかよ。
「俺は昔やってたからだ」
 俺がそういうと、樹理亜が考え込み始めた。樹理亜は過去の俺がテニスをやっている場面に思い当たらないのだろう。俺は嘘はついてないが、少なくとも樹理亜が知ってる程度の昔じゃなくもっと昔だ。
「なかスッチーは男目当てだよな」
「分かってるなら言わないでよ」
 もう言っちまった、手遅れだ。ついでなので、この話はこれで終わりらしい。
「留奈もさ。これからのことを考えるなら過去から逃げてちゃだめだよ。過去と向き合って乗り越えてこそ未来は来るんだかんね」
 ほう。さすが日頃おばちゃんキャラだけあって貫禄のあるいいことを言う。ただ今はちょこんと髪を縛った小学生スタイルなので滑稽なのが困りものだ。とりあえず、俺としても似たようなことを言ってやりたかったが、留奈の過去を掘り起こして泣かせた張本人というそんなことを言えない立場だったので、第三者が言ってくれたのはこれ幸いと言えよう。
「でさ、でさ。この際だから中学の時の話聞かせてよ。ねえ。ほらほら」
 ああ、それが目的か。って言うか、髪型変えてまで囲い込もうとしていた男どもがまた町橋の独占状態になってるが、いいのか。
 いずれにせよ、なかスッチーのアプローチは「竹川さんのいる所じゃ話したくないよ……」という、まあそうだろうなと言う理由で空振りに終わり、なかスッチーも「じゃあ、あとで聞かせてよ!」と言って男たちの元に戻っていった。
 そして、この話がこれで終わってしまったことで一番がっかりしているのはナガミーだった。何の関係もない他校の生徒のコイバナでも、相当聞きたいらしい。あんたは三沢と調整してたんじゃなかったのか。

 そうこうしているうちに、ナガミーの最初の試合が始まった。この大会のルールは1ゲーム2セット先取だが、出場者の多いシングルスではトーナメント1回戦のみ1セットこっきりになっている。
 ナガミー1回戦の相手はおっさんだった。1回戦にしてはなかなかの強敵だと思えた。少なくとも、俺では勝てないかも知れない。
 だが、それも最初だけだった。若さとともに失われた体力の差は如何ともしがたい。最後には俺でも勝てそうな感じに弱体化していた。弱体化しなくても、俺に勝ててもナガミーには勝てそうもない。見事なワンサイドゲームだった。老若男女混交のトーナメントって、なんかひどいな。普通に考えれば若い男子有利じゃん。たまたま、女子に破格の選手がいるってだけだし。
「ナイスファイトだ、長沢!」
 白い歯を見せながらとびきりのスマイルを楽勝した破格のナガミーに投げかける桐生。
「あ。ありがと」
 頬を赤らめながらそう言った後、少し寂しそうな顔をするナガミー。まったく、罪作りな男だ。
 次は三沢とのダブルス1回戦だが、そっちは2ゲーム先取というルールもあってまだトーナメント1回戦の半分も終わっていない。回って来るにはまだまだ時間が掛かりそうだ。下手をすればシングルス2回戦の方が先かも知れない。
 その頃。先ほど全力疾走し湯気をたてていた留奈の体は一気に冷え始めていた。流星温めてぇなどと言っていたが、当然温めてやる気はない。
 代わりに、体を温められる場所を見つけてやった。ピンピン球技開催中の施設内は気休め程度の暖房と人の熱気でわりと快適な暖かさになっていることを教えてやる。一人じゃヤダとごねていた留奈だが、温もりの誘惑に負けて施設のなかにふらふらと吸い込まれていった。
 すると、それを見計らったようにナガミーがこっちに寄ってきた。
「ねえ、あんた。合宿の時何があったの?あの子の裸見たの?三沢君、あの留奈さんって言う子に気を使って話してくれないの。あんたくらい下衆で卑劣な人なら話してくれるでしょ?」
「……お褒めに与りどうも」
 その会話を聞きつけて、樹理亜もすり寄ってきた。
「私も聞いておきたいわ。本当になにもなかったんだよね?」
 疑惑を解くためにも、話しておくべきか。
「下衆野郎だと思われてるならなにも気取ることはないっすね。話してもいいっすけど、内緒っすよ」
「もちろん、誰にも言わないわ」
