マジカル冒険譚・マジカルアイル

07.まだまだしつこい追っ手

 この世界の食事にもだいぶ慣れて来た。とは言え、やっぱりメニューをみてもなんだかさっぱりだ。今度は料理本か何かで料理の名前も覚えた方が良さそうだ。
 おいしいけれどよく分からない料理でおなか一杯になった後、泊まる場所を探す。今日も宿は簡単に見つかった。
 二人が昨日の宿より少しましなベッドで眠りについたころ、この町にうさん臭い一団が押し寄せて来た。タバロックたちだ。
 また通りがかった馬車を奪ったのだ。前に乗っていた馬車はどうしたのかというと、シャルパーノについた所で売り払ってしまったのだ。結構いい金になる。この馬車もそうするつもりだ。
 この馬車を奪うとき、馬車の前に立ち塞がると、タバロックの顔を見るなり御者は逃げてしまった。やはり魔法使いだと思われているらしい。
 クレイたちが進んで来た方向を考えると次に来るのはこのガスプールということになる。ベルネサに引き返す可能性もあったが、魔法使いがらみで騒動を起こしてしまった場所には行きにくいだろうと踏んだのだ。
 実際にはもっと単純に、順番に進んでいるだけではあったが、タバロックの読みは当たっていた。
 この町であの魔法使い共を捕まえられないと面倒なことになる。なぜなら、この次の町はそれなりに大きな都市なのだ。そんなところに逃げ込まれては捜し出すのも一苦労。それに、道はあちこちにつながり、次にどの町を目指すのかも予測できない。
 馬強奪で金にはなっているが、盗んだ馬は早く売らないと足がつきやすい。買い取ってくれる場合ばかりでもない。厩が空いてなかったりすれば断られてしまう。やっぱり狙うなら現金が一番だ。と言いつつもクレイたちを捕まえようとしているあたりに矛盾を感じなくもないが。
 今度はトラベラーズギルドの前で待ち構えることにした。そこを通らなくては馬車には乗れない。そこを押さえておけば逃げることはできないと踏んだのだ。

 そんなこととは露知らず、翌朝生憎の雨の中、二人はトラベラーズギルドを訪れた。椅子に掛け、馬車の到着を待つ。
 そこに、うさん臭い男が入って来た。見覚えがある。二人は身を固くした。
 実はもうちょっと前からトラベラーズギルドの前にたむろして待ち構えていたのだが、怪しい集団がいると聞き付けて駆けつけた警備兵を見て隠れていたのだ。
 今ここにはギルドの職員がいる。大丈夫。エリアはクレイに囁く。
 しかし敵もさるものだ。職員に何か言うと、職員はいそいそとどこかに行ってしまった。
 ほどなく、裏手で物音がし、タバロックと他の仲間がぞろぞろと入って来た。裏口からだ。先程の職員が気を失い、縛られ、猿轡まで噛まされて引きずり込まれて来る。そして、ギルドの奥にほうり込まれ仲間の一人が涼しい顔で替わりにカウンターに立った。
 タバロックたちはクレイたちに何をするでもないが、入り口に近いところに陣取る。クレイたちが出ようとしたら邪魔をずるつもりらしい。
 ギルドに客が入って来た。だが、入るなり出っくわした柄の悪い面々に、いそいそと外に出て扉を閉めてしまった。
 人前で魔法を使わせる、と言う作戦なのに、その人が来ないようにしてしまっては意味がない。タバロックたちは少しだけ奥に移動し、入り口から顔を背けるようにして立った。
 次に入って来た客はなんでもなく待合室にやって来た。
「馬車はまだ来ないようだな」
「全く、魔法使いと進行方向が一緒とはなぁ。追いつかれる前に先に進んでおかないと」
 旅人たちの会話に当の魔法使いであるクレイとエリア、当の魔法使いだと疑われているタバロックは聞き耳を立てる。
 ガラの悪い店員から、不思議そうな顔で新聞を一部買う旅人。
「おや。魔法使い、今度はシャルパーノに出たんだ」
 新聞を開いた旅人がぼそっと言った。
