窃盗団アルフォークロア!

#6 奪還編・月読の奸計

「やはり、これは偽物だったようだ。変だと思ったのだよ」 そう言うと月読は偽物の『風の宝珠』を投げ捨てた。月読の前に並んだモニタには『豪華絢爛湯船伝説タオナ3号』の様子が映し出されている。
「まあいい。奴らは宝珠をすべて集め、そして『闇の宝珠』を復活させずにはいられない」
 月読は不敵な笑み浮かべると、モニタールームをあとにした。

 船の改造に入った圭麻が、船内にしかけられた隠しカメラをみつけた。青ざめる女性陣だが、圭麻は浴室にはしかけられてなかったことを告げた。結姫たちは心のつかえがなくなり晴れ晴れとした顔になった。
「さすがに、社が入るかもしれないお風呂を監視する気には、月読でもならなかったようですね。社の入浴に耐えてでも監視する価値はあったでしょうに」
「何言ってんの……」
 圭麻にツッコミを入れる結姫。
「まぁ、湿気っぽい風呂に普通カメラは置かないだろう。レンズも曇るし」
 颯太が話を真面目なほうに戻す。
「とにかく、この目ざわりなシャチホコを外しましょう」
 泰造の力を借りてシャチホコを取り外した。
「メッキの張りぼてですね」
「まぁ、純金のシャチホコついてたら飛ばないよな。重くて」
 颯太がほっとしたように呟く。一方、泰造はがっくりと肩を落としている。
「はぁ……。一攫千金の夢は破れたか……」
 本気でこのシャチホコに期待していたようだ。
「ここにはやっぱり阿弥陀如来涅槃像でしょう」
 シャチホコのついていた場所を眺めながら、圭麻がぼそっと呟いたのを颯太が聞き咎めた。
 その後の圭麻の改造作業は他の面々の監視下に置かれることになった。

 数日の期間を経て、ようやく圭麻の作業は終了した。撃たれた泰造の腕の傷もよくなり、準備は万端である。
「遂に改修も完了です。悪趣味な名前もなんとかしました。名づけて『フライング・湯〜とぴあ』」
「……社といい勝負だと思うぞ……」
 誇らしげに言う圭麻に聞こえないように颯太はぼそっと呟いた。
 那智ほかの懇願もあり、大浴場とクアルームは残された。他の部分には大規模な改修がなされた。特に、外装は結姫や那智の注文を取り入れたセンスのよいデザインに落ち着いた。内装もやはり結姫と那智によるデザイン。その他、機能面では圭麻と颯太がいろいろと工夫を凝らしたようだが、どんな機能をつけたのかは颯太と圭麻の秘密だと圭麻がいっているため、どのようなものかは分からない。一応、公けになっているのはデッキに露天風呂がついたことだ。
「いよいよ、月読の官邸に突入か……。さすがに、緊張するな……」
 見違えるようなデザインになった銭湯飛行船の前で、颯太が神妙な面持ちで呟いた。
「官邸は帝都の中心です。ひときわ高く、広大な庭園を持つ建物なのでひと目で分かるでしょう」
 官邸を訪れたことのないハンター達に対し、圭麻が官邸の説明を始めた。
「俺達は今まで正面の入り口から入っていましたが、今回は事情が事情です。背後に回り侵入することになるでしょう。俺達もそのルートからの侵入は経験がないので、何があるか全く予想もできません」
「つまり、作戦のたてようもない……って事か」
 颯太が難しい顔で呟いた。。
「めんどくせー、突っ込みゃいーんだよ。何があったってどうにかなるって!」
 すでに突撃モードの泰造。
「とにかく、首都に向かいましょう。いろいろ考えるのはそれからでも遅くありません」
 鳴女に促されるように船に乗り込む一同。
「さてっと……まずは」
 那智はバッグを漁っている。バッグからは小さなポーチが出てきた。
「よっし、おっふろ〜♪」
「いきなりかい!」
 颯太のツッコミを無視してお風呂タイムを決め込む那智。
「うーん、部屋割りを決めようと思ったんですけど……」
 困ったように圭麻が呟いた。部屋割りを決めようとしているのに先にお風呂に行ってしまう。まるっきり温泉旅行の風景である。
「いいんじゃねーの?」
 面倒なことはどうでもいい泰造。
「……そうですね……」
 結局、部屋割りは那智の知らないところで決められることとなった。

