役立たずスキルが化けました

非武装の男・平手打ちの章

 俺はトーシュク・ケーンボコール。トッシュと呼ばれている。パルガの町の千客万来亭というレストランで調理などを任されている。
 誰でも一つ持っているスキルだが、俺のは素手攻撃スキルというものだ。「素手による攻撃性能が向上」だそうだ。
 よく考えて、冒険者になるのはやめた。素手での攻撃が強化されるスキルがあるなら素手で戦うのが最適ということになるんだろうが、剣どころか木の棒に比べても武器によるリーチの優位がないぶん危険に晒されやすい。武器を買わなくて済むからお手軽に冒険者になれるメリットはあるが、だからってそんなリスクを押してまで戦う必要はないだろう。
 そして普通の仕事を始めたのだが……問題が起こった。実家の農園を手伝っていたときは収穫作業の最中に作物を握り潰したり蔓がぶっ切れてしまったりと力の加減を誤る。農具の柄も折る。
 何かを作るのが好きなので工房に就職したが、作るより先に壊れてしまうことが多くあっさりとクビになった。その頃にはもうその原因はスキルが暴発しているせいだと気付いていた。手袋をするだけで暴発を防げることも分かったのだが今更だったね。
 そして今の千客万来亭で料理人になった。食材のカットはナイフを使うなど素手の作業は多くはないし、大量の食材を大雑把に扱う時に荒ぶる素手を活かせる。割と向いてる仕事だと思う。店長もいい人だし、一緒に働いてるウェイトレスのサラちゃんも可愛いしな。
 最近は荒ぶる素手を駆使した大雑把大盛り激安料理が好評で任される仕事も増えてきた。皿洗いの手伝いも頼まれるようになり割ってしまわないかびくびくしてたが、手袋をつければ問題ないのが改めて確認できた。
 平穏な日々を送ってきたが、そんな平穏が少しずつ崩れていくことになる。
 その始まりは営業中の店内にゴブリンどもが押し入ってきたあの日。
 冒険者チーム『革と炎』が応戦する中、サラちゃんが戦いに巻き込まれた。幸い俺のスキルは素手でも、いや素手だからこそ戦える。サラちゃんは俺が守るんだ!うまくいけばサラちゃんの気も引ける!
「よくもサラちゃんを!」
 そう言いながら殴りかかったその瞬間、サラちゃんがゴブリンに棍棒で頭を打ち据えられた。なんてことだ、間に合わなかった……。サラちゃんの頭を殴った奴はワンパンで沈めてやったが、俺はもう一匹の攻撃を受けてうずくまった。ゴブリンとは言っても侮ってはいけないな。こんなのを頭に受けたサラちゃんは、もう……。
「こぶができましたぁ……」
 ……なんか、割と大丈夫そうだった。
 その後俺はゴブリンをもう一匹、冒険者たちも一匹。元冒険者だったという店長がリーダー格をやっつけて店内に押し入ったゴブリンは全滅した。
 この出来事であの程度の敵なら俺でも何とか戦えることが証明された。後で治してはもらったとは言え大怪我したからあまり調子には乗れないけど。

 そしてそれから数日たったある夜。新しく雇われたショウという男に誘われて魔物狩りに行くことになった。
 俺はあまり乗り気じゃなかったがサラちゃんが行きたそうだったから仕方がない。幸い、サラちゃんがショウの誘いに乗った理由は金目当てのようだが俺も行かなきゃショウとサラちゃんが夜の平原で二人きりになる。どんな危険があるかわからない。魔物もショウも危険だ!!
