役立たずスキルが化けました

1.裸の女・下着姿の章

 異世界のみなさんこんにちは、初めまして。まずは自己紹介から……いえ、それよりこの世界についてお話しした方がいいですね。
 私たちの世界に名前はありません。世界はここしか無いということになっているので、他と見分けるために必要な世界の名前なんてものは無いのです。みなさんの世界だってそうでしょう?
 この世界では魔物が現れます。危険な魔物に対抗するため、人間は『スキル』を獲得します。多くの場合、魔物と戦うときにスキルが役に立ちます。多くの場合というのはあまり役に立たないスキルもあったり、役に立つスキルを持っていても魔物となんて戦わないという場合ですね。誰だって、必要が無いなら危険な魔物になんて関わりたくないですもん。
 もちろん、戦い以外にだってスキルは使えます。戦い向けのスキルだって、例えば攻撃力増加スキルでサクサク薪割りができたり包丁捌きがよくなったりしますし、防御系スキルだって事故の時の怪我を減らしてくれて生きやすくなりますしね。
 えーと。他にも色々あるんですけど、実を言うと私はそんなにスキルに詳しくないんですよね。大体の人がそうだと思いますよ。だって、自分のスキルだけ解っていればいいじゃないですか。魔物と戦う人なら仲間を集めるために多少は調べてみたりはするらしいですけど、私は違いますからね。
 と、こんなところでいいですかね。では……申し遅れました。私はサラケーダ・セラタインと申します。17歳です。サラと呼んでくださいね。
 この世界にはかつてフルネームを呼ぶとその人を操れるスキルなんてものもあったらしいので、知らない人が多い公共の場では愛称を使うのが通例なんです。とは言え、そんなスキルは精々「ちょっとそれ取って」くらいのお願いを断れなくなる程度で、命や尊厳に関わる承服できないような命令まで従わせる力はないですけど。え?それならなんでフルネームを教えたのかって?だって、皆さんは大丈夫ですよね。スキルなんて無いでしょ?
 え。私のスキルですか。言わなきゃダメ……ですよね。でも、ええとですね、戦いたくない人でも有用なスキルを持っていると知られてしまうと戦闘パーティが引き込もうとします。それこそ酷い場合には脅したり弱みを握ったり、何でもありで。だからスキルを隠している人から無理に聞こうとするのはいけないんですよ。
 言わなきゃダメですか……解りました、白状します。私のスキルは全体の1割くらいの確率で発生する固有スキルと言うタイプのもので、『裸身防御』スキルと言います。スキルの説明によると「裸だと防御力上昇」だそうです。言いたくない理由が解りましたよね。乙女なのに、裸にならないと意味のないスキルです。魔物狩りのパーティになんか組み込まれたら裸で戦えって言われるに決まってます。嫌に決まってます。
 でもまあ、いいんです。戦わなければスキルに頼る必要もないですから。スキルによっては日常生活に使えるものもいろいろありますしね。ええ、もちろん私のスキルは日常生活にもまるで使えませんけど。

 そんなわけで、私は戦わない人生を選びました。実際の所、戦いの道を選ぶ人なんてそんなにいません。魔物は怖いですからね。正義感が強いとか、戦いが好きとか、弱いものいじめが好きとか。そういう理由がない限り魔物と戦う道はあまり選ばないですよ。まあ、だからこそ有用なスキルがあると知られるとあの手この手で勧誘されるわけですけど。
 私は今、小さなレストランで働いています。店長と料理人さん、そしてウェイトレスである私の三人だけの小さなお店です。小さいお店の割には結構混んだりします。料理とかを考えても繁盛するほどのお店だとは思えないんですけどね。ウェイトレス兼看板娘である私の魅力でしょう。……調子に乗りました。謝りますのでそんな目で見ないでください。
 まあ、立地がいいのかも知れませんね。よくわかりませんけど。
「ふぅー。やっとランチタイムが終わりましたぁ〜……」
「そうだねえ。じゃあ私は買い出しに行ってくるから」
 店長のヨヴさんです。数年前にこのお店を開いたそうです。最初は一人で細々と経営していたようですが、割とすぐに手が足りなくなったようで店員募集の張り紙を出したみたいですね。
