窃盗団アルフォークロア!

#9 奪還編・眠りからさめた光と闇

「宝珠を取り戻し、13号を元にもどすまでの辛抱だ。ここでおとなしくしているんだ」
 伽耶は再び官邸タワーの最上階に連れ戻された。
「お父さま、お父さまは本当は何をなさるつもりなのです!?サンちゃんを元に戻したいだけなら、圭麻や結姫にまかせておいてもいいのではありませんか?なのに、宝珠を奪ってまで手に入れようとしているのは本当は別の目的があるからではないのですか!?」
 月読に詰め寄る伽耶。
「我々の計画には13号の力が絶対に必要なのだ。奴の身柄を無関係の連中に預けてはおけぬ。だから、素直に渡せば殺しはせんと言ったのだ。せっかくの慈悲をはねつけるとはな。まぁ、最初から分かっていたことだがな……」
 伽耶の手前、まだ建前で通す月読。しかし、伽耶は月読が何かを企てていることにうすうすとは感ずいてはいる。
「まあいい。宝珠がそろうまではここで待っていてもらうことになる。何かあったら見張りの者に言うがいい」
 伽耶の部屋の前には見張りが立ててある。また伽耶がさらわれてしまうことのないように、との名目だが、実際には伽耶が連れ去られた時に合図を送る役なのだ。
 見張り役に目で合図を送る。見張り役は敬礼した。
「ふふ、あとは奴らが宝珠をもって伽耶を奪いにくればいい……。『光の宝珠』を欲すれば、自ずと『闇の宝珠』も手にすることになる。そこをじっくりと奪えばいい……」

「スサノヲって、隆臣がいたホストクラブの名前じゃねーか」
 鳴女の話を聞いていた泰造が思い出したように言った。
 宝珠と大崩壊の話。鳴女は月読が社にしたあの話を話しおえたところだった。
「あの店の名前はあなたがつけたものですか?」
 鳴女の問いに頷く隆臣。
「おそらく、彼の心のどこかには須佐之男の思念が巣食っているのでしょう。だからこそ、その名が浮かんだのです」
 隆臣の心の中に須佐之男が。かつて世界をあわや滅亡という事態にまで追いやった張本人の心を隆臣が持っているかもしれないのだ。しかし、その須佐之男も今はホストクラブの名前に成り下がっていたりするのはご愛敬だが。
「そんなぁ。そんじゃ、隆臣も須佐之男みたいに世界を滅ぼしたりすんのかぁ?」
 那智が泣きながら訊いた。
「いえ、須佐之男もあくまで権力を求めただけに過ぎません。世界を滅ぼしたのは闇の宝珠を使う事により彼の心を満たした邪悪な思念です。彼に須佐之男の思念が入り込んだのは、その闇の思念が取り込んだ須佐之男の思念が闇の思念の一部として現われたものなのでしょう」
 話が難しくなってきているので泰造は寝そうである。
「よくわかんねーけど。光の宝珠の力があればその思念ってのもふっ飛ばして元の隆臣に戻るんだろ?」
 いいながら隆臣の首に手を回す那智。隆臣は逃げようともがいている。
「なんで別人になってまで嫌がるんだよぉ、隆臣いいぃぃ」
 逃げようとする隆臣にしっかりとしがみつく那智。結姫が引き離しにかかる。
「那智。あなたは光のエネルギーの保有者なのでしょう。だから闇のエネルギーを受け入れる彼にとって、闇を退けてしまう苦手な存在なのです」
「えっ、俺が光の保有者?なんか特別っぽくていいかも〜」
「エネルギーの保有者は珍しくありません。大概の人は何らかのエネルギーを保有しています」
「なんだ、そうなのか」
 ちょっと残念そうな那智。
「言いにくいのですが……光の保有者は、正義感の強い人、もしくは根あかで能天気な人のどちらかなのです」
「絶対、後者ですね」
「だからちょっと本人には言いにくいんです」
 颯太と鳴女がぼそぼそと言い合った。とりあえず、那智の耳には届いていない。
「でも、もしかしたら、那智の力で隆臣さんを元に戻せるかもしれませんよ」
「えっ、どうやって!?」
 結姫が身を乗り出す。
「あの状態で……数年間くっついていれば……」
「待てません」
 きっぱりと言い切る圭麻。
「でよすね……」
「俺は構わないぞ〜♪」
 嬉しそうな那智。
「あたしが許さないもん!」
 那智は結姫に引き離された。ほっとする隆臣。
「ですから、宝珠を手にすることが先決ですね。宝珠は『天の宝珠』号に封印されています。封印を解くのに必要なのは4つの宝珠、そして『封印を施した者』の力が必要とされています。月読はこれを封印を施した天照一族の末裔である女児、今の伽耶さんであると見ているようです」
「もうそんな昔の人、いませんからね……」
 颯太が考えこんでいる。
「じゃ、まずは伽耶さんを助け出してから『天の宝珠』号を探して、封印を解きゃいいんだな」
 泰造が眠そうに言った。
「伽耶も『天の宝珠』号も今は官邸です。官邸に向かいましょう。全てはそれからです」
 圭麻の言葉に全員立ち上がった。

