Reincarnation story 『久遠の青春』

16.戦いの秋

 2学期も半ば。運動会に文化祭とイベントの多い季節だ。
 そして、文化祭に向けて動き出した奴が、運動部のテニス部にも何故かいた。
 曽根と2年女子の高村がテニス部をやめると言い出したのだ。
 えーなんでやめちゃうのー?とみんなに言われていたが、俺としては別にいいや。曽根は1年の中では一番下手で、留奈を押しつけるという目的から一番遠い存在だしな。
 やめると言い出した理由だが、高村と曽根は一緒にクッキング部に入ろうと思っているようだ。その気になれば掛け持ちも出来なくはないのだが、料理に専念したいという。この二人の料理好きは知っていたが、一緒に部活を替わるというのは、こいつら結構いい仲になってるな。いつの間に。
 思えば、朝練を始めるきっかけ作りとして、最初に女を餌にして食いつかせたのって曽根だったよな。ある意味、目当て通り女をゲットして部活を去っていくわけだ。他の部員も刺激を受けて曽根のようになろうとがんばってくれるといいな。早く留奈を引き取ってくれる部員が出てくれないだろうか。
 2年の部員も、顧問が若くて美人の女教師米村に替わってからは気合いの入り方が違う。ただ、頑張るようになった2年男子を女子が見直すようなことはなく『美人の前だと本気出すんだ、サイテー、あたしらは美人じゃないの?』と更に嫌われているようだ。そして、そのことに本人達はまだ気付いていない。
 そもそも、2年男子に気合が入り出したのは顧問が変わったためというだけではない。合宿で1年に惨敗し、女子がゴッソリ1年の方に向いてしまったことでも奮起した訳だ。
 で、このざまと。こいつらの何をやっても裏目ぶりは驚愕に値する。どうすればここまでやることなすこと裏目に出るような呪われた人生になるのか。まあ、一度悪い印象がつくと、何でも悪い方に考えられてしまうと言うことか。何でも掴みが大切だな。

 留奈は相変わらず俺に纏わり付いてくる。樹理亜に手を出すのはひとまずやめているのでどうって事はないのだが、さすがに鬱陶しさは半端ではない。さらに、女子に干されている2年男子からの妬み嫉みに満ちた視線も突き刺さってくる。これまた別に屁でもないが、やはり鬱陶しい。
 留奈は、部活が終わって樹理亜と合流するまでベッタリと付きまとい、言葉こそ発しないものの樹理亜に挑発的な態度丸出しで俺を渡し、去って行く。俺もそれでやっとほっとできるのだが、この状態でも留奈は自分が勝っていると思っているようだ。俺にしてみりゃ一緒にいるだけで疲れてるのに。まずは一緒にいると安らげる存在になってから、勝ったと思って欲しいものだ。無理だろうが。
 この位情熱的なら、相手を選べば相当熱い恋ができるだろうに、何で俺みたいに冷めた相手を選ぶか。確か、今までに留奈がアタックし玉砕していった相手も、揃いも揃って他所を向いてた相手だったな。略奪愛が好みなのだろうか。男で言えば人妻に手を出す間男みたいな。
 それとも逆境の恋ほど燃えるタイプなのか。自分ではないほかの誰かを好きな相手を振り向かせたり、奪い取ったりすることにこの上ない喜びを感じるような。だとすると、俺が留奈に冷たくして樹理亜を優先するこの状況が続けば続くほど、留奈のハートの火は激しく燃える事になる。
 逆に、留奈に落とされてやれば、熱が冷めて飽きて余所に行く可能性もなくはないが、逆にますます燃えあがることだってある。
 聞いた限り、一方的な横恋慕の、失恋に継ぐ失恋を経験してきた留奈の事だ。キスさえ経験がないだろう。キスにしろ何にしろ、初めての相手というのは特別だろう。女は切り替えが早いとはよく言われるが、それでも少なくとも次の相手が出るまでは……。その気もないのに特別になってやるのはごめんだ。それはもう伽椎で懲りた。切り替えが早いというのも飽くまでも一般論だし、一般論を当てはめていい相手とは思えないからな。
