窃盗団アルフォークロア!

#Final 奪還編・ほしいのはあなただけ

 結姫が目を覚ました。
 あまり時間は経っていないようだ。圭麻と鳴女はまだ眠っている。
「二人とも、起きて……!」
 結姫の声で圭麻と鳴女は目を覚ました。
「……!宝珠は!?」
 飛び起きる鳴女。結姫は首を振った。
「何てこと……。あれが月読の手に渡ったらとんでもないことに……」
 青ざめる鳴女。
「その前に奪い返すだけですよ。このまま月読の思い通りになんかさせるものか……!」
 圭麻が呟く。
「そうですね……。考えている暇はありません。急ぎましょう」

 『フライング・湯〜とぴあ』での、伽耶の治療は一段落ついていた。血がついたままの服という痛々しい姿ではあったが、出血は止まっていて、今は穏やかに眠っている。
「伽耶……すまない、こんなときにそばにいてやれなくて……」
 悔しそうに圭麻が呟く。
「大丈夫だって!俺が治療したんだからすぐよくなるぞぉ」
 那智が自信たっぷりに言った。この様子だと言葉どおり安心してよさそうだ。
「隆臣は?」
 結姫は泰造に聞いてみた。
「そういえば……外に居なかったか?」
 首を振る結姫。
「ええっ、隆臣またどこか行っちまったのかぁ!?」
 那智が半泣きになりながら叫ぶ。
「どうして……どうして一人で行っちゃうのよ……隆臣っ……!」
 結姫も泣きそうな顔で呟いた。
「くそっ、こんなときに宝珠も隆臣も行方知れずかよ……。いやーな予感がしやがんぜ」
 泰造が苛立たしげに壁を蹴った。
「とにかく、今の状況じゃどうしようもない。何か動きがあるまで待つしかないだろ」
 颯太が冷静に言った。
「……闇エネルギーレーダーを使いましょう」
 圭麻がぼそっと言う。
「闇エネルギーレーダー?」
 颯太が聞き返す。
「隆臣がまたいなくなった時のためにつけておいたんです。ただ……感度がいまいちですけど……」
 圭麻はコンソールを操作した。
「……だめか。隆臣はこの近くにはいない。レーダーで拾い切れないんだ」
「じゃぁさ、この辺適当に飛んでりゃ、近くに来た時反応すんだろ?探してみようぜ」
 泰造の言葉に圭麻が頷いた。
「じゃ、途中藍も拾っていってくれよ。さすがに一人っきりにしとくのは心配だしな」
「分かってますよ、颯太」
 『フライング湯〜とぴあ』は漆黒の空に舞いあがった。
「鳴女さん、この間に話してもらえますか?」
 圭麻が鳴女に向かって言う。
「月読さえ知らない事実をあなたは全て知っていた。そして、施した者しか解けないという封印を結姫は解いた。あなたは……そして結姫は、何者なんですか?もう、隠すこともないでしょう」
 鳴女は少し目を伏せた。
「そうですね……もう、隠す必要はありません……」

 『天の宝珠』号にカプセルがとりつけられた。
「本気なのですか、7世……」
 鳴女は目の前にいる少女に訊いた。
「うん。でも……それはこっちのセリフでしょ。本気であたしにつきあうつもりなの?」
 少女の言葉に鳴女は頷いた。
「先代にあなたの面倒を見るように言われていますから。あなたが立派な大人に成長するまで、どこまでもお供させていただきます」
 鳴女の言葉に少女は苦笑した。
「巻き込みたくはなかったけどね……。鳴女の意思じゃ、仕方ないかな……」
 鳴女は少女の言葉を思い出していた。
『あたしはね、この宝珠を封印する鍵になるの。本当は絶対に手に入れられないように、鍵なんかいらないのかもしれない。でも……本当にこの宝珠が必要になった時のために、あたしが許した時だけ使えるように……ね』
 須佐之男からこの宝珠を奪い返すために、多くの犠牲を払った。もう、この過ちを繰り返してはならない。この宝珠を処分することは至極当然のことだった。しかし宝珠を処分するということは、結晶化したエネルギーを開放することにほかならない。地上ではそんなことはできないし、この文明では宇宙への開発は行われていないため、宇宙に捨てるということは考えることもできなかったのだ。
 少女と鳴女はそれぞれカプセルに入った。二人はいつ覚めるとも知れぬコールドスリープに入ったのだ。
 少女……天照7世は光と闇の宝珠の箱に封印の紐を結んだ姫、『陰陽珠葛封紐結姫』の称号をつけられ、大空へと運ばれていった。


「それじゃ……結姫が天照7世だったってことか……?」
 圭麻が驚きの声を漏らした。結姫の入っていたカプセルに残っていたプレートは、天照7世につけられた称号の一部だったのだ。
「はい。『天の宝珠』号は千数百年の間空を飛びつづけ、地上に落ちました。その後は私達のコールドスリープだけが機能しつづけていたのです。そして……それを、月読が見つけたのです。月読はこの船から4つの宝珠を持ち去りました。その時に私達のコールドスリープが解除されたのです」
 しかし、天照7世のカプセルはどこかでイジェクトされたらしく、見つからなかった。
 月読は宝珠の持つ力を知り、その力を使いほんの2年で帝都を巨大都市に成長させた。そして、自らの権力も揺るぎないものとしたのだ。
「私はその間に『天の宝珠』号をより遠い所に移動させて隠しました。そして、宝珠と天照7世を探していたのです。月読は用の済んだ宝珠と引き換えに莫大な資産を得ていました。宝珠は人々の手をめぐっていてみつけだすのは困難を極めました。そんなとき、月読が宝珠を探しているという情報が入ってきたのです。そして、月読の指示で宝珠を入手しようと、隆臣達が動いていることを知り……」
「隆臣を追っていた俺達に依頼をもってきたって訳ですね?」
 鳴女のあとを泰造が引き継いだ。鳴女は頷いた。
「おそらく、結姫はイジェクトされた時のショックで記憶を失ったのでしょう。ただ、結姫が自分が封印を解ける存在であるということを忘れていたのは、ある意味好都合だったのです。伽耶さんは巻き添えでひどい目に遭わせてしまいましたが……。宝珠と結姫は今まで守り抜くことができました」
 確かに、それを知らなかった月読は結姫を狙ってはこなかった。
「なるほど……事情は分かりました」
 圭麻は一息ついた。
 その時だった。けたたましい警報音がコクピットに鳴り響いたのは。

