窃盗団アルフォークロア!

#4・そして、戦いの火ぶたは切って落とされた

 地響きが伝わってきた。
「あぶねぇ!坑道が崩れるぞっ!みんな、逃げるんだっ」
 泰造の号令の元、一斉に走り出すハンターたち。颯太は足がすくんで逃げおくれた藍をかっさらった。
 走り去る泰造達の背後で、轟音とともに坑道が崩落し、凄まじい砂塵が舞い上がった。そして、砂塵が落ち着くと、そこには巨大な穴が残されていた。
「あたしの、あたしのカーボンヘッドちゃんがあぁっ」
 崩れ去った坑道を見つめながら藍が泣き喚いている。
 坑道は完全に崩れてしまった。あそこにいたならば生きてはいないだろう。
「あいつら……。ひでぇことしやがる」
 泰造が吐き捨てるように言う。鳴女が首を横に振る。
「いいえ。あの坑道は宝珠の力によって支えられていた……つまり、あの坑道自体が不自然だったのです。それを、あるがままに戻しただけ……」
「鳴女さん……、あんな連中、擁護してどうするんですか」
「す、すいません……でも……」
 言いにくそうに目を伏せる鳴女。
「鳴女さん。話してください。今、『運命』がどうとか、言ってましたよね。『運命』とはなんですか?それに、俺達はただ漠然と彼らを追い、宝珠を探していた。その意味も知らずに……。『宝珠』とは、なんなのですか?言えないというのなら仕方ありません。しかし……できるだけのことを知ったうえでこの仕事に臨みたいのです」
 その言葉に、話すべきか話さざるべきか逡巡する鳴女。
「それもそうだけどよ、ぐずぐずしてるとまた先越されちまうぞ!とにかく、最後の宝珠のありかに急がねーと!」
 勢いよく言いながら泰造はエアバイクに跨がる。
「そうだな……」
 颯太たちもエアバイクに跨がった。
 ……。
「???」
 エンジンがかからない。
「何だ?」
「??何か、しょりしょりと音がします……?」
 鳴女が不思議そうにエアバイクを見た。
 泰造がエアバイクの座席をあげて見ると中には黒いものが蠢いている。そして、エンジンには大きな穴があいていた。
「ああああっ、エンジンが喰われてるっ」
 泰造の大声に黒いものが逃げだした。そして、藍の周りに集まる。
「無事だったんだね、カーボンヘッドちゃんっ」
「俺のエアバイクは無事じゃねー!」
 大喜びする藍、泣き喚く泰造。長年旅路をともにしてきたエアバイクともこれでお別れだ。
「さっきのいやな予感は、これのことだったんですね……」
 颯太と那智のエアバイクも同様に喰われていた。
「ど、どうするんだよ……颯太ぁ」
「歩いて行くしかないな……」
 颯太は深く溜め息をついた。

 風が気持ちいい。
 ビンガはクリスタルボルケーノの上空をゆっくりと旋回する。
「『火の宝珠』を持っているのはこの山の中腹に蟄居している怪しげなマッド・サイエンティストと聞きました」
「火か……そういえば、そろそろ昼飯じゃないか」
 隆臣がぼそっと呟く。
「火……焼き鳥……」
「ビンガの背中の上でそういうこと言わない!」
 結姫が不機嫌になる。
「火の宝珠はさくっと入手して食事にしましょ」
 そう言いながら見下ろす圭麻。
「……しかし、そのマッド・サイエンティストの住んでそうな建物ってないな……」
 隆臣も眼下を見下ろしているが、地面にあるのはごつごつした岩肌とまばらにはえた潅木くらいだ。
「山頂付近ということではないはずです。モールマインよりも上ではあるそうですが」
「建物ばかりか洞穴一つなさそうな感じがするぞ」
「あの。さっきから気になるんだけど……」
「何だ」
「あのモールマインから続いている道が不自然なところで終わってるの」
 言われてみると、モールマインからの道は、岩に突き当たって終わっている。
「あの岩……怪しいな」
「降りてみる?」
 頷く隆臣。結姫はビンガを岩の側に降ろした。
 隆臣が岩に近づいてみる。
「しかし、こうしてみると岩に不自然なところは……」
 よく見ると、岩にはインターホンがついている。
「……あからさまに不自然じゃないか」
「押すと爆発する罠かも……」
 結姫が少し離れて眺める。
「いや、ボタンに手垢が付いて汚れてます。かなりの人が訪れてるみたいですが」
「まだるっこしー、押してやればいいんだよ」
 隆臣がチャイムのボタンを押した。
『どちらさんですか?』
 意に反して女性の声がした。
「えーとすいません、話がしたいんですけど」
 結姫が用件を告げた。かなりあいまいな用件で、入れてくれるかどうか心配だ。
『どうぞ、お入りください』
 意外にもあっさりと通してもらえた。
 岩が回転し、裏側にあった隠し扉が開く。
「何か、うまくいきすぎている気がする。気に入らないな」
 隆臣は険しい表情のまま、隠し扉をくぐった。