「ああ、昨日の朝にな。しかもその後ベルネサとシャルパーノの空に相次いで鳥か人か分からない化け物が飛び回っているのが目撃されているらしい」
 化け物というのはよく分からない。何なのだろう。
「まさかその化け物もこっちに来てるんじゃないだろうな」
「そのまさかさ。昨日の昼過ぎにシャルパーノに出た化け物は、散々飛び回った後にガスプール方面に飛び去ったってさ」
「それじゃ今頃この町のどこかに潜んでるんじゃないか?」
「だろうよ。だからとっとと出発することにしたんだ」
「頼もしいね。持つべきはやっぱり文字の読める友だ」
「字も読めない方が珍しいんだよ、馬鹿」
 その後も二人のしゃべりは続くが、朝飯の味の話題、夕べの酒場の姉ちゃんの話題など、どうでもいい話ばかりになった。
 そのうち馬車がやって来た。クレイとエリアは立ち上がり旅人と一緒になって外に出ようとするが、盗賊たちに手を引かれた。
「俺たちの乗る馬車はこれじゃないぜ。特別チャーター便さ」
 旅人たちは今まで後ろ向きで同じ空間にいた男たちを前から見て、慌てて飛び出して行ってしまった。
「大声出すわよ!」
 エリアがもう十分大きな声で言う。
「外はこの雨だ。聞こえねぇよ」
 雨は明け方に比べてだいぶ降りが強くなっている。壁やドア越しの声では確かにかき消されてしまうだろう。
 だが、それならば呪文の詠唱だって聞こえない。二人は呪文を唱え始めた。
 先にエリアの詠唱が終わる。盗賊の一人を炎が襲った。盗賊の裾に火がつくが、すぐに叩いて消されてしまう。
 次にクレイの詠唱が終わる。クレイの手から電光が放たれ盗賊の一人を襲う。
「あいたっ」
 盗賊は飛び上がった。かなり痛かったようだ。だが、それだけだ。普段なら死んでしまいかねないので人には絶対に使ってはいけない魔法だが、今のは冬に鉄のドアノブに触るとバチッと来るのと大差はない。
 電光の魔法の効きがいいので今度はエリアもそれを唱える。クレイももう一度電光の呪文を唱える。盗賊が二人飛び上がった。
「やってくれるじゃねぇか」
 これを四、五回も浴びせてやれば一人は逃げて行くだろうが、これだけの人数を相手にしていてはそんな悠長なことはしていられない。それに、そんなことをしている間に誰か来たりでもしたら。
「もう終わりか?」
 盗賊たちがにじり寄って来る。
 そのとき、外がにわかに騒がしくなった。発車待ちの馬車あたりから数人の悲鳴が聞こえ、まだ時間は早いはずなのに馬車が走りだしてしまう。
 盗賊の一人がそんな様子を訝り、ドアを開けて外を覗いた。短く声を上げ、慌ててドアを閉める。
「おい、さっきの連中が話してた怪物だ!」
「何だと!」
 扉が開いた。入って来たのは人のような姿をしている。だが、全身が羽毛で覆われ足は鱗と鋭い爪。
 怪物は鷹の目で一同を見回す。盗賊たちはあわてふためいた。クレイとエリアは、さっきの旅人の話を聞いていなければ島の外にはいろんなのがいるんだね、と思っていたことだろうが、話を聞いていたので警戒している。
 怪物は見る見る姿を変え、より鳥になる。腕は翼になり、大きな翼のかわり体は小さくなった。
「ぎょろ目に髭面の悪人面。魔法使いはお前か」
 怪物はタバロックに向き直り、甲高い耳障りな声で言った。昨日シャルパーノで流れた噂がそのまま耳に入ったらしい。
「ち、違う違う!俺はこのガキどもに嵌められたんだ!魔法使いはこいつらだ!」
 タバロックは慌てて否定した。
「ならばお前に用はない。消え失せろ。ヤバデビ・クーリャ」
 怪物が呪文を唱えると、怪物の首に掛かっていたペンダントが怪しく光り、タバロックの体がだんだん消え始めた。それを見た盗賊たちは次は自分じゃないかと恐れ、泡を食って逃げ始めた。消えかけのタバロックもそれを追って飛び出して行った。
