Reincarnation story 『久遠の青春』

23.el-o corazón

 試合が終わり、タケシとユースケは重い足取りでコートを去っていった。無様な結果が理由の一つなのは言うに及ばず。もう一つの理由はそれぞれだ。ユースケの足取りを重くしているのは疲労。それに加えてタケシはこれからナガミーに何を言われるのかという不安。それにしてもタケシはエロ写真ごときで何をあんなに狼狽えてたんだ?
 ナガミーの説教が始まった。良く通る声でここにまで丸聞こえだ。大体、男だからお色気によろめいちゃうのは仕方ないけどもっとしっかりしてよね、心をもっと鍛えなさい、と言うような話だった。説教は終わる。話が核心に触れないことにタケシは戸惑うような、安堵するような、微妙な反応を見せた。そろそろエロ写真の顔がナガミー自身だったことに気付いてないと気付く頃合いか。
 そのナガミーエロ写真を俺の試合も満足に見ずに回し見していた一年部員たちだが、結局写真の秘密に気付けていなかったようだ。俺のチョイスが良かったに相違ない。
 そろそろネタバラしかと思ったが、そのナガミーがこっちにやってきてしまった。見ていた連中も自発的に全力でエロ写真をしまい出す。そして、間近で見る生ナガミーにさっきまで当人のエロ写真を見ていたことさえ忘れて身を乗り出す部員たち。俺はこっそり逃げようとしたが。
「待ちなさい」
 だよな。俺に用だよな。
「またエッチな写真を見てたの?本当にどうしようもない人ね、あなた。目の前にこんな美少女がいるのよ?そんな写真なんかより私を見なさい!」
 は?なんですか。
「そんなことより。その写真を使って卑怯な勝ち方をしてくれたみたいだけど、それは別としてあなたたちが一番腕が立つみたいね。その実力を認めて私と勝負する権利をあげるわ。ありがたく受けなさい」
 ありがたく受ける気は特になかったが。
「おう!受けて立つぜ!」
 とびきりのスマイルとともに桐生が答えた。余計なことを。それにしてもこの姉ちゃん、なんか発言がちょっとあれだな。なんていうかちょっとその、アレ。
「別にユースケとタケシの敵討ちってわけじゃないんだけど。あなたにはちょっとお仕置きも必要よ。私にはそんな紙切れ通用しないわ。実力で来ることね」
 そうか?誰の顔がくっついてるのか見たら少なからず影響出ると思うけど。さすがに怖すぎてそんなマネできないけどな。
 それにしても、男女に分かれてやってたと思うんだが、いいのか男対女で。本当に好き放題やってるなぁ、この女王様。これが許されてるならそりゃあタカビーにもなるわ。
 俺たちの疲れがだいぶとれる頃を見計らい、俺たちVSナガミーの勝負が行われた。1対2かと思ったがさすがにそんな甘いことはなく、パートナーとして四天王の一人・竹中和樹を投入。返す返すもいいのかこの男女混成。
 ゲームの方はプロが素人を全力でやっつけるに等しい危なげも大人げもない展開で大勝利に終わった。もちろんナガミーの。高笑いとともにナガミーはコートを去った。
 ……が、まだ用が済んだわけではないらしい。今の試合の4人で記念撮影をするという。
「美香さんは自分が勝った相手の写真を集めるのが趣味なんだ」
 昔アメリカに殺した若い女性の乳房を切り取ってコレクションしていた猟奇殺人犯がいたらしいが、それに通ずる悪趣味だ。説明した和樹はナガミーに引っぱたかれ、ナガミーに訂正された。
「非公式な、いわばプライベートな試合で私と戦えるなんて幸運をおいそれと忘れてもらっては困るの。記録に残さないなんて許せない。だからこうして写真を撮っては手土産にして持たせているってワケ」
 どっちにせよ悪趣味だ。って言うかさ、それって捉えようによっては「私のこと忘れないでね」って言ってるような。結構気さくに話す子だし、こう見えて結構フレンドリーで寂しがりとか?……考えすぎだな、うん。
 記念写真のカメラマンはタケシだ。ナガミーによると写真はいつも彼が撮っているそうだ。タケシは非常に落ち着かない様子でデジタルカメラを手に俺たちの前に立った。
