Reincarnation story 『久遠の青春』

18.コスプレも文化

 何事もない日々がしばらく続いた。
 いつもそうだ。なんかやばいんじゃないの、っていう状況のまま何事もない日々がしばらく続き、その状況がいつしか当たり前になっていく。
 黒い……というかピンクい噂のあった留奈が近寄ってきた時、俺はできるだけ関わらないようにしていたが、いつしか放課後の部活動では隣に留奈が張り付いているのが普通になった。部員の誰もそれを何とも思わないし、樹理亜ですら俺の腕を引いて樹理亜に引き渡しを行う留奈に対し、いまさらと言わんばかりに平然としている。俺も最初のころは隣に寄ってくるたびに“また来たよ”とか“勘弁してくれよ”とか心の中で呟いていたが、今じゃ別に何とも思わない。
 これが留奈の手だというなら大したもんだが、恋敵を見つければ嫌がらせをし、思い通りにならない男には全裸で迫るような突撃型の留奈にそんな着実に前に進む地道なやり方ができるとも思えない。たまたまだろう。
 今回も、朝練の終わりに樹理亜と留奈が睨み合う、そんな一幕が日々の日常に加わった。ただそれだけなのだろう。
 さすがに留奈も、自分が参加するわけでも、参加できるわけでもない朝練を、ぶっ通しで見守るのはやめたようだ。たかだか1時間とは言え早起きするのは大変だろうし、自分ではなく樹理亜が俺の隣でラケットを持ってテニスをしているのを黙って見ているのは堪えるはずだ。しかもその腕前が、ド素人のくせに自分とも大差がないのだからますますだ。樹理亜がうまいんじゃない。留奈が下手なんだが。
 だからと言って、朝練が始まる前に樹理亜と睨み合ったあと、すぐに切り上げて教室で過ごすという選択肢はないらしい。留奈は朝早くの学校には何かのトラウマがあるようだし。そして自分も朝練に加わるという選択肢もない。なぜなら2年生に止められているからだ。朝練への女子の参加禁止、それは2年生のさまざまな思惑が交錯しながら下った決定だ。
 女子部員の間では俺と留奈と樹理亜の関係は大きな関心事であり、娯楽でもある。他人事だと思って気楽なもんだ。そんな関心事が、自分たちの居ない朝練で大展開を迎えるのは避けたい。何かあったと聞きつけてすぐに駆けつけられる昼間ならともかく、朝はまだ通学中。何かあったと聞きつけることすらできない。何かあるなら自分の目の届くところで起こって欲しい。それがみんなの願いだ。俺は何も起こらないで欲しいんだが。
 それに、大展開の果てのクライマックスを早々に迎えられてしまうと、次の娯楽がない。少しでも長く楽しませてもらおうという魂胆だ。とんでもない話だが、なにげにこの女子らのお陰で俺にとってまずい大展開を抑えられてはいる。テニス部2年の女子の中でただ一人この問題をなんとかしないとと思っている根室に、樹理亜からアッキー経由で逐一話が行っており、根室から話を聞いた女子がさまざまな小細工で留奈の暴走に歯止めをかけてくれている。もちろん見る側にとって面白いレベルを保つために、極度なクールダウンを阻止することも目的なので、いいことばかりではない。
 とにかく、そんな女子の思惑に、1年男子と女子の接触を阻止したい2年男子の僻み……いや思惑も加わってこの決定が出た訳だ。
 朝練に出たがる女子など留奈しかいない。これは言わば留奈のための決定だ。
 留奈がそんな自分のための決まりを無視しないか、2年女子が毎朝チェックしに来る。と言っても、始業前にちょっと見に来るだけだ。
 ただ、人数がいつになく多い。留奈が樹理亜に食ってかかり、翌朝の朝練でも睨み合いがあったという話は、例によって樹理亜の愚痴り相手のアッキーから、根室そして部員にいち早く広まっている。
 2年女子は留奈が約束を破らないように見張っている訳ではない。もしも言い付けを破って何か樹理亜とトラブルを起こしていたら、その顛末を真っ先に知りたい。その目でしかと見届けたい。それだけだ。
 その思いが露骨に現れ、樹理亜と留奈が睨み合った翌朝、朝練は凄いことになった。始業時間が近付くにつれ、コートのフェンスの外にはテニス部の女子で人だかりができた。2年ばかりか1年も揃い踏みだ。女子の暇さと物好きぶりに呆れ果てるしかない。
 驚くべきことに、最初から待ち伏せていた留奈の次にやって来たのは町橋だった。しかも、すっぴんで。
