窃盗団アルフォークロア!

#7 奪還編・闇に消えた黒い翼

「ったく、颯太はいつもとろいんだよ!」
「しょうがないだろ!?ただでさえここのコンピュータは侵入するの難しいんだ!その上、手当たり次第にデータ盗んだんだしっ」
 走りながら大声で怒鳴り合う颯太と泰造。そんな大声を出すと見つかってしまうのでは、と思うだろうが、もうその心配は無用である。何せ手遅れなのだから。
 泰造と颯太の後ろからは警備員とおぼしき男たちが大勢ざっかざっかと足並みそろえて追いかけて来ている。こちらには藍もいることだし、泰造もさすがに相手にしきれないと悟り、やむなく逃げている次第である。
「ちくしょう、こんな中庭じゃどこに逃げてもそのうち追い詰められるに決まってるぞ!」
「コンピュータいじる余裕があれば、中庭のマップくらいは出せるんだけどな……」
 などと言っている間にも追いかけてくる警備員は増えてきている。
 目の前に曲がり角がある。そこを曲がった先にも警備員が待ち構えていればアウトだろう。それでも、引き返すわけにはいかない。
 勢いもそのままに角を曲がる泰造と颯太。その目に、巨大なシルエットが飛び込んできた。
 終わったか。
 颯太も泰造も、一瞬そんな考えが頭に過った。
 颯太が隣の泰造に目をやる。が、そこに泰造の姿はない。不思議に思い見回す颯太。突然、体に衝撃が走った。次の瞬間、颯太の体が宙に舞っていた。

「危ないところでしたね」
 圭麻の声に、泰造は顔を上げた。
「な、なんだ?何があったんだ!?」
 立ち上がろうとした泰造の上に、颯太が降ってきた。
「ぐおっ」
 下敷きになってつぶれる泰造。颯太は慌てて立ちあがる。
「こ、コンピュータは……無事だ……良かった」
「てめー、俺はどうでもいいのかよ!」
「お前は殺しても死なないだろ」
「んだとぉ」
「仲間割れしてる場合じゃありませんよ」
「そういや、何がどうなってるんだ!?」
 圭麻の言葉に泰造は落ち着いてあたりを見回した。自分はどうやら大きなロボットの上にいるということがわかる。蟹型のロボットだ。
「これはゴミを回収するためのロボットなのですが……落ちているものを手当たり次第に拾ってしまうんです」
「もしかして、俺達ってゴミと間違われて拾われたって事か?」
 颯太が心外だ、と言わんばかりに言う。
「ですね。で、当然このまま行けばさっき颯太たちを追っていた警備員の皆さんも拾われてここに飛ばされてくるはずです」
「お、おい……それは困るぞ」
 颯太は慌てて身を乗り出す。下ではさっきまで颯太たちを追っていた警備員達が蟹ロボットに追いかけられ、逃げ惑っている。
「ヤバい、『クリーナークレス』が来たっ!」
「逃げろ、捕まったらゴミ捨て場送りだ!」
 口々に叫ぶ警備員。この蟹ロボットは『クリーナークレス』というらしいことも一応分かった。
「だめだ、逃げられないっ!」
 警備員が捕まり、投げ飛ばされた。
「来るぞ!」
 颯太が叫ぶ。
 警備員は人形のように宙を舞い、放物線を描きながらクリーナークレスの背に落ちようとしている。下では泰造が待ち受けていた。しっかりと警備員を抱きとめると、そのまま後ろに投げ捨てる泰造。
「よし、つぎこいっ」
 矢継ぎ早に飛んでくる警備員達を一人一人後ろに捨てていく泰造。
「警備員は泰造にまかせておいて大丈夫だな。それよりも、隆臣と伽耶さんの居場所が大体分かったぞ」
 落ち着いた颯太が思い出したように言う。
「本当ですか!?」
「ああ。隆臣はそこの研究施設の地下、伽耶さんはタワーの最上階だ」
「じゃ、そのことを結姫達に教えてあげてください。場所も聞いてくださいね」
 圭麻に言われ、インカムのスイッチを入れる颯太。
「聞こえるか!?」
『……あっ、颯太!?無事だったんだね!?そっちの様子はどう!?』
「様子は……空から人が降ってきてたりしてややこしい状況だ。ただ大丈夫なことは確かかな。データはバッチリ盗んできた。圭麻とも合流したぞ。そっちはどうだ。今、どこにいるんだ?」
『えっとね、今タワーに向かっているところで、『闇エネルギー研究所』って所の前にいる』
「いいところにいるな。そこの地下に隆臣がいるんだ」
『えっ、本当!?』
「ああ。どうする、このまま二手に分かれて伽耶さんと隆臣の奪還にかかるか?」
『そうだね。伽耶の居場所はどこなの?』
「タワーの最上階だ。俺達はこのままタワーに向かって伽耶さんを助け出す。もし何かあったら連絡をしてくれ」
『もし何かあったら連絡しても手遅れだと思うけどそうするね。じゃ、そっちも頑張ってね!』
「泰造、圭麻。俺達はこのままタワーに向かって伽耶さんの奪還にかかるぞ」
 インカムのスイッチを切りながら颯太が二人に言う。
「あいつらだけで大丈夫かな〜……」
 泰造が心配げに言う。
「結姫はああ見えてしっかりしてますから無謀なことはしないでしょう。いざとなったらビンガを使って逃げるでしょうし」
「鳴女さんは冷静だし頭いいからな。やっぱり無茶しそうにないぞ」
 圭麻と泰造の言葉どおり、この二人はどうにかなるだろう。
「問題は……那智か」
 颯太が難しい顔をする。
「ま、どうにかなるだろ。あいつは」
「隆臣のことになると異常なパワー発揮するからな……。大丈夫かもな」
 泰造の言葉に颯太も思い直したようだ。
「心配するくらいなら、さっさと伽耶を助け出して結姫達を助けに行ってやればいいんですよ。急ぎましょう」
 3人はいちいちゴミを拾いに寄り道するクリーナークレスから飛びおり、タワーに向かって駆け出した。圭麻はただ一人、名残惜しそうにクリーナークレスをふり返るのであった。