「部屋割り、決まりましたよ」
 結局泰造は、部屋割りの打ち合わせなどという退屈なものにつき合いきれずに風呂に入りに行ってしまっていた。そして、戻ってくると部屋割りがすでに決まっていた。念のためだが、那智とは別の風呂である。
「で、どうなったんだ」
 船室は4つ。但し、一つはシャチホコをはじめとするなぜか捨てられない、というか約一名捨てるのをいやがる人がいるので捨てるに捨てられない、ゴミとしかいえない物品が占拠しているので使えない。
「とりあえず、俺と泰造の男二人が相部屋。結姫は鳴女さんにまかせることにしました。で、残りの親子も一部屋」
「ちょっと待て。親子って誰だ」
「颯太と那智と藍ちゃんの三人ですが」
「……親子……うぷぷ、こりゃ傑作だな」
 思わず失笑する泰造だが。
「……もしかして、違うんですか?」
「違うよ……もしかしてお前、本気であの三人親子だと思ってないか?」
「……言われてみれば、確かにあの二人の歳から考えてあの子は大きすぎるとは思っていた……でも……まさか……」
 信じられない、と言った顔で圭麻が呟いている。
「……それじゃ、あの子は一体!?」
「なんだかしらねーけど、颯太に懐いてついて来ちまったんだよ」
「そんな……それじゃ、誘拐みたいなもんじゃないですか!?」
「人聞きの悪いこと言うな。大体、ついて来たがってるもんを置き去りにする方が酷ってもんだろーが。あんな洞窟の中に一人で住んでたみたいだし。俺達もあいつのことは何にもしらねーんだ。そういや、俺達の仲間も一応付き合いなげーけどさ、お互いのことなんにも知らねーな……。ま、気にしねーけど」
 泰造はそう言いながらめんどくさそうな顔をした。案外、泰造がめんどくさがって聞かないだけで、那智と颯太はお互いの経歴くらいは知っているのかもしれない。
 そんなことを考えているうち、圭麻は結姫のことを考えはじめていた。

 2年前。
 圭麻がいつものように帝都の廃棄場で使えそうなものを漁っていたときのことだった。
 官邸の廃棄場に真新しいカプセル状の機械が落ちているのを見つけ、興味を持った圭麻は、早速その機械に駆け寄った。
 何かを保存するための機械のようだ、というのは雰囲気で分かった。が、その中に入っているのが人だと分かり、圭麻は腰を抜かした。
 落ち着いて、もう一度覗いてみる。
 確かに、中には人が入っていた。死んでいるかのように目を閉じたまま全く動く気配がない。しかし、ガラス越しにみえる顔からは、わずかながら生気のようなものを感じた。
 圭麻は覚悟を決めると、その機械にあるただ一つだけのボタンに手を伸ばした。
 数分ほど機械的な物音がした後、不意に静かになるとゆっくりと蓋が開いた。中からは冷たい空気がもれてきた。
 圭麻はそっと少女の頬に手を伸ばす。氷のように冷たかった。生きてはいない。そう思ったまさにその時、少女の体が微かに動いた。
 小刻みに体を震わせたかと思うと、くしゃみを一つして少女は目を覚ました。
 それが、圭麻と結姫との出会いだった。
 圭麻は結姫を連れて家に帰った。慌てて季節はずれのストーブの用意をし、その前に結姫を座らせた。
 圭麻はまだ何がどうなっているのかわからなかったのだが、結姫は結姫でやはり何も分かっていなかった。記憶喪失らしく、名前もどこから来たのかも憶えていなかった。ただ、言葉が通じるため、この辺の人間であるということだけが分かった。
 その後、体が冷えたことが元で結姫は風邪を引いて数日寝込み、そのまま圭麻の家に居着いてしまった。いずれにせよ、帰る所がないのだ。圭麻は、結姫を妹だと思って育てることにした。
 結姫と言う名前は、結姫の入っていたカプセルに取りつけられたプレートに書かれていたものをそのままつけただけだ。プレートは割れていて、その前にも何か文字があるらしかった。しかし、廃棄場を探してもそのプレートのかけらさえ見つからなかった。
 あれから2年。いろいろなことがあったが、結局結姫の幼少期の記憶は何一つとして戻らなかった。しかし、過去のことなど分からなくても生きていける。現に、結姫は今もああして元気にしている。きっと、これから何が起きても……。