 やはりここは今まで通り、とっとと俺よりもうまい選手を育て上げて、留奈をそっちに向かせて押し付けるのが無難なんだろう。とは言っても、手応えこそ感じてはいるものの道はまだ長い。正直、来年の新入生にうまい奴が混じるのを祈った方が早い気はする。ただ、このテニス部にうまい奴が入ってくるのも奇跡のようなものだとは思う。奇跡を待っていては埒が明かない。
 俺がテニス部をやめたところで留奈が離れて行くという訳ではない。当然試した訳ではないので確証もないのだが、留奈が俺を選んだ理由がテニスの腕であるなら、俺よりうまい男が現れるまで俺から目を逸らす理由はない。やめた俺にくっついてテニス部をやめ、今後俺よりうまい奴が入って来たり、1年の誰かが俺よりうまくなったり、桐生か江崎あたりがふられてフリーになったりと言ったことがあっても、そういう話が留奈に届きにくくなっては話にもならない。
 俺の姑息な押し付け作戦が実を結ぶのが先か、留奈が我慢の限界を超えて俺を襲うのが先か。相変わらず予断を許さない状況なのは変わらなかった。

 2学期と言えば、来たるべき大学受験や就職活動で、3年生はより勉学に勤しみ緊張感も増す時期だ。その一方で、気を緩ませ、勉強の足を引っ張ろうとでもするかのように、体育祭、文化祭等というイベントもねじ込まれてくる。気候や時期的にちょうどいいからこの時期なのであって、別に受験生の足を引っ張ろうとしている訳ではないのだろう。
 まあ、この学校にはほとんど見当たらないが、勉強以外は学生の本分ではないと根を詰めて勉強ばかりをしようとする手合いに、社会性って奴を植え付けることも必要になるんだろう。だからこそこのようなレクリエーションめいた行事があるんじゃないか。この学校には不要だとは思うがな。毎日が体育祭で文化祭みたいなもんだし。
 特に体育祭は、体動かしたい奴らは運動部に入ってインターハイ出てるから十分だろ?俺がかったるいから言ってる訳じゃないぞ。俺は運動部に入ってるしな。一応。
 科によって男女比がまるで違う上に、クラス数まで違うこの学校はどう組分けをするのかと思ったら、男女比が概ね同じくらいになる黄金のクラス組み合わせが存在しており、毎年その通りの組分けになるそうだ。4月にクラスが決まったときには、既に体育祭での赤組か白組かが決まっていたという寸法だ。
 俺のクラスは白組、樹理亜は赤組。情報科は全て赤組になる宿命だというから、根室も万年赤組ということになるな。
 ちなみに、留奈も赤組だそうだ。俺と同じ組にならなくてほっとすべきだろうが、いずれにせよ男子と女子が一緒になってやる競技はない。
 男子と女子を完全に分け隔てておきながら、男女平等という観点から同じ種目を男子も女子もそれぞれに行うようだ。女子による騎馬戦まである。毎年妬み嫉みを原動力にしたどろどろの戦いが繰り広げられる目玉競技らしい。樹理亜と留奈みたいのが敵同士になって揉み合うわけだ。まあ、幸か不幸かこの二人は同じ組だが。
 高校ということもあって、あまりお遊戯じみた競技はない。100メートル走、200メートル走、400メートル走、リレー、400メートルエクストリーム。あとはなぜか男女が各学年にあるという無闇な気合の入りようの騎馬戦と、ハンドボール投げや耐久懸垂など選抜された競技者による俺には関係無さそうな競技だ。
 俺に関係ありそうなのは100、200、400、リレー、エクストリームの中からどれか二つ選んで走る奴と、学年別の騎馬戦くらいか。バトルロイヤル騎馬戦なんてのもあるが、これは何だ。何か凄そうだが、俺には関係ないよな。関係ないことを祈ろう。しかし、この騎馬戦好きはなんなんだ。