 遅刻魔という話もある町橋だが、その寝ぼけた素顔の通りのねぼすけさんではない。出掛けの化粧に時間がかかっているのだ。とりあえず、校則では化粧禁止なのだが、町橋は学校ではナチュラルメイクだ。そして、このナチュラルメイクがないと教師ですらそれが町橋だと気付けない。逆に言えば、教師は町橋の素顔を知らないので、どこまでが化粧なのか分からない。ナチュラルメイクだと言うことに気付かなければ、注意のしようもないという訳だ。町橋は学校を卒業したらインテリアのデザインではなく、顔面のデザイン加工方面に進んだ方がよいのではないだろうか。これはもはや職人芸の域だと思う。とは言えセンスに関しては首を捻りたくはなるがな。
 始業も近付き、町橋のいつも通りの顔面も完成して行く中、一人また一人と女子が増えていく。自分たちの決定どおり朝練に参加はできないので、皆見るだけだ。フェンスの中に入る理由もない。制服姿のままフェンスに並んで張り付いている。いつもなら無い人集りに、何か変わったことでもやっているのかと勘違いした無関係の野次馬まで現れる始末だ。
 一人二人ならたまに朝練を見に来たときに見られるが、テニス部員が制服姿のまま勢揃いするのはなかなか見られない光景だ。見慣れない制服姿の女子大集合と環視が気になって、朝練にも今一身が入らない。それは樹理亜も同じだった。樹理亜は中心人物でありながらなぜこんなに人が集まっているのかさえも理解していなかった。
 それに、留奈もこれにはさすがにびびったらしい。一応留奈も女子の朝練参加禁止が自分に向けられた決まりなのは感じ取っている。朝練を見に来ただけで2年女子が勢揃いしてしまったのだから、びびるのも無理はない。そのおかげもあって、次の日から朝練の終わりだけ見に来るようになったと言うわけだ。
 それに、2年女子からさりげなく言われた“邪魔しちゃ駄目よ”と言う一言も相当堪えたらしい。それが1年男子の活動について言っているならともかく、捉えようによっては俺と樹理亜の事ともとれてしまう。そうなると、自分がお邪魔虫だと言われたようなものだ。ルナの中では樹理亜の方こそお邪魔虫のはず。
 テニスのことなら、曽根が料理部に行って抜けたことでコートにも一人分の空きがある。つまり、コート2面を使って練習するには一人足りない。この状況で邪魔をするなと言われるとますますだ。
 そう、曽根が抜けて一年男子が6人になり、コートには一人分の空きがある。
 留奈が入り込んでかき回すのは勘弁だが、誰かもう一人入ってくれるとキリがいい。1年男子のモチベーションも上がる。そこで、女子の朝練規制緩和の検討を申し入れてみた。一人余ってるから見てるなら誰か来てみません?と誘っただけだが。
 が、朝練にまで参加しようというやる気のある女子はやはり留奈だけだった。
 提案は速やかに却下された。却下されなくても俺が取り下げるので多分同じだ。
 結局、朝練の終わりにだけ女子が集まると言うのが数日続き、変化がないので飽きて見に来る人数が少しずつ減り、やがていつも通りに戻っていった。
 結局、変化と言えば朝練終わり間際の留奈の抜き打ちチェックと、そのときのトラブルを期待してたまに見に来る女子、そして女子が見に来るのが楽しみで一年男子まで樹理亜と留奈のトラブルに期待するようになったことくらいか。棚ぼた期待しやがって。見られるだけで満足するな、かっさらえよ。できれば留奈を。

 そんな体育祭からの動きが収まったのかまだ収まっていないのかと言った状況の中、次の行事が矢継ぎ早にやって来た。今度は文化祭だ。
 一応運動部のテニス部には文化の祭りですることはないのだが、体育祭で運動部なみの扱いだったとは言えやはり文化部の園芸部には文化祭でもそれなりにやることが多いようだ。
 俺も一応クラスの模擬店だけは手伝うが、部活の方がなにもしないので、結局大してすることはない。俺の担当は前日までの準備と、当日の偵察だ。要するに他のクラスの模擬店を見て報告する訳だが、何を報告するのか、そして報告を何に活かすのかもさっぱり分からない。多分、他所で遊んでろということを遠回しに言われてるんだろう。
 うちの模擬店は無難なところで焼き鳥屋に落ち着いた。酒も飲めない焼鳥屋が繁盛するとは思いにくい。