 そのショウが夜の皿洗いと掃除を片付けている間に俺たちは冒険の準備を整えて店の前に集合。そして店からショウも出てきた。そして俺たちを見て一言。
「これから魔物を狩りにいくパーティには到底見えないな」
 それは俺も同感だ。まず俺だが素手スキルがあるので武器はない方が強いだろうからもちろん無し。防具として革鎧くらいあればいいなとは思ったが急だったしそんな金はない。せめて丈夫な服をと工房で働いてた頃に着ていた作業着だ。サラちゃんが「防御は任せて!」って言ってたしな。
 で、そのサラちゃんだが……。ノースリーブにショートパンツという、夜の闇の中でも眩しい格好だ。そして手にはフライパン。戦いに行く感じじゃない、というか何をしに行くのかさえ想像しがたい。見た感じ、無防備にも程がある感じなのだが……。
「私の場合、スキルのせいでこうなっちゃうんです」
 サラちゃんの持っている防御スキルは素肌限定のものだそうで、露出が多いほど鉄壁になるみたいだ。ならば全裸になれば最強なんじゃ、なんてことは思っても言わないくらいには常識人だ。少なくとも本人の前では。
 ショウとはそんな話もしたってのは内緒だ。ショウは「ウィザードリィの忍者」とか言ってたが、これは異世界人であるショウの世界でもわかる人が少ないネタらしいので気にしないことにする。
 そしてショウも魔法使いなので特に武器や防具は無し。魔法使いでも胸当てや鎖帷子をつける人もいるが、魔法石の購入に資金の大半を持って行かれてただの服というケースがほとんどらしい。力の能力が育ちにくいので重い武具は扱いきれないことも多いとか。ショウはシンプルに金がないケースだ。
 ほぼ普段着の、フライパン以外は手ぶらの三人組。
「魔物を舐めるなと怒られても文句は言えないわー、これは」
 半笑いのショウにサラちゃんも複雑な顔だ。
「ほんとですよ。大丈夫なんですか、これ」
 俺もそれはさすがにちょっと不安だ。
「大丈夫かどうかはやってみないとも何とも言えないね。まあウィスプは俺一人で何とかできる。問題はゴーストがどうかだ。まずは一匹でふらふらしているゴーストを見つけて狩ってみようか」

 そういうことになり、俺たちは町を出て夜の平原に出発した。そして、目の前に現れたのは一匹のゴースト――と、ウィスプ二匹。
「これっていきなりピンチですか!?」
「ウィスプ一匹はぼくが速攻で始末する!その間ウィスプの残りとゴーストを食い止められればもう一匹も始末できる!」
 真剣なショウの表情で事態のヤバさが痛感できるというものだ。
「食い止められなかったら……?」
「ぼくたちが新しいゴーストになるのさ!」
 さわやかなショウの笑顔でもうどうしようもないことを痛感できるというものだ。
「いやですぅー!」
 サラちゃんと心は一つだ。
「冗談だ。逃げるのはそんなに難しくない」
 何にせよ……。
「俺たちの頑張り次第か!やってやるぜ!」
 せっかくだし、サラちゃんにカッコいいところを見せるんだ!
 こいつらがどんな敵かはわからないが、とにかく先手必勝!……見るからにウィスプは熱そうなので殴るならゴーストにしよう。ゴーストの顔面にグーパンチをお見舞いだ!……しかし手応えがない!
「くっ、効いてない!」
「いや、スカみたいに思えてもちゃんと効いてる。パンチよりビンタの方が効くぞ、煙みたいな奴だから風を起こしてかき回してやるといいんだ」
 そう言いながらショウがウォーターを発動させた。まさにバケツで水をぶっかけるような魔法だった。水はウィスプに直撃し、ウィスプが揺らめく。
「さすがに一撃じゃ無理か!」
 ウィスプはショウに反撃のタックル!
「うあっちゃー!」
 ショウの服に火がついた。もう一匹のウィスプはサラちゃんにタックル!ゴーストよりこいつが許せん、次は熱くてもこいつを殴る!
 サラちゃんは火の玉タックルを素手で止めた。そしてフライパンでひっぱたく。こっちも手応えはなさそうだが少し揺らめいた。これも効いてるんだろうか?
 ゴーストも攻撃してきた。三日月型の空気の塊が撃ち出される。それはサラちゃんにまっすぐ向かっていき――。
「きゃあ、いったあい!」
 サラちゃんは直撃を受けた。サラちゃんの服が切り裂かれて血がにじむ。やっぱ殴るのはこいつだ!熱くもないくせに俺を怒らせるとはいい度胸だぜ!熱くなければ気兼ねなく殴れるからな!
「ウィンドカッターだ!大丈夫そうか!?」
 ショウはこの攻撃を知ってた模様。知ってたなら先に言えよ!