「タケシの写真が一番私がきれいに見えるの。美しく見せるために加工までしてくれてるらしいわ。私はより可憐で美しく、周りはより冴えなく地味に」
 周りを加工する意味はあるのか。それより。
「ほう。彼は写真の加工ができる、と」
 そう言いながらタケシに目を向けると、タケシはかなり焦りながら言い返す。
「あの、実は。加工してるのは俺じゃないんです!俺の知り合いに加工できる奴がいましてですねその」
「あら、そうだったの?初耳ね。でもあなたが撮ると私がより可憐になるのは変わらないわ。途中のプロセスなんて些細なことよ」
 今の彼女にとってはそうなのだろう。タケシが焦る理由なんて分かってないし。しかし俺にはだいぶ見えてきた。何ともどうでもいい舞台裏が。
 タケシの言い分がどうであれ、あのエロコラの元になった顔写真はタケシが撮ったものだろう。本当に加工した犯人がタケシじゃないにせよ、自分が撮った写真でそれが作られていることまで把握はしていた。その時点で無関係ではない。
 その辺がバレそうだと思って焦っているってわけか。なんだよ、とことん自業自得じゃねぇか。どうなっても俺のせいじゃないわ。
「さあ、それじゃ撮りましょうか。どんな写真にしたいかリクエストがあったら聞いてあげてもいいのよ」
 あげてもいいのよと来たか。それじゃお姫様だっこして撮らせろとか言ってもいいの?万が一そのリクエストに応えてくれたら我が校の応援団どもに袋叩きにされそうだから言わないけど。
 ナガミーはポンと手を叩くと、小悪魔のような笑みをうかべた。
「そうだ!あなたエロ好きの変態だから、あなたが好きそうなセクシーな顔で写ってあげるわ」
 エロ好きにされてしまった。まあいい、どうせ今後会うこともないだろうし釈明に無駄な労力を費やす必要はないだろう。それより、結局こちらのリクエストを聞くことはなくナガミーが自分で決めてしまったか。なんてマイペースな。
 一方、桐生は先程からずっとカメラに気取ったポーズと最高のスマイルを向けたままマネキンのように硬直している。こいつはこいつでえらいマイペースだ。
 俺たちを地べたに座らせ、その後ろでナガミーは偉そうに立つ。カメラを構えるタケシがすさまじい動揺を見せた。俺の後ろでナガミーがしているセクシーな顔というのが相当なもののようだ。
「早く撮りなさいよ。こう見えても恥ずかしいんだから」
 だそうだ。なにぶん俺の後ろで起こってることなので俺には見えない。後で見られるんだし、楽しみにしておくか。
 三度ほどシャッターが切られた。撮影は終わりのようだ。今ならナガミーの生エロ顔を拝めるかと思ったが、もう普通に戻っていた。そして、タケシに問いかける。
「どう?いい写真、撮れた?」
「え、ええ、それはもう」
 タケシは相変わらずおたおたしている。俺はそんなタケシに忍び寄り、後ろからこそっと声をかけた。
「いいの、出来そうか?」
「ほわっ。いやだからその作ってるのは俺じゃないんだよマジでホントに。……でも、いいの出来そう……」
 それは何よりだ。
 撮影も終わり、俺たちが部員のところに戻るとすぐさま取り囲まれた。
「何おまえらだけ記念撮影してんだよ!俺たちも混ぜろちくしょう」
 宇野は分かりやすいほどに僻み全開だ。
「勝負してやっつけた相手の写真を集めるのが趣味らしいですよ。後で写真送ってくれるそうなんで見たければどうぞ」
「あのなぁ。見るだけじゃどうしようもねーんだよ。近くに行って一緒に写ることに意義があるんだろうが!くっそー、おまえら彼女いるくせにいい思いばかりしやがって!おまえに至っちゃ二股かけてるくせによ……」
「二股かけた覚えはないですけど。留奈は一方的に言い寄ってきてるだけですし」
 樹理亜にいたっては娘だし。
「ったく、モテそうな顔もしてないのに何でこんなに女が……」
 確かに人並みだが、おまえら相手なら消去法で生き残るわい。
「って言うかさ、写真送ってもらうって……メルアド交換したのか?」
「んなわけないでしょうが。学校宛に送るんでしょ」
「そうか。安心した」
 何に安心してるんだか。
