マジカル冒険譚・マジカルアイル

06.しつこい追っ手

 町を出るにも、すべきことは済ませなければならない。必要なものを買い揃えることにした。
 衝動的に島を飛び出してきたようなものなので、なんの荷物もありはしない。着替える服さえなかった。何日着続けたかも判らない服を早く着替えたい。二人がまず向かったのは服屋だった。
 質素で丈夫そうな普段着から、色鮮やかなおしゃれ着まで一通り揃っている。エリアはやはりおしゃれ着に心引かれるようだが、無駄遣いはできない。それでも、買えないとは分かりつつも数着手にとってみると、島と外の世界のセンスの差を思い知ることになった。
 おしゃれ着への興味も失せたので、最低限必要そうなものだけを買って店を出た。物陰でさっさと着替える。
「次はどこに行くの?」
 一足先に着替え終わったクレイが、見えないところでまだ着替えを続けているエリアに訊いた。
「そうねぇ。着替えもこのまま持ち歩く訳にも行かないし、荷物を入れるバッグも欲しいわ。後は……まあ、細かい道具とか?」
 問題はそう言うものを売っているお店はどこにあるか、と言うことだった。幸いここはちょうど商店街。探せばすぐに見つかりそうではある。服を売っている店は、ショーウィンドウに服が飾られていたのでとても分かりやすかった。
 他の物を探そうと、何の店かよく分からないところを覗き込んでみる。
 子供が入るには場違いな宝飾品の店、覗いた途端にえもいわれぬ奇妙な匂いが漂ってくる薬屋などに当たった後、ようやくそれっぽい店に辿り着いた。看板をみると生活雑貨の店と書かれていた。
 クレイたちがその雑貨屋に入って行くのを見届ける怪しい人影がいた。この人物、先程もクレイたちと近くですれ違い、その時はついと顔を背けて気付かれないようにしていたのだが、そんなことを二人は知る由もない。

 雑貨屋には名の通り雑多な生活用品が並んでいる。鍋や食器が目に付くが、旅では必要無さそうだ。
 何に使うつもりか分からないが、クレイはロープとナイフを買った。エリアは裁縫セット。
「エリア、裁縫なんてできたんだ」
「女の子だもの当然よ。何なら手初めにその生意気な口から縫ってあげようかしら?」
 クレイの言葉にムッとしてエリアが言い返した。
「うわぁ。勘弁して」
 偉そうな口を利くエリアだが、実際その腕前はようやく道具をそれなりに使えるようになったばかりだ。
 他に使えそうな物と言ったら傘くらいか。島では雨くらい魔法で防いでいたが、そうも行きそうにない。
 まだまだこれだけの持ち物では不安だ。二人は他に使えそうな物がないかと店を探して歩いた。
 その後を付け回す怪しい男たち。そう、人数が増えて男たちになっているのだ。クレイもエリアも背後に忍び寄る怪しい一団に気付かない。それもそのはず。彼らはこういうこそこそしたことのプロなのだから。
 二人が次に足を止めたのは本屋だった。今、この辺りでは英雄物のストーリーが流行っているようだ。ぱらぱらとめくって拾い読みをした感じ、正義の軍団が邪悪な魔法使いをやっつける話のようだ。二人の魔法使いたちは、自分は邪悪ではないが複雑な気分になった。
 とにかく、小説や文学は二人には必要ない。別なコーナーを見てみる。
 早速クレイが「冒険の手引き」と言う本を見つけた。やんちゃ坊主が読んで日帰りの冒険の旅に出るための基礎知識のような本だったが、こう見えて案外役には立ちそうだ。
 エリアが見つけてきたのは「あなたも旅上手」と言う本。
 開いて見ると旅行ガイド本で、この国のこの町はこんなところでこんな見所があります、と言うようなことがたくさん書かれていた。がっかりではあるが、これはこれで役に立ちそうな気がする。この本を見ていると、ところどころに小さな地図が出ている。そこで、地図の必要性に気が付いた。
「おじさん、地図はありますか?」
 クレイは2冊の本を出しながら本屋のおじさんに訊ねてみた。
「この町の地図かい?それともこの国の地図?」
「世界地図がいいです」
 エリアが口を挟んだ。そして、二人が持ってきた本のタイトルにおじさんが気付く。
「世界旅行に出る気かい?子供二人で?無茶だと思うよ。ま、旅に持っていく地図なら、ここにある奴よりもこの通りを町外れ近くまで行ったところにあるトラベラーズギルドにある地図がいいと思うよ」