 入り口の奥の通路に立っていたのは、白衣を着た少女ともいえる年頃の女性だった。
「待ってましたよ。皆さんがここに来ることは分かっていました。ここに気付くのに時間がかかりましたね。私は真苗といいます。よろしく」
 真苗はにっこりとほほえんだ。が。
「すみません、皆さんをこの奥に入れることはできません……そして、帰す気もありません」
 真苗は笑顔を浮かべたままそう言った。隆臣の表情が険しくなる。
「つまり……、ここで死ね、ということか」
「はい、すいません」
 真苗はそう言いながら、携帯電話のようなメカを取り出した。
「これはここにしかけられた様々なトラップを制御するための装置、『罠B』です。皆さんにはこれの実験台になってもらいます」
「ふざけるな。俺達はお嬢ちゃんとお遊戯をしに来たんじゃない」
「それなら、私を倒してごらんなさい。できればの話ですが……あ……」
「それならありがたく押し……どうした」
 隆臣が青少年には不似合いで不適切な言葉で言い返そうとすると、急に真苗の様子がおかしくなった。
「ああ、待っている間立ちっぱなしだったのでめまいが……」
 結局、真苗は倒すまでもなく倒れてしまう。
「いますねー、朝礼で倒れる人……」
 圭麻が落ち着いた様子で言う。
「とにかく、マッド・サイエンティストに会わないことにはな。この様子じゃ、少なくとも歓迎はしてくれそうにない。まぁ、いざとなったらこっちには人質もいるわけだし、話は穏便に進みそうだ」

 奥の部屋ではそれらしい老人がデスクに向かっていた。
 結姫たちが入ってもさほど興味がないように、資料らしい書類に目を通している。
「ここに『火の宝珠』があるだろう。くれ」
 なんのひねりもないセリフを吐く隆臣。
「やるわけがなかろう」
 老人は、あいかわらずこっちに目も向けずにぼそっと言う。
「こっちには人質がいる。宝珠をおとなしく出せ」
 老人は真苗が捕らえられたことにようやく気づいたようだ。
「む……。仕方ない。待っておれ」
 老人はそう言うと立ち上がり、奥の部屋に消えた。
「思ったよりまともだな」
「見た目はまともですね」
 ぼそっと隆臣と圭麻が言葉を交わした。マッド・サイエンティストと言うからにはもっとアブナイ人かと思っていたのだ。
 やがて、奥から老人が宝珠を持って現れた。
「真苗を返せ」
「宝珠が先だ」
「む……」
 隆臣は譲らない。
「さすが隆臣、こういうことは慣れてるみたいですね」
 圭麻が隆臣に聞こえないように結姫に耳打ちした。
「仕方ない、同時に受け渡しだ。それでいいな」
「ああ」
 老人が隆臣のほうに『火の宝珠』を差し出す。隆臣も真苗を老人のほうにつきだした。
 隆臣が宝珠に手を伸ばした瞬間だった。突然宝珠から炎が巻き起こった。思わず手を引っ込め、後ろに飛び退く隆臣。
「な、何だ!?」
「ふん。お前らは宝珠の力と言うものをまるで知らんのだな」
 老人は不敵に笑う。
「この宝珠は、外部からのエネルギーを火、水、風、地、それぞれのエネルギーに変換する力があるのだ。今のように精神エネルギーを注入してもまた然り」
「宝珠に、そんな力が……!?」
「月読はその力を利用して何かをしようとしているんですね」
「私の行っている研究にはこの『火の宝珠』が必要なのでな。渡すことはできん。諦めて帰れ」
「力づくで奪うまでだ!」
 マッド・サイエンティストの言葉に隆臣がキレた。腰の剣を抜き払って斬りかかる。
「くらえっ!……うぉっ!?」
 隆臣の剣が振り下ろされようとした瞬間、隆臣が炎に包まれた。
「くそっ!」
 どうにか、炎の塊から抜け出した隆臣だが、このままでは近づくことさえもできない。
「焼き餃子になりたくなければとっとと帰ることだ」
 マッド・サイエンティストは勝利を確信したような笑みを浮かべている。
「ここは一旦引きましょう!」
 圭麻の言葉に結姫と隆臣も逃げ出した。