 この怪物が唱えた呪文は相手の姿を見えなくする魔法。自分にかけて姿を隠すこともできる。悪用されることもあるので学校では教えてくれない魔法だが、悪戯っ子に密かに継承され続けている呪文だ。
 魔法の知識のある二人にはすぐにそれが分かったが、何も知らないタバロックは見えなくなって行く自分の姿にパニックを起こした。魔法が分からないことがよく分かる。
 怪物がクレイとエリアに向き直った。襲われてしまう、なんとかしなくては。
 先程盗賊たちに浴びせた電光の魔法を怪物に向けて唱えた。二本の電光が怪物を打つ。それほど効いて無さそうな気がするが、怪物はドアを開けて去って行った。ほっとする二人。
「大丈夫か!」
 いきなり入って来た兵士たちに飛び上がる二人。怪物がトラベラーズギルドに入って行ったという通報で駆けつけたまではよかったが、怪物相手にいまいち勇気を奮えず、ドアの外で踏みとどまっていたのだ。
「化け物は飛んで行ってしまった。もう安心していいよ」
 自分たちの手柄のように言う兵士。
「そういえば、そのドアの奥にここの人が閉じ込められてます」
 エリアは先程タバロックたちに運び込まれて来た職員のことを思い出した。
「ややっ。これはひどい」
 奥に入り、縛られた職員を救出する兵士たち。その最中、怪物が飛び去ったのを見たタバロックたちがギルドに戻って来た。魔法が解けたのかタバロックはちゃんと見える。
「とんだ邪魔が入ったな」
 タバロックがそう言った時。
「こいつらだ!俺はこいつらにやられたんだ!」
 救出され、兵士と一緒に出て来たギルド職員が盗賊たちを指さした。
「むむっ!ぎょろ目に髭面悪党顔!」
「シャルパーノに現れた魔法使いそのものだ!あの化け物を呼んだのもお前だな!」
 兵士を見ただけでも慌てているのにまた濡れ衣を着せられてしまうタバロック。冗談じゃないと吐き捨てて逃げ出した。
 その後は怪物もタバロックも現れず、悠々と一本遅れの馬車に乗ることができた。

 世界地図にも極めて小さくながらもその名前の載る町、地方都市ベデルザーク。
 大きな町だ。それに人も多い。通りは無数の人で溢れかえっている。島の全人口の倍くらいの人が見える範囲だけにいる。二人ともこんなに人だらけなのは見たことなどあるはずもない。
 日頃強気なエリアも、この人混みに気圧されたかクレイにくっついて小さくなっている。一方クレイはいつも通り、いや驚きのあまりにいつも以上にぽかんとしている。
 道は入り組み、下手に大通りを離れるとすぐに迷ってしまいそうだ。
 この町は中央の広場を中心に放射状に何本もの大通りが通っている。広場に出た二人は、どの通りから来たのか思い出せなくなり、ようやく元の通りを見つけた時はとてもほっとした。
 そんな調子なのですぐに疲れ果ててしまい、早めに宿に向かうことにした。
 悪いことに、安い宿というのは路地裏や町の外れなどろくな場所にない。道に迷って宿にたどり着けなくては仕方ないので、近場で高くない宿を探した。
 同じ通りにあるホテルだ。流石に同じ通りにあれば迷うことはない。二人はそれらしい建物を見つけ、目をみはった。そこは島で一番大きい建物である学校よりもはるかに大きな建物だった。
 二人が案内された部屋は一階だが、二人は荷物を置いて一番上、五階の上の屋上に出てみた。そこはオープンカフェになっていた。
 屋上から見渡すとすごい景色が広がっている。こんなに高く登ったのにもっと高い建物がいくつもある。そして、広場の方向をみると地平線までびっしりと建物があるのだ。
「外の世界ってすごいんだね……」
 いまさらなことをクレイが言う。エリアはただ呆気にとられている。
 今までに通り過ぎて来た町の小ささ。この町の大通り一本分くらいでしかなかった。
 そしてこの大きな町も、世界地図では辛うじて、ごく小さく名前が載る程度のものでしかない。
