Reincarnation story 『久遠の青春』

20.祭りのあと

 結局、俺のクラスの焼鳥屋には大して客も来ないままのんびり出し物を鑑賞できたが、のんびり見たいほど校庭の出し物も面白い訳ではなかった。カラオケ大会は大盛り上がりだったが、若い連中の歌はわからん。しかし、肝心の若い連中はそれなりに盛り上がれはしたようなので、これでいいのだろう。
 俺のクラスの焼き鳥屋の方は、盛り上がりに欠けたまま閉店に追い込まれた。やはり、酒も飲めない焼き鳥屋はイマイチだ。しかし、最後の最後に逆転のチャンスが訪れた。教師が焼き鳥をあるだけ買うと言ってくれた。さすが堂々と酒を飲める連中は違う。職員室で打ち上げがてらにみんなで一杯やるのだろう。焼き鳥が完売したお陰で片付けも楽になった。
 一旦ホームルームのために教室に戻り、その後再び後片付けにはいる。その前に、あちこち様子を見てみることにした。サボりではない。断じてサボりではない。
 園芸部の焼き芋は、こっちの焼き鳥とは違いすぐに完売したようだ。早々に後片付けが始まり、樹理亜はアッキーと一緒にコスプレのまま校庭を散策し始めた。ジャージの海の中で目立つことこの上ない。
 繊維科のレンタルドレスも客足が一段落したようだ。様子を見に行くと、手伝いのテニス部員が花壇のそばでへばっている。相当こき使われたらしい。
「よう。どうだった、部員以外の女子との一時は楽しかったか?」
 俺はにやけながら声をかけた。
「きちー。部活よりきつかったぞ」
 あんなぬるい部活と比べたら何でもきついだろ。
 写真の入ったメモリーカードを持って教室まで走り、処理の終わったメモリーカードを持って花壇まで走る役目や、臨時更衣室の設営なんかを手伝ったようだ。さらに、よく分からないまま教室の方の後片付けまで手伝ったらしい。
 しかし、女子と一緒だった事もあってそれなりには楽しい一時だったようだ。
「あとさ、チカちゃんがテニス部入りたいって」
 勧誘に成功したのか、意気投合でもしたのか。とにかく、スッチー姿のチカちゃんがテニス部に来るらしい。もちろんこのままの格好で入部するというわけではない。今の格好の話だ。
「あたしテニスは初めてだけど、なんか話を聞いてたらあたしでも大丈夫そうだからさ。留奈の横恋慕ぶりも見られるし。それにあたしらもさ、女だらけのクラスにいるから男には飢えてるのよねー」
 チカは男漁りをする気満々だ。類は友を呼ぶというやつだろう。
「ねー、留奈の横恋慕の人は名前なんてーの?憶えてなくてさ。ごめんね」
「俺か?吉田流星だ」
「りゅーせーくんね。変わった名前……。聞いてたら憶えてそうだけど憶えてないってことは初めて聞いたのかな。あたしは中須千香。よろしくね」
 彼女もようやく、自分が俺の名前を覚えていないわけではなく、そもそも聞いてさえいないことに気付いたようだ。
「なか……スッチーか」
「あ、いや。こんなかっこうしてるけど別にスッチーじゃ……」
「スッチー」
「なかスッチー!」
 俺の不用意な一言でニックネームまで一発で決まったようだ。みんなの心が一つになっただけで、俺のせいじゃない。
「そういえば、さっき留奈がドレスに着替えてどこに行ったよ。あんたのこと探してるんじゃないの?」
 嫌な情報だな。見つからないようにしないとならないな。

 片付けを終えて鞄を取りに行くと、教室の前ではスッチーのタレコミ通り、ウェディングドレスを着た留奈が待ち伏せていた。カメラを持った湯田も付き合わされているようだ。湯田には悪いが、どうにかして気付かれないままやり過ごすことにした。
