窃盗団アルフォークロア!

#8 奪還編・夕暮れの変事

「とにかく、あの様子だと那智はもうしばらく入れないだろうなぁ」
 颯太が難しい顔をした。言われてふて腐れる那智。
「とりあえずノーマークなのは鳴女さんだけだが……」
「おいおい……。鳴女さんをあんな野郎共の巣窟に単身潜入させる気かよ」
 泰造が慌ててツッコミを入れる。
「ですから、その辺は俺に考えがあります」
「で、どんなんだ、その考えってのは」
「それは……」
 圭麻の立てた作戦を聞いて、唖然となる颯太達。

「ほ、ほんとにやるのかよ……」
 目の前に置かれたものを前に、神妙な面持ちになる颯太。
「でも……やる気みたいだしなぁ」
 泰造は圭麻のほうを見た。圭麻はすでに準備バッチリだ。
「俺が奮発して大切な服を貸してやったんだから大事に着てくれよ」
 那智は結構衣装持ちなので、3着くらいどうってことない。那智はいらなくなった服を出しただけのようでもある。
 そう。颯太たちの目の前に置かれているのは那智の服である。
 それを着て……すなわち女装してあの店に入る、と言うのが圭麻の立てた作戦なのだ。
「しょーがねー、やるか」
 割り切りのいい泰造。
「ほら那智、着替えっから部屋から出てろ」
 那智は追っ払われて部屋から出ていく。
「あ、那智。みんなはどうしたの?」
 部屋から出た那智は結姫に声をかけられた。
「今着替え中。覗く?」
「の、覗かないよ……」
 そそくさと部屋から離れていく結姫。
「ま、そうだろうけど」
 そして、しばらくたつと、部屋から男たちが出てきた。女装で。
「あらっ……どなた?」
 お茶の用意をしていた結姫は結姫は目の前に現われた『女性』の正体に気付かない。
 あと4秒。3、2、1。
 結姫は正体に気付いて持っていたティーポットを床に落っことした。
「きゃああああああっ」
 結姫は熱いお茶を足に浴びて飛び跳ねている。
「な、な、なんて格好してんのよ、あんた達っ」
「変な誤解される前に言っておくが言い出しっぺは圭麻だぞ」
 颯太が圭麻に振った。それが間違いだった。
「なんでこんな格好……」
 結姫はふられた圭麻に聞き直す。
「実は……みんなには黙っていたんですが颯太たちの女装癖を知って趣味が合うなぁと……もがっ」
 颯太と泰造は圭麻を黙らせることにした。
「作戦だよ、作戦っ!」
「そうそう、女たちだけであんなケダモノの巣に潜入させるわけにはいかないからな」
 必死に誤解を解こうとする二人。その時だった。
「ママぁっ」
 と叫びながら、藍が颯太に飛びついた。颯太は何も言えなくなった。

「くやしいくらいに似合ってるわね……」
 結姫が颯太をまじまじと見詰めている。
「あんまり見ないでくれ……」
「颯太は華奢だし結構女顔だからな〜」
「うるさいなぁ!」
 那智の言葉に怒り出す颯太。
「でも、聡明な良家のお嬢さんって感じ」
 何か言いたげな颯太だが放っといて圭麻の評定に入る。
「どぉ?」
 結姫に妖しい視線を投げかける圭麻。
「ちょっと、ぶりっ子はやめてよ」
「でも似合ってないか、ぶりっ子……」
「うーん、テニスやっててコートでコーチに手取り足取り教えてもらってそうなタイプだなぁ」
 妙に具体的なたとえを出す那智。
「コーチ、どうしても空振りしちゃうんですぅ」
「のるなっ」
 颯太と泰造が突っ込みをいれる。
「泰造は……カマだよな」
「女装してますって感じ?」
 どう見てもごつい泰造はいまいちかわいくない。
「なぁ、俺いるとバレるんじゃないのか?この作戦、降りてもいいぜ」
 いい口実を得て作戦から降りようとする泰造。
「よし、まかせろ」
 那智は化粧道具を取り出し、泰造に化粧を始めた。
「よ、余計なことするんじゃねー!」
 泰造は抵抗しようとするが、抵抗できない。
「あっ。よく考えたら今度これ使う時泰造と間接キスじゃん。……捨てよ」
 口紅を塗りながら那智が呟く。
「んだとぉ!?」
「ああっ、動くなよ、口裂け女……いや、口裂けおカマになったじゃねーか!おとして、と……うん、いい感じ」
「アイシャドーは濃いほうがいいよね」
 結姫も加わって泰造の顔をいじりだす。ますます抵抗できない泰造。
「まつげのカールはちょっと抑え目にして……っと」
「顔の幅と頬骨はどうしようもないよね……」
「このロングヘアのウィッグ被せりゃいーじゃん」
「どこにあったの、そんなの」
 不思議そうな目でウィッグを見る結姫。
「あ、俺がゴミ捨て場で拾ってきた奴ですね。役に立ってよかったぁ」
 圭麻の持ち物のようだが。
「なんてもの拾ってんの……」
「大体誰のだよ、このかつら!捨ててあった奴なんか頭に乗せたくないぞっ」
 泰造はものすごくいやそうな顔をする。
「……こんなもんで完成かな……」
 改めて、泰造の顔を見る那智と結姫。
「いるー!絶対いるー!こんなOL!」
「ドラマとかじゃヒロインのコいじめてるいじわるな先輩だよなー!」
「そうそう、30近いのに男ができなくてその腹いせでいじめてるのぉ」
「アフターファイブは派手なアクセサリーつけてクラブとかに通ってたり?」
 言いたい放題な那智と結姫。
「アクセサリー、ありますよ」
「いいよつけなくて!」
「いや、役に立ってこそゴミ捨て場から拾ってやった価値というものが」
「なんでも拾ってくるなぁ……」
 アクセサリーでより華やかになった泰造。どこから見てもクラブに通ってそうな20代後半の新入社員をいじめるのが生きがいのOLだ。
「よーし、そこのギャル三人、写真とるぞぉ」
 颯太のデジカメを取り出す那智。
「だー、こんなの撮るなー!」
 慌てる颯太だが、遅かった。