「大丈夫ですか、隆臣。香ばしい匂いがしますよ」
「おいおい、冗談じゃないぞ」
 圭麻の言葉に自分の匂いを慌てて確認する隆臣。結姫も後ろからこっそりと嗅いでみたりする。
「そうそう、食事はどうします?一度食事にしてからもう一度来てみましょう」
 そんな隆臣のほうを見ながら圭麻がぼそっと言う。
「てめー、俺に対するあてつけか」
「考えすぎでしょう」
 隆臣の言葉を受け流す圭麻。
「まあいい。確かに腹は減った。餃子でも食いに行くか」
「焼き餃子?」
 結姫が横から口を挟む。
「餃子と言えば水餃子だ」
 焼き餃子にせよ水餃子にせよ、街まで戻らないと食べられない。結姫はビンガを大きくした。隆臣と圭麻もその上に乗る。
「早く行ってくれ。嫌な予感がする」
 隆臣が急かす。ハンターたちが来ているようだ。
「あっ、隆臣〜♪」
 遠くから那智の声がした。
「急げっ」
「うん、急ぐっ」
 隆臣に急かされた結姫に操られ、大空高く舞い上がるビンガ。
「逃げんじゃねー!」
 山道を登ってきたためややへばり気味の泰造が怒鳴った。
「皆さーん、この中には凶悪なマッド・サイエンティストがいます。火だるまにされないように気をつけてくださいね〜」
 圭麻がハンター達に大声で言った。
「毎度毎度その手にはひっかからねーぞ!」
 泰造は飛び去るビンガに怒鳴り返した。
「那智と鳴女さんはここで。俺達は中の様子を見てくる。いくぞ、泰造」
 颯太と泰造は二人で地下に降りて行く。
「大丈夫でしょうか……」
 鳴女は不安そうにそれを見送った。
「泰造は大丈夫だろ。颯太は心配だなぁ」
 那智は口先だけで心配する。
「そういえば、なんで隆臣達、帰っちゃったのかなぁ」
 那智が淋しそうな顔をする。
「まさか、宝珠をもう奪われてしまってるのでしょうか……」
「あっ、そういえばそうかも……」
 待ちぼうけの那智と鳴女が雑談に興じていると、突然悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃあああああああ!」
「てめー、憶えてろよっ!あちちちちちち!」
 盛大に煙をあげながら颯太と泰造が飛びだしてきた。服に火がついている。
「きゃーっ、だ、大丈夫ですか!?水、水!」
 鳴女はただうろたえる。
 燃えている服を脱ぎ捨てる颯太と泰造。
「ちくしょう、あいつの言ったとおりじゃねーか。珍しく本当のこと言いやがって!また騙されたぞ!」
 別に騙されたわけではないと思うのだが。
「しかし、あれはどうする。あんなんじゃ交渉もできない。このままじゃ、あいつらに宝珠を揃えられるぞ」
 颯太が難しい顔をする。
「そうだ。隆臣達、また来るんだろ。で、隆臣達が宝珠を奪ってきたらこっちが奪い返すってのは?」
 那智の提案。
「うーん。それしかないか……?その前にこっちでいいアイディアを出せればいいんだが……」
 そう言いながら颯太は一同を見回した。鳴女、泰造、那智。
 泰造と那智はアイディアを出すのにあまり役に立ちそうにない。鳴女と相談して策を練るしかないだろう。
 とりあえず、岩陰に入って日差しを避けながら、作戦会議に移った。

「俺達は泥棒だ。泥棒は夜動くものだ。夜を待って行動しよう」
 たらふく餃子を食べて満腹になった結姫達も作戦会議をしていた。
「夜の闇に紛れてビンガであの研究所に接近、侵入し奴らの寝込みを襲う」
「それは……無理だと思うの」
「何でだよ」
 隆臣がむっとしたように結姫を見る。
「……だってビンガ、鳥目だもん」
「……鳥目?」
 鳥なのだから鳥目で当然か。暗くなってからはまるで役に立たないということだ。
「街中なら灯があるから少しはましなんだけど」
「ビンガに赤外線スコープをつけましょう。準備します」
 圭麻が提案した。
「鳥用の赤外線スコープなんてあるのか」
「大至急で作りますよ」
 ビンガの鳥目はこれでどうにかなりそうだ。
「よし。後は、侵入できるかどうかと、侵入してからのことだが……こればかりは実際に突っ込んでみるしかない。とにかく夜を待つか」

「そういえば」
 工具を操りながら圭麻が傍で見ている隆臣に話しかける。
「伽耶と隆臣の話、終わってませんでしたよね」
「そうだったな」
 ぶっきらぼうに言う隆臣。あまり話したくはないようだ。
 そんな隆臣の顔を、結姫が横から覗きこむ。
「分かった、話してやる。どこまで話した?」
「えーっとね、隆臣が何かの適合者だった、ってとこまで」

 その実験の後。
 隆臣は官邸のどこかに幽閉された。
 月読は隆臣が望むものならなんでもやる、といった。そして、望むものならばなんでも与えてくれた。
 ただ一つ、自由を除いては。
 隆臣は部屋を出ることを許されなかった。部屋の中だけでの自由。それはただの束縛に等しかった。
 ある夜。
 隆臣の幽閉されている部屋の扉が音もなく開いた。
 伽耶だった。
 隆臣は、助けてくれた理由も聞かず、官邸から逃げだした。
 その後、隆臣はしつこく付きまとう月読の追っ手から各地を逃げ回ることになる。

「その後は、お前達も知っているだろう」
 頷く結姫。圭麻はただ作業に打ちこんでいる。
 1年前。
 キャピタル環境保全センターでアルバイトをしていた圭麻は、清掃作業中に物陰に隠れるようにうずくまる伽耶を見つけた。
 怯えるような目で見つめる伽耶に、圭麻はそっと手を差し伸べた。
『また拾ってきたのか。お前はなんでも拾ってくる奴だな』
 センターの職員にからかわれたが慣れっこだ。以前にも、こうして連れてきたことがある。結姫だ。
 伽耶は、初めは何も語らなかった。しかし、家族が増えたとうれしそうにする結姫を見ているうちに伽耶のかたくなな心も解れたのか、少しずつ、自分のことを語りだした。
 自分の名前。自分が今まで住んでいたところを逃げ出したこと。
 それでも、詳しい素性は話そうとしなかった。
 そんなある日。
 圭麻の元に月読の手の者がやってきたのだ。
 伽耶の素性がその者達により明らかになる。
 そして、伽耶を指しだすように言われた。有無を言わさぬ口調。
 それでも抵抗する圭麻。そんな圭麻に対し、月読の手下は非情な手段を執る。
 傷だらけになりながらも立ち上がろうとする圭麻をかばうように、伽耶は連れ去られて行った。
 隆臣が圭麻の家を尋ねたのはその半月程後のことだった。伽耶が官邸を逃げ出したと言う噂を聞き、探し続けてきたのだ。
 伽耶を探し続けた隆臣、伽耶を奪われた圭麻、そして結姫。
 やがて、彼らの心は一つのことに向かって行く。
 伽耶の奪還。
 三人は官邸に侵入を試みた。しかし、それはあまりにも無謀だった。