 様子を窺っていると同級生の武田が通りがかったので、俺の席から鞄を持って来るように頼んだ。武田は留奈の事を知らない。教室の前の見知らぬ花嫁に少し戸惑うが、あまり関わらないようにしながら俺の鞄を持って来た。
 鞄を持って教室から離脱し、樹理亜を探す。校門の近くにはいなかった。教室を見に行くと、まだ鞄がある。教室をのぞき込んでいると、俺を知っている情報科の生徒が声をかけてきて、樹理亜は着替えに行っていると教えてくれた。まだ着てたのか、メイド服。
 しばらく待つと、制服姿の樹理亜とアッキーがやって来た。樹理亜が俺に気付いて手を振る。
「帰るぞ。……で、それはどうすんだ?返すのか?」
 俺は樹理亜の手に持たれたメイド服を顎で指す。アッキーも、あの訳の分からないコスチュームを抱えている。
「返しに行ったんだけど、いろいろお世話になったからあげるって」
「もらってどうするんだよ……」
「……どうしよう」
 苦笑いする樹理亜。深く考えずもらってきたようだ。
「あたしはすぐにネットで売るよ」
 アッキーは言う。相変わらずパソコンを使いこなしてるな。
「樹理亜も一緒に売ってもらえよ」
「うーん。あたし、お古とか知らない人に売るのって好きじゃないんだよなぁ。加奈子にお下がりならいいんだけど……」
 絶対着ないだろ。最近加奈子はギャル化しつつあるし、方向性が逆だ。
「でも、置く場所もないしなぁ。ねえ、流星の家に置いといてよ」
 樹理亜はとんでもないことを言いだした。
「なななんでだ。自分の部屋に置けばいいだろ」
「だめだよ、こんな服持ってたらパパに怒られるもん」
「隠しとけ」
「だから駄目だって。あたしが変な服持ってないか、たまにチェックするんだから」
「加奈子は変な服山ほど持ってるじゃん」
「加奈子はいいけど、あたしはお姉ちゃんなんだからちゃんとしろって」
 なんだ、いつもの依怙贔屓か。いやまて。まさか直之の奴、血が繋がっていないことをいいことに樹理亜を女として見てるんじゃないだろうな。俺の娘に手を出したらただじゃすまさん。
 何はともあれ直之の目のある樹理亜の部屋にコレは置けないようだ。
「まあ、俺のだって言うことにしろとか無茶を言わなけりゃ別にいいけどよ。……家に置いとくと一週間も経たないうちに美由紀が着るぞ」
「えっ。……ま、まあそれはいいよ」
「美由紀もただ一人じゃ着ないぜ?俺と恒星に金がかかるから、娯楽にも金をかけられねぇ。体だけでできるようなことしかない。そこに来て美由紀も歳だ。あがったのをいいことに好き放題やってやがる。そろそろ新しい刺激も欲しいだろうし、これ幸いと使うぜ、きっと」
 樹理亜は引きつった笑いを浮かべている。アッキーも非常に気まずそうだ。まあ、デリカシーがないのは俺の持ち味だから気にしない。
「ええと。そ、それでもいいよ。欲しいって言うならあげてもいいし」
 くれてやる決心ができているなら問題はない。問題は、家までどうやって持って行くかだった。さすがにメイド服を抱えて電車に乗るのは恥ずかしいと樹理亜は言う。もちろん着て帰るのは論外だろう。俺だって一目でフリル全開のそれだと分かるメイド服を抱えた樹理亜と並んで電車に乗るのは勘弁だ。
 鞄に押し込んで持ち帰るのが一番だと判断したが、丸ごと鞄に押し込むのは無理がありそうだ。
 フリル全開のエプロンとヘアバンドを俺の鞄に入れて運ぶことになった。鞄の中を見られたら変態だと思われそうだ。しかし、ワンピースの方を鞄に入れていても大差ない。いずれにせよ、そこまで後ろめたいことはしていないので誰にも鞄を開けろとは言われないだろう。
