Reincarnation story 『久遠の青春』

24.ちょっと早めの再会

 風は大分冷たくなってきた。冬が確実に近付いてきている。そして、2年生の男子には既に冬の時代が大分前から続いている。夏の合宿から既に始まっていたが、親善試合で一気に冷え込みが厳しくなった。
 親善試合での勝者、江崎とそれにくっついてタナボタの勝利を得た宇野、あとは俺とペアを組んだ桐生以外全滅した2年男子は、部内での立場がさらに悪くなっていた。タナボタの宇野以外すでに勝ち組で、負けても影響がない奴らだけ勝ったのはなんとも皮肉なことだ。
 負け組連中にはこれまでのように先輩風を吹かせてコートを我が物顔で使う勇気さえなくなったようで、午後の部活でも俺たちがコートを使える時間が増えた。いつも通りの桐生や江崎が、あまりコートに入りたがらない2年生の代わりに1年生を呼ぶようになったからだ。
「俺たちは高商の長沢の最後の言葉の通り、君たち1年生をしっかりと育てていかなきゃならないんだ。これからはいくらでも胸を貸そう!さあ、俺の胸に飛び込んでこい!」
 爽やかに言う桐生だが、その最後の一言はなんか違うと思う。それは女に言う科白じゃ。あと、最初の一言にあった最後の一言ってのもちょっと違うよな。それじゃナガミーが死んだみたいだぞ。あのときナガミーは弱い2年生の方を1年生だと勘違いしてそれを言ったんだがな。指で差しまでして1年生呼ばわりされて2年生凹んでたじゃん。自分に関係ないから気付いてなかったんだろうなぁ。自分に関係あっても気付いたかどうか怪しいけど。でさ、だからセリフ一つで何度ツッコみ入れなきゃならないんだ。もうやだこの人。だからといって聞かなかったことにするのはなんか負けたような気がするし。
 もうやだとは言いつつ、そんなこんなで桐生の言う1年生には当然俺も入っていて、確実に俺と桐生が絡む機会は増え、ゴールデントリオとして揺るぎない感じになってきた。
 ほかの1年男子も桐生の指導のおかげで確実に上達してきている。不思議なのは今まで同じ条件で桐生と練習をしてきたはずの2年生があのザマだってことだが……単純にやる気の差か。
 江崎の力で得た勝利を笠に着て勝ち組を気取っていた宇野も、練習相手の1年生や女子にボコボコに負かされてすぐに他の2年生のところに逃げ帰っていった。
 何かイベントがあるたびに2年生の立場が悪くなっていくな。来年のインターハイまで連中の心はもつのか?もっても試合に出られるのは男子じゃ桐生江崎と1年生だろうけど。ここで一念発起して勝てるように練習をすべきだろうが……だめだろうな、この2年生じゃ。
 1年男子以外にもそれ以上の急成長を見せている部員がいる。親善試合の時も意外な強さを見せていたなかスッチーだ。パワーとスタミナはそのままに、ド素人だった腕前もあっと言う間に人並みになり、女子の中でも指折りのプレイヤーに育っていった。人並みで指折りになれるテニス部はどうかと思うが。
 それもそのはず、なかスッチーはこう見えて小学生の頃はソフトボール部でキャッチャーをつとめていたらしい。いや、キャッチャーは見た目通りなのか。そして、打者としても強打者だったそうだ。運動が苦手というわけでもなく、むしろ球をひっぱたくことに関しては手慣れていたということだ。
 スポーツから遠のいていた中学校以来の3年間ちょいで腹の周りや二の腕などがすっかりぽにょぽにょになったが、だんだん勘や運動能力を取り戻し、ついでに贅肉も落ちてきたようだ。そのおかげでどんどん可愛くなっていく。太っている時もちょっと可愛かったけどな、ウォンバットみたいで。
 だんだん我が校のテニス部もテニス部らしくなってきた。よねまよもテニス部をここまで育て上げることができたんだと感慨深げだが、あんた何かしたっけ。

