路傍の雛罌粟のように

05.永遠の0(ラブ)

「そういえばさ。俺は美香にテニスを教えてもらえるけど、そのお返しに何かしてやれる事ってあるのかなぁ。できれば何か教えてあげられるようなことがあるといいんだけど」
 何気なく話題を変えてリラックスしてもらう。パソコン関係とかなら教えてあげられないこともないけど、より気軽に話せるだろう情報科の竹川さんには負けそうだし、それ以外の工業科の知識なんて女の子に無縁のことの方が多そうだし、連城みたいに女性向けの技術スキルも持ってないし。
 学校の勉強以外でやれることなんて、遊び方面くらいだぞ。最悪、返せる物は俺の乏しいお小遣いから何かおごるくらいになっちゃうんだが。あるいは、カラダで。もちろん、体力を生かした肉体労働的なそっちだ。変な意味じゃなく。
「教えて欲しいこと、か……」
 長沢さんは少し考えて、やにわに真っ赤になったので。
「変な意味じゃなく」
 慌てて言い添える。恐ろしいことに、教えて欲しいことの筆頭が赤面するようなことだったようである。いくら相手が化粧バッチリで大人びた雰囲気でも、そこまで要求するほどこちらは大人ではない。いや、いきなりそういう要求をしないくらいには大人なのだ。そう、子供じゃないけど大人になんかなりたくない、そんなお年頃なのである。
「う。わ、わかってるけど。……教えて貰いたいこと、あるかも。でも、ちょっと恥ずかしい……」
 長沢さんはそこで一度俯きながらの言葉を切り、顔を上げ。
「変な意味じゃなく!」
 慌てて言い添える。しかし、それってなんなんだろう。言うのがちょっと恥ずかしい、だけど変な意味じゃない、教えて欲しいこと……。
 まあ、これも無理に話してもらわなくてもいい。気にはなるけど、まだ知らない方がいいことのような気がするし。リラックスしてもらおうと話題を変えたのに、また微妙な雰囲気になっているし。
「あっ、そっか」
 何かに気付いた様子の長沢さん。
「ん?何かあった?」
「いつもと違ってやりにくいの、なんでか分かった」
「んー。なんで?」
「いつも誰かに教える時はさ、こうなのよ」
 俺の後ろに回る長沢さん。
「そっか、向かい合ってるからやりづらいのか」
「うん。特に相手が男の子の場合って、向かい合うと教わってる方がやりにくそうだし」
 うん、すっごい分かる。俺はここしばらくカレシをやってるおかげで結構耐性がついてきているけど、真正面の至近距離での長沢さんは抵抗力がないと耐えられない。特に俺達みたいな普通以下の男には。
 しかし今回はお触りなしの口頭での指示中心という前提だったし、そこに手を広げたら船が沈む映画のワンシーンみたいになりそうな吉田のコーチを事前に目にした影響もあり、長沢さんは俺の前に居る。
「それならフォームを直す時くらいはいつも通り後ろに立てばいいよ」
 俺は抵抗力がついてきたので耐えられるが、耐えなきゃいけない時点で楽じゃないのは解ってもらえると思う。まして今日は化粧でいくらかパワーアップしているのだ。冬の太陽が夏の太陽くらいには。どちらにせよ直視なんか出来ないが、今日はより一段と強烈である。しかし元がすごすぎるので化粧による伸び率がそれほどでもないのが幸いだろう。割合が大したことないだけで、伸びた分だけでも十分に一撃必殺なんだけどね。
「向かい合いじゃなくなると、美香と見つめ合えなくなるのは残念だけどね」
「そ、そういうこと言わないの!」
 しまった、また本音が。しかもこっぱずかしい奴が。そして、残念なのと同じくらいほっとしてたりもするけど。ただでさえいつもより破壊力2割増しのメイク顔なんだし。
「後ろに立ってヤバい感じになるのは男が後ろの時だよ。女が後ろなら、何もないよ」
 焦った上にちょっとほっとして緩んだせいもあり下品なことを口走ってしまった。長沢さんもちょっと怒ってしまったようで声のトーンが低くなった。
「あら。へえ。そう思うの?じゃあ、試してみる?」
「え?試すって……」
 俺が言い終わる前に、長沢さんは俺の背中に密着してきた。うわあ、ヤバい。何がヤバいって、背中に感じる二つの柔らかい感触……!