 この町ひとつで島ほどの広さはあるだろうか。そんな島など、知られていても地図に載らなくて不思議はない。
 二人が外の世界に来て進んだ道程は、地図の上では指の節ほどでもない。
 目指すはそんな世界の裏側。果たして、生きている内に辿り着けるのだろうか。

 翌日。二人はこの町をもっと歩き回ってみることにした。今までの町にないいろいろなものが見つかりそうだからだ。
 大きな衣料の店があった。入ってみたが、素朴なデザインの服は今までの町よりも減っている。
 これがこの世界の流儀ならと、島では派手すぎて着て歩けないような服も思い切って買ってみた。似合っているのかどうかいまいち分からないが、気にしない。
 町の広場に行くと、兵隊が集まり、規則正しく並び、時折威勢のいい掛け声を上げたりしている。物々しい雰囲気である。周りで見守る人々も、どことなく険しい面持ちでそれを見ている。
 そんな群衆の声が聞こえる。
「なに?今日は何かあるの?」
「ほら、ここ最近近くの町で魔法使いが出たり怪物が出たりしてるでしょ?それがちょうどこの町に向かってるみたいなのよね。だから兵隊さんも頑張ってるのよ」
「あらやだ。怖いわねー」
「ベルネサじゃ死んだ人もいるし、他の町でも馬車を奪われたりしてる人がいるみたいね。小さな町は通り過ぎるだけだろうけど、ここくらい大きな町になると一暴れして行くんじゃないかって噂よ」
「あらやだ。怖いわねー」
 クレイもエリアもそんな事に身に覚えはない。魔法使いだと言う事にされたタバロックの分も魔法使いの仕業にされているようだ。
「噂じゃその魔法使いってのはぎょろ目で髭面の悪人そのものって顔らしいわ」
「あらやだ。怖いわねー」
 この町でもタバロックの顔が魔法使いの顔だと思われているようだ。
 そうこうしている内にも兵士たちは散らばり駆け出して行った。町中を見回るのだ。
 兵士たちがいなくなると、周りに集まっていた観衆も散り出した。
 その中に混ざっていた一見何の変哲もない初老の男のことなど、誰も気にとめなかった。

 そして、そのぎょろ目に髭面の悪人顔、タバロックがこの町に現れた。
 だが、すぐに兵士に見つかり逃げなければならなかった。
「畜生、あいつらのせいでどこに行っても俺は魔法使い扱いだ。この濡れ衣をどうにかしねぇと安心して盗みも働けねぇ。いいか、面の割れてないお前らがあいつらを見つけだせ。もうなりふりなど構うものか。あいつらを人前でいたぶってでもあいつらの方が魔法使いだと知らしめてやる」
 タバロックは怒り狂っている。
 町外れにタバロック他数人を残し、盗賊たちは町に散って行った。
 町で騒ぎが起こったのはそのしばらく後のことだった。
 上空に鳥の怪物が現れたのだ。大きな翼に人のような体。不格好な飛び方で明らかに鳥ではないと思わせるその様は人々の目を引き付けた。
 怪物はクレイたちを探していた。だが、この人の中から二人を見つけだすのは猛禽の目をもってしても容易くはない。
 目下では兵士たちが息巻くも、空の上の敵に手出しもできずに途方に暮れている。
 怪物はゆっくり町の上空を旋回する。その目に、町外れにポツンと佇むいくつかの人影が飛び込んだ。
 近づくと、見覚えのある顔だった。ぎょろ目に髭面。昨日クレイたちと一緒にいた男だ。
 タバロックも、自分に向かって飛んで来る奇妙な鳥に気づいた。
「ありゃあ、昨日の化け物だ!」
 盗賊の一人がそう叫ぶ。
 タバロックたちは横ざまに逃げ出した。怪物はタバロックの逃げる方に向きを変えて来る。
「追って来やがる!」
「くっそー、なんで俺ばっかこんな目に!」
 逃げ惑うタバロックたち。
 そんなタバロックたちを見つけた兵士が、タバロックたちの前に立つ。
 挟まれたか、と思ったとき、兵士は行った。
「こっちだ!町に逃げ込め!」
