役立たずスキルが化けました

2.裸の女・バスタオルの章

 お店の営業が終わり、お客さんは一人を残してあとは全員帰りました。残った、と言うか残ってもらったのは旅人さんです。
 倒れていて目覚めてからずっと言動が変なので気にはなっていたんですが、ヨヴさんがもしかしたら自分のスキルがいたずらしたのかも知れないというので詳しく話を聞くみたいです。どんなスキルを持っていればそんなことが起こるやらです。
 では、話を聞いてみましょうか。
「この世界のこともだんだん思い出してきた……。今のぼくはこの世界の人間であるこのアルって男の肉体に宿った別な人間てことになるのかな。だからまず、アルとして簡単にこれまでの経緯を話したい」
 アルさんは魔法使いで、色々な魔法を見たくて世界を旅していたそうです。
「魔法の研究をしていたんですか?」
「そこまでじゃないかな。趣味……と言うには少し切実な事情もあったみたいだけど、ぼくにしてみればどちらにせよ他人のことなんだよね。ある程度記憶を共有しているから思い出せるってだけでさ」
 アルという人はあくまでこの肉体の持ち主で、今その肉体に宿っているのは異世界からやってきたショウという人物だそうです。何のことだかさっぱりなんですけど。にわかには信じられない話です。
「ここじゃない、世界?」
「うん。千葉県茂原市。日本人」
 異世界の言葉でしょう、理解できない言葉をしゃべり始めました。
「違うよ、地名を並べただけだよ」
 だとしても全く聞いたことがありませんね。
「日本っていうのが国の名前。太平洋に面する小さな島国だが人口密度は高くて一億人以上住んでる」
 今さりげなくものすごいことを言いませんでしたかね。
「一億?ショウさんの世界はそんなに住んでるんですか!?」
「いや、世界なら80億越しててまだ増えてるけど」
 想像を絶する世界です。その世界は魔物もおらず魔法もスキルもないそうです。ただ、なぜか魔物や魔法、スキルについてある程度理解している模様。
 その世界ではある条件を満たすと魔法使いになれるそうですが、魔法がないと言う言葉と矛盾します。とても厳しく満たせるはずもない条件なんでしょうね。
「いいや、簡単だよ?満たしたくもないのに満たす奴が後を絶たないくらいにはね。ぼくだってそうだった――」
 条件は満たせても誰しも魔法使いになれるわけじゃない。そういうことでしょう。この世界でも、魔法向けのスキルがあるからと言って簡単に魔法使いになれるわけじゃないんです。
 ショウさんもその世界で魔法使いになれる条件を満たしつつも何事もなく今まで通りの日々を送っていたのですが、気がついたら見覚えのない場所――ここですけど――にいた、ということだそうです。
「こういう時ってあっちの世界では死んでて転生っていうパターンが定番なんだけど……。死んだ記憶はないんだよなあ。ただ単にショックで死ぬ間際の記憶が飛んだだけかなあ……」
 それは何というか……ご愁傷様としか言いようがないです。ショウさんのご冥福をお祈り……いや生きてますね。と言うか、ここはショウさんにとっての死後の世界なんでしょうか。
「とにかく。こんな形で本当に魔法使いになったわけだな」
「あら。魔法使いということは魔法関係のスキルを持ってるんですね」
「まあ、そんな感じ」
 この世界において、魔法は魔法スキルを獲得するかレベルアップで魔力の値が最低水準に達すれば使えるようになります。魔法スキルと言うのは、例えばファイアやエアブラストと言った基本魔法を最初から使える上に威力にもボーナスがつき、更にその上位魔法の習得難易度も下がるスキルです。魔法スキルを持っていればレベル1で魔法が使えますし、しかもスキルのおかげで高価な魔法石なしでも魔法を覚えています。成長も完全に魔法中心になるので魔法使いの道を進むことになるんです。
 魔法関係の他のスキル、例えば魔法攻撃力上昇などでもレベル2か3になれば大概魔法が使える魔力に至ります。スキルで魔法を覚えることはできませんが魔法石でヒールか安い攻撃魔法を覚えて魔法使いになります。この場合は戦士タイプが武器を買うように魔法石を買うお金が必要になります。さっき魔法系のスキルがあっても誰もが魔法使いになれるわけじゃないと言ったのはそのせいです。