 強い決意をにじませる表情でナガミーは言った。そんなに真顔になることじゃないだろうに。
 俺はあの夜の顛末を掻い摘んで話した。その話を、ナガミーは目を輝かせながら、樹理亜は呆れ顔で聞いていた。
「それにしても、女の子があなたのために裸になれるほど魅力があるように思えないんだけれど」
「あいつは中学時代にも同じことやってますからね。自分の裸に対する価値観が違うんでしょ。あいつにとっちゃ武器みたいなものかと。使えるところでは積極的に使ってやるって言うね」
「見た目によらず、大人なのね」
 溜息をつくナガミー。こちらはまだまだ大人になる覚悟はなさそうだ。
「でもさ、流星。一歩間違ってたら大変なことになってたんじゃないの?女の子が一人でいるところに下心ありありの男の人を行かせるなんて……」
 女の立場で樹理亜が言う。
「確かに青木先輩が裸を見てビビって逃げ出すようなヘタレじゃなくて本能のにまま襲いかかるような後先考えない変態だったら洒落にならないことにはなってたけどさ。そもそもこの場合、留奈が俺を襲う気満々だったんだからな。俺が留奈に襲われてもいいと?」
「それは……困るけどぉ」
 俺の女という立場で樹理亜が言う。
「昔から据え膳食わぬは男の恥なんて言うけど、それは昔の女性が貞淑だったからこそよ。今の時代にはそぐわねえ。いまやその思想がハニートラップでカモにされる変態立国日本を生み出すんだ。据え膳を食うも食わぬも状況次第、毒の仕込まれた据え膳は回避すべきだとは思わないか?それに俺が名指しで呼び出されてるんだから、放置するのもなんだしな。毒味役に食わせるのが一番だ」
 まあ、後付けの言い訳ではあるがな。黙って聞いていたナガミーが呆れ顔で口を挟んできた。
「あなたって、下衆で卑劣な上に鬼畜ね……」
「美少女の罵りはご褒美っすね」
 美少女と言われたのは素直に嬉しかったらしい。少し目尻を下げ頬を緩ませた。
「……あ。ありがと。……それに加えて変態ね。あんたみたいなのにそこまで熱をあげるあの子の気持ちって分からないわ」
「変態同士、類は友を呼ぶってやつじゃないですか。俺は普通の子がいいんで。俺、こう見えて実は普通ですんで」
「そう。普通の変態なのね」
「普通ですんで」
「そうよね、普通よね」
 俺をドSのロリコン呼ばわりした樹理亜にも、何か思うところがあったらしく手のひらを返し俺に同調した。
「私は別にあなたには興味ないの。それよりあの子のことよ。好きでもない男に裸を見られるなんてショックだったと思うけど、よく立ち直れたわね」
「もう次の日には立ち直ってましたねー。おかげさまで俺も大した罪悪感も感じませんでしたがね。一度好きな男に見せてますし、もう減るもんじゃないって言う気持ちになってたんじゃないっすか」
「そんなものなのかしら。私もいつまでも子供みたいに恥ずかしがってちゃダメなのかな……」
「おや、脱ぐんですか」
 樹理亜にひっぱたかれた。ナガミーも顔が真っ赤になる。
「脱がないわよ!でも……そのくらいの覚悟は……いるのかなって」
 何か思うところでもあるのだろうか。まあ、俺の知ったこっちゃない。
「やっぱカレシに迫られたりするんですか」
 樹理亜が食いついた。少し戸惑い気味のナガミー。
「いえ、いないけど……あ」
 急に俺の顔色を気にし始めた。不安そうな目で何を考えてるのか推察できる。
「フリーでも俺は別に狙いませんので、どうぞご安心を」
 そういうと本当にほっとしたようだ。
「でも、その顔なら男なんて選び放題っしょ。……性格のせいでろくなのが寄ってこないとか?」
「ちょ……。年上の親しくもない人によくそんなこと言えるわね。すみませんっ」
 俺に代わって頭を下げる樹理亜。俺から見れば娘くらいの年だしこっちはさんざん好き勝手言われてこのくらい言ってあいこくらいだと思っているのだが、樹理亜に迷惑をかけるのは申し訳ないのでこういう発言は控えるか。……できる範囲で。
 そして、ナガミーも大して気にはしていないらしく、質問に答えてくれた。