 体育の授業の中で、バトルロイヤル騎馬戦についても説明があった。各学年の騎馬戦の成績優遇者が選抜され、赤組も白組もなく最後の一組になるまで戦い続けると言う。この結果は組の成績には影響しないが、優勝者は征夷大将軍の称号を手にすると言う。何のこっちゃ。
 とにかく、騎馬戦であまり目立たなければ、訳の分からないことに巻き込まれずに済むようだ。
 その予選にもなっている学年別騎馬戦も、これまた独特のルールだ。相手の騎馬を崩したり鉢巻きを奪ったりすると得点になるのは割とよくある話だが、崩されたりして負けた選手も自分の陣地に戻って騎馬を組み直し再出陣できるとか。制限時間の10分間、それを延々と繰り返すらしい。結構長いな。
 崩されるなどした場合の再出陣は、強制ではなく自己判断なんだと。まあ、よわっちいのに何度も出て行って敵に点数を稼がれたら味方もたまらんしな。
 体育の授業で騎馬戦の練習を2回ほどやった後、いよいよ体育祭になだれ込んだ。とっとと終わらせよう。

 校長の長い挨拶とともに体育祭が開幕した。
 校長だの社長だのの話は長いのが常だが、この校長の話はそれに加えて中身がない。しかも時計を見ながら話す。言いたいことは特にないが、ある程度の時間はとりあえず話しておかないと。そんな気持ちが滲み出ている。喋りたいこともないのなら、とっとと切り上げたほうがお互いのためだと思う。それこそ、人をいたわる心という奴の見本になる気はないのだろうか。
 その後、ラジオ体操第一第二で準備運動。CDを再生した音楽がスピーカーから流れる、ラジオの要素が何一つないラジオ体操だ。
 競技の方は、1年2年3年の女子男子女子男子と言うローテーションで、さまざまな競技が織り混ぜられて行われる。1年男子の最初の競技は100メートル走だ。幸い、俺には関係ない。走る競技は前に言った通り、全参加ではなく5つのうち二つだけ参加。事前に希望が取られたので、俺は100メートルと200メートルを熱烈希望しておいたのだが、選ばれたのは400メートルと200メートルだった。
 100メートル、200メートルのようなすぐに競技が終わるものは人数も多く、長く掛かる物は人数が少なくなっている。陸上部や野球部の花形運動部員などの高い運動能力とやる気のある生徒は、ショートトラック選手のような本当に短距離に強い一部の例外を除いて、リレーや400メートルに選ばれる。格闘技の部員や、陸上でも砲丸投げなどの満遍なく鍛えているタイプはエクストリームに選ばれている。
 俺は400に選ばれているが、これは運動部の癖に100メートルなんて出るな、とりあえず400走っとけ。そう言う決定なのだろう。テニス部には俺と同じ組み合わせが多いようだ。一部文化部員並の100メートル200メートルに参加という部員も何人かいる。一方、樹理亜ら園芸部員はエクストリーム参加が多いそうだ。園芸部は格闘系扱いらしい。テニス部より運動部的だと認識されているようだ。
 幼稚園のころは遊びと言えばおままごと、小学校、中学校は塾通いで体を動かす機会が少なく、食も細いので華奢な体つきだった樹理亜も、この半年で腕の筋肉が目に見えるほど発達し、足腰も相当強くなったらしく、歩くスピードも露骨に早くなっている。全体的に健康的な印象になった。今までがそれだけ不健康的だったとも言えるけどな。お花が好きだから、なんて言う乙女チックな理由でこの部活を選んだようだが、とんでもないトラップだ。内容はただの農業だもんなぁ。