「何もないなんてことはありませんでした!ごめんなさい」
 おっぱ……いやいっぱいいっぱいになりながらダッシュで脱走する俺。ノックアウト寸前である。
「そうでしょう、あったでしょう」
 口では勝ち誇ったような言いぶりだが、振り返って見てみると長沢さんは地面に這いつくばり、頭から湯気だかエクトプラズムだかを立ち昇らせている。こちらも相当にいっぱいいっぱいだったようである。

 何もなかったことにしよう。何もないなんてことはないという事を確認したなんてことは、なかったことにしよう。それに限る。
 吉田と竹川さんが密着して俺たちに見せつけてるだけのフォーム指導はこの辺にし、練習試合に戻る事になった。なんか色々あって教わったフォームが消し飛んでる気がするが、気のせいだ。よく思い出せば遠く朧な記憶の中にフォームを教わったことは確かに残っている。この辺の記憶をあまり深く掘り下げると危険な香りがするのでやめておいた方が無難だ。
 思い出せないなら、教えられたこと自体無意味のような気がするが気にしてはいけない。そう、脳内で記憶を辿ろうとするのが良くない。フォームは体で覚えたのだから、体が勝手に思い出してくれるはずだ。ついでに背中に触れた柔らかさも思い出してしまうのはどうにかならないのか。
 試合の方もいったん仕切り直しで0-0から始まることになった。と言うか、中断する前も0-0だったと思う。ここに来た時からちっとも前に進んでない気がするな。ただ後ろに立たれただけ?いやだから、後ろに立たれたことを思い出すのはヤバいって。って言うか距離はあるけど今も長沢さんは俺の後ろにいるんだし。

 中断されていたゲームが中断直前同様竹川さんのサーブから再開される。先ほどのセンターツーベースヒット狙いのようなパワフルでド真っすぐな球ではなく、ちゃんと弧を描いた球が来た。そこからのラリーも順調に続く。
「久々の割には腕も落ちてないな」
 吉田は竹川さんの腕前をそう評した。
「まあ、練習くらいはしてるからねー。壁打ちとかさ」
「寂しいな。俺以外に相手してくれる人いないのかよ」
「うん。ママからラケット借りてるからママに頼むとラケット足りないし。そっちの部員の一年生にはあんまり親しい人いないし。根室先輩にはさすがに頼みにくいし」
「加奈子は?」
 俺の知らない名前が出てきた。誰。
「だからラケットないって。それに恒星くんと同い年なの、忘れたわけじゃないでしょ。今年受験生だよ?テニスなんかやってる暇ないよ」
 恒星ってのは吉田の弟の名前だったはずだ。って事は竹川さんの妹とかか。ネーミングのセンスがかけ離れすぎているが、片方を母親が、片方を父親が名付けたとかそんなところだろうか。そんなことよりなぜか俺の後ろから「はうあ」的なダメージボイスが聞こえてきたんだが何だろう。そう言えば、長沢さんも来年は受験生だからな。そんなダメージの影響か、長沢さんのストロークが乱れた。その結果、手加減具合の緩んだ強烈なスマッシュがあちらにすっ飛んでいくことになる。
 サーブ権がこちらに移った。その合間に長沢さんが竹川さんに言う。
「遠慮しなくていいのよ。私がいるじゃない」
「実力差がすごいですけど、大丈夫ですか?」
 この場合。竹川さんが危惧しているのは、竹川さんの本気のストロークがパワー全開で明後日の方向に飛ぶことだと思う。
「壁と同じくらいきっちり打ち返してくれるだろうし、壁よりもちゃんとした球が返ってくるだろ。いいんじゃね」
「でも。私の練習に付き合う時間があるなら三沢君といちゃつきたいと思うでしょ」
 さらっとなんてことを言うのか。長沢さんも構えかけてたサーブを一旦キャンセルしたようだ。
「ななななななにを」
「毎日電車でいちゃついてるんだからいいんじゃね。それどころか冬休みに入れば思う存分いちゃつけるんだしさ」
 長沢さんが完全に固まってしまった。
「おいお前ら。精神攻撃するのは卑怯だぞ、その話は終了!」
 もちろん俺にも効いてるんだからな、その精神攻撃は。

 気を取り直し、また打ち合いが始まったその時。
「ん?ちょっと待って」