 準備と言っても、そんなにすることはない。肉は串に刺さっていて焼くだけのものを仕入れた。たれも業務用の出来合い。焼くための機材もレンタル。後は当日に焼いて売るだけだ。

 そして、文化祭当日がやって来た。
 焼鳥屋は、火を使うし臭いが染み付くので、校庭にテントを出しての出店だ。校庭では午後に出し物も行われるので、その時にはもう少し賑わうかもしれない。
 酒がなくても、そのたれと脂の匂いは集客力を発揮して、焼き鳥屋には明日の居酒屋を支える今は若き未来のおっさんたちが集い始めた。
 商売も順調のようだし、教室にクーラーボックスで確保してある肉を運んだら偵察名目のお払い箱だ。
 樹理亜のクラスに行ってみることにした。教室のそばで声をかけられた。
「流星くーん」
 目を向けると、よく分からない服を着たアッキーが手を振っていた。アニメかゲームのキャラのコスプレだと思われる。
「樹理亜探してるの?」
「ん、まあそんなところかな」
 アッキーの格好が何の格好なのかも気になるが、どうせ聞いても分かりはしないだろう。
「樹理亜は部の活動があるからここにはいないよ。校庭だと思う。それよりちょっと遊んでかない?」
 そんな格好で遊ぶとか言われると良からぬことを考えてしまう。教室の中には半裸に近い服装の女性の絵が貼り出されている。その下に、大きな字でゲームコーナーと書かれていた。
「プレイ1回で100円だよ。30分で300円のコースもあるよ。気に入ったらお持ち帰りは500円」
 プレイって言うな。で、コースってのは何だ。お持ち帰りも気になる。結局、詳しい話を聞くために店内に引き込まれてしまった。
 コースというのは結局30分やり放題……いやその、ゲームし放題って事だそうだ。お持ち帰りというのは、情報科の作ったオリジナルゲームをまとめたCD-ROMが500円という話だった。
 お持ち帰りに関してはクラス割引で樹理亜がCD-ROMをもらってくるだろうと言う話なので見送り、とりあえず30分遊んで行くことにした。
 メニューにはパズルゲームからアクション、シューティング、シミュレーションからロールプレイングゲームに至るまで取り揃えられている。ワンプレイが長くなるシミュレーションやロープレはコース専用だ。
 宇宙を舞台にしたごく普通のシューティングゲームを遊んだ後、鬼のような形相をしているが見覚えある顔の教師が、凄い勢いでチョークを投げてくるシューティングをやる。3回ほどやり直してようやく村上を倒したら、体育の栗林が出て来てバレーボールをぶつけられて殺された。とんでもない暴力教師だ。
 リトライして栗林を倒したら、本人はとても温厚でアットホーム主婦と言った感じである家庭科の木村が包丁を投げてきた。ここまで来ると殺人鬼と言っても過言ではない。さすがにギブアップだ。30分では遊び切れないボリュームだった。もう300円払ってもう30分延長してもらうことにした。
 多分シミュレーションになるのだろう、騎馬戦ゲームを3面までクリアしたところで、CD-ROM収録バージョンだと8面までプレイ可能、育成モードありなどというメッセージが出て来たのを見た時、そういえば後でやり放題だということに気がつき、一気に馬鹿馬鹿しくなった。

 他のクラスも見て回る。教室で店を開いているクラスは半分くらいだ。うちのように校庭で店を出しているクラスは、教室が溜まり場になっていた。情報科の樹理亜のクラスの生徒も、自分の教室が塞がっているので、部活動などの知人をつてにうちのクラスなどの他のクラスにやって来ている。
 テニス部男子は意外なことに手が塞がっている奴が多かった。土橋はジュース屋、志賀と連城は金魚すくいの模擬店手伝い。不破は店ではなく、午後に開かれるロボット相撲の為に駆り出されていた。
 そんな中、三沢が暇そうにぶらぶらしていたので声をかけた。
「おっ、吉田か。さっき小西が探してたぜ」
「……旅に出ます、探さないでくださいって伝えておいてくれ」
「そう言うなよ。今日の小西は可愛かったぞ」
「そう思うなら口説いてみろよ。俺は構わないぞ」
「いやー、無駄だろあいつ、お前のことしか見てないし」
 それだから困ってるんだけどな。
 とにかく、留奈は教室で待ち構えているらしい。近付かなければ安全ということだ。校庭にいるという樹理亜の様子でも見に行くことにした。