 それなりには頑張ってきたテニス部1年男子には100メートルに出場させられるような恥ずかしい奴はいない。運動部としては恥ずかしいレベルのこのテニス部の中では、みんな恥ずかしくないレベルを保っているということだ。
 1年女子の最初の競技は400メートル。テニス部員の姿も散見されるが、留奈はいない。留奈はテニス部員の中ではやる気のある方だが、やる気が実力にちっとも結び付かないような運動神経の持ち主だ。恥ずかしいレベル入りも止むなしだろう。
 1年ながら俺たちにあまり関係ない競技が続いた後は、2年女子のエクストリームを挟んで2年男子の騎馬戦だ。プログラムには副題に『桶狭間・一番槍争奪戦』と書かれている。その後走り競技をいくつかずつ挟んだ後、1年の男子、女子の騎馬戦がある。3年男子の騎馬戦は昼飯前、午後に2年女子、3年女子の騎馬戦が入っている。
 これは2年男子に、これから初めての騎馬戦を迎える1年生の手本になってもらい、飯前のハングリーな時に3年男子にハングリーな戦いをさせ、飯を食って心が穏やかになったところで女子の騎馬戦になるという配置だそうだ。体育の教師が熱く語っていたので間違いない。3年男子と女子を入れ替えると、昼飯前に食欲も失せるようなヒステリックで凄惨なバトルが繰り広げられてしまうのだろう。
 2年男子の騎馬戦にはテニス部の2年も出場していたが、目立った活躍をする奴は当然のように居なかった。マシな江崎と桐生が、人並みに活躍していたくらいだ。

 3年の競技が終わり、また1年の順番が来た。1年女子全体が慌ただしくなる。それもそのはず、1年女子全員参加の姫騎馬戦が始まる。留奈が樹理亜に同士討ちを仕掛けないかだけが心配だ。まあ、仲間がいるから身勝手はできないだろう。
 赤白それぞれが自分の陣地に入り、騎馬を組んで整列する。樹理亜がいる騎馬は微妙に強そうな騎馬だ。
 騎馬は四人一組で三人が土台になる。土台は前に二人立てても、一人を矢面にして二人で後ろから支えてもいい。
 体が軽い樹理亜は上だろうと思っていたが、上にするには頼りないし、園芸部で足腰はそこそこに強くなったようなので、土台が無難な線だったのだろう。
 樹理亜はもう一人と後ろに回り、前の子を後押すするようだ。その前の子は小柄ながらも、その、まあなんだ、肉厚であちこち柔らかそうな子だ。こういうメンバーがいると、なんだか強そうそうに見える。
 実際始まってみると、見た目通りにそこそこに強かった。後ろから樹理亜たちが前の子を全力で押し、一輪荷車で轢くようにどんとぶつける。重さと肉のクッションを活かした、前の子の捨て身の戦術だ。
 その肉弾攻撃でバランスを崩した騎馬にさらに揺さぶりをかけながら、上の子が取っ組み合いを始める。上の子はあらゆる意味で割と普通の女の子だ。これといって腕力があるわけでもないので、ここから決着をつけるまでに多少手間取りつつも、最終的には長引いた押し合いに耐え切れず相手の騎馬が崩れた。
 その後、樹理亜たちの騎馬は一度は崩され、一度は帽子を取られはしたが、赤組の騎馬を崩したり帽子を奪ったりで5ポイントを奪った。樹理亜の活躍で俺の組がポイントを取られているので複雑な気分だ。袂を分かつとはこういうことを言うのだろう。娘が活躍しているのは親として嬉しくもあるが、敵だけに頑張れとは言いにくい。
 この妙に凝った騎馬戦には、5ポイント取った騎馬は武将に格上げになり相手に勝ったときにもらえるポイントが倍になるというルールがあるが、その代わり自分が負けたときに相手が取るポイントも倍になる。そのため、敵に狙われやすくなる。味方の騎馬も2倍ポイントを取られないように武将騎馬を守りに来るし、返り討ちにした騎馬のとどめを武将に取らせればチームに入るポイントは倍だ。