 後は帰るだけだが、留奈に捕まったままの湯田を見捨てるのは酷だ。俺も樹理亜も留奈には関わりたくないが、アッキーを巻き込む訳にも行かない。そこで、俺たちは今日恩を売った繊維科の所に向かう。
 教室には何人かの生徒がダベっていた。なかスッチーもいた。今は制服を着ている。もちろん、スッチーの制服ではなく学校の制服だ。こうしてみると、普通の女の子だ。
「あら。今日はありがとねー。あと、明日からよろしくね」
 なかスッチーは手をひらひらさせながら言う。この動き、どこかで見たような気がする。そうだ、おばちゃんだ。よくおばちゃんがこんな動きをする。
「明日からって?」
 樹理亜が聞いてきた。
「手伝いに行かせたうちの男子に口説かれてテニス部に入るんだってよ」
「えっ」
「だぁーいじょうぶ、あんたの彼氏とったりしないから。留奈にも怒られるし、そもそもあたしの好みじゃないし」
 なかスッチーは手を激しくひらひらひらひらさせながら言った。風でも起こしたいのだろうか。
「それよりさ。その留奈よ、留奈。ねえ、あんたのところに行ったんだと思うけど知らない?」
「あー。俺もちょうど留奈を引き取ってもらおうと思って来たんだ。俺のクラスの前でドレス来て待ち伏せてた」
「あそ。あたしらもさ、あのドレスを片付けないと帰るに帰れない訳よ。助かったわぁ」
 なかスッチーは仲間数人を連れて俺の教室方面へと向かった。今度こそ安心して心置きなく帰れる。と言うか、早く帰らないとここが修羅場になるだろう。とっとと退散だ。
 アッキーとは校門の前で別れ、俺たちは駅から俺の家に向かう。
 俺の家に着くと、樹理亜は鞄からメイド服を引きずり出し、欲しい人がいればあげちゃってもいいので、と言いながらメイド服を美由紀に預けた。こういって預ければ、美由紀も誰かにあげたことにして着服しやすい。着る服だけに。
 美由紀はなんとなくそわそわしながらメイド服を預かった。この態度、間違いなく使う。まあ、好きにすればいい。
 こうして俺の家にメイド服を残し、文化祭は終わった。

 次の日、何事もなかったかのように部活に顔を出した俺に、留奈は顔さえ向けようとしなかった。昨日逃げられたことにご立腹で、完全無視を決め込むつもりだろう。
 こっちは何も困らない。留奈に振り回されない部活ライフを満喫する事にした。留奈もそれが精神的に効いているのは自分だけだと程なく気付き、その日のうちに元に戻った。その間無視されて俺が寂しがるとでも思っていたのだろうか。
 そして、予告どおりになかスッチーこと中須千香がテニス部に入部して来た。
 一年男子にナンパされて入って来ましたぁ、などと冗談めかして自己紹介するなかスッチー。
「えーっ。誰、誰!?」
 留奈と樹理亜の諍いを楽しむような連中だけに、こういう話には全力で食いつく。なかスッチーは昨日手伝った三人の名前を挙げた。
「ほら、あたしらさぁ、こないだ貸衣装やったじゃない。裕子ちゃんたちも着たでしょ、ウェディングドレス」
 俺はそれに驚いた。
「着たの?一人で?」
 裕子は無言でかぶりを振る。さすがに一人でウェディングドレスを着るのは寂しすぎるのでそれはなかったか。しかし、そうなると誰となのかが問題になってくる。男のイメージは皆無なんだが。
 ただ、相手になりそうなのが全く思い当たらない訳でもない。その名前を挙げてみる。
「舞と一緒に着たんじゃないだろうな……」
 裕子はやはり無言で小さく頷き、舞と視線を交えた後、二人で恥ずかしそうに頬を染めた。
「裕子ちゃんがドレス着て、そっちの子がタキシード着て二人で撮ったんだよね」
 こいつらは女同士で何をやってるんだ。もう女同士で入籍でも何でもしてればいいよ。
