Reincarnation story 『久遠の青春』

12.欲望の軽井沢

 軽井沢到着と同時に、恐るべき事実が明らかになった。何と引率役の顧問が到着早々どこかに行ってしまうそうだ。
「お前らはもう分別ある大人だと思っている。もう、お前たちだけにしても間違いは起こさないと信じているぞ」
 ご高説を垂れる川崎だが、目を離すと一番間違いを起こす年頃だろ、こいつらは。しかもやる気満々でここにきてるんだしさ。
 なんでも、川崎はこの合宿に使うロッジ経営者の知り合いで、そのつてでここを安く借りているそうだが、ここに来たのは安く借りられると言うだけが理由ではない。それに加えて、自分の彼女を軽井沢に呼び寄せてデートも楽しむそうだ。ちなみに、川崎は妻帯者なので浮気という事になる。なんて野郎だ。
 川崎自身がデートと言う事は、こいつらを一番見張ってなきゃならなそうな時間帯はお楽しみの真っ最中だろう。帰ってくるなんてあり得ない。
 こんな実態を親、特に女子部員の男親に告げ口したら即刻吊し上げ食うだろうに。よく今まで問題起きなかったな。
「それじゃ」
 妙ににこにこしながら川崎は本当にどこかに行ってしまった。
 強化合宿とは名ばかりで、顧問の監督もなしには練習なんかそっちのけだ。特に二年男子。やる気は満々だが、そのやる気は明らかに別方向に向いている。強化されているのは主にズボンのテントの張り具合と言ったところだ。もうカップルが成立している連中は、テニスをやるどころか、とっとと私服に着替えて合宿場からも出て行ってしまった。ただのデート旅行だ。
 あぶれている二年生もテニスなどやる気はない。トランプや携帯ゲームで遊び出す。中には持ってきたゲーム機をロッジの大型テレビに繋いで遊び出す奴までいる。その重いゲーム機をわざわざ持ってきた宇野は、ゲームをしながらすげぇ、画面でけぇと興奮しているが、大きな画面でいつもと勝手が違うせいか、思うように操作できていないようだ。って言うか、いつも自分の家の小さいテレビでやっている時の距離なんだろうが、画面でかいんだからもっと離れろよ。画面全体は見えないだろ、その距離じゃ。
 二年生は自分たちはそうやって遊びながら、一年生にはとっとと練習してこいや、と言って追い出してしまう。まあ、上等ではある。
 テニス部の合宿に使うようなロッジだけに、ここにはテニスコートが4面もある。うちのテニス部にはもったいない話だ。
 4面のうち1面だけを使って交替しながら練習をしていると、別なロッジにいた女子がラケットを手に出てきた。ただでさえ少ない女子だが、男とどこかに出掛けたり、自主的に練習を辞退、すなわちサボったりしているらしく、いつもより数が少ない。
「流星、一緒に組もうよ」
 いつものように留奈が擦り寄ってきた。
「しゃあねーな。まあいいや」
「ねえ、2年生は?」
 夏美が2年の男子がいないことに気づいた。
「ロッジで遊んでんぜ。プレステ持ってきてた」
「うっそマジ?」
「マジ。そこの窓から見えるんじゃね?」
 三沢に言われて物好きな女子が二人、窓に駆け寄って覗き込む。覗き込むと同時にそろって悲鳴を上げた。
「なんだ、どうした」
「エッチなビデオ見てるー!」
 その言葉に、コートにいた全員が物好きに変貌して窓の前に群がった。
 悲鳴を上げられたために慌ててテレビは消したらしいが、床にはゲームソフト以上の数の、一目で分かるパッケージのエロDVDが散乱していた。誰が持ってきたんだ。
 DVDのプレイヤーは食堂を兼ねたホール、今二年生が見ていた場所以外にはない。去年もここに来た二年生はそれを知ってただろう。となると、宇野が部屋でDVDを見ることも出来るようにゲーム機まで持参したということなのだろうか。いや、常識だけに当てはめて考えるのは危険だ。そんなどこにDVDプレイヤーがあってどうこうなんて考えて行動するものだろうか。ましてやエロという本能に近い欲求の絡んだ行動だ。何も考えずに行動に移す可能性だって高い。そう、こんな人の集まっている食堂で、女子の声に驚いて慌ててズボンをずり上げたのが、はみ出したシャツから見て取れる奥村のように。