 決戦の時が迫っている。
 圭麻と泰造と颯太が作戦会議を開いている。一応那智も居合わせてはいるが、深く瞑目し、うつむいたまま沈黙している。居眠り中だ。
 鳴女はただ立ちつくし、何かを思案するような表情で官邸の方角に視線を向けている。
 結姫は隆臣を探した。隆臣は圭麻の家の屋根の上に座りこんでいた。目は官邸のほうに向けられている。
「隆臣っ」
 隆臣は結姫の声に見下ろした。結姫は家の中を通り、天窓から屋根に登ってきた。
 結姫は隆臣の隣に腰を降ろした。隆臣はそんな結姫に興味がないように、ちらと視線を向けただけでまた官邸のほうに目をやった。
「隆臣……、伽耶と……一緒に暮らしてたの?」
 恐る恐る結姫がきり出した。
「ああ」
 涼しい顔で答える隆臣。結姫の表情が曇る。
「伽耶のこと、好きなの?」
「ああ」
 隆臣はさらっと言った。結姫の目から涙がこぼれ、それを隠すように結姫は顔を伏せた。
「いつか……いつか言おうと思ってたけど。あたし、あたしね……隆臣のこと好きだったんだよ……」
 最後のほうはほとんど言葉にならなかった。隆臣は黙ったまま、遠くを見続けている。
 しばらくの間沈黙が二人を包んだ。そしてようやく隆臣が口を開いた。
「……少し前ならお前を……結姫を受け入れられただろう。だが、俺の体と心は闇エネルギーの力でだいぶ成長してしまった。今の俺からみれば結姫は子供だ」
 子供。その言葉が結姫の心に深く突き刺さった。
「だから……伽耶に乗り換えたの?」
 なんだか捨てられた女の恨みつらみのようになってしまう。
「すまない、結姫。それに……俺のなかに入りこんだ須佐之男って奴の意思が伽耶を求めてるんだ。なぜかはしらないが意味があるんだろう」
 須佐之男が伽耶を求めている。これは何か宝珠と関係があるのだろうか。
「あたしももう少し大人だったらよかったのに……」
 結姫はいたたまれなくなってその場から逃げ出した。

