Reincarnation story 『久遠の青春』

25.アンタッチャブル

 俺に変なあだ名を付けるだけつけてからナガミーが離れると、樹理亜と留奈がこっちに向かってきた。留奈は少し離れたところで足を止めてこちらの様子を窺っている。
「ねえ流星。長沢さんと何を話してたの?いつの間にそんなに仲良くなったわけ?」
 樹理亜は樹理亜で嫉妬心むき出しだな。これまためんどくせえ……。
「別に仲良くなんかねえよ。俺もなんで俺が話しかけられてるんだって感じだぜ。試合もしたことあるし、話しかけやすかったんじゃねえの」
「ふうん……?で、何を話してたの」
 よほどそれが知りたいらしい。こちらとしても疚しいところはないので教えてやる。
「桐生先輩の横にいる女は誰だって。ありゃあ先輩のカノジョであんたの入り込む隙はないって言っといた」
「えっ。言っちゃったの?」
「隠しといてもいいことないだろ。俺が嘘をつける人間だと思うか?」
「たちの悪い嘘ならいくらでもつけるじゃない……」
 ああ、こういう目をジト目って言うんだな。
「そうだっけ?ま、そんな俺にそんな質問しちゃったのが運の尽きだろ」
「さすが流星ね……。でも、あんまり落ち込んではいないみたい」
 ナガミーの様子を見ながら樹理亜は言う。確かに、失恋したというような雰囲気でもなく、先ほどまでと何ら変わった様子はない。
「そりゃまあ、痛手の小さいうちに言っといてやろうってことだしな。俺って優しいだろ」
「トドメ刺したっかっただけなんじゃないの……。ま、いいわ。行きましょ」
 樹理亜が人の輪に戻っていった。俺ものしのしとそちらに向かっていると、留奈が軽い足取りで向かってきたのでスピードを上げた。

 ナガミーは言われた通り三沢と打ち合わせを始めている。話を聞いていると、私に任せてあなたはおとなしくしていなさいと言うような内容だ。言ってしまうのもなんだが、妥当な作戦だろう。
 三沢以外の男子は相変わらずなかスッチーと町橋に奪い合われている。むしろ、町橋を取り囲む男子たちの横から茶々を入れるなかスッチーという構図に見えるがな。どう見ても町橋優勢だ。桐生と市村は……言うまでもない。
 それにしても、町橋の化けぶりは何度見ても素晴らしい。いつもの町橋はケバい化粧の割にはボケーっとして、頭の上にチョウチョが飛んでいると似合いそうな感じだが、今日はそれに加えてバックに色とりどりの花を添えたいくらいだ。
 そんな町橋について、樹理亜は言う。
「あれってさ、男性向けだと思うよ。メイクも、立ち振る舞いとかもさ」
「そんなのあるのかよ。ってことは、いつもの町橋先輩は女性向けってことか」
「そんなとこ」
「ははぁ。普段は男が避けるような女になってほかの女を油断させておいて、ここ一番で本性を現して男をかっさらうわけだな」
「そこまでのことでもないと思うけど……。でも、そんな感じ」
「普段からあの化粧ならモテるだろうに……。ああそうか、モテたところであの二年に狙われるだけじゃヤマンバ仮面かぶって引きこもりたいか」
「そこまでのことでもないと思うけど……。そうなのかなぁ。ってことは、密かに一年生を狙ってたってこと?」
「そうなのかねぇ。思えば、朝練はよく見に来てたしなぁ。どうせずっと化粧直してるなら人目に付かない場所にいればいいのにとか思ってたんだけど……ずっと鏡を見ているように見せかけて、鏡の横からこっちもちらちら見てたのか」
「そりゃ、朝練を見に来てるんなら見るでしょ。……それ、実はこっそりすっぴんというか、ヤマンバじゃない顔も見せようとしてたんじゃない?」 
「何も考えてなさそうで、案外策士だった可能性もあるのか……」
 女に対する欲の強い他の連中なら、密かにチラ見返しをしてた奴もいるかも知れない。……その割には、町橋を気にかけていそうな奴が今までに誰一人出ていないが。
 ここでいつの間にか忍び寄っていた留奈が口を挟んできた。