 いずれにせよ、真面目に考えるようなことでもない。ばからし。俺は考えるのをやめた。

 最初に窓から覗いた二人は奥村の痴態をかなりバッチリ目撃していた。コートに戻ってからもしばらく女子はその話題で盛り上がっていた。終わったな、奥村。いずれにせよ頑張ってモテるような男じゃないから、その辺は今更変わる訳じゃないが。
 声をひそめるでもなくボリュームマックスで笑い合う女子を見て一年男子は迂闊な真似は謹まなければ危険だと身に滲みた様子だ。
 二年の男子抜きで、テニス部の合宿らしいことを一通り行う。
「ってかさー。一年の男子マジでうまくなったよねー。あたし勝てないんだけど」
 女子の中で一番下手な町橋がそう言った。2年生だが、やる気の無さに比例した腕前だ。やる気無いのになんでテニス部にいるのか。平たく言えば下心が先走ってテニスに入って来るのは男子ばかりではないということだ。それでもあぶれているが。多少けばいのを我慢すれば悪くない容姿なんだが、理想が高くて今の残り物から選ぶのはプライドが許さないようだ。
「だって一年は朝練やってるもん」
「え、そうなの?」
 俺たちが朝練をやっていることを知っていた女子は、今そう言った裕子の他には舞だけだった。まあ、言ってないからな。
「それならあたしらも誘ってくれればいいのに」
 留奈が口を尖らせた。
「お前ら誘ったらまたコート使えなくなっちまうだろ。お前らは二年に引っ付いてコート使ってろ」
「あー、そういう事ねー。やる気あるじゃん。男子の癖に」
 町橋は俺たちがコートを使わせて貰えないから朝練を始めたという事情を察したようだ。とぼけたコギャルだがこういう事には勘が働く。案外男子を駆り立てているのが下心だというところまで感づいているかもしれない。男子の癖には余計だし、やる気あるじゃんとかあんたにゃ言われたくなかったがな。
 とりあえず、女子には男子の下心に気付かずにいて貰うに越したことはないし、俺がその男子の下心を利用して何をしようとしているか悟られるわけにはいかない。特に留奈には。まあ、そこまで見通せやしないだろう。
「でもさ、最近三年生いなくてコート使えるじゃん」
「女子に押し出されてちょっとしか使えないだろ。二年におねだりすれば替わって貰える女子と一緒にすんな」
「そっかー」
 そんな話をした後、男子と女子はそれぞれのロッジに戻って行く。
 男子のロッジのホールでは、奥村以外の二年男子がトランプで遊んでいた。エロDVDとゲーム機は消えていた。話によると奥村がブチギレて、それらを取り上げて部屋に籠もってしまったそうだ。心の傷をエロで癒すつもりだな。
 そもそも、なぜこんなところでエロDVDを見ていたのか。二年生の話によると、宇野がゲームをやっている中、こんなこと言い出す奴がいたと言う。『それってDVD見られるんだよな?』と。エロDVDを持ってきたのはよかったのだが、部屋にプレイヤーがないことに気が付いたわけだ。この食堂にもプレイヤーはあるが、こんなみんなの通り道になっている場所で見られない。後でそれを貸してほしいと言う訳だ。
「誰が持ってきたんすか」
「うぇ、あ、そりゃもちろん奥村さ」
 曽根の言葉に口籠もりながら答える宇野だが、態度がおかしい。二年生、特にゲーム機を取り上げられた宇野はあの騒動で女子に後ろ指を指されるのを、奥村一人だけに押さえようと情報戦に躍起だ。
 もう一人態度がおかしくなった二年がいる。DVDの持ち主はお前だな、岩佐。
 とにかくエロDVDがあると知って、見せろ見せろの合唱になり、宇野もゲームをやめてそのゲームソフトの替わりにエロを突っ込んで再生を始めたということだ。そして、エロシーンが始まってくると奥村が興奮し始め、たまんねぇーと言いながらズボンとパンツをずり降ろし、まあ、ナニを始めた訳だ。