「あの時はしくじったが、今度こそ、伽耶を取り返す」
 低く隆臣が呟いた。
「もう手加減はしない。どうせ血に汚れたこの手だ」
「そんな……」
 険しい表情の隆臣の顔を、不安げに覗きこむ結姫。
「できたっ」
 唐突に圭麻が大声を出す。
「ビンガ用の赤外線スコープです。名づけて」
「名前はいい」
「『トリあえずみえ〜るくん』」
「いいってのに」
 うんざりする隆臣。
「隆臣一人なら何したって文句は言えませんが、今は俺たちもいるんですから。巻き込まないでくださいよ。俺が許しません」
「分かった、考えておく」
 隆臣の目から冷たい光が消えたような気がした。

「とにかく飯だ、腹減った」
 泰造の言うことももっともだ。もう昼飯時はとっくに過ぎている。
「弁当、食うか」
 颯太も泰造に言われて急激に空腹感を覚える。
「泰造の荷物の中に弁当が入ってるから出してくれ」
「もしかして、全員分俺の荷物の中に入れたんじゃねーだろうな」
「……怒らないでくれ、な」
 颯太の声が小さくなる。
「……まぁ、いいけどよ」
 泰造が荷物袋の口を開いた。中身を見るや否や大きく飛び退く泰造。
「な、なんだよ」
 その有り様に那智が驚き、荷物をのぞき込んだ。そして、那智が泰造の荷物袋からなにやら引っ張り出した。
「……にゃ?」
 那智に引っ張り出されて目を覚ましたのは藍だった。固まる泰造達。
「……い、い、いつの間にっ」
 こんな大荷物を担いでいてもまったく気付かない泰造。
「そういえばいつの間にかいなくなっていたが……荷物に紛れていたとは……」
 他人事のように落ちついている颯太。
「……どうすんだよぉ」
 もう何も考えられない那智。
「ああっ、まさか弁当全部喰われてるんじゃないだろうな!?」
 藍より弁当な泰造。
「いや、弁当は無事だ!」
「よかった……それだけで俺は満足だ」
 何も無かったように弁当にがっつきだす泰造。
「あー、ずりーぞお前ばっか〜!」
 那智も荷物袋から弁当を取り出し、負けじと食べだす。
「私たちも食べましょう」
 鳴女がそう言いながら颯太に弁当を渡した。颯太が弁当を開けて食べだそうとすると。
「あたしの分……」
 藍が涙目で颯太を見つめていた。確かに、弁当は四人分しかない。泰造はもうあらかた食べた後だし、那智は颯太と目が合うなり視線をそらした。鳴女に頼むわけにもいかず……。
「泣くな、半分分けてやるからな……」
 颯太は泣きそうになった。

 颯太以外は腹もふくれ、気合い十分のハンター一行。いい作戦は出なかったが、なにもしないのも癪なので、もう一度交渉してみることにした。
「よし、突っ込むぞ……って、颯太……」
 特に泰造はやや勘違いしているとはいえ気合い十分だったが、藍を肩車している颯太を見て気合いが抜けた。
「どーすんだ、そのまま連れてく気か?」
「そういうわけにもいかないだろ……。置いて行くわけにもいかないし……」
 困り果てた顔をする颯太。
 結局、颯太は入り口の前で見張りということになった。藍はうれしそうな顔で颯太にしがみついている。
「餌づけされてなついたんだな……」
 ぼそっと呟いた泰造の言葉に那智が吹き出した。

 研究所に入ると、入り口の近くに見覚えのない少女が立っていた。
「誰、あんた」
 泰造がきょとんとした顔で尋ねる。
「皆さん方に会うのは初めてですね。私は真苗といいます。申し訳ありませんが皆さんにはここで死んでもらいます」
 前回は喋っているうちに倒れたので、用件だけを伝える真苗。
「んだとぉ!?」
「動かないで!」
 気色ばんで踏み出そうとする泰造を真苗が牽制する。泰造が動きを止めたその時。
「罠B、セットアップ!スタンバイっ」
 ズガン。
 天井から檻が落ちてきた。
「な、なんだよ、これー!」
 那智が喚いた。泰造も気色ばむ。
「てめー、俺達は猛獣か!」
「そうだっ、猛獣は泰造だけだっ」
「なにぃ!?」
「違うのかよぉ」
 言い争いになる那智と泰造。
 横で真苗が何か言おうとしているが、かき消されてしまう。
「あのー、何か言ってますよ……」
 鳴女が言うが二人の耳には届かない。
「だー、うるさいっ!何事だ!」
 あまりの騒がしさに業を煮やしたマッド・サイエンティストが出てきた。
「あ、おじいちゃん。この人たちが……」
 そんなことは言わなくても分かる。
「……とりあえず、出すか……」
 うんざりした顔でマッド・サイエンティストは深い深いため息をついた。