「結姫……というのですね……」
 鳴女が結姫の顔を見つめながら呟いた。
「う、うんっ」
 結姫は少し緊張しながら頷いた。相手はあまりなれない大人の女性だ。意味もなく緊張してしまう。
 ちら、と鳴女のほうを盗み見る結姫。鳴女はじっと結姫にいとおしげな視線を送っている。
 結姫は非常に気まずいひとときを過ごすことになった。

 帝都が近づいて来ていた。そのため、圭麻はコクピットに移動し、船の操縦を始めた。一人でごろごろしているのは性にあわないと、泰造も圭麻にくっついてきていた。そして、その泰造がモニターに写る映像に気づいた。
「ん?なんだ、この画面……」
「ああ、月読の監視カメラを利用して、セキュリティ用にしたんです。一応こうやってカメラを切り替えられますよ」
 圭麻がボタンを操作すると、視点が次々と切り替わる。
「すっげー、スーパーの防犯カメラみたいじゃんか」
 泰造は圭麻を押しのけてボタンをいじり出した。
「こ、これは……!」
 モニターには船室の様子が映し出されている。船室はもぬけの殻、つまりさっきまで圭麻と泰造がいた部屋である。
「部屋の中も覗けんのか!?圭麻〜、お前も真面目な顔してやるこたぁやるんだなぁ」
 変なことに感心する泰造。
「なんですかそれは。のぞきは悪趣味ですよ」
 いいながら圭麻はボタンを操作する。
「おや、結姫と鳴女さんだ。うーん、話が弾んでないみたいだ。まだ打ち解けるには時間がかかるかな……」
「よせよ……」
 泰造は気になるようだが自制心が働いている。圭麻は苦笑しながらボタンを操作する。
「おや、ここは親子水入らずの部屋ですね〜。おや、なんだかんだ言ってあの二人、仲いいじゃないですか」
「なんだ、仲良くカードゲームでもやってんのか」
 今度はあまり興味を示さない泰造。
「いや……。何と言うかその……。ああっ、颯太が湯上がりの那智を背中側から……やさしく、そして時には強く!」
「な、何をやってんだよ」
 思わず泰造も身を乗り出した。
「那智があんなにうっとりとした、気持ちよさそうな顔を……。ああっ、とうとう颯太が那智の上に!」
「おいおいおいおい……ちょ、ちょっと見せろ!」
 泰造が圭麻を押しのけてモニターをのぞき込んだ。

「颯太、もうちょっと下」
 那智の言う通り颯太は指を下のほうに動かした。
「そう、そこそこっ」
 那智は気持ちよさにため息をもらした。
「颯太、もうちょっと強く!」
「ええっ、これ以上は無理だっ。……ふぅ、まったく、泰造にやってもらえよ」
 疲れた颯太は愚痴をもらす。
「泰造にやられたら背骨折れるだろ。全体重かければいいんだよ。真上から。ほら、跨がっていいからさ」
 颯太は緊張しながら那智に馬乗りになる。そして、全体重を指に集中させた。
「あいたたたたたた」
 痛がっているのは颯太の方だ。指が限界まで反っている。一方那智は至福の表情だ。
「おおうっ、きっくううう〜。やっぱり、風呂上がりはマッサージだよな〜♪」
 すっかりオヤジしている那智だった。