 さっき奥村ということになっているDVDの持ち主が言っていた、こんな人前でエロを見られないという一言に、露骨に矛盾した奥村の行動なのだが、その辺には気付いてないのか。
 居合わせた連中は、やめろとかその汚いものをしまえとは言いながら大笑いしていたのだが、そんな時女子二名が覗き込んで悲鳴を上げ、その声にみんな揃って寄ってくるという流れだ。
 その後、お前らのせいだと逆ぎれした奥村がゲーム機とDVDを取り上げて部屋に行ってしまったそうだ。そのDVDを持ってきたのは奥村ということになっていたはずだが、誰から取り上げたんだろうな。
 とにかく、そう言った事情を女子にも伝えてほしいとのことだった。自分で言えよ。なんでも、一緒に居合わせたのだから同罪だと女子に思われているかも知れず、話しかけるのは気まずいので、まずは疑いを晴らしてからだとか。俺たちがあることないこと言い触らして、全員同罪にされたらどうするんだか。弱みを握っておいた方が面白そうだけど。

 間もなく、夕食と言うことになる。ホールでの奥村のナニがフィニッシュまで行かずに途中で止められてよかった。変な臭いの中では飯を食いたくない。
 だが、食事の準備をしようとして、その心配さえ無用だということを思い知らされていた。
 食事として用意されていたのは合宿3日分のカップ麺とレトルトカレー、食パンだけだったのだ。こんな物、部屋に持ち帰って食える。
「まじかよー!去年はうどんと焼きそばもあったのに!」
 二年生も思わず呻くが、それ大差ないから。
 食堂脇にあるなかなかの設備のキッチンで、お湯だけ沸かしてカップ麺を作る空しさと言ったら半端ではない。
 そんな虚しい飯を食らっていると、玄関で女子の声がした。
「ごめーん、ちょっといい?入って大丈夫?変なことしてない?」
 するか。いや、してた奴がいるから聞いてるんだろうが。
 入ってきたのは2年の根室だった。手にデジカメを持っているが、わざわざ変なことをしてないか確認してから入ってくるということは奇襲をかけて変なことをしている所を撮ってやろうというわけではないようだ。
 なんでも、デジカメを持ってきたはいいが、メモリーカードのスペアを置いてきてしまったためカメラに入っているカードに100枚くらいしか撮れないという。それだけ撮れれば充分な気もするが、それでは満足できないそうだ。そんな時、男子の荷物の中にノートパソコンがあることを思い出し、そのパソコンに撮った写真を保存しておいてほしいという。男子のパソコンにぶち込んでおいていいような写真しか撮らないのか?
 このくらいのことは引き受けてやれば女子からの好感度がアップするのだが、パソコンの所有者の鴨田はかなり渋っている。ファイルを保存するのはいいが、パソコンの操作は一切自分がやるし、パソコンの画面はいいと言う時以外は絶対に覗き込むなと言う条件を出したが、今度は根室が不満そうだ。根室はやっぱり男子には見られたくない写真も撮るかも知れないという。そんな時はパスワードをかけたZIPで保存して見られないようにするつもりだと言う。パスワードを設定したり、見せられない写真を取り扱う時には、本人によるパソコン操作がどうしても必要になる。
 このままではこの話はご破算だ。しかし、鴨田もせっかく女子に気に入られるチャンスを無碍には出来ない。パソコンを使うのはいいが、ちょっと準備が必要だといい、根室を追い出してパソコンを操作し始めた。
 案の定、画面には壁紙からしておっぱいぷりんぷりんのエロ画像が踊り、エロゲームのアイコンやエロ画像が入ってますと言わんばかりの露骨な名前のフォルダがデスクトップに散在している。真面目そうなソフトが見当たらない。ワープロソフトのアイコンすら見当たらない。こいつはエロ以外にパソコンを使えないのか。まさかエロ専用パソコン?