 作戦会議はひとまず終わったようだ。圭麻は何かの準備でもしているらしく、『フライング・湯〜とぴあ(忘れた方のための解説:社から奪った銭湯飛行船に圭麻がつけた名前です)』にいろいろな機材を積みこんでいる。泰造はそれを手伝おうとしたらしいが圭麻に丁重に断られたため、柔軟体操をしつつ士気を高めている。颯太は端末でデータを調べているようだが、那智と藍に両側からちょっかいを出されて捗らない模様。
 さっきまで官邸のほうに目を向けていた鳴女は、屋根の上で同じように官邸のほうに目を向けている隆臣を難しい顔で眺めている。
 機材なのか粗大ゴミなのかわからない妙なものを抱えた圭麻が、歩いてくる結姫のほうに目を向けた。頬に涙の跡があることに気づく。
「結姫……何かあったんですか?」
 圭麻が心配そうな顔で結姫に声をかけた。
「隆臣にふられちゃった」
 結姫は言いながら寂しげな笑みを浮かべる。その頬を新しい涙が伝っていく。
「隆臣は……あたしより伽耶のほうがいいって……」
 堪え切れずに泣き崩れる結姫の肩を圭麻がそっと抱き寄せた。
「伽耶さんがって……俺じゃないのかよおぉ」
 那智も泣き崩れたが、抱き寄せる人はいなかった。
「隆臣はなぜそんなことを?」
「闇のエネルギーで大人になった隆臣にはあたしは子供だからって……。あと、隆臣の中にある須佐之男の意志が伽耶を求めてるって……」
 涙ながらに圭麻の問いに答える結姫。
「結姫、諦めるのはまだ早いですよ。『光の宝珠』を手に入れて隆臣を元に戻せば、まだチャンスがあるかもしれません」
「うん。そだね。ありがと、圭麻」
 すこし元気になった結姫は、鳴女にさっき気になったことを訊いてみた。
「隆臣が……須佐之男の心が伽耶を求めてるって言ってた。これって、何か宝珠と関係があるの?」
 鳴女は小さく首を横に振った。
「宝珠とは関係ないと思います。おそらく、伽耶さんが月読の……首相の令嬢だからでしょう。かつて須佐之男はテロリスト集団『スネーク8人衆』に捕らえられた某国の姫を救い出すために単独でアジトに潜り込んだほどのお姫様好き……いってみればお姫様フェティシズムの持ち主だったです」
 お姫様フェチ。だから首相令嬢の伽耶に異常な執着をもったのだ。
「ああっ、俺もお姫様だったらよかったのにっ」
 那智が悔しがった。
「でも……その助けられたお姫様は須佐之男の手により……」
「殺されたのか!?」
 早合点する泰造。
「いえ、手籠めにされました」
 鳴女が真面目な顔で言った。
「おいおい……」
 須佐之男の所業に呆れる颯太だが。
「俺もお姫様だったら隆臣に手籠めに……」
 悔しがる那智をとりあえず黙らせることにした颯太だった。

 夜の訪れとともに、作戦が開始された。さすがに今回は藍はお留守番である。
「な〜んか、またあの温泉オヤジが待ってそうだよなぁ」
 泰造がぼそっという。
「あいつ、ほったらかしできちゃいましたけど、大丈夫ですかね」
 今になって社のことを気にかけてみたりする圭麻。
「知るか」
 冷たい颯太。
 前と同じ侵入ルートは押さえられているかもしれないので、今度は塀を乗り越えることにした。
 飛べる隆臣が真っ先に塀の上に昇る。
「おい、誰もいねーぞ。今のうちだ」
 隆臣が垂らしたロープを登りだす結姫たち。
「結構きついな……」
「お前は運動不足なんだよ」
 颯太がぼやくと那智にからかわれた。
「俺はもともと頭脳派なんだぞ。こんな体を使うようなことは苦手なんだよ!」
「少しは体も鍛えとけよ〜。頭脳派だって現場に来たら体使うしかないんだぞぉ」
「そこを体を使わずにいかに乗り切るかが頭脳派の見せ所なんじゃないか」
「それって手抜きってことか?」
「違うって」
 言い合う那智と颯太だが。
「あのなぁ……悪いんだけど、お前らが騒いだおかげで警備員がよって来ちまったぞ」
 隆臣の言う通り、塀の下には警備員が数人銃を構えている。
「考えて行動しろよ、頭脳派」
 隆臣に言われて落ち込む颯太だった。
「おい、塀の上の!降りてこい!」
 警備員の怒鳴り声が結姫たちにも聞こえた。
「どうしよう……」
 不安げに呟く結姫。
「宝珠を使って追い払いましょう」
 圭麻がポケットから『地の宝珠』を取り出した。
「よしっ、貸せっ」
 泰造がそれをひったくり、精神エネルギーを送り込んだ。
「どりゃああああああぁぁぁぁぁ!」
 以前クリスタルボルケーノを崩落させたあの気合いをまたしても宝珠にこめる、懲りてない泰造。
 大地は揺れ、唸りをあげた。眼下に繰り広げられる光景に呆気に取られる隆臣。
「こらー、何やってんだ、てめー!」
「どうなったんだ、ここからじゃ見えねーんだよ」
 怒鳴りあう隆臣と泰造。官邸はものすごいことになっていた。