 吉田が何かに気が付いた。その視線を辿ると俺の目も校庭の隅をこそこそしながらも堂々と突っ切る不審な関係者の姿を捉える。テニス部二年生男子・鴨田先輩だ。私服姿にノートパソコンのバッグを持ち、その場所に合わない格好のせいかやたらと周りを気にしながら歩いている姿は、いかにもオタクっぽい眼鏡も相まってとても変質者っぽい。
「誰?」
 初見の長沢さんは素直にそう聞いてきた。
「うちの先輩」
「親しみやすそうな人ね。声かけてみても大丈夫?変な人じゃない?」
 答えに苦しむ質問だ。長沢さんの想定している変な人ではないだろう。だが、変な人だ。でもまあ。
「声は掛けて大丈夫だよ。危ない人じゃない」
 いや、やっぱりアブないか。ある意味。
 鴨田先輩はこちらに気が付くと逃げるどころか全力で駆け寄ってきた。敵地を敗走中の兵士が味方の旗を見つけたような反応だ。歩み寄った吉田とフェンス越しに会話を始める。
「お、おい吉田。楽しそうだな。楽しいか」
「ええまあ、楽しんでますよ。で、なんか用すか。ナガミーでも眺めに来ましたか」
 自分の名前に吸い寄せられるようにそちらに歩み寄る長沢さん。
「いやその、そんなことは……おうっ」
 休日に私服で学校敷地内をうろつくという不審者モードゆえに背後はやたらと気にしていた鴨田先輩だが、フェンス内は警戒していなかったらしい。視界にいきなり長沢さんが現れたことでのけぞる。ましてただでさえ超絶美少女なのに今は化粧で超超絶美少女になっている。非モテ男子では直視しただけで精神的にダメージを受けるレベルだ。
 そして、長沢さんも手持ちぶさただったから近付いただけらしく、別段鴨田先輩に用は無かった。気まずくするだけして無言で立っている。鴨田先輩は気にしないことにして、気にしないように、どうしてもやっぱり気になりつつ吉田との会話に戻る。
 鴨田先輩は根室先輩に呼び出されたようだ。鴨田先輩は根室先輩にちょっと性的な弱みを握られていて、近頃はいいようにこき使われている。まったく、合宿にエロゲーなんか持ってくるから。
 呼び出された場所は女子部室。男子禁制の聖域である。まあ、今は先客いるけど鴨田先輩はそれを知らない。とても行きにくいだろう。それに加えて、何か言いたげに佇む長沢さん。だがその長沢さんが。
「女の子を待たせるものじゃないわよ」
「ははっ!」
 などと背中を押した、いやむしろケツを叩いたものだからここから離れることを許されたとばかりに脱兎のごとくこの場を離れたのだった。……部室のだいぶ手前で止まったが。
「中には連城もいると思うんで、安心して入ってください」
「そうなのか」
 吉田の言葉を信じて扉に手を掛けた。なんて無謀な。今日はたまたま本当だが、こいつの言うことって結構な割合で嘘っぱちじゃないか。
「カモだ」
「カモ来たよ」
「カモーおいでおいで」
 普通に名字を略しただけの呼び名だが、吉田の言葉にホイホイ乗ってしまうのを見た直後だと本当にいいカモに見えてしまう。
 いいカモの目の前にキャバクラよろしく化粧の濃い女たちが現れてのけぞったところで俺たちもいい加減練習に戻ることにした。
 えーと、試合形式でやってたけどどこまで行ってたっけ。
 ……どこにも行っていない。0-0のままだった。

 鴨田先輩の登場で、吉田達の目がこちらから逸れている。このタイミングを待っていたように長沢さんは言った。
「このまま時が止まればいいのに」
「え?なに?」
 何そのベタなセリフ。
「言ってみただけ。……こういうベタなセリフって、なんか言ってみたくなるよね」
 ベタだという事は理解していたようだ。そして、言っていることにも同意である。だって、俺が言いまくってるもの。
 こういうベタなセリフと言うのは、謂わば先人たちの知恵。どんなことでも初心者は先人たちが築き上げてきたマニュアルに従って基本を押さえながら少しずつ腕を磨いていくものだが、それは恋愛だって同じだろう。初心者はありがちでベタなセリフを使いながら自分なりの愛の言葉を、恋愛テクを磨いていくのだ。