 俺たちとナガミーの試合をもってこの親善試合も恙無く終了となった。
 そういえばすっかり忘れてたけど、この親善試合を通して留奈を押しつけるすてきなイケメンテニスプレイヤーを捜すつもりだったっけ。四天王ってのやっつけちゃったけど……まああいつらはいいや。あからさまに冴えないし、留奈だってアレはパスするだろ。同じ四天王でもナガミーと組んでた竹中なら……いや、あの試合はナガミーしか目立ってなかったけど、どうだろう。
 それにしても、ナガミーも逆ハーレムみたいにするならもう少しマシなの揃えろよ。顔だけならもう少しマシなのいるのに。単純にこう言うのには彼女がいるから囲えないのかね。もしかしてナガミーってモテないのか?あの不思議な性格ならそれも不思議じゃないけどな。留奈より疲れそうだし。

 最後に全員が集まり、あいさつをして終わりになる。その前に、そのナガミーさんが我々へっぽこテニス部にありがたいアドバイスをくれるそうだ。
「女子の方はいいところもないけど取り立てて悪いところもないわ」
 あれで悪いところがないってマジかよ。
「個人単位では課題のある選手もいるけど、そのまま精進することね」
 とても当たり障りのないアドバイス、あざーっす。
「男子の方は1年生と2年生の力の開きが大きすぎるわ。ダメよ、あなたたちお兄ちゃんなんだから下級生をちゃんと指導しないと、いつまでも今のまま変われないわよ」
 子供を諭すお母さんみたいなことを言ってるぞ。って言うかあんたがお兄ちゃんだと思ってる方は大部分が年下の一年生だ。
 ちゃんとお兄ちゃんだと思ってもらえた数少ない二年生の一人・桐生は言う。
「忠告ありがとう!次に会う時には負けないさ!」
 無茶なことを。
「あら、また私たちとやり合うつもり?」
「当たり前さ。友達じゃないか、水くさいこと言うなよ」
「おまえらいつの間に友達になったんだよ」
 江崎が桐生にツッコんだ。
「私があなたの友達……?あなた、立場が分かってるのかしら?あなたは私に負けたのよ?それでも友達だなんていえるって言うの?」
 ナガミーからもよく分からないツッコミが入った。桐生はさわやかな笑顔で言う。
「俺と戦った奴はみんな友さ!」
 何の少年マンガから影響を受けたんだ。ナガミーもさぞ呆れていることだろう。ふう、と一つため息をつき、顔を横に逸らして目だけ桐生に向けて言い放つ。
「……ありがとう、うれしい」
 あんたのリアクションはそれでいいのか。本当に単なる寂しがりか?このねーちゃんも桐生並によく分からないキャラだな。テニス部の部長って変なのしかいないのか。

 結局のところ、親善試合の結果は男女合わせて9勝14敗という、惨敗とまでは行かない中途半端な負け方になった。
 最初に相手方の顧問が言った、こっちもナガミー以外はへっぽこだと言う言葉が間違っていないことが証明されたわけだが、よねまよは我がテニス部の実力が確実に伸びていると感激しきりだ。
 そして、1年生達は結局エロコラの秘密を暴くことができなかったようだ。
 写真によっておっぱいの大きさが少しずつ違うことにまでは気付いたようだが、それを成長のせいだと勘違いしてしまった。
 妊娠したわけでなし、そんなに急に胸が大きくなるわけがないだろ。そんなに胸の大きさが変わるほど長きにわたる成長の記録写真なら顔ももっと変わる。そもそもそれならどれだけ小さい頃から半裸の写真撮られてたんだ。よほど家庭環境が悪くないとそうはならないだろ。おっぱいの違いには気付いたがその辺に気付けてないのはおっぱいしか見てなかったってことか。
 これは作った方にとってはどうなんだ。うまくだませてしてやったりなのか、それともせっかく頑張って顔と体をくっつけたんだからもっと両方を見てくれってなるのか。どっちにしても被写体にとってはろくなモンじゃないな。
 ところで。気前のいい鴨田からもらったそのエロコラだが、それを使って俺をと言うか1年生をハメようとする動きがあったようだ。1年生がエロ写真を隠してるぞと女子にバラすことで女子からの顰蹙を買わせようとしたらしい。女子にチクりに行ったのは奥村だったが、奥村に俺たちが写真を持っていることを教えられたのは鴨田しかいない。