「トラベラーズギルド?」
「ああ。看板が出てるからすぐ分かるよ」
 二人は本の代金を払うとおじさんに礼を言い、通りに沿ってトラベラーズギルドを捜した。
 そんな二人の周りに人が増えて行く。取り囲んでいるようだ。おかしいと気付き、見回して見ると見覚えがあるようなないような、そんな顔触れだ。
「よう、ガキ。俺からかっぱらった金で買い物か?いい度胸だな」
 リマーゾンが恨みのこもった声で話しかけてきた。これで、この連中が夕べの泥棒たちであることがはっきりとした。クレイは竦み上がった。
「あーら、これはくれたんじゃないの?置いてったからてっきりくれたのかと思ったわ」
 などと涼しい顔で言ってのけるエリアにクレイはあわてふためく。エリアは盗賊たちもこんな衆人環視の中で手荒な真似はできないと踏んだのだ。
「魔法使いだけあってふてぇガキだ!」
 いきり立つリマーゾン。飛びかかりそうな勢いだが、仲間に諌められた。
「嬢ちゃん。痛め付けられたくなけりゃおとなしくこいつに金を返してやれ。そうすりゃ夕べのお返しと金を取って勝手に使ったことへのきつーいおしおきだけで済ませてやる」
「それなら私じゃなく彼に言って。今お金を持っているのは私じゃないわ」
 盗賊たちの目が集まり、クレイはますます縮み上がった。
 お金を返した方がいいと思ったクレイは財布を取り出そうとするが。
「返しても返さなくても痛め付けるって言ってるんだから、返したら返し損よ」
 エリアはクレイに耳打ちした。
「聞こえてるぞ。返さないなら奪い取るまでだ」
 プレッシャーに耐えられなくなったクレイだが、いい方法を思いついてしまった。クレイは財布を取り出すとエリアに押し付けた。
「坊主、渡す相手が違うだろ。嬢ちゃん、そいつを渡しな」
「いやよ。渡しても渡さなくても痛め付けるんでしょ?」
 エリアは少し大きめの声で言った。周りの人もそのやり取りが気になり耳を傾け始めている。
「渡さねぇならボコボコに伸して取り上げるまでよ!」
 ヒートアップしてきたリマーゾンもエリアにつられて声が大きくなった。そんなリマーゾンをタバロックが小突く。
「馬鹿野郎。でけぇ声出すんじゃねぇ」
 だが、時既に遅し。不穏な発言を訝しんだ通行人が巡回兵を連れてきた。タバロックたちは一斉に散った。
「やあ、君たち大丈夫かい?全く大の大人があんな大勢で子供のお金を脅し取ろうなんて、ひどいやら情けないやら……」
 兵士は、詳しい事情まで知る由もない。単に子供が大人に囲まれて強請りに遭っていると思ったようだ。
 ついでにクレイたちはこの兵士にトラベラーズギルドの詳しい場所も聞いてみた。やはりこの通りの先で、町の入り口付近らしい。ついでに、この兵士の番所のそばだというので、近くまで一緒に行くことになった。何げない世間話で、最近は魔法使いが現れるようだから攫われたりしないように気を付けるんだよ、と言われたときは苦笑いを浮かべながら気を付けますとだけ返しておいた。
 それにしても、ここでは魔法使いはとんでもなく悪くてとても恐ろしいものという認識が普通のようだ。一体何が人々に、そこまで魔法使いを恐れさせているのだろう。

 トラベラーズギルド。入ってみて目に付いたのは壁にかけられたとても大きな地図だ。
 世界地図、この国の地図、そしてこの町とその周辺の地図。世界地図は不思議な本に書かれていたものとほぼ同じだが、島のことは誰にも知られていないらしく、その場所には海が広がっているだけだ。場所が空いているためか、大きなタコの絵まで描かれている。
 町の地図には旅人たちに便利なように、宿屋や食堂、主要な店などがマークされ、それぞれの店に一言コメントが壁にびっしりと貼り出されている。他の壁をみれば日雇いのバイト募集などもあるのだが、そんなところまでは見ない。
 地図には星の飾りの着いたピンが突き刺さっている。どうやらこれが現在位置らしい。国の地図ではベルネサと書かれたところにピンが刺さっているので間違い無さそうだ。この国は「アテルシア王国」と言う国らしい。
 世界地図ではピンは何も書かれていないような所に突き刺さっている。ピンの周りには国の地図をそのまま小さくした形の線が引かれている。この国は世界の中ではそこそこの大きさらしい。それでも世界に比べたら何と小さいことか!