 それで入ったのが私です。あのころの私は例のスキルが判明したばかりでスキルを役立てられるような仕事なんてのも期待できそうにないのでちょっとどうでもよくなってましたね。役に立てられる仕事なんて、風俗ですか?ふざけないでください。とまあ、そんな感じでした。
 すぐに仕事にも慣れて楽になる――と思っていたのは最初だけでした。仕事には慣れましたよ。でも楽になったかというと……。お客さんがどんどん増えていったんですよね。私の魅力のおかげです。……調子に乗りました、ごめんなさい。
 増えていく最中だから私が雇われたんですもんね。人手不足でキャパシティーオーバーだったのが解消されて、今まで入れなかった分のお客さんが更に入ってきたんでしょうね。
 ヨヴさんが買い出しに行っている間に私はランチタイムの洗い物です。サラだけに皿洗いです。……もう少しウケると思ってました。ごめんなさい。
 洗い物の半分くらいはヨヴさんが済ませてくれているので残っている量はそれほど多くありません。この仕事が終わればお昼の休憩です。料理人のトッシュさんがまかないを調理してくれています。彼にとってもこれが昼の部最後の仕事です。
 このトッシュさん、料理がちょっと豪快すぎるきらいがありますね。最初の頃はよくそれで怒られていましたが、最近はむしろそういうのが求められる作業は彼の担当と言う感じになっています。手っ取り早いんですよね。ガポチャを手でベキョッと粉砕したり、キャペシやルタヌもあっという間にバラバラに。
 形に拘らない工程には本当に強いです。腕力が強いのかというと、そういう感じじゃないんですけどね。たぶんスキルが関わってそうなのであまり詮索しません。スキルのことを聞いたら、こっちも聞き返されかねませんもん。絶対に秘密です。
 最初はヨヴさん一人で経営していたこのお店ですが、注文を聞いたり料理を運んだりする店員が欲しくなり私が雇われました。そしてすぐにそれだけじゃ足りなくなって料理人も募集することになったんです。
 レストランにとって料理は店の顔。料理の味が変わってしまうかも知れない料理人の新規採用にはヨヴさんも慎重でした。そして常連さん何人かに意見を聞いたんですね。
「そこそこ安く腹一杯食えりゃ何でもいいぜ!」
「まずくなるとは限らないし、可能性に賭けてみてもいいんじゃないか」
「そんなことより可愛いウェイトレスをもっと増やしてください」
 最後の人、私の可愛さじゃ不満なのか、私みたいな可愛いウェイトレスがもっと見たいのか。どちらか気になるところです。まあそれはどうでもいいでしょう、私以外には。
 とにかく、そんな感じだったので結局新しい料理人を雇うことになりました。それがトッシュさんです。若いお兄さんで、この人が雇われたと聞いたときはヨヴさんグッジョブ!ってなったくらいにはかっこいい人です。おまけに今みたいにちょくちょく二人きりにして店を開けたりするのも気が利いていると言うしかありません。心からグッジョブ。トッシュさんがそこそこイケメンじゃなかったらきっと、乙女をこんなところに取り残して何してくれてんのとか思ってたんでしょうね。
 でもまあ、別にいい雰囲気になったりしないんですけどね。悲しいことに。
 トッシュさんは味に影響の出ない下準備や新メニューを担当することが多いので、結局思っていたほどお店の味には影響しなかったみたいです。むしろ新メニュー目当ての新規層が増えたかも。トッシュさんのメニューは安くておなかいっぱいの大盛りメニューですね。
 トッシュさんはちょっと前まで別のお店で働いていたみたいですが、お店がなくなっちゃったらしいです。閑古鳥とかそういう理由ではなくて、建物の老朽化もあってもっと都会の方に引っ越すことになったのですが、雇われて二年目くらいでさすがにそれについて行く気にならなかったとか。私もこの店が別の町に引っ越すとなったら、ついて行くかどうかは微妙ですもんね。
 そして今に至ります。ピークタイムには連日満席、人手はいっぱいいっぱいです。そろそろまた新しい従業員が欲しい感じです。あるいはいっそもっと広い店に引っ越すとかもありそうですね。
 いや、引っ越しはまだまだ無理でしょうか……?お店は繁盛していて儲かってはいるんです。でもそういうお店の宿命なんでしょう、ちょくちょく泥棒に入られるみたいで……お金は貯まってないみたい。最近は防犯対策にも力を入れていて、それにもお金がかかっていたり。