 情報を掴んで奥村は大喜びでチクりに行ったようだが、一連の経緯は先だって根室と留奈にバレている。奥村は俺への僻みからその留奈をターゲットにチクったが、当然のように速攻で元々2年生が持っていたことを見破られ、それで一年生をハメようとしたことまであっさりとバレて、卑怯者と言うことにされてしまった。
 奥村は惨めったらしくもこれは鴨田が仕組んだことだと主張したが、一番事情を分かっている鴨田がこんな自爆にしかならないことを企むはずがないと却下された。
 その後その件で鴨田と奥村が揉めているのを盗み聞きしたが、鴨田もまさか話を聞いた奥村が突撃のターゲットを留奈にするとは思わなかったらしい。あれだけ大騒ぎしたのに見てなかったのかよと鴨田に言われ、奥村は見てないと言いきった。騒ぎがあったとき、奥村はまさにコートの中でボールとネットの向こうの試合相手を見ており、外で起きていることなど見ている余裕は皆無だったそうだ。そうだっけ。あのとき誰がやってたかなんて記憶にないな。まあ、記憶にないってことは確かに奥村くらいどうでもいい連中の試合中だったんだろう。

 エロコラと言えば、そのエロコラのことが奥村の自爆が切っ掛けで多くの女子に広まり、パソコンに詳しくない女子を戦慄させた。
 裸になった覚えなどなくても顔写真だけあればヌード写真を作られてしまうという恐るべき事実。幸い我がテニス部にはそんな苦労をしてまで裸を見たいほどの女子はいないが、本人達はそうは思っていない。当面はその写真を作った女の敵を見つけだすことに力を注ぐことになったようだ。
 しかし、大部分はパソコンでそんなことができることも知らなかったような機械音痴。そんなわけでリーダーに選ばれたのは情報科の根室だった。そして、下僕の鴨田が例によって付き合わされる羽目になったようだ。ただでさえ他校のこと、何とも当て所もないことに付き合わされてしまったものだ。
 試合の時にちょっとイジメてしまったこともあるので、鴨田には俺の掴んでいるとっておきの情報を流してやった。
 丁度よく、鴨田が高商から例の写真が送られてきたぞと言う話をしにきたので、エロコラの顔の部分はあのタケシとか言うカメラ小僧が撮ったそういう写真が元になってて、タケシもその点については把握しているようだ、と教えた。
「これで根室先輩に取り入ってくださいよ」
「おい待て。俺が何で根室に取り入らないといけないんだ。……でもまあアレだ。その心意気に免じて一つ教えてやるか」
 何を教えるんだと思って聞いてみる。写真には一緒にナガミーからのメッセージが添えられていたそうだ。こうして借りがなければ隠しておきたいほど腹の立つメッセージらしい。
 腹が立つようなことが書いてあったならむしろ嬉々としてみせるんじゃないか?そう思ったが、文面を見て納得した。
 メッセージには試合が楽しかったということを前置きに、こんなことが書かれていた。
 ナガミーはああ見えてかなり繊細な少女だったらしく、ずっと悩みを抱えていたそうだ。子供の頃から努力してその実力を伸ばしてきたが、大人達にちやほやされる反面、競争に敗れていった子供達から妬まれることも多く、子供時代には寂しい思いもしたらしい。
 中学、高校と成長するにつれ、周りからも尊敬されることの方が多くなり自信もついてきたが、その子供時代のトラウマが残ってしまい、公式戦ならいくらでも頑張れるが、みんなで楽しくテニスというのが苦手になってしまった。勝ってしまうと嫌われるんじゃないかと内心怯えていたという。その辺の事情があの変な性格を作り上げていったわけか。
 そんな時、彼女の前に何も考えていない男が現れ、完膚なく自分をやっつけた彼女に対し、こう言った。
『俺と戦った奴はみんな友さ!』
 その一言で、今まで悩んでいたことが一瞬にして吹っ切れたという。バカと鋏は使いようと言うが、どこで何がどう作用するかわからないもんだなぁ。