 世界地図はクレイが島から持ってきた本に載っていたものと形は大差ない。ただ、本のは略地図のようなものでスケールはうかがい知ることなどできなかった。こんなに世界が広いと知っていたら、世界の裏側を目指す旅になど出はしなかっただろう。早くもクレイは絶望的な気分になった。
 ちなみに、この地図にはクレイたちの島など書かれてもいない。知られていないからだろうが、知られていてもとても小さな点にしかならなそうだ。
 旅に必要になる様々なものを売っているコーナーもあり、大きな一角を占めていた。
 本屋で言われたように地図も売られている。大きさなどもいろいろ取り揃えられているようだ。壁に飾られているような世界地図と、この国の地図を買うことにした。店員に壁に飾ってある物より一回り小さいものを、と頼むと、折り畳まれた地図を差し出された。広げて見ると、本当に一回りくらいだけ小さめの地図だった。折り畳まれていればそれほど不便でもないのだろうが。
 他にもバッグや、先程買った「冒険の手引き」の通りにコンパスや水筒なども購入した。
 トラベラーズギルドのベンチで本や地図を広げていると、入り口の扉が開き、小柄な中年男性がギルド内に声をかける。
「シャルパーノ行きの馬車、到着しました。10分後に出発です。料金は150ペティ。お乗りの方は外にどうぞ」
 二人は開いていた地図であわててシャルパーノを探す。ベルネサの隣の町で、さらに街道をそのまま辿ると大きな町に着くようだ。
「行こうよ、エリア」
「そうね」
 二人は荷物をまとめて立ち上がった。

「あいつら、馬車に乗ったぜ」
 番所に近寄れない盗賊たちはその様子を遠巻きに見ていた。
「よし、俺たちも後を追うぞ」
 タバロックも動き出す。
「あの馬車に乗り込むのか?」
「馬鹿野郎。番所の兵どもの前で馬車に乗れるか。それに金払って乗るなんざごめんだ。町の外で通りがかった馬車を襲って奪うのよ」
「でも今からじゃ先回りできねぇぜ」
「当たり前だろそんなの。馬車なんざ待ってりゃいくらでも通るだろ。それで追うのよ」
「ああ、そういうことか」
 盗賊たちは番所を避けて別の道から町を抜けた。その耳に馬車の出発を知らせるベルの音が届いた。

 クレイたちと他の乗客数人を乗せた馬車は軽快に街道を駆け抜けて行く。
 子供二人の乗客を訝る者もいない。隣町の親戚の家に行く子供などもよくいるので、別段珍しいことではないのだ。
 日も高く昇り、そろそろお昼ご飯が食べたくなる頃、小さな建物の前に止まった。ここで食事ができるらしい。もちろん別料金だ。
 建物は見た目同様内装も極めて質素だ。テーブルに着き、メニューを見るが、聞いたことのない料理ばかりで何を頼めばいいのか分からない。とりあえず、他の人と同じものを頼んでおいた。
 出てきた物はよく分からない代物だったが、匂いはおいしそうだ。久々のまともな食事を二人は夢中になって食べた。
 馬車に繋がれた馬は疲れていない別な馬と入れ替わり、先程まで馬車を引いていた馬は厩舎で干し草を食んでいる。
 再び馬車が走りだした。道は海沿いの道になる。砂浜が真っすぐに続いている。
 途中もう一度馬が入れ替わり、日が傾きかけたころにシャルパーノの町にたどり着いた。ベルネサより少しは大きい町のようだ。町並みも新しくきれいな建物が多く、洒落た感じがする。
 この町のトラベラーズギルドで町の地図を見、泊まる場所も考える。なるほど、旅人にはとても便利な施設だ。
 大きな町だが、旅人向けの店や宿は皆大通りからそうは離れていない所にある。他の辺りは職人街になっていたり、住宅地だったり。歩き回る場所は少なそうだ。