 そうこうしているうちにいよいよ冬本番になり、生徒たちは気持ちを切り替え始めた。……冬休みモードに。
 そしてその前にクリスマスという大きなイベントが控えている。日本では主に異国の神の生誕などそっちのけで自分たちの恋の進展に躍起になる日だ。
 特に高校生ともなればそろそろオトナの恋に期待する年頃。その日が特別な日になるかどうかそわそわし通しだ。もうちょっとオトナになれば、いつもやってることをいつも通りやって、なんかいつもと違う気分にだけなる日に成り下がるが、少年少女たちは自分たちにそんな日が訪れようとは思ってもいないのだろう。ああ、そういえばすでにそういう感じになってる奴らが我がテニス部にもいたっけな。
 テニス部は元々それが目当ての連中が集まっていると聞いてはいたが、男子はともかく1年の女子は一部を除いて男漁りに積極的ではない。それには理由があった。それも、2年の男子に原因があったようだ。
 去年の1年女子、つまり今の2年女子もまたロマンスに憧れてテニス部にやってきた。そしてすぐにイケメンツートップである江崎と桐生を巡るバトルが勃発。電光石火で今なお続く二組のカップルが誕生したそうだ。
 例年なら残った男女が妥協しながら一組、また一組とくっついていくのだが、その年は違った。江崎と桐生が抜けると妥協のために越えなきゃならないハードルが一気に高くなる。
 見た目で言えば大村、鴨田、宇野の順くらいでマシだが、大村は変態性欲魔神で鴨田はオタク、宇野はバカで、鴨田あたりからはこれが私のカレシだとはちょっと紹介しにくいレベルだ。
 上級生の残りのうちマシな方とくっつく女子もいたが、マシでも所詮残りカス。見た目だけのろくでなしだったそうだ。そいつの話題になると2年の女子が全員口を噤むあたりでどれほどだったかが伺い知れる。
 そんな感じで、女子の間からはテニス部ですてきなロマンスが掴めるという噂が消えたようだ。そんな話を根室からアッキーが聞いたと樹理亜が言っていた。間にこれだけの人間を挟んだ伝言リレーなので元の話にどのくらい尾鰭がついているかは分からない。
 そして、女子に比べて噂の伝達が遅い男子の間にだけ、ヤれるペニス部伝説が消え残って細々と伝わったらしい。俺には伝わってこなかったがな。その程度の残り方だったってこった。
 おかげで一年の女子は積極的なのは留奈くらい。あとは女同士で相思相愛の裕子と舞、脳天気で恋とは無縁そうな奈美江に奥手な夏美と男を狙う女は居なかった。
 だが、そんな状況を一変させるきっかけを作る出来事が起こった。なかスッチーの入部だ。
 欲望にギラつきながらやってきたなかスッチーは、クラスメイトの留奈が俺にべったりなのをいいことに、留奈にコバンザメのようにくっつきながら男子の輪にナチュラルに入り込んできた。元々1年の男子がきっかけで入部したということもあって積極的に1年男子に接触し、すぐにハーレム状態ができあがった。
 そして、チビデブのウォンバット女がハーレムを作ってる状況を見て、満たされぬ欲望を持て余していた2年女子に火がつき始めた。俺たちの知らないところで、密かに手薬煉は引かれていたのだ。

 12月上旬のある日。桐生がこんなことを言い出した。
「今度の日曜日、長沢が試合をするらしいんだ。応援に行かないか?」
 ナガミーが市民大会に出場するそうだ。桐生にとって強敵と書いてともであるナガミーが誰かに立ち向かうところを、友として応援に行こうということらしい。
 その提案に対する部員の反応は様々だった。美少女の肉体が躍動する様を眺める時間は素直にかけがえのないものだと感じている1年男子は全員乗り気だ。一方、1年女子は興味の無さそうな奴らがほとんどだった。「流星がいくならあたしも行くっ」という留奈と、「男子が行くならあたしも行こっかな」というなかスッチーくらいか。どっちもナガミーなどどうでも良さそうだ。とりあえず、なかスッチーがついてきてくれるのは助かる。留奈をある程度手懐けて暴走を押さえてくれるし。