 そのあと、颯太と圭麻の顔にも軽く化粧をし、遂に作戦決行と相成った。
「行くわよ……」
「颯太、言葉が女言葉になってるぞ」
「何言ってんのよ。女になりきらなかったら女装した意味がないじゃない」
「あ、そうか。よし、俺……じゃねーや、私も女言葉にしねーとな」
「全然女っぽくないけど……。バレないようにね……」
 覚悟を決めて外に出る颯太達。そして、タクシーを止める。ここまで誰にも気付かれていない。
「お客さん、どちらまで?」
 丸っこいサングラスをかけた骸骨のような爺さんのドライバーだ。
「『ホストクラブ・スサノヲ』まで」
「はいよ。ほぅ、お姉さんがた、妙に気合い入った格好だと思ったらホストクラブかい。がんばんなよ」
 いらんことを言うタクシーのじいさま。
「……この荷物はなんだ?」
 車に載っている箱が気になって仕方ない泰造。
「ああ、それかぇ。ジュースはいらんかね、姉さんがた。ほかにブレスレットなんかどうかね?」
「タクシー運転中に商売かいっ」
 つい突っ込む颯太。
「ど、どうだっていいでしょ。タクシーのあがりだけじゃ苦しいんだから」
 個人経営のタクシードライバーの苦悩を身につまされたところで目的の『ホストクラブ・スサノヲ』に到着した。

 見ると、店の前に見覚えのある姿があった。不審な社が道行く人々を見回している。
「げ、社じゃん。なんでこんな所に!?」
「どうする?このままじゃ通れないぞ」
「そんなことありませんよ。この格好で俺達だって気付くのは至難の業です。ただの女性のフリをしてなにげなく前を通りましょう」
 緊張気味に社の前を通過していく圭麻たち。が、腹立たしいほどにまるで気付かないので少しからかってやることにした。
「やだー、おやじよ、おやじぃ」
「さいてー」
「ここで待ってれば女の子寄ってくるとか思ってんのよ。甘いのよね。比べるまでもなく顔でホストに勝てるわけないじゃない」
 長台詞は圭麻。女装しているからといって言いたい放題の颯太達。
「うるさいうるさいっ。お前らなんぞに用はないっ!全く最近の若い娘どもは……」
 苛立たしげに颯太たちを追っ払う社。
「きゃーっ」
 笑いながらホストクラブに駆け込んでいく颯太たちを後目にホストクラブの前で通りがかった女性を追い飛ばしはじめる社。
「いらっしゃいませ」
 気どったポーズで出迎えるサングラスのホストに、圭麻が小声で言う。
「なんか、お店の前に変なオヤジがいるんですけどぉ」
 サングラスのホストは、手のあいているホストを引き連れて様子を見に行く。
「何だぁ、てめぇ!おらおらぁ!」
「ぐ、ぐああああ!?」
 社の叫び声とともに鈍い音が聞こえてきた。
「同情しちゃうなぁ……」
「誰がやったんだ、誰が」
 圭麻の呟きに颯太が突っ込んだ。
「お嬢さんがた、待たせちゃったね」
 すかっとした顔でホストたちが戻ってきた。