 施設の中に侵入した結姫達。施設の中は思ったより警備がゆるい。ここに来るまでの警備の厳重さを考えれば中までは警備することもない、ということだろうか。
 結姫はそっと奥の廊下をのぞき込む。人影はない。
「大丈夫、誰もいない」
 そう言うと、ささっと素早く駆けだす。
「ほ、本当に大丈夫なのかよー」
 敵のど真ん中に忍び込んでいるのでかなり緊張ぎみの那智。
「見てください、下に降りる階段があります!」
 鳴女の指差す方向には確かに下に降りる階段がある。結姫は慎重に近づき、下を見下ろした。
「やっ……な、なによっ」
 結姫が慌てて飛び退いた。
「な、なんだ!?見つかったのか!?」
 腰の引ける那智。
「ううん、ちがうの……人が倒れてるの……血まみれで」
 泣きそうな顔で結姫が言う。
 那智と鳴女も恐る恐るその様子をのぞき込んだ。
「な、なんだよぉ。何があったんだよぉ」
「とにかく降りてみましょう。くれぐれも慎重に」
 鳴女がそう言い、階段を降り出すが、結姫と那智は恐がってついて来ない。
 仕方なく、鳴女がその倒れている人物に近づいた。よく見るとまだ息がある。
「もしもし、大丈夫ですか!?」
 見るからに大丈夫だとは思えないが、セオリー通りの言葉をかける鳴女。
「……被験者が……被験者が狂暴化して脱走した!ここは危険だ、逃げるんだ!」
 絶え絶えに言う研究員。
「どこに行ったか分かりますか!?」
「上に向かっていったのは見たが……その先は……」
「上ですね!?」
 今来た道を引き返す鳴女。
「ぐ……しまった、自分を助けてもらうのを忘れてたぞ……」
 呟くと、研究員はそのまま力尽きた。
「どうだった?」
 戻ってきた鳴女に恐る恐る尋ねる結姫。
「上に向かったようです!彼は、すでに闇のエネルギーに蝕まれているようです……」
「そんな……隆臣は、どうなっちゃうの!?」
 涙目になる結姫。
「わかりません……この目で確かめてみないことには……ただ、近づくのは危険過ぎます!」
「でも……あたし、隆臣のこと放っておけないよ!」
 そう言うと、結姫は上のフロアに向かって駆け出した。