 2年の女子も反応は微妙。江崎の彼女の穂積はデートだそうだ。ということは、自動的に江崎も来ないと言うことになるだろう。桐生の彼女の市村もデート気分だ。桐生が行くから自分も行くというとのこと。つまり同じデートでもこっちは来る。桐生が女に会いに行こうとしているわけだが、桐生にとって友なので知ったこっちゃないようだ。いちいち気にしていては桐生の彼女などできない。
 根室は「は?行くわけないじゃん」とはっきりした態度、町橋は「どうしよっかなー」とはっきりしない態度を示した。はっきりはしていないが、何かの呪術の儀式のように鏡をじっと見つめたままだ。どうみても興味は無さそうだな。化粧をチェックしているだけだが呪術的に見えるのはヤマンバメイクのせいだろう。
 カワイコちゃんを拝みに喜んでついてくるだろうと思われた2年男子の負け組勢は、意外なことに揃って辞退した。ナガミーへのトラウマが強すぎるようだ。そこにきて、女子がほとんど来ないことがとどめになったみたいだな。

 ひとまず応援の参加メンバーは決まったが、そこに一人飛び入り参加があった。
「ねえ流星。今度の日曜日、長沢さんの応援に行くんだって?」
 樹理亜がいきなりそう切り出してきた。どうやら、またアッキー経由の根室発らしい。情報技術科だからと言うわけでは無かろうが、情報の早いことだ。根室もかわいい後輩と話すきっかけに俺を持ち出すのが手っとり早いのだろうが、こう逐一動きを報告されるとまるでスパイだな。
 それはいいとして、俺が出かけるとなると樹理亜にとっても外出するいい口実だ。当然といった顔でついてくることになった。
 そして、飛び入りは樹理亜だけでは終わらなかった。
 当日、日曜日の朝。会場に行く前に学校付近の駅に集合する参加者たち。
 言い出しっぺの桐生が重役出勤するのをだらーっとだべりながら待っていると、一人のねえちゃんがこっちに向かってきた。
「来ちゃった」
 ねえちゃんはそう言うが、それは俺たちに言ってるのか。
 見た感じ、女子大生と言ったところか。明るい栗色のストレートヘアを揺らし、白い肌と対照的で鮮烈な真紅の唇の端をそっと持ち上げ、優しげに細めた目で一同を見回した。こんな知り合いは誰にもいないようで、全員不思議そうな顔をしている。
「どしたの?あたしのこと、忘れちゃった?」
 忘れてはいない。忘れたのではなく、知らん。誰だあんた。
 だがしかし、何かが心に引っかかる。俺の記憶の奥底に、この女が存在してる気がする。
 その時、留奈が戸惑ったように言う。
「えっ……?町橋先輩……?」
 女は当たりだよとでも言いたげに微笑みを浮かべる。全員別人に見えるほどに目を見開いて、町橋らしき人物を注視した。別人にしか見えない町橋らしき人物だが、町橋だと思って見てみると、優しげなまなざしはいつものやる気を感じさせない薄目と何ら変わらないし、妖艶な微笑みを浮かべた口元も色が違うだけでいつものボケっとした半笑いだ。注意深く見れば見るほど、いつもの町橋の単なる色違い、まるでドラクエのモンスターだ。しかし、色を変えただけでここまで変わるのか。女、おそるべし。完全にモンスターと言っていい。
 正体が分かった上で言わせてもらうが、誰だあんた。留奈は女の勘と毎日顔を合わせているよしみで正体にいち早く気付いたようだ。これまた女おそろしや。
 正体も明らかになり、町橋は自然に俺たちのグループに混ざった。が、見た感じは不自然だ。高校生の集団に一人だけ大人が混じっているようにしか見えない。だがむしろ、巡り巡って引率の先生に見えてきた。よねまよより大人に見えるな。
 そんな飛び入り町橋のせいで、微妙な緊張感に包まれた一団に、緊張感の全くない二人が近寄ってきた。
「やあ、待ったかい?」