 そのことに対する感謝の言葉もあり、またいつか試合をしましょうと締めくくられている。全体的になんかこう、ラブレターでも読まされているようなこそばゆい感じのするメッセージだった。鴨田が隠したくなる理由も分かるが、鴨田は一つ勘違いをしているようだ。
 きっかけとなった一言を吐いたのは俺ではなくて桐生だから、この件に関しては俺のせいじゃない。留奈だけでもややこしいのに、これ以上ややこしいのに絡まれてたまるか。

 できあがった写真は、あのタケシの言葉通り、いいコラになりそうなかなり悩ましい写真になっていた。ちょっと、いろんな人に見せにくい。
 見せにくい相手の一人である顧問のよねまよには、2年の男子から速やかに回されていた。
 2年男子はナガミーについて複雑な感情を持っている。可愛いから好きだったところに、俺と桐生という腹の立つ相手をぼろくそにやっつけてくれたのでもっと好きになりそうだったが、そこに俺たちだけと記念撮影をした上にあのメッセージだ。連中は裏切られたような気分になっている。……と、鴨田が言っていたと根室が教えてくれた。
 なんか鴨田が恐れるように俺が根室とよく喋るようになってきたな。ちゃんと理由はあるんだけど。
 俺にとって例の写真を見せにくい相手の一人である樹理亜にも、根室経由で写真がいつの間にか回されていた。それどころか、ナガミーのコラージュ写真の件もしっかりバレていたようだ。
 とは言え、樹理亜には根室からちゃんと正しい情報が伝わっていたので何の心配もない。それ以前に、樹理亜は俺のパソコンの中のエロ画像まで見つけているので、今更と言えば今更だった。
 なぜ樹理亜に根室から写真が回ったのかというと、例のコラ写真の犯人探しに後輩のアッキーと樹理亜に根室が協力要請をしたためだ。
 女の敵を一緒に突き止めてやっつけようということで話が持ちかけられたようだが、二人ともそんなことにはあまり興味はなかった。
 アッキーにとっても犯人はどうでもいいが、みんなで探偵ごっこのようなことをするのが楽しそうなので付き合うことにしたらしい。
 樹理亜にとっては、先輩に頼まれたことで断りにくいし、アッキーがノリノリだったので付き合ってたに過ぎなかったが、ある一件を機にそれは一転した。俺たちがナガミーと撮った記念写真だ。ナガミーのお眼鏡にかなって試合をさせていただき、倒された記念に写真に一緒に写る名誉まで賜ったという話はすでにしてあったが、その写真が何でこんなグラビアみたいな艶めかしい表情なのかと問いつめられ、釈明を余儀なくされた。
 そのときにはすでにエロ写真に関する事情は根室から聞かされていたらしい。だが、慌てて釈明する俺が面白くて黙っていたそうだ。俺はそんな子に育てた覚えはない。育てたのは直之なんだから直之のせいだ。直之め、なんて奴だ人の子を。
 それはとにかく、樹理亜はそういった事情を知って急にこの件に興味を持ち始めた。おまけに女の子のカラダを利用するだけ利用してほったらかすなんてことはしないよね、とか言われて俺まで探偵ごっこに引きずり込まれてしまった。さっきの根室と話す機会が増えた理由もそれだ。
 親善試合なんて言うどうでもいい一勝のためにえらい代償を背負い込む羽目になったものだ。しかも、四天王なんて言ういかにもすごそうな相手から貴重な一勝をもぎ取ったことで、留奈はますます俺に入れ込むようになってしまった。
 その一勝を巡る卑劣な戦略も、樹理亜に弁明するときにすっかり洗いざらい喋ったために、その樹理亜が記念写真の一件について俺の名誉を守るために喧伝して回ってくれた。そのおかげでピンクい誤解こそ回避したが、代わりに俺の黒さが知れ渡る羽目になった。
 桐生の耳にも自分の勝利の舞台裏の話が届く。そして。
「これが頭脳戦という奴だね。さすがはゴールデントリオの一員だ!」
 まああんたもその頭脳戦の被害者なんだけど……気付いてないんだろうなぁ。それにしてもあんた意外と何でもいいんだな。フェアじゃないとか言い出すと思ってたんだが。