「町橋先輩って普段からナチュラルメイクだよ」
 そんなことも知らないの、とでも言いたげな顔で樹理亜を見る留奈。樹理亜も張り合わなくていいのに張り合おうと何か言いたげな顔をするが、特に言えることはなかったようだ。張り合ったところで、町橋となんかなんの接点もないんだからこの点では勝ち目なんか無いぞ。それに、勝つ必要さえないし。
 留奈はこの無意味な勝ちに乗じて自慢げに言う。
「実はあたしさ、合宿の時に町橋先輩のすっぴん見たことあるんだよ」
 でっていう。
「へえー。で、どんな顔だったの?」
 樹理亜がそう訊いた。留奈の吊している餌に俺が食いつく前に取り上げたつもりなのだろうが、人の顔を口で説明するのは難しいだろうし、俺には食いつく気など特にない。
 少しむっとした顔をした留奈だがすぐに気を取り直し、ぶりっ子しながら言う。
「あたしの方がかわいいかなっ★」
 ああそうですか。
 留奈に俺と樹理亜の冷めきった視線が突き刺さっている。樹理亜のフリでこれをやるのはキツかっただろうに。さすがにこのまま生殺しではかわいそうだ。何かリアクションをとってやらないと。
「町橋先輩にチクっとくわ」
「ああーっ。いやああ、やめて流星いぃ」
 しがみついてきた。チクるのを止めたかったんだろうな。樹理亜に引っ剥がされるが、俺も別にチクりに行く気はない。
「変な声出すな。誤解を招くわ。……それにしても町橋先輩、化粧であのレベルまでいけるなら、化粧無しでも結構いい線行ってるだろうなぁ」
「うーん……。あんな顔してなかったけどなぁ……」
 留奈は自分の見た町橋のすっぴんを思い浮かべているようだ。
「なんだ?さっき町橋先輩の正体暴いたのって、すっぴんと見比べてじゃないのか?」
「正体って……」
 樹理亜の横やりを無視して留奈が言う。
「違うよ。声とか、仕草とかでピンときたの。あたし、後ろから見てたし」
 前からだと顔に気を取られるが、顔が見えなければ化粧では変わらない声や体型、立ち振る舞いに気が向くってことか。それだけで分かるっていうのもちょっと凄いが。
「しかし、学校で化粧してていいのか……」
 極めて今さらな疑問が浮かんだ。
「町橋先輩、先生たちにはすっぴん見せたことないって言ってた」
「そういや、そんな話聞いたことあるかもしれねえ……。化粧が素顔だと思われてるのか」
 もうまるでスパイだな。
 町橋はそんな見た目のみならず、行動までもいつもとはまるで別人だ。いつもなら用がないなら地べたに座ってほとんど動かず、自分から男に話しかけることもない。だが今日は男たちに積極的に話しかけ、しかも肩をすり付けてみたり腕を掴んでみたりとボディタッチも多用し、男たちをドギマギさせている。

 体を使ったコミュニケーションならなかスッチーも日頃から多用しているが、手で腰を叩いたりするような色気に欠けるものだ。それに肩からぶつかったりかいなを取ったりしたところで、ほぼぶつかり稽古。いや、今は体型的にだいぶマシになってるんだけどな。マシにはなっていても、色気では完敗であることに変わりはない。
 何にせよ、なかスッチーは男子とのスキンシップで忙しそうだ。おかげで、こうして留奈が野放しになっている。それならせめて、こちらからなかスッチーの手の届く範囲に移動しておいた方がいいのだろう。
 なかスッチーに近寄るということは、なかスッチーと男の取り合いを繰り広げている町橋にも近寄るということだ。そうなると、さっきのやりとりもあるのでこういう勘違いも招く。
「チクらないでぇー。何でもするからぁ」
 また留奈がしがみついてきた。
「チクらないから。チクられたくなかったら何もすんな、おとなしくしてろ」
 ちょっと大人しくなった留奈はまた樹理亜に引き剥がされた。
 それにしても、町橋ってそんなに怯えるような相手か?それに、そんなに怒らせるようなことでもないと思うし。ねちねちイビるネタにはなりそうではあるか。……単に俺にしがみつく口実か?