 デートに少し遅れてやってきた男のような一言とともに桐生カップルがやってきた。集まった一同の顔を見渡す。町橋と目があった。町橋から目が逸れる。
「よし、全員そろってるな。それじゃ、いこうか!」
 さわやかにガン無視した。気付いてないのか、気にしてないのか。相変わらずすごいな。

 電車に乗り、大会会場付近の駅に到着。バスに乗り、さらに会場のそばで降りて数分歩くと会場に到着した。市民球技大会というイベントで、テニスの他に卓球、ゲートボール、ボウリング、ピンボールの試合が行われている。どういう取り合わせだよ……と思いながらよく考えたが、どれも個人で参加できる競技だと気付いた。おひとりさまも気軽に参加してくださいってことだな。
 ピンポンとピンボールのピンピン競技は屋内なので広場横のこぢんまりとした施設内。テニスコートの横では一様に手にハンマーを持った老人たちが黙々と最終調整の素振りを行っている。何ともいえない静かな気迫に包まれているな。
 テニスの参加者は全体的に若いが、比較的幅広い世代にわたっている。学生も多いが、テニスブームに乗って始めたらしい昔の俺と同世代のおっさんおばさんが多いか。
 そんな中でも、ナガミーは外見的に強烈なオーラを放っていた。雑草に混じって凛と咲き誇る一輪のひなげしのようだ。そんなナガミーに気付いた桐生は遠慮もなく声をかける。
「やあ!調子はどうだい?」
「えっ……?」
 いきなり声をかけられ、ナガミーは明らかに戸惑っている。身に覚えのない人に声をかけられた戸惑い方ではなく、予期していない知人にあった時の戸惑い方だ。
「今日は君のために来たんだ」
「えっ」
 さらに戸惑うようなことを言う桐生。おまけにナガミーに歩み寄ると、やにわにその手をぎゅっと握る。……しかし、握り方がその……熱い男同士の握手って感じの握り方だ。女性の手を握る形じゃねえ。
 奇襲を受けて完全に混乱しているナガミー。一般人がこいつの発言の真意を知るには通訳が必要だろう。……ナガミーか一般人かどうかは怪しいが。
「ちーす。暇なんでみんなで応援に来ましたー」
 俺が言うと、ナガミーはそういうことかというような顔をした。俺はついでに言う。
「今日は腰巾着の皆さんいないんすね」
 ついでという気持ちが先行し、かなり本音に近いワードが出てしまった。
「あいつらとは学校の外でのつきあいなんてないわ」
 腰巾着で通じてしまうあたり、ナガミー自身も連中を腰巾着だと思っているようだ。……それなら、問題ないか。
「今日は学校と関係ない試合だから……。部員には教えてないの」
 部員にも教えてないような試合をどうやって桐生が知ったのかが気になる。どうでもいいが、俺が話しかけたとたんに高飛車な雰囲気に変わったな。
「あなたたちも、今日は1年生はいないのね」
 まだ誤解しているようなので、一応言っておく。
「今日来てないの、2年生の方っすよ。俺、1年っす。敬語使ってるじゃないっすか」
「あら、そうなの。……まあ、どうでもいいわね」
 ここにはいないが、1年生呼ばわりされている2年生にとっては大問題だ。俺たちには……どうでもいいかな。
「俺は2年さ!」
 反射で発言する桐生。そういえば、まだ2年だと思ってた頃からナガミーは俺には高飛車な態度だな。となるとこの態度、年下だからってことじゃないし、もしかして俺ってなめられてるのか。
 桐生が口を開いているついでだ。さっき気になったことを聞いておく。
「部員にも話してないような試合のこと、先輩はどこで知ったんすか」
「俺は鴨田から聞いたんだ」
「じゃあ、情報元は裏サイトあたりっすかね。……それなら、部員も知ってそうだけど」
 今後のナガミーとのつきあいのことも考えれば、知っていたとしても呼ばれてないなら来ないかもしれん。
「うらさいと?なにそれ」