「ごめんよ、大将は今常連の子についちゃってるからさ、それが終わるまで俺達がお相手するよ」
 確かに、隆臣は別な女性客(当然だが)についている。一応、伽耶ではない。
 そういえば、隆臣の行方は分かったものの、伽耶はどこに行ったのか。
「No.2の『ブラック』です。よろしく」
 自己紹介するサングラスのホスト。名前は当然源氏名だろう。他数名が同じように自己紹介しながら、圭麻たちの間と両脇に一人ずつ、計5名座った。まだ夕方早いのでホストクラブなどに遊びに来る客もそれほどいないようだ。
「お嬢さん、こういうお店は初めて?」
 親しげに話しかけてくる『ブラック』。当然、初めてである。今後も勘弁願いたいところだ。
「はじめてですぅ〜」
 圭麻のぶりっこ。
「君ぃ、名前教えてよ」
「圭麻で〜す」
 思いっきり本名を言う圭麻。
「へぇ、かわいい名前だね」
 だそうである。
「他の二人は?」
「こっちの子がそうちゃんで、そっちがたいちゃん」
 なんとなくうまい感じにごまかしてくれる圭麻だが、女装して本名でも通用する呼ばれ方をするのは若干心外な颯太と泰造。
「よ、よろしくね」
「どうもぉ」
 とりあえず怪しまれるわけにはいかないので愛想をふりまく二人。
「じゃ、今ドリンク持ってくるからね」
 ホストが二人ほど席を立った。

「どうよ、あの3人」
 氷をペールに入れながらホスト1がホスト2に聞いた。
「多分あのたいちゃんって子があの二人連れて来たんだろうなぁ。あの子結構遊んでそうだしさ」
「だろうなぁ。他の二人はあんまりこーゆーとここ来なさそうな感じするじゃん?」
「そうそう。職場の先輩につれてきてもらったって感じだよね」
「圭麻ちゃんって子は男が好きって言うよりおしゃべりが好きなんだろうな。楽しそうな子だ」
「そうちゃんは落ち着いたおとなしい感じがしたぞ。あれは学歴高いね」
「うーん、いいねぇ。ぜひともうちの常連になってほしいもんだ」
「なんだよ、もう狙ってんの?はえーって」
「狙ってねーって。ほら、もどんぜ?」

 本当に客で来たわけでもないし、酔ってぼろがでても困るしあとあとのこともあるので、酒には手を出さずジュースで粘る圭麻たち。
「ふーん、工業系なんて珍しいね〜」
 うっかり本当の学歴を言ってしまった颯太。
「そ、そうかな〜。結構女の子いたよ〜」
 大学時代のことを思い出しながら話す颯太。確かに女生徒もまばらにはいた。
「でもさー、もう大学でてるなんて意外だよね〜。現役の女子大生かと思ったよ」
 お世辞が飛び出す。
「でもぉ、颯ちゃんったらこうみえてこんなおっきな子供がいるのよー。信じらんないでしょー?」
 いらないことを言いだす圭麻。
「藍ちゃんって言うんだよね」
 悪のりする泰造。
「子持ちって……ゆっ、有閑マダム!?」
「うぉおおぉ、隅におけねー!」
 ホストたちの颯太を見る目が変わった。
「ほら、写真あるよ」
 何故か藍と颯太のツーショットの写真を持っている圭麻。素の状態の颯太と藍が写っているのだが。
「あ、これ、素っぴんのそうちゃん?この写真ヤバいんじゃない?」
「でも、似てるよねー、やっぱお母さん似?」
 誰も何の疑問も持たないのが颯太にとってはとてつもなく悲しい。
「やだー、しんじらんなーい」
 ホストの手から写真をもぎ取り隠す颯太。冗談ではない。ついでに、そのまま席を立つ。
「あっ。ちょっと、どこ行くの?」
「トイレ!」
「じゃ、あたしも〜」
 颯太にくっついてくる圭麻。泰造は一人残された。