 官邸はほとんどの建物が崩壊していた。タワーは傾き、研究施設からは火の手が上がっている。人々は突然のことに逃げ惑い、出口はパニック状態の人々でごった返していた。
「えらいことになったなぁ」
 塀を乗り越えて来た颯太は辺りを見渡し、ぼそっと言った。
「伽耶は……!?ここにいるんでしょ!?無事なのかな……」
 伽耶の安否を気づかう結姫。その横で隆臣が翼を広げた。
「俺は伽耶を探す……!」
「ちょ、ちょっと!一人で行く気!?」
 飛び立とうとする隆臣を結姫が引き止めた。
「俺は女の居場所を探すのは得意だ。まかせとけ」
「さすがはホスト……」
 圭麻の呟きを無視し、隆臣は赤みを帯びた星空に飛び去っていった。

 突然、激しい地震が襲ってきた。退屈さにベッドに身を投げ出していた伽耶も慌てて飛び起きた。
 だが、あまりの振動に立っていることも出来ない。床に投げ出される伽耶。
 揺れはほどなく収まったが、タワーが大きく傾いている。てっぺんにいると、少しずつ傾きが大きくなっていくのも分かる。
 このままではタワーが倒れる……!
 伽耶は急いで逃げようとした。だが、部屋の扉は外から鍵がかけられたままだ。
 扉をどんどんと強く叩く。その振動でタワーがまた少し傾いたようだ。仕方なく、窓の方に向かう。
 タワーが傾くスピードが早くなってきたようだ。もう逃げられない。
 窓から身を乗り出すと月が見えた。
 月を背に、黒い影。
「サンちゃん!?」
 伽耶の声に気付いた隆臣は、伽耶のほうにまっすぐ向かってきた。
 手を伸ばす伽耶。しかし、タワーはもはや倒れようとし、勢いは止まらない。
「サンちゃんっ……」
 必死に伸ばしたその手を、隆臣が掴んだのを感じた。足が地面から離れる。
 隆臣が伽耶を抱き寄せた。伽耶も落ちまいと隆臣にしがみつく。遥か下でタワーの倒れる轟音があがった。
 月明かりに照らされながら星空で抱き合う隆臣と伽耶を、空に手のとどかない地面の上で結姫は複雑な顔で見守っていた。