 おっといかん。裏サイトはちょっと前までナガミーのエロコラがばらまかれたところだ。せっかく根が絶たれたのに蒸し返すことはないな。
「鴨田はインターネットで見たって言ってたぜ」
 蒸し返すなってのに。
「そっか。インターネットなら載ってそうね。私が出場するんですもの」
 中途半端な桐生の情報のおかげで、都合のいいように解釈されたようだ。ナガミーの中では市のホームページだと思われているに違いない。桐生、今回はグッジョブだ。それにしても載ってそうだと判断する理由がすごいな。
 ところで。裏サイトにでも情報が出ていたなら、誰か応援なり見物にでも来ていてもおかしくないんだが……。それらしい連中が見あたらないな。まあ、そういうイベントでもないんだろう。
 桐生が爽やかにナガミーに問いかけた。
「ところで。この大会はどういう大会なんだい」
「言い出しっぺなのにどういう大会なのかも把握してないんすか」
 いかん。つい口に出た。
「市民なら自由に参加できるイベントですよ。一応トーナメントだったりランキングだったりで賞品が出ますけど、トップ賞でもハッシーくんっていうユルい大会ですね」
 三沢が言う。そういえば、三沢はこの市の住人だっけな。
「何だ、ハッシー君って」
「あそこに描いてある獅子舞みたいなゆるキャラだよ。最初はハッシシくんって言う名前で、さすがにまずいからって言うんで名前だけ変更になったんだぜ」
 よりによって麻薬の名前かよ。橋渡市の獅子舞キャラでハッシシなんだろうが……さすがにまずいな。
「その名前を決めた連中の中にハッシシを知ってる人がいなかったんだろうな……。いいことだと思うよ」
「ねえ、あなた」
 まとめる俺を遮ってナガミーが三沢に声をかけた。
「あなた、市民なの?」
「あ。そうです。鉤淵の方に家が……」
 自分の質問に答える三沢の言葉も遮るナガミー。
「あなたの住所になんて興味ないわ。それより、あなたは大会に出ないの?」
「ええまあ。どうせ負けますし」
「情けない男ね。その根性、叩き直してあげましょうか。私と組みなさい。一度、ダブルスの方にも出てみたかったのよ」
「ええっ」
 突然のことに狼狽える三沢。ナガミーも三沢を鍛えるというのは露骨なまでに口実で、自分がダブルスの試合に出たいだけだと口に出ている。
「でも、こいつラケット持ってきてないっすよ」
 俺の指摘に口を出してきたのは三沢だった。
「いや、それは問題ないんだわ。ラケットはコート備え付けのボロいのなら借りられるからさ」
 そして、三沢の腕はまだボロいラケットだと調子が出ないとか言うレベルにまでは到底達していない。ボロいので十分だった。
「二人とも、頑張れ!」
 三沢の出場を阻むものもないところに、桐生のトドメの一言で三沢の参加は決定事項のようになってしまい、もう逃げられなかった。それにしても、わざわざ他校のほとんど知らない男子を引き抜いてまでダブルスを組みたかったって言うのは……ナガミーって友達いないんだろうな。あんまり友達になりたい性格じゃないし。

 1年の男子勢揃いで三沢のラケットを借りに行く。なぜそれだけのことに1年男子総出で出向いたのか。それは何となくとしか言いようがない。
 三沢はこの急展開にぼやきだした。
「まさか出ることになるなんてなー。ま、ナガミーと一緒にテニスができるなんて役得だけど」
「いいなー。でも、おかげで俺らも身内面で堂々とナガミー応援できるわ」
 連城がにやけながら言った。
「俺の応援も頼むぜ」
「ついでにな」
 一応、やる気はあるらしい。この様子なら三沢も逃げることも無さそうだ。
「それにしてもさ。この間のメールの感じからして怪しかったけど、さっきのあの感じ……ナガミーって桐生に気でもあるんじゃないか」
 俺は何となく、思ったままのことを言った。志賀が食いつく。
「マジかよ。っていうか、メールって何だ」