 でもそのおかげで泥棒に入られることはなくなりました。扉を開けようと四苦八苦しているところを警備兵に見つかったり、警報トラップに引っかかって追い散らされたり……泥棒が来なくはなってないんですよね。だから巡回の警備兵もよく来るようになったみたいですよ。
 お店が繁盛したおかげで、毎朝市場で仕入れている材料だけでは足りなくなりました。そこでさっきのようにヨヴさんがランチタイム終わりに足りないものを近くのお店で仕入れることになりました。朝のうちに必要な量を仕入れればいいのにですって?もちろんそんなことは考えましたとも。でも運ぶ人数的に無理なんです。
 これでも運ぶのが男二人だからだいぶ多くなった方です。トッシュさんが入る前は私とヨヴさんで運んでいました。若くても非力な女の子なんですよう。大変でした。でもいいダイエットにはなったかな。お腹や二の腕の脂肪はずいぶん減りました。体重は増えましたけどね、筋肉で。脱ぐと強そうに見える、スキル通りの感じになってました。嫌ですね。
 トッシュさんと交代になった時は大喜びでしたとも。でも今なら朝の買い出しに復帰してもいいかなと思わないでもありません。
 トッシュさんと二人きりで……もいいけど、さすがにそれはきついかな。だって今はあの頃より荷物の量が増えてますからね。トッシュさん、力もあるけどメニューが安くて大盛り路線なのでその分食材が……ね。ならば三人で行くのが妥当という感じですが、その必要はないんです。何せ荷車の方にこれ以上載らないので。荷車を増やすという手はありますけど……。まだその気はなさそう。
 まかないの支度が終わってトッシュさんが皿洗いを手伝ってくれます。手が滑りやすいのか力加減が難しいのか、最初はよくお皿を割ってましたが革手袋を使うようになってからは順調です。
 ドキドキで幸せな時間ですが、手伝ってくれているおかげであっという間に片付いてしまうのが残念。でも私だっていろいろ上達するんですよ。ヨヴさんが帰ってくるぎりぎりくらいまで一緒にお皿を洗える絶妙なペース配分なんかもね!

 そうこうしているうちにヨヴさんも戻り、みんなでまかないをいただきました。
 ヨヴさんが夕方の仕込みをしている間、私とトッシュさんは休憩です。その後はヨヴさんが休憩して二人で開店準備。元々は昼前から夜までお店を開けっ放しにしていましたが、それだとちょっといやだいぶ大変になってきちゃったので昼と夜の間に一度閉めるようにしたんですよ。その代わり夜はちょっとお酒を飲めるようにしてみたんです。休憩はとれましたが、ますますお客さんが増えました。まあ、いいことですよね。
 夜のお客さんは酔っぱらいとかちょっとたちの悪い人もいます。でも大きなトラブルはそれほど起こりません。
 気が大きくなっただけのスケベ親父とかは、目の前でトッシュさんがガポチャを潰してやると大人しくなります。そんなのが通用しない冒険者も、この店では無闇に暴れたりしません。冒険者というのは他の冒険者が評判を落とすようなことをすると黙ってないんです。自分の評判まで下がっちゃいますからね。
 それでも中途半端なのが、周りに新米しかいない時に調子に乗ったりはします。大体その新米が強い人にチクって制裁されますけど、ここではそれ以前の問題なんです。
 だって常連客にベテラン冒険者パーティがいますからね。ヨヴさんの古い知り合いだそうです。もう歳で衰え始めてはいますが、弟子には強い人もいるみたいですから、この人たちの前で悪い事はできないでしょう。
 でも、今日はまだ来ていないようです。そして、こう言う時に限ってろくでもない事が起こるものなんですよね。この夜もそんな夜だったようです。

 今いるお客さんはたまに来る商人三人組とへっぽこ冒険者チーム、旅人風の見かけない人。割とよく来てくれる進展が順調そうではある地味な二人のカップルと早食い土木メンはさっき帰りました。
 急に店の外が騒がしくなりました。悲鳴が聞こえた気がします。
「何でしょう?」
「さあな。痴漢でもいたんじゃないか」
 商人さんはあまり気にしてないようですが、一人物好きの方がいて様子を見に行きました。そして慌てて戻ってきます。
「大変だ、魔物が暴れているぞ!」