 鴨田は大急ぎで壁紙を風景写真にし、エロゲームのアイコンやフォルダをまとめて堅苦しい名前の新規フォルダにぶち込んで準備を整えた。
 パソコンに触る許可をもらった根室は、早速デジカメのデータをパソコンに移し始めた。
「ときめき学園ライフ・放課後の教室は秘密の授業中。美少女戦隊ニャンガリオン。慟哭の刻」
 根室が何か呟き始めた。鴨田が動揺し始める。根室は鴨田を見て、意地悪くにやりと笑う。どこで見つけたのか、エロゲーのタイトルを読み上げたのだろう。
「まあ、そんな事だろうとは思ってたけどねえ〜。最近使ったプログラムが全部エロゲってのはちょっとひどすぎると思うよ」
 あー。そうか。必死こいてデスクトップからエロを排除したものの、スタートメニューの履歴にごっそり残ってるのな。まあなんだ。スタートメニューのプログラムリストはもっと凄いことになってるだろう。流石にそこは怖くて見られないようだが。
「見ちゃダメな写真はパス付きのZIPにしたから。それ以外の写真はこのフォルダに入れてあるから、みんなで見ていいよ。……これレポート?機械工学ってどんな勉強すんの?」
 恐らくそう言いながら機械工学というフォルダを開いているのではないかと思うが、そのフォルダは。
「あー。……ふーん。なーるーほーどーねー。見なかったことにしてあげるわ。ごめんね。また明日もよろしくね」
 根室はいそいそと去っていった。このフォルダもパス付きのZIPにすればよかったのにな。
 そんな事もあった後、夜も更けていったのだが、そう言えばデートに出掛けた二組のカップルが帰ってこない。どこにしけこんだんだか知らないが、やりたい放題だな。

 翌朝、インスタントコーヒーと生食パンのレトルトカレー付けという侘しい朝食を済ませる。
 女子は一足先にコートに出て練習を始めているようだ。女子の声を聞いて二年男子もやる気が出たらしく、今日は率先してコートに出て行く。人数的に、一年が出て行くと溢れてしまう。二年と女子が練習している間は一年坊主はエロDVDでも見てろ、と奥村がDVDを差し出してきた。気前のいいことだ。
 何人かが早速見ようぜ、と言いながら食堂のプレイヤーにDVDを突っ込もうとするので、奥村の部屋にゲーム機があるだろうからそこで見てろと追い出した。
 テレビを見るにも、この時間はどうでもいい情報番組と見たこともないドラマばかりだ。新聞もないしすることがない。ゲーム機はエロDVDが占拠中。鴨田のパソコンにゲームでも入ってないかという話になったので、エロゲームしか入ってないぞと釘を刺しておいた。
 することがないのでジョギングにでも行くか、と話し合っていると、窓をこつこつと叩く音がした。見てみると女子が覗き込んでいる。
「エッチなビデオは?」
 窓を開けるなり何か言ってきた。
「見てねぇよ」
 ここではな。
「エロビデオ見てるから覗いて見ろって言われたよ」
「誰によ?」
「シコ村」
 奥村のことか。早速酷いあだ名が付けられてるな。それにしても、こりゃ奥村の野郎、一年をはめようとしやがったな。しくじったみたいだが。
「一々見にくんな。そんなにマスカキが見たいのか?奥村先輩に見せてもらえよ」
「そういう訳じゃないけど。あのさ、今から買い出し行くんだけど一緒にいかない?」
「買い出し?」
「カップラーメンとパンだけじゃバランス悪いでしょ」
「まあ、そうだな。いいぜ。いいよな?」
 居合わせた他の男子もみんな頷いた。
「他の男子は?」
「上でプレステいじってるはずだが」
 ゲーム機でエロDVD見てる頃だろうが、そこまでは言わない。
「まあ、あいつらはほっとけ」
 結局女子4名男子4名の8名で買い出しに出ることにした。