「んー。何をチクるって?」
 留奈の喚きを聞きつけた町橋の方から寄ってきた。俺にもその色目としか言いようのない目を使うんだな。樹理亜がものすごく警戒し始めた。
「チクったら何かさせないといけなくなったんで、気にしないでもらえるとありがたいです」
「んー?……んー。まいっか。……何かチクられるようなことがあるんだぁ……」
 小悪魔のような視線を俺に向けていたその目を、ちらりと留奈に向けた。一瞬、小が取れて悪魔の目になる。留奈がビビるのも分かる気がした。
「……言っときますけど、ご期待に添えるほど凄いことは言ってないと思いますよ。聞いたら、なぁんだってなる程度かと。……変な禍根残すくらいなら言っちゃった方がいいだろ」
 全力で首を振る留奈。それほどかなぁ。
「ねえ。後でこっそり教えてくれるかな?」
「今予告したらぜんぜんこっそりじゃないじゃないっすか」
「んー、そうかもー。えへへ」
「それにしても町橋先輩ってこんなキャラでしたっけ」
「んー。これがぁ、本当のあたしだよ」
「そんだけこってりと塗っといてそう来ますか」
 しまった、つい本音が。
「それもそっかぁー……」
 少し考えた後、町橋は一歩離れ、手を振ってほかの男たちのところに帰っていった。……目と鼻の先だが。遠くはないが、小声で話す声が届くこともないだろう。気が付くと留奈もいなくなっていた。逃走したようだ。
 町橋が男子と話し始めたのを見届けてから言う。
「間近で見るとやっぱりすげぇな、あの化粧。あの顔でああやって耳元で囁くのは反則だと思うぜ。町橋先輩、やる気満々だな」
「流星もやっぱりああ言う感じの方が好きなの?」
「うーん。基本的に嫌いじゃないが……。後10年もすると手を出せる女はあんなのばかりになるし、今はせっかく若い少女に手を出しても怒られない時期なんだからわざわざ大人っぽいのに手を出すことないな」
「そのおっさん臭い発想、どうにかならないの……」
 無理言うな、中身はまさにおっさんなんだから。
 別の意味で大人っぽい雰囲気を持つ、ちっちゃいおばちゃんのなかスッチーがこっちに歩いてきた。
 町橋が俺のところに来ていた間、鬼の居ぬ間に洗濯とばかりに男たちにアタックを仕掛けていたなかスッチーだが、この短い時間では大した成果はあがってなさそうだ。町橋が戻ってきたことでまた構ってもらえなくなったらしい。このまま今日は諦めて留奈を引き取ってくれると助かるんだが。
「はぁー。町橋先輩、キャラ変わりすぎだわー。やる気出しすぎでしょ。あたしもつられて慣れないエロトークさせられてこっぱずかしいったらありゃしない」
 溜息混じりになかスッチーが言った。
「普段から大概な下品トークしてるだろうに……」
「下品とエロを一緒にしないでほしいわ。下品トークは一緒にうひょひょって笑って終わりだけど、エロは笑ってごまかせないから、なんかセキララ感半端なくって本当にハズいんだから。ましてこっちは色気なんかないんだし」
 その自覚があるからこそ、親近感を武器にしてたわけだが……女としては見てもらえないわな。
「あんたはよくあんなのに迫られて平気だったわね」
 なかスッチーが色気のない目線をこっちに向けた。って言うか、ちょっと待て。
「迫られてないぞ」
「えー。でも町橋先輩『りゅーちゃんにフられちゃったぁ。慰めてぇ』って言ってたよ」
「だからフったとか以前に迫られた記憶がないって」
 そこで樹理亜が口を挟む。
「流星ね、ロリコンみたいよ。今のうちに少女に手を出したいとか言ってたもん」
「……それであんたが選ばれたわけかぁ」