「私って……かわいいでしょう」
 自分で言うか。そんでもっていきなりなんだ。
「あー。そっすね」
 極めて適当な返事をしておく。
「私、学園のアイドル的な存在なの。言うなれば、みんなの恋人ってことね」
「それはすごい。何角関係になるんでしょうね」
「だから、テニス部の外にも親衛隊とかができてるの」
 俺の茶々はあまり気にせずに話を進めていく。とりあえず、どういう事が言いたいのかは察した。
「あー。そういう連中が近付いてくる男をおっぱらっちゃうわけっすか。しかも、そういうのって大体女にモテない不細工揃いって言うのが定番だし」
「そうね。その通りよ」
 言い切ったな。どこまでその通りなんだ。全部か。あの腰巾着達が聞いたら号泣しそうだ。
「それに、私かわいいから……」
「それ、二回目ですが」
 俺の合いの手はガン無視された。
「男の人に近付けば大体虜になっちゃうわけ。だからなるべく私の方から男の人に話しかけないように気をつけてるの。それこそ、横取りみたいなことになっちゃうでしょ」
 大した自信だな。
「いっそ、話しかけて夢から覚ましてやった方がいいんじゃないっすか」
「?……よくわからないけど……そういう意味ではあなたとは話しやすいの。興味のなさそうな冷めた目で私を見てくれるから」
 また無意識のうちに面倒なのに気に入られるような行動を取っていたと言うことか。とにかく、自分のことを好きにならなそうだから、気軽に話せるってことらしい。
「そういう意味では桐生先輩も悪くないんじゃないっすか。市村さんにがっつり雁字搦めにされてますし、鈍感ぶりも相当なもんすよ。そう易々とは靡きませんから安心していいおともだちを続けりゃいいんじゃないっすかね」
「う……。それは……。でも私、あの子に……」
 ナガミーは真っ赤になり、急に口ごもりだした。どうやら、そんなに単純な話でもないようだ。
 そして、こんな続きが気になるところで時間切れだ。そろそろナガミーの出番なので準備をしないといけないそうだ。……そうか?あと3組くらいいるんだが。こりゃ、単純に逃げられたな。しばらく放置されていた三沢も無理矢理引っ張っていかれた。それにしても、どこに行くつもりなんだろうか。

 留奈はまだ体を温め終わっていないらしく、戻ってこない。いくら外よりましとは言え、こんな公共施設の燃料をケチった暖房ではそんなにすぐには温まらないのかも知れない。
「さっきのナガミー、何だったんだろうな。あの子って市村先輩のことだろ?何かあの二人の間に因縁でもあるのかね」
 俺は樹理亜に話しかけた。
 先ほど話していて口ごもったとき、ナガミーの目がちらちらといちゃついている桐生と市村の方に向いたのはしっかりと見ている。ナガミーの言う“あの子”が市村なのは間違いないはずだ。
「男には言いにくい話なのかねぇ。樹理亜、今度俺の代わりに聞き出してきてくれないか」
「ええっ。わたし!?」
「さっきの話の続きができるのは俺と樹理亜だけだ。話の続き、気になるだろ」
「んー。気にはなるけど……」
「まだ桐生先輩のことをすっぱりと諦める気にもなってないみたいだしな。予想としては……市村と昔男を取り合ったことがあった……とかかね」
「うーん。さすがにそんなことはないでしょ。そもそも、この応援会企画したのってその桐生先輩なんだよね?そんな因縁があるなら、市村先輩も止めたりしそう。市村先輩は長沢さんのことは知らないと思う。長沢さん、市村先輩の何かを知ってるとか……?それとも、今日になってから何か釘でも刺されたのかな。……ああっ、気になるかも……」
 考えたところで答えなど出ないし、答えが出ないのに考えていればどんどん気になり出す。
「もう、聞いちゃえよ」
「んー。ううーん。……聞いてみようか……」
 けしかける前にそうしたくなるように誘導する、この手は使えそうだな。覚えておくか。
 ナガミーの件は樹理亜に任せるとして、そのナガミーの出番はまだ先。手持ちぶさただ。他の部員たちのところに戻るか。