 社のゼウグはやがて海にでた。そして、沖合いの船へと向かっていく。
 あそこに月読がいるのか?
 隆臣は社に気付かれないように追尾を続けた。社のゼウグはその船のデッキに降りた。
「待っていたぞ、社」
 月読が社に歩み寄った。
「月読様。宝珠を奪ってきました。この通り「闇の宝珠」と「光の宝珠」もいっしょです」
 月読の手に宝珠が渡された。
「そうか。この時をどれほど待ちつづけたことか……」
 月読が満面の笑みを浮かべた時だった。
 空から黒い影が舞い降りた。黒い翼。
「貴様は許せん。この手で殺してやる」
 月明かりを背に浴びながら隆臣は低く言い放った。手にしたレーザーブレードが光る。
「お前は……!私のあとをつけて来たのか!?」
 驚く社。
「ふふふ、こちらから探す手間が省けたではないか。このままここを実験場にしよう」
 月読は精神エネルギーを『光の宝珠』に送り込んだ。月読の手から光のエネルギーがあふれ出す。
「うぐっ!?」
 普通の人間なら影響を受けない微弱な光のエネルギーも、隆臣にはダイレクトに影響を与える。隆臣は身動きができなくなった。
「照射機をもってこい」
 月読のもとに、機械が運ばれて来た。そこに闇の宝珠をセットする。
「照射しろ」
 機械からはどす黒い闇の波動が隆臣を搦め取ろうとする触手のように伸びだした。そして、隆臣の体に闇の宝珠からの凄まじい闇のエネルギーが注ぎ込まれた。
 隆臣の体が変化しはじめた。人としての姿が失われている。
「ふふふ、気分はどうだ?照射が終われば貴様はただの化け物だ。『光の宝珠』の放つ光のバリアの中で私に飼われるのだ。私が必要とした時だけ、檻から出してやろう。その時は思う存分暴れるがいい」
 ほくそ笑む月読。
「貴様の思うようにはならん……っ!」
 隆臣は吠えると、闇の照射を逃れ、光の波動を打ち破り、月読に襲いかかった。
 闇のエネルギーを纏った手で月読の首を掴む。
「ぐおおぉぉっ……」
 月読の体は闇のエネルギーに堪え切れずに見る間に喪失していく。月読が手にしていた宝珠がばらばらと床に散らばった。
「ひ……ひいいぃっ」
 社は慌てて逃げ出し、海に飛び込んだ。他の船員もパニックになっている。
 その混乱の中、隆臣は闇のエネルギーを身にまとったまま溶け込むように闇夜に飛び去っていく。

 闇エネルギーレーダーの表示には強い反応が現われている。
「これは……闇エネルギーの反応だろう!?隆臣なのか?」
「そんなはずはありません……。隆臣の反応なんかじゃない……もっと桁外れの反応です……っ!」
 颯太の言葉に圭麻は首を振った。
「月読め、始めやがったな……。行ってみよう!」
 泰造が画面を睨みつけながら言った。
「気をつけてくださいっ……!もし、もう彼に闇エネルギーが照射されているのなら、近づくのは危険ですっ!」
 鳴女が叫ぶ。
「動きだしたぞ!?」
 闇エネルギーの反応はゆっくりと、『フライング・湯〜とぴあ』から逃げるように動いていく。

 遠くへ行かなければ。
 隆臣は、自分の体を取り巻いている闇のエネルギーが少しずつ自分の体を蝕んでいくのを感じていた。
 このままでは、この体を自分では制御できなくなる。
 その前に、遠くへ行かなければ。
 伽耶も結姫も、巻き込むわけにはいかない。そう思い、より遠くへと行こうとする。
 が、その思いも虚しく、隆臣は体を包む激しい苦痛に耐えきれず、海に堕ちた。
 隆臣が海から浮かび上がり、再び空に舞いあがった時には、すでに人としての姿は残っていなかった。

「おい、あそこに何かあるぞ!?」
 那智がそれに気付いた。
 海の上に漂う船。
「ちょうど、さっき強い反応があった場所だ……。おそらく、月読の船だろう」
 颯太がレーダーと見比べながら呟く。
「よし、行ってみようぜ!」
 泰造がコックピットを飛びだした。
「あのバカ、どうやって行く気だよ……」
 颯太の呟きを後目に、結姫はその後を追う。
「結姫!?」
 慌てて圭麻が呼び止めるが、結姫は止まらなかった。
 泰造は入口のハッチを開けて下を見下ろしていた。
「うわー、高いのな……。こりゃ、飛び降りられねーぞ……」
 上空数百メートルを飛行中の飛行船から下界を見下ろし、気おくれする泰造。普通、この高さから飛び降りれば間違いなく死ぬ。
「ビンガっ」
 結姫の声に泰造が振り向く。そこでは、結姫がビンガを大きくしていた。
「乗って」
「おうっ」
 結姫に促されるまま、ビンガに飛び乗る泰造。二人を乗せたビンガは、漆黒の空と漆黒の海の狭間に飛び立った。

 モニターに、闇を舞うビンガの姿が映し出された。背中には二つの人影が見える。
「行けないと思ったらその手があったのか」
「仕方ない、俺達も一旦高度を下げましょう」
 圭麻が『フライング・湯〜とぴあ』の高度を下げようとした、その時だった。
「……おい、これ……反応が近づいてきてるぞ!?」
 レーダーに映し出された闇エネルギーの反応が、颯太の言う通り近づいてきていた。
「あの船に……宝珠があることを祈るしかできませんね、今の状態じゃ」
 圭麻は歯噛みした。