「へ、へっちゃらですっ!」
「無理はすんなよ、こいつらを始末したらヒールで治すから」
「はいっ」
 ゴーストに俺のビンタが炸裂!……手応えはないけどその姿が揺らぐ。ショウは目の前に来ていたウィスプに真上からウォーターを浴びせた。ウィスプは完全消滅、自分に掛かった水で燃やされた服の消火までした。
 もう一匹のウィスプのタックルをサラちゃんはまた素手で止め――鷲掴みにした。……熱くないの?スキルの効果か?すご……。
 そしてウィスプを押さえたままゴーストにフライパンアタック!サラちゃんもやっぱりこいつは許せなかったらしい……。
 ゴーストが少しこちらから距離をとって、またウィンドカッターの構えだ!またサラちゃんが狙われたようだが、腕でしっかりとガードした。ガイイィィン!という鉄の盾に鉄の剣で切りつけたような硬質な音が轟く。
「ふっふっふ、見切ってやりましたよ!」
 ノーダメージっぽい……。サラちゃんやべえ。俺が守ってやるなんて烏滸がましい。本当に自惚れてました。
「ウィンドカッターがもう一発来るはずだ!それで打ち止めだから後はウィスプを片付けてゴーストもじっくり始末すればいい」
 まだサラちゃんが握ったままのウィスプをどうにもできないのでひとまずゴーストをひっぱたいておく。俺のビンタでゴーストは霧散した。
「ほわっ!?ゴーストもう片付いたの!?嘘でしょ!?」
 そう驚いた後、ショウはサラちゃんに握られたままの最後に残ったウィスプをじっと見る。
「……そのフライパンに水溜めさせて」
「穴開いてるから漏れちゃいますよ?」
「漏れるのなんてちょっとずつだから大丈夫」
 魔法で水が出されてフライパンから一部がこぼれ出しつつなみなみと満たされる。
「あ、なるほど。こうですか」
 握っていたウィスプを水に浸すサラちゃん。ジュウウゥと音がしてウィスプが見る見る小さくなって消滅した。後には煮え立つ熱湯が残される。
「熱くないの?サラちゃん」
 平然としている顔を見れば一目瞭然なのだが思わず聞いてしまった。
「何ともないですねぇ……ってあっちいいいい!」
 フライパンからこぼれた熱湯が服に掛かったらしい。これは熱いんだ……。

 戦いが終わり、真っ先にサラちゃんの怪我が治療された。ちょっと服が破れているし血も付いたままだが傷は塞がりもう出血はない。
「触ってみたら案外熱くないからそんなものなのかと思ってましたけど……普通に熱かったんですね」
 話を聞いてみたが、サラちゃんだって日頃から熱湯に手を浸けたり火を触っても何ともないわけではないらしい。
「もしかしたらぼくのスキルの影響かも知れないね」
 そういえば、ショウのスキルは仲間のスキルを強化するんだったな。
「ですよね!だから本来の私はこんな化け物みたいな肌を持ってるわけじゃないんですよ!」
 逆に言えばちょっと強化しただけで鉄のようになる肌とも言えるんだけど……。
「それなら俺のスキルもサラちゃんと同じく強化されていたのかな」
 殴っても手応えの無い敵なので実感が全く湧かなかったけど。
「多分ね。少なくともゴーストがあんなに早く消し飛ぶってのは相当だよ。ゴーストは3回のウィンドカッターで攻撃してきた後はほとんど攻撃力のないビンタやタックルしか仕掛けてこなくなるから、じっくりやっつけるのが基本的な攻略法なんだよ。その前に倒せるようになるのは普通はレベル5くらいだね。サラちゃんのフライパンアタックを考慮しても異常な早さで倒せてる。元々相性のいいスキルだったんだろうけどそれだけにしては強すぎると思うよ」
 今回はウィスプもいたので普通ならそっちを先に倒した方が全体的なダメージは小さくなる。しかしゴーストのウィンドカッターを減らせるならその方がいい。ウィスプの攻撃一回よりウィンドカッターの方がダメージが大きいからだ。ウィスプを先に倒すのが鉄板なのはその倒し易さと、こちらは攻撃の回数に限界がなく安定的に大きなダメージを受け続けることになるためだとのこと。
 そうそう、そのウィンドカッターだよ。
「あんな危ない攻撃をしてくるって知ってたなら言ってくれよ。言ってくれなきゃ対処できないだろ」
 ショウに文句を言ってやった。
「そうは言うがね。説明だけ聞いても現物を見てみなきゃ対処なんてできないと思うよ。予定通りゴースト単体ならぼくが開幕ウォーターでタゲが来るはずだったし」
「たげ?」
「ぼくが狙われるってこと。ぼくなら3回全部食らっても大丈夫だしさ、ヒールだってある。それで君たちに見せてこういう攻撃が来るから気をつけてねって言うつもりだったよ。まさか待ち伏せみたいにいきなりフルメンバーで来るとは……」
 まあたしかに、こういう攻撃が来るよと言われても聞いただけじゃ対処は難しいか。実際のカッターの飛来スピードは言葉で正確に伝わらないし。避けるのも難しそうだよなあ。……サラちゃんは受け止めてたけど。