 階段を駆け登ると、踊り場に一人の中年女性がへたり込んでいた。
「おばさん、大丈夫!?」
 声をかけると、中年女性は怯えきった顔でふり返った。
「あ、あたしゃ大丈夫だけど……中にいる若い子達が大変なことに……」
 結姫は部屋に駆け込む。
 目に飛び込んできたのは黒い翼だった。
 物音に、その黒い翼の持ち主がふり返る。隆臣だった。しかし、その瞳は血のように紅い。体つきも一回り大きくなっている。精悍な体つきは14才の少年のそれではない。闇のエネルギーの影響で肉体が5才分ほど成長したようだ。
 隆臣は、壁際に女性事務員を追い詰めていた。
「隆臣っ……!」
 結姫が叫ぶ。
「……誰だ、お前」
 隆臣の言葉に結姫の胸が痛む。
「あたしのこと……忘れちゃったの……!?そんな……」
「闇の波動は人の心を蝕み、別人に変えます。今の彼は隆臣ではありません」
 追いついた鳴女が言った。
「どうしちゃったんだよおぉ、隆臣いいぃぃ」
「那智っ……危険ですっ、戻りなさいっ!」
 鳴女の制止を振り切り、隆臣にしがみつく那智。途端に隆臣は苦しみだす。
「なんだよぉ、そんなに嫌がらなくたっていいじゃないかっ」
「な、なんだ!?力が、力が抜ける……!?離せっ!」
 隆臣は那智を振り切り、窓ガラスを突き破り闇夜に飛び立った。
「隆臣っ……せっかく、せっかく会えたのに……どこに行っちゃうの?」
 へたり込み、泣き出す結姫。
「隆臣ー、ひでーよー」
 とっくに号泣している那智。
「何もされませんでしたか?」
 鳴女が隆臣に襲われていた女性職員に尋ねた。
「えと……今夜俺と空高く飛ぼう、とか言われましたけど……」
「なんだそれ。口説き文句じゃんかー!ひでーよ隆臣、俺というものがありながら他の女に手を出そうなんてー!」
 いきり立つ那智。
「……これは……」
 鳴女が低く呟いた。