 ビンガは船のデッキに舞い降りた。が、着地に失敗し、結姫と泰造は振り落とされた。
「もう少しマシな着地できねーのかよ……あいたたたた」
「ごめん、ビンガ鳥目だから」
 立ち上がりながら結姫が言う。
 暗いデッキを見渡した泰造は、自分たちが船員たちに取り囲まれていることに気づいた。
「おい……。これがみんな敵だったらどうするよ?」
 呟く泰造。身構え、戦闘態勢に入る。が、そんな泰造の姿を見て、船員たちは一斉に逃げ出した。中には海に飛び込んでいくものまでいる。
 ただでさえ混乱していた所に訳のわからないものが空の上から降りて来たのだから、パニックになって当然ではある。
「よし、今のうちに宝珠を探そうぜ」
 泰造がそう言いながら船の中に入ろうとする。
「あっ、あった!」
 結姫が月明かりに煌めく5つの宝珠を見つけた。
「なにっ、マジか!?」
 泰造は慌てて引き返してきた。
 デッキに5つの宝珠が散らばっている。そして、その近くにあった機械を調べると、もう1つの宝珠も見つかった。
「なーんだ、楽勝じゃん。よし、帰ろうぜ」
 泰造が『闇の宝珠』を機械から取り外しにかかったその時だった。
 突然大きく船が揺れた。泰造と結姫はデッキに倒れ込んだ。
「なんだぁ!?」
 機械の角に頭をぶつけた泰造は怒りに満ちた顔で辺りを見回した。
 月明かりに照らされたデッキに、黒い穴のようにぽっかりと黒い影が浮き上がっていた。そこには、異形の生物がいた。
「な、なんだこりゃ……!?」
 漆黒の竜。到底この世に存在するとは思えない生き物だ。
「まさか……これが隆臣なんじゃ……」
 結姫が青ざめた顔で見る。
「チッ、こんなデカブツ、どうにもなんねーよ!逃げるぞ、結姫っ」
 立ち尽くす結姫をかっさらい、泰造はビンガに飛び乗った。ビンガは闇夜に飛び上がり、ひときわ明るい星のような『フライング・湯〜とぴあ』目指し飛びあがった。
 一瞬遅れて、下のほうから轟音が押し寄せた。黒竜が月読の船の上で暴れだしたのだ。船は真ん中から真っ二つに割れ、炎とともに海に没していく。船に乗っていた人々も、海に投げ出され、一人、また一人と海の中に飲み込まれていく。
「やめてっ……やめてよおっ!」
 結姫は泣き叫ぶが、その声は黒竜には届かない。
 黒竜は、沈みゆく船から飛び上がった。
 『フライング・湯〜とぴあ』を目指して飛んでいる、というのはすぐに分かった。
「やめてええぇぇっ」
 結姫の悲痛な声が闇に虚しく響く。
「野郎っ!」
 泰造が光の宝珠を手にとり、気合いをこめた。辺りをまばゆい光が包み、白昼のようになった。
 黒竜は突然の光にもがき、そのままどこかへと飛び去っていった。

「たいぞおおおおぅ」
 『フライング・湯〜とぴあ』に宝珠を持ち帰った結姫と泰造を那智の泣き顔が出迎えた。
「ビビったぞおおおおおおぉぉぉぉ、死んだかと思ったあぁぁぁ」
「俺がそう易々と死ぬわけねーだろ」
「バカ、お前じゃねーよ、俺だよ、俺。絶対死んだと思ったぞぉ」
 妙なやりとりを始める泰造と那智を無視し、結姫はコクピットに向かう。
「鳴女さんっ……、今のって、やっぱり隆臣なの!?」
 聞かれて鳴女は深刻な表情になった。
「残念ながら、そうです」
「それじゃ、もう元に戻せないの!?」
「おそらく……。かつて須佐之男があのようになった時、光のエネルギーを照射して消滅させましたから……彼もおそらく光のエネルギーの照射を受けると消滅してしまうでしょう」
「そんな……それじゃ、なんのために、みんなこんなにがんばったのか分かんないよぉっ」
 泣き出す結姫。
「まぁ、このまま放っておくわけにもいかないだろう。今度あいつが来たら、その宝珠の力で消し去ってやらないとな」
「そんな……」
「とにかく、一度俺の家に!伽耶を乗せたまま荒っぽいことをするわけにもいきませんからね」
 圭麻の提案で、『フライング・湯〜とぴあ』は帝都へと向かって行く。
「おい、まずいぞ。こっちに向かってくる!」
 颯太の言う通り、闇エネルギーレーダーの反応が近づいてきている。
「高度を下げましょう。見つかりにくいし何かあった時のためにも」
 圭麻の操縦で高度が海面ぎりぎりまで下げられた。
「よぉし……隆臣、俺が消し去ってやる。てめーとの決着をつけてやるぜ!」
 泰造は、『闇の宝珠』が取りつけられていた機械を担ぎ、デッキの露天風呂を目指した。
「た、泰造……」
 結姫もその後を追った。