 炎に照らしあげられながら、巨大な影が浮かび上がった。
「おでましか……。これで役者が揃ったって感じだな」
 泰造がその影を睨みつけながら低く呟いた。
 現われたのは『天の宝珠』号。
 月読だ。
 『天の宝珠』号はゆっくりと結姫たちの目の前に舞い降りた。
 そして、月読がその姿を見せた。
「お前たちを甘く見ていたようだな。まさか官邸を破壊するとは思わなかった。もはやただではすまさん」
 静かに言い放つ月読。目には殺気がみなぎっている。
「俺達だってもうお前の顔なんか見飽きたぞぉ!うっとうしいぞ、むさくるしいぞ、しつこいオヤジは嫌われるんだぞぉ」
 那智の野次で表情にまで怒りをあらわにする月読。
「くっ……。ふ、ふん。良かろう。お前たちに勝ち目はあるまい」
 月読の合図で武装した警備員がぞろぞろと現われた。
「ヤバいよな。これってヤバいよな!?」
 一番散々言っていた那智が真っ先に颯太の影に隠れた。
 警備員たちの銃が一斉に結姫たちに向けられた。泰造が身構え、颯太も隠し持っていた銃を取り出した。が、太刀打ちは到底できそうにない。
 その時、空の上から黒い影が舞い降りた。隆臣だ。その腕には伽耶が抱きかかえられたままだ。
「……俺を撃てるか?」
「くっ……!」
 挑発的な笑みを浮かべる隆臣。警備員は銃を向けはするのだが、伽耶に当たることを怖れ、撃つことはできない。
「今だっ!」
 颯太が圭麻に渡されていた『水の宝珠』の力を開放した。どこからともなく凄まじい量の水が押し寄せ、警備員たちを押し流した。
「くそっ」
 あまり流されなかった警備員が颯太に向かって銃を向け引き金を引くが、水につかった銃はもはや使い物にならなくなっていた。
 伽耶は隆臣の手を振りほどき、月読に歩み寄る。
「お父さまっ!お父さまがなにを望んでいるのかは知りません。でも、そのためにこれ以上犠牲を出すのはやめてください……。この人たちは……みんなはあたしの友達なの!おねがい、殺さないで……」
 涙ながらに月読に訴えかける伽耶。
 月読も少し考えた後、銃を降ろした。
「いいだろう。その代わり、お前は私と一緒に来るのだ」
 伽耶を警備員たちが取り囲んだ。そのまま、月読の待つ『天の宝珠』号のほうへと連れられていく。
 不意に『天の宝珠』号が動きだした。月読はその衝撃で振り落とされる。
「な、何ごとだ!?」
 月読はゆっくりと空に向けて昇っていく『天の宝珠』号を見上げた。
「おい、あれをどうにかしろ!」
 月読は警備員たちに向かって怒鳴るが、相手は飛んでいるうえ、ライフルが撃てたとしても撃ちおとせるようなものでもないのだから警備員もどうしようもない。
「いったいどういうことなんだ!?なにが起こってるんだ?」
 颯太も迷走するかのような動きを見せる『天の宝珠』号を見上げている。
 そんな中、結姫は圭麻がいないことに気づいた。
「ねぇ、圭麻は?」
「そういえば……いねーみたいだな……」
 泰造が辺りを見回したが、その姿はない。
「じゃ、もしかしてさ、あれ動かしてるのって……」
 那智も『天の宝珠』号を見上げた。
「いいぞ、『天の宝珠』号を奪った!これで目的は果たしたぞ!」
 颯太が叫んだ。
 月読は歯噛みした。伽耶はおろか、『天の宝珠』号さえも奪われたのだ。完全な敗北だった。
「おのれぇ……!これで全てうまくいったと思わぬことだ!貴様等の思うようにはならん!」
 月読は銃を構えた。そして銃声が闇を引き裂いた。
 撃ち抜かれ、倒れたのは伽耶だった。