 鳴女がマッド・サイエンティストに事情を話した。聞く耳など持たぬのではないかとも思われたが、事情は伝わったようだ。
「なるほど。あの盗賊共に宝珠を渡さなければいいわけか」
「それじゃ、研究している間、あの賊どもから宝珠を守ってくれ。研究さえ終われば宝珠は用済みだ、あんたらにくれてやってもいい」
「では、申し訳ありませんが研究のピッチをあげていただけますか。その間、私たちが宝珠のガードをします」
 鳴女の言葉に頷くマッド・サイエンティスト。
「私、言っておきながらあまり役に立てそうもありませんけど……いいですよね?」
 鳴女が泰造に小声で言った。泰造は頷くしかない。
「何だよ、でれでれしてさ……」
 那智が泰造にねちっこい視線を送った。
「何だよ、妬いてんのか?」
「てめーになんか妬くかよ」
「……なぁ、なんで今日はおれたちこんなに喧嘩ばかりしてるんだろう……」
 不思議がる泰造。少し考えて那智が言う。
「いつもならこの辺で颯太がツッコミを……あ、颯太がいねぇ」

 その頃、その颯太は外の岩場で待ち惚けをくっていた。
 日は落ちはじめている。どこからともなくカラスの声が聞こえてきた。
「泰造達、なにやってんだろうな……」
 頭の後ろの藍にそう問いかける。が、いつの間にか藍は眠っていた。物寂しいカラスの声だけが返ってくる。
「……俺はどうすれば……」
 淋しさを煽るような風が吹き抜けていった。

 一番星が見えた。
 まもなく、夕闇が押し寄せ、夜になる。
 その時が行動の時だ。寝静まってからでなくてもいい。敵の不意を突ければそれでいいのだ。
 空がだんだん暗くなってくる。
「よし。そろそろ頃合いだろう」
 隆臣の一言を合図に作戦が開始された。赤外線スコープをつけたビンガに結姫と圭麻と隆臣が乗る。
 空に巨鳥が舞いあがった。しかし闇夜に紛れその姿に気付くものはいないだろう。
「しまったな」
 隆臣が呟く。
「どうしました?」
「俺達が何にも見えねぇ」
「……言われてみれば」
「……ビンガに任せよう」
 結姫の言葉に頷く隆臣と圭麻。だが、それも見えないことに気付く。
 朧に山の稜線が見える。クリスタルボルケーノ。その浮かび上がった稜線以外に何も見えない。
 突然ビンガが降下した。ビンガに任せておけば研究所に何の問題もなく近づけるだろう。
 やがてビンガがどこかに降り立った。闇に慣れた目で見渡すと、間近に研究所の入り口の岩が見えた。かなりいい場所に降りてくれたようだ。結姫に誉められて喜ぶビンガ。
 さっき来た時は内側から開けてもらったが、外から入る方法があるはずだ。
 岩を改めて調べはじめる結姫達。インターホンのボタンがあるくらいで、他に妙な仕掛けはなさそうにみえる。扉に手をかけてみるが、がっちりと閉まっている。
「そこまでだ!」
 突然闇の中から声がした。同時に、ライトが結姫達を照らす。逆光で姿ははっきり見えないが、泰造の声だった。
「闇に紛れて来たつもりだろうが、赤外線レーダーにくっきりと写っていたぞ」
 自慢げな声で言ったのは颯太だろう。
「ちくしょう、那智がいないから気付かなかった……」
 隆臣が呟く。そういえば、いつものぞくぞくが今回はなかった。
「那智なら中で待機してるぜ。残念だったな」
「ふん。それだけの人数で俺たちを捕まえられると思うのか」
 身構える泰造と隆臣。
「甘いな。俺達が用意したのが赤外線レーダーだけだと思うなよ」
 颯太が、何かを操作する。すると、周囲を光の壁がおおった。
「電磁バリアか!手の込んだ真似しやがって……」
 岩の入り口が、結姫達を誘うように開く。
「逃げ場はないぞ。おとなしく入れ」
 結姫達は颯太の言う通りにするしかなかった。