 結局、露天風呂には伽耶に付き添っている圭麻以外全員が出てきた。
「ちくしょう、真っ暗で何も見えやしねーぞ……!」
 泰造は近くまで来ているはずの黒竜の姿を探した。しかし、見渡せど星空が広がっているばかり。
「どこだ……」
「方角はあっちのほうだぞ、確か」
 颯太が指差す方向に目を向ける泰造。
「……!?見えたっ」
 闇に紛れ、かなり近くまで来ていたようだ。泰造が慌てて機械の準備をしている間にも、黒竜は目の前にまで迫っている。すでに『光の宝珠』は取りつけてあるので設置するだけだが、据えつけがよくない。
「隆臣ぃ、どうしちまったんだよおぉっ」
 那智が身を乗り出した。
「バカ、あぶねぇっ!」
 颯太が制止するが那智はお構いなしだ。
 黒竜はまるで様子でも見ているかのように、『フライング・湯〜とぴあ』の付近を飛び回っている。
「ちくしょう、狙いが定められねーぞ!?」
 泰造が歯噛みする。
「やめてよ……隆臣を消しちゃわないでっ……」
 結姫は泰造にすがりついた。
「でもよぉ……ほっとけるかよ!このままじゃ、あいつ、この世界を滅ぼしちまうかも知れねーんだぞ!?」
 泰造は狙いを再び狙いを定めようとする。
 黒竜が一気に近づいて来た。
「来やがるか!?」
 泰造は光のエネルギーを照射した。しかし、光のエネルギーは黒竜をかすめるに留まった。それでも多少は効き目があったらしい。空中でもがいている。
「隆臣っ……」
 たとえあのような姿になっても隆臣は隆臣だ。それが、苦しんでいるのを見ることは、結姫にとっても苦痛だった。
 黒竜は、結姫たちの背後のデッキに降り立った。衝撃で船が水面をかすめる。
「くそっ」
 照射機を担ぎ上げ、向きを変える泰造。その横を、那智が駆け抜けていった。
「隆臣っ」
 だが、黒竜はそれを避けるように飛び立つ。
「那智を……避けてる?」
 颯太がぼそっと呟く。
「そうか……さっきから遊んでやがるのかと思ったら、那智がいるから近寄れないんだっ」
「がーん……俺ってそこまで嫌われてるわけ!?ひでーよおおぉぉ」
 泰造の出した結論に那智は激しくショックを受けた。
「能天気パワー……恐るべし……」
 圭麻は至極真面目な顔で呟く。
 黒竜は、デッキの反対側に降り立った。泰造はまた機械の向きを変える。そろそろバテてきたようだ。
「な、なめんじゃねーぞぉ……」
 その横を、那智が駆け抜けて行く。
「今度は逃がさないぞおっ」
 那智が飛びつこうとした。が、あっさりと躱された。那智は空振りして海に落ちた。
「あのバカっ……」
 那智の落ちた所に水柱がたった。水柱はみるみる後ろに離れて行く。
「くそっ……」
 意を決して颯太は海に飛びこんだ。
「おいっ、颯太!お前泳げんのかよ!?」
 泰造が叫ぶが、もう聞こえるわけがない。
「ちっ……」
 泰造が正面に向き直ると、ちょうど真っ正面に黒竜が飛んでいた。那智がいなくなったことで、もはや止めるものはない。
「よしっ……そこを動くんじゃねー!」
 泰造は照射機のスイッチを押す。
 ど真ん中、捕らえた。
 そう思った瞬間だった。
「だめーっ!」
 結姫が、泰造と隆臣の間に入り込んできた。
「な……」
 慌ててスイッチを離すが、もはや間に合わない。光エネルギーの束が、結姫の体を貫いた。
 激しい閃光が辺りを包み込む。それに怯んだ黒竜が大きく羽ばたき、逃げ惑う。
 その衝撃で『フライング・湯〜とぴあ』は大きく傾き水面に叩きつけられ、黒竜の翼の起こした風で泰造と鳴女は海に投げ出された。そして、泰造は結姫の体がその風に、まるで木っ端のように飛ばされるのを見た。
 弧を描き、海に落ちようとする結姫を、寸前で受け止める影。ビンガだった。

「那智っ、大丈夫か!?」
 必死に泳いでいた那智は、自分を呼ぶ声にあたりを見回した。
 変化のない水面に、わずかに何かが見えた。目を凝らすと、颯太の顔があった。
「そ、颯太!?」
「那智、無事だな!良かった……」
 颯太が手を伸ばしてきた。那智もその手を掴もうと手を伸ばす。
「颯太、お前、泳げないんじゃ……」
 那智がそういった途端、颯太が沈んだ。
「うわーっ、おいっ、颯太、しっかり、しっかりしろっっ……やっぱ泳げねーんじゃねーかっ、なにやってんだよおぉぉ」

 船が大きく傾き、圭麻と伽耶は投げ出された。
「いてててて……!?伽耶!」
 圭麻は伽耶に駆け寄った。
「圭麻……何、今の」
 今の衝撃で伽耶は目を覚ましていた。
「わかりません……」
「サンちゃんは!?サンちゃんはどうなったの!?」
 伽耶は起き上がろうとした。傷の痛みに顔をしかめる。
「伽耶、まだ無理はしちゃいけません」
「圭麻、みんなはどこ?」
「隆臣は……間に合いませんでした。月読の手により大きな竜に姿を変えてしまいました。おそらく、今の衝撃は隆臣がこの船を襲ったか、隆臣が消し飛んだか、どちらかでしょう」
 伽耶は目を伏せた。そして、目を開けると、立ち上がり、よろよろと歩き出した。
「伽耶、どこに……!?」
「何が起こったのか、この目で確かめたいの……」
 伽耶の悲痛な訴えを、圭麻は退けることができなかった。
「分かりました。……俺もみたいですからね。行きましょう」
 伽耶は圭麻の肩を借り、ゆっくりとデッキを目指した。

 どうにか『フライング・湯〜とぴあ』にたどり着いた鳴女は、あたりを見回した。
「結姫!?泰造さーん!」
 鳴女は声の限り叫ぶ。返事はない。がっくりと肩をおとす鳴女。
 その後ろにいきなり泰造が浮かび上がった。
「ぶえーっ、ぐほ、ぐほ、ぐああああああっ。しょっぺーっ」
 泰造はしこたま海水を飲んだようだが、無事なようだ。
「泰造さん無事でよかった……。結姫は!?」
「な、なき……めさん……こそ……ぐほっぐほっ」
 まだしばらくまともに喋れそうにない。
「結姫なら……ビンガが受け止めたのを見ましたよ……げほっ」
 苦しそうな顔をしながら、泰造が空を仰ぎ見た。
 空を、光り輝くものが横切って行く。