 それより、俺がゴールデントリオに取り込まれていることが確定したな。いつの間に。俺はあんたらと組んだことなんて一度もないんだが。せいぜい軽井沢で腰から捻りつぶしたことがあるくらいで……あ。そういえばこの人には戦った相手を仲間だと思う変わった習性があったな。もしかしてそのせいか。
 勘弁してほしいぜ。たった一言でつっこみが間に合わないような相手だ、付き合いきれない。よくカノジョの市村は付き合えるよな。
 そういえば、その市村だが桐生がエッチな顔の知らない女と写真を撮ってるのに怒りもしないな。どうなってるんだ。細かいことは気にしないと言うことか?そうでなきゃ桐生となんか続かないだろうが、さすがに気にしなさ過ぎる気がする。俺が気にし過ぎてるのか。
 そういった経緯で引き込まれた探偵ごっこだが、樹理亜と俺が入ったことで、留奈とかち合わないようにグループ分けがされることになった。分け方としては、頭脳派と肉体派と言ったところだ。体力のない留奈は肉体派のグループに入れられた。俺と樹理亜が頭脳派のグループに入ったためだ。俺もすっかり卑劣で姑息な悪巧み野郎のイメージがついてしまったか。
 というか、頭脳派というかこのグループのメンツはアッキーに根室、鴨田と要するに俺以外は情報科というメンツだった。俺は樹理亜のおまけ扱いのような気がする。
 俺が鴨田に教えてやった、あのタケシとか言う奴が撮った写真がエロコラの元だという情報だが、伝えるチャンスか勇気がなかったらしく、根室まで届いてなかったので俺の口から伝えた。鴨田は根室にほめてもらえたかもしれないチャンスを逃したようだ。
 しかし、鴨田にも一つ鴨田しか知らない情報があった。例のエロコラの出所となった学校裏サイトだ。鴨田がツテなどを駆使して入手したそのアドレスとパスワードが役に立った。
 関係ないが、あの時戦った二人はどっちが橋島でどっちが坂巻なのかわからなかったが、タケシの方が坂巻だったらしい。ということは、橋島は……あれ、もう一人名前なんて言ったっけ。まあどうでもいいや。
 そういえば、うちの学校にも裏サイトってあるのか?気になって鴨田にその点について聞いてみた。
「俺が入ってくる前に、ちょっとの間だけ存在してたみたいだな。でも、情報科の奴が悪口を書かれて、その書いた奴を捜し当てちゃってさ。そいつの個人情報と今までの書き込み全部が晒されて学校を辞めるところまで追い込まれて、それがきっかけで半年と経たずに消えたってよ」
 怖い学校だな、ここ。
 ちなみに、こんな探偵ごっこに付き合わされて面倒だなぁと思ってたら、それも一週間ほどで終わることになった。裏サイトにあった書き込みから数人のエロコラ職人の身元が判明したそうだ。電話で確認したら泣きながら詫びを入れてスカッとしたと根室が言っていた。メールとかじゃないんだ……。掲示板の書き込みから電話番号が割れるってどう調べたんだよ。怖いのが身近にいたわ。
 程なく、ナガミーのエロコラは裏サイトごとひっそりと消えていった。鴨田のパソコンには、消える間際に作られた俺との記念写真の顔をベースにした物を含めてまだごっそり残ってるみたいだが、いつ根室にバラそうかな。せっかく握った弱みだしなぁ。
 しかし、そんなことをするまでもなく日に日に鴨田の根室への腰巾着具合が進行している気がする。まあそりゃエロコラ探偵ごっこの顛末をみれば気持ちは分かる。逆らったら人生終わりそうだ。
 妙な探偵ごっこもあっと言う間にケリが付いたおかげでテニス部もすぐに平常運転に戻った。そういえばケリが付くってのは、マリにケリを入れてたような貴族がいた時代の言葉のシリによく「けり」がついてたからケリが付くって言うようになったらしいな。何の関係もなかりけりだけど。
 テニス部は親善試合の名残も薄れ、段々いつも通りになっていった。そして、気がついてみれば大した変化は何もなく、留奈は新たな恋を見つけるでもなく相変わらず俺に付きまとっている。そんな留奈と、冬の足音がじわじわと俺に迫ってくるのだった。

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