 とにかく、なかスッチーはその貸衣装を手伝ってもらった時に口説かれたんだという旨を説明した。
 ひとまず自己紹介も終わり、練習が始まる。なかスッチーの実力拝見だ。
 テニスは初めてという彼女だが運動神経は人並みだったらしく、練習の成果で人並みに毛が生えた程度のテニス部員にどうにかついては来ている。
 愛想のよさと女子の嫉妬心を刺激しないおばちゃん喋りも相まって、女子の中にもすんなりと溶け込んでいった。あとはお目当ての男漁りだ。休憩の間、談笑の合間に男子に目を光らせる。そんな彼女だからこそ、1年の男子がコートを使っての練習をしていないことにすぐに気付いた。
「ねー。1年生の男子は練習しないの?」
「うん。男子はね、上級生しかコートは使えないの」
「へー」
 留奈はそれ以上のことは教えなかった。だが、なかスッチーも色々な人から話を聞き漁り、朝練のことを嗅ぎつけたようだ。翌日、朝練の終わり間際になかスッチーが様子を見に来た。
 留奈はかなり慌てたような反応を見せた。なぜそんなに慌てるのか、理由が分かるのは少し経ってからだった。
 とりあえず、なかスッチーはコートに一人だけいる女子が樹理亜であることに驚いたようだ。朝練が終わったあと、すぐに樹理亜に話しかけてきた。
「この間は広告塔、ありがとね。あんたもテニス部だったの?えーと……ごめんね、名前覚えてないや。なんだっけ」
 何気なく、俺たちを広告塔に使ったことを暴露している。
「あたし、竹川樹理亜。テニス部じゃないけど、特別に混ぜてもらってるんだ」
「じゅりあ……。あー、名前初めて聞いたかも。変わった名前だし、聞いてたら憶えてそうだけど憶えてないもん。でさ、あたし名前言ったっけ」
 俺の時も同じ事言ってたよな。名前を聞いてないのに聞いたと思うことが多すぎるぞ。樹理亜のほうもまだスッチーの名前を聞いてない。首を横に振った。
「なかスッチーって呼んどけ」
「こら。中須千香ね。よろしくね」
 自己紹介が終わり、世間話が始まった。なぜ樹理亜がテニス部に混じって練習しているのか根掘り葉掘り聞かれているようだ。おばちゃんの世間話は長い。付き合いきれないので、付き合わされる樹理亜には悪いが俺はとっととと退散させて頂いた。
 チャンスとばかりに留奈が素早くまとわりついてきた。こちらはこちらで付き合いきれないが、教室の方向さえ違うので、そう長いこと付き合わされることもなかった。
 授業が始まり、終わる。放課後になり、部活動が始まった。いつも通りかと思ったが、留奈の機嫌が悪い。まあ、それもいつも通りか。
 半々くらいで悪い留奈の機嫌の悪い理由などいちいち気になどしないが、多くの場合はどうでもいいのに向こうから話してくる。理由はいつも俺の態度か樹理亜だが、やっぱり樹理亜のことだった。
 なんでも、樹理亜が千香すなわちなかスッチーに余計なことを吹き込んだといって怒っているようだ。しかし、なにを吹き込んだのかは言わない。
 留奈を刺激しないように、その目を盗んでなかスッチーにも話を聞いてみた。
「なんかね。竹川さんが自分はあんたの彼女だって吹き込んだんじゃないかってカリカリしてんのよ」
「へえ」
 今更そんな話をしてたのか。
「あの子の中じゃさ。あたしらクラスの女子はあんたとあの子がつきあってると思ってるって事になってるみたいなの」
 なるほど、それでなかスッチーに朝練のことを教えなかったり、朝練を見に来たらやけに慌てたりしてたのか。留奈のクラスでの俺の最初の呼び名は「留奈の横恋慕の相手」だったんだがなぁ。
 それで、今朝の朝練が終わった後になかスッチーが樹理亜と長話をして遅めに教室にやってきたので、今更不安になって何を話してたのか聞いたので、まあいろいろね、といって軽く流したそうだ。