 那智は、どうにか近くにあった海洋探査用施設らしいものに取りすがることができた。
「ったく……颯太が無茶するから倍の労力つかっちまっただろー!?」
 那智は颯太を引きずり上げた。
「おい、聞いてんのかよ、颯太!」
 颯太の返事がない。
「おい、颯太」
 那智は颯太を揺すってみた。反応はない。
「お、おい……しっかりしろよ、……ま、待てよ……息してねーじゃねーか!颯太ああぁぁぁ」
 涙目になりながら颯太を揺すったり叩いたり殴ったりする那智。
 少し落ち着いて、颯太の脈を見てみる。
「な、なんだよ……脈あるじゃん……おどかすなよ……心臓止まりそうになったぞぉ」
 しかし、相変わらず息はしていない。
「これは……」
 那智はつばを飲んだ。
「な、何考えてんだよ、俺は……これは颯太を助けるためなんだからなっ」
 真っ赤になって一人で騒いでいる那智。
 そして、那智はようやく覚悟を決めた。

 傾いた船のデッキは半ば海に浸っていた。そのデッキのへりに、泰造と鳴女がしがみ付いている。
「大丈夫ですか!?」
 圭麻が声をかけた。
「俺達は大丈夫だ!それより、伽耶さん起きて大丈夫なのかよ!?」
「那智がいないと分かりませんけど、伽耶が気になるって言うんで連れてきたんです。どうなったんですか!?」
「那智なら海におっこっちまったぞ!颯太と藍もそれを追いかけて飛び込んじまった。那智は大丈夫だろうけどよ、藍と颯太のほうが心配だなぁ」
 泰造の不安は大当たりである。
「結姫は?それに……隆臣は!?」
「俺が隆臣をあの機械で撃とうとしたら、結姫がかばって前に出たんだ。結姫は光のエネルギーをモロに浴びちまった。どうなるかわからねー。隆臣は……どっかに行っちまったよ」
「そんな……」
「それにあの機械は今ので海に落っこっちまったみたいだ。光の宝珠もいっしょだ。もう、どうにもならねーよ……」
 泰造が諦めたように言った。
「なぁ、この船、まだ飛べるのか?」
 泰造が圭麻のほうを向き直る。
「わかりません。見てみないと……」
「飛べるんだったら少し引き返して那智と颯太探そうぜ。隆臣のことはそれから考えよう」

「ん?那智。無事だったのか?」
 目を覚ました颯太の第一声はそれだった。
「バカぁ!『無事だったのか』じゃねーだろおおぉ!?お前が無事じゃなかったんだぞぉ!?」
 那智は颯太を思いっきり引っぱたいた。
「いてぇっ、何すんだよ」
「おまえさー、泳げないくせに飛び込んでくんなよぉ。俺、ここまで来るのに二人分で倍疲れたんだぞぉ。それに……死にかけてたんだぞ、颯太」
「え?」
「何とぼけた顔してんだよ。さっきまで息してなかったんだからな、お前!死ぬほど心配したんだぞおぉ!?」
「本当か?よく助かったな、俺も……」
「あのなぁ、颯太……。俺がどんだけ苦労して……」
 那智が愚痴りだした時だった。
「ちゅー、したんだよね」
「うわあああああぁぁぁぁ」
 いつの間にか、藍がそこにいた。ということは、颯太と一緒にくっついてきていたということだ。溺れる颯太に気をとられ、まるで気付いてなかった。
「ら、藍っ……、内緒、内緒なっ」
 那智は慌てて藍を遠くに連れて行く。
「何をしたって?」
「何でもないっ、何でもないぞぉ。うん、そうに違いないっ……。はー、びっくりした……」
 取り繕う、というか勢いでごまかす那智。
「なぁ、さっき俺、息してなかったって……。那智、まさか……」
 颯太は唇を押さえた。
「……なんだよ、バレてんじゃん」
 那智は颯太の横に腰を降ろした。
「ありがとうな」
 颯太は照れ臭そうに言った。
「颯太こそ……泳げないくせに俺のこと、助けようとしてくれたんだろ?ありがと」
 二人の目が合った。
 しばらく、そのまま見つめあう二人。
 その顔が少しずつ近づいて行く。
 そして。
 横で藍がじーっと見ているのに気がついた。慌てて顔を離す二人。
「子供の見ている前じゃ、やめような」
「な、何をだよ……」
 颯太と那智は固まった。

 光のエネルギーの照射を受けた結姫は、全身が熱くなるような感覚に襲われていた。
 意識は遠のいてきている。
 体の周りを取り巻いている光が、まるで体を溶かしているようだった。
 みんな、どうなったんだろう。
 邪魔しちゃったけど、みんな無事でいてほしい。
 隆臣にも。
 みんなに謝りたい。隆臣も止めなきゃ。
 あたし、行かなくちゃ……。

 空はうっすらと明るくなってきていた。
「いたぞ、あそこに見えた!」
 泰造が指差すほうを見ると、確かに人影のようなものが動いている。
 『フライング・湯〜とぴあ』を、海に浮かぶ施設に横づけし、那智と颯太、そして藍を拾った。『フライング・湯〜とぴあ』は大した損傷もなく、問題なく飛ぶことができたのだ。
「もう助けに来てくれないかと思ったぞぉ」
 那智が喚いた。
「みんな、無事でよかった……」
 颯太がそう言うと、みんなの表情が曇る。
「ん?そういえば……結姫がいないな。何かあったのか!?」
 泰造は事情を説明した。
「そんな……。鳴女さん、光のエネルギーを浴びるとどうなるんです?」
 颯太が鳴女に問う。
「闇のエネルギーを浴びた時と同じです。体が耐えきれずに蝕まれてしまうでしょう。わずかな量であっても精神が破壊され、多ければ肉体をも……」
 返ってきたのは絶望的な答えだった。
「ふっ飛ばされてさ、海に落ちそうになったところをビンガが助けたのは見たぜ。でも、そのあとどこに行ったのかわかんねーんだ」
 泰造がそう言いながら、空を見あげた。
 その時、空をまばゆい光が覆った。