 宿もピンからキリまである。そんなに高いところには泊まれないし、わざわざ高いところに泊まる必要も無さそうだが、だからと言って安すぎるのも不安だ。そこそこに安いところをチェックしておく。
 時間もそろそろ夕飯時。少し町を散策して適当な店で夕食をとることにした。
 大通りの町並みはとても華やかだ。小さな馬車がちょくちょく駆け抜けて行く。広場を抜けると港に出た。ここは港町なのだ。
 大きな貿易港ではないが、岬の突端の寄港地としてそこそこに栄えている。波止場には目を見張るほど大きな貿易船が停泊していた。
 船と言えばボートのような小船しか知らなかった二人は、その大きさに圧倒された。あまりの驚きに言葉も出ない。
「外の世界って、すごいんだね……」
 クレイの口からやっと出た言葉はそれだけだった。
 海の町だけに魚料理が安くておいしい。夕食は二人とも魚料理を味わった。
 日もくれてきたので宿に向かう。何も知らない二人のことだ。予約を入れるどころかどうやって泊めてもらえばいいのかさえ分からなかったが、幸いその日は混んでもおらず、あっさりと泊まることはできた。子供二人だけの泊まり客を訝る様には少しドキドキはさせられたが。
 安宿なのでシャワーもトイレも他の客と共用だが、久々のシャワーに二人は人心地だ。
 ベッドも若干堅いが、おかまいなしで二人は泥のように眠った。

 朝が来た。二人は宿を後にする。安宿なので朝食も出ない。素泊まり専用だ。朝食を取れる場所を探さなくては。
 今日はそのうち降り出しそうな曇り空。薄暗い。
 二人が宿を出ると、その後をつけるものがいる。またしてもタバロックの仲間だ。目論みどおり馬車を強奪して来たのはいいが、ただでさえ乗合定期馬車のように馬を交換したりできない。そこに来て、邪魔な積み荷はすべて道端に捨てたとは言えど、仲間が全員乗り込んだのだからかなりの重さだ。すぐにばててしまう馬を休ませながら明け方前にようやくこの町に着いたのだ。
 そして、泊まってそうな宿の辺りに見張りを立て、出てくるところを待ち構えていたのだ。
 二人がトーストの匂いにつられて近くのカフェに入って行くのを見届けると、盗賊は駆け出して行った。
 そんなこととは露知らず、二人はブレックファーストのトーストにかぶりついていた。
 島とは随分焼き方の違うパンと、変わった香りのするお茶。サラダと卵焼きは島と変わりない。ドレッシングはいささか不思議な味だが。
 それらをペロッと平らげ、カフェを出ると、ほどなくタバロックたちに取り囲まれた。
「夕べはぐっすりと眠れたか?腹は一杯か?それは誰のお陰だ?ガキども」
 リマーゾンが恨みがましく言う。
「そうね、あなたがくれたお金のお陰ね。感謝してるわ」
 相変わらずエリアは強気に出る。
「感謝、ねぇ。俺たちゃ慈善事業をする気はねぇんだ。感謝なんか嬉しくもねぇな。俺たちゃ何より金が大好きでなぁ。金にならねぇことは何にもする気はねぇんだ」
「それなら私たちよりもっとお金を持ってそうな人を狙ったら?」
「お前らの持ってるはした金なんか要らねぇんだ。魔法使い共、お前らを取っ捕まえて兵隊にでも突き出しゃたんまりと褒美が出るのよ」
 盗賊の一人が言った。
「俺の金だ!要らなくはねぇ!」
 リマーゾンは気色ばむ。そして、タバロックもその仲間の言葉に舌打ちした。こちらの狙いがばれてしまうではないか。
「その割には昨日はそうしなかったわね」
「このまま捕まえてもただのガキにしか……」