 ゲームで喩えれば、序盤ではボスの攻撃が通常攻撃3回からの溜め攻撃、そして突進のローテーションと言う分かりやすいパターンを憶えて確実に対処すれば良かったのが、中盤ではランダムで大きなプレモーションからの大技が挟まるようになって自分の判断が重要になり、終盤では相手の動きで次の攻撃を予測し紙一重で躱すのを要求されるようになったりするようなもの、最初は判りやすいパターンから入り、慣れてきたら自分で考えるようにすればいい。とりあえず、この喩えは分かりづらかったと思う。
 デートコースだって、初心者はカフェで見つめ合って映画館で手を握り、観覧車でキスをするなんていうありがちなプランを立てがちだが、連れ回される方も初心者ならばそれで十分、むしろありがちなコースの方がいい。ありがちなプランならばそこに連れて行かれる目的が判りやすいからこそ、次に起こることに期待も心の準備も出来るというもの。いきなり趣味丸出しの謎スポットに連れ込まれては混乱するばかりだ。
 逆に初な男を誑かした恋愛エキスパート女子はそんな生ぬるいプランでは満足しないだろうが、男の方は大体欲望を精一杯セーブしてプランを立てているのだから、女側から勇気を出して一歩踏み出してもまず問題は無いだろう。カフェで『それもおいしそう、飲ませてー』と言いながらしれっと間接キスしてみたり、映画館で手を握ろうとした体で別な物を握っちゃったり。いやごめん、これは流石に痴女だわ。
 ちなみに、今日のデートにはなんの予定もないぞ。デートデート言ってたのは吉田達の方だし、まあ俺も言ってはいたけど長沢さんは何も知らなかったんだ。初な女の子が大した覚悟もなく出てきたところに多くを求めちゃいけない。俺の逃げ口実じゃない、決して俺の逃げ口実じゃないぞ。
 あれ、でもよく考えたらさっき背中から抱きつかれたりしてるな。あれはなかなかデートっぽい行為だったかも。その後お互いオーバーヒートしてたけど。うん、今思い出しただけでも結構ヤバい。
「じゃあさ、本当に時が止まったら、何をするの?」
 なんとなく聞いてみた。
 瞬時に真っ赤になったまま、長沢さんの時が止まったようである。何する場面を想像したのかは知らない方がいいのだろう。

 そして。時が止まったかのように静まり返るテニス部女子部室とは打って変わって、俺たちはようやく体を動かして練習再開と言った流れにはなった。ギャラリーが増えてきたのでラブラブダブルス大作戦は──やっぱ今のは聞かなかったことにしてくれ──ラブ−ラブ(0-0)のままで一旦切り上げて、と言うか諦めて長沢先生による我らド素人どもへのテニス教室に切り替わった。
 中断したりしてぐだぐだだったとは言え先ほどの試合形式で、それぞれの弱点的なものが見えたそうである。
 長沢さんの評価では、吉田は別段うまくはないけど慣れてる感じで基本についてはまったく問題ないレベルだそうだ。ただ、我流が染みついててそれを直していかないとプロを目指すのは厳しいとか。竹川さんはやっぱり日頃練習してないせいもあって、知識としての基本は充分ながら動きに安定感がない。女同士でペアを組み間近でプレイを見ていたら、その点が一目瞭然だったようだ。プロの道は遥か遠いが初心者なんだからこんなものと言った感じ。そして俺も基本は大体できていて、1年目の初心者には相応程度。つまり、やっぱり普通と言うことだ。あと15年くらい早く始めていればプロも狙えたかも知れないとか。なお、今指導を受けている三人の中に、プロを目指す者は一人もいないので、プロへの道が果てしなく絶望的でも何ら問題ないだろう。
 だとしても、テニス部員で無いゆえにテニス部員のレベルにも達していない竹川さんについては、吉田とデート感覚でキャッキャウフフしながらゆるーくやる分には十分だが、このメンバーでまともにやるにはキツすぎると判断したみたいだ。
 そんなわけでまずは竹川さんの実力を底上げするのが先決との判断だ。女同士なので気兼ねも要らないのも理由として大きいのだろう。フォームなどをその手も使って直接修正していく。俺と吉田はその様子を見ながら自分のフォームも見直し、時には竹川さんの体を俺たちに見立ててどこを直すべきかを示してもらった。