 行こう、ビンガ。

「な、なんだ、これ……」
 圭麻はまぶしさに目を細めた。
 光は一瞬だった。空の一点に吸い込まれるように急激におさまる。そして、光の珠が空に浮かんでいるのが見えた。進行方向だ。
「なんだ、あれ……」
 光の玉に、接近していく。いや、光の玉がこちらに向かってきてもいる。
 近づくにつれ、その光の玉がはっきりと見えるようになった。
「あれは……ビンガ!?」
 ビンガが光を纏い、こちらに向かって飛んできているのだ。
 ビンガが、デッキに降り立った。その背に、結姫の姿はない。
「結姫は……!?」
「消滅……しちまったのか!?」
 泰造が震える声で呟いた。
 ビンガは再び羽を広げた。ビンガの姿が歪む。そして、ビンガはみるみるうちに姿を変えた。
 結姫に。
「結姫……?なのか……?」
 圭麻は恐る恐る訊いた。
 顔は結姫だが、背丈は圭麻ほどになっている。髪も長く、何より背中にはビンガの羽。
「これはまさか……結姫が光のレセプターだったというの……!?。レセプターなんて、100万人に一人いるかいないかという確率なのに……!」
 鳴女が信じられない、と言うような顔をしている。
「みんな……心配かけてごめん。あたし、隆臣が消えちゃうのいやだったから……」
 変わってしまった結姫に、どう対応していいのか戸惑う面々。
「隆臣を止めなきゃ。みんな、行こう」

 どぉん!
 突然、凄まじい音が轟いた。
 さっきまで、颯太たちがいた施設の上に、黒竜の姿があった。隆臣だ。
「隆臣……っ」
「結姫!危ない、戻れっ」
 圭麻の声を背に、結姫は翼を広げ朝焼けの空に飛び上がった。
『結姫か?』
 隆臣の声が聞こえた。結姫の心に、隆臣が呼びかけてきたのだ。
『俺を消してくれ……。俺の心が奴らに取り込まれる前に……早く!』
 隆臣は、まだ心を完全に蝕まれてはいないのだ。
「今、助けてあげる……」
 結姫は手を広げ、隆臣の前に躍り出た。
『逃げろ、食われるぞ……!』
 目の前の隆臣は大きな口を開き、結姫に食いつこうとした。
 だが、光のバリアに阻まれ、隆臣はそれ以上近づくこともできない。そして、バリアがまるで反り返るように広がり、結姫ではなく隆臣を包み込んだ。
 バリアは、そのまま隆臣を締めつけるようにすぼまって行く。隆臣はバリアに押されるようにだんだん小さくなっていく。
 バリアは最後にまばゆい光を放つと、はじけるように消し飛んだ。中から現われたのは黒い竜ではない、人の姿をした隆臣だった。
 隆臣の、人としての姿を取り返すことができたのだ。
「よかっ……た……」
 そして、結姫も力尽きたように地面に落ちていった。

 結姫が目を覚ますと、隆臣の顔が目の前にあった。隆臣は目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。
「隆臣……?」
 不安になって結姫が顔をのぞき込む。静かな寝息が聞こえた。ほっとする結姫。
「隆臣……起きて」
 隆臣を揺さぶる結姫。その時、隆臣の背中にまだ羽が残っていることに気づいた。
 結姫の力では、隆臣を完全に元に戻すことはできなかったようだ。それでも、竜の姿よりはいい。
 いつの間にか、朝日が昇っていた。自分の影が隆臣の上に落ちている。そして、その影を見て、結姫は気がついた。
「あ……。あたしも元に戻んないや。……ま、いっか」
 結姫の背中にも羽が残ったままだった。

 朝日が顔にあたると、隆臣が目を覚ました。
「ん……?俺は……元に戻ったのか?」
 手を見ながら隆臣が呟いた。
「そうだよ、隆臣……」
 隆臣は結姫を見つめた。
「結姫か……?別人みたいだ。俺みたいにエネルギーを浴びたのか?」
「うん。おそろいだよ」
 結姫は羽を広げた。
「ねぇ、隆臣……。あたし、もう子供じゃないよ。それに……、次代の天照だったんだって。あたし、お姫様なんだよ。……ねぇ、今のあたしが隆臣のこと、好きだっていったら……隆臣はあたしのこと、好きって言ってくれる?」
 隆臣は微笑みながら言った。
「……ああ、好きだ。もう、お前を手放したりしない」
「うれしいっ……」
 結姫は隆臣の胸に飛びこんだ。
 だが、二人っきりの時間はそんなに長くなかった。
 すぐに、二人の安否を気にする圭麻たちが来てしまうからだ。


エピローグ


 官邸は完全に破壊されてしまった。
 そして、官邸の持ち主である月読も今はもういない。昨夜のうちに、救助された月読の船のクルーにより、そのことが明るみになった。混乱を避けるため、公表はされていない。クーデターから逃れるために隠遁している、ということになっているのだ。
 伽耶は、瓦礫の山になってしまった官邸を淋しそうに見つめていた。
 隆臣と始めて会ったのもここだった。いい思い出ばかりでもないが、それでもいろいろな思い出のつまった場所だった。だが今は跡形もない。分かってはいたが、こうして目の当たりにしてしまうと、ショックは大きい。
 呆然と立ち尽くしていた伽耶は、足音が近づいてくるのに気付いてふり返った。
「ここにいたんですか、伽耶」
 後ろに立っていたのは圭麻だった。
「いきなりいなくなったんでびっくりしましたよ」
「ごめんなさい……。でも、ここがどうなったか気がかりで……」
 伽耶は軽く頭を下げた。そして、官邸のほうに向き直る。
「お父さま、いなくなっちゃったし、帰る所もなくなっちゃった……」
 呟く伽耶の頬を涙が伝った。
「何を言ってるんです、伽耶。帰る所ならあるじゃないですか」
 伽耶は顔を上げた。
「俺のうちは一人で住むには広すぎます。伽耶が帰ってきてくれれば賑やかになりますよ」
「いいの?」
「もちろん。昔に戻るだけですよ」
 圭麻はそっと伽耶の肩を抱いた。
「ありがとう……」
 伽耶は圭麻に促されるように歩き出した。かつて圭麻たちと短い日々を過ごした『わが家』へ。