「待ってましたよ」
 階段を降りて行くと真苗が待ち受けていた。足を止める結姫達。
「あっさりと捕まってくれましたね」
「手を組んでいたとは思わなかった」
 隆臣が真苗を睨みつけた。
「しばらく、おとなしくしててもらいます」
 真苗が『罠B』を操作する。
 その時だった。
「たっかおみ〜♪」
 隆臣目がけて那智が飛びついてきたのだ。
 ズガン。
 それと同時に天井から檻が落ちた。
「な、何だ!?」
「檻ですね」
「な、何これ!最悪っ!あたしは動物園のマンドリルじゃないもん!」
 何も知らない結姫達が驚くのをよそに那智はうれしそうだ。
「隆臣、もう逃げられないぞ〜」
「ひ、ひっつくな……」
 真っ青になる隆臣。結姫が慌てて引き離そうとする。
「那智……なにやってんだよ……」
 外から呆れた顔で颯太が声をかけた。
「なによー、離れなさいっ」
 結姫が隆臣と那智を引き離そうとしているが、那智はぴったりと隆臣に密着しているので手も入らない。
「なんか体が火照って熱くなってきたぞー♪」
「寒気がしてきた……」
 対照的な那智と隆臣。
「うーん、これは出られそうにないですね……」
 隆臣と那智のやりとりに一人無関心な圭麻。
「なんだか訳がわからなくなったけど……、みなさんには研究が終わるまでこの檻の中で待っててもらいます」
 そう言うと真苗は奥に引っ込んでしまった。
「ちょ、ちょっと……どうするよ、これ……」
 困り果てる颯太。
「まぁ、いーんじゃねー?隆臣さえ捕まりゃ」
 泰造は言葉どおり、隆臣さえ捕まえられればどうでもよさそうだ。
「なぁ、研究が終わるまでって……。いつまでかかるんだ?」
「しらねー」
「なんの研究でしょうか……。悪いことに使われてなければいいのですが……」
「あたしもあの中がいい〜。楽しそう」
 檻の外は穏やかだが、檻の中は修羅場だ。そこに入っていきたいと思う藍はなんなのだろうか。
「いつまでくっついてるつもり!?」
「隆臣〜、今夜は寝かさないぞぉ」
「勘弁してくれ……」
「それにしても、よくできた仕掛けだなぁ」
 窃盗団とハンター、そして藍の、長い夜が始まった。

 藍が眠ってしまったので、颯太と泰造もそれにつられて眠りに堕ちた。
 檻の中はしばらく騒がしかったが、那智がはしゃぎつかれて眠ってしまったのを皮切りに、安心した隆臣と結姫も眠り、圭麻もいつの間にか眠っていた。
 やがて、夜が明けた。
「できた!」
 マッド・サイエンティストの声で颯太は目を覚ました。
「おい、研究、終わったのかもしれないぞ」
 近くで寝ている泰造を揺り起こす颯太。
「ん?そうか」
 起こされて立ちあがった泰造は、場所を気にせず体操を始めた。
「とりあえず、那智を出してもらわないと」
 颯太は那智が気がかりなようだ。
 奥に向かい、研究室のドアをノックする颯太と泰造。しかし中では二人が喜びのために大きな声で喜んでいるのでそれに気付かないようだ。とりあえず覗きこむ。
「ついに完成したのね!?」
「ああ、見ておくれ、このつや、この輝き!さすがは『炎の宝珠』の火力だ……」
 研究台の上にはつややかな輝きを放つ、一つの湯のみが置かれていた。
「窯を使わずに焼き物を焼く……。遂に、遂に実験は成功したあっ!」
「なんじゃそりゃあああ!」
 勢いよくドアを開け、激しいツッコミを入れる颯太。
「お前ら、焼き物一つ焼くためにこんな山奥に秘密基地を作って、入り口にあんな罠まではってんのかよ」
「だって、」
「マッド・サイエンティストだもん」
 あきれ顔で言う泰造に、マッド・サイエンティストと真苗は口をそろえて言いかえした。
「……確かに、マッドだ……」
 頭を押さえながら颯太がぼやく。
「秘密を知られた以上、お前達を生きて帰すことはできん。悪いが、まとめてあの世に行ってもらう」
 マッド・サイエンティストの目が怪しく輝く。
「だー、なんでだよ!」
「だって、」
「あー、あー、あー、マッド・サイエンティストだからってんだろ?わーったわーった」
 泰造とマッド・サイエンティストのやりとりをよそに、颯太は鳴女と那智にこの状況を知らせに駆け戻った。