 ロッジから山道をたどること20分ほどの場所にスーパーがある。昨日デートに行った二年生が見つけて教えてくれたそうだ。いや、教えてくれたというよりはスーパーの場所を覚えていたので1年を使いっ走りに出した感じのようだ。
 スーパーに向かう途中の道ではまた奥村の話題で盛り上がるのだ。
「でさ、結局あのエロビデオは誰が持ってきたの?」
 二年男子は全てを奥村のなすり付けようとしたのだが、本人がいるのだからそううまくは行かない。奥村はDVDを持ってきたのは岩佐だと主張したそうだ。やっぱりこいつか。必死な奥村の言うことだから信じて良さそうだ。
 ただ、奥村以外は口をそろえて奥村だと言っているらしい。だから女子の見方は奥村説で傾いてるようだ。二年男子の思う壷だな。
 スーパーでは野菜を中心に、他に米やスパゲティやブロック肉などを買い込む。重いものばかりだ。男子を誘った目的はこの重い食材の運搬要員であることは明らかだ。
「ところで、何を作るんだ?」
「んー。あたしカレーならできるよ」
「野菜炒めとラーメンなら」
 真っ先に名乗りを上げた二人は、揃って自慢げにこの位は出来ないと恥ずかしいレベルの料理を挙げて来た。
「カレーって。レトルトのカレー一杯あるじゃん。わざわざ作ってどうすんだ」
「あ。そっかー」
 そっかー、じゃねぇ。レトルトでもあるものを食わされるために重い荷物持たされてたまるか。
「あたしクッキーとマフィン焼けるよ」
 飯かそれ。パンが食べられないならお菓子を食べろってノリか?
「鉄板あったし、粉があるならお好み焼きにしねぇ?」
「鉄板なんてあんの?そんなら野菜も鉄板焼きにして食おうぜ」
 男子の方がまだマシな話をしているな。ところで、そんな次元の低い議論と無縁に一人で黙々と食材を見繕って来てはカゴに投下して行く曽根の動きが気になる。
 相談の結果、今日の昼はみんなでお好み焼き、夜はやっぱりみんなで鉄板バーベキューという話になった。女子ももうちょっと料理の話に口を挟めよ。男の言いなりじゃん。
 重そうなものは男子が持ち、調味料などの小物は女子が持つ。この大荷物を持って山道を登って帰るのは、最近ようやくトレーニングを始めたばかりの部員たちにはなかなかに骨だったようだ。確か運動部だったよな?この部活。
 ロッジに帰ると、2年生は練習に疲れたのかコートには人影がなかった。
 食堂ホールでめいめいに遊ぶ二年生の姿が確認できた。ゲーム機も返してもらえたらしく、宇野がホールの大型テレビでプレイしている。
 ホールはカップラーメンの臭いで充満している。二年生は一足先にカップめんでランチを済ませたらしい。
 お好み焼き言い出しっぺの志賀が、曽根と一緒にお好み焼きの仕込みを始めた。その間に俺たちは鉄板の準備だ。
「お、何を始めるんだ?」
 二年生が寄って来た。買って来た材料でお好み焼きを焼くんだと言うと驚いた。俺たちがロッジを出たのは知っていたが、何をしに言ったのかまでは知らなかったようだ。まともな飯にありつけるとは思わず一足先にカップラーメンとパンで腹一杯になってしまったそうだ。パンまで食ってたのか。微妙な取り合わせだな。
 水洗いした鉄板を、ロッジ前の広場のコンクリートブロックでできたカマドに乗せ、薪に火をつける。鴨田のパソコンのおかげで容量の心配がなくなったこともあってか、2年の女子根室がこれでもかと言うほどに写真を撮りまくっている。何も載っていない鉄板なんか撮ってどうするのだろうか。
 女子が仕込んでいた具が届き、次いで志賀と曽根の粉がきた。
 鉄板の大きさがそんなに大きくないので、一度にたくさんは焼けない。レディファーストということで女子の分から焼く。