 それは本当に大変です。ここは町の繁華街、魔物がいつ現れてもおかしくない町外れとは違いますから。町の外で生まれた魔物がここまで来たとは思えません。であれば、町の中で生まれたと考えるべきでしょう。
 詳しいことは知りませんが、魔物の発生について異常が起こっているらしいです。元々魔物はどこででも生まれうるのですが、その時は一旦モンスターエッグというものが発生して、それがある程度の時間で成長して魔物になるらしいです。多くは人の頭くらいの大きさで、変な音や不気味な光、不快な臭いなどを振りまくので結構目立ち、町の中ではだいたいその状態のうちに駆除されます。たまに見落とされた分から魔物が湧くんですね。
 目立たないところでひっそり育つような魔物は数も強さも問題になりませんが、近頃起こっている異常のせいで時たま強力な魔物が突然町中に現れるそうです。
 原因はまだ分かっていません。そしてそんな状態が五十年以上続いているんだとか。大体の人は生まれた時からこの状態ですから、この異常だという状態が日常になっちゃってますけどね。
「魔物!?何の魔物だ!?」
「とりあえず、ゴブリンがいっぱいいたぞ!」
 ゴブリンは、動ける人間なら勝てる程度の強さであるスライムよりも強く、武器を持った人間なら勝てるという魔物です。武器といっても棒きれとかじゃ厳しいでしょう。冒険者なら問題ないでしょうが一般市民には危険です。
「どうやら俺たちの出番のようだな!」
 そういって食事中だった冒険者チームが立ち上がりました。そして颯爽とお店の外に飛び出していきました。かっこよくて頼もしいです。さっきはへっぽこなんて言ってごめんなさい。でも、なんとなく……この人たち、魔物を倒した後も戻って来ないんじゃないかな、なんて思ったり。
 まあ、どさくさで食い逃げされても魔物さえちゃんと倒してくれれば、今日の分はおごりだったという事にして許してあげてもいいでしょう。魔物も無視して逃げ出したら……一応顔は覚えておきますね。ちゃんと戦っているか見たいところではありますが、流石に扉を開けて外を見るのは危険でしょう。
「ゴブリンが何匹もいるなら、ゴブリンロードかゴブリンキングが率いているかも知れないな。だとすると、あの兄ちゃんたちじゃ歯が立たないぞ」
 ヨヴさんがボソッと呟きました。ゴブリンロードと言うのはゴブリンをまとめるボス的な存在で、ちょっとした強敵だと聞きます。ゴブリンキングと言うのは初めて聞いたかも知れません。聞いたこともないって言うことはもはや私達みたいな一般市民とは住む世界すら違う存在でしょう。何せキングですもんね。
 食い逃げの心配をするよりあの冒険者さんたちの無事を心配した方がよさそうです。ちょっとドキドキしながら少し待っていると。
「ぎゃあああ!無理無理無理無理!」
「あんなに多いなんて聞いてないって!」
 などと言いながらお店の中に逃げ戻ってきました。やっぱりへっぽこで上等だったようです。
「そんなにいたのか」
「全部で二十くらいはいたんじゃないか?何匹か始末したけど、流石にこっちの人数より多くに囲まれちゃヤバいよ」
「俺たち以外にも冒険者のチームが対応に当たってたし、ボスは『鉄と氷』が相手にしてたから多分大丈夫だと思う」
 あ。その『鉄と氷』って言うのがさっき話した常連のベテラン冒険者チームですね。来ないと思ったら外で騒動に巻き込まれてたみたいです。でもまあ、話を聞いた感じ大丈夫そうです。
 と、思ったのも束の間。お店の扉が開いてなんとゴブリンがお店の中に入ってきちゃいました。逃げるへっぽこ冒険者さんたちを追いかけてきた連中みたいです。
「ちょーっ!何で鍵を閉めないの!」
 商人さんが喚き立てました。全くもって同意です。これじゃほぼほぼゴブリンを連れてきただけです。外で何匹か倒してきたというのでへっぽこ返上も考えましたが、やっぱナシです。
「何とかしてくださいよ!」
 チームへっぽこも追い込まれているので戦わざるを得ません。というかこれで逃げたら逃げ延びても制裁決定ですし。まあ、へっぽこチームがゴブリンをここに連れてきたり逃げ出したりしたのをだれも見ておらず、このお店の他の人が皆殺しにされて誰一人証言できなければ制裁はないかも。あれ?ゴブリンを倒すより私たちを皆殺しにして裏口から逃げる方が簡単なんじゃ……?