 そのころ。
 コックピットでは一気に興味を削がれた泰造が退屈そうに窓の外を眺めていた。

 『フライング・湯〜とぴあ』は帝都に到着した。帝都の近くの荒れ地に『フライング・湯〜とぴあ』を着陸させ、帝都に侵入する。
「まだこの辺なら一般市民にとけこめます。あくまで一般市民として振る舞いましょう」
 鳴女に言われた通り、一般市民のフリを決め込むことにした。
「よーし、カラオケ行って〜、クラブ行って〜歌って踊って〜」
 今度はただのギャルと化す那智。
「俺は腹減ったぞ!」
 空腹のためにか殺気立つ泰造。
「新しいパソコン買わなきゃ……電器屋ない?」
 颯太はパソコンを持っていないと役に立てず、自分の存在意義まで問われそうな気がするため気が気ではない。
「……みんな、演技うまいな……。あたしも見習わなきゃ」
 結姫がぼそっと呟いた。
 確かに、官邸への侵入を企てている集団とは思えない。が、これは演技ではないと圭麻は確信していた。地だ。
「とにかく、一旦俺の家に集まりましょう。そこで作戦を立てるのがいいと思います」
 圭麻が先頭に立ち泰造達を誘導した。
「ここが俺の家です」
 帝都の片隅の住宅街に圭麻の家はあった。近くに廃棄場があるという地価の安そうな立地の家だ。
 玄関を開け、中に入る圭麻。
「!……これはひどい!何があったんだ……」
 泰造が驚くのも無理はない。圭麻の家の中はまるで何者かに荒らされたように散らかっていたのだ。
「すいません、ちょっと散らかってますけど」
「……もしかして、これで普通?」
 颯太は固まった。

 作戦を立てるより先に圭麻の家の片づけから始められることになった。
 泣いて引き止める圭麻を振り払い、まとめたゴミを捨てに行く颯太。
 さり気なくいらなそうな鉄屑をカーボンヘッドちゃんのご飯にしてしまう藍。
 積み上げられそうもないがらくたを力ずくで積み上げていく泰造。
 一人サボる那智。
 彼らの頑張りのおかげで、どうにかみんなで座れる分のスペースを確保することができた。
「はぁ、疲れて作戦会議どころじゃないぞ……」
 肩で息をしながら颯太が呟いた。
「こんな時間かよ。眠いと思ったぜ……。今日は昼寝もしてないし」
 まだ日が沈んでさほど経っていない。泰造は原始時代的な健全な生活を送っているようだ。
 作戦会議どころではなくなった颯太たちはどこかに宿をとって作戦は明日立てることにした。
 泊めてやる、との圭麻の申し出を丁重にお断りしたうえで、颯太たちは宿を探しに夜の町に繰り出した。

 翌朝、泰造の積み上げたがらくたが崩れ、下敷きになった圭麻が至福の表情で気絶しているのを結姫に発見された。

「月読様。手筈が整いました」
 普段なら、こんな時間に現われた不躾な研究員を怒鳴り飛ばすところだ。だが、今はこの知らせを今か今かと待ち焦がれていた。
「そうか。今行く」
 月読は部屋をあとにし研究室へと向かった。
 そこには隆臣が鎖に繋がれ吊るされていた。隆臣は何も言わず、現われた月読を氷のような冷たい目で睨みつけている。
「貴様の真価が遂に発揮される時がきたぞ。貴様の体は闇のエネルギーのレセプターなのだ。貴様の体に闇のエネルギーを送り込めば……あとは、実際にやってみてのお楽しみだ。……始めろ」
 月読の合図とともに、研究室の機械のスイッチが次々と入れられていく。
「闇エネルギー、照射が開始されました」
「被験者に変化はありません。約14分で被験者の闇エネルギーのキャパシティの1%に到達する予定」
 事務的に述べる研究員。
「やはり、闇のエネルギーを人工的に作り出すのは難しいか。これだけの設備を用いてもそのペース……」
 難しい顔で月読が呟いた。
 一方、闇のエネルギーの照射を受けている隆臣は、体の中に妙な感覚が駆け巡るのを感じていた。

 作戦会議などと言っても、官邸の内部構造と隆臣、伽耶の居所が分からない以上本格的な作戦など立てられない。
 昼間は結局休息を取り鋭気を養う、ということになり、めいめいに自由行動となった。
 久々の自宅で思う存分新しい道具の開発に没頭する圭麻、することがないのでそれを手伝う結姫と泰造、そして鳴女。一方颯太は那智と藍を連れて買い物に出かけた。微笑ましい親子の風景である。那智の説得に負け帰り道でカラオケに寄ったらしく、財布がすっかり軽くなった颯太。気分は重くなったようだ。