 魔法系のスキルがなくてもレベル5くらいまでに魔法が使えるようになる人が多いので、できることを増やすために魔法を覚える人も多いです。でもレベル5を過ぎても魔力が足りないようならそれはもう脳筋成長タイプでしょうから、魔法はきっぱり諦めることになるでしょう。この世界の魔法はそんな感じです。
 アルさんは魔法を活かして一人旅をしてきたみたいです。昔はパーティを組んでいたようですが、持っているスキルを活かすのに固定のパーティはあまり向かなかったんだとか。
 この町にはまさに今日到着したばかりで、ここでご飯を食べたらひとまず今夜泊まるところと、次の町に行くための路銀を稼ぐ仕事とその間住める場所を探そうと思ってたそうです。そんな時に、体の中身はショウさんになってしまったわけですが、金銭的な事情に変化が起こるわけではありませんね。
「それならそろそろ新しい店員を探そうと思っていたところだし、この店に住み込みで雇ってやってもいい」
 ヨヴさんが救いの手を差し伸べました。話を聞いた限りショウさんは変な人だけど、悪い人ではない……ことを祈りたいですね。まあ、大丈夫だと思ったからこそのこの提案ですね。
「おお、それはありがたい……でも一応、どんな仕事か聞いても?」
「とりあえず、買い出しの手伝いと閉店後の掃除と皿洗い。あと一応夜間の店の見張りだな。まあ、それは普通に寝てていい」
「仕事というか住人としてヤサは守っておけという話っすね」
「ヤサ?うーん、まあそんなところか。で、どうだね」
「じゃあ、それで」
「買い出しっていうことは俺はその仕事から外れると?」
 朝の買い出しに行っていたトッシュさんが質問しました。
「いや。朝は今まで通りでいいんだ。昼の買い出しでもう少し仕入れの量を増やしたい。ゆくゆくは荷車も増やして朝の買い出しだけで済むようにしたいんだけどね」
 それはどうでしょう。その頃にはもっとお客さんが増えて結局朝も昼も荷車で買い出しに行くことになってそうな。とにかく、朝はヨヴさんとトッシュさんの二人で行っている買い出しは変わらず、昼間にヨヴさん一人で行っている買い出しの手伝いにショウさんが加わるってことですね。……私たちも午後はまた忙しくなる予感がしますね。
 そんなわけで、早速今夜から閉店後のお店にショウさんが泊まり込むことになったのです。

 翌日。
「おはようございまーす。……ショウさんは?」
「彼ならいないよ」
 いつも通りに出勤した私は、新しい従業員の姿がないのでヨヴさんに尋ねてみました。すると、もういなくなってしまったようです。まあ、泊まり込みの見張り役なんかをやるより金目のものをもってとんずらの方が手っ取り早い……。
「ちょっと試したいことがあるっていって朝早くに町外れに出かけて行ったよ」
 早合点でした。そういえばショウさんって昼の買い出しまではする事ないんですよね。朝の買い出しはトッシュさんが済ませてますし、開店準備くらいなら私にすら出番がありませんもの。何をしに行ったのかはよくわかりませんが、町の外に行くなら魔物と戦うんでしょうね。
「一人でですか?大丈夫なんでしょうか」
「昼間の町の近くならスライムとかゴブリンとか、弱い魔物しかいないさ。昨日の感じだと君たちでも楽に勝てるだろう」
 うーん。ショウさんは魔法使いなんですよね。ゴブリンごときに遅れはとらないか。
「そういえば、俺たちってレベルも上がったんだよな」
 そうでした。トッシュさんの言う通りです。それなら私でもゴブリンに勝てるんでしょうか。
「ちなみに昨日戦ったのはゴブリンじゃなくってゴブリンファイターだからな。ただのゴブリンはもっと弱い」
 あれより弱いんですか。じゃあ勝てますね。って言うかむしろ……。
「昨日の連中ってそんなに強い魔物だったんですか」
 そう、それ。トッシュさんはそんなのをパンチ一発で沈めてましたよね。すごいんですけど。