 樹理亜たちの騎馬も5ポイント獲得で武将騎馬になったが、時間は終わりすれすれ。結局、帽子を武将カラーに被り直したところで終わった。
 一方一緒に出ているはずの留奈は、最初に弱そうな騎馬に攻撃を仕掛けて帽子を奪ったものの、我が白組が誇る暴れじゃじゃ馬軍団に強襲され潰走。再出陣するもこちら側の弱そうな騎馬は最初に潰された時点で諦めて陣地に籠もっており、手頃な相手を見つけられずうろついているところを我が白組が誇る重量騎馬軍団に追い回された揚げ句、取り囲まれて逃げ道を失い、重量騎馬に轢かれて自分たちもおこもりさんになっていた。
 見た感じ、あぶれて寄り集まったようなチームだし、仲間にも恵まれなかったようだな。やっぱり活躍できそうな奴は活躍できる仲間を集めるから、弱そうなのはどうしてもな。留奈はお世辞にも運動神経があるとは言えないし、重しになるほどでかくもないし。その点、樹理亜は園芸部ならではのそこそこ鍛えられた下半身で、運動不足だが重さだけはある仲間を見つけ、中堅くらいの強さの騎馬に組み込んでもらえた。手押し車式に重い子を押して相手にぶつける作戦は当たり作戦だ。
 樹理亜の健闘は脅威だったが、それでも結局大接戦の末4点差で白組が勝負を制した。

 俺の出番が来た。1年男子400メートルだ。適当にやっておけばすぐに終わるのだが、走る組み合わせが大体実力の近い生徒同士の組み合わせになっているので、手を抜くと見事なまでに最下位になる。さすがにそれはみっともないので、ある程度は本気を出さざるを得ない。
 努力の甲斐もあり、見事に6人中3位に入ることができた。いいことだ。出過ぎた杭として打たれることもなく、後れを取ることもなく。中庸こそ美徳だね。
 2年、3年の競技の後、また1年の順番が巡ってきた。女子の競技は200メートル。樹理亜も留奈も参加する競技だ。しかも、並び方からして一緒に走る組み合わせらしい。誰が決めたのかとんでもない組み合わせだ。遠くて良くは見えないが、二人はすでに火花を散らしているような気がする。
 走者の組み合わせは、赤白それぞれ体育の測定での結果順に割り振られている。赤組と白組で圧倒的な実力差がついていない限り、赤組白組とも大体同じくらいの生徒が当たるようになっている。同じ組で同じに走るということはこの二人は足の速さが近いということ。言うなればどっちもどっちということだ。
 100メートルや200メートルは早く終わるため参加人数が多い。さらに早く終わらせるべく8人ずつ走ることになる。こうでもしないと終わらないかつかつのタイムスケジュールだ。
 真ん中くらいにいた樹理亜と留奈も、すぐに順番が回ってきた。
 間に白組の走者を挟み睨み合う。多分睨み合ってると思う。真ん中の子は両側から自分が睨まれているような気がして、落ち着かない理不尽な気分を味わっているところだ。多分。
 ピストルの音が響き、各走者一斉に走りだす。俺の読みが正しければ、間にいた白組の女子はほっとしているだろう。
 実力伯仲の組み合わせだけに一塊になって進んで行く集団だが、その中から最初に抜きん出たのは留奈だった。樹理亜は集団の後ろの方に入っている。留奈はそのことを確認するように振り返った。
 だが、テニス部なのに100と200という組み合わせにされた留奈がそんなに実力があるわけはない。案の定序盤頑張り過ぎたのがたたり、後半になってペースを落とし始めた。スパートをかけてきた集団に一気に抜き去られ、引き離されて行く。樹理亜もスパートをかけ、留奈を集団の中で悠々と抜いた後、集団の中でもひとつ順位を上げた。結局樹理亜は5位、留奈は最下位だった。さすがは俺の娘。何とも当たり障りのない順位につけたものだ。