 頷くなかスッチーの言葉の意味に気付き、樹理亜は静かに凹んだ。まあ、この中じゃダントツにお子さまだな。そう言う意味じゃ強ち間違っちゃいない。
「って言うかさ、俺ってりゅーちゃんって呼ばれてんの?そこまで親しくなった覚えもないんだけど」
 いつまでもロリコン呼ばわりされたくないので話題を変える。
「ちゃん付けは全員みたいよ。ヒロちゃんとかコーちゃんとか呼んでたし」
「子供扱いすることでお姉さんキャラを強調する作戦か」
「同じ年上の雰囲気でも、こっちはおばちゃんキャラじゃねぇ。勝ち目ないわー」
「おばちゃんキャラっていう自覚はあるんだ……」
 樹理亜がぼそっと言った。ちゃんと聞こえていたようだ。
「そりゃあ、もちろん。クラスじゃね、母ちゃんっぽいからちーママって呼ばれてんのよ」
「それ、母ちゃんっていうよりクラブっぽいな」
 ママキャラなら娘・留奈の世話はちゃんと見てほしいところだな。
「生憎、この中にマザコンはいないみたい」
 もう一発、溜息をつくなかスッチー。それはいいことだと思うがな。樹理亜がにやりと笑う。
「ロリコンならいるけどね」
 蒸し返されたし。って言うか、今この話題の流れでお子さま認定されて懲りたんじゃないのか。
「じゃあさ、ロリコン目線でアドバイスさせてもらうけど。なかスッチーもその気になればロリキャラでいけると思うぜ」
「えっ。どこがぁ」
「体型……?」
 俺は言わないつもりだったが当たりだ、樹理亜。案の定なかスッチーは凹んだが、樹理亜にしてみればリベンジ成功と言ったところで痛み分けになったな。
「いやまあそれだけじゃなくて、顔も丸っこくて子供っぽいし」
 言ってからぜんぜんフォローになってないような気がし始めた。
「いっそ、髪も横で縛ってより子供っぽくしてみたらどうだ」
「ツインテール?……似合うかも」
 樹理亜もその姿を想像してみたようだ。
「えーえー、やってみましょうかぁー」
 やけくそになってるな。
 なかスッチーは適当な輪ゴムを探し、樹理亜もお手伝って頭の両側をちょこんと縛った。元々肩までもないようなボーイッシュヘアだ。磔のキリストの腕のように上向きのツインテールとやらになった。想像以上に子供っぽい。
「おっ。これは思った以上にかわいい……」
 変な意味でだが。なんか笑えてくる。
 いくら痩せたとは言えあくまでも入部当時に比べればの話だ。色気とは遠いコロコロ体型からは抜け出せていない。出るべきところは出ているが引っ込むべきところも出ているせいで幼児体型になっているのだが、そこに幼児っぽい髪型をすれば似合わないわけがない。顔も童顔チックな丸顔だ。とどめに背まで低い。こどもきっぷで電車に乗れそうだ。
「似合ってるよ」
 どのくらい失礼な意味合いで言っているのかはうかがい知ることができないが、樹理亜もそう思ったようだ。樹理亜はいい子なので、せいぜい顔立ちには似合ってるよと言う意味合いだろう。いや、それでも十分失礼な気はする。
「どんなことになってるの、今……」
 自分のことは見えない。不安になってきたなかスッチーは鏡を見てくると言ってトイレに向かって走り出した。
 本人がいなくなったところでさっきは胸にしまっておいた童顔や幼児体型という単語を心置きなく交えながらなかスッチーの児童風ヘアスタイルの感想を樹理亜と語らっていると、どこからともなく留奈が現れた。
「ちーは?」
 クラスメイトの留奈はなかスッチーをちーと呼ぶ。さっきちーママと呼ばれていると言っていたが、その流れだろう。そういえば、下の名前なんだっけ。