「ん?知らねぇの?親善試合が終わった後、例の写真を送ってきたメールにさ……」
 鴨田は腹の立つ内容だと言っていたが、だからこそ関係のない人には誰にもメールは見せていなかったらしい。俺はメールのことを掻い摘んで話した。
 そうしている間にも、コート横の小屋に着く。小屋の前のオッサンに氏名と地区名を言うとラケットを貸してくれるそうだ。
 好きなラケットを選んで持って行けと言うが、10本程度置いてあるラケットはどれを選んでもドス黒い。三沢も自分からの距離という最も明瞭でシンプルな基準でラケットを手に取った。
 思えば、一年男子総出でラケットを借りに来たから今頃あっちじゃ桐生が一人ハーレム状態だ。とっとと帰ろう。
 メールのことに話を戻しつつ急いでだらだらと歩いていると、知らない男に声をかけられた。
「やっぱ三沢か!なんだお前、ラケットなんか持ってテニスやってんの?」
 三沢の知り合いのようだ。
「おう、やってるぜ。こう見えてもテニス部員よ。もしかしてお前も出るの?」
「出るけど。マジか、お前がテニスとか似合わねー。まさか俺に憧れてたとか?」
「ねーから。成り行きって言うか、本能に従ったって言うかな。……で、室野。お前はどっちに出るんだ?」
「ダブルスだ。カノジョとな」
 自慢げに言う男。
「マジかよ。お前いつのまにカノジョなんて……。まあいいや、俺もダブルスなんだよ」
「ほほー。勝ち残ってこいよ。潰してやるからよ」
 そう言うと室野と呼ばれた男は手を振って去っていった。分かり切っているが、聞いてみる。
「知り合いか?」
「ああ。小中の時のクラスメイトだよ。テニス部で部長もやってた奴でさ」
「そりゃあ、分かりやすくライバルだな。強いのか?」
「強いんじゃないか?部長だし。中学時代なんてテニスに全く興味なかったから、よくわかんねえ」
 このテニス部に入部した時点で興味があったのもテニスより女の方だもんな。もう一つ、ふと気になったことも聞いてみる。
「そういやさ、三沢ってナガミーの後輩だったのか?」
「いや、中学が違うよ。俺は東でナガミーが南」
 つまりはこの間の親善試合まで接点はなかったということか。面白い情報でもないかと思ったんだが、全く期待できないな。
 そんなナガミーのところに戻ると、三沢がすぐに引っ張って行かれた。参加受付兼トーナメントの順番決めのくじ引きがあるそうだ。桐生のハーレム状態もここまでだが、桐生自身が今までハーレム状態だったことに気付いてなさそうなので、何ら変化はない。
 俺のところには樹理亜がすぐに駆け寄ってきた。少し人の輪から離れたところに三沢のように引っ張って行かれる。
「ねえ流星。長沢さんって、桐生先輩のこと好きなのかも」
「ん?何かあったのか」
「だって、ずっと桐生先輩のことじっと見てたもん」
「あー。何かいよいよもって間違いないか」
 俺はメールのことを樹理亜に教えた。
「でも、桐生先輩って……」
 言いたいことはわかる。する事がないからか、桐生は堂々と市村といちゃついている。気があるなら、こんなのを見せつけられたらたまらないだろう。まして、いきなりやってきて「君のために来たんだ」なんて意味深な言葉を吐いて期待したところにこれだ。
 しかし、桐生には悪気はない。ナガミーにしても、いくらバレバレとはいえ本人にはっきりと好きだと言ったわけでもないのだから、文句は言えないだろう。
「ややこしいことにならないかなぁ」
「なってほしいのか」
「えっ。べ、別にそんなことはないけどっ。ほんとにっ」
 やけに必死だな。ちょっとくらいはややこしくなって欲しかったようだ。
「どうなろうが、俺たちには関係ないからな……多分。留奈とのいざこざを楽しまれている側として、門外漢の気楽な立場を味わうまたとない機会だ」
「うー……。そう言われると、気楽に楽しまれる気分を知ってるだけに申し訳なくて楽しめないよ……」