 そして、長いような短いような一日が終わり、遂に作戦の時間になった。
「あそこの扉は鍵はかかっていますが、簡単な鍵です。すぐに外せます」
 官邸の裏門に忍び寄り、鍵をいじり出す圭麻。簡単に鍵ははずれた。鍵を開けたと言うよりも錠そのものをはずしたようだ。
 空いたドアから一斉に忍び込む結姫達。官邸の広い裏庭が広がっている。大きな池の向こうに官邸の明かりが見えた。
 見回した感じ、警備の目はないようだ。圭麻が赤外線ゴーグルであたりを窺うが、センサーらしいものもない。
「なんとなく、大丈夫みたいな感じです」
「不安な言い方だなぁ」
 圭麻の言い方が引っかかる泰造。
「とにかく、あの池のそばを歩くのはまずいよな。見晴らしの悪い茂みを歩くべきだろう」
 颯太が提案する。
「えーっ、そんなのやだ〜っ!俺のきれーな脚が傷だらけになるじゃないか〜っ」
 いやがる那智は、なぜかミニスカートにパンプスという非実用的な服装である。
「池のそばは蚊が多いぞ」
「げ、どっちもやだ〜」
「このままじゃらちがあきませんね」
「ああ、なちだけに」
「結姫、泰造の座ぶとんを一枚持っていきなさい」
 裏口でコントが始まってしまう。
「いいから早く来いっ!」
 突然、どこからともなく社の声が聞こえてきた。

「待ちかねていたぞ」
 声は池のほうから聞こえている。目を向けると、池の縁に社が立っていた。
「てめーは温泉オヤジ!なんでこんな所に!?」
 泰造が身構えながら叫ぶ。
「温……変なあだ名をつけるな!とにかく、お前達をやすやすと官邸に入れるわけにはいかん。お前達の相手はこいつだ」
 指を鳴らそうとする社。しかし、へたくそで音がでない。仕方ないので手を打つ。すると、池の中からゼウグが現われた。
「ふふふ、こいつは……」
「手をたたくとよってくるとは、池の鯉みたいですね」
 何か言おうとした社だが、圭麻のどうでもいい茶々に邪魔される。
「ええい、人のセリフの邪魔をするな。こいつは戦闘用ゼウグ『麻攻』だ!」
「また銭湯かよ、本当になんでも風呂だな、お前」
 泰造は戦闘と銭湯を取り違えているが相手が相手だけに無理もない。
「ごちゃごちゃとうるさい!」
 麻攻の顔がこちらにむいた。そして、口から勢いよく水を吹き出した。
「ぐあっ!?」
 直撃を食らいふっ飛ばされる泰造。
「どうだ、麻攻のジェット放水の威力は!」
「ふん、たかだか水じゃねーか……」
 いいながら立ち上がる泰造だが。
「うぎゃああああ、きったねー水!ぼうふらだらけだ!」
 どうやら池の水をそのまま噴射しているらしい。アオコの湧いた臭う水に大量のぼうふらが蠢いているのだ。
 結姫達は、麻攻の本当の恐ろしさを知った。
「いやあああっっ」
 ぼうふらまみれが嫌な結姫達は一目散に逃げ出した。