「トイレだ」
「そうなの?会わなかったなぁ」
 どこに逃げたのかと思ったらこいつもトイレだったのか。ま、他に行くところもないか。ゲートボールやピンピン球技を見に行ってもしょうがないし。
「あ、来たよ」
 樹理亜が遠くにいるなかスッチーを見つけた。案外、あのツインテールは遠くからでも目立つ。子供にあの髪型が多いのは迷子になったときにすぐに見つかるようになのか。そんなワケないな。ある程度大きいのにあんな髪型だから目立っているだけだ。
「えっ。あれ、ちーなの?……トイレのところにいた……。あのぴょこんっていう髪の毛だけ出して隠れてた」
 見かけてはいたが、なかスッチーだとは気付かなかったようだ。留奈を見つけて隠れていたようだ。
 自分をじっと見る留奈に気付いたらしく、なかスッチーは足を止めた。留奈も自分が避けられてると分かり、動き始めた。突進する留奈。逃げるなかスッチー。全力で追う留奈。全力で逃げるなかスッチー。あっさりと燃え尽きる留奈。まんまと逃げ仰せるなかスッチー。留奈の運動部員とは思えない体力のなさは相変わらずだった。持久力だけではなく、パワーの無さのせいで全力疾走の全力ぶりがより必死なレベルになり燃え尽きるのも早い感じがする。テニスの試合とかならもう少し体力が保ってるはずだし。
 燃え尽きた留奈の隙をついてなかスッチーが戻ってくる。
「いやぁー。我ながらかわいいわー。かわいいんだけどぉー。変に似合ってることに軽くへこみ中……」
 複雑な気分が顔に出ている。樹理亜は言う。
「そりゃあ似合ってるから似合ってるって言ったんだよ。変じゃないよ」
 いや、変だ。
「幼稚園のころに撮った写真そのままのあたしがそこにいたさ……。容姿的にぜんぜん成長してねぇ〜」
 その写真に写っているなかスッチーの想像があまりにも容易だ。
「だからこそさ、ロリキャラでいけるじゃんってことよ。おばちゃんからロリへ、20歳分の若返り」
「生まれる前に戻ってるじゃん」
「これまでが生きた以上に老けてたんだからしょうがない。むしろ何でわざわざ老けて見えるような振る舞いをしてたんだ」
「別に考えがあってそうしてた訳じゃないんだけど。自然体のあたしがアレなわけよ。……ちっちゃい女の子のころからこんな感じ」
 今もちっちゃいけどな。
「もしかして、オトナぶるつもりでそういうキャラを始めて、そのまま地になっちゃったんじゃないの?」
 樹理亜の推察。思い当たる節はあるらしく、なかスッチーも納得したようだ。
「そうかなぁ。……そうかも。きっとそれだわ」
「それなら今こそ失われた少女時代を取り戻すチャンスだな」
「あたしの少女時代って失われてんの……?これからだと思ってたんだけど」
「その髪型ならこれから15年くらいは少女でいられるよ」
 樹理亜がなにげにヒドいことを言った。このなかスッチーは5歳なのか。それとも15年生きてきて小学生という比率を考慮しての数字なのか。とりあえず、なかスッチーがそんな理系的な発想するはずがない。なんだかわからないがあと15年は子供と言われた。それだけだ。
「はいはい、それじゃ心行くまで少女を満喫してきますかねぇ!」
 あ、怒った。
 しかし、少女を満喫とは言えやることは男漁りなんだよな。少女の行動としてはいかがなものかと。
 そこに先ほど燃え尽きた燃えカスの留奈がにじり寄ってきた。なかスッチーはそれに気付いてまた逃げようとした。俺はなかスッチーのズボンのゴムを掴んだ。パンツが見えるほどは伸びない。
「ぎゃあ。何すんの」