「それじゃ、あの攻撃は大した攻撃力じゃない?」
 ショウは受ける気満々だったようだし、そう言うことなのかと思ったが。
「レベル1でも戦士系なら二回は耐えて生き延びるかな」
「三回食らうと死ぬのか……」
 そして、戦士系じゃなければ二回で死ねると。魔法系で3回食らっても平気と豪語するショウは結構レベルが高いのかも。
「二人ともレベル2だよね?それならそんなに簡単にはやられないよ。いざとなれば治療すれば大丈夫だし、でなきゃこんな狩り場提案しないさ」
 まあそうなんだろうけど……なんか釈然としない。
 その後ウィスプ一匹と、その後さらにゴースト一匹とも遭遇したがどちらも瞬殺。群で現れても勝利した俺たちに単体で勝てるわけがなかった。ウィスプは試しに俺がグーで殴ってみたが後悔しかない。素直にフライパンに溜めた水に沈める鉄板戦法の二人に任せるのが一番だ。
 一方ゴーストは俺の出番だ。それはいいが俺も一発ウィンドカッターを食らった。ヤバかった。もう死ぬのかと思った。本当に二発目に耐えられるのか自信が持てない。すぐに回復してもらい戦線復帰できたが、この攻撃もサラちゃんはそんなに堪えてなさそうだったしショウは三発は耐えると言ってるのに自分が情けない。
「トッシュ君は戦士タイプの中でも防御耐久関係の能力値が低めのアタッカー型なんじゃないかな?やせ我慢して死んだら元も子もないよ。壁役はおとなしくサラちゃんに任せた方がいい」
「しかし……女の子を盾にするのは男としてのプライドが……」
「サラちゃんの出番を作ってやってるんだと思って割り切るんだ。それにサラちゃんがガードに失敗してダメージを受けたとして、それはそれでまた服が破れて……ちょっとだけいいことだと思わないか」
 小声でそんなことを言ってくるショウ。
「おいっ、なんてことを言うんだ」
 俺はこいつを許せそうにない。それ以上に「それはいいな」などとちょっとでも思ってしまった自分が許せない。
「?……なんです?」
「なんでもないよ」
「うん。大したことじゃない」
「??」
 聞こえないように言ったから当然だとは言え、サラちゃんには聞こえていなかったようで何よりである。

 その後、強敵だというスケルトンやゾンビにも挑んでみることにした。
 スケルトンは骨の怪物。引っかいたり噛みついたりが攻撃で、攻撃力は大したことがない。俺でも我慢する気になれば何とかなる程度だった。サラちゃんが攻撃を受けてくれれば本当になんでもない。
 ただ結構しぶとかった。初撃で頭を粉砕したが全く気にせず殴りかかってくる。両腕も折ったが蹴りとタックルでまだまだ攻撃してくる。こいつ相手の勝利条件は胴体だけにして背骨も折ること。胴体だけにした時点で何もできなくはなるのだが倒した扱いにならないそうだ。このしぶとさで戦いが長引き、地味そうなダメージも積み重なって痛手になっていくわけだ。
 しかし俺のスキルの前にはなんてことはない。倒し方が分かってしまえば、まず足にパンチを当てて転ばし両腕と頭をもいで止めを刺すだけ。慣れてしまえばサラちゃんに庇ってもらう必要すらなさそうだ。
 ゾンビはよりしぶとさに偏った強さらしい。攻撃はきっとなんてことはないのだろう。倒す気になれば倒せない敵ではないはず……だが。
「これ、素手で触りたくねえ」
「私もこんなのの攻撃を受けたくないです」
 ぐずぐずに腐った生ける死体だ。近付いただけでとても臭い。殴ったらきっと手に腐りきった汁がねっとりと付く。飛び散って顔とかにも掛かりそうだ。
「こう言うときはどう対処するかわかるかい」
 俺でもこれはわかるぜ。
「魔法だな!」
「それも一つの手だけどウォーターじゃあんまり効かないね。だから最終手段を行使する」
「最終手段!すごそうです!」
「ふっふっふ、それはな……。とんずらです。あばよとっつぁーん」
「ちょ。置いてくな!」
 そしてとっつぁんって誰。とにかくこの辺の魔物は動きがとろいので逃げるのは簡単なのだった。
 最後にもう一度ゴーストと対決。
「しまった、油断しちゃいました!」
「大丈夫か」
「何ともないです!」
 サラちゃんがウィンドカッターのガードに失敗!しかし、さっき食らって服が破れて肌が出ていたところにまた食らったおかげでダメージはあまりなかったみたいだ。
 二発目はショウが狙われた。
「いってえ!いい度胸だてめえ、成仏させてやんよ」
 成仏って何だろう。
「聖水アタック!」
 そういって繰り出したのは……なんてことないウォーターであった。ただ……何だろうか。言いようのない爽快感みたいなものを感じる。ただの水ではないようである。でもまあ、そんな特別に効いてる感じはしないな、普通のウォーターっぽい。結局俺のビンタがトドメになった。