 この仲間がこれ以上余計なことを言う前にタバロックは蹴りを入れた。仲間も自分がしゃべり過ぎたことに気づいたようだ。しばらく分け前が減るだろう。
 そして、賢明なエリアはこの間抜けな盗賊の言葉で大体何を狙っているのかを察した。魔法を大勢の前で使わせ、二人が魔法使いだというとを大勢に気づかせ、その上で兵隊にでも突き出すつもりなのだ。こんな胡散臭い盗賊の集団が子供二人を魔法使いだと言って連れて行っても信じはしないが、多くの目撃証言があれば別だ。
 魔法を使わなければいいのだが、それだと盗賊たちはいつまでも付きまとってくる。どんなに胡散臭い男たちでも、黙って近くを歩いているだけでは咎めることもできない。ともすれば二人も仲間だと見られてしまう。
 人のいない所に誘い込んで魔法でどうにかするか。いや、今の二人の力ではまた服を燃やすくらいで精一杯だ。
 エリアはふとピンと来る。そして、ゆっくりと歩きながら、作戦を練った。
 港が近づき、大きな船の大きな汽笛が時折聞こえてくるようになった。
 大きな船の近くに来たとき、また汽笛がけたたましく鳴った。エリアはその汽笛に紛れて呪文を唱えていた。そして、その呪文がちゃんと効果を現しているのを見ると、クレイの手を引いて走りだした。
 盗賊たちもその後を追って走りだすが、ただ追いかけていては悪人が子供を追いかけているようにしか見えないのはタバロックも重々承知だ。
「お前ら、泥棒と言いながらあいつらを追いかけるんだ!」
「合点!待ちやがれ、泥棒!」
 所詮子供の足。日頃から逃げるために走り慣れている大人にかなう訳がない。徐々に距離が詰められる。
 エリアは近くの人に助けを求めた。
「助けて!魔法使いとその仲間に追われてるの!」
「何だって!」
 一人キョトンとするクレイ。エリアはそんなクレイの背中を指さした。そういえば背中がちょっと熱いような。
 慌てて上着を脱いで見ると、小さな火がクレイの服で踊っている。クレイは叩いて消そうとするが消えない。振り回しても、水をかけても消えない。エリアがクレイの服にかけた「不鎮の炎」の魔法は術煮が消すか忘れるまで何があっても燃え続けるのだ。炊事やお風呂沸かしにとても便利な魔法である。大きさも変わらないので絶妙な火加減は出せないし、風呂沸かしの時はたまにうっかり忘れて消えていることも度々あるが。
「逃がさねぇぜ、ガキども」
 追いついて来たタバロック。辺りの人は一斉に、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。クレイとエリアも一緒になって逃げた。
 騒ぎを聞き付けて港湾警備兵の一団が駆けつけて来た。
「魔法使いだ!」
 人々は口そろえて言う。そして、皆タバロックを指さすのだ。
「おい、魔法使いは俺じゃなくそっちのガキだ」
 とんでもない濡れ衣に慌てふためくタバロック。だが、目撃者たちはこの魔法はお前が使ったんだろうと、クレイの上着を、その水浸しの上着の上で元気に燃え続ける小さな火を指し示した。明らかに奇妙な火。間違いなく魔法だ。
「だからそれはそいつらが自分で……」
「もっとましな嘘をつくんだな」
 方やいたいけな子供二人、方や悪いことはし尽くして来たような大人の集団。信じろと言う方が難しいのだ。
 状況が圧倒的に不利と感じたタバロックはやおら短剣を抜き払い、逃げ惑う民衆の間を軽快に逃げて行った。
 警備兵たちも相手が魔法使いだと思っているので気合の入り方が違う。一人残らず追いかけて走って行ってしまった。
 クレイとエリアもその騒ぎに紛れ、町角に姿を消して行った。

「もう!びっくりしたじゃないか!せっかく買った服も燃えちゃったし」