「お、おい、どうするんだよ、あれ……」
 麻攻の水の届かないところで議論が始まった。颯太はみんなの意見を聞こうとしているが、いいアイディアは浮かばないようだ。
 池のほうでは一度頭からぼうふら水を浴びて破れかぶれになった泰造が一人で麻攻の放水と格闘している。
「『風の宝珠』の風の力だけではあの放水の勢いに勝てません。『火の宝珠』を使って麻攻に攻撃をしかけることもできますがはたして効き目があるかどうか……」
「まぁ、何もしないよりはマシだろ。一度『火の宝珠』で攻撃してみよう」
 颯太に促されて『火の宝珠』にエネルギーを送り込む圭麻。
「えいっ!」
 巨大な炎の塊が麻攻目がけて飛んでいく。これの直撃を受ければ麻攻にもダメージがあるはずだ。
 が、麻攻はその炎の接近に気付き、水を吹き掛けた。炎の塊は霧散した。
「だめか……!」
 その隙に泰造が再び麻攻に飛び掛かる。しかし、やはり麻攻の放水で弾き返されてしまう。
「ちくしょー、手も足も出ねーじゃねーか!」
 悔しそうに叫ぶ泰造。
「お前らもなかなかにあきらめが悪いな。ならば諦めざるを得なくしてやる。食らえ、岩をも打ち砕く麻攻・フルパワージェット噴射を!」
 麻攻の顔が泰造の方を向く。岩さえ砕く水流の直撃を受けては泰造とて一溜まりもないだろう。慌てて逃げようとするが、水を吸った服が体に絡みつき思うように動けない。泰造が全てを諦めかけたその時。
 ぶぼっ。ごぼぼぼぼ。
 ストローでジュースを飲み終わったような音がした。そして、麻攻の口からちょろちょろと水が出る。
「しまった、池の水がなくなったああぁぁ!」
 そう。麻攻の最大の弱点は水がなくなればなにもできないと言う点である。
「海でなら勝てたのに……」
 悔しそうに歯噛みする社。
「ふふ、ふふふふふ」
 見ると、社の後ろに泰造が立っていた。
「てめー、よくもぼうふらまみれにしてくれたな……。覚悟はできてんだろーな……」
「ひっ!?」
「てめーもぼうふらまみれになれっ!」
 泰造は社を掴みあげ、まだ水がわずかに残った池のほうに投げ飛ばした。
 池の底の濃厚なぼうふらとアオコの泥に社は頭から突っ込み、この世のものとは思えない悲鳴を上げた。
「見ろ、麻攻の口に水の宝珠がはまっているぞ!?そうか、これで水の噴射を操っていたんだ!」
 目ざとい颯太がそれを見つけた。早速それをはずしにかかる。
「これで残っているのはあと一つ……『地の宝珠』だけだね」
 結姫達の手に、3つ目の宝珠が戻ってきた。

「月読様申し訳ありませんっ、またしても宝珠を取られてしまいましたっ」
 平身低頭の社。
「構わん」
「は?」
「奴らに宝珠を奪われるのは一向に構わん。伽耶がこちらにいる以上はな」
 月読は至って冷静である。
「作戦は着実に動いている。まもなく、プロジェクトサーティーンも発動する。そうすれば宝珠は自ずと伽耶の手にわたるのだ」
「それは一体……?」
「お前には話していなかったな、このプロジェクトの全貌を。いいだろう。まだ時間がある。話してやろう」