 いや、さすがにそこまで腐ってはいませんでした。ちゃんとゴブリンと戦ってくれています。冒険者は四人組で魔法使いが一人と後は戦士。ゴブリンは棍棒ゴブリンが三匹と剣を持ったゴブリンが一匹。数は互角ですが、剣ゴブリンがゴブリンリーダーという強めの敵らしく二人掛かりです。魔法使いは戦士が動きを止めている敵を攻撃するのが基本なので、戦士が二人足りません。後から聞いた話ではゴブリン程度なら一人で二匹を相手にしながら魔法で攻撃してもらうという戦い方もできるようですが、それでも数が足りませんね。大ピンチです。
 こうなると調理場からナイフを持ったトッシュさんが出てきて戦ってくれればいくらか足しになるのかな、と。調理用ナイフだって武装と言えなくないですから。
 あんまり期待はしていませんでしたが、トッシュさんが出てきてくれました。でも戦うのはちょっと心配ですね。
 その時、ゴブリンたちに魔法の炎が襲いかかりました。建物の中で火を使っても、燃やしたくない物は燃えない。魔法って便利ですよね。おっと、そんなことを暢気に言ってる場合ではありません。魔法に怒ったゴブリンたちが魔法使いを狙って動き出しました。リーダーともう一匹は戦士たちに阻まれましたが、二匹が走り始めます。魔法使いさん、危ない!
 魔法使いさんは落ち着いて行動し、私の陰に隠れました。ちょっと、こっちに来るじゃないですか!しかしこの行動も決して間違ってはいないのでしょう。今ここで戦えるのはこのパーティくらい、魔法使いさんが脱落してしまえば戦況は不利になり全滅もあり得ます。それなら役に立てない一般人一人を犠牲にして勝機を繋いだ方がいいに決まってます。犠牲になる身としてはたまったものじゃないですけどね。
 二匹のうち、前にいたゴブリンが私に向かって棍棒を振り上げました。戦えない小娘程度の脆弱な障害物は避けていくより粉砕した方が早いですよね。でも私だって簡単に粉砕されてなんてやりません。棍棒をグーで弾き返してやります。手が痛いです。
 もう一匹のゴブリンも棍棒を振り上げてます。防御が間に合わない!トッシュさんがこっちに猛スピードで駆けてきました。そして、手に持っていたナイフを――何で投げ捨てちゃうんですかぁ!
「サラちゃんによくも!」
 そう言いながら、まだ何もしていない方のゴブリンを殴ります。まあ、そのパンチが当たる頃には私の頭は棍棒を受け止めていたので強ち間違いじゃないでしょう。痛すぎて涙が出てきました。でも、トッシュさんに殴られたゴブリンはもっと悲惨です。錐揉みしながら壁まで吹っ飛んで叩きつけられました。すごいよトッシュさん、思ってたよりずっと強い!