 クレイはご機嫌斜めだ。
「咄嗟だからしょうがないじゃない。うまいことあいつらを撒いたんだから文句言わないの」
 とっととこの町も後にした方がいい。
 二人はトラベラーズギルドに向かう。馬車がいつ来るかははっきりしないので、待つことにした。
 ギルドの中を見回してみると馬車の時刻表がちゃんとあった。時計を見るとそう長く待たなくても良さそうだ。
 そんな中、やはり馬車を待っているらしい男たちの立ち話が聞こえて来た。
「ベルネサの次はこの町に出たのか」
 ベルネサが耳に入ったので耳を傾け出す。
「そうらしい。何でも港で子供が襲われたそうだ。ぎょろ目で髭面でいかにも悪党って面構えの奴で、警備隊が今頃血眼になって捜し回ってるよ」
 ぎょろ目で髭面でいかにも悪党。タバロックにどんぴしゃりの表現だ。港だというし、間違い無さそうだ。クレイはさらに耳を澄ます。
「田舎だからって油断できないな。王国の威信はどこへやらだ」
「いや、案外王国が頑張ってるからこんな田舎にまで手を出すようになって来たのかもよ」
「それはそれで迷惑な話だなぁ」
「とうとうこの町も魔法使いに怯えて暮らす日が来たか」
 魔法使いという言葉にエリアも顔を向けた。そして、聞き耳を立てていたクレイに何の話か聞いた。クレイは先程タバロックたちを追い払ったときのドタバタの話だと言うことを伝えた。
「前から思うんだけどさ、随分魔法使いって怖がられてるわよね。あの髭面だって最初は魔法使いだって分かっただけで泡を食って逃げて行ったじゃない。何でこっちではそんなに魔法使いが恐れられているのかしら」
 髭面とはもちろんタバロックのことだ。二人はまだタバロックの名前を知らないので顔の特徴で呼ぶしかない。
「そう言えばそうだね。こっちに来て始めてあったおじさんも魔法を使ってるのを見て追い出したっけ。どうしてこんなに魔法使いが嫌われているか、調べてみようよ」
 馬車はほどなく来る。次の町はガスプール。間に小さい村もあるようだが、馬車はそこを通り過ぎて行くようだ。
 ガスプールに着いたら、なぜこの世界では魔法使いがここまで嫌われているのか調べよう。そう決め、ほどなくやって来た馬車に二人は乗り込んだ。

 馬車に乗り込んだ時間が早かったためかガスプールには早く到着した。途中にあった村で食事と馬の交替があったが、それでもまだ日は傾きかけた程度だ。
 ガスプールはベルネサと同じ程度の小さな町だった。
 二人はトラベラーズギルドで町の地図を調べ、旅人向けにはマークされていない町立図書館を見つけ、そこに向かうことにした。
 小さな町ということもあってか図書館の建物は小さく、古びて薄汚れてみすぼらしい。
 中に入ると案外小ぎれいで、静まり返っている。人の気配はあまりない。
 島の図書館は学校の生徒も使うし、そもそも蔵書を持つ人の方が少ない。本を書くのも数の少ない島の住人、読む人も少ないので印刷などという技術はなく、植写職人が丁寧に手作りして図書館に置いておけば事足りる。だから調べ物と言えばまず図書館になる。
 ちなみに、写本が欲しければ写本を作る魔法なんてのもある。ただ、それなりに高等な魔法に分類されるので、ノートを取りはぐったときに写すにはちょっと使えない。
 島の図書館はそんな感じなのでどの本も手垢で薄汚れ、ページはボロボロになっているものだが、この図書館の本というと、古びて色が変わったような本もありこそすれ、開いてみると真新しい本のようだ。寂れっぷりが伺える。
 まずはそのまま魔法や魔法使いで探してみる。ベルネサの本屋で見たような悪い魔法使いをやっつける物語が多い。そう言った本はすぐに本棚に戻す。