 兵士はタバロックの面構えには気づかなかったようだ。これ幸いと町の中に駆け込む。
 怪物は、頭上を通り過ぎて行った。

 町中に転げ込んだタバロックはとにかくその目立つ顔をどうにかすることにした。
 ぎょろ目は生まれつきで直るものではない。子供のころはパッチリおめめのタビーなどと呼ばれたものだ。悪の道に入ってからはその目力で善良な市民を竦み上がらせている。悪党面も生まれつきではないが、育ちでこうなったのだ。生まれ変わりでもしないと直らないだろう。
 だが、髭は剃ればいいのだ。五分で済む。剃るのが面倒なので伸び放題なだけで、たまには剃っているのだ。前回は半年ほど前になるか。
 とにかく、ナイフで大ざっぱに剃る。鏡もないし中途半端な剃り具合だが、これを髭面という人はあまりいないだろう。
 念のため、目も半開きにする。その顔でしばらく歩き回るが、魔法使いなどと言われることはなくなった。
 ひとまず集合場所を町の広場に変更した。だだっ広い町だ。探すのも大変そうだ。
 だが、クレイたちもこのだだっ広い町を歩き尽くせはしない。ガスプール方面につながる大通りを重点的に探すとすぐに見つかった。
 町はいつの間にか人通りも減っている。先程から飛び回っている怪物に恐れをなし、皆家に籠もっているのだ。騒ぎを知らない人か、やむを得ない人、あるいは度胸のある人だけが通りを歩いている。
 そんな中だ。子供二人のクレイたちは結構目立った。
「あれ?買い物している内に随分人が減っちゃったね」
「そうね。あっ、きっと魔法使いが来るって言う噂を聞いてみんな帰っちゃったのよ」
 当たらずとも遠からず。実際には怪物の方が、もう出没しているのだ。
 そんな呑気なクレイたちに盗賊の一団が忍び寄る。
「おう、お前ら」
 タバロックが声をかけるが二人は髭のなくなったタバロックが誰であるか気づくのに時間を要する。
「お前らのせいで髭面のまま歩き回ると魔法使いだと思われちまうんだよ」
「あたしたちに付きまとうからよ」
「ふざけるな。こうなったら力ずくだ。魔法を使うか、ここで死ぬか。さあ、どうする?」
 盗賊たちは一斉にナイフを抜いた。
「どどどどうしよう」
 狼狽えるクレイに対しエリアは冷静だ。
「大丈夫よ、あたし達を殺したらこの人たちも一生魔法使いの汚名は晴らせないから」
「いつまでそんな減らず口を叩けるかな?」
 盗賊の一人がナイフを振るった。エリアの肩口が切りつけられる
「きゃっ!」
「エリア!」
 痛みは大したことはない。傷は浅そうだが、服がかなり裂けた。
 騒ぎを聞き付け兵士が駆け寄って来た。
「何をしている!」
「こいつらは魔法使いだ!俺たちゃこいつらが魔法を使うのを散々見て来たぞ!」
 辺りがざわつくが、にわかに信じられるような話ではない。
「さっきから鳥の化け物が出てるだろう。あいつがこいつらを助けるのも見たぞ!シャルパーノでも、ガスプールでも魔法使いの出たときにこのガキ二人がいたのを覚えてる奴がいるだろうよ。シャルパーノじゃこいつらが自分に魔法を掛けて被害者のふりをしたんだ。襲われたのはガキ二人だって聞いてないか?ガスプールに化け物が出たとき無事だったのは誰だ?ガキ二人じゃなかったか?」
 タバロックの熱弁は空しかった。魔法使いの容姿や行動ばかりが伝えられ、被害者のことまでは伝わっていなかったから。
 そして、エリアも言い返す。
「私たちを魔法使いだって事にして兵士に突き出せば自分への疑いも解けるし、賞金も出るわね。さっすが魔法使いだけあって考えることが卑怯だわ」
「ふざけんな!」
 盗賊の一人がエリア目がけてナイフを振り下ろそうとする。
「やめろー!」
 クレイは必死に盗賊にしがみつき邪魔する。盗賊はクレイを振り払い、腹を蹴り飛ばした。
 盗賊たちの非道な行いに周りがざわつき出した。
「とにかく調べて見ないと分からない。これじゃただの児童虐待だ」