 結姫たちはその様子を颯太が持ちこんだ盗聴器で聞いていた。
 一様に、複雑な心境であった。

「おまえなぁ」
 うんざりした顔で颯太が圭麻に言う。
「颯太、こういう所じゃ話を盛り上げないと」
「あのさ、いつまでこんな事続けなきゃなんないんだ?」
「隆臣が来るまでの辛抱ですよ。あ、そうか。それだけじゃだめですね。隆臣を口説き落として連れ出さないと」
「……って、本気かよ!」
「当然。そうするのが隆臣を堂々と連れ出す最良の策じゃないですか」
「最良……かなぁ……」
 少なくとも男を口説くセリフなど何も思いつかない颯太。
「うふふふ、口先でどうこうってのは俺にまかせてくださいよ。自信ありますよ」
「……圭麻、楽しそうだな……」
「えっ、颯太は楽しんでないんですか?」
「楽しめるか!」
「だめですよ、楽しまなきゃあ」
 こいつ、マジで楽しんでる。
 颯太は圭麻が少し怖くなった。

「……来んな……」
 社は、痣だらけになりながらも『ホストクラブ・スサノヲ』の前でひたすら結姫たち一行の訪れを待っていた。
 その内の何人かは、もうすでに近くを通って店の中だとは思いもせずに。

 颯太と圭麻がいなくなったので、泰造がホスト5人の相手をせざるをえなくなったのだが、さすがにホストも5対1というわけにはいかないのか、3人ほどドリンクの追加やら何やらと言って席を立った。ひとまずほっとする泰造。
 右と左に一人ずつホストがくっついている状況だ。
「たいちゃんってさ、他の子たちと違って大人っぽいよね」
「そうそう、背高いし、声もハスキーでセクシーだし」
 セクシーらしい。
 『ブラック』とか言うサングラスのホストが泰造の方に腕を回して来た。
「たいちゃんってさ、仕事何やってんの?」
「お、OLよ、OL」
 結姫たちにOLといわれたのでOLにしておくことにした。
「OLにしちゃ焼けてるね」
 少しひやりとする泰造。
「あれでしょ、クラブ行くんで日焼けサロンなんか通ってんでしょ」
「そ、そうなのよー」
「遊んでんだぁ」
「やだー、もー」
 泰造は結姫たちの言ったとおりのキャラで固まりつつある。
「やっぱ、職場じゃあんまりいい男いない?」
「うーん、いまいちね」
 とにかく、早いとこ颯太と圭麻に戻って来て欲しいと思う泰造。
「俺、たいちゃんみたいな人に養ってもらいたいなー」
 よりにもよって泰造相手に口説きモードに入るホスト。
「えーっ、どうしようかなぁ」
 冗談じゃないぞ、と言うのが本心だ。
「おっと、大将より先に口説いちゃ怒られちまうな」
「噂をすれば大将のお出ましだぞ」
 マジかよ。
 見ると、確かに隆臣が来ていた。
 隆臣は泰造の横に腰をおろす。そしてさり気に肩に手をまわしてきたりもする。
「いらっしゃい、お姉さん」
 見つめられ、泰造はどうしていいやら分からなくなった。
「さすが大将、目があっただけでもうイチコロって感じ?」
 違うって。
 しかし、いいタイミングで颯太と圭麻も帰って来た。
「あ、いよいよお出まし?」
 隆臣のとなりに腰をおろす圭麻。颯太はちょっと離れた所に腰を降ろした。
「……?どこかで会ったことないか?」
「おっ、早くもでたぞ、大将の口説き文句!」
 いや、口説きではなしに実際に会っている。
「んー、どうかなぁ?」
 圭麻が茶目っけたっぷりに言う。さすがだ。
「君たち、やっぱり俺目当てで来たわけ?」
 隆臣が気どったポーズで言う。シャイだった隆臣がこんなことするはずない。まるっきり別人になっている。
「そうよねっ」
 もちろんである。
「みんな隆臣に会いたがってるもんね」
「隆臣?」
「あっ」
 うっかり隆臣の名前を出してしまう颯太。
「昼間の抱きつきねーちゃんもそんな名前言っていたような……」
「もしかして、『サーティーン』さんの知り合いっすか?隆臣って本名なんすね」
 隆臣は『サーティーン』という源氏名のようだ。
「えーっとぉ。あはははは」
 必死に笑ってごまかす颯太。
 そんなやりとりをよそに隆臣は一人何かを考えこんでいる。思い出そうとしているのか。
「結姫や那智も会いたがってたよ」
 圭麻は賭けにでた。もしかしたらこの名前に反応して正気が戻るかもしれない。
 結姫の名前を聞いた時、隆臣の目に微かな光が宿ったような気がした。
「……そうか……じゃ、今から会いに行くか。お前たち、店を頼む」
 隆臣がそう言い立ち上がる。
「えっ。『サーティーン』さん、稼ぎ頭なんだから困りますよ」
「すまない。ただ確かめたいことがあるんだ……すまない」
「……昔の女か……まいったな……」
 勘違いしているホスト。
「行こう」
 隆臣は外に向かって歩き出した。
「うーん、本当はあたしの魅力と話術で口説き落としたかったんだけど……不本意ね」
「まだ言ってんのか、圭麻……」
 この男も別人格が入り込んでるんじゃないか、と思ってしまう颯太だった。