 また花壇で土でもいじっているのだろうと思ったが、花壇のところには樹理亜はおろか、他の園芸部員さえもいなかった。花壇は既にきれいに手入れされ、もう今更ここに手を加える必要はないのだろう。それなら園芸部員は一体どこにいるのか。
 校庭をうろついていると、それはほどなく見つかった。校庭のトラックをリアカーを引いて練り歩く園芸部員の一団。リアカーには竈が積まれ、煙突から煙を上げている。そして、ジャージに軍手という女を捨てたスタイルで、声高らかに叫ぶ。
「いーしやーきいもぉ〜」
 案の定焼き芋屋だった。畑で獲れた芋だろう。秋も盛りとはいえ、まだ焼き芋にはクソ暑い。しかしそれでも結構女子の客が買いに来ている。暑さよりも甘さに負けてしまうのか。売り手も客も女子だらけの焼き芋屋。男が近付きにくい空気を作り上げているが、あまり気にせずに近寄る。
 樹理亜に声をかけ、情けで一つ買ってやった。日頃は泥まみれで真っ黒な園芸部員の顔も、今日ばかりは煤まみれだ。黒いのだけは変わらない。
 どうやら、売り子も客も全部女だから女も買いやすい雰囲気を醸し出していたようで、俺がいる間は客足が遠のき気味になった。あまり商売の邪魔をしてはいけないので早めに退散することにする。
 芋の量には限りがある。午前の分を売り終わったら、午後のイベント時間まで店を畳むので自由になるそうだ。売り終わったら教室に戻ると言う。要するに、連れ出しに来いということを暗に言っているのだろう。まあ、それはやぶさかではない。それまで時間を潰すことにした。

 教室に戻ろうと廊下を歩いていると、背後から何者かによる襲撃を受けた。
 こんな場所で俺を襲撃するような奴は限られている。振り返るまでもなく、案の定留奈の声だった。後ろから忍び寄って腕にしがみつこうとして失敗し、全力で背中に激突したようだ。
「何やってんだ……」
 俺が現れないので持ち場を離れて遊撃しに来たのだろう。呆れながら振り返る。
「何だその格好は」
 留奈はなぜかメイドの格好をしていた。
「ねえ流星、可愛い?あたし可愛い?」
 ポーズをとりながら留奈が聞いてきた。確かにいつになく可愛いが、留奈に可愛いと言うのは負けた気がする。
「ジャージよりは可愛いと思うぞ」
 留奈は膨れっ面をした。可愛いとは言ってやってるんだから大サービスだ。
「いいからちょっと来てよ」
 留奈は俺を引っ張ってどこかに連れて行こうとする。俺は少し抵抗したが、すぐやめた。廊下の真ん中で揉めているような引っ張り合いは目立つ。それに、留奈のメイド服も目立つ。メイドと揉めての引っ張り合いはものすごく目立ち、すぐに注目の的になった。
 引きずり込まれたのは留奈の教室だった。教室の周りには留奈が霞むようなコスプレの巣窟になっていた。コスプレカフェでもやっているのかと思ったが違うらしい。
 教室の中にはコスチュームが20着か30着くらいぶら下がっている。よく分からないキャラクターらしいものから、看護婦や婦警、巫女などの、その世界では恐らく定番なのだろうと思しきものもあった。
 この衣装をレンタルして、校内をうろつくなり写真を撮るなり好きにしろという店らしい。留奈のクラスは繊維科だ。縫い物に関してはエキスパート。いや、これからエキスパートに……なるのもいるかもしれない。そんな面々が自分たちの特技を活かすべく企画したのがこの着せ替えショップという訳だ。衣装の多くはもちろん自作のようだ。一部、タグが付いているものもあるようだが。
 俺が連れ込まれた教室の隅にはカーテンで仕切られた着替えるスペースがある。これから着替えようとしている女子がしきりにこちらを気にしているので、俺はそこから見えなくなっているスペースに引っ込むことにした。
 そこにはパソコンの前に座る男子生徒がいた。この裏方ではデジカメで撮った写真に背景を合成したりしている。手動プリクラか。
 男子生徒は繊維科には似つかわしくないが、よく見れば見覚えのある顔だ。用がない上に留奈がいるので滅多に近付かない繊維科の教室ではなく、もう少し行くことの多い教室で見かける顔。確か情報科の男子だ。パソコンなどとは無縁そうな繊維科の生徒が、応援のために呼び寄せたのだろう。
「流星、一緒に写真撮ってよ」
「俺も着替えろとか言うんじゃないだろうな」