「ビンガがいればいきなり最上階に侵入できたんですが……」
 タワーを見上げながら圭麻が呟いた。
「仕方ないさ、下から地道に登って行くしかない」
「とっとと突っ込もうぜ」
 泰造はもう突入したくてうずうずしている。
「泰造、中にはなにがあるかわかりません。突入するにも慎重に」
「分かってるよ」
 本当に分かっているかどうかは疑わしい。
 人がいないことを確認し、タワーに潜入する圭麻達。
 いきなり掃除のおばちゃんに出っくわした。しかし、何事もないように通り過ぎていくおばちゃん。
「ふう、俺達が部外者だって気づかれてないな」
 見ると、エレベータがある。
「あれ、使おうぜ」
 乗り込み、最上階のボタンを押す。
 途中で止まり、どやどやと人が乗り込んでくるが、誰一人として圭麻達を疑う者はいない。
「おい、意外と大丈夫なもんだなぁ」
 ぼそっと泰造が言う。
「罠かもしれませんよ」
 圭麻は疑り深い。
 最上階に用がある人はいないらしく、最上階までに他の人は全員降りてしまう。そして、圭麻達だけが最上階に降り立った。
 目の前には豪勢な扉がある。月読の娘にふさわしい部屋だ。その扉には外側から施錠されていて、大きな錠前がとりつけられていた。
「自分の娘をこうまでして閉じ込めるなんて、とんでもない奴だな、月読は」
「うーん、この錠前は複雑ですね……。ちょっと時間がかかるかもしれません」
「あ、あたしにまかせて」
 颯太の頭の上でおとなしくしていた藍が飛びおりた。
「カーボンヘッドちゃん、おやつの時間よ」
 カーボンヘッドちゃんたちは錠前に群がった。
「こんな時間に間食すると美容によくないぞ」
「なんだそりゃ。那智じゃあるまいし……」
 後ろの人間達にはおかまいなしに錠前をあっという間に食い尽くすカーボンヘッドちゃん。
「まさか、こんな外し方されるとは思わなかっただろうな、錠前作った奴も……」
 憐れみの目で見る颯太。
 錠前がなくなると、ドアはあっさりとあいた。そして。
「伽耶!」
 そこには確かに伽耶の姿があった。
「圭麻っ!」
 突然入ってきた圭麻に伽耶が驚き立ちあがる。そして、圭麻の顔を見ると、伽耶は嬉しそうに顔をほころばせた。
「もう、もう会えないかと思った……うれしい……、伽耶すごく、すっごく嬉しいっ!またこうして、遊びにきてくれるなんて……」
 喜びの余りに涙をこぼす伽耶だったが。
「あ、遊び!?」
 必死の思いでここまでたどり着きながら、遊びに来たことにされた圭麻達。
「お父様ったら、この部屋から出るななんて言うのよ。もう退屈で退屈で退屈で退屈で……」
「……監禁……されてると思ったんだが」
「いや、鍵はかかってたから監禁……だろうけど」
 腑に落ちない顔をしだす泰造と颯太。
「そういえば、そちらの方々はお友達?」
「え、まぁ、そんなもんですか」
「私、伽耶です。よろしく」
「よろしく……。と、とにかく。一刻も早くここを出るのが先決だ。しかし、伽耶さんを連れてエレベータは使えないし……」
 伽耶のマイペースぶりに思いっきりペースを乱される颯太達だが、のんびりしている暇はないのだ。
「えっ。でもお父様からここから出るなって……」
「俺達は伽耶をここから連れ出すために来たんです」
 説明している暇はないのだが、説明しておかないと作戦にさしつかえるような行動を伽耶がとりかねない。
「ということは……私、さらわれてしまうんですね?」
「……そういうことにしておきますか」
「おいおい、俺達人さらい扱いかよ!?」
 救助しに来たというのにこの扱い。やるせなくなる泰造。
「とにかく、おとなしく俺達について来てください」
「待て、その前に退路を考えないと……」
 その時だった。
 突然、窓ガラスがくだけ散る音がした。全員、その物音のほうに目を向けた。
 割れた窓から冷たい夜風が吹き込んで来た。そして、その窓の前には見慣れない姿の、見慣れた顔の人影。
 隆臣。しかし、その背には黒い翼があり、瞳は血のように紅い。
「サン……ちゃん?」
 突然のことに、呆然とする伽耶と圭麻達。
 そこに結姫のインカムからの通信が入った。
『聞こえる!?』
 インカムは圭麻に返されている。
「結姫!?そっちはどうです!?」
『隆臣が……、隆臣に黒い翼がはえて、飛んでっちゃったの!』
 黒い翼。今、目の前にいる隆臣にも黒い翼がある。
「じゃ、これは……やはり隆臣なのか……」
『えっ、そっちにいるの!?』
「隆臣!どうしたんですか!?」
 圭麻は隆臣に問いかける。隆臣は何も答えず、伽耶に歩み寄った。
「来い」
「えっ?」
 とまどう伽耶の腰に手を回す隆臣。
「やん、サンちゃんったら大胆っ……」
 緊張感のない伽耶の一言。隆臣は、そのまま伽耶を抱き上げ、窓の外の夜空に向かって飛び立った。
「な、何てことを!」
「塔の上のお姫様をさらうなんて、とてつもなくセオリー通りのことをやらかしてくれたぞ!?」
「てめー、隆臣っ!降りてこいっ!俺と勝負しろっ!」
 いくら泰造達が騒いでも、飛んでいる相手に手も足も出るはずがない。
「結姫ッ、大変だ!隆臣が伽耶をさらってどこかに!」
 圭麻が結姫にインカム越しに伝える。
『なんですってええぇぇ!?』
 結姫の剣幕に思わずインカムを颯太にパスする圭麻。
『ちょっと、どう言うことよ、それっ』
「いや、どういうことと言われても、その、今圭麻が言った通りで、その」
 しどろもどろになる颯太。やむなくまとめに入る。
「と、とにかく、一度官邸を出よう。こうなった以上出直すしかないぞ」