 その頃。結姫はスーパーに買い物に出かけていた。もしかしたら隆臣が帰ってくるかもしれないので、少し奮発するつもりだ。
 カゴに材料を山ほど入れてレジまでカートで押していく。
 ちょうど夕食の買い物で混む時間らしく、どのレジにも列ができていた。
 主婦に混じって並ぶ結姫。まだ、少しかかりそうだ。
 ふと、周りの列を見回してみる。隣の列はこの列よりも早く終わりそうなので、そっちにすればよかったかな、などと考えていると、見覚えのある姿が目に飛び込んで来た。
 結姫は目を疑った。そこには伽耶がいたのだ。
 まさか、隆臣に連れ去られたはずの伽耶がなんでこんな所に。
「伽耶!」
 思わず呼びかける結姫。その声にふり返った伽耶。間違いない。
「あっ、結姫。お買い物?」
 それは見てのとおりだが。
「なんで、なんでこんな所に!?」
「お買い物よ」
 当たり前だった。

「ぷはー、肩凝ったぜ!馴れねー事はするもんじゃねーな」
 店をでて、泰造が素に戻った。
「な……お前ら、男か!?」
 ようやく気付く隆臣。
「……その様子だと俺達のこと思い出せてませんね……」
「じょ、冗談じゃねー!」
「おっと、逃がさねーぞ」
 飛んで逃げようとする隆臣。その足を泰造が掴んだ。隆臣は地べたに叩きつけられた。
「な、何しやがる!離せっ!」
 もがく隆臣だが、泰造のバカ力にかなうはずがない。往来で絡み合う女装の泰造と隆臣。すごい光景である。
「このまま結姫たちのところにつれていきましょう。大丈夫ですか?」
「おう。行くぜ!」
「またタクシー拾うんで、乗っている間は女らしくね♪」
 圭麻がしなを作りながら言う。
「この状態でタクシーに乗れるとは思えないけどな……」
 確かに黒い羽のはえた男を押さえつけた状態ではタクシーは止まってもくれないだろう。パトカーが来そうだ。
「仕方ない、歩いていくか……」
「結構遠いぞ。結姫たちを呼んだほうがよくないか?」
「そうか……それでもいいな」
 颯太が携帯電話を取り出した。
 その時。
「待て!そうは行かんぞ!」
 聞き覚えのある声がした。ふり返るとまたしても怪しげな機械を携えて社が立っていた。
「やだぁ、さっきのスケベオヤジよ」
「袋だたきにされてもまだ懲りないなんてぇ」
「もしかしておじさん、リストラされちゃった人?セクハラ退職よね」
「うるさいうるさい!誰がセクハラ退職だ!お前らの正体はとうに気付いておるわ!」
「今男言葉で喋ってたから初めて気付いたんだろ?」
「う……」
 泰造のツッコミは図星だった模様。
「ええい、うるさい!お前ら雑魚はまとめて始末してやる!」
 突然圭麻たちの足元が盛り上がった。
 慌てて飛び退く圭麻たち。そのあとを触手のようなものが追って来た。
「な、なんだこいつ!」
「ふふふふ、ディザリアンの恐ろしさ、とくと思い知るがいい!」
「うわっ!?」
 ディザリアンの触手に搦め取られる圭麻たち。そして、ディザリアンの本体に捕らえられた。ディザリアンの花びらのようなドームが閉じていく。
「閉じ込められたぞ!」
「くそっ、押してもひいても、引っぱたいてもあかねーぞ!」
 泰造が拳でがんがんと引っぱたきながら叫ぶ。
「これは……!?」
 圭麻が何かを見つけた。
「30ルク?」
 コインの投入口がある。
 圭麻は財布から30ルク出すと、投入口に入れてみた。すると、ドームが開きだした。
「なんだよ、この機械は」
 開きかけのドームから顔を出して叫ぶ泰造。
「風呂代払わないで逃げようとした奴を捕まえるメカだ!どうだ、驚いたか!」
「風呂代のために道路に大穴開けるのか、てめーは!」
 吠える泰造。
「やっぱり風呂なんだな……」
 徹底した風呂へのこだわりにちょっと感心した颯太。
「よくも……よくもはいってもいない風呂代を!いつかこの借りは返してもらいますよ!?入浴というかたちで!」
「圭麻、風呂ならあの銭湯飛行船で十分だろ……」
 変な怒りに燃える圭麻を颯太がたしなめた。
「今度はてめーがあの中に入れ!」
 泰造は社に向かって突進した。
「ちょ、ちょっと待て!俺を掴んだまま暴れるのはやめろ!」
 腕を掴まれたままの隆臣が喚く。
 その隆臣の喚きのためか、泰造は後ろから迫ってきていた触手に気付かず搦め取られた。