 基本的に焼き始まってしまったら、焼け具合を見てひっくり返すくらいしかすることが無い。志賀と曽根の二人で事足りる。その間、まともな料理を作れる奴が一人もいないことが判明した一年女子は、ただただすごーいなどと言いながら傍観している。テニスではいいところの無い二人だが、面目躍如と言ったところか。
 旨そうな匂いに釣られて二年の男子も顔を出した。
「うまそう!これ誰の分だ?くれよ」
「あたしらだよ」
 女子の反応は早かった。志賀と曽根が焼いていたので普通に一年男子の分だと思っていた鴨田はひるんだ。
「先輩、ラーメンとパン食ったんすよね?」
 曽根がごく普通に抱いた疑問をぶつけると、女子がもう食ったのに人より先に食おうとすんなよといきり立った。何もしないで飯だけ食おうとすんなよとも言われた。非難囂々だ。たまらず二年は退散した。下心だけでテニス部に在籍している男子は、女子にそうそう逆らえるものではない。しかしあれだな、食い気がからむと女子からも色気が消えうせるな。凄い迫力だ。
 二年女子に行き渡ったら次は一年女子の分。そして一年男子は最後だ。女子が思いの外遠慮無くでかいお好み焼きを要求するので、相当キャベツで増量しても粉が足りない。志賀と曽根が再び粉の仕込みに行った。その間、一足先に食べ終わっていた二年の料理の心得のある女子が代わりに焼く。一年は全滅だったが、二年にはちゃんとこういう女子もいる。安心した。まあ、そもそも料理の心得があるからこそ、料理のための材料を買いに行かせたのだが。
 そんな全滅した一年の女子の一人が味にけちを付け出す。
「このソース、何か変な味」
 そう言いながら奈美江が差し出したビンには、オイスターソースと書かれていた。これは確かにソースはソースだが……オイスターソースと普通のソースの見分けもつかない奴に料理なんかできるわきゃないよな。しかし、そもそもなんでここにオイスターソースがあるんだ。
「ソースじゃないならソースなんて名前つけんなよ、紛らわしい。お好み焼きにかけられないんじゃソースじゃないじゃん」
 ソースに当たる奈美江。
「お前はフルーツソースをお好み焼きにかけるのか」
「あ、そか」
 土橋の突っ込みにあっさりと意見を変えた。
「でもなんかそれっておいしそうじゃない?」
「うーん。でもそれなら肉とかイカとかは入れない方がいいよね」
「クリームとか乗せたくない?」
「あ、いいねそれおいしそー」
「ホットケーキでいいじゃん、それ」
「あっ。そうだよね」
 話に出て来た偽お好み焼きのような中身の無い話をしているうちにも、粉の準備が終わり俺たちの分が焼き始められた。
 そんな気はしていたが、オイスターソースを持ち込んだのは曽根だった。奈美江がたっぷりとお好み焼きにかけてしまったと伝えられ、焦っている。
「明日の朝飯どうすんだよ」
 慌てて曽根がオイスターソースのビンを取り上げた。これだけ入ってりゃ足りるか、とほっとする。明日の朝は中華か。
 ようやく俺にもお好み焼きが回って来た。しっかりとダシが効き、中がとろっとしているのに表面はサクッとしている。下手な出店の奴より旨い。まあ、すきっ腹で散々待たされた事もあって味覚に相当バイアスがかかってもいるんだろうが、女子も歓声をあげる訳だ。
 最後に今まで調理に当たっていた曽根と志賀が自分たちの分を焼くのだが、女子からのおすそ分けのお陰で既に腹も膨らんでおり、小さめに焼いたら少し粉が余ってしまった。
 心優しい女子の計らいで、残った分は二年の男子に分けてやってもよいということになった。
 一年の女子二名が二年男子を呼びに行かされた。舞と裕子は手を繋いで低い姿勢で窓に近づき、そっと窓を覗き込む。何だその動き。スパイか?