 レベルの低い争いだったが、負けた留奈はがっくりと肩を落としている。無理をしてへばっているだけではないだろう。ただ一つの直接対決の機会で無残な負け方をしたのだ。慰めてやりたいくらいの落胆振りだが、慰めると勘違いされかねないので凹んでてもらうしかない。

 実際、慰めてやる暇も無い。次の競技は俺たちの騎馬戦だった。
 先だって激戦が繰り広げられた女子の姫騎馬戦を参考に作戦が立てられた。作戦を立てるほどの気合いとは、こいつらやる気あるな。
 作戦どおりに動けばいいのは実に楽だ。負けても作戦のせいにできる。
 作戦によると、弱いと思う騎馬は鰯のように固まって助け合う。いくつかの集団を配置し、それぞれの集団に敵が近づいたら別な集団が援護に向かう。
 強い騎馬は前方に、並だと思う騎馬はその後方に並び、前の騎馬をアシストするそうだ。俺たちは間違いなく並だろう。
 陣地に一列に並び、開始を告げる陣太鼓の音とともに作戦どおりの配置に並ぶ。強い騎馬も並の騎馬も、弱い騎馬だと思うのも皆自己判断だ。でもまあ、前にはやはりいかにも強そうな騎馬が集まり、後ろにはいかにもだめそうな騎馬が集まった。
 横一列になって向かってきた赤組は、見事な陣形っで迎え撃つ白組に怯み、列が乱れた。それでも果敢に向かってくる騎馬はいる。だが、あっけなく返り討ちになった。
 作戦を立てている白組に無策で挑めば勝ちはない。赤組も急いで陣形を作り始めた。寄り集まっただけだが、切り崩しにくくなる。
 騎馬戦は俄に頭脳戦の様相を呈してきた。強い騎馬を全面に出す攻めの陣形のこちら白組に対し、赤組は前方に中堅の騎馬を出して攻撃を食い止め、強い騎馬はそれを助けつつ敵を倒していく守りの陣形。
 とどめをいくつかの騎馬に集中的に刺させている。強そうな騎馬を速やかに武将に格上げし、効率よく得点を稼ぐつもりらしい。
 武将騎馬がいくつか出てきたところで、赤組も攻勢に出てきた。部隊を二手に分けて左右から背後に回り込んでくる。狙いは背後に固まっている鰯軍団らしい。確かに武将に鰯がバッタバッタ崩されると大量得点を許すことになる。それは阻止しないとならないのだが、いくつかの敵騎馬がこちらの強騎馬を捨て身で取り囲み押さえ付け動きを封じている。その間に赤組はは鰯を貪り始めた。
 敵騎馬の包囲を押し破って方向転換し、どうにか敵は撃退したものの、鰯を食い荒らされて点数で逆転されてしまった。
 赤組は巻き網漁法で鰯を殲滅し優位に立ったところでまた守りの陣形を組んだ。向こうは状況に応じて動きを変えてくる。
 こちらもより高度な戦術が必要だ。誰が考えているのかは知らないが、作戦は決まったようだ。武将騎馬とへっぽこ騎馬を守るように配置されている敵に広く当たるのではなく、一点に集中して防衛網に穴を空け、敵陣深くに入り込むそうだ。
 強い騎馬を中央に集めて敵に突っ込む。敵の陣形を左右にかき分け、そこに次の攻め手が入り込む。左右からそれを食い止めようとする敵を他の騎馬が押さえ込みつつ、一緒に敵陣の入り込む。なんだかトンネルを掘るシールド工法のような戦いだなぁ。
 敵も黙って掘削されたりはしない。じわじわと後退し被害を抑えようとしている。向こうは状況に応じて柔軟に対処法を打ち出してくる。厄介だ。こちらに作戦を出してくる奴がいるように、向こうにも作戦担当の軍師がいるらしい。そして、そいつは敵の真ん中で指示を出している奴だった。何とも分かり易い。
 多分情報科にいた奴だと思う。見るからに体育は苦手そうなモヤシ君だが、その分頭は切れるらしい。あいつを潰せば敵は作戦が立てられなくなるかもしれない。
 俺はこっちの作戦を立てている奴にその提案をしてみた。やっぱり情報科の奴だ。情報科と俺の電子機械科では偏差値は似たり寄ったりのはずなんだが、ゲームででも戦術力を鍛えているのか、こういうことは情報科の連中の方が向いているらしい。