「なんだ!?くそぉ、俺達が何で風呂代払わなきゃ何ねーんだ!」
「忘れたとは言わさんぞ。あの銭湯飛行船の分、10950ルクを払うまで貴様等に自由はない!」
「んだとぉ!?なんでそんなに払わなきゃ何ねーんだ!?」
 見る間に泰造は隆臣諸共ドームに閉じ込められた。
「貸し切り数日間分だ!ドリンクも自動集計されている。これでも団体割引で結構お得なのだ!」
 社は計算が細かい。
「泰造、30ルク!30ルクです!」
「んなこと言ったってよ、小銭がねーぞ!」
「そんな……泰造!諦めちゃだめです!奇跡を、奇跡を信じてくださいっ!」
「奇跡が起こらないと助からないってことか!?冗談じゃねー!」
 泰造は中から必死で叩く。しかしドームは頑丈でびくともしない。
「ちくしょう!」
「わははは、もがけもがけ!30ルクが払えない以上、何をしてもそこからでることはできんぞ!」
 高笑いする社。
「貸せ」
 隆臣は泰造を押しのけ、投入口の前に立った。
「おい、その頭につけてるヘアピン、一本くれないか」
「あ?ああ」
 泰造からヘアピンを受け取ると、少し曲げたり伸ばしたりしてそれを投入口にさしこんだ。そして、ちょいちょいといじって返却ボタンを押すと10ルクのコインが返却口に出てきた。当然、真似してはいけません。
「て、手癖わりー……」
 呆れる泰造をよそに、30ルクを取り出すとそれを投入口から入れる。
「おっ、開いた」
「な……払えないんじゃなかったのか!?」
「それがどういうわけか払えたんだな」
 驚く社に涼しい顔で言う泰造。どう払ったのかは見えないところだったのをいいことに内緒だ。
「ふん。どうせ地面に降りれば捕まるのだ。何をしても無駄だ!」
「つまり、地面に降りなきゃいいってわけだな……」
 隆臣は翼を広げた。
「う……まさか……」
「そのまさかだ!」
 空を飛んで社に襲いかかる隆臣。
「げぇっ……」
「それがコントローラーだな!?」
 社の手からコントローラーらしい機械を奪い去る隆臣。
「貴様を閉じ込めてやる……」
 社を見下ろしながら隆臣がほくそ笑んだ。
「ま、待てっ!話せば、話せば分かる!」
「貴様と話すことなど何もない」
 地面を割って触手が現われた。触手は社を搦め取ると、本体のドームに閉じ込めた。
 社がドームの中で喚いている。
「馬鹿め、それで勝ったつもりか!?こんなこともあろうかと、小銭もたくさん……あれ?」
「確かにたくさん入ってるみたいだな……戴いたぜ」
 隆臣の手にはしっかりと社の物らしい財布が握られている。すり盗ったようだ。
「きっさっまー!返せ、私の財布!返せー!」
「どうやって?開かなきゃ返せないぜ。カードも入ってるな。使いでがあるぜ」
「変身したら筋金入りの悪党になったな、おまえ……」
 呆れる泰造。
「おそらく、この機械には『地の宝珠』が使われているはずです……あった!」
 機械の中をいじくり回していた圭麻が手を抜きだすと、その手にはしっかりと『地の宝珠』が握られていた。
「おおっ!?ポケットに100ルク入ってた!出られる、出られるぞ!……あれ?」
 社が騒いでいるが、何も起こらない。
「『地の宝珠』を抜いたら完全に止まりましたね」
「ほっとこうぜ」
「だー、貴様ら!出せ、出せー!……うぬぬぬ、これで勝ったと思うなよ!?それで宝珠はそろっただろうがまだ『闇の宝珠』と『光の宝珠』が封印された『天の宝珠』号は月読様の手にある!あとは伽耶様を確保すれば貴様らに手は出せまい!」
「伽耶さんが何か関係あるのか?」
 社の言葉に颯太が聞き返した。
「ふん、何も知らんのだな。封印を解けるのは伽耶様だけなのだ!」
「なんだって!?……おい、隆臣。伽耶さんはどこだ!?」
 隆臣を問い詰める泰造。
「よくわからんが案内してやる。ついてこい」
 隆臣についていく泰造達。
「おい、教えてやったんだからここから出しておくれ」
「それとこれとは話が別だ」
 社は一人取り残された。
「よし……これで奴らは伽耶様を連れて『天の宝珠』号に向かうだろう……全ては作戦通り。ただ……」
 そう、全ては月読の立てた作戦のとおりなのだ。ただ、社自身が閉じ込められているのだけが予定外であった。