「ありがとうございます、皆さんのおかげで世界を守ることができました」
 鳴女が頭を下げた。
「それで……報酬の件なんですが……」
「お金っ♪おっかね〜♪」
 鳴女がおずおずと言う。那智は報酬と聞いて目を輝かしている。
「実は……お金、持ってないんです……」
 固まる那智。
「わ、私これでもポケットマネーは結構あるんですっ。でも……でもっ」
 鳴女は財布を取り出した。確かに分厚い財布にはぎっしりと札束がつまっている。しかし、それは今の通貨ではなかった。
「2000年前の通貨……ですか?」
 颯太がものめずらしそうに見ている。
「……古銭屋に持ってけば売れるかな……」
 難しい顔で呟く泰造。
「こんな状態のいい古銭、いくらなんでもないだろ……。偽物扱いされるに決まってる」
 颯太が溜め息をついた。
「あのっ……使えないのは分かってますけど、そのお金は全て差し上げます。それと……しばらく、ただ働きさせてください。いけませんか?」
 鳴女の言葉に泰造が驚く。
「えっ。そんな、鳴女さんにこんな荒い仕事を手伝わせるわけには……」
 泰造は慌てて首を振るのだが。
「いけませんか?」
「そんなことはありませんっ」
 悲しそうな顔をする鳴女に、泰造が折れた。
「ま、『天の宝珠』号を操縦できるのは鳴女さんだけだし……。しばらくは足になるだろうからいいか……」
 颯太も納得した。
「『天の宝珠』号、お風呂ついてないんだろー?」
 那智はまだすねている。
「それじゃ、手始めに社を捕まえよう。銭湯事業運営のための政治的支援を目的とした贈賄の容疑で逮捕命令が出ている」
 那智を無視するように颯太が言った。鳴女を加えて4人になったハンターチームの初仕事が始まる。

「本当に、行くんですか?」
 圭麻が旅立とうとしている結姫と隆臣に訊いた。
「ああ。泰造の野郎、まだ俺のこと諦めてないみたいだしな。那智も一緒にくっついてくるから居心地が悪い」
「主に、那智が原因ですね」
「まあな」
 隆臣と結姫は、この町を離れる決心をしていた。どこか遠くで二人で暮らすのだそうだ。
「ときどき、遊びに来るよ。隆臣だって伽耶に会いたいだろうし。ねーっ」
 結姫の言葉に隆臣が拗ねたような顔をする。
「なんだよ、まだ妬いてんのか」
 答えずに舌を出す結姫。そんな二人を見ながら伽耶は寂しそうに笑っている。
「それより、聞きました?社が『光の宝珠』を見つけて隠し持っているという話」
 圭麻が話題を変えた。
「お前、どこからそんな話仕入れてきたんだ?」
 『風の宝珠』がなくても相変わらずの圭麻の情報の速さに隆臣が驚く。
「実は『天の宝珠』号に盗聴器と隠しカメラが仕掛けてあるんです。その中で泰造たちが作戦会議をしてたのをそっくり聞かせてもらいました」
「やることがずいぶんえげつなくなったな……」
「まぁ、隆臣に感化されまして」
「俺のせいか」
「当然です」
「いつまでたっても口の減らない奴だな。で、社はどこにいるって?」
 社の居場所を訊いた結姫と隆臣は、圭麻たちに別れを告げると大空へと舞い上がっていった。
 結局、結姫とビンガがなぜ融合したのかは分からずじまいだった。そもそも、ビンガ自体が不思議な存在だったことは確かだ。
「また……会えるのよね……」
 飛び去って行く二人を伽耶が寂しげに見送る。
「会えますよ。隆臣のことだ、ときどきたかりに来るに決まってます」
 圭麻の言葉に伽耶は吹き出した。