「樹理亜はなんて心優しいいい子なんだ……。爪の垢を煎じて飲むべきだな俺は」
 樹理亜は溜息をついた。
「流星もさ……そんなんだから小西さんにまとわりつかれるんじゃないの?M体質なんでしょ、小西さんって」
「それはつまり、俺がSだってのか」
 よく考えてみると心当たりが少なからずある気がする。考えないことにしよう。
「どっちにせよ、ナガミーの横恋慕なんてなるようにしかならないだろうし、門外漢が考えることじゃないな」
「それはそうだけど」
「むしろ、今回市村がついてきたことで早めに脈なしだって気付いて、大した痛手を負わなくて済んだんじゃないか」
「それはそう……なのかなぁ」
 さっきは即同意したが、こっちは即同意はしかねるようだ。
「ただでさえヤリまくりの勝ち組なんだから、あんな美少女に惚れさせておくこたぁないんだ。とっとと諦めてくれるに越したことはないよな」
「えーと。……どうコメントしろって言うのよ、もう」
 同意以前の問題のようだ。
「俺の素直な感想だ。コメントは期待してない」
「それなら胸の中にしまっておいてね。まったくSなんだから……」
 こんなことでか!

 渦中のナガミーが戻ってきた。トーナメント番号は49番だそうだ。さっきの室野という奴は52番に名前があったので2回戦であたることになるそうだ。が、このトーナメントは出場枠にかなりの余裕がある。くじ引きの結果50番を誰も引かなければ三沢に1回戦の試合はなく、最初の相手が室野になる。もちろん、室野が勝つか相手無しで2回戦にあがってくればだが。
 そして、ナガミーはシングルスにもエントリーしているそうだ。トーナメント番号からして、そっちの試合が先になる。そんなわけで、ナガミーはシングルスのコートに移動する。俺たちもナガミーの応援団なのでそれについていくことになる。
 シングルスとダブルスの出番がかぶったときは、ユルい大会だけに適当に順番を入れ替えてくれるらしい。とはいえ、出場者もユルいので両方にエントリーするほどやる気があるのはほんの数人だ。
 ゲートボールのグラウンドではすでに試合が始まっている。さすが若者より2時間早いサイクルで活動している老人は違うな。燃え尽きるのは4時間くらい早いが。そして、活動そのものも物静かだ。熱い戦いが繰り広げられている会場も、まるで葬式のように沈黙に包まれている。殺気というか死のオーラというか、そう言った何かも一帯を包み込んでいる。時折響くカコンと言う音も冥界からの誘いのような非現実の響きを宿している。同じ大会とは思えない空気だ。
 テニスのエントリーも締め切られ、いよいよ試合が始まる。結局のところ、シングルスもトーナメント表の7割くらいしか埋まっていない。ダブルスに至っては半分も怪しいところだ。恐ろしくスカスカのトーナメント表。ほとんどの出場者がシードよろしく一回戦を無条件で突破できる。ナガミー三沢ペアも室野ペアも、1回戦は不戦勝だ。ダブルスの枠は32でよかったんじゃないだろうか。
 さて。ナガミーの出番まで、時間潰しだ。
 男たちが戻ってきた時点で、なかスッチーと町橋の狩り場になっている。いつもはぼーっと座っているだけの町橋が、今日はその顔よろしく別人になって積極的に話しかけている。ハーレムの危機に陥っているなかスッチーもかなり必死だ。
 そして、監視役のなかスッチーが男の囲い込みに手いっぱいになっているせいで、留奈が完全にフリーになっていた。発射されたホーミングミサイルのように俺を追尾してくる。警戒する樹理亜の距離もいつになく近い。
 フリーになっているのはナガミーもだった。放っておくと、今日何しにここにきたのか忘れて二人の世界にこもっている桐生と市村に熱く切ない視線を向けて試合やらなにやらに悪影響が出そうなので、構ってやることにした。いや、何も俺が直接構ってやらなくても、ひとまずペアを組む三沢をけしかけてやればいいんじゃないかな。