 満天の星空に、伽耶の悲痛な叫びが轟いた。
「いやああぁぁ、高いのこわああぁぁい!」
 変身した隆臣は、伽耶をさらったことを少し後悔しはじめていた。

「とんでもないことになったなぁ」
 いらいらと泰造が足でがらくたを転がしながら吐き捨てた。圭麻は自分の宝物が足蹴にされているのに気付き、慌てて泰造の周りからがらくたを引き離すが、泰造はそれを追いかけていく。
「隆臣……どこに行っちゃったのよぉ……」
「どこかに行くんだったら、俺を連れていってほしかったよなぁ……」
 すっかりしょげ返っている結姫と那智。
「とにかく、情報を集めないと。あれだけ目立つ姿だし、そんなに探すのに苦労はしないと思うんだが」
 颯太はそう言いながら考え込んでいる。
「でも、その分月読が見つけるのも早いかもしれませんよね。急がないと」
 泰造の蹴っているがらくたを必死にかき集めているそんな圭麻の姿は、ボールにじゃれつく猫のようでもある。
 泰造は、足でこねくり回していた鉄屑を壁に向かって思いっきり蹴った。よりにもよって、そこにはカーボンヘッドちゃんが待ち構えていて、また一つ、圭麻の大切ながらくたが見るも無残な姿にされ、圭麻はその場に泣き崩れた。
「ねぇ、隆臣の体のあの変化って、一体なんなの?」
 結姫が鳴女に尋ねた。
「あれは……闇のエネルギーの被曝による変態ですね」
「変態だよなぁ。いきなり腰に手を回して抱き寄せるんだから」
 泰造の呟きに結姫と那智がいきり立つ。
「隆臣、そんなことしたの!?」
「俺からは逃げようとしたのに……なんでだよおぉぉぉ。俺のことも抱き寄せてくれよォ、隆臣いいぃぃ」
 落ち込んでいたのが嘘のように騒がしくなった二人とその剣幕にたじろぐ泰造に、鳴女がおずおずと口をはさむ。
「あの……変態がちがうんですが……」
 念の為に言っておくと、この変態は状態が変化する変態であり、泰造の言うような変態ではない。
「闇エネルギーには人々の負の想念が含まれています。それを大量に被曝したために肉体が堪え切れず変化を起こしたのです。それは最悪の場合、邪悪な想念のみの塊となり、肉体さえも失われてしまいます。彼の場合、闇エネルギーの照射がゆっくりだったため、肉体に変化の現われる最低限の量を被曝したところで止まっています。今の状態なら、同程度の光エネルギーを照射することにより、元に戻せるでしょう」
「光エネルギーって、光をあてればいいのか!?」
 那智が身を乗り出す。
「そういうわけではありません。確かに光には光エネルギーが含まれていますがごく微量です。まとまった光エネルギーを生み出すには大がかりな装置か……あるいは『光の宝珠』が必要になります」
 隆臣に闇エネルギーを照射した機械も相当に大がかりなものである。研究所の一室を丸々使うほどのものなのだから。
「それじゃ……隆臣を元に戻すにはやっぱり『光の宝珠』を手に入れなきゃならないんだ……」
 結姫が低く呟く。
 そのためには4つの宝珠を揃えなければならない。
 そして、結姫達は月読の策略にはまっていることに気づかない。