 『ニュー社の湯』の暖簾を一人の老人がくぐっていった。
「ここに『光の宝珠』があると聞いて尋ねてみたのだが。譲ってくれんか」
 番台に座っていた社に老人が言う。
「な、何のことですかな?知りませんぞ。お客じゃないなら帰った帰った!」
 明らかに動揺する社。
「私の目はごまかせん!あの宝珠が、私の新月の日でも満月にしてしまう研究には欠かせないのだ!」
 詰め寄る老人。
「む……なるほど、見覚えのある輩だと思ったら……貴様はあのクリスタルボルケーノに隠遁していたマッド・サイエンティストだな……!?そんな下らん研究のために宝珠は渡せんぞ!」
「露天風呂で毎日満月が見えたら、さぞやお客も入ることだろう……どうだ、私と組んでみないか?」
 マッド・サイエンティストの誘惑に心揺らぐ社。
 その時だった。
 勢いよく、泰造率いるハンターご一行が乗り込んできたのだ。
「きっ、貴様ら……!」
 社は泰造たちを見て尻込みする。
「てめーには銭湯授業のシェーン……なんだっけ」
「銭湯事業運営のための政治的支援を目的とした贈賄の容疑、だ」
 セリフを覚え切れない泰造を颯太がフォローする。
「そうだそうだ、その容疑がかかってんだ!神妙にお縄頂戴しやがれ!」
「お縄頂戴は古いぞぉ、泰造」
 那智の茶々は例によって無視された。
「『光の宝珠』も返してもらいますよ」
 鳴女が社に詰め寄る。
「ま、待て……話をする前に、礼儀はわきまえてもらう。女ども、そっちは男湯の入口だ。女はちゃんと女湯の入口から入ってもらう!」
 仕方なく言われた通りにする那智と鳴女、そして藍。
「お前もだ」
「俺は男だ……」
 颯太は静かに怒る。
「ふふふ、バカな奴だ。自分から挟み撃ち状態になるとはな……。社、覚悟しろっ」
 泰造が勝ちを確信したように笑みを浮かべた。
 対する社も不敵な笑みを浮かべる。その瞬間、番台がせりあがった。
「右と左を挟んだからなんだというのだ。上に逃げる私には関係ないわっ」
「しまった……!」
「階段だっ、あそこの階段から上に行けるぞ!」
 階段を上り、社を追うハンターたち、そしてマッド・サイエンティスト。
 女湯方面にいたらしい真苗も女湯側の階段を上ってきていた。
 2階には壁一面に社のコレクションが飾ってあった。
「こ、この中に『光の宝珠』があるに違いないっ」
 大急ぎで探し始めるマッド・サイエンティストと真苗。
「ふはははは、探しても無駄だっ、『光の宝珠』はこの番台を使わねば近づくことのできないこの高いケースにしまってあるのだ」
 黙っていれば分からなかったかもしれないのにわざわざ教える社。社の横に宙づりになっているガラスケースの中に、淡い光を放つ『光の宝珠』。
「ちくしょう、社も宝珠もあんな所じゃ手が出ないぞ!?」
 泰造が悔しげに叫ぶ。
「真苗、『罠B』のファンクションだ」
「うんっ。ファンクション『浮遊』っ」
 真苗の体が宙に舞う。そして、真苗の手はケースに届き、『光の宝珠』をあっさりと奪い取る。
「と、飛んでくるとは卑怯なっ」
 社は真苗を捕まえようとしたが、すでに降りだしている真苗に、高い番台からは手が届かない。
「おじいちゃん、遂に宝珠を手に入れたわっ」
 自慢げに宝珠を見せびらかす真苗。
 その時、窓が割れる音がした。
 その窓から、結姫と隆臣がのぞきこんでいた。
「あっ、見て、宝珠宝珠」
「いただきだな」
 二人は羽を広げ、真苗目がけて飛んできた。
「ごめんね、宝珠はもらうから」
 結姫が呆気に取られている真苗の手から宝珠をもぎ取る。
「このまま君も奪い去ってしまいたい……」
 隆臣はまっすぐに真苗の目を見ながら真苗の手をやさしく握る。
「えっ。ええっ?えーっ!?」
「隆臣っ、なにやってるの!」
 結姫の怒鳴り声にぎくっとする隆臣。
「……これを」
 隆臣は真苗に何かを手渡し、離れていった。
「あの宝珠がなければ『毎日お月見』計画も『夜の光合成』計画も全て計画倒れになってしまうっ……!」
 床に降りてもぼーっとしていた真苗だったがマッド・サイエンティストの叫びに我に返る。
 結姫と隆臣は入ってきた時のように、窓から出ようとしていた。
「ファンクションっ、『投網転送』っ!」
 結姫と隆臣の頭上の何もない空間に、突然網が出現した。
「邪魔だっ!」
 隆臣はレーザーブレードを抜き払うと、網を一瞬にして切り裂く。そして、そのまま空に飛び立って行った。
「あんにゃろー……。追いかけるぞ!」
 もう走り出している泰造。
「待てよ、泰造!せっかくここまで来てお風呂入らないで帰る気かよ!?」
 那智が叫ぶ。
「そんなのあとにしろっ!あとでいくらでも入れるっ」
「そんなぁ」
 那智は名残惜しそうな顔でついてくる。
 泰造たちは銭湯から駆け出た。その目の前には結姫たちが立っていた。
「鳴女さん、これで全部そろうんでしょ?」
 結姫は、さっき真苗からもぎ取った『光の宝珠』を鳴女に手渡した。
「今、圭麻が宝珠を封印する新しい機械を作ってるから、それが完成するまで預かってて」
「……分かりました」
 鳴女は小さく頷いた。
「たっかおみ〜っ♪」
 那智は隆臣目指してダッシュする。
 まるで闘牛士が牛を躱すように那智を躱す隆臣。
「結姫っ、逃げるぞっ」
 隆臣は空に逃げようとした。だが、那智もそれに気付き足を掴んだ。
「はっ、離せっ」
 空中で暴れる隆臣。どうにか那智を振り切る。
「行かないで、隆臣ぃ〜っ……ん?何か落ちたぞ?」
 那智が、隆臣のポケットから落ちた紙に気付いた。
「し、しまったっ……!」
 動揺する隆臣。
「どうしたの、早く行くよっ」
「……くっ、仕方ない……」
 結姫に急かされ、隆臣は飛び去っていった。
「隆臣の奴、何を落としていったんだ?」
 那智の手にした紙をのぞき込む颯太。
『ホストクラブ・スサノヲ、新装開店』
 さっき真苗に手渡したのもこのビラだった。

 銭湯に戻ると、社の姿はなかった。
「くそっ、仕方ない、ひとっ風呂浴びて帰るか……」
 悔しがる泰造、嬉しそうな那智。
「そういえば、藍は?」
 そういえば、さっきまでいたのに今はいない。
「女湯にも見当たりません。上にいるかもしれませんが」
 鳴女が呟く。
「おい、保護者。見てこいよ」
 颯太はしぶしぶ2階の様子を見に行く。
 そこに確かに藍はいた。
「はい、おやつ」
 社のコレクションをカーボンヘッドちゃんのおやつにしているところだった。

 その後、那智が隆臣のホストクラブに押しかけたことはいうまでもない。追い返されたのも、やはり言うまでもないだろう。

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