「そうですか、そんなことが……」
 事情を聞いた鳴女は難しい顔をした。
「とにかく、ここは俺達がどうにかしますから、鳴女さんは藍を連れて外に逃げていてください」
 颯太がそう言った瞬間。
「ぎゃああああっ!」
 尻に火のついた泰造が絶叫しながら罠の部屋に駆け込んできた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「動くな、今火を消す」
 颯太と鳴女が泰造の尻の火を叩いて消した。
「はー、どうなるかと思ったぜ……」
 泰造が入ってきたことで部屋がこげ臭くなった。
「とにかく、この檻をどうにかしてここを脱出することが先決だな」
 こげ臭い匂いに包まれながら床に腰をおろし思考を巡らす颯太。
 だんだん、その尻が冷えてくる。
「ちょっと、なんだよこの水は……」
 那智の声で、颯太の後ろから水がはいってきていることに気づいた。
「ま、まさか……」
 颯太が辺りを見渡し、水の出所を突き止めたその時だった。
『皆さんには、申し訳ありませんが死んでいただきます。これからこの部屋に水を満たします。スタンバイは出来てるから、あとはボタンを押すだけです』
 天井のスピーカーから真苗の声が響く。
『ふふふ、哀れな水餃子共よ、最後のひとときをゆっくりと噛み締めるがいい』
 今度はマッド・サイエンティストの声だ。
「焼き餃子の次は水餃子かよ……」
「餃子、好きなんですね」
「俺は蒸し餃子のほうが好きだ」
「この間と意見が変わりましたね」
 圭麻と隆臣がのんきな会話を始める。
「あたし、水餃子はいやっ」
「わーい、プールみたい〜」
 泣き喚く結姫とはしゃいでいる藍。
「服が濡れちゃうよー、どうにかしろよ〜」
 そういうのは那智。全体的に見て、檻の中のメンバーは危機感がない。
「那智、藍をおんぶしておけよ、ちっこいから真っ先に溺れちまう」
 泰造に言われて那智が藍をおんぶする。
「……なんで、藍が檻の中に……?」
 なぜか藍が檻の中にいることに颯太が気付く。
「あれっ、そういえば昨日は檻の外にいたよな……」
「藍、どこから入った?」
 言われて、藍が指差した所は、檻の棒が途中まで無くなっていた。
「な、なんだこの穴!?」
「カーボンヘッドちゃんの朝ご飯」
 しれっと言う藍。いわゆる虫食い穴というやつだ。大きさは人一人が十分に通れる大きさだ。
 その穴に、他の四人が殺到した。
「ちょ、ちょっと。一遍には通れませんよ」
 押し合いになりながら圭麻が言う。
「順番を決めないとダメみたいね」
 結姫達は諦めた。
「あ、今なら通れる」
 いいながら圭麻が出た。
「てめーっ」
「ああっ、圭麻ずるーい」
「隆臣が行くならオレも行くっ」
 またしても穴に殺到する。
「とりあえず藍を出そう。このままじゃ真っ先に溺れるからな」
 颯太の提案でもう肩くらいまで水に浸かっていた藍が檻から出された。
「じゃ、次は結姫ですね。背の順で」
「ちびっ子なの気にしてたけど……、今はちびっ子でよかったと思うの」
 結姫がそう言いながら出て来る。
「ちょっとまて。また二人っきりかよっ」
 隆臣と那智が檻の中で二人っきりになる。
「ああっ、このままなら死んでもいいっ」
 那智が隆臣にしがみつこうとするが躱された。
「隆臣が出れば那智も出ますね」
「よしっ、隆臣出ろ」
 泰造がなぜか穴の外で待ち構える。
「……こっちには人質がいるんだぞ」
 嬉しそうな人質ではあるが、仕方なく待ち構えるのをやめた泰造。
 隆臣にくっついて那智も出てきた。即刻、引き離しにかかる結姫。
「よし、あとはこの部屋からどうやって出るかだ」
 入り口の階段へのドアも、奥の部屋へ向かうドアもしっかりと鍵がかかっている。頑丈なドアで、壊せそうにもない。
「くそっ、早くしないと沈んじまう」
 苛立つ泰造。ドアに体当たりをかますがびくともしない。
「……これ、なんだろ」
 なにげなく圭麻が何かを拾った。
「……栓?」
 そこから水がどんどん抜けていく。
「やった、助かるぞ!」
 颯太がほっとしたように言う。
「……つまったみたいです」
「ぬか喜びかー!」
「そ、そうだ!宝珠!『地の宝珠』をどうにか使えないかな」
 圭麻がポケットから『地の宝珠』をとりだす。隆臣がそれをひったくり、気合いをこめてみる。
 それに呼応するように大地が揺れ動きはじめた。これが地震ならかなりの揺れだ。周りの壁にひびが入る。
「もう一歩のような気がするんだが……」
「貸せ!」
 隆臣から今度は泰造が宝珠をひったくった。
「どぉりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 裂帛の気合を宝珠に送り込む泰造。気合いの入りように颯太があわてて止めに入る。
「ちょ、ちょっと待て……」
 遅かった。

 その夜、クリスタルボルケーノ山頂付近で謎の崩落が起こった。原因は不明。奇跡的に犠牲者はおらず、大きな被害は免れたと報道は伝えている。

「いててててて……」
 泰造は起き上がった。どこかにぶつけたのかずきずき痛む。
 見上げるとクリスタルボルケーノの山頂が割れていた。今まで天井だった場所に夜空が見えた。そして、すぐそばに聳える断崖。山頂が二つに割れ、片方が倒れた、そんな感じだった。
 泰造は慌てて周りを見渡す。
 藍と鳴女はその場にいたが、他が見当たらない。
「おーい、みんなー、いるかー」
 闇夜に泰造の声が響く。
「ここだー」
 颯太の声が下のほうから聞こえた。崩れた崖の下らしい。
 声のほうに向かうと颯太の姿が月明かりに浮かび上がっていた。
「無事か?」
「なんとか、な。コンピュータが壊れた。またえらい出費だ」
 そう言い、深く溜め息をつく。
 那智はどうした、と泰造が訊こうとすると、その那智の声がどこからか聞こえた。
「隆臣っ、よかったぁっ」
「あっ、また……離れなさいよっ」
「何すんだよっ」
「なによっ」
 結姫の声もする。この二人の様子だと隆臣もそばにいるらしい。
「とりあえず、みんな無事みたいだ」
 ほっとする泰造。
「あれ?もう一人いたよな……」
 圭麻がいないことに気づいた颯太が、那智と隆臣の奪い合いをしている結姫に、それを伝えた。
「えっ、圭麻が!?」
 隆臣から離れて圭麻をさがしに行く結姫。
「またかよ……」
 那智に独占された隆臣は寒気のあまり体が動かなくなっていた。
「圭麻ー、どこー?」
「ここです」
 結姫と、どうにか那智を振り払った隆臣がその声のする方に駆けて行く。
 圭麻は瓦礫のすき間に挟まっていた。
「大丈夫、圭麻?」
 結姫の問いに圭麻は苦しそうな顔をする。
「あ、足が……」
「まさか、足が岩の下敷きに……!」
 心配そうな結姫の声に、圭麻はかぶりを振る。
「いや、抜け出そうともがいてたらつりました」
「そんなの我慢しろ」
「ああっ、そんなっ」
 隆臣が引っ張ると、あっさりと岩のすき間から圭麻が出てきた。