 一方、月読も予想外の事態にうろたえていた。
 伽耶が隆臣にさらわれ、行方が知れない。伽耶はとにかく、隆臣が行方をくらましたことは月読達にとって大問題である。さらに、伽耶が結姫達ではなく隆臣の元にいる。これもやはり大問題なのだ。
 月読の作戦はこうであった。
 隆臣を捕獲し、闇エネルギーを照射する。それにより、隆臣は肉体に変化をきたす。
 そうなれば、おそらく伽耶を含めた結姫達は隆臣を元に戻すために『光の宝珠』を欲するはずだ。しかし、『光の宝珠』の封印を解けば、同時に『闇の宝珠』の封印も解ける。そして、そこを襲い、『闇の宝珠』を奪えばよい。隆臣のためであれば、伽耶もいやがることなく封印を解くだろう。
 隆臣が闇エネルギーに被曝した。そこまでは予定通り。できれば隆臣は光のフィールドの檻に閉じ込めておきたかったが、逃げられてしまってもそれはそれでいいはずだった。放っておいても、伽耶と結姫達が探し出すだろう。
 しかし、伽耶がさらわれてしまった以上、伽耶を取り戻さないことには封印は解けない。もし、これで伽耶が殺されでもすればすべての計画は水の泡になってしまう。
 まさかこんなことになろうとは。
 月読は一人、夜空を見上げながら歯噛みした。
 そして、月読の読み違いはそれだけではない。

 結姫たちはあらゆる情報網を駆使し、隆臣の情報を集めた。しかし、どういうわけか隆臣の行方は杳として知れない。
 手がかりもないまま数日が過ぎた。
 情報は意外なところから入ってくることとなる。

「おい那智。ま〜た俺のパソコンいじくってんのか」
 颯太が声をかけると肩をびくっとさせ、那智が慌ててパソコンを隠した。
「なに見てたんだ?」
 苦笑いを浮かべる那智に構わず颯太はパソコンの画面をのぞき込んだ。真面目な学術的な文書が画面に表示されているが、那智がこんなものを読むことは間違いなく絶対に無い。
 画面を戻してみると、『首都近郊夜遊びマップ』が表示されていた。
「ま、電気代払うのは俺じゃないから何見ようが勝手だが……」
 ここは圭麻の家なので電気代を払うのは当然圭麻である。
「それにしても夜遊びって……隆臣探すんじゃなかったのかよ」
「だってみつかんねーんだもん。何かやってないと気が紛れねーよ」
 寂しそうな顔をする那智。
「それもそうか……」
 少し考える颯太。
「よし、じゃ今日はみんな誘ってカラオケでも行くか。気晴らしにさ」
「おうっ、いこーぜ行こうぜっ」
 元気になる那智。
「わーい、カラオケカラオケーっ」
 颯太の頭に常駐している藍も嬉しそうだ。
「よーっし、じゃ、どこに行くか決めるからパソコン貸せよ、颯太」
 那智はまたパソコンをいじりだした。電話代も電気代も圭麻もちなので、颯太もけちけちせずに那智のやりたいようにやらせている。
 しばらく、どこのカラオケボックスにするのか調べていた那智だったが。
「ああああああっ!」
 いきなり素っ頓狂な声を上げる。
「な、なんだどうした」
 颯太が慌てて駆け寄った。
「た、隆臣だああぁぁ!」
「何いいいぃぃぃ!?」
 画面をのぞき込む颯太。そこには確かに隆臣の姿が。
「おい那智、お前何見てんだよ……」
「いや、カラオケボックスの隣にあったから間違って押しちゃったんだよぉ。信じてくれよぉ」
 隆臣の載っているページのタイトルは『ホストクラブ・スサノヲ』となっていた。

「ホストクラブだあぁ!?」
 颯太の話を聞いて泰造がでかい声を出した。
「俺達が必死になって探してんのになんであいつはホストクラブなんかに通ってんだ、男のくせに!」
「泰造、違う……。通ってんじゃなくてホストやってるんだよ」
 あまりの突拍子のない間違いに颯太もたまらずツッコミを入れる。
「あ、そうか」
「隆臣って14才じゃなかったっけ……。いいのかなぁ、そんな歳でホストなんて……」
 ぼそっと呟く圭麻。
「闇のエネルギーの中には闇に魅せられた人々のどす黒い欲望のようなものが紛れているのです。おそらく、ホスト経験者のそういった思念が彼の意志の中に入り込んでしまったのでしょう」
 こんな疑問にもちゃんと解説する律義な鳴女。
「よし、隆臣の居場所は分かったんだ。突っ込もうぜ!」
 立ち上がる泰造。
「行こう、『ホストクラブ・スサノヲ』に!」
 結姫も立ち上がるが。
「子供の行くところじゃありません」
 圭麻にたしなめられた。激しいショックを受ける結姫。
「隆臣……なんでホストクラブなんかに……せめて他のところならあたしでも……!」
 結姫は打ちひしがれた。