 どうも、その時のなかスッチーの態度から、自分には言えないような有ること無いことを吹き込んだのではないかと勘違いしたんじゃないかとの話だった。
 実際、本人には言えない留奈の話もしたのは事実のようだ。それはおおむね留奈が考えている有ること無いこととほぼ同じ内容だろう。でもってそれは概ね本当のことだろう。
 本当のことをバラされて、嘘を教えたと怒っているわけだ。ついでに言えば、バラされたと言うよりはもともとバレてるし。
 留奈は部活での恋の悩み、平たく言えば樹理亜の愚痴をよくクラスの友達に打ち明けていた。そして、そう言う話を聞いているうちにクラスの友達が下した判断は『留奈は横恋慕』だったようだ。
「まーさー、つきあってるのにあたしらが一度も顔を見た事がないなんてあり得ないでしょ。普通さ、教室に顔くらい見に来るもんじゃん。そりゃ、片思いだってバレるわよ」
 右手で風を巻き起こしながらなかスッチーは言った。
 聞いただけで横恋慕だと判断されるような話をしておいて、よく今までクラスの友達はつきあってると信じてるなんて思えてるなぁ。相変わらずの一人相撲だ。まあ、これでまた無意味な遺恨が増えたわけだけどさ。
「つってもなぁ。女の花園のデザイン科の教室はさすがにカレシでも行きにくいぞ」
「愛があるならその程度の壁は障害にならないでしょ」
 そんなもんかねぇ。用があればあの大奥みたいな雰囲気の繊維・デザインクラス地帯にも突撃できるのか。何はともあれ環境も距離も近い俺と樹理亜のクラス間の壁は花壇の柵並の低さだからなぁ。考えたこともなかった。
「ところでさ」
 なかスッチーはそう言って話を変える。思えば、この時気付くべきだった。聞くべき事は聞き、話を変えられた時点で既になかスッチーに話しかけた目的はすんでいたのだから、とっとと礼の一言も言って会話を切り上げればよかったのだ。だが、そのタイミングを逃してしまったばっかりに延々と世間話に付き合わされるハメになった。逃げるつもりで始めたジョギングにまでついてきて、結局部活が終わるまで世間話と右手の起こすそよ風に当てられ続けるハメになってしまった。
 俺となかスッチーに共通の話題など、留奈のことか学園祭のことくらい。なかスッチーがまず話し出したのは俺が留奈をやり過ごしトンズラした後のことだった。やはりあの後、俺のクラスの前では女子数名により一悶着あったらしい。まあ、ない方がおかしいな。あの日よく留奈を連行していった婦警の子が、同じように花嫁の両脇を抱えて教室まで連行していったようだ。俺が教室にあいさつに行った時点でもう婦警のコスプレは脱いでいたけどな。
 留奈がいくら駄々をこねようが俺が既に帰っているという事実は変わらない。留奈もあきらめて素直に引き下がってドレスを返したとか。
 その話が終わると、日頃の留奈の話をし始めた。どうでもいいのに。部活でもそうだが、クラスでもそれほど変な子というわけでもなく、何もなければ割と普通の女の子だ。それだけに、出てくる話もごく普通の女の子としての留奈の日常ばかり。偏執と変質に染まった恋モードの変な留奈ばかり目の当たりにしてきた俺から見れば割と意外だったが、クラスでも部活でもそれほど浮いてないんだからそんなもんなんだろう。ジョギングが終わる頃にはそんな普通の女の子としての日頃の留奈にとても詳しくなってしまっていた。なんか、屈辱だ。
 ジョギングが終わってコート付近に戻ってくると、いつの間にか他の男子共々俺が消えていたことと、そこになかスッチーまでくっついていたことで留奈がますます不機嫌になっていた。