 先ほどまでは町橋が独占していた男子も、不破と志賀がロリなかスッチーに靡き、靡かなかった年増好みの土橋と連城が町橋のところに残って二人ずつ平等に分け合う形になり安定したようだ。ロリコンがあぶり出されたな。
 それにしても、なかスッチーのせいで町橋の引率の先生感が増大してやがる。高校生がどっちにくっついてもイケナイ恋にしかならなそうだ。イケナイのは見た目だけで実年齢は近いんだけどな。そのなかスッチーが声をかけてきた。
「りゅーちゃーん。ありがとー、おかげでもってもてー」
 やっぱりその呼び方で確定か。そしてこの呼び方をする奴がもう一人。
「りゅーちゃん、あたしのこと嫌い?何でいじわるするの?」
 ハーレムを切り崩された町橋の恨み節。それにしても、この呼び方を二人もすれば、女子全員に伝播するのも遠い先じゃなさそうだ。
「さすがに全部取られたらなかスッチーがかわいそうですから。そのキャラで囲っててもこのロリコンどもはすぐに若い子に取られますって」
「ロリコンって言うな」
「若い子とか言うなぁー。あたしだって高二だぁ〜」
 総ツッコミだ。
「それにみっちんは興味があるの、あたしじゃなくてお化粧なんだもん。不利だぁ〜」
 地面にひっくり返って足をバタつかせる町橋。化粧は大人びてても行動は子供っぽいな。いくらロリに化けても中身がおばちゃんのなかスッチーとはとことん正対称?だ。
 で、みっちんが化粧にしか興味がないってのは何だ。みっちんっていうのはたぶん連城充浩のことだと思うんだが。
 みっちんこと連城が口を開く。
「俺、スタイリスト目指してるじゃん。それなら化粧もできた方がいいかと思って」
 ああ、そういえば女の体に触りまくれる素晴らしい憧れの仕事だとか熱く語ってたっけな。学園祭の時なかスッチーのクラスの手伝いをして思いついただけっぽいが、まだ諦めてなかったのか。
「化粧最高じゃん。顔触り放題だし、間近で見られるし、やってる間は無防備に目まで閉じてるんだぜ」
 とことん動機が不純だ。
「化粧じゃなくてやっぱり女に興味があるだけじゃん」
「なのにあたしには何で興味を持ってくれないんだろー。ちょーかなしー」
 見た目的には町橋も頑張ってるもんなぁ。
「だって先輩、自力で化粧できるじゃないですか。ぼく、する事ないでしょ」
 あれ。何というかやっぱり化粧には興味ありそうだな。
「あくまでも女に化粧するのが目的か……」
 自分好みの女を作り上げる課程に興味があるだけで、完成品に興味はないってことか?なんか、そういうところは工業高校生らしい感じだな。職人的というか何というか。
「もしかしてお前はあれか。目の前に裸の女がいたら、抱きたいという感情より先にどんな服を着せるか考え出すタイプか」
「いやー、それはないなぁ。……どうせ裸になるなら脱がすところからやりたかったとは思うかも……」
 脱がすのも着せるのも好きってことか。女の服にさわることが好きのか……?中身に興味がないわけではないようだが。
 まあ、こいつの性癖なんか掘り下げても仕方がない。勝手にやっててくれ。
 それで、女そのものに興味はあるが町橋には興味がない連城のほかには土橋だけが町橋の元に残り、ほかの二人はロリコンだったわけだ。
「このキャラで二人も釣れるとは……」
「あたし、がんばったもん。体もバンバン使ってさ」
「体って、そのキャラで色気で攻めたのか」
「違う違う。こんな感じ」
 おもいっきりぶりっ子したポーズをしたあと不破の腕にしがみついて見せた。かわいく見せるモーションとお得意の体当たりボディタッチか。
「別に子供が好きな訳じゃなくてな、こんな妹が妹がいたらなぁってさ」
 言い訳がましい志賀。一人っ子は妹キャラが好きか。
「妹がこのくらいかわいかったらなぁ。うちのは本当に小憎らしくてよぉ……」
 こっちは理想とかけ離れた妹からの現実逃避か。とりあえずどっちも妹だと思って接しているようだ。
「えへへー。ありがと、おにいちゃん」
 そういえば、樹理亜にお兄ちゃんって呼ぶようにアドバイスされてたっけ。そりゃあ妹だと認識されて当然だ。確か、樹理亜が提案したのはそれだけじゃなかったはずだが。あれは確か……。