 こつこつと窓を叩いて中に声をかける。その声は遠くて聞こえない。
 代わりに近くでお帰りーと大きな声が上がった。昨日真っ先にデートに出掛けて結局帰ってこなかったペアが一組帰って来たのだ。お泊まり男の江崎は発泡スチロールの箱をかついでいる。
「みんなー、アイス買って来たよ」
 箱の中身はアイスだそうだ。避暑地の軽井沢とは言え、真夏の真っ昼間の炎天下にお好み焼きパーティをやっていた身にはうれしい限りだ。
「いい匂い。何やってるの?」
 アイスカップルの女子穂積が言う。見て分からないとは思えないが、社交辞令のようなものだな。
「お好み焼きだよ」
 分かり切った返事も社交辞令みたいなものだ。
「うわあ。欲しい。これもらっていい?」
「いいよー」
 二年男子に渡るはずだった二枚のお好み焼きのうち、大きい方がカップルの手に渡った。時同じくしてロッジから二年男子が出て来た。
「ねえ、あいつら何してた?」
 先にこっちに戻って来た呼びに行っていた女子に二年女子が聞く。
「してませんでしたよ。今日はゲームやってました。ねー」
「うん、ねー」
 微妙に質問を聞き間違えた舞が答えた。裕子も相槌を打つ。さすがに昨日の一件がある。外から丸見えの食堂ホールでナニに励むようなことはしないだろう。
 カップルは二人で分け合いながら焼きたてのお好み焼きをつついている。わざわざ箸で挟んだ分をお互いに食わせあっている。俺と詩帆にもあんな時期があったな。傍から見ると恥ずかしい限りだ。
「あつーい」
 お前らほどじゃねえよ。
「お前何食ってんだよ」
 出て来た二年男子が同じ二年男子の癖にちゃっかり女子のおこぼれで一足先にお好み焼きをいただいている江崎に因縁をつけた。
「何これあんたらの分だったの?ごめーん」
 江崎の彼女の穂積が謝るが、それを女子の一人が遮る。
「コージはアイス買って来てくれたんだから食べる権利あるよ。あんたら何もして無いくせに威張んないでよ。アイス没収するよ?」
 女子のこの一言で、他の男子が一斉に因縁をつけた男子の批判に回った。奥村の時と言い、狡い連中だ。必死なんだろうが。
 やっと二年男子にお好み焼きが回る。小さなお好み焼きを五人で分けると、かなり慎ましい量になった。もうアイスのおまけくらいに考えた方が良さそうだ。まあ、もう腹は膨れてるんだから上等だろう。
 お情けほどの量だったせいもあり、二年男子は早々に食べ終わり、アイスを手にロッジに戻って行く。
 一年男子も食べ終わり、後片付けに入る。既にいなくなっていた二年男子に対して、食べるだけ食べて準備も後片付けもしないで何よ、と女子の批判が集まった。することがことごとく裏目に出るな。

 暑い盛りの昼下がりに一年男子はコートで練習を始めた。
 日陰でも暑いのに降り注ぐ直射日光。ワンゲームもできずに日陰に逃げ帰る。とても練習にならない。やる気のない二年が午前中のまだ涼しいコートを使っているのは間違ってないか。
 日が傾き山の陰に入ると女子が出て来た。お肌のために真っ昼間の日差しの強い時間を避けて練習をしているらしい。
 女子の声に釣られて二年の男子が出て来た。一年男子は追い払われる。二年生は女子と遊びたいだけなのが丸解りだ。この調子では俺たちが練習する機会は無いに等しい。
 夕食の準備の時間までジョギングしながらどうするか意見を出し合う。多くはない選択肢からいつも通りの早朝練習が選び出されるのにそうは時間がかからなかった。

 昼間大活躍した鉄板に再びご登場願い、今度は鉄板焼きだ。鉄板の上にぶつ切りにした野菜や肉や魚をぶちまけ、食えそうな物から食っていく。お好み焼きに比べれば何とも簡単で楽チンだ。
 二年の女子から、片付けは二年の男子にやらせるから一年男子は食ったら帰っていい、と言われた。これまた楽チンだ。
 その二年の奥村以外の男子は、女子にゲームをやりに来ないかと誘いをかけまくっている。印象が地に落ちた奥村を外して、信用のある、いやまだ信用が残っている人間だけで誘う作戦だ。
 だが、奥村が部屋でエロDVDを見るためにゲーム機を奪い取り、一晩中見ていたと言う話は、その話をされたお泊まりカップル男の江崎からその彼女の穂積、そこから女子全体へと知れ渡っていた。肝心のそのゲーム機に信用がない。