 先に攻撃してきたゴブリンがトッシュさんの脇腹を棍棒で打ち据えました。吹っ飛ばされたトッシュさんにゴブリンが歩み寄ります。危ない!私はゴブリンに拳骨を食らわせます。あんまり効いてないようですが、気を逸らすくらいのことはできました。
 こうやって私たちが頑張って時間稼ぎをしているのに、冒険者特に魔法使いは何をぼーっとしてるんでしょうね。なんかもうさん付けで呼ぶのすら馬鹿馬鹿しくなりましたよ。
 ゴブリンが私に向かって棍棒を振り上げます。手でガードです!ちょっと痛い!でも頭で受けるよりずっとましです。何度か棍棒で攻撃されましたが全部キャッチしてやりました。とろい上に攻撃が分かりやすいです。
 その間によろよろとトッシュさんが立ち上がり、背後から忍び寄ってゴブリンの頭を鷲掴みにし、テーブルに叩きつけました。すごいです、冒険者たちよりもいっぱいゴブリンを倒してます。
 役に立たないのが確定した魔法使い、いやこんなの阿呆使いで十分でしょう。こいつより前衛の人の方が頑張ってます。まあまだ倒せてはいないみたいですけど。ゴブリンリーダーの斬撃をぎりぎりで回避し、テーブルに剣が食い込みます。その剣を引っこ抜こうとしている間に冒険者たちは体勢を立て直します。このまま攻撃するほどの隙は無いでしょう。と。
「手こずっているみたいだな、私も手伝ってやろう」
 そう言ったのはトッシュさんが放り投げたナイフを拾って手に持つヨヴさんです。
 ヨヴさんは鋭い動きでゴブリンリーダーの懐に飛び込みナイフを一振りしました。ゴブリンリーダーの剣に掴んだまま切り離された腕がぶら下がります。程なく掴む力もなくなってぼとりと落ちました。
「ギイイイィィ!?」
 怒りと驚きでゴブリンリーダーが叫びます。でも感情を爆発させている暇があるなら目の前の敵に対処すべきですよね。まあ、もう対処のしようもないのですけど。ゴブリンリーダーは隙だらけだったのであっさり首を切り落とされました。ヨヴさんも強かった!
「そいつくらいは片付けられるだろ?後は任せたぜ」
 冒険者三人に後を任せるつもりですね。冒険者は四人じゃないかって?阿呆はカウントに入れるわけありませんよ。
 さすがにへっぽこでも三人ならゴブリン一匹くらい楽勝ですね。最後のゴブリンが倒された瞬間、先に倒されていたゴブリンも肉体が消滅して宝石のようなものになりました。モンスタークリスタルという物ですね。然るべき場所に持って行くと買い取ってくれます。他には薬草も落ちてます。
 そして、私とトッシュさんの体が光りました。力が漲る気がする!これがレベルアップですね!魔物を倒すと経験値が入り、一定量溜まるとレベルアップです。レベルには経験値レベルとスキルレベルがあるそうですが詳しいことはよくわかりません。
 普通、レベル1ならスライムや単体のゴブリンを相手にこつこつ稼いでレベルをあげるようですが、今回はゴブリンも複数でリーダーまでいたのでみんなで分けても一発で私のレベルが上がるくらいの経験値がもらえました。トッシュさんもレベル1だったのでしょうか。それとももっと高かったけどちょうど上がるタイミングだったり?