 戦闘が終わって落ち着いたところで一応ダメージを回復する。直撃を食らったショウも確かにまだまだ余裕はありそうだ。俺が一番打たれ弱いのが露呈して情けない。もちろんサラちゃんは自己申告通り大したダメージではない。さらに服が破れたことの方が心理的に大ダメージという感じだった。
「服が破れた部分でも効果あるんだ……」
 自分でもびっくりしているようだった。
「本当に脱げば脱ぐほど強くなるんだね……」
「脱ぎませんよ!?それを言われるのが嫌でこのスキルのことを隠してたんですからね!」
 サラちゃんは膨れた。
「でもどうせなら効率最大限を目指したいじゃない?ビキニメイルくらいならいける?」
「……ビキニメイルって何ですか」
「ああ、この世界にはないか。気にしないで」
「?」
 ショウとサラちゃんの会話が止まったので口を挟んでみる。
「ところで、さっきの聖水アタックって何なんだ」
「それもあまり気にしないで」
「いや待ってください。あの時私の体に何かしましたよね!?なんか変な感じがしたんですけど」
 サラちゃんも割り込んでショウを詰めた。
「あー。うー。……うん。いやね、ただのウォーターだよ?水質の設定を『尿』にしただけで」
 ああ、そういうことか。さっきの爽快感、それはいわゆる尿意がすっきりした感覚だったわけだ。
「ちょ。女の子のおしっこを勝手にどうこうしないでください!」
「女の子だけじゃないよ、男女平等。全員のがかき集められてるんだよ。でないと量が確保できないし」
「みんなのと混ざってるってことですか?なんか余計に恥ずかしいんですけど!」
「それで、何で尿が聖水なんだ」
「ぼくの世界の特殊な一部の人たちは尿のことを聖水と呼んで浴びせてもらったりしてるんだよ」
「あ、浴びる?何のために……?」
「好きな人に尿をかけてもらうことで興奮するんだよ」
「何でそれで興奮するんだ……」
「特殊な性癖は理解できないなら理解する必要は全くないよ。好きな人が特殊じゃない限りね。ぼくの世界は文化的に発達したことで趣味趣向なんかも多様化していてね、いろんな人がいるのさ」
 八十億だっけ。それだけ人間がいればいろんなのがいるってことか。この世界では関係なさそうだ。多分。
「なんて話をしてるんですか、もう!」
 そうだな、サラちゃんの前でするような話じゃない。この話はもう終わりだ。
 そう思ったのだが……。このくだらない話は後日に引きずることになるのだった。

 その夜はそのゴーストを最後に切り上げ、解散。休み明けの翌々日、ショウはモンスタークリスタルを売却した金を山分けにした。ゴブリンに比べると手強く敢えて狙う冒険者も少ないので夜のモンスターのクリスタルは割といい値段になるようだ。あくまでゴブリンに比べてなので一日の飯代くらいにしかならないが。
「命懸けで戦ってこの金額か……。結構割に合わなくないか」
 ついついグチったら店長がそれに答えた。
「合わないよ。この辺の魔物はすぐ倒せるようになる部類だから金を稼ぐには向かない。クリスタルはだぶついててパワーも弱い。町周辺で戦う意味は主にレベル上げだ。とっとと強くなってもっと稼げる所に行くのが目標だ。まあ最弱級の魔物、この辺ではスライムゴブリンの奪い合いに疲れて脱落していく人が大部分だね」
 金稼ぎなら薬草も落としクリスタルの需要もあるゴブリンの方が一匹あたりの稼ぎが大きくリスクも小さい。その代わり取り合いが酷くてこれも稼げるわけではないという。
「ゴーストと戦える所まで行くのって実は難しいんですか」
「まあね。その最大の理由は『怖い』だけど。十分勝てる実力があっても新しい魔物に挑むのは誰だって怖いさ。特にゴーストにはウィンドカッターもあるしな」
 そもそもその勝てる実力があるかどうかも戦ってみなきゃ分からない。いや、経験則的にレベル1でもバランスがちゃんとした4人パーティ、3人でもレベル2なら勝てるのは知られているが、レベル2ではゴーストのウィンドカッターを連続で食らったりウィスプからのダメージが蓄積して死ぬことがあるということもまた知られており、事故は起こりうるという認識だ。
 ならば一つ上のレベルを目指しておこうと考えるのは自然なこと。しかし、レベル2から3までゴブリンの経験値であげるのは長い道のりだという。ただでさえ必要な経験値は増えるのに、他のパーティとの奪い合いで一日に一匹狩れるかどうか。ましてパーティで狩っていれば一人頭の獲得量など少ない。まあ、みんなで狩ろうがソロで狩ろうが全員が必要な経験値を得るには一人頭同じ数のゴブリンが要るので同じだが。ひどいケースになるとレベル3に到達してもまだゴブリンを狩り続けるものまでいる。まあ、無理もない。ウィンドカッターにせよゴブリンファイターの棍棒にせよ死なずに済んでもすごく痛い。一度食らったら二度とごめんだと思うだろう。