「語尾ににゃをつけるのは……?」
「その一線はさすがに越えられなかったさ……。越えちゃいけないと脳が警報を鳴らしたよ」
 樹理亜の提案は越えちゃいけない一線だったか。
「妹としてみられるってのはさ。……女としてみているうちに入るのか?……平たく言えば、ヤれるのか?」
「大丈夫だ、問題ない」
 迷いのない志賀と、考え込み言い淀む不破。実際に妹を持つ者と持たざる者の差か。
「どちらを集中的に攻めるべきか決まったな」
 なかスッチーに声をかけるが。
「ちょ、ちょっと待って。そんな急にヤるとか言われても心の準備が。それに初体験が幼児プレイっていうのはさすがにちょっと……」
「なんだ、そうか」
「んもー、変なこと言うからたけちゃんとはなしづらいー!」
 たけちゃんは志賀か。
「恥ずかしいロリキャラを演じきって見せた君ならできる!へこたれるな!」
「スポ根無理!うへええー、助けておにいちゃああん」
 不破に泣きつくなかスッチー。一応、妹キャラをやめる気はないみたいだな。
 リアルなお兄ちゃんでもある不破は手慣れた様子でなかスッチーをなだめ始めた。やがて落ち着いたなかスッチーは志賀ともまたどうにか話し始めたが、かなり照れの残る様子でもじもじしている。志賀にはそのキャラもツボだったようで若干鼻息荒くなっている。
 まあ、どうにかなるだろう。と言うか、どうにかなってもどうでもいいや。

 そうこうしているうちにナガミーの順番がやってきた。
 さっき見かけた三沢のクラスメイトだったという室野という奴が彼女同伴でいちゃつきながらコートに入ってきた。その顔は、何というか……普通だ。いや、いっそ微妙だ。あの室野という男とは釣り合いがとれているんじゃないだろうか。
 三沢を引き連れてナガミーもコートに入ってきた。こちらは驚くほど釣り合いがとれていない。
 室野はナガミーを見て目を見開いた。無理もない。室野の彼女とは比べてはいけないくらいのレベルの差だ。
 そして、室野の彼女とナガミーの目があった。二人とも驚いたような顔をする。こっちはこっちで知らない仲ではないらしい。
 室野の彼女がナガミーに話しかける。
「先輩、久しぶりですー。そちらはカレシですか?」
 後輩らしい。久しぶりと言うことは、中学時代の後輩だろうか。トーナメント表によると個のどこにでもいそうな平凡な顔の女は斉藤と言うらしい。名前もどこにでもいる名前だ。ナガミーはしばしの沈黙のあと、その質問に答える。
「そうよ」
 その言葉に一番驚いたのは三沢だった。俺も驚いたけど。こんなのでもいないよりはましだという判断だろうか。そこの室野って男と三沢ならどっこいどっこいくらいだし。
「ちょっと位は手加減してくださいよぉ」
「そうね、考えておいてあげるわ」
「あー。全然その気なぁーい」
 話はそれで済んだようだ。ポジションに着き、ゲームが始まる。
 勝手に三沢のライバル認定したが、三沢のライバルにするにはハードルの高い相手のようだ。さすがに中学の頃にキャプテンに選ばれただけのことはあって、俺よりもうまそう。一般的なテニス部員と言ったところか。斉藤ちゃんは俺くらいだな。顔並にテニスの腕も平凡だ。
 その二人を合わせてもナガミーのほうが一枚上手だった。さらにこの期に及んで三沢も全く役に立たないわけでもない。ナガミーにやられ、たまに三沢にまでやられるといった感じでじわじわと点差が開いていく。最後は心が折れたかバタバタと点を取られてけりが付いた。
 斉藤ちゃんはあーあやっぱり負けちゃったーと言ったノリだが、室野の方はかなりダメージがでかそうだ。かわいこちゃんに無様すぎるほどに蹴散らされたショックか、それが自称三沢の彼女だったせいか。まあ、両方だろう。
「ナイスファイトだ、長沢!」
「あ。ありがと」
 さっきとまったく同じやりとりをする桐生とナガミー。
「三沢もナイスサポートだ!」
「や。どもっす」
 慣れた様子で軽く受け流す三沢。大したことはしてないと思うがな。