「ただのゴブリンよりは多少タフにはなっているが、それより武器を持っているのが大きいな」
 そう言えば、持ってましたね棍棒。あれで脳天を強かに打ち付けられて半泣きになった苦い思い出が。
 ただのゴブリンはひっかきと噛みつき、まれに投石で攻撃してくる程度だそうです。だからそれなりに武装していれば勝てるということになっているんだとか。
「だから一撃で倒したトッシュ君より殴られてケロッとしてるサラちゃんの頑丈さの方が異常なんだけど。防御系のスキルでも持ってるのかい」
「うっ。ま、まあそんなところです」
 防御系のスキル、持ってます。まあ、服を着ていると役に立たないスキルですけど。
 でも、本当にそうなんでしょうか?トッシュさんが食らって肋を折るような攻撃を頭にまともに食らって、たんこぶだけで済んでるのは確かに妙ですよね。それに他の攻撃も防御はしましたが、手や腕で受け止めただけなんですよね。それで何ともなかったからその程度なんだと思っていましたが……。もしかして、私のスキルって裸にならなくても恩恵があるんでしょうか。
 それは気になりますが、とりあえずお仕事です。あと、ショウさんも無事か気になりますね。ちゃんと帰ってくればいいんですけど。

 ショウさんはお昼前にちゃんと帰ってきましたが、浮かない顔です。
「芳しくない結果っすわ」
 まあ、その顔じゃそうでしょうね。お昼のピークタイムが終わって休憩に入ったら相談のためにも結果報告です。
「中の人が入れ替わってスキルまで一新されたみたいで……。ぼくは、って言うかアルはスキルに頼って魔法を使ってたせいで、今まで使えたはずの魔法が何一つ使えなかったっす。試し撃ちの相手がスライムでよかった」
 ちなみにショウさんの身体能力は体感的にアルさんだった頃から変化してなさそうなので、魔法使いなのは変わらないだろうとの予想です。
 それで、相談というのがまずはスキルや能力を確認できる神殿、次に魔法石を買える魔法屋の場所を教えてほしいとのことです。昼の買い出しのついでに寄ることになりました。
「魔法屋は私も行きたいです」
 いい機会なので私も手を挙げました。魔法屋は昨日手に入れたモンスタークリスタルの買い取りもしてくれるんですよね。お小遣いくらいにはなるでしょう。
「それなら俺の分も換金してきてくれない?」
「喜んで!」
 トッシュさんに頼まれちゃいました。というかお皿洗いをトッシュさん一人に押しつけることになってしまうので断れませんよ。そんな事情がなくても断りませんけど。
 と言うわけで、お昼の休憩をとらずに買い出しに同行します。まずは神殿でスキルの確認です。
「うわあ……。変わってるのは予想通りだけど、なんとまあソロに向かないスキル……」
 ショウさんは新しい悩みの種を抱えたようです。レベルや能力の値はアルさんのままだったようですが、スキル変化により成長率がどうなるのかも謎です。
 ところで、せっかくなので。
「私もちょっと調べていきますね」
「おや、どうしんだい」
「スキルについて、ちょっと気になることがあって」
 確認してみましたが……裸身防御スキル『裸だと防御力上昇』に変化はないですね。
「固有スキルかな。思ってもいない効果があったと言った所だろう」
「よくわかりますね。その通りです」
「よくあることだよ。固有スキルって言うのは短い概要説明文ではほぼほぼ説明なんかできてないんだ」
 ヨヴさんは元冒険者だけあってスキルについてもいろいろ学んでいました。と言うか固有スキル持ちっぽいですね。
 スキルについては未だに謎だらけで研究者も結論を出せていないのですが、時代とともにスキルそのものも進化しているらしいです。たとえば、昔はすべて固有スキルだったようですがある時を境に一般スキルというわかりやすいスキルが登場したり。その一方で割合は減ってもなくならなかった固有スキルはその昔『選ばれし者のスキル』『神の愛の証』などと言われて自慢できる物として扱われていましたが、結局使い勝手が悪いことが多いので最近では『試されし者のスキル』『神の実験台』なんて言われているとか。