 嫌がる三沢を無理矢理ナガミーのところに引っ張っていく。すると、ナガミーは俺を引っ張ってどこかに連れていった。何事だ。
「ちょっと。あの女、誰なの」
 桐生カップルの方に目を向けながらナガミーは言う。ああ、その話か。何でそれを俺に聞こうとするのかが分からんが。……話しかけやすいだけか。
「見ての通り、桐生先輩の彼女っすよ」
 隠しておいても仕方ない。
「……そう、よね」
 答えは分かってはいたようだが、目に見えて落胆するナガミー。どうせなのではっきり言っておくことにした。
「桐生先輩の発言は基本的に深い意味とかはないんで。友達だって言われたら本当に友達で、それ以上を期待するのは無駄っす」
 ナガミーが風呂上がりのように赤くなる。
「それ以上って、何よっ」
「いやその。桐生先輩以外は気付くくらいにバレバレですんで。好きなんでしょ」
 真っ赤な顔のまま口をパクパクし始めるナガミー。特に反論はないようだ。
「市村先輩がいる間は脈はないと思った方がいいんじゃないっすか。略奪愛がしたいならどうぞ、手伝いませんけどね」
 変なの同士でお似合いだとは思うがな。
「私、別にそんなんじゃ……」
 そう呟いたきり黙ってしまったナガミーだが、しばらくしてまた口を開いた。
「あの子のどんなところが好きなの?」
「やる気っすか、略奪愛」
「違うわよ!」
「賢明っすね。……どこがいいとかって言うより、市村先輩が桐生先輩を囲い込んでる感じっすね。俺らが入ってきた時にはもうくっついてたんでよくは知りませんけど、聞いた話じゃ去年の初めにはすごい取り合いがあったみたいですし。その後はカラダで繋ぎ止めてる感じじゃないっすか」
「カラダって……。もうそんな関係なの?」
 また真っ赤になるナガミー。案外純情なようだ。
「ヤリまくりです」
「……私には無理だわ、そう言うの」
「それなら、桐生先輩の気持ちの通り、友達と割り切った方がいいっすね。お互いのために」
「そうするわ」
 そう言い、ナガミーは大きな溜息をついた。一つの淡い恋が終わった……そんな感じだ。とりあえず、これで小さいダメージで一件落着したはずだ。
「それにしてもあなた、こんな話をしてどういうつもりなの?まさか私に気があるとか!?」
 にこにこというかにやにやしながら言うナガミーだが。
「それはないです。見た目はかわいいと思いますけどね。めんどくさそうなんで遠慮しときます」 
 こう言うのをきっぱりと言うから樹理亜にSとか言われるんだろうな。
 ナガミーはふくれた。うん、かわいい。見た目は。
「言うわね、あなた。年下のくせに生意気な……。別にあなたに好かれても嬉しくなんかないわ」
 フられて強がっているわけではないのは分かる。本音だろう。まず、接する態度が気があった桐生と違いすぎる。俺のも本音なのでそれでいい。だが。
「でも、あなたのそう言うところ、気に入ったわ」
 なぜか気に入られてしまった。めんどくさいなぁ。
「俺よりもそっちの三沢を気に入ってやってくださいね。今日だけとは言えパートナーなんですから」
「……そうね。せっかくのダブルスなんだし、そうするわ」
 よし。押しつけた。
「そう言えば、まだあなたの名前を聞いてなかったわね」
 げ。なんかここで教えたらいろいろ後戻りできない事態になりそうな気がするんだが。しかし、教えないわけにもいかないだろうし、そもそも俺が教えなくても誰かに聞けばすぐに分かることだ。
「吉田君……ね。これからあなたのことはヨッシーって呼ぶわね」
 いきなりあだ名で呼ぶようになったらいろいろ誤解されそうなんだが。そもそもそのあだ名もいろいろ権利とか面倒そうだぞ。

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