「すまん、他に掴みやすそうな所がなかった」
 そうこうしているうちに留奈がやってきた。なかスッチーも諦めたようだ。
「ちいいぃぃ……なに……その……頭ぁ……」
 俺はその息も絶え絶えぶりの方が気になる。
「オトナのオンナ路線じゃ町橋先輩に勝てないから若さで勝負することにしたの」
 若すぎだけどな。俺はなかスッチーに確認してみる。
「トイレの所で会ったんだって?」
「あたしが入ろうとしたら留奈が出てきたのよ。慌てて看板の裏に隠れたわー。やり過ごせたから見つかってないと思ってた」
「こっち見て……隠れたから……」
 息の上がった留奈の言うことを簡潔にまとめると、人の顔を見て隠れるような失礼極まりないガキンチョが留奈も気になって、よく見ていたそうだ。
「それで気付かなかったのかよ」
「だってぇ。髪型違うもん」
「服で分かるだろ」
「そういう服の人、いっぱいいるし……」
 まあ、それは確かに。女とは個性的な服装を求めて最先端を追い求め、みんなで個性的な服を着て結局没個性に落ち着く生き物だ。髪型の方が個人を識別するポイントとして優先されるのは当然なのかもしれない。日頃髪型を変えたりしない人間がほんの数分前に見た髪型と違う髪型で顔を隠して現れれば別人だと思っても仕方がないか。
「どうよ、この頭。今までのおばちゃんヘアーより似合うよな」
 留奈に聞いてみたが。
「ちょ。ちょっと待って。あたしキャラは確かにフレンドリーおばちゃんで売ってきたけど、容姿はおばちゃんイメージしてないんだけど!」
 反応したのはなかスッチーの方だった。
「あ、そうなの?……そうだよな、おばちゃんをイメージするならまずはパーマだよな」
「そのイメージもちょっと偏りすぎだよ……」
 樹理亜が言うんだからそうなのかも知れない。
「似合うー。かーわいいーっ」
 留奈は話の流れを無視してなかスッチーに抱きついて頬ずりし始めた。
「ちょ。あたしそういう趣味ないから!」
 留奈にそういう趣味があれば苦労しないのに。
 とりあえず、なかスッチーは少なくともこの髪型でいけることは確かだ。あとはこの見た目に合ったキャラ作りだ。とにかく子供っぽく、といったところか。
「基本ぶりっ子よね」
 なかスッチー自ら基本方針を打ち出した。俺も意見を出す。
「なかスッチーは無駄にスタミナあるし、駆け回ったり飛び跳ねたりしてみるのはどうだ」
「首とか体を斜めにすると男に媚びられるよね。同性から見るとムカつくけど」
 ムカつくとか言う留奈だが、樹理亜が近くにいるときの留奈はよくやってるな。ムカつかせる目的もあってのことか。
「おにいちゃんとか呼ぶのは基本よね。あと語尾ににゃとかつけたり」
「……最近毒されてきてるぞ、樹理亜……」
「え?」
 とにかく、キャラはできあがってきた。なかスッチーは一度そのキャラを試すべく、町橋の逆ハーレムに特攻を仕掛けた。男子は完全に戸惑っている。
 ぴょんぴょん飛び跳ねつつ甲高い声でお兄ちゃんを連発しているのは聞こえた。語尾ににゃをつけてるかは分からない。そして1分と経たず全速力でこっちに戻ってきた。
「恥ずいんデスケド!エロトークより恥ずいんデスケド!」
 確かにユデダコみたいに真っ赤な顔だ。
「こっちも見てて恥ずかしいから気持ちは分かるぞ。でも、最終的にエロトークよりも恥ずかしいことをされる展開に持っていくのが目的だろ。このくらいでへこたれてどうする」
 自分で言っておいてなんだが、このキャラに対してそこまで欲情するのもどうかとは思う。
「そんなスポ根みたいに言われてもぉ。恥ずかしさのカテゴリーがまず違うんデスケド!」