 実験台と言われてしまうくらいにスキルの内容は複雑化しているのに、説明文は文字数制限でその内容を説明し切れてないそうです。そんな固有スキルはどうやらその人の強い願望を元に生まれるらしいです。イヤなことを聞きましたね。裸に関係するスキルなんてどんな願望から生まれたんでしょう。
 説明文の話に戻りますが、一般スキルの場合でも例えば攻撃力上昇スキルだってスキルレベルによって上昇率が変わるのに、どのくらいあがるのかは明記されません。しかも研究の結果、名前や説明文が同じスキルでも性質は人によってまちまちなのだそう。
 例えば攻撃力上昇スキルにもスキルレベルによって上がるのが上昇値のケースと上昇率のケース、つまり経験レベルが上がってステータスが増えると連動して増える場合とそうでない場合があり、スキル成長パターンも大器晩成タイプだったり先行逃げ切りタイプだったりと内容にぶれがあるとか。
 って言うか逃げきりって何なんでしょう。とにかく、どんな上がり方をしても攻撃力があがるスキルには違いないので書き方が間違ってるということはないんですね。
 さらにはなぜかスキルレベルについては確認する方法がないんですよね。いつの間にかスキルが育ってたりするそうです。使えば使うほど強くなるというのは確定してるみたいですが。
 まして固有スキルの場合など、最低限の情報すら書き切れてないのは一目瞭然。明記されていない仕様もあるし書かれている情報だって色々解釈できたりします。だから意外な効果が起こったりするみたいですよ。
「うんうん。ぼくもそれを期待して実験してみようと思ったんだよね」
 アルさんのスキルの説明通りなら、出来るかもと思っていたことがあったそうです。実験の結果、そもそも今まで使えていたスキルの効果すらなくなっていたのでどういうことか考え、いくつか浮かんだ可能性の一つが別人に変わってスキルも変わったというものだったそうです。そして、案の定だった……と。
「私のスキルも説明文から想像してた感じよりは融通の利く使いやすい物かも知れませんね」
 裸で防御力上昇と言っても、全裸になる必要なんてないんでしょうね。布の面積が少ないほど防御力アップ?それとも服を着ていない<部分>の防御力アップかな。
 後で試してみようかな、と思いました。

 次は魔法屋です。
「どうして魔法屋だけがモンスタークリスタルを買い取ってくれるんでしょうか」
「それは魔法石の材料がモンスタークリスタルだからだよ」
 ヨヴさんは物知りです。モンスタークリスタルのエネルギーを凝縮したものが魔法石なのだそう。と言うか冒険者の間では常識の話みたいですね。モンスターとも魔法とも縁がない一般人には関係ないので知らなくて当然ですけど。
「だからこそ、スライムで作れるウォーターとかゴブリンで作れるヒールの系統はそんなに高くないんだよ」
 そんなに高くないという割にはなかなかですけどね……。ショウさんはその二つをお買い上げですか。
 ヒールはもちろん回復魔法。魔法が使えるようになったらとりあえず覚えておくという人も多い基本的な魔法です。ウォーターは……水の魔法でしょうけどどんな魔法なんでしょうね。
「バケツで水をぶっかけるのと同じ効果がある攻撃魔法だね」
 ショウさんが教えてくれました。
「攻撃なんですか、それ」
「ちょっと怯ませたりよろめかせたり、濡れて動きづらくなったりという効果があるよ」
「微妙じゃないですか、それ」
「うん、微妙。だから水の魔法が欲しければ一段階上のドラウンを覚えることが多いよ。あえてウォーターを覚えようという人もいないし、魔法石もあまり作られないからプレミアがついて高額になる。……ついて、これだけど」
 ヒールの方が高いですよね。
「同じ50匹分だけどスライムとゴブリンの差はいかんともしがたいさ」
 ヨヴさんがそう言って笑います。まあ、動ければ勝てると言うモンスターと武装してなきゃ危ないモンスターが同じなわけがないですね。って言うか、50匹分?