 兵士が止めに入る。
「だから魔法を使いたくなるように追い込んでやってるんだよ。死にたくなけりゃ魔法を使えってなぁ!」
 タバロックは笑みを浮かべながらクレイを踏みにじった。
「そんなに魔法が見たいかね?」
 突如、よく通る声が広場に響く。コートの襟を立て、帽子を目深にかぶった男。顔はよく見えないが、声の感じから初老くらいか。
「それならばたっぷりと見るがいい。カンホス、カンホス……」
 呪文だ。クレイとエリアは思わず男を見る。
 男は杖を掲げている。その杖の先端が怪しい光を纏い、その光は徐々に強くなる。
 詠唱が終わると杖から次々と炎の玉が飛び出し、盗賊たちを襲った。
 盗賊たちは逃げ惑う。周りの観衆も一気に逃げ始めた。兵士たちは暫し戸惑っていたが、すぐにその魔法使いに突進して行った。
 兵士たちが押し寄せる間際、魔法使いは空に逃げた。空の上から兵士たちに一撃を浴びせる。光の塊が炸裂し、衝撃が兵士たちを襲った。こけおどしのようなもので、今ので手傷を負った者はいないようだ。
 魔法使いは飛び去って行く。今の魔法で挑発された兵士たちは一斉にその後を追った。鳥の怪物が魔法使いと合流する。お互い攻撃を仕掛ける様子はない。仲間なのか。
 呆気にとられてその様子を見ていたクレイは突然手を引かれた。エリアだった。エリアはこの騒ぎに乗じて自分たちも行方を暗ますつもりらしい。
 道に迷うのも辞さない覚悟で路地に飛び込む。そのまま路地の奥に入り込むと、まるで人気がなくなった。
 走り続けて荒くなった息が落ち着いた。
「エリア、大丈夫?」
「こんなの何でもないわ。この服はもう着られないけど。クレイこそ大丈夫?」
「うん。……ねえ、さっきの人なんなんだろ。もしかしてグレックさんかな」
「どうかな。そうかも知れないね」
「……凄かったね」
「そうねー。ねぇ、そういえばあの人、最初に『カンホス』って唱えてたわね」
「えっ、そうだった?」
「ちゃんと聞いてなさいよ。カンホスって『力よ来たれ』、周りの魔力を呼び寄せる呪文よ。島じゃ魔法が強力になり過ぎるからよほど凄い魔法を使おうとしない限り使わないし、学校とかじゃ教えない魔法だけど」
「へえ。何でエリアはそんなの知ってるの?」
「グレックさんの書斎の本でそういう記述を見つけたの」
「よく覚えてるなぁ」
「読んだ本の中身くらい覚えてなさいよ」
「訳すだけで精一杯だったよ……」
「訳したら読みなさいよ、なんのために訳したの。まったく」
 エリアはため息をつく。
「とにかくさ、そうやって力を集めて魔法を使えばこの世界でも強い魔法が使えるんだわ」
「あっ。そうか!そうだね!」
 この話はいったん置いておいて、エリアは切り裂かれた服を着替えることにした。
「こっち来ないでよ」
「分かってるよ」
 エリアは物陰に隠れて服を脱いだ。
 傷は深くなく、痛みもそれほどではないが、まだ出血が止まっていない。じわじわと血が滲んで来ている。このまま新しい服を着ると、それまで血で汚れてしまう。
 エリアは何度かカンホスを唱えた後、傷を治す呪文を唱えてみた。ふっと痛みが和らぐ。
 少し痕と痛みは残ってしまっているが、出血はなくなっている。上出来だ。
 エリアは脱ぎ捨てた服で傷痕の血を拭い、新しい服を着込んだ。
「もういいわよ」
 反対側で律義に顔まで隠して待っていたクレイに声を掛けた。クレイは顔を上げて振り返る。
「うわぁ、血だぁ」
 エリアが手に持っていた血を拭った服をみていやな顔をするクレイ。
「もう治っちゃったわよ。魔法でね」
「呪文唱えてたでしょ。聞こえたよ。どうだった?」
「治療の魔法なんてこっちに来てから初めて使ったんだから比べようないけど、そうね、島ほどじゃないけどまあまあの効き目だったわ」
 二人はもっと人の来ない町外れに行って魔法を試してみることにした。