 月読の官邸には歴代の支配者の残した記録の文書などが残されている。その中にはかつての大崩壊の際に残された資料も存在している。
 今から約2000年前の大崩壊。
 説話では全てを操ろうとした人間達を、暴走した自然が襲った、とされている。
 海は荒れ狂い、風は渦巻き山は火を噴き大地は裂け……。
「長い歴史の中で説話は姿を変えている。説話の元となった伝承……いや、紛れもなくこれは史実だ。かつて、全てを操ろうとした人間達。その力が『宝珠』なのだ」
 自然のエネルギーを凝縮、結晶化することに成功し、人間達は自然を自在に操るすべ、『宝珠』を手にした。
 その膨大な力は、人間達に豊かな生活を与えた。しかし、その力は膨大であるがため、欲深い人々を駆り立て、争いを呼んだ。
 そして、宝珠は欲にまみれた人間達の手から手へと血に汚れながら巡り、多くの犠牲を生んだ。
 そこで、時の執政者であった女王、天照6世は『宝珠』に莫大な賞金を懸け、全ての『宝珠』を入手したうえ、封印を施すことにした。
 賞金のかけられた宝珠は全部で6つ。『火』『風』『水』『地』その他に『光』と『闇』の宝珠があった。特に、『闇の宝珠』は危険なものだった。人の心の中にある『闇』を引き出す力をも秘めていたのだ。
 6つの『宝珠』のうち、『闇の宝珠』だけはなかなか天照の手にわたらなかった。『闇の宝珠』の放つ闇の波動が、悪に魅入られた者たちを虜にし、手放させなくしたのだ。
 天照6世は『闇の宝珠』を取り戻すため、世界中の賞金稼ぎに呼びかけた。もちろん、他の宝珠を大幅に上まわる賞金を懸けてだ。
 その時、『闇の宝珠』を手にしていたのは天照の同系であり、追放された身でありながら新たな国を建て、世界征服を目論んでいた覇王・須佐之男。奇しくも、親族同士の争いとなった。
 雇われの無法者と訓練された軍人との戦いは長きにわたり、世界はその争いの影響で乱れていった。だが、5つの『宝珠』は天照の手にあった。やむなく、戦いの終結のために『宝珠』の力に頼り、須佐之男を追い詰めた天照。しかし、その戦いは多くの犠牲を生んだ。
 だが、追い詰められた須佐之男は『闇の宝珠』の力を開放し、自らの悪意を増長させた。須佐之男は人の姿を、そして人の心を捨てた。
 怪物と化した須佐之男は、破壊を繰り返した。強大過ぎる力の前に天照6世もなす術もなくその命を奪われた。そして国が一つ、また一つと消えていく。それが世に言う大破壊である。
 しかし、世界の滅亡を前に、遂に須佐之男を打ち破る手段が打たれることとなった。亡き天照6世の指示で建造が続けられていた『天の宝珠』号が彼女の遺志を背負い完成したのである。
 光の宝珠だけでは不十分だった力を『天の宝珠』号の宝珠制御能力を用いて増幅し、須佐之男に照射。作戦は的中し、須佐之男は光の中に消え去ったのだ。
「その後、次代の支配者となるはずだった天照7世はその命と引き換えに光と闇の『宝珠』を封印したとされている。そして、その封印をとけるのは天照一族の血を引いた女児のみとされている」
 月読は社をふり返り笑みを浮かべた。
「分かっているな?その封印をとけるのは天照の血を代々引き継いできた我が一族の、ただ一人の女児……伽耶だけなのだ」
 月読は、伽耶に光と闇の封印を解かせるつもりなのだ……。

 結姫達は官邸に侵入していた。
「しかし……どうやって探す?」
 考え込んでいる泰造。
「見ろ。あそこに端末が置いてある。しめたぞ」
 そう言いながら、慎重に部屋に侵入する颯太。そして、端末に自分の携帯端末を接続し、キーを叩いた。
「何やってんだ、颯太……」
 泰造がその画面をのぞき込むが、訳のわからない文字の羅列が目まぐるしく流れていて、何をしているのか見当もつかない。
「今、この端末から情報を盗んでいるところだ。うまくすれば月読達の動きが分かるかもしれない。しばらくかかるから先に行っててくれ。後から合流する」
「分かりました。じゃ、連絡用にこのインカムを渡しておきます」
 颯太は圭麻のインカムを受け取り、装着した。
「ここに颯太と藍だけ置いて行くわけにもいかねーからな。俺もついててやる」
 泰造もここに残ることになった。

 官邸の中庭にでた。中庭のまん中には重要な施設が集まっている。施設はいくつかあるのだが、隆臣や伽耶、そして月読がいるとすれば中央にあるタワーが怪しい。
 結姫達が意を決してそのタワーに向かいはじめた時だった。
 どこからともなくガシャ、ガシャ、という重い金属音が近づいてきた。
「な、なんだ!?」
 あたりを見回す圭麻。
「あ、あれっ!」
 結姫がその姿に気づいた。
 巨大な蟹型ロボットが結姫達に近づいてきていた。
「逃げましょう!」
 鳴女に続いて逃げ出す結姫達。だが、蟹ロボットは結姫達の後を追いかけてくる。
「俺達を狙っているみたいですね」
 走りながら圭麻が言う。
「くっそー、泰造がいれば泰造にまかせて悠々と逃げられるのにー!」
 泣き言もらす那智。その那智に、蟹型ロボットのハサミが伸びる。
「もしかして、俺って狙われてない!?うわーん、俺が美人だと思ってこういう時は必ず俺からなんだよなーっ」
 呑気なことを言っている那智は、そのままハサミで掴まれ、後ろに放り投げられた。
「ああああぁぁぁぁ」
 悲鳴がドップラー現象で歪んで聞こえた。
「那智がっ」
 思わず立ち止まった圭麻を蟹ロボットのハサミが襲う。
「しまった……」
 圭麻も投げられた。
「もうだめです、覚悟しましょう」
 鳴女はもう諦め顔だ。
「そんなっ……諦めるなんていやだもん!」
 結姫が言うが、その相手の姿はすでにない。
 そして、結姫もハサミに掴みあげられた。