 そんな情けない理由ばかりではなく、魔物の攻撃で大きなダメージを受けるのでヒールの使い手は必須だ。そのヒールの購入資金確保も大きな壁になる。もちろん前衛もそろそろ革鎧くらいは欲しい。
 レベル2でさらに上を目指す勇気か稼ぎが最低限の魔物相手にレベル3まであげる手間。ヒールと装備の資金。この壁を越えられず冒険者に見切りをつけてただの人に戻るケースが多いそうだ。そしてレベル3を目指す冒険者による乱獲で枯渇する平原のスライムとゴブリン……。悪循環だ。この上さんざん魔物を独り占めしてきた連中が、慣れない――本来ならちょうどいい程度の――強敵にやられたりして今まで独占されていた経験値をどぶに捨てるような事態になったら目も当てられない。
「確かにダメージは大きそうだけど、ゴーストとかも結構余裕で捌いてるよな、俺たち。そんなに強い敵には感じないけど」
 素直な感想を述べると店長は苦笑いを浮かべた。
「君たちはレベル2にしちゃ異常だよ。まあ冒険者デビューが遅いからスキルが十分に育ってたってだけだろうけどね」
「スキルは使えば使うほど強くなるからね。トッシュ君は料理にもスキルを多用していたし」
「私のスキルもいっぱい使ってたってことですか?」
 サラちゃんはあんまりスキルを多用してきた実感は無さそう。
「肌が出てればそこが守られるんでしょ?うっかり手をナイフで切っちゃったとか、顔を蚊に刺されたとか裸足で足の小指を柱にごすっとぶつけたとか、発動のタイミングには事欠かないだろうけど」
「小指ぶつけたら痛いですよ?……あれ、でも痛いときは靴下穿いてたかも……。うわあ、そう考えるとめちゃくちゃスキル使ってそう……」
 ショウの言葉にサラちゃんは考えた。無意識でスキル多用するようなドジっ子だったことが露呈しているが黙っておこう。
「それでゴーストとの戦いはどんな感じだったんだい」
 俺たちは店長に昨日の戦いの様子を話した。ショウはゴーストを速攻で倒した俺の攻撃力がでたらめだと言っていたが、俺としてはサラちゃんの無茶苦茶な頑丈さの方がヤバいと思う。
「でもそれってやっぱりショウさんのスキル効果上昇スキルの影響だと思うんですよね。おうちに帰ってから煮えたぎる熱湯に手を浸してみましたけど、そんなに長くは我慢できませんでしたもん」
 普通はちょっと触っただけで飛び上がるんだけどな。
「初期状態のスキルにそこまでの効果があったりはしないよなあ。ってことはアルからスキルそのものは受け継いでないけどスキルレベルは経験レベル同様受け継いでるのかもね。つよくてニューゲーム状態だ。いろいろズルいよな」
 ショウの使う言葉の意味が分からないのはいつものことなので気にしない。
「俺たちも経験値はなくてもスキルだけは鍛えられてたからレベルの割に強いってことか」
 しかも俺は素手、サラちゃんは素肌という一見戦闘向けじゃない代わりに普段からとても使いやすいスキルで、意図せずに使ったりするほど。どんどん育つし、尖った性能故に効果も大きめ。成長した結果がすごいことになっても不思議はない。
「戦わなくてもスキルって強化できるんですね。それなら他の人もスキルを活かせる仕事でスキルを伸ばしてから冒険者デビューしたほうがいいんじゃないかって思うんですけど」
「それはそうなんだけど、なかなかそうもいかないのが現実でね。スキルが育つまでの踏み台程度の気持ちで入ってくる人を雇いたくない職場も多いし、その辺受け入れられたり隠して仕事を始めたとしても、十分スキルが育つまで仕事を続けるとその頃には熟練して稼ぎも増える。そこからほぼ稼ぎのない冒険者に転身する理由はなくなってしまう。家族ができてたりするとますますだな」
 もちろん仕事と別にスキル修行をすると言うのも手だが、その先に待っているのがしばらく稼ぎのない日々だと思うとあまり苦労したくないと言うものだ。
「それに仕事に活かしにくいスキルも多いしな。たとえば剣のスキルとか」
 確かに、剣なんて戦い以外に何に使うのか。肉屋のでかい包丁が剣扱いになるのでそんなところだろうか。槍スキルなんてもっと日常生活に活かすの難しそうだ。
「冒険者も森に行けるようになれば安定的に生活できるんだ。その先で山籠もりすれば籠もった分は遊んで暮らせる。そこまでいける冒険者は一握りだけどな」
「それで、店長の『鉄と氷』はどこまで行けたんです」
「私は森までは行ったよ。今の彼らは山、たまに洞窟まで行って名前通り鉄を手に入れて帰ってくるね」
 本当はいつか鉄の装備をという目標のために付けた名前らしいが、そんな目標はとっくに達成しているのだった。なお、『革と炎』は森の奥の湖が主な狩り場。ここまで行けるパーティも少ないので結構すごいのだ。