「ちーに何か吹き込まれてない?」
 留奈はふくれっ面でそう聞いてきた。なかスッチーはクラス……少なくとも留奈には“ちー”と呼ばれているようだ。あと一文字くらい呼んでやれよと思ったが、俺たちもその一文字は省いてたので同罪か。
「色々聞いたぞ。色々な」
 隠し立てしてもまたあらぬ妄想で樹理亜への要らぬ怨嗟を呼び起こすだけなので、素直に話しておく。とは言え、この一言だけで満足してしまい、他の話も聞かず樹理亜への怨嗟を燃やし始めてしまったようだ。これでこそ俺の知ってるいつもの留奈だな。
 それにしても、今朝だって聞かれて嫌な話があるならばとっととなかスッチーを連れていけばいいのにと思うのだが……。俺とくっつくチャンスの方に目をとられて、樹理亜となかスッチーの動きに目がいってなかったみたいだな。相変わらずの俺の知ってるいつもの留奈だった。

 部活が終わってからまた一悶着あるかと思ったが、面倒事が起こる前になかスッチーが留奈を半ば無理矢理連れ帰ってくれた。おかげで樹理亜はそんなことがあったなどとは露知らず気楽に帰途につくことができ、帰り道に俺からその話を聞くことになった。樹理亜も明日の朝練までに覚悟を決めればよいので気が楽だろう。
 いつも通りどうでもいい話をしながら家に向かっていると、話の流れで一つ思い出した。
「お。そう言えばさ、ゲームのディスクまだないの?ほら、学園祭の」
 後で樹理亜経由でタダでディスクをサービスしてもらえることになっていたのに、何百円か支払って遊んでしまったゲームだ。
 先生のシューティングゲームなどはかなり馬鹿らしい内容だったが、ゲームとしては結構手応えもあり、それに先生の似顔絵が案外似ていて笑えた。ろくでもない使われ方をしている反面、多少美化されていて先生も怒るに怒りにくいことだろう。それでいて、特徴だけはしっかり掴んでいるので、説明無しでも誰かがすぐに分かる。この絵を描いた生徒は、将来いい似顔絵画家になるんじゃないだろうか。普通に就職した方が生活はマシだろうけど。
「ん。それなら預かってるよ」
「樹理亜んちにあるのか?」
「いやー……」
 樹理亜は鞄を開けてケースに入ったCD-ROMを出してきた。その似顔絵師によるものらしいイラストがジャケットがわりに収まっている。
「さんきゅー。……なんですぐくれないのさ」
「えー。いや、いつでも渡せるしー」
 何か奥歯に挟まったような言い方だ。まあ、ブツさえ手に入ればいい。
 家に帰って飯を食ったら早速ゲームで遊んでみることにした。確か、このお持ち帰りセットでしか遊べないゲームもあったはずだしな。
 CD-ROMを入れると、メニューが出た。かなり色々なものが入っている。ゲーム以外にも教師の似顔絵集なんかもあるようだ。試しに開いてみたら国語の岩下がワイン片手にキザなポーズをとっているあり得ないイラストが出てきて度肝を抜かれた。飲食しながら開かない方が良さそうだ。と言うか、次に岩下の顔を見たら絶対思い出して吹く。こいつは危険物だ。ゲームの方は結構なボリュームのようだ。情報科って暇人が多いんだな。ひとまず、学園祭の時に俺を包丁で滅多刺しにしてくれた家庭科の木村を返り討ちにしてやることにした。だが、栗林にすら勝てない。学園祭の時にはなかった技をいくつも使ってくる。あれでも、ゲームコーナー版はクリアしやすいように難易度を押さえていたようだ。クリアできるのか、これ。
 それより、そのメニュー画面では3等身くらいの女の子のキャラが操作方法やゲームの解説などをしてくれるのだが、そのキャラがどう見ても樹理亜と明菜だった。貴重な女子だけに、すっかりクラスのマスコットみたいな扱いになってるな。先生の似顔絵も似ていたが、こちらもまた特徴を掴んでいる。どうやら樹理亜はこれを見られるのが恥ずかしくてなかなかCD-ROMを出せずにいたようだ。つまり、これでしばらくからかえる。