 那智はやわらかい物の上に落ちた。
 顔を上げてみると黒いつやつやした物が目の前にあった。
「な、なんだよこれ……」
 恐る恐る黒いものに近づく那智の目の前に何かが落ちてきた。
「うわああぁっ」
「あいたたた……。ど、どうなったんだ……」
 よく見るとそれは圭麻だった。
「那智、無事だったんですね」
「無事だけど……何がどうなってるんだよぉ」
「どいてくださああああぁぁいっ」
 上から声が降ってきた。見上げた那智は、鳴女が空から自分に向かってくるのをみた。避ける暇はなかった。鳴女のボディプレスを食らう那智。
「いってーっ」
「ごごごごめんなさいっ、大丈夫ですか!?」
「あー、何で今のが隆臣じゃないんだよーっ!」
「……大丈夫ですね」
 大丈夫だ。
「結姫は!?」
 圭麻が見上げると、ちょうど結姫が飛んでくるところだった。結姫を受け止める圭麻。
「あ、ありがと……」
 ほっとする結姫。
 全員無事だったところで、落ち着いて辺りを見渡した。
 どうやら、あの蟹ロボットの背中の上のようだ。そして、その蟹ロボットの背中には、黒いポリ袋がつまれている。開けてみると、シュレッダーにかけられた書類だった。
「なんだ、ゴミか」
 つまらなそうに言う那智。圭麻の目が輝く。
「あっ、危ないっ」
 突如叫ぶ結姫。那智が飛んできたゴミ袋の直撃を受けてふっ飛び、ゴミ袋の山に突っ込んだ。
「なんで俺ばっかりこんな目にーっ」
 那智が泣き喚いた。
「それは多分、泰造がいないからそういう役が回ってくるんでしょう」
 圭麻の言う通りだったりする。
「そんなことより、このロボットはどうやらゴミの回収ロボットのようですね。各施設を回って置かれているゴミを回収して回っているようです」
 鳴女がそう言う間にも、回収されたと思われるゴミ袋が降ってくる。圭麻がその袋を片っ端から開けて中を確認するが、大体は細切りの書類でがっかりする。
「いずれにせよ、このままじゃゴミの収集所に連れていかれるだけだし、降りようよ」
「いやだっ」
 結姫の言葉になぜかいやがる圭麻。
「もう少し、もう少しこの素敵なひとときを味わわせてくださいっ!」
「でも、このままじゃゴミの収集所に……はっ」
「ゴミの収集所……」
 収集所と聞いて圭麻はうっとりしている。
「しまった……」
 頭を押さえる結姫。圭麻にゴミの話をすればこうなるのは分かり切ったことだ。
「ああ、収集所までの道のりが待ちきれないっ」
「……あたしたちだけで行こう……」
 ため息混じりに結姫が言った。

 闇エネルギーの照射が行われていた研究室で、異変が起こった。
 ぐったりとしていた隆臣が、突然暴れはじめたのだ。
「お、おいっ!どうなってるんだ!?エネルギー照射の割合は!?」
「まだ48%だ!」
「早すぎる、こんなはずは……おい、光エネルギーのフィールドを展開しろ!」
「だめだ、間に合わないっ!」
 隆臣が目を見開く。その瞳は不気味な赤い光を湛えている。突然、隆臣の背中に黒い翼が現われる。そして、隆臣を拘束していた鎖はあっさりと引きちぎられた。
「ば、バケモンだあぁ!」
 逃げ惑う研究員達。その頭上を変身した隆臣は悠然と飛び去っていった。

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