 結局、結姫と藍の子供二人はお留守番、ということになった。一応、インカムと颯太のパソコンでホストクラブ潜入チームの動向は見られる。
「ねー、結姫おねえちゃん。ほすとくらぶってどんなところ?」
 興味津々と言った顔で藍が結姫に聞いた。しかし、行ったこともないホストクラブを説明しようもない。
「えーとぉ、男の人がいてぇ、お酒を飲みながらお話したりして……あとは……ああっ、言えないっ」
 結姫が何を想像したのかは不問に付すことにする。
「男の人とお酒を飲みながら……あっ、あたし行ったことある〜」
「えっ」
「面白いおじちゃんがいてね、うちのパパがお酒飲みながらお話してたよ。がんもどきがあつかったけどおいしかった」
 結姫の説明では、おでんの屋台も十分含まれてしまうようだ。ただ、言えないようなことはおでんの屋台ではしない。普通は。
「びっくりした……それは違うよ、藍ちゃん……あ、ついたみたいだよ」
 パソコンの画面にホストクラブのネオンサインが写った。

 地図通りの場所にそれはあった。ネオンサインで『ホストクラブ・スサノヲ』と書かれている。
「よし、突っ込むぞ!」
 泰造の号令で店に向かって歩きだす一行。
「お客様。申し訳ありませんが当店は男性の入店はお断りしているのですが」
 入り口で止められてしまう泰造達。
「俺はいいんだよなっ」
 一人で入っていく那智。那智は女性なので止められない。
「ちょ……行っちまったぞ。あいつ一人じゃ何するか不安だなぁ」
 止めようとした泰造だが、間に合わなかった。

「ちょ、ちょっと……何で那智一人に行かせてるのよっ」
 結姫が身を乗り出した。
「那智と隆臣二人っきりにしたら……那智が隆臣に何をするか……っ」
 気が気ではない結姫。
「何をするの?」
 藍が結姫に訊く。
「えっと……もう少し大人になったら教えてあげるねっ」
 お茶を濁す結姫だった。

「那智の奴、何やってんのかなぁ」
「カメラとマイク、持たせとけばよかったなぁ」
 少し離れた場所で様子を窺っている泰造達。
「私も行きましょうか?」
 鳴女がおずおずと言いだす。
「うーん。出直しましょう。俺に考えがあります」
 圭麻がそう言った時だった。
 突然店の中から悲鳴があがった。男の声だ。
 しばらくすると、那智がつまみ出されてきた。
「なんだよおぉ。俺が何したってんだよおぉ」
「いや、俺達もよくわかんねーけどさ……。どうも苦手なタイプだったみたいだぞ」
 サングラスのホストがちょっと申し分けなさそうな感じで言う。
「お前、何やらかしたんだよ」
 半べその那智に颯太が呆れ顔で訊いた。
「いつもみたいに抱きついただけだい」
 抱きついた、ということは、抱きつくべき相手・隆臣は間違いなくここにいるようだ。
「いきなりかよ。追い出されるわな、そりゃ……」
 とにかく、一度撤退することにした。

「月読様。奴らが13号の所在を突き止めたようです」
 月読のもとに社がやってきた。隆臣を探す結姫たちの後をずっとつけていたのだ。
「そうか。いよいよ大詰めだぞ、社。で、伽耶はどうした。いっしょなのか」
「それが……伽耶様はまだ所在が掴めません」
「奴らが13号と合流すれば必ず伽耶のもとへ行くだろう。焦ることはない。それまでは様子を見ていればいい」
「では、奴らの様子を窺うことにします」
 下がろうとする社を月読が呼び止めた。
「最後の……『地の宝珠』を持っていけ。奴らが13号と伽耶をとり戻した時必要とするはずだ。また官邸にまでこられて荒らされては困るからな」
 月読は、自分の思い通りにことが進んでいくのを感じていた。

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