 「魔法使いたち」と言う本は、今までにこの世界に現れた魔法使いたちと、彼らの起こした騒動や事件などをまとめたものだった。
 それぞれが出没していた時期を見ると、概ね数十年に一人は現れている。そしていずれもほぼ例外なく、何年にも渡って各地で村を焼き払ったり女性や子供を攫ったりと言った悪事を重ねているようだ。死後も呪いのために厄災が続くとされている。
「この人達って、島を出てこっちに来た人達なのかなぁ」
「どうだろう。島にはそんな悪い人はいないけど……。あ、そういえば悪いことをして島を追放された人ってのはいそうよね。そういう人達なのかな」
「でも、そんなにたくさんいたって話は聞かないけど……」
「どうせ内緒って事になってるんでしょ」
 そして、もう一冊。派手な表紙の「魔法戦争の悪夢」と言う割と新しい、薄っぺらい本。いわゆる雑誌の類いだ。『魔法使いがこの国を滅ぼす!人間の誇りを捨てたセドキア国の恐るべき謀略!』などと書かれ、いかにも作り話っぽい感じだが、報道ドキュメントとも書かれている。とっても胡散臭いが事実を元にしたもののようだ。
「正義の名の元に戦う我々を妨げるセドキア国。彼らの目的は誤った我らへの認識が招いた正義の暴走であると思われた。しかし、その事実はさらに恐ろしい物であった!」
 何とも扇動的な見出しである。世界地図を見てみると、確かにセドキアという国はあるようだ。海の向こうの大陸で、随分と遠そうだ。
 島にはこんなノリの本はない。不思議に感じながらも読み進めた。
 セドキアという国は、この辺りの諸国と度々戦争を起こしている。その理由は表向きはこちらの国の非道を誅するためという物を掲げているという。本はそんな非道は事実無根ということを延々と綴る。それにしてもいつになったら魔法の話が出るのか。
 軽く読み飛ばすとやっと魔法の話が出た。
 セドキア軍との戦いでは度々理不尽な被害が出ると言う。明らかに我々に有利な戦いであるにもかかわらず負ける。出るはずのない被害が出る。
 それは我々の軍が弱いのではない、セドキアの軍に魔法使いがいるのだと言う。
 クレイやエリアがもう少しこのすれた世界に馴染んでいれば、軍が弱い理由をこじつけているんじゃないかと疑ったかもしれない。では、この世界に馴染み切ったこの国の人が読むとどう思うのかというと、魔法使いへの憎しみが染み付き切った人達はこの内容を思い切り真に受けてしまうのである。
 適当に読み進めて行く。「セドキアに与する魔法使いの実像に迫る!」という章に差しかかったとき二人は思わず息を飲んだ。
 そこにはこう書かれていた。
「セドキアを唆し、操り、世界を手中に入れなんとする邪悪な魔法使い、その名はグレック。我々はこの魔法使いを打ち倒し、洗脳されたセドキアを解放せねばならない」
「このグレックって、やっぱりあのグレックさんなのかなぁ」
「たまたまなんて事はそうそう起こらないわよね。島の人は変人だとは言ってたけど……、でもエマおばさんの話を聞いてるとこんなに悪い人には思えないんだけどなぁ……」
 でも。もしかしたらグレックがまだ生きているかもしれない。セドキアに行けば遭えるかもしれない。
 セドキアに行ってみよう。二人は世界地図のセドキア国に印をつけ、グレックと書き込んだ。
 今いる国。そしてセドキア。今までに進んだ距離。間に広がる広い海。見比べると、深い深いため息が出た。

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