 パワーアップした栗林をどうにかコートにねじ伏せ、木村をまな板の上に引きずり出した。しかし当然の如く木村もパワーアップしている。料理ばかりか裁縫にまで手を出してきた木村は手がつけられる代物ではなかった。これ、作った奴はクリアしたんだろうな。俺も頭は老けてても体は若い。反射神経だって若者と同等だ。いや、若者そのものと言ってもいいだろう。だからどうにかがんばれば、木村を攻略できるはずだ。そう言うと口説こうとしているような気分になるな。ゲームじゃ美化されてるが現物は小じわが気になり出す頃なので口説きたいとも思わない。
 そんなことを言っている余裕ほどない苛烈な攻撃にやっぱり返り討ちにされた。寝る前にディスクのなかを調べてみたらあと5人くらいは出てくることが分かり、眠気ついでに気が遠くなった。
 後日、このゲームは必勝パターンを見つけるゲームだと分かり、どうにか全部倒すことが出来た。
 他にも、うまいんだが悪ふざけが過ぎる教師の似顔絵の中に紛れて、何枚か樹理亜や明菜のイラストも納められていた。こちらはあまりおふざけはなく、全力で美化されて可愛らしさを前面に出して描かれていた。この絵を見てから本人を見たらがっかりするな。どうやら樹理亜が出し渋っていた本当の理由はこっちだったようだ。
 とりあえず、その中の一枚を壁紙に設定して樹理亜の様子を見ることにした。
 特に反応はなかったが、壁紙だけは素早く別な物に差し替えられて、パソコンからファイルまで削除されていた。相当恥ずかしいらしい。これはしばらく遊べそうだ。

 秋の学校行事も終わり、冬が近付いてくる。朝練が寒くて辛くなってきた。
 体を動かしている俺たちはまだいい。じっと眺めているだけのギャラリーは、一人また一人と減り寂しくなる。終いには留奈さえ来なくなった。一応朝練の終わり頃にはふらっとやってきて、相変わらずの樹理亜との小競り合いを展開するが、練習中は樹理亜も伸び伸び出来る。
 曽根が抜けたことで樹理亜を加えても7人になってしまい、コートをフルに使えなくなっていた朝練だが、途中入部のドシロウト・なかスッチーを混ぜることでバランスをとることが出来た。実力としても、いまいちな樹理亜と不慣れななかスッチーが向かい合うことでバランスが取れる。実力差を考慮して、俺はなかスッチーと組み、樹理亜+男子誰かのペアと打ち合うようになった。
 なんだかんだ言って樹理亜も結構うまくなってきている。ラリーもちゃんと続くし、サーブも結構いいところに入る。1年男子以外のテニス部員相手ならいい勝負をしそうだ。昔の詩帆を思い出すな。サーブはそれなりにうまくなっているが、返すのが下手なところもそっくりだ。
 なかスッチーはテニスの練習そっちのけで隣の俺に話しかけてくる。集中できないが、集中しないといけないほどの相手ではないのでバランスは取れるか。問題は、なかスッチーの練習になってないことだ。俺が一人でがんばって打ち返してるような状態だし。最初に言った通り俺を奪い取る気などさらさら無いのだが、喋るのだけはやめない。結局、何をしに入部してきたんだろうな、なかスッチー。
 そうこうしているうちにテストも終わり、本格的に冬になってきた。