「と言うことは、ゴブリンのモンスターのコアってヒールの魔法石の50分の一の価値ですか」
 魔法石の値段はなかなかですが、その50分の一だと大分安いですよ。
「魔法屋の利益の分も忘れちゃいかんぞ」
「そういえばそうですね。それじゃあせっかく持ってきたこのモンスターコアも大した金額になりませんか」
「大した差ではないが、それはゴブリンじゃなくてゴブリンファイターのモンスターコアだ。ただのゴブリンの倍の価値がある。ちなみにこのゴブリンリーダーなら5倍になる」
 魔法石への必要数も価格に反比例して減っていくんだそうです。ゴブリンファイターのモンスターコアなら25匹分でいいんですね。
「そのくらいなら割と簡単に集められそうですね」
「バカなことを言っちゃいけない。ゴブリンファイタークラスは本来なら森の近くに行かないと遭遇できないし、普通の冒険者にとっては強敵だ。こんなところで出会うのも非常事態だし、丸腰で戦ってどうにかできる方がおかしいんだよ。私だって武装なしで横入りする気にはならなかったしね」
 トッシュさんが投げ捨てたナイフを拾ったからこそ、ヨヴさんが活躍できたんですね。あのナイフを投げ捨てた時は何やってんのって思っちゃいましたけど。
「それを素手で倒しちゃったトッシュさん、すごいですね!」
「素手で攻撃を受け止めて頭で弾き返す君も十分すごいと思うよ」
 ですよねー。やっぱりスキルが効いてるんでしょう。あとで、ヨヴさんにスキルについても聞いてみようかな。
 持ってきたモンスタークリスタルもまとめて換金します。
「聞いたよ、ゆうべ千客万来亭の近くで魔物騒ぎがあったんだって?」
 ヨヴさんは魔法屋さんとも顔見知りのようです。まあ元冒険者ならそうでしょうね。
「近くどころか店の中にまで乗り込んで大騒ぎになったよ」
「まあ、あんたならちょいと片付けられただろうさ」
「下っ端は私が出るまでもなく店員たちが始末したがね」
「へえ。なかなかやるね。そのコアはその時のものかい」
「そういうことだ」
「じゃあ早速買い取ろう」
「あ、一緒にこれもお願いしまーす」
 ショウさんが二つほどコアを取り出します。
「あいよ。……何だ、スライムか」
「今のぼくじゃスライムに勝つのもギリっすよ……。ウォーターを覚えたところで何かに勝てるようにはなりやしないけど」
「そんなこたあない。あれがいるじゃないか」
「あれ……?ってもしかして、夜のあいつらっすか。確かにウォーターは効くけど先手を取れなきゃ最悪死ぬでしょ。一緒にいるゴーストもヤバいし」
「まあそうだけどね」
 ゴーストと一緒にいるっていうと、ウィスプですね。火の玉のモンスターなので水は効きそうです。
「じゃあ、その可能性も視野に入れると仮定して、覚えたばかりでちょっとアレなんですけど、熟練度のチェックしてもらってもいいっすかね?えーと、スキル的な事情がありまして」
「それは構わないが……相当変わったスキルを持っていそうだな」
「ええまあ、へへへへ」
 他人のスキルについての詮索は避けるのがマナーなのでこの話はここまででしょうね。
「……どんなスキルを持っていれば覚えたばかりの魔法の熟練度がこんなに高くなるんだよ」
「うへへへへへ。いやあ、熟練度が残ってて嬉しいから特別に教えちゃう。実はこの辺の魔法は普通に使えてたんだけど、スキルの関係で覚え直す羽目になっちゃってね。熟練度だけでも残っててよかった」
「……なんか、不便そうなスキルだな」
 スキルが不便というよりはスキルが変わっちゃったんですけどね。それにしても、熟練度は残ってたということはあの眉唾物の話も本当だったということでしょうか。
 とにかく、ゴブリンのモンスタークリスタルを買い取ってもらいました。パンくらいは買えそうな金額です。ショウさんのスライムは……飴くらいは買えそうですね。
「さすが二束三文だぜ……」
 謎の言葉が出ました。安いという意味だそうですよ。
「毎日相当倒さないと生活費になりませんね……。冒険者も大変です」