 二年の誘いをするっと躱し、留奈が俺に声をかけて来た。
「流星君。今夜、いいかな」
 人目も気にせずに堂々と誘いをかけてくる。周りにいた男子の箸の動きが急にぎこちなくなった。
「悪いな。ここだけの話だけどさ、明日から早朝練習する予定なんだわ」
 こんなやる気満々の誘いには怖くて乗れん。
 留奈は不機嫌そうに唇を突き出した。だが、いつもこんなノリだ。向こうもこの位では引き下がらない。
「ねえ。ルナも流星も夜空で輝くものだよ。今夜二人で輝こうよ。昨日、いい場所見つけたんだ」
 何を言ってるんだ。
「流星は一足早く夜空から消えてなくなるものだ。そういう訳だから、一人で輝いててくれ」
 さっさとロッジに避難することにした。
「あ、ちょっと。待ってよっ」
 待てるか。追いかけてくる様子はない。

 追いかけては来なかったが、留奈は諦めていなかった。
 あの後、土橋が留奈からの言付けを預かっていた。女子のロッジ裏の遊歩道を登って展望台に来てほしいとのことだ。
「行かねぇって言ったのに。しょうがねぇなぁ。山に一人で突撃する前に止めた方がいいか」
 渋々女子ロッジに向かう。
 ロッジ玄関前では二年の男子と一年の舞が何か言い合っている。どうやらまだゲームの誘いを続けているらしい。必死すぎる。舞は平謝りで断り続けている。こっちも必死すぎる。まあ、夜に鬱憤の溜まった男の巣窟に引きずり込まれたら何をされるか分かったもんじゃないしな。
 邪魔しちゃ悪いかと思って様子を見ていたが、俺に気づいた舞が助けを求めるように声をかけて来た。
「流星、この人たちどうにかしてよぉ」
「どうしろと。それより留奈いる?」
「えっ?留奈?留奈ならさっきどこかに出掛けたみたいだけど、そっちに行ったんじゃないの?」
「ちゃー、遅いか……」
「てめー、一年の分際で女誘いに来てんじゃねーよ」
「しかも俺らの目の前でとは、いい度胸じゃねーか?おーん?」
 二年二人がかりで、4の字固めとフェースロックをかけられた。ギブアップしても聞き入れない。
「ちょっ、ちょっと。やめてください、やめてぇー」
 舞が焦って声を上げたとき、玄関のドアが開いて二年の女子が飛び出して来た。何かあったときの為にドアの裏に何人かスタンバってたようだ。舞の無事を確認してほっとする。俺が無事じゃないのは問題ないようだ。だが、いきなり凄い勢いで出て来た二年女子に驚いて、二年男子は技を解いて逃げ出した。助かった。
「うぜー、もう来んなー!」
 逃げる男子の背中に罵声を浴びせる女子。
 地べたに放り出された俺を捨て置いてロッジに引っ込み、鍵をかけてしまった。留奈が出掛けてるんだが。
 仕方なく、ロッジに帰る。留奈を放置するのは心苦しいが、女郎蜘蛛の巣に飛び込んでやる気はない。
 ロッジでは二年の男子が不機嫌そうに男同士のゲームに興じている。
「どうだった?」
 二年生がやってるゲームの画面を見ていた土橋が声をかけてきた。
「もういなかった。裏山に行っちまったみたいだ。なあ土橋、蚊に刺される前に帰れって言ってやってくれねぇ?」
「なんで俺が。自分で行けよ」
「出来ればそうしたいんだけどさ、勘違いされるのも困るだろ。それに、帰れなんて言いに行ったのが他の女子にバレたらどうなるか。かといって、山の上に一人置き去りにしておくのも、これまたあとで何を言われるか。まったく、困ったもんだ」
「なんの話だ」
 近くでやはりゲームの画面を見ていた二年の青木が声をかけてきた。女子というワードに反応でもしたのだろうか。俺は事の成り行きを大雑把に掻い摘んで話す。
「そう言うことなら早く言え。可愛い後輩が困っているのを放っておくわけないじゃないか」
 心にも無いことをほざく青木。喜び勇んで出て行ってしまった。間違いを起こさなければいいんだが。
 とりあえず、留奈に関しては少なくとも待ち惚けの心配だけはないし、明日は朝練もあるのでとっとと寝ることにした。

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