「しかし、えらいことになったなぁ」
 泰造が山の割れた断面を眺めながら呟いた。
「すごいパワーを秘めてるんだな、宝珠ってのは……」
 険しい顔で颯太が呟く。
「こんなのが、月読の手に渡ったら確かに大ごとだぞ」
「そうですが……それだけではないのです」
 そういう鳴女に視線が集まった。
「これら4つの宝珠は、『鍵』にすぎません。この4つの宝珠により、『光』と『闇』の宝珠の封印が解かれたならば……恐ろしいのはそれからです」
「他にも、宝珠が……!?」
「とにかく、まだ『地の宝珠』は俺の手に……」
 泰造がそう呟いた瞬間、ハンター達を炎が包み込んだ。
「な、何ごとだっ!?」
「に、逃げるんだ!」
 颯太の号令で逃げ出すハンター達。しかし、炎はその後を追うように伸びてくる。
「どうなってるんだよ!」
 泰造が颯太に訊いたその時だった。
「よくも、よくもわしの……わしの湯のみを割ったなああぁ!」
 頭の上からマッド・サイエンティストの声が降り注いできた。
「秘密基地もだいなしになりました……これは高くつきますよっ」
 真苗の手のひらの上で『炎の宝珠』の炎がまるで生き物のように揺らめいている。
「今度こそ、焼き餃子にしてやるっ!やってしまえ、真苗!」
 炎が渦巻き、ハンター達を襲う。逃げ惑うハンター達。
「ちくしょう、逃げるので精一杯じゃねーか!」
「なんか、泰造さんが集中的に狙われているような……」
「あー、きっと宝珠を持ってるからだと思うぞ」
「なるほどな、那智、冴えてるじゃん」
「わー、たき火だぁ」
 割と余裕のある颯太他。
「ちょこまかと……。おじいちゃん、どうしよう」
「敵の動きを読んで先回りするのだ」
「あっ、当たったっ」
 ゲーム感覚で遊んでいる真苗達。
「ぎええええっ」
 遊ばれている方はたまらない。一瞬火だるまになる泰造。
「そこまでだ」
 真苗の背後を隆臣がとった。ハンター達に集中するあまり、周りに気が向いていなかったのだ。
「しまった……」
「子供が火遊びするとヤケドするぜ」
 隆臣は真苗の手から宝珠をもぎ取ろうとする。渡すまいと必死に抵抗する真苗。
「このままむざむざと奪われはっ……!」
 宝珠からあふれ出た炎が背後の隆臣を襲う。
「ちっ……!」
 隆臣が離れた。
 炎は真苗の周りを取り囲むように渦巻いている。バリアのようだ。
「近寄ることもできないか……。なんてガードの固い女だ!」
 吐き捨てるように言う隆臣。
「しかし、今夜こそおまえを落と……」
「なに言ってんの」
 結姫が隆臣の後ろでぼそっと呟く。
「はっ、俺はなにを。……だがな、これは近づけねーぞ」
 炎の渦がだんだんと広がってきた。まるで隆臣達を巻き込もうとしているかのように。
 そのときだった。
 突然激しい風が巻き起こった。炎が風に霧散する。
「今です、『火の宝珠』を!」
 圭麻の声に後押しされるように、隆臣は真苗に飛びかかり、風が帽子を奪うかのように唐突に真苗の手から宝珠を奪い去った。
「ああっ、そんな……」
 呆然となにもなくなった自分の手を見つめる真苗。
「あとは……」
 結姫が、泰造のほうを見た。
「あいつの持っている『地の宝珠』だな……」
 隆臣も泰造のほうを見た。
 ギクっとする泰造。
「お、おい、まさか……」
「焼き餃子にしてやるぜ!」
 泰造を隆臣に操られた炎が襲う。
「だあああ、これはわたさねーっっ」
 逃げ惑う泰造に、隆臣が子供のような笑みを浮かべたその時だった。
 まばゆい光。凄まじい音。そして激しい風。
 結姫達のすぐそばに、巨大な飛行船が舞い降りようとしていた。
「しまった……あの飛行船は月読だっ」
 圭麻の呟きにあたりに緊張が走った。
 特に、鳴女はその飛行船を見て自分の目を疑った。
「これは……『天の宝珠』号!?まさか、これが敵の手に落ちていたなんて……」
 『天の宝珠』号と呼ばれた飛行船から、月読とその配下の兵隊が降りてきた。
 月読の声が威圧的に轟く。
「ようやく宝珠がそろったようだな。さあ、残りの二つ……『地の宝珠』と『火の宝珠』を渡すのだ」

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