「伽耶あぁっ!」
 結姫が悲鳴を上げた。
「お父さま……なぜ……」
 力無い声で伽耶は問いかけた。
「安心しろ、殺しはしない。急所ははずしてある」
 無表情に月読が冷たく言い放つ。結姫たちは少なからず寒気を覚えた。
「隆臣、どけっ」
 隆臣を押しのけて那智が伽耶の手当てを始めた。
「気でも狂ったか、月読!」
 隆臣の言葉に月読は不気味な笑みを浮かべた。
「私は正気だよ。伽耶が回復するまで貴様等も何もできまい。その間になんとしても貴様等から全てを奪い去ってやる」
「それだけの理由でか……!?それだけの理由で実の娘を……!」
 隆臣はレーザーブレードのスイッチを入れた。
「伽耶は……?」
 振り向きもせず、隆臣が静かに問う。
「……気を失ってる」
 那智は、隆臣がなにをしようとしているのか分かったようだ。あまり言いたくないような素振りで、それでもそのことを告げた。
「……そうか、それだけが救いだ。伽耶が父親の最後を見ずにすむ」
 隆臣はそう呟くと、月読に斬りかかった。月読は避けるまもなくレーザーブレードの餌食となる。月読は肩口から斜めに切り裂かれ、その上の部分が地面に落ちた。
 が。
「無駄だぞ……」
 地面に落ちた月読の顔に勝ち誇ったような笑みが浮かべられた。
「言っただろう、全てを奪い去ってやると。それまでは私はくたばらんぞ」
「くっ、ダミーかよっ……本物は、本物はどこに居やがる!?」
 月読のダミーは不気味な笑い声をあげつづけている。隆臣はダミーの頭を踏みつぶした。
「伽耶さんが目を覚ましたぞ!」
 颯太の声に、全員が集まってきた。
「大丈夫なのか、伽耶は」
 隆臣の言葉に那智が頷く。
「ああ。急所は月読が言った通りはずれてるし、止血はしてある。ただ、このまま放っておいて大丈夫ってわけじゃない。できるだけ早くちゃんとした手当てがしたい。颯太、船から担架をもってきてくれ」
 言われて颯太は『フライング・湯〜とぴあ』に走った。
「ごめんなさいっ……私が全てを話していれば……無関係なあなたがこんな目に合わずにすんだのに……」
 鳴女が涙目になりながら伽耶に頭を下げた。
「おい、あんた。なにを隠してたんだよ!」
 隆臣が鳴女につかみ掛かった。
「よせよ」
 泰造が隆臣の腕をつかむ。
「宝珠の封印を解ける人物は伽耶さんではないのです……。結姫なんです!」
 結姫は息を飲んだ。
「あ……たし……?」
「どういうことだ、それは……。封印は天照の一族にしか解けないんじゃ……」
 隆臣が結姫を見た。
「天照の一族だからといって封印が解けるわけではありません。封印を解けるのは封印を施した者、ただ一人です」
「それじゃ、結姫が封印を施したって言うんですか!?」
 驚いたようにいう泰造。
「だから……伽耶さんは無関係だったのに……」
 鳴女は目を伏せた。
「いいんです……もしもお父さまがそのことを知っていたら、私の代わりに結姫が撃たれていたかもしれません……。結姫、おねがい、サンちゃんを……、元に戻してあげて。急がないと、きっとお父さまは何か仕掛けてくるわ」
 颯太が担架を運んできた。伽耶は担架にのせられ、『フライング・湯〜とぴあ』に運び込まれる。
「結姫!伽耶さんは俺にまかせておけよ。伽耶さんの言う通り、隆臣のことよろしくな」
 颯太と泰造が持つ担架に付き添いながら、那智が結姫に向かって言った。
「鳴女さん……。あたし、伽耶のためにも隆臣を戻してみせる……!封印はどうすれば解けるの!?教えて!」
 結姫はビンガを大きくして飛び乗った。鳴女も結姫に促されビンガの背に乗る。二人を乗せたビンガは『天の宝珠』号に向けて飛び立った。
 一人残された隆臣は虚空を睨みつける。
「月読め、来るなら来てみろ。今度こそ俺がたたき斬ってやる!」

 さっきまで月読のダミーが立っていた入口は、圭麻の操縦で飛び立っても開いたままだった。
ビンガがその入口の横につけると、結姫と鳴女は『天の宝珠』号へと飛び乗った。
「……不思議……。初めて中に入るのに、初めてじゃないみたい……」
 結姫が呟く。
 宝珠の一つを圭麻が持っている。この船に単身飛びこんだ圭麻の安否も気づかわれる。結姫はコクピットに向かった。
 コクピットに入ると、そこには圭麻がいた。
「圭麻、無事だったんだね!」
「結姫!?結姫こそ……この船、窓がないからどうなっているんだか分からなくて……」
 言われてみれば、このコクピットには窓がない。
「代わってください。私が操縦できます」
 圭麻がコクピットを譲ると、鳴女は手慣れた手つきで船を制御する。
「圭麻、大変なのっ……伽耶が、伽耶がっ……」
 結姫は涙混じりに先程の出来事を圭麻に伝えた。圭麻は怒りに打ち震える。
「自動航行に切り替えました。これで船は自動的に『フライング・湯〜とぴあ』の上空まで戻ります。結姫、急ぎましょう」
 不意に鳴女が立ち上がった。
「急ぐって……なにをするんですか?」
「『光の宝珠』と『闇の宝珠』の封印を解くの」
「ええっ、でも封印は伽耶にしか解けないんじゃ……」
「伽耶じゃなくて、あたしが解くんだって鳴女さんが言ったの。どういうことか分からないけど……」
 話しながら歩いているうちに、厳重なロックの施された扉の前に来た。
「ここね……」
「ここですね……」
「ええ、ここです」
 いかにもなのでひと目で分かるのであった。
 鳴女は暗証番号を打ちこんでロックを解除する。機械的な音を立てながら扉が開いた。
 狭く、殺風景な部屋だった。正面に金庫のようなものがあり、その両脇には空のガラスケースがある。
「そのプレートにある4つの窪みに宝珠をはめ込んでください」
 鳴女の言う通り、結姫の持ってきた3つの宝珠と圭麻の持っている宝珠を金属のプレートの四隅の窪みにそれぞれはめ込んでいく。最後の宝珠をはめ込むと、パネルがわずかに光りはじめた。
「そのパネルの上に右手をおいてください……」
 言われた通り、結姫はパネルに手のひらをおいた。目の前の何もない空間に『認証中』という光の文字が浮かび上がった。数秒後、その文字は消え、金庫のようなものが開いた。中には2つの宝珠が並んでおかれていた。
「これが……『光の宝珠』と『闇の宝珠』……!?」
「そうです……」
 結姫は二つの宝珠を手にとった。
「これで……隆臣が元に戻るんだね!?」
 結姫が笑みをこぼした。