 ついでにガスプールよりの大通りからは離れることにした。先程の一件で顔を覚えられてるとまずいからだ。
 広場を通り抜けより華やかそうな大通りに向かった。そのまま大通りを通り抜け、町の外に出る。あまりにも広い町だ。それだけでへとへとになってしまう。
 町外れに小さな廃屋があった。朽ち果て屋根も壁も崩れ、使われていないことは明らかだ。
 二人はその陰で魔法を試してみることにした。
 島に着いたときに手を濡らすくらいしか水を出せなかった呪文でも、水瓶一杯とはいかないがコップ一杯ほどは水が出せた。
 炎の魔法も結構大きな火が起きた。足元の頭大の石もそこそこ高く宙に浮かべることができた。
「いけるよエリア!これでここでも魔法で何とかできる!」
「そうね!」
 意気揚々と町に帰ろうとする二人が廃墟の陰から出ると、そこには盗賊たちが待ち構えていた。
「よう。こんなところで会うなんて奇遇だなぁ?」
 奇遇なことなど何もない。さっき町の広場を通ったとき、見張っていた盗賊の一人が二人を見つけ、この場所を知らせたのだ。
「この町はだめだ。ふん縛ってよその町に連れて行く。そこで意地でも人前で魔法を使わせてやる」
 タバロックはロープを取り出した。他の盗賊たちは二人を取り囲んだ。二人は顔を見合わせ不適に笑った。
 エリアが素早く呪文を唱える。
「またちゃちなこけおどしにもならない魔法を見せてくれるのか?」
 全く動じないタバロックだが、全身を炎に包まれては悠長に構えてはいられない。
 今度はクレイが呪文を唱えた。盗賊の一人に電光が襲いかかる。盗賊は大きく飛び上がり、地面に倒れ込んで痙攣し始めた。
「私をナイフで斬りつけてくれたのは誰だったかしら?」
 そう言いながらエリアが相手を捜すと、その盗賊が逃げ始めた。それにつられて残りが全員逃げ出す。
 エリアを斬りつけた盗賊の尻に電光が突き刺さった。盗賊は倒れ込み、じたばたともがいている。
 タバロックは火のついた服の処理に追われていた。ズボンも上着も脱ぎ捨てた。パンツにも火がついていたが、叩いて消せた。
 タバロックはまだ燃えている上着を拾い、火中のポケットをまさぐっては手を引っ込めている。
 クレイはそんなタバロックに狙いをさだめ、呪文を唱え始めた。
「や、やめろ!」
 タバロックは腹を決めポケットに深々と手を突っ込むと、中から袋を取り出した。そして上着を放り捨てて全力で逃げ出す。
 クレイの呼び起こした電光がタバロックの背中に突き刺さったが、魔法が弱かったか、それとも遠すぎたか。タバロックはいてぇと叫んだだけでそのまま逃げて行った。
 初めての完全勝利だ。二人は手を叩き合って喜んだ。
「それにしてもクレイ、やり過ぎじゃないの?」
 エリアは足元でまだピクピクしている盗賊を覗き込みながら言う。
「大丈夫。生きてるよ。でもおかしいなぁ。あの親玉にも同じくらいの浴びせたはずなのにあんまり効いてなかったなぁ」
「クレイの事だからまたコントロールに失敗したんじゃないの?」
「そうなのかなぁ」
 まだ起き上がりそうにもないので二人は町に戻ることにした。
 ふと、足元で何かが光る。よく見るとコインだった。
「あれ、お金が落ちてる」
 拾い上げると随分と熱い。さらに、一直線に点々とコインが落ちているのに気が付いた。
 さっきタバロックが上着から引っ張り出したのはコインの詰まった財布だったのだ。だが、火のせいで穴が開いており、ポロポロとコインをばらまきながら逃げて行ったのだ。
 クレイとエリアはそれを拾い集めながら町に帰った。財布が空になったのか、落ちていることに気づいたのか、途中でコインは途絶えたが、今までに二人が使った分くらいは落ちていた。

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