 特に吉田はこれから竹川さんにみっちり個人レッスンすることになるので、竹川さんの体を吉田の体に覚えこませる。うん。概略だけ述べたらエロい感じになったのでちゃんと言う。最適なフォームの時の姿勢がどうか、関節などがどう曲がっているのかなどを吉田も体を使ってしっかりと把握したってことだ。
「長沢先生の仰せだ。しっかりきっちりやらせてもらうぞ」
「や、ちょ。変なとこ触んないで」
 一応フォローしておくが、二の腕をふにっと掴んだだけだ。
「腰の角度は……こうか」
 竹川さんの腰をふにっと掴む吉田。これは「だけ」で済ますのはやめておく。
「そんなので角度とか覚えられるの!?」
「ん?そう思うか?それなら俺も本気を出すが」
 吉田は竹川さんの背後から体を密着させた。立ちバックって奴ですかこれ。これはさすがに怒るだろ。って言うかちゃんと描写してもやっぱりエロかった。
「何やってんのー!」
 吉田は突き飛ばされた。ただし、長沢さんに。
「お、女の子にそんなっ」
 破廉恥な、と続けるようなところか。自分がそんなことをやられたかのように真っ赤になって恥じらい激怒する長沢さん。
「気にしないで、いつもの事だし」
 けろっと言う竹川さんだが。
「えっ。いつも、こんな……?」
 俺が言いたいことを長沢さんが代弁してくれた。
「誤解を招くようなことを言うなよ。いつもは口だけで止めてんだろ」
「まあ、変なところを触ってきたりとかはしないけど……服着てないところを触るのはギリギリアウトなんだけど」
 吉田は竹川さんがどの時のことを言ってるのか考えているようである。そして、あああれか、みたいな顔をした。その時。
「服を着てないって、まさかお風呂……」
 吉田のシンキングタイムの間に長沢さんのイマジネーションが暴走した。変な想像をされてさすがの竹川さんも焦る。って言うか何がさすがなのか俺も分からないけど。
「いやいやいやいや、そうじゃなくて。服を着てても剥き出しになってる首とか腕とかの事ですよ」
 腕が剥き出しというのは夏頃の話だろうな。……今は袖があるから腕はセーフという扱いになってるんだろうか。
「樹理亜が雑な表現するから誤解を招くんだぞ」
 吉田がすぐに茶々を入れた。
「雑になるのはしょうがないでしょ、相手が流星なんだから」
「なんだと。俺は樹理亜相手にそんな手抜き対応したことはないだろう。あれが俺の本気だぜ。だからお前も本気出せ」
「流星程度には本気出してまーす。とにかく、流星と一緒にお風呂入ったことなんかありま……せんよ」
 一瞬言い淀んだような気が。
「なんでそこで言い淀むの!?」
 長沢さんも気付いたか。
「ちっちゃい頃!幼稚園の頃の話だからっ」
 完全に無くはなかったようである。まあ、幼馴染みならばよくある話ではあるな。女側に都合良くノーカンにされたり問題にされたりされガチな事案だ。と、吉田が言っていたアレだ。俺の意見じゃない。
「樹理亜もさ、なんでこのタイミングでそういう余計なことを思い出せるんだか」
「うう、だってぇ。事実は事実だし……」
「ねえねえ、一緒にお風呂は幼稚園の頃だったとしても、ずっと仲良しでいたんなら割と最近まで、今じゃ出来ないようなこととかもしてたんじゃないかしら」
 長沢さん、興味津々である。
「ちょっと三沢君、長沢さんを止めてー!」
 火に油を注ぎそうな吉田ではなくこちらに振ってくる竹川さん。気持ちは分かるが、いきなり振られても困る。しかし振られた以上、何か言わないと。
「今じゃできないことって言うと、たとえばどんなことっすかね」
「えっ」
 ほら、吉田だとすぐこういうことを言うから。っていうか、むしろ自分は止めろといわれてないので吉田は煽る方に進むことにしたか。よし止めてみせるぞ。
「そんな話を聞いても俺たちが真似できるわけじゃないし、聞いてもしょうがないんじゃないかな」
「そ、そうよね!」
 そんなことは無いとか言われたらとても困るところだった。
「あっ。それじゃあ、こういうのどうですか?あたしが話したらぁ、三沢君と同じことをやってみるっていうのは〜」
 竹川さん、反転しての攻勢ですか。それにそれって俺も巻き込まれるんですけど。さすが吉田の彼女、行動や発言の傾向が似てやがる。まあ、本気の顔とノリではないが。
「でさ、どうなんだ吉田。お前は何か竹川さんに狼藉を働いたりはしてないのか」