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍ばねば町橋先輩には勝てないぞ」
「それ負けたときのじゃん!」
「負けっぱなしのでいいのか!」
「そりゃ、よくないけど」
「まずは自分に打ち勝て!迷いを捨てろ!」
「はいっ、コーチ!って違うから!……まあ、行くけど……」
 奪われたハーレムの奪還に向けて再度突撃するなかスッチー。今度は覚悟ができたか戻ってくることはなかった。さっきはどん引きと言った雰囲気だった男子も、慣れたというか受け入れる気になったようだ。
 さっきは大人のオンナと大人のオンナのキャラ対戦でよりフェミニンかつエロスを醸し出した町橋の圧勝となったが、今度は大人のオンナと子供のオンナの勝負、カテゴリーが違う。食いつく奴もいるようだ。今度はうまく行くかも知れない。

 なかスッチーの男狩りが軌道に乗ると、留奈がまたフリーになってしまうのが困りものだ。
 そういえば、せっかくのテニスの大会だ。留奈を押しつけられるような選手を捜してみるか。……いや、だめだ。基本的にテニスのレベルは低い。たまにうまい男選手がいてもパパーがんばってーとか言われてる。うまくて若くて独身のそこそこイケメンなんて言う都合のいい選手がいたら奇跡のレベルだ。
 そういえば。基本的なことだが、留奈は何でテニスのうまい男が好きなんだろう。留奈自身がそんなにテニスがうまいわけでもないし、それどころかテニスをやっていけるだけの体力さえない。それなのにテニスにこだわる理由も分からない。
 今日はすることもないし、たまには留奈の話でも聞いてみるか。
 留奈もだんだんまともにしゃべるくらいに回復してきた。早速、そんなに疲れやすいのになぜテニスをやってるのか聞いてみる。
「『みどりの四角』よ」
「……なんだそれは」
 樹理亜は知っていた。説明してくれる。
「テニスの少女マンガよ。アニメにもなって、私も加奈子と一緒に見たなぁ」
「緑の四角って、テニスのコートのことか」
「そうだね。……でも、今になって考えればそれだけじゃなかったんだなー」
「ほう?」
「主人公の女の子もみどりって言うんだけど、かっこよくてテニスもうまい先輩のギンジって言う人が好きなの」
「時代劇みたいな名前だな」
「ほっといてよ。でも、その人を好きなアカネって子がいて、ライバルなの。それでね、もう一人幼なじみのキンタって男の子がいて、みどりのことが好きなの」
「露骨に噛ませ犬臭い名前だな……」
「確かにね……」
「って言うか、四角関係かよ。昼メロならともかく、子供のマンガの題材じゃねえ」
「そう?少女マンガはみんなそんな感じだよ。でね、キンタはみどりを振り向かせたくてギンジに勝負を挑んだりするんだけど、ぜんぜんダメで。アカネはアカネでみどりより強くて、みどりは勝てないの。でも、がんばって少しずつ強くなっていくんだ」
「原動力が欲情ってだけで、あとはまあよくあるスポ根だな」
「欲情って言うな!純情だから!」
「純粋な欲情か」
「そうそう。ってちがーう!変な茶々入れないの!アカネとしてはみどりが目障りになって、意地悪してきたりするの。そんなアカネからみどりを守ろうとキンタががんばるんだ。アカネはキンタがみどりを好きだってことに気付いて、この二人をくっつけることで邪魔者を消そうとするの。そのためにキンタを鍛えて強くしようとするんだ」
 あれ。なんかアカネのやってることが俺のやってることとかぶってるぞ。俺、悪役っぽいのか?