「あたし、ウェディングドレスに着替えるからその間にタキシードに着替えて」
 うわあ。縁起でもないです。
 どうでもいいが何か響きが似てるな、ウェディングドレスと縁起でもないです。
「めんどくさいからこのまま撮ろうぜ」
 留奈は少し膨れた。
「じゃあこのままでいいよ。湯田君、写真撮って」
 留奈とパソコン係の湯田に連れられて青いスクリーンに移動する。この青いのを消して背景になる画像と合成する訳だ。テレビなんかでもよく使われる手法のはず。結構本格的だな。
 この湯田ってのがまた、肩を抱けとか無茶な注文を出してくるので、俺は拒否した。俺と留奈を恋人同士とでも思っているのだろう。留奈の態度はそれ以外の何物でもないので無理もない。
 紆余曲折の果てに俺は普通に立ち、留奈がその腕にしがみつく形で落ち着いた。
 写真は他の客の物を先に仕上げてから手直しになったので少し待たされた。要らないというとまた留奈がごねる。できあがったら俺の教室に届けておくと留奈に言われたが、できればここだけの出来事で済ませておきたいので、写真の出来上がりまで待った。
 写真にはどこかの城が合成された。姫路城みたいな城ではなくて西洋の城だ。メイド服には合うが、制服の俺がとても浮いている。俺だけ見れば修学旅行みたいだ。隣に写っているモノと合わせると、もはやシュール以外の何物でもない。
 写真ができるまでの間、湯田に話を聞くことにした。
「何で情報科が手伝ってんだ?」
「うちのクラス、こういう事できる人いなくてさ。マンガアニメ部の子のつてで借りて来たんだ」
 湯田に聞いたのに留奈が答えた。まあ、思った通りの答えではある。
「コスプレ女が見放題でいいバイトだな」
 にやけながらそう話しかけるが、湯田はつまらなそうな顔で唸っている。
「二次元にしか興味がないんだよね」
 湯田に聞いているのにまた留奈が答えた。しかも失礼なことを言っている。否定も何もしないので、間違ってはいないようではある。こういう人種がいるとは聞き及んでいたが、これがそうか。思ったよりも見た目は普通だ。ある意味、こういう仕事をさせるにはぴったりの人材ではある。目の前に女の子がいても手出しはしないだろう。
 写真ができあがった。それを受け取りとっとと退散しようとしたが、そうは問屋が卸さない。
「ねえねえ、何か命令してよ、ご主人様」
 メイド留奈のご主人様にされてしまった。だが、命令すればたいがいの事は聞いてくれそうなシチュエーションではある。
「よし。じゃあ出掛けてくるからしっかり留守番するんだぞ」
 そう言って俺は退散することにした。
「あっ。ちょっと待ってよっ」
 留奈は慌てて追いかけてくる。
「言い付けを守らない召使にはお仕置きだぞ」
「どんな?お仕置きしてっ」
 留奈は嬉しそうだ。この様子だと本当にMなのかも知れない。
 無視して教室を出ると、留奈は教室の外までついて来た。
「こらーっ、小西、また逃げる気!?」
 留奈は婦警のコスプレをした女子に捕まった。婦警と捕まったメイドの会話を聞いていると、さっき俺を襲いに来たときもこっそり店を抜け出したようだ。とんでもない不良メイドだ。お仕置きは婦警に任せて俺はその隙に逃げ出した。

「おう、こんなところをうろついてると小西に捕まるぜ」
 廊下で声をかけられた。振り向くとさっき校庭でジュースや金魚を売っていたテニス部員が揃って歩いていた。店番を交替したようだ。
「もう捕まったよ。逃げ出してきたところだ。その時小西の方が逮捕されてたけどな」
 昼飯時なので、曽根の様子も見に料理部のレストランに行くらしい。誘われたので俺もついて行くことにした。
 男子ばかりのクラスにいると全く縁がない家庭科室に向かう。ガスが一緒に管理できるようにと理科室の近くにあるので近くを通ったことくらいはあるが、入るのは初めてだ。
 家庭科室では料理部員たちが慌ただしく動き回っていた。家庭科室は厨房で、客は近くの理科室で食べるシステムのようだ。
 家庭科室の入り口にはメニューが貼り出されていたが、今は急遽バイキング形式になっているらしい。飯時で客が増え、レストラン形式だと捌き切れなくなったのだろう。
 食い物を取り、空いている席を探す。隅の一列がまとまって空いていた。