 俺の提案は受け入れられ、混乱はさせられるかもしれないということで別動隊を作ることになった。
 敵の軍師は激戦地から少し離れた場所にいる。掘削部隊に対抗するために、背後はかなり手薄になっていた。別働隊の動きに気付いて敵の騎馬が向かってくる。相手にせずに迂回することにした。
「囮だ!構うな!」
 敵の軍師が言った。深読みしすぎだと思う。しかし、おかげで軍師の守りは甘いままだ。後ろの方にいたへっぽこ騎馬が蜘蛛の子を散らしたように退散し始めた。数を頼りに襲いかかれば撃退出来そうなものだが、へっぽこはやっぱりへっぽこらしい。
「あいつだけを狙うぞ!」
 そう言いながら軍師騎馬を追い回す俺たち別働隊。なんだか一隊率いていると武将にでもなった気分だ。ポイントはまだ2ポイントしか取ってないけど。
 この言葉が敵にも届いたらしく、軍師騎馬は逃げだし、周りの仲間もその軍師騎馬から離れ始めた。助ける気はないようだ。厄介ごとからは離れることで対処する。まるで鏡を見ているようだ。
 一つの騎馬を追い回すために複数の騎馬が走り回っている状態。ちょっと考えれば、放っておいた方が良さそうだという結論に達する。放っておいても失うのは一つの騎馬、その間4つの騎馬が戦力からはずれるのだから。
 仲間に見放され、孤立した軍師騎馬を追いつめ、取り囲んで押しつぶした。
 敵の軍師の騎馬がまた出てきたらそこに襲いかかって潰してやる。
 しかし、敵の軍師は陣地に戻ったところでそこから指示を飛ばし始めた。よく考えたら敵を倒しても、息の根が止まる訳じゃないんだから指示くらいはいくらでも飛ばせるよな。なんて無駄な時間。
 いや、無駄というわけではなかった。軍師が追い回されてパニクってた間、命令系統の麻痺した赤組は策のない状態に陥り、白組が展開した次の戦術に対処しきれずに押され始めていた。
 安全地帯で悠々と士気を飛ばし、赤組の戦況を立て直そうとする軍師。俺は一つ閃いた。
 すぐに作戦を実行に移す。別に陣地に攻め込んでも何かあるわけでもないのでがら空きになっている敵陣付近に進み、軍師の前に立つ。そこで、大声で校歌を歌い始めた。
 周りで見ている観衆からは失笑ともとれる笑い声も聞こえるが、赤組はこの事態に狼狽え出す。校歌が邪魔で指示が聞こえない。赤組はとことんこの軍師の指示に頼り切っていたようだ。またしても無策状態に陥り、劣勢の状態が続いた。その間に白組がじわじわと巻き返す。
 確かに、正攻法の戦術は赤組の方が優れていたのかも知れない。だが所詮生真面目な青二才、純粋で人生経験が短いだろう。人生の含蓄をもつ俺の、スポーツマンシップをかなぐり捨てた姑息で卑劣な戦術を前にして、手の打ちようもなかった。俺のような大人になっちゃ駄目だが、俺のようにならないと社会じゃ生き残れない。難しいところだ。まあ、社会人だった俺は事故で死んだんだけどな。
 ここで10分が経過。赤組の鰯巻き網戦術でとられた得点は、最後の巻き返しで取り返していた。僅差で白組の勝利だ。しかし、駆け引きに終始したおかげもあって点数自体は双方とも女子の7割くらいに留まり、武将騎馬の数に至っては女子の半分にも満たない地味な戦いとなった。
 ただ、見ている分には結構盛り上がれたらしい。それに、以降に控える3年男子の騎馬戦にも、この騎馬戦は大きな影響を与えた。3年男子の騎馬戦にも姑息な頭脳戦が取り入れられることになる。
 だが、俺には関係ないので特に言うことはない。

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