「しかも草原のゴブリンなんて相当歩き回ってようやく見つかる感じだからね。ゴブリンの場合はドロップする薬草も集めて売ればまあまあな額になるからそれでどうにか生計を立てつつ、レベルが上がったら森でキャンプしてもっと強い魔物を狙う感じだ」
 町から離れた草原のホーンバニーでもいいけどあまりおすすめじゃないとのこと。いや、おすすめの魔物を聞いても仕方ないですけどね。
 と思っていたんですけど……割とすぐにその考えを改めることになるのでした。

 用は済んだので買い出しを終わらせてお店に帰ります。まかないを食べて皿洗いですが、つき合ってくれたお礼も兼ねてショウさんが粗方引き受けてくれました。一人暮らしが長いので、家事全般まあまあこなせるそうです。お店の仕事も即戦力ですね。
「せっかくウォーターの魔法を覚えたんだ。皿洗いの水くらい魔法で調達してやんよ」
 その手もあるんですね!割と知られていないけどウォーターの魔法の水質はある程度コントロール可能だそうです。何も考えずに使うと出てくる水にばらつきがあって、たまに沼とかドブの臭い水がでることもあるとか。飲み水が欲しいときは浄化オプションをつけると量が減る代わりきれいな水が出るそうです。逆に意図的に汚い水も出せるそうですが、近場で調達できる場合に限られるみたい。
「だから外のドブに行って<水質:皿を洗った排水>指定でウォーターの魔法を使うとこの皿を洗った水をドブに捨てられる……かも知れない」
 よその家の排水を引っ張ってこなければ、だそうです。
「その使い方は面白いね」
 ヨヴさんも感心していますが。
「まあ、そんなもったいない使い方するには魔力にもうちょっと余裕が欲しいっすね。疲労度的に普通にバケツで運んだ方が楽っしょ」
「ウォーターに水質オプションなんてあるのも初めて聞いたよ。割とよく臭い水が出るってのは聞いてたけどね」
 これもよく知られていることだそうで、おかげでウォーターの人気が下がる原因になってるんでしょう。
「火属性の自動消火や延焼抑止オプションと同じで、条件を満たしてから希望しないとつけらんないみたいっす。攻撃用ならみんな水質より放水圧を優先しますし、そもそもウォーターが不人気魔法ですからねー」
 オプションと言うのは、魔法を使いこんでこなれてくると魔法に特殊な効果がつけられるそうです。火属性の自動消火ならまさに用が済んだら速やかにその火を消せるようになり、延焼抑止なら狙った物しか燃えないようになると。あの阿呆使いが店の中でぶっ放した炎の魔法も余計なものは燃やしてませんでしたもんね。
 ウォーターの魔法で出る水は飲めないと言うのが通説だったので、飲み水目的で習得する人もいません。攻撃魔法としても役立たず、飛ばして上のランクの魔法から習得する事も多いのはさっき聞いた通り。ウォーターを覚えても出番は限られてオプションを選べるところまで熟達する人は滅多にいません。
「僕っていうかアルがウォーターの水質オプションを見つけたのも、ウォーターの水は飲めないとは言ってもたまに飲めそうな水も出るので、飲めるのが出たらいいなと運試しみたいに使ってたんすわ。そしたらある日水質選択オプションが解禁になって、飲み水を出しまくっていたらさらに浄化までできるようになったんす」
 それまで近くに濁った池や沼みたいな飲めない水しかない時は、脳内に現れた確保可能な水質リストをそっと閉じていたそうです。
「このことが知れ渡ればウォーターの魔法も人気が上がるんじゃないですか?」
「どうだろうね。メリットの割にそこに到達するまでのハードルが高すぎるし」
 効果の割に高額な魔法石、実戦で無さすぎる出番。余った魔力で空撃ちしてこつこつ鍛えてようやく到達するオプション。そのために必要なある程度の冒険者レベル。水筒を買って井戸水を詰めて煮沸して飲めば十分なのを、毎回の手間を省くために乗り越えたい苦行なのか。ここまでしてでも飲み水を確保したい人はあまりいないでしょうね。
 そう思っていたのですが、次の一言で心が変わります。
「裏技として、<水質:尿>でそこいらの茂みにぶっ放すと漏れそうなときでもすっきりできる」