「そんなことをしたらすぐに愛想尽かしてどっか行っちまうだろ。そういうことをした記憶はねえ」
「うわー、怪しい……」
 記憶にございませんっていってる奴がシロだったことってあるんだろうか。こいつもラッキースケベくらいならかましまくってそうだ。ってことは、下手したら俺もラッキースケベをすることになりかねない。そもそも、お互い想定外の遭遇で発生するからこそのラッキースケベであり、それを意図的に発生させてしまったら、それはもうただのスケベって言うかもはやプレイの一種だろ。
 そりゃあ、俺だって男だ。ラッキーだってスケベはしたい。その時俺の精神が耐えられるかどうかはともかくとして、俺は嫌じゃないぞ。でも、長沢さんは嫌に決まってる。それでももし、長沢さんが嫌じゃないなら……そんな長沢さんがむしろちょっと嫌。いやしかし嬉しいような……やっぱり俺が耐えられないから無理。想像しただけで悶えそう。って言うか想像することを想像しただけで悶えイングなう。
 なんでこんなことを想像しているのか。そもそもこんな話題になってしまったのは。そう、この流れを断ち切るにはこの話題の根本をどうにかしないといけない。俺は諭すように言った。
「ねえ、美香。そもそもの話だけど。お風呂で体に触れるようなら、その二人はもう体のどこには触っちゃだめとか言わないと思うんだ」
 何を言ってるんだろうか俺は。そもそも、この話の根本ってここでいいのか。長沢さん、お風呂上がりみたいに真っ赤になっちゃったし。
「三沢君。さすがにこういう人目のあるところじゃ話は別だよ……」
「その通りでございます……」
 竹川さんの言うこともごもっともなので同調しておいた。
「わざと人前でやりたがる変態もいるけどな」
 吉田の言うこともごもっともだがこれはスルーしておいた。
 とにかく。予定していたクールダウンじゃなくてオーバーヒートだったが、妙な話題を断ち切ることができたのだった。

 長沢さんはふうっと溜息を一つついてリブートした。
「吉田君、さっきの話なんだけど……。夏場にキャミとか着てるときはどこまで触っていいと思ってるわけ……?」
 全然妙な話題を断ち切れてなかった。そしてなぜ吉田に聞く。
「流石に服イコール触っていい場所の境界線とか思ってませんよ。むしろキャミとか肩に手を置いていいのかも迷うじゃないすか」
 その言い方からして、迷うけど結局肩に手くらいは置きそうである。そして言うのだ、これはいつも通りの何気ない行動だ、そんな恰好している時点でこのくらいは覚悟しているべきなのだと。
「そもそも流星の家にキャミでとか、ありえない……」
 俺と同じ予想を竹川さんもしているのだろう。夏だからといって無防備な姿を晒すほど無謀ではないのだ。と言うか、キャミ以外でなら吉田の家に行ってるのか。
「流星を参考にしても三沢君はこいつみたいな無神経じゃないから参考にならないと思いますよー。安心してキャミになってくださーい」
 そしてしれっとなんてこと言うんだ。
「夏になったら美香のキャミ姿を見られるんだね」
 なんてことを言うんだは俺であった。うっかり欲望がそのまま口に出てしまった。
「えっ。でも私キャミ持ってないし!……み、見たい?」
 そんなこと聞かれても、答えられるわけが。
「もちろんさ」
 しまった、気が付いたら本音を口走っていた。
「そ、そう?考えておいてあげるわ!」
 言ってみるもんだなぁ。なんか、勢いで言っちゃってから頭抱えている感がありありなのは気になるけど。そりゃあ俺だって、長沢さんのキャミ姿とか、見たいさ。見たいけど、見た時俺の精神が耐えられる保証がない。何だかんだ言いつつ、俺も勢いで言っちゃって頭を抱えたい感じである。
「それなら買うときはまた一緒に行きましょうか」
 さりげなく逃げ道を塞ぎに掛かる竹川さん。
「ほう。それじゃあ俺も樹里亜のキャミが見られるかな」
 多分、吉田の前じゃ着ないと思う。そして、長沢さんだってキャミを買うだけ買って着ないかも知れないけど。
 さっき時は動き出したと言ったが、勘違いだったようだ。結局まともな練習などほとんどせず、雑談だけで時が過ぎたのだった。