「無事だったんだね、伽耶」
 袋に魚の切り身のパックを詰めこみながら結姫が言った。伽耶は結姫のとなりで卵を袋に入れている。
「いきなりサンちゃんに連れだされたからびっくりしちゃったけど……」
「なんで伽耶が買い物なんかしてるの?」
「ご飯の用意しなきゃならないから」
「あの人……夕方になるとどこかに行ってしまうわ。どこに行くのかは告げずに……。でも、朝になると帰ってくるから、ご飯作って……お昼はずっと寝てるみたい」
 闇のエネルギーを蓄積し変身した隆臣は、すっかり夜型になっているようだ。夕方に出かけるというのはホストクラブの仕事に行っていると言うことだろう。伽耶はそれを知らないらしい。
 そして、結姫にはこの二人の状態が、まるっきり同棲にしか思えない。
「でも、何で羽がはえてるのかしら。しばらく見ないうちにちょっと大人っぽくなった感じだし」
 ちょっと気になるかな、という感じの伽耶。このことはもっと気にすべきではないだろうか。
「あれは月読が……伽耶のお父さんが隆臣にした事なのよ。隆臣に闇のエネルギーをあてて、そのせいで隆臣は……」
「そんな……お父様が!?」
 息を呑む伽耶。
「隆臣の様子はどう?別人みたい?」
 隆臣と伽耶が同棲中であることを知り陰鬱な表情で訊く結姫。
「どうなのかな……。私、最近のサンちゃんのこと、あまり知らないから……分からないの」
「……そう……。今、みんなが隆臣を連れ戻しに行っているわ。そして、元の隆臣に戻すの。だから……伽耶も、帰ろう?」
「……うん……」

 隆臣に連れられてやってきたのは洒落たマンションだった。いい暮らしをしているようだ。しかし、部屋の中はがらんとしている。家具も何もない殺風景な部屋だった。そして、伽耶の姿はない。
「そうか、買い物に出かけているんだな」
 隆臣は部屋を見渡しながら呟いた。
「買い物って……閉じ込めてるってわけじゃないのか」
「俺がそんなことするようにみえるか」
 泰造のほうに向き直りながら隆臣が言う。
「見える」
 はっきりと言う泰造。隆臣は落ち込んだ。
「その性格で何でそんなことでショックを受けるんだよっ!」
 颯太が思わず突っ込む。
「男に対しちゃあんなもんだ。レディには真摯に接するぜ」
「さすがホストだ……」
 感心していいのか呆れるべきなのかわからない颯太達。
「で、どうするんだ。帰ってくるまで待つのか」
 隆臣は颯太たちを見回しながら言った。
「仕方ないだろう。買い物ならそんなにかからないだろうしな」
 腰をおろす颯太。
 泰造と圭麻も腰をおろし、伽耶の帰りを待つことにした。