「それで、どうなるんだ」
 その俺の分身たる少女の運命やいかに。
「あ、気になってきた?あのね、キンタを鍛えるためにずっと一緒にいたせいで、アカネはキンタとデキてるんだと勘違いされちゃうの。それでギンジはみどりだけを見るようになってね」
「策士策に溺れるって言う奴だな。略してサクサク」
 とりあえず、俺に置き換えて考えると、鍛えた一年男子たちと俺がデキてると思われるという展開になるわけだ。さすがにあり得なすぎる。何の参考にもならないな。
「キンタはいよいよみどりを巡ってギンジと最後の勝負に挑むの」
「そういえば主人公、影が薄くなってきてるな。で、キンタがギンジをやっつけてみどりが真実の愛に気付く、と」
「ううん。ギンジが勝ってみどりとくっついてハッピーエンドだよ」
「ありゃ。ここはキンタにがんばって欲しかったな。余ったアカネくらいはもらえるんだろ」
「ううん。アカネはキンタを鍛えてる最中にパパがアメリカに転勤になって、一緒にアメリカ行っちゃってる」
「なんて救いのない……。キンタ、悲惨すぎる……」
「うーん。今思えば、確かに……」
「それで、そんなマンガに感化されて留奈はテニスを始めたわけか」
 最初俺は留奈に話しかけたのに、その後のべつ樹理亜と話してたせいで留奈ほほっぺはほおずきみたいにパンパンに膨れていた。話しかけると空気が抜けた。
「そう。ギンジかっこよかったんだよ、流星みたいに」
「ギンジの方がかっこいいよ」
 樹理亜と留奈の意見は合わない。
「そう思うなら流星よこしなさいよ」
「あたし、二次元に恋する趣味ないから」
「あたしだって」
「あーはいはい、どうどうどう。それで、そんなマンガの影響で多角形的な略奪愛が好きなのか」
「何でそうなるの。好きじゃないよ、そんなの。この子がいるの知ってて流星のこと好きになったんじゃないもん。好きになったらこの子がいたんだもん」
「じゃあ、中学の時のはどうなんだ」
「え……」
「略奪愛じゃないのか、あれは」
「流星、……知ってるの?あたしの中学時代のこと……」
 留奈の顔は真っ青になっている。そういえば、留奈とはこんな話をしたことはなかったな。こんな話、本人がするはずもない。当然、俺は知らないものだと思っていたようだ。
「俺のクラスのタカから聞いた。佐藤隆……お前と同じ中学だろ。……全部かどうかは知らないが、テニス部の先輩に……その。ものすごく大胆なアタックをして、玉砕したとか言う話をだな」
 隠しても何にもならないので正直に話す。留奈の顔が歪み、目が潤み、声を上げて泣き出した。当然、周囲の注目の的になる。
 どうしたものかと心の中で頭を抱えつつ途方に暮れていると、門外漢のナガミーが駆け寄ってきた。
「どうしたの?あなた、何をやったのよ」
「何をと言われても。……俺はただ、過去の古傷を鋭く抉っただけだ」
「どう考えてもただですむわけないじゃない、そんなの。何やってるのよ……」
 そこになかスッチーも寄ってきた。
「なぁに?どしたの?」
「何気なく留奈の中学生の時の話を出しちまってさ。俺に知られてたことを知ってショックを受けたみたいだ」
「中学って言うと……全裸告白の話?」
「ストレートに言うなよ……。俺だってオブラートでくるみまくって生春巻きにして言ってるんだぞ」
 事情を把握していないナガミーだけが何の話をしているのか分からず戸惑っている。
「全裸?……全裸?」
 オトシゴロ娘らしく気にはなるようで、頬を染めながら譫言のように全裸を繰り返している。端から見たら相当アブナい。とりあえず、放っておこう。
 ひとまず今は、とにかく留奈を泣き止ませることだ。

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