 レベルアップによる能力上昇の内容はスキルによるようです。私の場合もちろん防御力と、あとは素早さが少し多めに上がってますね。
 そんなことより、です。
「トッシュさん、大丈夫ですか!?」
 ゴブリンの攻撃をまともに受けてまだ痛そうにしているトッシュさんが心配です。
「大したことはない……が、肋は折れたかも」
「全然大したことなくないですか!」
「君こそ頭を殴られたんじゃないのか」
 言われて、殴られたあたりをさすってみます。ちょっとずきずきします。
「うう。コブができたかも……」
 ゴブリンにやられたコブ、すなわちゴブコブですね。
「……それは割と、大したことないな……」
 ひどいです。でも確かにその通りかも。冒険者の人も言います。
「いくらゴブリンからでも頭を棍棒で殴られたら普通死ぬぞ?」
 頭を殴られた時は痛くて思わず涙が出ましたが、普通なら涙じゃなくて血と脳漿をぶちまけるものだそうです。それは怖すぎるんですけど。
「それに手でも受け止めてたが、よく骨が砕かれなかったな。……防御系のスキルでも持ってんのか」
「う。ま、まあ。そんなところです」
 ええ、持ってますね。言いたくないですけど。
 でも、この時ちょっと思ったんです。普通ならもっと酷いことになっているはずなのに大丈夫だった。つまりスキルが守ってくれていた可能性がある。でももちろん、今の私は服を着ている。それじゃ、今まで服を脱がないと意味がないと思っていたスキルは、実はちょっと違うのかも、と。

「これは迷惑料ですっ!持って行くなら自分たちで倒したゴブリンの分だけにしてください!」
 ゴブリンを引き連れて来て大した働きもせず、ちゃっかり金目のモンスタークリスタルだけは拾っていこうとしていた冒険者を一喝していると、外でも騒ぎは収まっていたみたいで、『鉄と氷』のみなさんもお店に入ってきました。
「どうかしたのかい。って言うか、ゴブリンの一団が入っていったみたいだけど、怪我人はいないかい」
 それですよ。私は今あったことの全てと愚痴を心行くまでぶちまけてあげましたとも。冒険者たちはボロクソですが嘘を言っていないのは商人さんたちが証人になってくれるでしょう。さっきまで取り分でごねたりしてましたがさすがに大人しくなりましたね。
「愚痴は後で聞いてやるから、まずは怪我をなんとかしような」
 鉄と氷の魔法使いがサイトステータスの魔法を使いました。敵や仲間の状態が簡単に確認できる魔法です。ダメージの程度や気力の残りがわかりやすいのであると便利らしいですが、怪我くらいなら大体は見れば判りますね。念のためだとのことです。
 トッシュさんは見ての通り結構なダメージを受けてました。私もちょっとだけダメージを受けてましたね。なのでトッシュさんはもちろん、私も念のため回復魔法をかけてもらいました。たんこぶや腕の擦り傷がきれいになりました。魔法ってすごいですね。
 トッシュさんの骨折も大分よくなっています。完治しない分は怪我状態と言う状態異常で、一時的に最大生命力が低下します。上級の治癒魔法ほど怪我状態を軽減できますが、完治できるのは最上位の魔法だけだそうです。
 へっぽこチームの阿呆使いが回復してやると言ってましたが信用できないし怪我状態の軽減の小さい低級魔法でしょう。体力は十分に回復するでしょうがわざわざ怪我が残る洗濯をする必要はありません。大した怪我じゃない私ならそれでも十分なのですが、こんな人に借りを作りたくないです。へっぽこチームも阿呆使い以外はちょっとダメージを受けてましたがそれは阿呆使いが既に治してたみたいです。
 ダメージを受けていたのはこのくらいですが、一人犠牲者がいました。商人さんたちが床に倒れたままぴくりとも動かないお客さんを囲んでいます。常連ではない旅人風の人ですね。
「おい、息をしていないぞ。脈もない」
「そんなはずはない。さっきまで寝言を言っていた」
「睡眠時無呼吸症候群だ」
 ゴブリンが店に入ってくる前にはもう床に転がっていたので商人の一人が気にしていたみたいです。すぐにそれどころじゃなくなって忘れられてたようですが。私も全然気付いてませんでした。
 戦闘に巻き込まれていなかったのでパーティ扱いにならず、サイトステータスの影響を受けなかったみたいです。そのせいで状態が判らなかったのですが、冷静に考えれば巻き込まれてないという時点でやられてはいませんね。