 朝練が始まる時間がまだ暗い。1年男子部員はよく朝練を続けてるな。そもそも、朝練を始めたきっかけってテニスがうまくなって女子にモテたいってところから始まってたんだよな。なんか、いつの間にかごく普通にテニスの練習をしている。ある意味、2年の男子よりは女子から好印象を持たれているのでそれは成功した感じではある。女子と一緒に部活を変えた曽根もいるし。2年に関してはどんどん自爆していっただけのような気もするがな。
 そう言えば、男子は俺以外誰も彼も女目当てで入部したのは分かり切ってるが、女子ってなんでテニス部に入ったんだろう。
 女子の中にはさっさと男を捕まえて落ち着いてるのもいるし、留奈やなかスッチーは男漁りする気満々で入ってきたが、他の女子が男目当てだとは思えないのがちらほらいる。
 女同士で仲良くなってる奴らもいれば、男へのアピールなのかどうか化粧はするが男にがっついてる様子など全然ない町橋先輩もいる。他の女子も男に手を出そうという雰囲気はない。
 ただ単にテニス部の連中に漁りたい男がいないだけかも知れないが、それならばテニス部を続ける必要もない。テニスが好きだからテニス部にいるという雰囲気がない連中ばかりだし、テニス好きならもう少し上達するはずだしな。なにせ、基本的にテニスなんかそっちのけで女の事しか考えてないこいつらがこれだけ上達してる。
 男漁りにもテニスにも情熱的じゃない女子部員。あいつらは一体何のためにテニス部にいるのか。興味が湧いてきたので、一番聞きやすい女子に聞いてみることにした。
「え?なんでテニス部に入ったのかって?」
 そんなことをいきなり聞かれた根室先輩はちょっと戸惑う。
「言っちゃ悪いですけど、なんか先輩って運動部って感じじゃないっすよね」
「うわー。ホント言ってくれるよねー。まあ、その点は同意だけどさー。でもさ、あれよ。アンタだってこの部の評判は知らないワケじゃないでしょ。ほら、この部……裏でなんて呼ばれてたっけ?……女の子に言わせないでよこんなこと」
 女の子がちょっと言い出しにくいこの部の呼び方って言うと、やっぱあれか。
「ペニス部っすか」
「女の子の前で言わないでよそんなこと」
「先輩が言わせたんでしょうに。……つー事はやっぱり根室先輩も……」
「そりゃああたしだって女の子だからね。コートの上でのロマンスなんかも期待しちゃってたわけよ」
 うわ、似合わねえ。
「でもさ、いい感じの男はあっさりあたしよりも可愛いのにとっとと唾つけられて、あとの男は……あんなだしさ。こっちはいつか別れるのを虎視眈々って感じだったかな。その時のために必死にアピールとかしまくったりさ。3年生が抜けたら2年の男子ってダメなのばっかだし、1年はねー。アンタみたいな小賢しいのを除けば可愛いとは思うけど、あたしってさー、自分が頼りないから男に頼りたいのよ。そう言う意味で年下はパス」
「じゃあ、楽しみはテニスだけって感じっすかね」
「テニスはおまけだからねー。ま、今はアンタと留奈のことが面白いから」
「楽しまれても困るんすけど」
「みんな言ってるよ。恋するよりアンタら見てた方が面白いって。それに、自分たちがアンタらみたいになりたくもないし」
 まあ、そんな気はしてたが完全に娯楽にされてるな。テレビドラマみたいなことが目の前で起こってるわけだし。
 そして今の状態が娯楽にされている一方で、女子部員に対する恋愛に対して尻込みさせる要因にもなっているようだ。
 彼女たちの恋愛意欲をこれ以上損ねないためにも、早めにこの問題は解決した方がいいだろうな。っていうか、いつまでも見せ物にされてたまるか。
 留奈の押しつけ先ももはやうちの部員から選んでなどいられない。かくなる上は……俺にだって考えがある。見てろよ。

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