 ともあれ。俺たちがとても幸運だったのは、まずスキルが限定的な割に生活に活かしやすいタイプで知らない間に十分育っていたことと、その独特なスキルのおかげで装備品などの初期投資が不要だった点。魔物の取り合いで一番レベルをあげにくい1から2を一発ですっ飛ばし、危険なので不人気な夜の狩りも危なげなく乗り切れそうなところだ。
「まあ、トッシュ君は防具を、サラちゃんも他の狩り場にいくまでに武器は用意した方がいいね。森のゴブリンはレベル5は欲しいところだけど――」
「この間店に入り込んだゴブリンファイターを相手にして、トッシュ君は一撃で瞬殺、サラちゃんは攻撃を手で難なく止め頭に受けてもたんこぶで済んでたよ」
「わお。それならもういけるじゃん。でもまあ数が多いと危ないし、小遣い稼ぎなら夜の平原の方がおいしいからすぐには行かないけど」
「君たちはもう、ゴーストやウィスプくらいなら楽勝なのかい?」
「ええまあ。トッシュ君が攻撃を食らいすぎると危ないかなってくらいっすね」
 面目ないが反論もできない……。
「それなら、次の魔物狩りには私もついて行くことにしよう。だいぶ効率が上がるはずだよ」
「ふむふむ、パワーレベリングって奴ですな」
「なんだい、それは」
「レベルの高い人が敵を倒して楽々低レベルを乗り越えることっす」
「ふむ。普通はあまりないことだね。後続がレベルを上げて追いついてくると獲物を捕られるし、レベルだけ上げてもスキルが育ってないと戦力不足に陥りやすい。そんな感じで誰も得しないからね」
「まあ、そういうところも冒険者が増えにくい要因ですな。へっぽこが大勢いるより一組の強者の方が沢山魔物を倒せるんで困ることはあんまないんすけど」
「その強者が狩り場に出かけていて町にいない隙に襲撃が起こると面倒だけどね」
「それがあるんすよね」
 元ベテラン冒険者とたぶん現役で中堅くらいの冒険者がディープな話を始めている。にわか冒険者じゃ話についていけない。
「それはともかくだ。私の場合は戦力よりもスキルがレベル上げに向いてるんだよね。『鉄と氷』がのし上がったのだってそのスキルのおかげもあってさ」
「へえ。経験値アップとかっすか?」
「ふっふっふ、見た目のインパクトも結構あるから見てのお楽しみだ」
「じゃあ、期待して待つことにするっすわ」
 なんかどうなるか不安になる会話だが、ショウは余裕だな。
「なあ。ショウって昔はどんな冒険者だったんだ」
「それはショウじゃなくてアルの方だけど。じゃあ後で時間のあるときにでも話すよ、隠すほどのものもないしね」
 と言うことで、休憩は終わりになった。

 俺はそろそろ最後かという調理、ショウはこなしても増えていく夜の皿洗いと言う状況でショウと話す機会ができた。話題はもちろんショウになるまえ、アルの冒険の話――と思いきや。
「サラちゃんはやっぱりビキニメイルを着けるべきだと思うんだよ」
「それ、一昨日の夜も言ってたな。なんなんだそれ」
「よく考えたらビキニなんて言葉は通じるわけがないんだ。だってビキニというのはぼくの世界にあった島の名前だもんな。この世界では別の名で呼ばれたりしてそうだ。生憎アルの記憶にもそれに近いものはないけど」
 そう言いながら紙に絵を描き始めるショウ。まだ書き込まれた線は少ないがもう既に女の裸にしか見えない。
「絵、うまいな」
「僕の世界じゃ最低限の嗜みだよ。……言い過ぎました。主にぼくの国に多い一部の趣味を持った人限定だった」
「一部の趣味って……ああ、尿をかけられると興奮するっていう……」
「違う、そうじゃない。それは変態であってオタク趣味とは違うのだよ。まあ僕もオタクまではいかないマンガゲーム好きだと思っているけど……こう言うのがビキニ」
 胸と股間だけ隠した、下着にしてもちょっと攻めすぎに思える絵が仕上がった。最後に顔が描き足された。カリカチュアナイズされているが髪型とかでサラちゃんだとすぐにわかる。
「アルがいたところは泳げる海も川もなかったから水着なんてものはなかったけど、この世界でもどこかに水着くらい……あればいいな」
「この辺りには湖はあるけど魔物の巣窟だから泳げないな」
「ですよねー。海辺の町とかじゃないと無理だ……。ぼくの世界は魔物なんていないから、海辺とかこんな格好の女の子がうようよいるんだ」
「まじかよ……いい世界だな」
「だろ?水着を着る機会も多くて露出に抵抗のない女の子も多いしな。そしてそこから派生したのがビキニメイルだ。鎧だけに金属で出来ているが、心臓あたりすら剥き出しのこれで戦える方が不思議なセクシー重視ロマン装備だよね。でも、一番肝心な心臓部分が丸出しであっても丸出しの部分こそ鉄壁というサラちゃんのスキルとは最高に相性がいい。女の子としての最低限の尊厳は守りつつスキルの限界を引き出す――ぼくは悟ったのさ。ぼくがこの世界に呼ばれたのは、サラちゃんにこの最強の防具を着せるためなんじゃないかってね!」