 結姫と伽耶が、スーパーの袋を手に店から出たその時だった。スーパーの前に、異様なものがあった。
「探したぞ、伽耶」
 凍りつく結姫と伽耶。
「お、お父さま……」
 低く呟く伽耶。眼前には『天の宝珠』号。結姫たちの前に現われたのは月読だった。
「無事でよかった。あの男にさらわれたと聞いて心配していたのだよ。さぁ、帰ろう。来るがいい」
「お父さま……サンちゃんに何をしたの?答えて!」
 月読に伽耶が詰め寄った。
「まだ、何もしてはおらんよ。まだな……」
「何をするつもりなのです!?」
「伽耶……奴を、元に戻したいか?」
 月読の目が不気味に輝いたのに伽耶も結姫も気付かない。
「もちろんです!」
「あれは私にとっても不測の事態だったよ。戻す方法は分かっている。……教えてやろう。奴を元に戻すには『光の宝珠』が必要だ。そして……『光の宝珠』の封印は……伽耶、お前にしか解けない。そう、天照一族の血を引く我々の、唯一の女児である伽耶、お前にしか……な」
 息を呑む伽耶。
「今、社が13号の身柄を確保に向かっている。伽耶。私と共に帰るのだ」
 月読は伽耶に向けて言う。
「でも……宝珠はこっちにあるもん!隆臣だって、圭麻たちが絶対につれてくるもんっ!」
 結姫の言葉に月読は口の端をつり上げた。
「そう。あと必要なのは宝珠だけだ。お前たちだけでは私の軍に太刀打ちなどできん。どうだ。私と取り引きをしないか。お前が宝珠をもってくれば、あいつらの命は助けてやる。だが、渡さないというのなら、力づくで奪うまでだ。当然、逆らえば殺す。悪い話ではないだろう」
「あんたの言うことなんか信じられないもん!」
 結姫は月読の提言を即答で突っぱねた。
「そうか……。残念だよ。だが、伽耶だけは連れて帰らせてもらう」
 月読が指を鳴らすと船から兵士が現われ、伽耶の腕を掴んだ。
「離して!」
 抵抗も虚しく、伽耶は『天の宝珠』号に連れこまれた。
「奴らに伝えておけ。宝珠さえさしだせば助けてやるとな」
 月読も『天の宝珠』号に消えた。そして、『天の宝珠』号はゆっくりと空に浮かびあがり、官邸方向へと飛び去っていった。

「……いくらなんでもおせーぞ。買い物にしちゃ」
 泰造が立ち上がった。
「そうだな……」
 隆臣も難しい顔になった。
「これはまさか……」
 珍しいことに長らく沈黙していた圭麻が口を開いた。
「伽耶は……我慢できなくなったんだ……」
「あ?」
「隆臣が夜ごとホストの仕事と称して女たちと遊んでいるのにうすうす感づいた伽耶は、その裏切りに等しい行為に堪え切れず他の男を求めて……」
「なんだと!?あいつに限ってそんなことは……」
 必死に弁護しようとする隆臣。
「何言ってんだよ、圭麻……」
「お前も信じるんじゃねーよ」
 圭麻と隆臣にそれぞれツッコミを入れる颯太と泰造。
「結姫たちも待っているでしょうし、一度俺の家に戻りましょう。伽耶には書き置きを残しておけば帰って来ても大丈夫です」
 圭麻たちは隆臣を連れて圭麻の家に向かったことと、圭麻の家の電話番号を書き残してマンションを去った。

 結姫が青ざめた顔で圭麻の家に帰って来た。
「お帰り……おい、結姫。どうしたんだ?顔色がよくないぞ」
 エプロンをつけて材料の到着を待っていた那智が、材料を買って来た結姫の様子がおかしいことに気付いた。
「伽耶が……」
「見つかったのか!?」
「うん。でも……月読が現われて……連れていっちゃったの。それで、宝珠を出さないなら力づくでも奪うって……。あたし、絶対に渡さないって言ったけど……。どうしよう、このままじゃ月読が何をするか分からないよぉ」
 話しているうちに結姫の目に涙が浮かんで来た。
「何弱気になってんだよ。いいじゃん、あいつが宝珠狙ってんのはもともとだろ!?隆臣と、颯太たちが帰って来たら、また月読のところに忍び込んで伽耶さん奪い返せばいいんだよ!」
 こういう時は那智の明るさが救いになる。
「とにかくさ、みんなが帰って来てからいろいろ考えりゃいいんだ。隆臣が来る前に、ごちそうの用意しないとなっ」
「……うん」
 結姫と那智、そして鳴女と藍も加わって夕食の準備を始めたその時、圭麻たちが隆臣を連れて帰って来た。
「隆臣っ……」
 伽耶を目の前でさらわれたことで暗くなっていた結姫もわずかに微笑んだ。そして、那智は即座に抱きつく。
「だああぁぁぁぁ!」
 いやがる隆臣。
「なんだよぅ、せっかくの再会なのにぃ」
 しがみつく腕に力を込める那智。
「何やってんのよっ……って、それどころじゃないのぉ」
 那智を引き離しにかかる結姫だが、肝心なことを思い出す。
「伽耶がっ……伽耶が月読に!」
「なんだとっ」
 隆臣が激昂した。勢いで那智が振り払われた。
「それでね、宝珠を渡さないなら力づくで奪うって」
「んだとぉ!?宣戦布告とはいい度胸じゃねーか!」
 今度は泰造がいきり立った。
 結姫の言葉を聞いて難しい顔をしていた鳴女が不意に立ち上がった。
「……これからが正念場のようですね。皆さんが持っている宝珠と、月読の支配下にある『天の宝珠』号。これらについて、もっとよく話しておかなければならないでしょう」

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