「覚える価値大ありじゃないですか!……そこら辺で立ってできる男の人たちには理解してもらえないかもですけど!」
 俄然興味が出ました。パラメーター的に次のレベルくらいで魔法が使えるようになりそうなので覚えてみてもいいかも!……そんなお金余ってないですけど。
「いろいろなことを思いつくな……」
 ヨヴさん、感心してると言うよりは呆れてますね。
「アルは一人旅を続けていて、最初こそ魔法を駆使して戦ってましたけど、それで稼げるわけでもないし危ないし面倒だしで、逃げたりやり過ごしたりする方が多くなって、結局魔力が余りだしたんでくだらない用途に使いまくってたんすよね」
 ただでさえ冒険者くらいしか魔法を覚えません。まともに使いこなすにはレベルを上げて魔力を高めないとならないからです。それでも割とかつかつの魔力を戦闘以外に使う余裕がないので普通は戦闘に関係ないオプションに気付かないんですね。
「すると、とりあえずレベルは上げておきたいですね。スライムやゴブリンでどのくらいまで上げられるでしょうか」
「いろいろな要素をあわせるとレベル3まで上げるのも厳しいんじゃないかな」
 レベル3となると必要な経験値もそこそこ多くなり、こんな雑魚では相当倒さないといけません。そしてスライムやゴブリンの出没する草原地帯は魔物の数がそもそも少なく、町の近くだとそれが如実に顕著。その少ない魔物をひよっこ冒険者が取り合っています。彼らは戦いに慣れないので危ない魔物に挑む勇気はなく、安パイの魔物は奪い合い。そんな状況なのでひよっこを抜け出すのすら一苦労だそうです。
 勇気を出しパーティを組んで森に行くというのがレベルアップの近道だとか。――死ななければ。
「森ほどじゃないがいい狩り場がなくはない」
「そうそう。しかもそれが今の僕向けだったりしますよね」
 それは夜の草原。ゴブリン・スライムに加えて、ゴーストやウィスプが出現します。ゴーストは幽霊っぽい感じの魔物です。あくまでも幽霊ではないんですね。
 ウィスプは火の魔物でショウさんが使えるウォーターの魔法が弱点というある意味貴重な魔物です。逆に言えば他に有効な使い道がないウォーターを覚えてないと不利なので、普通は夜に出歩くことを避けるそうです。ほかにゾンビやスケルトンも稀に出ますしね。
「ゴーストは物理攻撃が効きにくいけど効かない訳じゃない。魔法ならウォーターでも効くし総攻撃すれば倒せないことはないよ。ゴブリンよりは手強いかもだけど……」
 レベル1でもパーティなら勝てる。一匹を取り囲めばもちろん、バランスのいいパーティなら同数の敵を相手にしてもなんとかなるようです。レベル2ならちょうどいい狩場だろうとのこと。
「この二人はコンビでゴブリンファイター2匹を倒してたぞ」
「マジっすか。じゃあ余裕じゃん!そうだなあ……じゃあ今度の定休日前の夜にでも一狩り行こうぜ!」
 なんか勝手にトッシュさんまで巻き込まれてます。まあ、まだよく知らない男の人と二人きりよりはずっといいんですけど。

 さて。まだ本決まりでもないですけど、魔物狩りのパーティを組むとなるとお互いのスキルを把握しておくのは基本中の基本です。まあ、最低限を伝えておけばいいので乙女として裸がどうこうというのは内緒ですよ。
「僕の新しいスキルは仲間のスキルを強化するスキルだそうだよ。ソロじゃ役に立たない」
「俺は素手での攻撃が強化されるスキルだ」
「素手?それって珍しくない?」
「珍しいな。私も初めて聞いたぞ」
 槍や剣といった武器指定の攻撃強化は珍しくないそうです。それなら素手だって普通にあってもおかしくなさそうなものです。でも、珍しいんだとか。
「この世界は格闘技とかないし、魔物相手に格闘とか危ないもんな」
 ショウさんの言葉にトッシュさんも頷きます。
「それでゴブリンファイターをパンチ一発で沈められたんですね」
「そういうこと。まあ俺は日頃から食材を相手にスキルを活用してたけどな!」
 野菜を素手で粉砕してたのはただの馬鹿力じゃなくてスキルだったんですね。
 そして、私の秘密を口にする時が来てしまいました……。まあ、乙女の裸については全力でぼかしますけどね!