 絶対違う。……と言いきれないのはなぜだろう。
「君もサラちゃんがビキニメイルを着たところを見たくはないか」
 ここにサラちゃんがいれば見たいだなんてとても言えないが、ここは本音を述べさせてもらう。
「見たいね!……でも着てくれないだろうな。そもそもこんなのどこにもないだろうし」
「はあ……。無いものはしょうがないな……」
 諦めるのはまだ早い。
「要するに、鉄でこれを作ればいいんだろ。どうにかなりそうな気はする。俺って料理人の前は工房で働いていたんだよ。スキルの扱いに慣れなくて暴走させて失敗することが多かったからクビになったけど、今ならスキルにも慣れてるし……いけるはず!」
「頼もしいな!それならぼくだって物作り大国でそれに少なからず携わってきた身として協力は惜しまないとも!……まあ、機械がないと大したことはできないからあんまり期待しちゃダメだけど」
 と、よからぬ目的のもとにショウとは意気投合することになったのだった。

 ああ、もちろんアルの過去についてもちゃんと聞いたぞ。サラちゃんには内緒の例の件に絡んでショウと話す機会もだいぶ増えることになったので、話題にあがるのも時間の問題だったからな。
 アルのスキルはざっくり言えば知っている魔法なら習得せずとも使えるスキルだったそうだ。実際には名前を知ってるだけじゃ無理で、使うところも一度は実際に見る必要があった。もちろん行使には十分な魔力も必要。制限はあっても聞くからに便利そうだし実際便利だったんだが、いいことばかりでもなかったという。
 最初に普通のパーティに入れてもらった。戦士タイプ二人とアルを含む二人の魔法使い。もちろんアルが最初に使えるようになった魔法はそのパーティにいたもう一人の魔法使いと同じ魔法だ。
 魔法石を割り勘で共同購入し、一人分のコストで二人覚えられるのでお得だったのだが、他のパーティと共闘したりで他の魔法をどんどん覚えていくアルに比べて、もう一人の魔法使いがどうしてもしょぼく見えてしまう。嫉妬心で当たりが強くなってきた。
 更にいえば固定のメンバーで行動しているうちはなかなか新しい魔法を覚えられない。新しい魔法を覚えるために旅に出ると言ってパーティを抜けることにしたそうだ。
 抜ける口実のつもりだったが実際に魔法探しには旅が効率がいい。高レベルの冒険者を護衛に雇って連れて行ってもらうことでそのパーティにいる魔法使いの魔法を盗める。それに地域により魔物の分布が違うので、優先される魔法も変わるし魔法石の元となるモンスタークリスタルも入手できる種類に変化が出る。地域が変わればよく使われる魔法もがらっと変わるわけだ。
 砂漠の町から砂漠を越えて森の町に至る。そこからはもう一人旅だ。
「砂漠ってとんでもない強さの魔物が出るんだろ?」
「町のそばや街道付近はそうでもないよ。オアシス近辺はやっぱりゴブリン・スライムだし。ただ街道を逸れた途端死地になるけど」
 その辺りを中心に活動する冒険者でも十分レベルが上がったら砂漠は避けて一旦森に向かうのが普通だそうだ。こんな風に冒険者は狩り場に合わせて拠点も変えることになりがちで、他の仕事との両立が難しい理由の一つだな。町から離れて戦うようになれば十分稼げるみたいだが。
 そうして森の町で路銀を稼いでこの町にやってきた。その晩にアルからショウになった、と。
 こうしてショウからアルの過去の話が聞けるように、アルの記憶は丸ごとショウに受け継がれている。だが、それだけではないという。
「ぼくの記憶の中には、知らない世界に飛ばされて、訳が分からないまま新たに増えた記憶に従っていつも通り出勤したりするアルの記憶もあるんだよね……多分寝ている間に記憶が同期されてるんじゃないかな。元の世界のぼくがどうなってるのかとかこの体の元の持ち主とかがどうなったのかとか、ちょっと心配してたけど大丈夫そうで何よりだよ」
 気がついたら異世界に飛ばされていたアルが大丈夫かどうかは何とも言えないけど、とショウは笑った。とりあえず、そんな異様な状況でも大ピンチには陥ってないようだ。
「ぼくもそうだったんだけど、自分の中に記憶があるもう一人の自分にとってもいつも通りの日常なんだよね。だからすんなりいつも通りの生活ができるんだ。周りからも「何かあったのか」位は聞かれるけど、適当な言い訳でごまかせば誰も中の人が別人になってるなんて思わないだろうね」
 そしてこのあちらの世界の現状がこちらのショウにも伝わるという状況を早速有効利用し始めることになるのだ。