 席に着き、落ち着いたところで辺りを見渡すと、近くの壁のそばに人体模型やホルマリン漬けの標本が並んでいた。なるほど、物を食うにはあまり向かない席だ。空いていた理由も分かる。何も見なかったことにすれば何の問題はない。俺はそう言う現実から目を背けて生きるのは得意だしな。
 昼飯時も終わり頃だったため、食っているうちに客は少しずつ減り始めた。バイキング形式も1時で終わり、普通のレストラン形式になった。
 それと共に、料理部員もランチタイムになったようだ。見覚えのあるカップルが入って来た。曽根と、一緒にテニス部から料理部に移った中川先輩だ。まだ無事に続いているらしい。何よりだ。
 曽根も俺たちに気付いてこちらにやって来た。曽根たちはバイキングで余った物を片付けるために送り込まれて来たと言う。もちろん、自分たちの作った愛着のある料理だ。おいしく食って片付ける。
 バイキングの料理の中にあったひじきの煮物が曽根の作った料理だそうだ。おいしかった?と聞かれ、皆一様においしかったと答えたが、ひじきの煮物を食っていた奴はいなかったと記憶している。
 曽根と中川は仲良く隣同士に座った。ここに中川がいなければ、曽根にもう中川を食ったのか問い詰めてみたいところだ。
「突然料理部に行くって言い出したからびっくりしたぜ」
 志賀のその言葉を皮切りに、話題は二人の料理部への転部経緯に移っていった。
 みんな、曽根が料理部に行ったことそのものより、中川が一緒について行ったことの方が驚きだったと思うけどな。まあ、中川に曽根がついて行ったのかもしれないが、同じ事だ。
 その辺についても曽根の口から聞き出せた。やはり、二人は合宿の料理がきっかけで付き合いが始まったようだ。果たして、曽根はもう中川をシーツの俎上で料理したのだろうか。それも気になるところだ。
 中川は割と最近料理に目覚めたところで、曽根の方が料理がうまい。曽根はもともとどんなものでも作るのが好きで、プラモなどの模型から簡単なプログラムまでそれなりに作れる。工業高校に進んだのもその流れだ。そんな調子で料理にも手を出し、それなりにこなすようになったらしい。
 思えばそんな曽根が何でその手の部活ではなく、やったこともないテニスの部活に入って来たのか。まあ、考えれば分かることではあるんだけどな。テニスのどこかをペにした方がいいんじゃないかと言うような状態だった……いや、過去形にすべきではないな。現状もそんな感じの、ボールよりも欲情をやり取りすることが多いテニス部の噂を聞き付けてのことだろう。思えば俺が最初に朝練の話をするときに曽根から声をかけたのも、そういうことにがっついてそうな空気を感じたからだ。言ってみれば曽根はこのテニス部に青春時代の思い出を作りに来たのだ。もっとざっくばらんに言ってしまえば女を作りに来たと。
 で、その目的を成し遂げた曽根だが、中川と子作り行為には励んだのだろうか。気になるところだ。中川も曽根に料理を教えてもらい、腕を上げて来ているようだ。ベッドの上でもいろいろ教えて合っていたりするのだろうか。
 まあなんだ。どんな物でも割とそつなく作れるという曽根のことだ。中川との幸せな未来も作り上げて行くことがきっとできるだろう。
 俺が下劣な脳内での茶々入れを最後にきれいに纏めたところで、そんなことを知ってか知らずか曽根は言う。
「こうなったのも、流星が朝練やろうって言い出したお陰だよな。もうケツ向けて寝れないぜ」
 向けて寝られないのは普通足だと思う。だが、それよりもおかしなことを言っている。曽根が中川とくっついたのは持ち前の料理の腕前のお陰であって、テニスの朝練は関係ない。そもそもその朝練での上達度が一番悪かったのが曽根だ。それでも俺のお陰だと思っているなら、何か俺の知らないところで朝練の効果があったのかもしれない。何はともあれ、よく分からないが俺のお陰だと思っているのなら、俺のお陰ということにしておくに限る。感謝しろ。
 よく分からないまま他の部員たちも、朝練を頑張ることが性交の……じゃない成功のカギだと決意を新たにしたようだ。いいぞ、その意気だ。
 後はこの意気が空回りせず、部員たちが腕を上げて留奈をかっさらってくれるのを祈るばかりだ。

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