「私のスキルはまだ正確な効果を把握できてないんですけど防御関係です。手で攻撃を受け止めて大丈夫だったのもそのおかげですね」
「まさかの二人とも格闘系なのか……?」
「格闘って感じじゃないですけど……。攻撃はできませんし」
 そういえば、武器とかどうしましょ。
「防御が得意で攻撃不得意なら攻撃は他の二人に任せて敵の攻撃を受け止めながら防御に徹する壁役という手もあるね。それこそ手をフルにガードで使えるし。あと、ウィスプにせよゴーストにせよ、ナイフより棍棒の方が効きやすい。ぼくが最初に組んでたパーティもそいつらは剣じゃなくてシールドバッシュで散らしてたよ」
 よくわかりませんが、シールドでばっしゅって感じでやるんでしょう。
「本当に行く気があるなら、いいものがあるぞ。棍棒より効きのいい武器だがタダでくれてやってもいい」
「本当ですか!ヨヴさん太っ腹です!」
 そして、ヨヴさんが持ってきたのは……錆びだらけのフライパンです。捨てようと思ってたけど面倒だったって感じの打ち捨てられ感です。
「……穴が開いてます」
 よく見なきゃわからない程度の穴ですけど、鍋としては致命的ですね。
「いいっすね。ゴーストにもウィスプにも効果覿面だ!」
 そうなんですか。そうは見えないんですけど。こんなので魔物と戦えるんでしょうか……。なんか不安です。せめて、問題のスキルくらいはしっかりと把握しておかないといけませんね。

 ようこそ、私のおうちへ。安い下宿なのでちょっと恥ずかしいですけど、今の格好よりは恥ずかしくありませんよ。今ちょうど、シャワーを浴びてバスタオル一枚になっています。
 それにしても、今日は色々忙しかったなあ。昼にお出かけしたのもそうですが、お店もいつもより混んでました。従業員が一人増えましたけど、早々にもう一人くらい増えそうですね。そろそろ女の子も増えて欲しいなぁ。
 それより、ちょうど裸になっているのでいろいろ試してみますか。帰り道にとげとげの草を見つけたのでこれを使います。見るからに痛そうですが素手でむんずと掴んでぶちっとちょんぎってやりました。見た目だけのこけおどしですか、そのとげは。
 体のあちこちに直に押し当ててみますが痛くも痒くもありません。バスタオルの上からも押し当ててみます。
「あいたたたた」
 痛くて痒いです。思わず投げ捨ててしまいました。今度はしっかり服を着込んだところで、手や顔にとげとげ草を押し当ててみますが痛くはありません。やっぱり服を着ていても肌が出ているところはスキルで守られている感じがします。
 検証としてはこれで十分な気がしますが、ふと思いついたので一つ試してみました。服の中にとげとげ草を放りこんでみました。……何ともないです。服の中からの攻撃は裸で受けてる扱いになるみたいですね。冷静に考えて、それが何の役に立つのか謎ですが。服の中に入り込んできた虫に刺されても大丈夫、とか?入り込まれたくもないですけど。
 この検証結果も踏まえて冒険の準備をすることにしましょうか……。