「それが月読様の言っていた『闇の宝珠』と『光の宝珠』なのだな。おとなしくそれを渡せ」
 突然、背後から声がした。
 驚き、ふり返る結姫たち。そこには、社が立っていた。
「こんな事もあろうかと、船内に潜んでいて正解だったようだな。月読様によい報告ができそうだ」
 社は結姫たちに銃を向けた。
 圭麻がパネルにはめ込まれた宝珠を手にとろうとする。だが、先手を打って社が圭麻の手を狙い撃ちした。銃というより水鉄砲のようなものだった。圭麻の手に紫色の薬液らしい液体がかかった。
「熱っ!」
 引っ込めた圭麻の手からは白い煙がのぼっている。
「ふふん、熱すぎるシャワーだったか?だがこれの恐ろしさが分かるのはこれからだ……」
 白い煙は湯煙だったようだ。
「圭麻っ……!」
 結姫が圭麻の手を見た。多少赤くはなっているが、大したことはなさそうだ。
「……?なに、この匂い……気が……遠く……」
 圭麻の手を見ていた結姫は、そのまま膝をつき、床に倒れ込んだ。
「おい……!?結姫!?」
 結姫を揺さぶる圭麻。しかし結姫は目を覚まさない。そして、圭麻の鼻にも花の匂いのような、不思議な匂いが飛び込んできた。あわてて息を止める。
「この匂いは……ラヴェンダー?」
 鳴女が呟く。
「そう、これはラヴェンダーの香り。薬用リラックス入浴剤『真珠ちゃんスペシャル』の特濃溶液だ。この匂いを嗅いだ者はあまりの心地よさに深い眠りに誘われてしまうのだ!」
 圭麻と鳴女も激しい眠気と脱力感に襲われた。
「そんなもの、お風呂に入れたらお風呂で溺れるじゃないかっ……」
 圭麻は薄れゆく意識を必死に呼び起こしながら叫ぶ。
「だから、ラベルには『適量をまもってね☆さもないと……くす』と書かれているのだ。適量を超えれば……この通りだ」
「くっ……」
 とうとう圭麻は眠り込んでしまった。
「さて、と……」
 社はポケットから『朝の入浴剤・目覚めのさわやかペパーミント』と書かれた小瓶を取り出した。
 中の液体を数滴手にとり、原液のまま鼻の下にこすりつける。
「これでよし……む?」
 これで『真珠ちゃんスペシャル』の匂いで眠りこけることもない。が。
「くうううぉぉぉぉ、塗りすぎたああぁっ」
 あまりにも強烈なペパーミントの清涼感に涙と鼻水が止まらなくなる。
「早く……宝珠を奪って洗い流さねば……」
 宝珠をとろうと手を伸ばす社だが。
「涙で前が見えんっ……」
 かなり手間取りながらも社は6つの宝珠を奪う。
 洗面所で鼻の下を洗い、隠しておいた飛行型ゼウグにまたがり、空に飛び出す社。
 強い向かい風に、ペパーミントが落ち切らずその上濡れた鼻の下が激烈にヒンヤリし、悶絶する社であった。

 満点の星空の下、いつ来るかもしれぬ月読の襲来に警戒する隆臣の目に、それは飛び込んできた。
 月明かりを受けてかすかに輝くゼウグの姿。
「あれは……!」
 隆臣は、ゼウグを睨みつける。そして、その漆黒の翼を広げ、星空にとけこむように飛び上がっていった。

Prev Page top Next
Title KIEF top