「あっけなかったな、お前のクラスメイト」
「こればっかりは相手が悪いとしか言いようがないよ。しかし、こうして間近で見るとマジで半端ないよなぁ。なんかもう、別のスポーツをやってるみたいだ」
 さすがにそれはない。あるとすれば、むしろうちのテニス部がテニスをまともにやってないって言う。
「……そう言えば、室野の彼女ってナガミーと何か因縁がありそうな感じだったな」
 さすがはテニスをまともにやっていないテニス部だけあって、テニスの話はもう終わりのようだ。
「ああ、確かにな。お前、カレシにされたし」
「あれ、マジビビったわ」
 とりあえず、本気で言ってるとは三沢も思っていないようだ。どう見ても売り言葉に買い言葉だし、思うはずもないが。
「折角だし、詳しく聞いてみるか?なっがさわさーん」
「ば……お前本気かよ」
「今回はナガミーのおかげで勝てたけど、いずれは奴を自分の力で超えないとならなくなる日がいつか来るかもしれないだろ?そうなった場合、奴の弱みを握って集中力を削るのも重要な戦術だぞ」
「そんな戦い方するのお前だけだ」
「それにナガミーも誰かが構ってやらないとかわいそうじゃん」
「かわいそうって、誰が?」
 本人が来た。まあ、呼んだんだしそりゃあ来るか。
「今の相手がぼろ負けすぎてカワイソー」
 と言うことにしておこう。
「そんな3秒でバレる嘘をつくなよ」
「……嘘なの?」
 ナガミーが冷めた目で俺を見た。
「お前が余計なこと言わなきゃバレなかったんじゃねーか」
「わりーわりー」
「ま、いいわ。何か用があるんでしょ?さっきの話の続き以外なら話くらいは聞くわ」
 やっぱり構ってほしいんだな。
「今の男、こいつのクラスメイトだったらしいっす」
「室野って言って、東中のテニスの部長だったんですよ」
「あら、そうなの。確かに手強い相手だったわ」
「手強かったんですか。そうは見えませんけどね」
「私から何度も点を取ったと言うだけでもなかなかだわ。あなたじゃ絶対に勝てないんじゃないかしら」
「ええまあそうでしょうね」
 それについてはまあ、同意せざるを得ない。
「そんで、女の子の方は長沢さんの知り合いだったみたいですが」
「ええ。中学の時のテニス部の後輩よ」
 そう言うとナガミーは少し暗い顔をした。やっぱり何かあったような感じか。
「何か過去の因縁でも引きずってそうですねー」
 ズバリ核心に触れてみた。樹理亜が慌て出すがもう遅い。
「え?私のこと?そうかしら」
「中学時代に何かあったんじゃないですか」
「何か……?んー……。何かあったかしら」
 あれ。この反応、しらを切ってるって感じじゃないぞ。本当になにも身に覚えがなさそうだ。
「ええと。さっきの子、どんな子でしたか」
「……ごめんなさい。私、よく知らないのよ」
「え。でも、同じテニス部だったんですよね」
 もしかして眼中にさえなかったってことか。見た目もテニスの腕も問題にすならないし。それで、そんな態度をとり続けたことが後ろめたいって言うことか。
「あの子、あんな感じだから男の人もよってこなくて、つきあいやすかったんだけど……」
 それなのに男ができてて動揺しただけか。それで、三沢をカレシと言って見栄を張ったと。その辺を確認すると、とても歯切れ悪くもそう言うことだと認めた。
 こんなことを歯切れよくあっけらかんとぶっちゃけるタイプじゃないのは何となくわかるのでその歯切れ悪さも気にはしなかったが、後から思えばまだまだ全然本音はしゃべっていなかった。そして、その本音はわりとすぐにぶちまけられることになる。
 その前に。さっき聞き損ねたことがある。ナガミーと市村先輩のことだ。何か蟠りがあるならば解消して桐生と心おきなく友達づきあいをできるように手伝いをしたい。折角この変な桐生とお似合いの変な女の子なんだし。
 ナガミーがどこかに行ってしまう前に、樹理亜をけしかけることにした。

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