 では、なぜ倒れているのかが問題なのですけど。酔い潰れているだけならいいですけど、食中毒とかだったら大変です。この人にお酒を出した記憶も無いですから酔い潰れているという線もないでしょう。
 とりあえず、『鉄と氷』の人が旅人さんのほっぺたを引っ叩いてみるようです。これで目が覚めればいいですし、攻撃対象扱いになってステータスが見えるようになります。……死体じゃなければですけど。
 あ、ちゃんとステータスが出ました。体力も気力も満タンです。その横に表示されているのは状態異常みたいです。
「睡眠と混乱がでているな。魔物に驚いてパニクって気絶した、ってところか」
「いやあ、魔物が入ってくる前から倒れてましたがね……。まあ、外ではもう騒いでたからそのせいかな」
 もっとバシバシ叩いて起こすようです。混乱しているのが不安ですが……最悪の場合でも『鉄と氷』の皆さんがフルボッコにすれば瞬殺だろうとのこと。そうならないことを祈りましょう、旅人さんのために。
「はっ。ここはどこ、僕は誰?」
 目は覚ましましたが混乱しているのは確かですね。暴れ出したりする様子はないので安心です。惨劇を見ずに済みましたね。
「名前は思い出せるか?」
「覚えているけど……僕は誰?」
「いや、覚えてないじゃないか」
「いや、覚えてるんだけど……。それよりここはどこ?」
「ここはパルガの町『千客万来亭』だ」
 店主のヨヴさんが言いました。
「ええと。どこの国でしたっけね?」
「アスパル共和国だ」
「ううう。どこだよそれ……。異世界か?これは異世界って奴なのか?俺は死んだのか、異世界転生か?」
 何か意味不明なことを呟いています。何を言っているのかさっぱり解かりません。絶賛混乱中ですね。でもまあ、頭以外は無事みたいで何よりです。後は放っておいて大丈夫でしょう。

「魔物を前にして、戦えない奴を犠牲にしてでも自分たちが生き残り魔物を倒そうという姿勢は間違っちゃいねえよ。自分たちがやられたら魔物は生き残り民間人だって皆殺しだろうし、犠牲が一人で済めばそっちのほうがいいに決まってる。でもな、それが俺らとっても顔見知りである、ヨヴんとこの従業員だと話は変わってくるなあ」
 私がいろいろチクったのでへっぽこ冒険者チームは『鉄と氷』のみなさんからお説教を受けてます。何でもこのへっぽこチーム、『鉄と氷』に憧れて『革と炎』なんていうチーム名を名乗ってるらしいですね。それであの体たらくなのがますます怒りを買ってます。
「そうだぜ。しかも犠牲にしようとした民間人の方が活躍してるなんてっ流石にみっともないにも程があるな」
「本当だぜ。料理人の兄ちゃんの方が見込みあるじゃねえか」
「姉ちゃんも全ての攻撃を見切って避けたらしいな」
 私が犠牲になりかけたことよりへっぽこ具合に怒り心頭っぽいですけど気のせいですよね。ちなみに私は別に攻撃を見切っても避けてもいなくて痛い思いをして、それで怒ってるんですけどね。
 まあ、いいですけど。どっちにせよ炎の人が怒られるならそれで満足です。そんなことより活躍したのはトッシュさんや私だけじゃありません。私も活躍した気はしてませんが炎の人よりはマシだったとは思ってますし。それより凄かったのはヨヴさんですよ。ヨヴさんが誉められないのが不思議でなりません。
「あいつならゴブリン程度は一捻りで当然だろ。こいつは元々『鉄と氷』の仲間だったんだし」
「えっ。そうなんですか!?初耳ですよ」
「……あれ、話してないってことは内緒にしてたのか」
「そんなことはないが。そう言えば話した記憶もなかったかねえ。話す機会がなかっただけだな、力不足でついていけなくなったチームのことなんか自慢げに話すものでもないし」
 ヨヴさんが自分から話さない以上、私からは聞くこともないです。だって元冒険者だなんて思ってもいませんでしたから。普通にずっとお店やってたんだと思うじゃないですか。
 この話は冒険者ならまあまあ知ってる程度の話なので、別段隠す気もなかったそうですよ。一般人である私やトッシュさんは知りませんでしたけど。『革と炎』の人たちが『そんなことも知らなかったのかよ』と言いたげな顔でこっちを見ています。でも今は言える立場ではないのでじっと黙ってますね。
 ヨヴさんが冒険者だったことについては後でゆっくり聞いてみようかな。
 こんな感じで、町でゴブリンが暴れた一件は幕を下ろしたのでした。約一名、まだパニックになってる人が忘れられて放置されていますけどね……。